伝統産業“伊達のあんぽ柿”の復活と継承~新たな挑戦~成果報告会
がんばっぺ!!あんぽ柿協議会
伝統産業“伊達のあんぽ柿”の復活と継承 ~新たな挑戦~
成果報告会
日時:平成29年(2017年)5月31日(水)13:30~15:15
会場:JAふくしま未来 みらいホールラブール
 
 フルーツ王国・福島。分けても福島盆地は、古くから桃や梨、ブドウやリンゴなどの栽培が盛んだ。そして盆地東部の伊達市梁川五十沢地区では、この土地の伝統的特産品である干し柿「あんぽ柿」が生産され、生食だけでないフルーツ王国の懐の深さを教えてくれる。
 伊達の「あんぽ柿」づくりは18世紀半ばから始まり、大正年間の「硫黄燻蒸製法」の確立以降、すでに90年超の歴史がある。
 しかし、東日本大震災発生に伴う原発事故の影響により、この伝統の「あんぽ柿」づくりは、その長い歴史の中で初めて2年間の生産自粛を余儀なくされた。
 2013年、加工作業は2年ぶりに再開した。生産者たちは、伊達の「あんぽ柿」を完全復活させ、伝統の技と味を維持・継承し、故郷の文化と風景を守ろうと、プロジェクトチーム「がんばっぺ!! あんぽ柿協議会」を結成した。
 2016年には、生産量が震災前の75パーセントにまで回復。さらには新たな加工施設なども完成し、協議会では100パーセント復活を目指す。
 平成29年(2017年)5月31日、伊達市梁川にある「JAふくしま未来 みらいホールラブール」で、同協議会の2年間の活動成果を報告する成果報告会が開催された。その中では、子どもたちに故郷の文化を大切に伝えていくために協議会が作製した絵本も披露された。
 担い手不足、後継者問題など「あんぽ柿」農家もまた、他の地方と同様の課題を抱えている。しかし、五十沢では子どもたちが大人を応援し、あんぽ柿が作られていることを誇りにしているという。
 青空に、鮮やかな赤い影を浮かべるたわわな柿の実。収穫され、1つずつ皮を剥き、ヒモにヘタを通して小屋にズラリと吊される眺めは、五十沢の原風景である。
 完全復活は、子どもたち、そして地域全員の願いであり夢だ。
 伝統の味と技術、そして故郷そのものを次代へ伝えていく協議会の活動は、これからも続く。
 
《開会の挨拶》
かんばっぺ!! あんぽ柿協議会 サブリーダー 高橋 弘 様
 ただ今より「がんばっぺ!! あんぽ柿協議会 伝統産業“伊達のあんぽ柿”の復活と継承 ~新たな挑戦~」の成果報告会を開催いたしたいと思います。
《主催者挨拶》
がんばっぺ!!あんぽ柿協議会 リーダー 宍戸 里司 様
 
 あんぽ柿は、震災後、生産を2年間自粛し、再開してからことしで5年目となります。昨年は1200トンほど出荷できました。震災前の70~75%の水準となります。この間、キリングループ様にはたいへんお世話になり、本社でのアンケート調査などもさせていただきました。現在はまたGI(地理的表示制度)も申請済みです。また震災後に五十沢小学校で校長を務められた現・小泉小学校の木村京子校長先生が監修され、グレードアップを目指して作成していた絵本も、本日完成して見本が届きました。
 キリン絆プロジェクトの支援をいただいた時期は、再開に向けてほんとうに困難な時期でした。そういう中で大きな力をいただきました。あんぽ柿の生産農家に限った話ではありませんが、生産者の高齢化や後継者不足といった問題のほか、地球温暖化の影響からか干し柿の乾燥の時期にも難しさを感じています。気温が高いとカビが生じたりします。また、2年間の生産自粛の期間には、新興産地が生産量を伸ばしています。
 しかし、ここはもう90年以上、あんぽ柿を作り続けてきました。他地方には負けられません。厳しい状況にはありますが、消費者にずっとおいしいあんぽ柿を提供してきたという自負は強くあります。このおいしさがあったからこそ、90年も続いてきたのです。
 短時間でドライフルーツのように作ることもできます。しかし、自然の甘みが深く、羊羹のようなあんぽ柿は、古来からの味であり伝統の技です。
 これからも、ご支援、ご協力を賜りますよう、よろしくお願いいたします。
《来賓代表挨拶》
福島県県北農林事務所 伊達農業普及所 所長 吉田 清 様
 伊達地方の冬の特産品であります「あんぽ柿」は、東日本大震災から3年目となる平成25年度(2013年度)に出荷再開を果たし、また昨年は6年ぶりに個包装製品の加工を再開。生産量は約75パーセントまで回復いたしました。
 「がんばっぺ!! あんぽ柿協議会」は、地域ブランドであるあんぽ柿の復活と継承を目指し平成27年(2015年)7月に発足し、これまで2年間、担い手の確保、販路拡大、ブランド力強化に取り組んでこられました。皆さまのこれまでのご努力が本日の成果報告会に繋がり、あんぽ柿の復興と再生にさらなる弾みをもたらすものと思っております。
 県としましても、県北地方全体での生産が早期回復しますよう検査態勢の充実、消費拡大、担い手育成等を積極的に支援し、加えて早期に加工自粛が解除されますよう支援してまいります。
《来賓代表挨拶》
JAふくしま未来 代表理事専務 安彦 慶一 様
 東日本大震災と福島第一原発事故により、94年の歴史ある「あんぽ柿」生産地は出荷自粛に追い込まれました。平成25年度(2013年度)よりモデル地区設定による出荷が再開され、平成28年度(2016年度)で4年目を迎えることができました。また同年より個包装出荷が可能となり、以前より市場から要望されていた贈答需要に応じられるようになりました。産地復興に向けて大きく前進することができました。
 同年にはまた、JAふくしま未来の取り組みとして「あんぽ柿」加工施設が稼働を開始し、出荷数量の拡大と、需要に合ったパッケージングが可能となり、さらにはキリン絆プロジェクトのご支援により、出荷包装資材の購入や化粧箱のデザインなども行うことができました。ことし1月には桐箱入りの「伊達のあんぽ柿」を安倍総理大臣にお届けして、多くのマスコミに取り上げていただき、生産者の大きな励みとなりました。
 平成28年度(2016年度)のJA出荷量は784トンで、販売金額は10億円。前年を上回ることができました。
 また、伊達のあんぽ柿のGI認証につきましても申請手続きを進めております。世界に向けても魅力を発信し、多くの方に手にとっていただけるチャンスと考えます。風評被害に立ち向かい、伝統産業の継承につながるものと確信しております。
《成果報告 事業報告》
がんばっぺ!!あんぽ柿協議会チームリーダー兼事務局 遠藤 正崇 様
 「あんぽ柿」は、毎年12月中下旬から翌年1~2月にかけて出荷の最盛期を迎える、伊達地方の冬の風物詩です。重要な産業であり、生産者の冬季の収入源です。震災後の2年間の加工自粛を乗り越え、再開5年目を迎えております。
 今後、震災前の姿を取り戻すことはもちろん、さらなる地域産業としての創造や発展、そして地域ブランド「伊達のあんぽ柿」を継承し、魅力ある地域産業の確立を目指し、事業を進めてまいりました。
 課題として、担い手の育成、販路の拡大、ブランド力の確保と認知度の向上を挙げ、それぞれの対策として若手生産者対象の研修会開催、消費動向調査と各種宣伝会開催、GI認証取得と商標登録、及びブランドブックや絵本の製作、加工体験ツアーなどを行いました。
 
 担い手育成事業では、若手・後継者の研修会を開催し、JA南信州の市田柿工房の視察と現地生産者の声を聞き、また、五十沢支部として、山梨県のJAこま野管内の生産者を訪ね、加工工程や機械乾燥の内容について視察をしてまいりました。
 販売チャンネル開発事業では、首都圏の消費者へのグループインタビュー、キリン本社での試食アンケート消費者地域比較調査、農産物直売所来場者アンケートなどを行いました。卸売市場の実態調査では、重点市場22社のうち16社から回答を得た結果、震災前の出荷数量の拡大を願っていることや放射性物質検査の継続的な実施といった要望があること、振興産地によるあんぽ柿への影響はないということなどが分かりました。
 
 販売チャンネル開発事業では、首都圏での試食会、管内販売所での「あんぽ柿まつり」、JA全中ビルでの「JAまるしぇ」への参加などを行ったほか、新規パッケージによるロゴ等統一、個包装への対応やPR強化のためのリーフレット、スタッフジャンパーなども作製いたしました。
 ブランド育成事業では、ブランドブックの製作と、子どもたちにあんぽ柿に慣れ親しんでもらうための絵本も作りました。ほか産地体験ツアー、GI認証制度の申請、商標登録への出願も行いました。
 今後も、担い手育成と販路拡大、ブランド価値育成は未来を目指すための継続的な課題であり目標です。また、認知度や価格の上昇も目標ですし、あんぽ柿の新しい価値を作るため、例えばあんぽ柿タルトなどスイーツを開発し、新しい食べ方の提案も続けてまいります。
《GI認証について》
浅野国際特許事務所 副所長 浅野 卓 様
 私どもは、知的財産、ブランド戦略などを専門としています。あんぽ柿協議会様では、GI、商標、ブランド戦略、地域活性化あるいは所得向上に繋がるビジネスモデルを創っていくお手伝いをこれからも続けてまいりたいと思います。
 GIというのは、ジオグラフィカル・インディケーション(geographical indications)、地理的表示といい、2016年6月1日から施行された新しい制度です。生産地に密接に由来した特性を有する特産物に対して国がお墨付きを与えるというものです。
 この生産地に密接に由来した特性を有するということが非常に重要です。この福島のあんぽ柿につきましては、非常に胸がふるえるものがございます。
 干し柿には、あんぽ柿と、コロ柿がありますが、ここは「あんぽ柿」の発祥の地であり、そして硫黄燻蒸の発祥の地でもあります。90年の歴史の中ではいろいろなことがありましたが、生産者の皆さんは一所懸命に、それらを乗り越えてきました。そのたびに何かしらの新しい工夫が取り入れられて魅力を増してきた農産物でもあります。
 その「あんぽ柿」をGIという制度に登録して、それを使ってブランド戦略を立てていこうというのが、今後の私の支援する内容です。
 この(2017年)6月、GIへの登録を申請します。早くて9か月程度で登録になります。そこからがほんとうのスタートになりますが、その間にブランド戦略や地域活性化等のビジネスモデルを創ってまいります。よれによって、「あんぽ柿」がまた次の百年に繋がっていくようなそんなお手伝いをしていきたいと思います。
《絵本シアター上映》
郡山市立小泉小学校 校長 木村 京子 様
 私は、震災の翌年である2012年に、五十沢小学校に校長として着任いたしました。そのとき、五十沢の特産である「あんぽ柿」は生産も出荷もできないという状況でした。
 五十沢小学校では「あんぽまつり」という学校行事を長く行ってまいりましたが、このときはそれさえ開催できませんでした。でも私は、子どもたちは、ここが「あんぽ柿」の生産地だということに自信と誇りを持っていました。
 まつりは開催されませんでしたが、なにかできることはないだろうかと、小さな活動を開始しました。柿の木の観察や、地域の恩人である佐藤さんの生家訪問、絵本にも登場するカッキーとカッキーナというキャラクターづくり、PR活動など、いつか生産が再開する日を信じて続けてまいりました。
 そんな活動を何かの形に残したいと考え、絵本作家の粕谷さん、イラストレーターのはらださんに相談し、このたびカッキーとカッキーナは絵本になりました。初めはノートのような小さな絵本を200部作って子どもたちや地域の方に配布しました。そうしたところ、宍戸さんから思いがけずステキなお話をいただき、このような立派な絵本に変身することができて、発案者としてたいへん喜んでいます。
 これが、五十沢だけでなく県内、日本全国、そして世界にまで旅してくれたらいいのにと願っています。
絵本パフォーマー 粕谷 ひろみ 様
 絵本のページがプロジェクターでスクリーンに投影され、粕谷様の読み聞かせ朗読会が行われた。
 絵本のタイトルは『カッキーとカッキーナのゆめ』。
 
 作・かすやひろみ 絵・はらだくるみ 原案・監修・きむらきょうこ
 
【絵本の内容の要約】
 広くて大きな柿農園の真ん中にある「五十沢柿の木小学校」を卒業したカッキーとカッキーナ。修学期間は6カ月間で、その間、ミツバチや、育ての親である柿農園のおじさんやおばさんに出会い、夏の暑さや台風に耐えながら成長していく様子が描かれる。
 秋、卒業するとき、担任の先生は「皆さんはシブガキです。でも五十沢の「あんぽ柿」になれるんだよ。胸を張って生きて行きなさい」と、子ども柿たちに言う。
 そしてこんな話しも聞かされる。彼らが生まれる2年前、大きな地震と原発事故があり、五十沢もその被害に遭い、その年と翌年に生まれた彼らの先輩たちは「あんぽ柿」になる夢を捨てなければならなかった。五十沢を愛する誰もが悲しんだ。
 しかし、90年の歴史を終わらせるわけにはいかない。五十沢地区の誰もが諦めなかった。そして、震災の翌々年、「あんぽ柿」が復活したとき、大活躍したのが五十沢小学校の子どもたち。子どもたちは「あんぽ柿」をPRするための作戦会議を開く。そのとき生まれたゆるキャラがカッキーとカッキーナだった。
 「あんぽ柿をPRしよう!」。カッキーとカッキーナは、五十沢っ子と一緒にキャラバン隊を結成し、旅に出た。
 そして彼らは、東京の人たちに「あんぽ柿」が安全でおいしいことを懸命に伝えた。見事に完売した。
 カッキーとカッキーナにはさらに大きな夢がある。それは世界中の人たちに五十沢の「あんぽ柿」を知ってもらうこと。だから今もふたりは旅を続けている。
 『ぼくたちのゆめは みんなのゆめ』とカッキー。
 『これからもゆめをつないでいこうね』とカッキーナ。
《激励の言葉》
キリン株式会社CSV戦略部 絆づくり推進室 室長 中澤 暢美
 宍戸様はじめ生産者の皆さまのお話を伺い、大正時代から90年以上「あんぽ柿」を作り続けていらっしゃることの誇りと、伊達地方の産業の柱として行きたいという思いを強く感じました。
 成果報告では、定量的な計画をしっかりと組み立てていらっしゃるということと、それをスケジュールに落とされているということ、課題に対する対策が明確化されていて素晴らしいプランだと感じております。
 今後の福島、そして伊達地方において、この財産を誇りとして次世代に繋げていくことはとても大事で、それはきょうこの会場にいらっしゃる皆さん、同じお気持ちだと思います。
 当社では、2011年以降、微力ではございますが復興支援に携わってまいりました。昨年の熊本の震災以後も農業や観光事業でお手伝いさせていただいております。
 地方の皆さまが、自分たちの地域を誇りに思い、そこでの生活が続いていくということを切に願っております。ますますの飛躍をご祈念申し上げます。
《激励の言葉》
公益社団法人日本フィランソロピー協会 理事長 髙橋 陽子
 私が「伊達のあんぽ柿」と初めて出会ったのは30年前です。私の母は干し柿が大好きで、あるとき伊達市出身の方が母にあんぽ柿を送ってくださったのですが、そのとき私は、その大きさと深い甘い味にびっくりしました。母も驚き、それから母が他界するまで毎年送っていただいたのです。
 そして今回、キリン様とのご縁を通じ、伊達市のあんぽ柿とあらためてお付き合いをさせていただきました。若いころはあまり食べなかったのですが、年齢を重ねたというか、いい味が分かるようになったのか、今では私も大好きになりました。
 消費者としてほんとうにおいしいと思いました。そしてもうひとつ、宍戸さんに初めてお会いしたとき、五十沢の「あんぽ柿」は、90年間、ただ作られてきたのではなく、厳しい時代に村の存亡をかけてはじまり、戦争の時代を経て、今回また厳しい時代を迎えたと歴史を語ってくださいました。そして、こんな厳しい時代でも、自分たちは、先輩方の努力や故郷への愛を受けて絶対にがんばるのだとおっしゃっていました。
 木村校長先生からは、子どもたちがあんぽ柿を話しをするときは誇らしげに嬉しそうに話すということを伺い、皆様方の思いや志しや悔しさが子どもたちに伝わっているのだと、きょうあらためて実感いたしました。
 私にとっては、母を思い出す味です。食べること、食卓、故郷は、人生を歩んでいく上でとても大事なものです。子どもたちに故郷を残し、担い手となって、未来に向かって挑戦し続ける。そんな故郷であってほしいと願っています。
閉会の辞が述べられたあと、「あんぽ柿」と「あんぽ柿」を使ったタルトの試食会も行われた。
クリームチーズっぽい生クリームを「あんぽ柿」の自然の甘みがそっと包む。
やさしくほっとできる甘みが、出席者の顔をほころばせた。
《インタビュー点描》
絵本パフォーマー 粕谷 ひろみ 様
 2年前、絵本シアターという活動で五十沢小学校を訪ね、木村校長先生にお会いしました。『カッキーとカッキーナ』は、そのとき先生から制作のご依頼をいただきました。条件としては、子どもたちが考えたキャラクターを登場させること。そしてふたりが冒険するようなストーリーにしてくださいとのことでした。
 
 でも、柿の知識が何もなかったので(笑)、柿の取材から始めました。小学校の横にあった柿の木も毎月一回撮影したり、あんぽ柿づくりも体験するなど一年がかりで完成させました。
 子どもたちと一緒にキャラバン隊を組んでPRに行く場面は、地域の人たちの思いを背負って行くこと。子どもたちの夢であり、地域の人たちの夢でもあります。みんなの夢を未来に繋げていこうというメッセージを、いちばん伝えたかったですね。

《インタビュー点描》
浅野国際特許事務所副所長 浅野 卓 様
 私はJA全中さんで、ずっとGIの申請やビジネスモデルを作るなどしていました。東北地方は取り組みとしては遅い方でしたが、全国第一号は青森県のカシスです。福島県からも問い合わせは多かったのですが、動きとしてはゆっくりでした。
 先ほどもお話ししたのですが、GI制度は、生産地と密接に結びついた特性をもつ農産物を登録する制度です。さまざまな証明とか証拠も必要です。「あんぽ柿」の特性は、例えばとろりとした食感だとか、オレンジ色の果肉だとかがあるのですが、じゃあとろりとした食感って、どうやって科学的に証明するのか。客観的な根拠を示さなければなりません。水分量が多いとか、ゲルの部分がこれぐらいだとか。
 90年という歴史は大きいです。生産方法も確立している。でもGI認証を受けたからと言って、例えば単価が跳ね上がったりはしません。ただしGIという国のお墨付きのイメージを使って、いかにブランド戦略に結びつけるか、地域活性へ繋げるかなどをこれから考えて、実践に移してまいります。補助金や支援がなくなっても自立的に展開していけるような枠組みを作って行きたいと思います。
《インタビュー点描》
がんばっぺ!!あんぽ柿協議会 リーダー 宍戸 里司 様
 震災から3年目になって「あんぽ柿」づくりが再開できたこと、75パーセントまで回復できたこと。いちばん困難だった時期にご支援いただいたことは、ほんとうに大きな力になりました。
 五十沢では、子どもたちもほんとうに応援してくれるんです。あんぽ柿工房という加工施設もできて、生産量も増えていくと思います。震災前の水準へ持っていきたい。
 干し柿は日本古来の食べ物です。大切な食文化として残していかなければなりません。残していき、みんなに食べてもらいたい。「あんぽ柿」は、伊達地方の文化そのものです。おいしくて身体にいい。そういうものは必ず残っていくと信じています。


《インタビュー点描》
がんばっぺ!!あんぽ柿協議会 事務局 清野 公弘 様
 ゴール地点が見えない中でスタートした2年間でした。途中でメンバーが入れ替わったりいろいろありましたが、なんとか報告会が開催できてほっとしています。
 事業計画も立てて、それに沿ってきたのですが、ちょっと苦戦した感じです。GI申請など、これまでの業務とは違ったものも多かった。体験ツアーについても、協議会単独で進めるのは初めてでしたし、参加してくれるだろうかなどととても不安でした。でも、参加者の皆さんは、こちらが思っていた以上に産地に親しんでくれたり思ってくださったりで、やってよかったなあと感じました。
 ツアーのお客様は仙台の方々でした。近県でいちばん需要が望めそうな街を選んだんです。農家訪問や皮むき体験などのほか、伊達氏ゆかりの場所も訪ねるなどして、仙台藩伊達家はここが発祥なのですとお伝えすることもできました。
 これからは、やはりもっと若い方に「あんぽ柿」を知ってもらいたいですね。まずは地元発信かな。絵本や「あんぽ柿のタルト」などで、地元の特産品に気付いて、食べてもらいたい。大人になってこの地を離れたときも、お店で「あんぽ柿」を見つけたときは、懐かしいな、買って帰ろうかなって思ってもらえるような、そういう展開に結びついていけたらと思っています。
2017.05.31 がんばっぺ!!あんぽ柿協議会「伝統産業“伊達のあんぽ柿”の復活と継承 ~新たな挑戦~」成果報告会 おわり

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