連載コラム/富裕層「あ・い・う・え・お」の法則
第32回
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私のビジネスでは富裕層のご自宅に打ち合わせなどでお伺いすることがよくあります。いわゆる日本家屋から高層マンションの一室、あるいは経営されているマンションの最上階部分など多種多様であることに時代の流れを感じます。ここでご自宅にお伺いさせていただいた際に「なるほどなあ」と思うケースを何点かご紹介しましょう。
まず最も多い共通点として挙げられるのが「方位」に関するもの。特に信心深い方が多いという証にもなるのでしょうが、当地の寺社仏閣に対して礼を失することのないように意識して部屋の設計をされたという話はとてもよく聞く話です。ヤンキースのイチロー選手の言葉に「とてつもないところにたどり着く唯一の道はとてつもなく小さいことを積み重ねることだ」というものがありますが、私がお伺いさせていただく顧客のご自宅への思いと重ね合わせると、この2つに私自身は常日頃からとてもよく似た意味合いがあると感じています。
次に多いのは、一般的に考えると無駄になっているかと思われがちなスペース、つまり大きなテラスや縁側の存在です。ご自宅そのものが物理的に大きいということも理由のひとつではあるでしょうが、私は別の視点を見出すようにしています。それは、ご自宅内に違う環境を用意しておく、ということ。孟母三遷の教え、という考え方があります。孟子の母は孟子が自分で勉強するようになるまで環境を三回変えたという話ですが、この言葉は、環境が人間を変えることを意味しているのではなく、人間が自分の意思で環境を変えることで自分の理想に近づくこともできる、ということを意味していると私は考えます。この孟母三遷の視点から現代風に考えてみると、それはすなわち、ご自宅に違う環境を創っておくことで、自分の立たされている社会的な位置を総括する、自分を一歩引いた地点から見直してみる、そんな環境を創りだそうとしている意図があると思うんですね。大袈裟にすぎるとのご指摘もあるかもしれませんが、旧日本家屋における居住者から考えた縁側の実質的な役割、つまり、ここでのんびり物思いにふける、子どもと将来の話をする、などを考えるにつけ、当たらずとも遠からずと言えるのではなかろうかと感じます。
富裕層であれなんであれ人間ですから、ご自宅というものは特別な存在です。基本的には長い間常にいる場所なんですから気を使って当然といえます。要するに、それは最も自分らしい自分に戻れる陣地の ようなもの。自分の陣地で下す意思決定は意外とブレが少ないものです。ご自宅にお伺いし、テラスや縁側でお話しする。それが「あ・い・う・え・お」です。玄関先までしか行かないとか、違う陣地で話をしようとしては話が始まらないのです。