< 表紙と目次
Date of Issue:2000.12.15
◆ インタビューNo.234/2001年1月号

1934年京都府生まれ。1958年京都大学法学部卒業。1961年検事となり、札幌、旭川、大津の各地検に勤務後、1976年東京地検特捜部検事。最高検察庁検事、法務大臣官房長などを歴任。特捜検事としてロッキード事件を担当。田中角栄元首相らに論告求刑を行った。1991年に退宮後、ボランティアの世界に転身、財団法人さわやか福祉財団を設立。
http://www.sawayakazaidan.or.jp
【主な著書】「堀田力の「おごるな上司!」」(日本経済新聞社)、「再びの生きがい」(講談社文庫)、「壁を破って進め一私記ロッキード事件」(講談社)、「心の復活」(NHK出版)、「堀田力の生きがい大国」(日本経済新聞社)など
本当の市民社会づくり
~NPOが一人ひとりの思いを形に変える~
堀田 力さん
財団法人さわやか福祉財団 理事長
最高検察庁検事、法務大臣官房長などを歴任、特捜検事としてロッキード事件担当し、第一線で華々しく活躍していた堀田力氏が、定年を待たずに退官したのが1991年。官僚ではなく、市民の立場から人や社会のあり方を見つめてきた。この10年、
社会はどのように変化してきたのだろうか。1994年、自ら財団法人さわやか福祉財団を設立し、NPO活動をリードしてきた堀田氏にお話を伺った。
検事からボランティアへ 再びのチャレンジ
― 法務省のエリートからボランティアの世界ヘ―先生の華麗な転身は当時大きな話題になりました。お辞めになるにあたっては、随分大きな決断だったのでしょう。
堀田 ふれあい活動、ボランティア活動をやりたいということは40代初めの頃から思っておりました。外務省に出向して2年間在米日本大使館勤務をしていたとき、ボランティアのおかげで子どもたちが快適に過ごせました。日本もそういうあたたかい社会にしたい、それを始めるタイミングを狙っていたというのと、汚職事件担当の第一線から異動したという両方で、定年まで数年あるけれど自分のやりたいことをやろうということで決めたんですね。
― ご家族がよく賛成されましたね。
堀田 妻には相談せすに辞職を申し出て、そのあとに言ったのですが、内々には分かっていたと思います。私は自分が乗ってやれることは機嫌よくできるんですが、合わないとまるでだめなことはよく分かってくれているし、相談しないで決めました。
― 特捜検事という仕事は、人々が社会の枠からはずれないようにする役割ですよね。今の活動は、その枠を取り払っていこうという、まったく発想の転換ですよね。
堀田 法律は、社会が安定しているときには、社会の形を決める大きな役割を果たしますが、今のような明治維新と変わらない激動の時代に、古い法律をそのまま置いておくと反動的な役割を果たしてしまいます。でも、代わりに、時代を先取りした法律を作ると、むしろその法律にしたがって、世の中が大きく転換するんですね。例えば明治憲法は、今見ると古い内容ですが、封建時代に議会制を取り入れたことは、近代化を早めることに大きく貢献したと思います。あるいは、今の日本国憲法も戦後のあの時代には、男女平等を実現し、民主主義を実現するために先駆的な役割を果たしました。私が法務省におりましたころから、少しすつ変わりはじめて、ちょうど激動に入りかけたときの法律を扱っておりましたから、その意味では、ラッキーだったわけですよね
検事と福祉の共通項 ―常に先を読み行動する
─ 検事としてやってこられたことと福祉のことで、共通項を感じられることはありますか?
堀田 それは両方とも、先読みがきちんとできないといけないということですね。先が読めすに手探りで捜査をしても疲れるだけで、成果はほとんど上がらない。特捜事件も、法務省でやった法律作りも、時代や状況を少ないデータから読まなければならない。そしてそれをどう形にしていくか、どう作戦をたて、どんな人と組んで、どう役割分担して、しかも、臨機応変にやらなければならないんですよ。そのあたりの仕組みの作り方が、共通しているんですよね。
─ その手法が、まさにさわやか福祉財団の中で生かされているなと感じます。
堀田 そう言っていただくと大変恐縮です。
─ 逆に、今までと違った社会を創っていこうという活動を始められて、始める前と、実際に現場で活動されてみて、ギャッフを感じられたことはないでしょうか。

堀田 想像したよりは、ずっとギャップはなかったんですよ。例えば、厚生省ですが、もっと堅くて、行政がリードする官主導意識が強いと思っておりましたら、他の省庁と比べても一番民間に近いですよね。福祉は民間の力を借りないとやりきれないから、業界を仕切っている他の省庁と比べると、厚生省には民間のカを受け入れる柔軟性がありました。福祉関係の学者も、同様ですね。福祉というと、聖職意識――すべて犠牲にしてなげうってやれという意識、保護意識――私たちが助けてあげるという措置につながる意識、私がこの世界に飛びこんだときには、そういう意識の学者が幅をきかせていたんですが、どんどん新しい意識の学者が出てこられました。三浦文夫さん(日本地域福祉学会会長)とか、京極高宣さん(日本社会事業大
学学長)とか、とても革新的ですよね。現場に密着して、時代をキャッチアップしていらっしゃると思います。理論よりも、ます前に進もうというタイプの学者です。そういう意昧では福祉の学会というのは他の学会とかなり違って楽しい学会ですよね。私個人に対しては、事務所が贅沢すぎる、マスコミに出すぎると言う福祉学者などもいましたが、そんなことは気にしなければいいんです。新しい世界を創りあげることですから、もっと苦労しなければならないし、もっと不愉快な思いをすることは覚悟して飛び込んだのですが、覚悟の五分の一も不愉快な思いをしなくてすみました。
─ それは、堀田先生が福祉に入られたことで新しい風がおきて、その風によって変えてきた部分が大いにある。先生の役割は非常に大きいですね。
堀田 それはあまりに誉めすぎですが、でも、そう言っていただけるとうれしいです。
─ これまで現場から実例をもって交渉しようというときに、論理的に整理して説明できる人がいなかったと思うんです。行政も学者もひとつひとつ提示されれば納得せざるを得ない。先生のお話は非常に分かりやすい。それに、先生がこうした活動に入られたことで、今まで福祉をやってこなかった人が入りやすくなってきましたね。
堀田 福祉関係者だけでなくみんなでやっていこうというところが、今の時代には必要ですから、流れには沿っていたと思います。
できることは自分たちの手で ――市民の意識変化

─ タテ型の福祉からヨコ型の福祉――今までの、力のある人が弱い人のためにやるというタテ型ではなく、お互いさまというヨコ型の対等な関係の福祉。みんなわかってはいたでしょうが、先生の言葉でよく理解できました。この10年間で、日本はどんな点が変わったと感じていらっしゃいますか?
堀田 日本の国民は、なかなか市民意識に目覚めなかった。行政側もやってやらなくてはという意識が強かった。だから市民が自分たちで作り出していこうという意識がなかなか出なかったんですが、この10年間で、やはり自分たちが動かないと変わらない、何でも行政任せではなく自分たちでできることは自分たちでやろうというのが、行動になって現れてきています。
タックスペイヤーの意識が出てきたというのは、とても大きいですね。介護保険などは象徴的で、1980年代の消費税、当時は売上税といいましたが、国民からは総スカンだった。それが、ここにきて福祉、介護にならお金を出そうという声が8割にもなるというのは、過去の歴史の中ではなかったと思います。出すべきお金は出す、代わりに行政もきちんとやりなさい、私たちもやることはきちんとやりますという国民が市民として目覚め、生まれ変わり、力強くなってきた。
福祉の分野に限らず、政治の分野でも、細川護煕さん、青島幸男さん、横山ノックさんと3人に裏切られてもなおかつ、まだ長野県の田中康夫さん(作家)や、栃木県の福田昭夫さん(前栃木県今市市長)を選出している。新しい首長さんと共に自分たちでやるという意識が出てきました。
本当の民主主義になってきましたね。官僚のおかげでも政治家のおかげでもなく、市民自身で生まれ変わってきていることが、経済は暗くても、社会の先行きは非常に明るいと思っています。
タックスペイヤーの意識が出てきたというのは、とても大きいですね。介護保険などは象徴的で、1980年代の消費税、当時は売上税といいましたが、国民からは総スカンだった。それが、ここにきて福祉、介護にならお金を出そうという声が8割にもなるというのは、過去の歴史の中ではなかったと思います。出すべきお金は出す、代わりに行政もきちんとやりなさい、私たちもやることはきちんとやりますという国民が市民として目覚め、生まれ変わり、力強くなってきた。
福祉の分野に限らず、政治の分野でも、細川護煕さん、青島幸男さん、横山ノックさんと3人に裏切られてもなおかつ、まだ長野県の田中康夫さん(作家)や、栃木県の福田昭夫さん(前栃木県今市市長)を選出している。新しい首長さんと共に自分たちでやるという意識が出てきました。
本当の民主主義になってきましたね。官僚のおかげでも政治家のおかげでもなく、市民自身で生まれ変わってきていることが、経済は暗くても、社会の先行きは非常に明るいと思っています。
─ 国民というのは、いわゆる国を構成している人で、その中で自分のことも社会のことも自らやってきた国民を市民というふうに言っているんですが、そういう使い分けでよろしいでしょうか。
堀田 大正解ですね。ですから、国民であると同時に、市民としての意識に目覚めてきたら、次は地球市民になるはすです。環境も生活も、すべて国の枠では収まりません。これは、平和を実現する大きな力になります。市民意識が目覚めるということは人類としてのすばらしい進歩です。
国という単位で仕切ろうという人には好ましくないんでしょうが、国が国民の幸せのためにあるものだとすれば、国民が市民意識に目覚め、自ら良い社会をつくることはいいことのはすなんですね。
国という単位で仕切ろうという人には好ましくないんでしょうが、国が国民の幸せのためにあるものだとすれば、国民が市民意識に目覚め、自ら良い社会をつくることはいいことのはすなんですね。
企業は社会を良くする存在 ――企業の意識変化
─ いまだに海外援助をするときに、海外より国民のために使えなんていう人もおりますが、若い人たちから声をあげてバリアを低くしてきていますね。そういう意味では、この10年で企業も変わりました。これも大きいですね。
堀田 ええ、企業のフィランソロピー意識の変化、アメリカ式に社会への参加料だという意識になると仕上がるんですがね。
─ 商法の違いもありますね。企業のあり方を変えていけないものでしょうか?
堀田 変えないといけないですね。法制度が商法で完結しているのもおかしいですね。商法は、企業は利益を上げる団体であるという論理で創りあげられている法律です。でも、企業は利益を上げる前に社会の存在、民法、憲法上の実在なんですよ。
そこを商法学者も裁判官もきちんと認識すれば、今の法律体系の中で、どんどん理論を変えられるんですね。こういう献金は株主の利益に反するかどうかではなくて、その前に、社会的実在としての義務をどう果たすか。
そこを商法学者も裁判官もきちんと認識すれば、今の法律体系の中で、どんどん理論を変えられるんですね。こういう献金は株主の利益に反するかどうかではなくて、その前に、社会的実在としての義務をどう果たすか。
─ 企業は何のためにあるのか。二次、三次的に出資者に応えていくということがあるけれど、第一義は、企業は社会を良くするためにあるということですね。
堀田 でなければ、なんで、あんなに道路を使ったり水道を使ったりするか。儲けのためだけなら、それは認めませんよということですね。
─ 20世紀の中で、明治時代には貧しい人を助ける弱い人を助けることだったのが、近年は豊かな社会を創るというように、福祉の意味が転換してきましたね。
堀田 ウェルフェアからウェルビイングに変わってきました。個人主義、民主主義の考え方になれば、そういうことになっていかないと符合しないですね。違っ個人それぞれがそれぞれに幸せになっていくことを全員で助け合う、そういう基本的な社会構造の中で、営利企業は、こういう社会的役割を果たし、こういう製作物をつくる。NPOは、こういうタイプの人を受け入れて社会的役割を果たす、必要な資金はこういうところから持ってくる。行政は、この部分を引き受ける。でも、すべて個人を幸せにすることが目的であるといった、統一体の中での役割分担と連携の仕組みを新しく作るしかないですね。
ネットワーク型運営の確立でNPOの実力発揮
─ NPOも先生方のこ努力で増えてきました。私はNPOは、むしろ小さいことに値打ちがあって、たくさんのNPOがお互い認め合って連携していってほしいなあと思うのですが、ともすると大きいことはいいことだ、それで財源を確保して・・という傾向が見えなくもない
堀田 NPOの特質は、ネットワーク型の組織をつくることだと思います。ネットワーク型だと入ってきた人たちの力が生きるわけですね。
─ でも、ネットワーク型のコミュニケーションは非常に面倒くさいと言われている。

堀田 そう、効率ということを考えたら、従来のピラミッド式がいい。ピラミッド式の組織では、大きければ大きいほど指示系統が機能して統一的に動くから、組織は大きくしようということになる。でも、それでは結局、NPOで一番生かさなければいけない個々の「こういうことをしたい」という思いが死んでしまいます。
日本のNPOは、まだまだネットワーク型の運営に慣れていない面があります。企業や官庁でピラミッド型の組織を動かしていた人たちがNPOの世界に入ってきているから、ついつい同じことをやってしまうんですね。
日本のNPOは、まだまだネットワーク型の運営に慣れていない面があります。企業や官庁でピラミッド型の組織を動かしていた人たちがNPOの世界に入ってきているから、ついつい同じことをやってしまうんですね。
─ 最初の「こうしたい」という思いが消えてしまって、組織のための組織のようになってしまう。
堀田 リーダーだけが元気で、メンバーの力が生きない組織になってしまいます。ネットワーク型運営は、私たちが慣れていない分面倒だけれども、結局は効果が大きい。実は、この効果が大きいという評価方法もまだ確立していない。ないない尽くしなんですね。
─ 例えば、NPOの適正規模というのは、どれくらいと考えられますか?
堀田 私の実感としては、60人を超えるとちょっとしんどい。幅はありますが、30人前後が一番力がでるのかなと思います。グループホームは経験則から、7~8人が適正で、これを超えると施設型になってしまうという結果が出ています。NPO
のネットワーク型運営では、まだ、規模から人の置き方、意見の組み入れ方など、手間はかかりますが、積み上げて形を作っていかないといけないですね。
─ さわやか福祉財団では、そうしたネットづくりができる人たちを育てていますね。地域にたくさんのNPOが立ち上がってきました。
堀田 そういう意識でやっているんですが、バリバリの企業人に言わせるとまどろっこしいらしい。「この思いがわからんのか」「そんなこといったって私の意見をもっとゆっくりきいてくれなくちゃ」ということで、毎日ガタガタやりながら運営しているというのが現状です。
─ 今までと全く違う形態で新しい社会をつくっていくわけですから、そういう訓練が必要です。NP0を支えるための、税制優遇にも取り組んでおられますね。NPOの税制の問題は、政治家というよりは役所、大蔵省ですね。
堀田 政治家の方は、やはり地域にNPOが出てきて無党派層が決め手をもつようになってきているという現実をビンビンと感じてきている、旧態依然たる地盤のある人を除いては。ここに関わっていかないと政治生命が断たれるから、よく勉強されるし積極的に関わっています。でも、官僚は、時代の流れはよく知っているけれども、税制優遇の必要性は絶対に理解したくないんです。
─ 市民活動に対する信頼がないんでしょうか?
堀田 そのとおりですね。実体が見えないから優遇できないというのが一貫した言い分です。大義名分としては、国民の税金だから、みんなの納得するところに責任をもって使わなくてはならない。それを訳の分からないところに黙って出すことはできない。
─ 実体がないということなら、国民の7~8割が支持していない内閣がお金を使っている方が余程問題なんですけどね。
一人ひとりの思いを形に 本当の市民社会を実現したい
─ さて、いよいよ新しい世紀、21世紀を迎えますが、どのような社会にしたいとお考えですか?
堀田 誤解を恐れすに言いますと、市民がもっとわがままに、自分の思いを出せるような社会にしたい、そのための障害をなくしたいということです。人間は誰でも自分の思い通りに生きたいと思っている。絶対の本能ですね。そういう動きがでるとき、本当の市民社会になるはすです。そういう社会を実現したいし、実現できると確信している。そういう意味では安らかな気持ちで新世紀を迎えられると思っています。
─ 日本の新しい国づくりが周りの国に広がっていく、それにはNPOやボランティアが重要な役割を果たすと思います。
堀田 本は経済発展を優先させ、それから今度は経済優先社会を壊して新しく市民社会をつくるという二段階をとらなければならなかった。でも、これは非効率なんです。これからは経済発展を追う一方で、環境との関係を考えつつ市民社会をつくっていかなければいけない。
今後途上国は、経済発展と市民の社会を創ることをあわせてやってくれるように、私どもでは先例を提供したい。これが人類発展をより早くより良くするための課題です。途上国では、エリートリーダーで導かざるを得ないから、市民社会に対してはなかなか抵抗感があると思うんです。でも、その人たちが市民感覚をもって市民の力を生かすようにする、ここにしっかりノウハウを提供することが人類のために大事だと思います。
今後途上国は、経済発展と市民の社会を創ることをあわせてやってくれるように、私どもでは先例を提供したい。これが人類発展をより早くより良くするための課題です。途上国では、エリートリーダーで導かざるを得ないから、市民社会に対してはなかなか抵抗感があると思うんです。でも、その人たちが市民感覚をもって市民の力を生かすようにする、ここにしっかりノウハウを提供することが人類のために大事だと思います。
─ 行政'企業、専門領域、国家などの枠をとって、バリアフリーでそうしたノウハウが浸透していく21世紀であってほしいと思います。そのためには、リーダーシップが必要です。
堀田 一緒にやっていきましょう。
─ よろしくお願いします。きょうはありがとうこざいました。
【聞き手】
社団法人日本フィランソロピー協会 理事長
田中克人
社団法人日本フィランソロピー協会 理事長
田中克人
機関誌『月刊フィランソロピー』インタビューNo.234/2001年1月号 おわり

