特別インタビュー/No.381
<プロフィール>
川野幸夫氏
 
かわの・ゆきお
公益財団法人県立浦和高等学校同窓会奨学財団理事長、埼玉県立浦和高等学校同窓会顧問、株式会社ヤオコー代表取締役会長、ヤオコー川越美術館館長、公益財団法人川野小児医学奨学財団理事長など
小室正人氏
 
こむろ・まさと
公益財団法人県立浦和高等学校同窓会奨学財団常務理事、埼玉県立浦和高等学校同窓会顧問
藤野龍宏氏
 
ふじの・たつひろ
公益財団法人県立浦和高等学校同窓会奨学財団事務局長、埼玉県立浦和高等学校同窓会事務局長
 
特別インタビュー No.381
世界に羽ばたくリーダー育成のため
奨学金で後輩を支える浦和高校同窓会
公益財団法人 県立浦和高等学校同窓会奨学財団
理事長  川野 幸夫 氏
常務理事 小室 正人 氏
事務局長 藤野 龍宏 氏
 宇宙飛行士の若田光一氏や心臓外科医の天野篤氏など、各界で活躍する人材を輩出している埼玉県立浦和高等学校。毎年、多数の東大進学者を出す、埼玉県の名門男子校だ。
 同校は県立高校として地元に密着し、かねてから同窓会活動も活発だったが、2013年に自ら財団法人を設立。日本では極めて稀な、同窓会による、海外で学ぶ若者を支援する奨学金事業という、ユニークな活動を始めている。
 公益財団法人県立浦和高等学校同窓会奨学財団理事長で、浦和高校同窓会前会長の川野幸夫さん(食品スーパー株式会社ヤオコー代表取締役会長)、常務理事の小室正人さん、事務局長の藤野龍宏さんにお話をうかがった。
寄付者一覧表で競争しながら寄付を募る
― 奨学財団設立は、当時、同窓会会長であった川野さんの発案だったそうですが?
川野 当時の浦高(浦和高校略称・以下同) の校長先生から、生徒をアメリカの大学のサマーセミナーに出したいというお話がありました。同窓会として経済的な応援をしていただけないかということで、3人の生徒に総額100万円ほどをお出ししました。ただ1回限りだと大きな意味にならないので、財団を作り、常時、生徒を応援していきたいと考えて、同窓会の役員に相談しました。すると皆さん大賛成で、次に総会にかけても大賛成。トントン拍子で決まりました。
― 同窓会メンバーは非常に積極的ですね。
川野 浦高には「リーダーたるべき人材を育成する」という教育目的があります。今の時代、グローバルに活躍できる人材の育成が重要ですが、若者が内向き、うしろ向きだなどと言われるように、ちょっと元気がない。浦高の生徒は比較的元気だと思いますが、それでも背中を少し押してあげれば、動き出しやすいですね。特に若いうちに、短い時間であっても海外に出て、異文化で育った人たちと議論をしたり、異文化生活を味わうのは、大きな刺激になりますから、多くの在学生に体験させようと考えました。
 その一方で、経済的な格差もあり、中には大学に進学できないという生徒もおられる。そういう方々の経済面での障壁を取り除いていくということも大切です。
― 事業を始める際、資金集めは大変ではありませんでしたか?
小室 もともと同窓会では10年おきに記念事業を行っています。30年前の創立90周年の際は「麗和会館」(同窓会館) を建てました。
 110周年のときは環境問題が騒がれている時期でもあり、「浦高百年の森」をつくろうと、埼玉県寄居町に5ヘクタールの山を借りて木を植えました。以来、年に3回ほど活動日を設けて、生徒とOBが一緒になって下刈をしたり、間伐を行 うなど世話をしています。このときには、同窓会会員から約6,500万円を集めて、事業をスタートさせました。
― 心強い同窓会! 100年の森づくりを始めて10年。樹木も生長したでしょうね。
小室 あと10年経てば、学校の校舎建築の材料にも使えると思います。そして、次は120周年ということで、川野会長から「今度は人づくりをやろう」という話になりました。
― 同窓会の皆さんは、まさに「リーダーたるべき人材」ばかりです。寄付もかなり積極的ですね。
藤野 そうですね。毎年4月に同窓会会報を全会員に送るのですが、そこに寄付金の振り込み用紙を同封します。その中に、寄付金の累計実績がすべて出ています。
― 「奨学金寄付一覧表」を拝見しましたが、驚きました。会員個人名とその人の卒業年度、個人の寄付金額が、すべて一覧になっています。だれがどれだけ寄付をしたか、情報公開も徹底していますね。
小室 何回生の誰が寄付したのか、全部わかるようにすることで、競争してもらいます。同窓会の集まりがあると「おまえ、まだ出していないのか」とやりあう (笑)。名誉欲をちょっとくすぐるわけです。会員全員に送ることで、「俺も出しているぞ」と公表するのは悪い気はしないし、重要ですね。
― 一覧表では、累計寄付金額の高い順番に並んでいるので、毎年、寄付の努力をすれば、上位ランクに上がっていけるというシステム。現在の募金総額は約6,100万円。かなりの金額です。寄付に関しては、遠慮して、曖昧にしてしまいがちですが、よきことへの競争。リベラルな意識が反映されています。
 一番大きいのは、川野会長からのご寄付だったんですね。
小室 株券をいただきました。毎年、配当金がありますから、奨学金の財源としては、ありがたいです。
川野 今のような低金利の時代では、現金の基本財産は、ほとんど果実を生まず、活動資金が不足して弱っているという財団も、少なくありません。わたしは約30年前、川野小児医学奨学財団という組織を作った際に、株式を寄付しました。その配当が年1億円くらいになり、今も無理なく活動が続けられます。今回の同窓会奨学財団を考えたとき、基礎の部分で、恒常的に活動資金が入る形にすると、同窓生の皆さんにもご寄付の話をしやすいということもあり、株式を寄付したのです。
小室 ただそのとき、国税庁が、みなし譲渡課税をかけると言ってきました。
― 寄付した方に、税金がかかってしまうのですね。
川野 今後、同窓生の中から、わたしのように株式を寄付する人もでてくるはずです。ですから、ここで頑張らないと後が続かないと考えて、訴訟をするくらいのつもりで、国税庁と話し合いました。
小室 最後は納得してくれて、これで税制に穴を開けたと思っています。今でも許可制ですが、教育の振興などを目的とした公益財団法人に寄付する場合、譲渡課税は、非課税になりました。承認申請書の形式もだいぶ軽減されたので、よい方向に進んでいます。
意欲がある卒業生なら30代、40代でも助成する
― 浦高奨学財団の助成は、すべて給付型。海外の大学へのサマーセミナーや長期・短期留学、国内大学への進学などが対象ですね。選考はどのようにして行っておられますか?
小室 浦高の先生、PTA、浦高後援会、同窓会という4つの別組織のメンバーが集まり、年に3回、選考委員会を開催しています。
藤野 希望者には、願書を提出していただきますが、在校生には一定の成績が必要です。ただ「この子は成績が悪いのだが、なんとかならないか」という場合もあります。
川野 去年、成績がもうひとつだった生徒で、サマーセミナーにぜひ参加したいというので、「来年は基準に達するような成績を取ること」という条件をつけて行かせました。すると海外での成績は、他の連中より優秀だった。意欲が強かったのでしょう。
【写真】今年(2017年)のサマーセミナーに参加する海外研修生たちと一緒に
(前列中左から、小室常務理事、川野理事長、浦高・松本教頭)
― 成績だけではない、可能性を見極める目利き力がものをいう選考基準ですね。
小室 あまり厳しく定めず、ある程度、調整ができるような緩い基準を持っておこうという考え方です。選考委員に、大変熱意のある浦高教諭の方がおられ、奨学事業に意欲的で、普段の生徒を、しっかりと見ていてくれるので助かります。
― 奨学財団では、在校生だけでなく、卒業生の募集も受け付けているのですね。
小室 こういう方にはぜひ頑張って欲しいという人材であれば、30歳でも40歳でも大丈夫です。東北大学を出て病院勤務をし、家庭を持っている卒業生も、コロンビア大学医学部へ留学したいということで、助成したこともあります。一度といわず、何度でも可能です。
― 一度だけじゃないのですか! いくつになっても、何度でも挑戦できるとは、励みになりますね。
 奨学金受給者を見ると、ケンブリッジ大学、エディンバラ大学に並んで、カールスルーエ音楽大学というリストも。浦高は、理科系が多いということですが、音大に留学する人もいるのですね。
川野 この人は東大を蹴って東京音大に入り、そこも3年で卒業した優秀な人です。国内にいると、外国のコンクールに出てもトップになれないので、なんとか留学したいと訴えて、「自分は絶対に世界一になる」と言ってきました。
― そういった熱い思いも、選考には有効なのですね! 理事長や選考委員の方々の心を、いかに動かすかもポイント。
川野 ですから、わたしたちも喜んで助成しました。音楽などの芸術分野でも、運動分野でも「世界一」を目指す人なら、どうぞ来てくださいと、いつも言っています。
― 助成を受けた人からの報告は、どのようなものですか?
小室 留学をしている学生は、毎年報告書を提出し、サマーセミナーに行った生徒たちは、全校集会で報告しています。
川野 同窓会創立120周年記念式典では、支援を受けて、ミシガン大学のサマーセミナーに参加した3年生の設楽広太君が、すべて英語でスピーチをして素晴らしかったですね。海外ではこんな気づきがあり、刺激があったという内容で、その場にいた同窓生は、奨学金事業をやってよかったと、感動していました。
 昔の浦高には、教科書の勉強だけではなく、先生や友人と議論し、人生論を語ったり、哲学書を読んで、自分の生き方を探りながら創ってきた時代がありました。
 いろんなことを体験して本質的なものを学ぶことは、若いときには大切だと思います。
― まさにリベラルアーツの必要性を実感しますが、人間形成の大事なときに、海外で、豊かな体験をさせたいという、先輩たちの温かい思いを感じます。
 2016年までの奨学生累計は、海外研修105名、留学19名、修学1名、進学4名、給付金額約3,000万円と、規模も大きくなっていますね。
小室 本当の成果が出てくるのは10年先。大学を卒業し、その後、どうなるかが楽しみです。
川野 今のように、先の見えない時代こそ、リーダーの役割は非常に重要です。国も地方公共団体も会社も、すべてリーダーによって組織の活性化を図れますし、発展もする。そういう意味で、浦高からグローバルに活躍できるようなリーダーが、1人でも2人でも出てくれれば、本当に、わたしたちの応援のしがいがあると思います。
寄付金活動は母校の「愛し方」の表現
― 現在も、毎年1,000万円ほどの寄付金が集まっているということですが、継続的な同窓会パワーは大きいですね。
川野 私はヤオコーというスーパーマーケットの仕事をしていましたから、直接、同窓会活動に携わったのは、まだ15年ほどです。その中で参加されている方々を見ると、皆さん、浦高が大好きで、この学校を卒業したことを誇りに思い、後輩たちのためになにかをしたいという気持ちの人が、集まっています。
 現在、九州、大阪、関東地区などに全部で27支部があり、懇談会も含めて、いろんな活動をしています。昨年まで、わたしは同窓会会長でしたので、各地の支部の総会などに出席して、非常に活力を感じました。このパワーが、浦高同窓会の原点になっていると思います。
小室 浦高の代々の校長も同窓会活動に理解があり、支部の総会に出席します。また同窓会役員会、理事会には必ず出て、「今の浦高はこのようになっている」と話をしてくれる。事務局にも顔を出し、非常に連携がいいですね。
川野 同窓生が、愛校心や母校への誇りを持って寄付などもしていますから、校長先生への刺激にもなっています。たとえば、今年は東大入学者数が減ったとなると、来年は、指導をもっと頑張ろうという気持ちも出てきます。そして浦高が教育界の中でプレゼンスを高めると、同窓会でも「この学校にふさわしい組織にしよう」と励みになる。互いに刺激しあい、相乗効果があがりますね。
― まさにそれが、学校と同窓会の本来的な関係かもしれません。
小室 今、70代くらいの同窓生の方々は、バブル期の日本社会を生き抜いて、皆さん、本当に浦高を愛している。ぜひ後輩にも、今後の日本社会で頑張って欲しいという思いがある。でも何をしていいのかわからない人が、ほとんどです。そこで愛する気持ちを形にすることが、我々同窓会役員の仕事だと思っています。そのための寄付活動です。
 また、留学に行く生徒たちには必ず言うのですが、今は全額を給付しているが、将来は世界で活躍し、10年・20年たったら、次の浦高生のために寄付してくれと。寄付をもらった人が、それを返してくれる。奨学金助成がエンドレスになりますね。
川野 今は個人や会社で奨学財団を作るのは、それほど難しくはありません。しかし、大勢の同窓生を巻き込んで、ポケットマネーでいいから、一人ひとりが少しずつでも寄付をして、みんなで後輩を応援していく。それが、浦高同窓会奨学財団の大きな意味ではないかと思います。
― 財団が設立されてから、全国の高校同窓会が同じような活動を始めています。広島国泰寺高校、福岡県立福岡高校、東京都立西高校、神奈川県立湘南高校などに広がって、浦高同窓会の影響力を感じます。
川野 浦高同窓会だけでは、1年に50人、60人しか応援できませんが、全国で100校の同窓会が頑張ってくれれば、年間5,000人の生徒を応援できます。彼らが成人し、社会人になったとき、日本のリーダーとして、日本の将来を決めてくれる人材が出てくるのではないか。それが、わたしたちの願いですね。
 シニアにプラスでも、現役にマイナスのことが多い今の世の中。先輩が後輩を応援する、育てるというサイクルを回していかないと、今の日本社会で、若い人は大変だと思います。ですから、皆さんと一緒になって、他の学校にもご説明をして、志ある全国の高校で奨学財団を作っていただくよう、働きかけています。
― 同窓会のあり方を、改めて考えるよい機会を与えていただきました。母校を愛する先輩の一人ひとりが、寄付によって後輩を見守り支援する。フィランソロピーも同窓生が母校に寄付をすることから始まりました。寄付の原点であると同時に、リーダーシップのあり方も示していただきました。日本中に拡がってほしいと思います。
 本日はありがとうございました。
インタビュー/
公益社団法人日本フィランソロピー協会
 
(2017年6月29日 県立浦和高等学校同窓会「麗和会館」にて)

 

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