連載コラム/富裕層「あ・い・う・え・お」の法則
第13回
このところ弊社では、一般的にほぼ不可能に近いと言われている富裕層100名に対する定量調査に取り組んでいます。ドイツのミュンヘン大学大学院とのライフスタイル共同調査の一環として実施しているもので、時計やクルマ、ファッションや宝飾に関する嗜好性から旅行を含むライフスタイル全般の定量化に取り組んでいるわけですが、この中で、「フィランソロピーという言葉を聞いてどのように感じますか?」という設問項目を設けています。年齢・性別・居住地も国内でバラバラにサンプリングしていますので、実態に非常に近いデータになっていると思います。すべてを明らかにすることはできませんが読者の皆さんにも興味深いデータだと思います。最も多かった回答例を私なりに取りまとめるとこのようになります。「フィランソロピーというのは非常に大切な考え方である。社会全体が混迷を深める中でフィランソロピー活動というのは慈善活動を超えた領域で、いつも真剣に取り組もうと考えている」です。
「ん???」、「取り組もうと考えている」?と感じた方も多いことでしょう。その通り、実践していない、あるいは自分が実施しているフィランソロピーに気づいていない方々が圧倒的に多いんですね。「祖父の代から町内会の手伝いをやることになっていてね。近くの神社への寄付も忘れないようにしているよ。おてんとうさんが見ているからね」なんていう意見もあるように、自分では気がつかずに自分なりのフィランソロピー活動を実施しているケースがほとんどなわけです。確かにそのような活動は周囲に吹聴するためにやるものでもないでしょうし、「そんなの俺の勝手でしょ」で済んでしまう話です。
ここに日本における富裕層に対する「フィランソロピー」という言葉のブランディングの大きなヒントがあります。それは、「My Philanthropy」から「Our Philanthropy」へのブランディングです。日本フィランソロピー協会で毎年実施している「まちかどのフィランソロピー大賞」(※正しくは、「まちかどのフィランソロピスト賞」)もその動きの一環とみなすことができますが、大切なのは言葉そのものの使い方なのではないかと思うんですね。「私の」と言わずに「私たちの」という言い方を徹底する、してもらう。富裕層のフィランソロピー活動啓蒙など、もしかしたらこの程度の話から始まるのかもしれません。
ここ10年ぐらいの富裕層マーケティングの考え方は、量より質であるという傾向がありました。突き詰めれば一人ひとりの顧客にカスタマイズされた製品を提供する、ということで、これには時代が変わろうが寸分の疑いの余地も感じません。しかしながら、従来型の宣伝手法もまた、その手法が科学的になればなるほど、富裕層マーケティングにおいて効果を増すようなモデルが登場するように思えてなりません。フィランソロピーという言葉の語源からも「私たち」というブランディング活動をしていくのが王道なのだと思います。