2010年7月号巻頭インタビュー
 
◆巻頭インタビューNo.331/2010年7月号
「大化けの教育」に見る大学の未来像
大坪 檀(おおつぼ・まゆみ)氏/静岡産業大学学長


大坪 檀 氏 <プロフィール>
東京大学経済学部卒業、カリフォルニア大学経営学大学院でMBA取得。株式会社ブリヂストンに入社し経営情報部長、米国ブリヂストンの経営責任者、宣伝部長を歴任。その間、上智大学講師を勤める。ペンネーム千尾將で執筆活動。1987年より静岡県立大学経営情報学部教授、学部長、学長補佐を務める。ハーバード大学、ノースカロライナ州立大学客員研究員。1998年4月より静岡産業大学国際情報学部教授。2005年4月に情報学部教授となり、現在に至る。NPO志太榛原経済フォーラム会長、磐田市行財政改革進行管理委員会委員、静岡県総合計画審議会委員(会長代理)、NPO法人しずおかコンテンツバレー推進コンソーシアム理事長も務める。著書に、『戦略的発想を磨く本(改訂版)』(2003年/実務教育出版社)、『大学のマネジメントその実践』(2005年/学法文化センター)など多数。

 静岡県磐田市と藤枝市にキャンパスを有する静岡産業大学(以下SSU)は、学生数2,200名、経営学部と情報学部の2学部からなる小さな大学だ。しかし、この小さな大学が実践しているユニークな教育が、マスコミなどで注目されている。「静岡県を支える若者を育てよう」という熱い思いを共有する地元企業や自治体と協働し、学生たちを支援しているという。
 米国ブリヂストン経営責任者という異色の経歴を持ち、今、日本で最も注目されている大学長の一人、大坪檀氏にお話を伺った。


学生をハッピーに!大化けの教育とは

―最近の若者はどこか元気がなく、何か閉塞感に包まれているように感じます。先生はどう感じていらっしゃいますか?

大坪/そんなことはありませんよ(笑)。大人がそう思い込んでいるだけです。ここで勉強する若者たちはみんなニコニコ元気一杯です。9時から始まる授業のために朝8時半に来て準備をする学生も珍しくありません。若者たちは世間で言われているより積極的で燃えていますよ。

―そうですか!大学生の質が低下している、大学が崩壊しているといった報道に惑わされているのかもしれません。

大坪/最近、大学はみんなが行けるようになって学生の質が落ちたと言う人がいますが、これはおかしい。みんなが大学に行ければ、若者に力が付いて全体の質は上がるはずです。学校に行くのは自分の質を上げるためですから。

―なるほど、そう考えると日本には元気な若者がたくさん育っているはずですが、そういった声が余り聞こえてこないことも事実ですよね。

大坪/日本の教育に意識改革が足りないからです。大学は受験を課して優秀な学生を集めようとしますが、これは先生のためです。教育するのが面倒だからできる学生を集めたがる(笑)。ここを改革しないといけないですね。本来、教育とは、できない学生を集めてできるようにしてあげることです。

―日本の若者を元気にするにはどうしたらいいと思いますか?

大坪/それぞれの個性を引きだしてあげることです。自分から伸びたいと思ったら元気になりますよ。自己実現をして、その力を活かして社会に貢静岡産業大学藤枝キャンパス献する。そして「ありがとう」と言われたら誰もがハッピーな気持ちになりますよね。今の日本は、偏差値教育で序列を作っているから、若者に負け犬根性が付いてしまうのです。本当は、みんなそれぞれにすばらしい能力を持っているはずなのに。SSUでは正々堂々と「学ぶ学生の能力を偏差値に求めず、偏 差値では測定できない個々の学生の潜在能力を引き出し、開発することを重視する」と宣言しています。

―しかし先生ご自身は東京大学卒業のエリートでいらっしゃいますよね(笑)。東大を卒業後、カリフォルニア大学に入学して、MBAも取得された。

大坪/私は東京育ちの江戸っ子で、比較的恵まれた環境にあったと思います。人は自分ではコントロールできない神の見えざる手によって、ある一定の地位につく場合があると思うのです。私もその一人です。だから「こんなにさせていただき、何もしなかったらばちが当たる。社会のために恩返しをしなければ」という思いが常にありますね。江戸っ子気質「一心太助」のような。

―お父様も教育者でいらっしゃったと伺いましたが。

大坪/はい。高校と大学の教師でした。当時私の家には、いわゆるできの悪い生徒が集まって来て(笑)、父は食事もさせて面倒をみていました。後に彼らは大臣など社会で大いに活躍しました。彼らは「大化け」したんですよ。私はここに本来の教育の姿があると思うのです。できない子を集め、個性を引き出せるようにする。これこそ教育の醍醐味です。父がすばらしい教育者であったことを理解したのは、自分も教育者になってからですが、今の大学は、このような教育者を作らず、研究者を作ってしまったと言わざるを得ません。研究者のために学生からお金をいただくのですか?それはやっぱりおかしいですよね。大学も教員も意識改革が必要です。

―それで先生は、この大学で教育改革を断行されたわけですね。SSUの掲げる「大化けの教育」

大坪/可能性を秘めた若者たちは、何かの拍子で輝き始めることは珍しくありません。夢を持ち目標を見つけたとき若者たちは大化けする。人は誰でもそんな大化けスイッチを持っています。ここで私は、そのスイッチが入る瞬間をたくさん見てきました。大学も教員も一丸となって、彼らの大化けスイッチが ON になるよう支援をする。それが「大化けの教育」。教育の真髄だと思っています。

大化けスイッチ―なるほど。この白い人形が OBAKE 君ですね(笑)。まだのっぺらぼうの人形が、それぞれの色でどんな大化けをするのか楽しみです。

大坪/大化けした学生の例をお話ししますと、彼はいわゆるヤンキーだったんです(笑)が、ある日、お父さんから入学させて欲しいと連絡があり、面接して入学を許可しました。彼は本当によく勉強しまして、それはすばらしい論文も書き上げました。その後、横浜国立大学の大学院に行って、修士課程を2年で取得しました。その時、ここにお礼を言いに来てくれて。大学院を卒業してわざわざお礼に来てくれるなんてまずないことですが、ポケッ トから20万円を出して、大化け基金に寄付をしてくれたのです。

―すばらしいお話ですね!「人は自己実現して社会に貢献する」という先生の思いが伝わった。

大坪/うれしかったですね。大化け基金は、経済的に苦しい学生の学費に充てるもので、私も含め先生方や外部の方の寄付で成り立っています。彼は今、お父さんの会社を継いでがんばっています。これこそ教育の醍醐味ですよね。

―大化けの教育を実行するには先生方の教育力も大切ですよね。

静岡新聞(2010年1月26日)ティーチングメソッド研究会大坪/毎年1回、全員参加で指導方法を発表する研究会を開催しています。これは一般にも公開されていて、学生も聞きに来ます。毎年自己点検を積み重ね、今年で10年目になりましたので、こうしたら大化けできる!SSUのメソッドを著した本を出そうかという話をしています。

―常に新しい教育方法を開発されているのですね。その成果が新しい教育につながっている。

大坪/昨年10月には「日本語リテラシィ研究センター」を藤枝キャンパスに開設しました。ここでは、日本語を教えています。

―日本人の学生にですか?

大坪/はい。英語もいいけど、その前に日本語を教えようと。日本語を教えると英語もできるようになるんですよ。SSUでは1年から社会で使える「読む」「書く」「話す」力を身につける日本語が必須科目になっています。情報学部の学生は俳句やお茶も必須教養の一つです。

地域のパッションを集めて寄付講座を開催

冠講座/地域の社会人にも無料で公開―SSUでは、地域の企業や行政から講師を招いた「冠講座」を積極的に行っています。第一線で活躍する方々からの実践的な講義は、大変好評とのことですが、これはいわゆる寄付講座ですよね。

大坪/寄付講座ですが、お金は一切いただきません。ただ「お金をください」というと長続きしない。その前提にパッション、愛がないとダメだと思うのです。

―どのように企業の方を引き込んでいらっしゃるのでしょうか?

大坪/「大学は社会や地域に貢献できる人材を育成する公器です。しかし、今の日本の大学はそれができていません。だから私はそれを実現する新しい大学モデルを創りたいのです。これは大学だけではできない、あなたが必要なんです!」とお話します。

―この言葉はグッときますね。

大坪/一緒に次の世代、特に静岡県を支える人材を育てましょうという話ですから、皆さん賛同してくださいます。そうすると「じゃあ何をします?」と聞かれるので「あなたの、人を育てよう、静岡県を良くしよういうパッションをください。社会が今どう変化しているのか、その最先端を教えてください」とお願いします。そして静岡銀行の頭取が直々に講師となった銀行論から冠講座は始まったんですよ。

―すばらしい!どんな理論よりも実践的で勉強になりますよね。ヤマハ発動機、スズキ、ブリヂストン、中部電力…。地域を支える企業がたくさん参加されています。地元企業がSSUの応援団になっているのですね。

大坪/今年度も最先端の話をしてくれる冠講座が21講座もあるんです。「ジュピロ磐田のチーム経営」「テレビ局の現場とは」といった企業による講座だけでなく、藤枝市や磐田市、静岡県など自治体の講座もあります。1つの冠講座は15回の講義で構成されますが、学生は講義に出席するだけでなく講師の先生のアシスタントもします。これもすごく勉強になりますよね。そしてこれは、講師をしていただいた企業などの方々にも、教育現場を知っていただく良い機会となります。冠講座を通して、地域と大学の相互理解が深まることを感じます。

―SSUが静岡県の地域と大学、企業をつなぐ扇の要のように感じます。

大坪/地域に貢献できる人材を地域とともに育てているのだと思います。学生もその期待に応え、今年3月に就職した卒業生の約7割は、県内企業でがんばっています。

石橋正二郎氏に教わったフィランソロピーの実践

―先生のお話には地域貢献、社会貢献という言葉がよく出てきますね。

大坪/アメリカで最先端の経営を学んでいた私に、お誘いいただきブリヂストンに入社しました。創業者の石橋正二郎さんは、まさにフィランソロピストで、私の人生に最も大きな影響を与えた人物のひとりです。石橋さんのアシスタントを10年しましたが、実践を知らない私の目の前で、社会のリーダーのあるべき姿を見せてくださいました。

―石橋さんは、先生にとってまさにフィランソロピーの師であったわけですね。

大坪/石橋さんほど美術館や博物館を寄付した人はいません。国立近代美術館も石橋さんのポケットマネーで創設されたものですし、ブリヂストン美術館も石橋さんが寄付されたものです。久留米の文化センターもそうです。地域や小学校などに贈った寄付も数知れません。また、環境問題にも、いち早く取り組まれた方で、工場の回りには必ず森を作っていました。効率のために樹を切るなら工場長の首を切る(笑)と言われたほど、環境を大切にしていました。石橋さんには実践を通して、リーダーとして高い次元から物事を見る大切さを教えていただきました。

―教育者となられた今も、石橋さんから教わったフィランソロピーを実践されている。

大坪/実は、教育の原点も石橋さんに教わったものです。日本庭園がお好きだったのですが、ある日、庭園を歩いていると「大坪、世の中にはダメ人間はいないよ。この庭を見てごらん、小さな石もここにあるから価値がある。松の木もここに植えるからすばらしいし、雑草だって立派に輝いているんだよ」とお話されました。はっとしましたね。この方はすばらしいことをおっしゃると。こんなことは、経営学の本には書いてないですよ。教育も同じ、学生がそれぞれに輝ける場所を見つける。それが大切なんですね。

―石橋さんから学んだ考え方が、SSUの理念につながっているのですね。

大坪/人が大事。私はこの大学に関わる人、みんなにハッピーになってもらいたいのです。考え方が合わなくてアンハッピーな人、居心地悪い人は別のところに行ったほうがいいと思います。10年学長してきて、ようやくこの考え方が浸透してきたからでしょうか、お陰さまで、たくさんの学生に来てもらえるようになりました。

SSUスポーツアカデミー―学生も教員も職員もみんなでハッピーになろう!ですね。

大坪/一生懸命良い教育をする。これが大学の社会貢献です。そして学生の就職は大学の社会的責任です。ですから、就職できないのは大学の課題です。SSUでは就職支援スタッフや教員が、地元企業を中心に毎年1,000社以上企業訪問します。今、どんな産業が生まれているのか、そこにはどんな人材が求められているか、そのためにはどのような教育が必要か、そのようなことを聞きながら就職支援を進めています。一人でも多く、地元に貢献できる人材を送り出したいじゃないですか。

―今年春のSSU卒業生の就職率は、全国平均を大きく上回る80%前後をキープされていますが、大学の社会的責任を果たすべく活動された成果によるものともいえますね。

少子化時代は教育者にとって最高の時代

大坪/学長になって10年になりましたが、静岡は文化教育を育むところとしては、最高の場所だということを改めて感じています。東京と京都の間にあって二つの文化が融合しています。気候も温暖で山も海もあるすばらしい自然に恵まれています。

―新聞に毎月のように登場するSSUは、地域の方たちにとっても誇りですよね。学生は地元の方が多いのですか?

大坪/そうですね、やはり静岡県の人が多いですが、磐田キャンパスは2割が他県からの学生です。最近、東京や神奈川からの学生が増えています。東京離れが始まったのかもしれませんね。SSUのような少数派に賛同する方も増えているのだと思います。でも私は少数派でいいと思っているんですよ。SSUのように、地域とともに存在する小さな大学があっていいし、六大学のような大学があってもいい。日本の良いところは、選択肢の多さです。選べることは豊かさの表れです。私はその中で、よそのまねをしないというポリシーで大学運営に当たっています。それがまた社会に対する貢献だと思っています。

―SSUだからできることがあるのですね。

大坪/静岡大学から一緒にやりましょうと提案をいただきましたが、それも同じことをしていないからです。あちらは情報学部でも理系、こちらは文系。違うから一緒にやる意味もあるのです。「あそこがやって成功したからうちも」という発想ではなく、どこもやっていないことをする。その視点が大事だと思います。

―お互いの違いを有機的に結びつけつけることで、学生の選択肢が広がって、さらに良い学びの場を提供できる。先生のお話を伺うと、よく言われている「少子化で大学は経営が厳しい」といったことは全く感じません。

大坪/少子化はすばらしいことですよ。マスコミなどは日本の人口は減少していて大変だ!と不安を煽りますが、実際少子化で何か大変なことは起きていますか?まず前提として、日本の適正な人口は何人でしょうか?その議論はあまりなされていないですよね。人類の歴史をみても、人口は多いほど大変で、人口は少ないほうが栄えている。戦後、少子化のお陰で食事も良くなり、みんな高等教育が受けられるようになったのです。もし、不安なのであれば、一人で2倍の価値を生み出せる人材を増やせばいい。そう考えると、今ほど教育者が腕を揮える時代はないと思うのです。

―「逆転の発想」というよりも、「まっすぐに見る発想」ですね。「本学は国家のためにあるわけではなく、地域社会のためにある」と明言しておられます。そこから出発することで地方再生のあり方、大学教育のあり方が見えてきます。現代の「一心太助」の一石は、意外と大きいと思います。ありがとうございました。

聞き手/法人日本フィランソロピー協会
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子