理事長ブログ

2020.04.01

第19回 新型コロナウイルス禍に思う

新型コロナウイルス感染が世界中を覆っている。グローバル化がこんな形で私たちに迫ってくるとは。また、よく、「社会問題を自分事化する」などと言っていたが、うつす、うつる、暮らしや仕事に影響を受ける、ということを考えると、コロナに無縁の人は誰もいない、期せずして、誰にとっても自分事になってしまった、と、改めて気づかされる。

ピューリッツァー賞作家ジャレド・ダイアモンドは『銃・病原菌・鉄』の中で、ウイルスは、一万年以上前に、ヒトが獣を家畜にして共生しはじめた頃から人間にも宿るようになったと、書いている。今後、新型コロナを退治したとしても、また、新たなウイルスに悩まされることがないとも言えない。生態系を、我が物顔でこれだけ破壊してきた人間が、今こそ、今、起こっている数々の問題を、自分事として謙虚に今回のウイルスに教わり、真剣にこれまでの常識や価値観を疑い、見直して、行動を変えることが求められている。その警告のように思えてならない。

先日、生命誌研究者で、3月末でJT生命誌研究館館長(大阪府高槻市)を退任された中村桂子先生を訪問した。先生のメッセージはシンプル。「人間は生きものである、ということを忘れてはいけない」。生きものの3つの特徴は、①「予見不可能性」 生きものは本質的に不確実で予測不能だと。②「ブリコラージュ」 これは、あり合わせのもので鍋を修繕すること。最適ではないかもしれないけれど、まあまあ合っている、というようなものだそうだ。③「偶有性」 生きものは、環境でたまたまそうなった、という性質がたくさんあり、それによって優劣をつけたり差別するのは妥当でない、ということ。従って、論理と確率と統計ですべてを分析・評価する社会は、生きものとしての人間には、そもそも生きにくい、ということだと教えていただいた。
子ども食堂を営んでいる方に、企業のCSR担当の方と一緒にお話を伺った時のこと。食材を用意しても誰も来ない日もある。それをどうするのか、成果が出ない、費用対効果がないのでは?というような質問を企業人がした。その方の答えは「来るかもしれないし、来ないかもしれない。でも来た時に、いつも迎えられるようにしてあげたい。来ないときは、冷凍にしたり、私たちがいただいたり・・・」。それを聞いた企業人は、口をあんぐりして「それでは会社では通用しないですよ」。産業革命以降の科学技術による進歩・発展の転換期だ。生きものとしての人間を再確認する作業が必要になった。従来の「強いと弱い」「速いと遅い」の優劣の価値観も考え直すということだろう。それが多様性の本質。
「若いと老い」についても、人生100年時代のあり方は、変わってきた。中村先生は、御年84歳の年女。これまで、27年間(ということは、57歳から!)、大阪府高槻市の研究館に勤務し、週末に東京の自宅に帰る生活をこなしてこられた。そして、これからはゆっくり老後を?などという事は全くなく、語るは、未来の事、次世代のこと。これからは専門分野に捉われず、もう少し自由に、広い視点で、今後の人間や社会の在り方について発信してくださるそうだ。

今回のコロナ禍に学ぶことは多い。固定観念や既成概念、自分の価値観をちょっと横に置いて、発想の転換をすることで、ピンチをチャンスに変える好機にできるかもしれない。その前に、まずは、このピンチを乗り切ろう。