特別インタビュー

Date of Issue:2021.8.1
特別インタビュー/2021年8月号
しばの・きょうこ
 
東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版取次会社勤務ののち、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。社会情報学修士。東京大学大学院人文社会系研究科附属次世代人文学開発センター特任助教を経て、2012年上智大学文学部新聞学科助教、2015年4月より現職。NPO法人本の学校副理事長、デジタルアーカイブ学会理事、一般社団法人出版者著作権管理機構理事、NPO法人ブックスタート理事、国立国会図書館納本制度審議会委員。2021年6月より株式会社トーハン社外取締役に。
鳥取から全国へ
知の環境づくりと交流を牽引した『本の学校』の軌跡
特定非営利活動法人 本の学校 副理事長
上智大学 文学部新聞学科 准教授
柴野 京子 さん
読書の推進で県民の知的基盤強化に取り組んできた鳥取県。その活動を牽引したのが「本の学校」だ。その取り組みについて同団体副理事長の柴野京子さんに聞いた。
知の環境づくりは社会運動
― 柴野先生が理事になられたきっかけは、どのようなことでしょうか。
柴野 理事になったのは2012年ですが、「本の学校」創立者の今井書店グループを率いる永井伸和さんにお会いしたのは、もっと古くて1995年頃のことです。出版業界の再販売価格維持制度(注1)撤廃に対し、書店として異議申し立てをしたいと、永井さんから私が勤めていた出版取次会社に相談があり、文案を書かせていただいたのがご縁の始まりです。
【注1】再販売価格維持制度:商品の供給者がその商品の取引先である事業者に対して転売する価格を指示し遵守させる制度。
― 1995年は、先駆的で画期的な「本の学校・大山(だいせん)緑陰シンポジウム」が開催された年ですね
柴野 はい。米子市で開催された「大山緑陰シンポジウム」は、「本の学校」のスタートアップ事業として企画され、その後、5年間継続しました。東京じゅうの出版社や全国の図書館員がこぞって集い、わたしも参加しましたが、一日に数便しかない飛行機が満席になるほど盛況でした。
― 「本の学校」は、どのような経緯で始まったのでしょうか。
柴野 きっかけは、1972年、今井書店の創業百周年を受け、地元紙の日本海新聞が、地域の有力老舗書店である今井書店と市民との座談会を企画したことです。市民から「市立の図書館をぜひ」「文化活動の拠点に」「地方出版も育てよう」の3つの課題が出されたのを機に、若き日の永井さんがそれをミッションとし、活動を始めたことに遡ります。
まずは図書館づくりでした。その年のクリスマスには、永井さん自身が、自宅のある鳥取県境港(さかいみなと)市麦垣(むぎかき)町で児童文庫を開始。これを機に地域の人を集め、地域住民が自分たちで動き出し、公立図書館の誘致へと流れをつくっていきました。
― まさに草の根運動。
柴野 地域の人たちの地道な活動は、自治体、図書館、書店を巻き込んだ読書運動に発展し、1978年に県内初の市立図書館が境港市に開館。1987年には、鳥取県内の3市を会場にして「ブックインとっとり'87 日本の出版文化展(別称:本の国体)」を開催。10日間のイベントには、1,000超の多様な組織や個人が運営に参加しました。(注2)
【注2】「本の国体」以後は、地方出版への激励・奨励として、その年の代表的地方出版物を集めた「ブックインとっとり・全国各地の本展」と『地方出版文化功労賞』を毎年実施。
― 地域の出版文化をもりあげようとみんなでつくりあげた大イベントですね。
柴野 そして、3つの課題に取り組んできた永井さんが、1990年代に新たなミッションとしたのが、「書店員教育機関」の設立でした。

2011 年ドイツ視察にて永井伸和さんと
― 祖父にあたる今井書店3代今井兼文さんの「ドイツの書籍学校をモデルにした教育機関をつくりたい」という遺志がルーツでもあったと伺いました。
柴野 はい。今井書店の創業120周年記念に、米子市内に新設された「本の学校・今井ブックセンター」の2階が、書店員教育や地域の生涯読書活動の拠点になりました。その開校に合わせて開催されたのが「大山緑陰シンポジウム」です。ブックインとっとり式の横断的地域ネットワークに、さらに出版業界が加わりました。そこでの一番のねらいは、参加者に垣根をつくらず、「本」に関係のある人ならだれでも自由に発言でき、未来について考えること。
― 読書運動からはじまった活動の拡がりを、全国に向けてアピールしたのですね。
柴野 わたしは最近になり、鳥取で行なわれたことはただの地域活動ではなく、横断的な知の地域づくりのためのモデルをつくったのだと気づきました。イベント「本の国体」も、「国体のように、毎年いろんなところでやればいい」という意味があり、すでにグローバルな視点があったのだと思います。わたしのゼミにいた台湾の大学院生は、鳥取でフィールドワークを行ない、古い資料を調べたり、お話を伺ったりするなかで、この活動をひとつの社会運動と捉えて記述したいと、3年をかけて、その研究に取り組みました。
人と本をつなぐところ
― 地域での知の環境づくり、垣根を超えた交流を引き継いだ「本の学校」。より中立的で横断的にするため、2012年にNPO法人に。いまはどのような活動を?
柴野 米子チームと東京チームがあります。東京チームは、大山緑陰シンポジウムに参加し、永井さんの薫陶を受けた出版社の人が中心になり、出版産業に関するイベントや講座を実施。米子チームでは、生涯読書活動を中心に推進しています。外への拡がりとしては、「信州しおじり 本の寺子屋」を行なっている長野県の塩尻市立図書館や、山梨県立図書館と地元書店が展開している「やまなし読書活動促進事業」に協力しています。
― 課題はありますか?
柴野 米子と東京の活動をつなげることが難しいですね。また本の学校では、他の地域の方にも来ていただき、問題提起をしていますが、メンバーが関係や関心のある人に限られてしまいがち。新しい人に知っていただくことが必要です。
そのなかで、去年からオンラインでシンポジウムをやるようになりました。それによりポテンシャルがあがっています。昨秋には、韓国の方に出版状況を話してもらったり、作家の柳美里(ユウ ミリ)さんに出ていただいたりしました。美里さんは、2018年に福島県南相馬市で書店を開店されているので、その目的や、どういう人が訪れるのかという話をしていただき、大変興味深かったですね。
― 今回の特集で、オンラインやデジタルベースでの、多様な読書の形が生まれていることも知りました。バーコードリーダーを利用して、誰でも本棚を図書館にできるという「リブライズ(注3)」など、面白い取り組みが出てきていますね。
【注3】リブライズ:PCとバーコードリーダーだけで、人が集まる場所の本棚を図書館にできるサービス。蔵書の登録・管理・検索・貸出機能などがある。
柴野 「まちライブラリー(注4)」をご存じですか。リブライズはまちライブラリーと親和性が高く、それを可視化しているものだと思います。地域にどんな人がいて、どんな本を読んでいるかが見えて興味深い。「カーリル(注5)」は、全国にある図書館を串刺しにしたオンライン目録で、発想が面白いと思います。
【注4】まちライブラリー:カフェや店、病院、寺、オフィスや個人宅に設置した本棚にメッセージカード付の本を置き、それを介して人々が出会い交流する場。
【注5】カーリル:全国7,000 以上の図書館から書籍とその貸し出し状況を簡単に横断検索できるサービス
― リアルな書店では、いわゆる独立系の書店がブームのようですが。
柴野 みんなが集まり、本を買わなくてもいいという書店は、地域のひとつの拠点としてのポテンシャルはあると思います。一方、セレクト系の書店は人文書や生活実用書のおしゃれなものに偏りがちということもあり、多様性はどうか。その点は少し検討が必要です。
― なぜ増えているのでしょうか。
柴野 やはりインターネット書店ができ、本を手にするプロセスが、データベースから検索して取り寄せることに変わったことが影響していると思います。いままでは、書店がやっていたことを、自分でするようになり、「膨大な本の中から検索する」ことがデフォルトになったからこそ、だれかのセレクトに頼りたいということで現れたのだと思います。
― こうした書店からは、「本を売る場所というよりも、本を読む人とつくる人をつなぐハブになりたい」「本を買うだけではなく、本について話したいと思う人たちが集いつながる場所」という声を聞きます。こうした動きは、変化というよりも、本質的な本文化を創造するための、新たな形での可能性を感じます。
柴野 それまでは、日本の書店にはきわめて多様な本があり、似たような品ぞろえのものが最大公約数で、街のなかにあることがそれなりに意味がありました。金魚を飼いたかったら、書店に行けば、飼育方法が載った本を買うことができたからです。
― その意味で、書店は図書館代わり。
柴野 日本の場合、公共図書館ができたのが非常に遅く、1970年前後に全国に市民の図書館をつくる計画ができて、建設されたのは80年代になってから。それまでは、長い間、書店がその役割を担っていたことは確かです。今井書店の百周年で座談会をした当時は、鳥取には県立図書館のみで、市立図書館がありませんでした。これでは地域での知の基盤づくりができず、本の土壌を耕すためにも、図書館をつくらないといけないとなったわけです。
― ただ、書店にとっては、いい図書館ができればできるほどつらいとも聞きますが。
柴野 鳥取では、図書館への納品をひとつの書店が独占せずに、県内の書店全部にオープンにしました。それぞれの書店が人文書ならここ、児童書ならここと特徴を出そうと頑張って勉強する。それで書店が育ち、地域の人は児童書ならあの書店へ行こうと思う。これこそ鳥取モデルなんです。
― 書店も図書館も協力して本と読む人をつないでいく。鳥取モデルは奥深いですね!
本を読むことは他者を知ること
― 若者の読書離れについては?
柴野 読書離れは難しい問題です。先日、漫画を題材にした授業を行なったのですが、漫画ですらコマを追って読むのがつらいと学生は言っていました。本来、人文知というのは巨人の肩に乗るように、先人の智恵を積み重ねていくやり方でした。それが、すべてフラットの関係になり、検索結果や画面上に現れるものだけを読んでいく。そして読書が単なるテキストの消費になっていく。今の学生たちは、2001年くらいに生まれたデジタルネイティブ。フェーズが変わっていると感じています。
― そのなかで、どのようなことを伝えたいと?
柴野 本を読むことの意味は、他者を知ることだと思います。学生たちは、「ウェブに載ってました」と平気で言います。そこでいつも伝えるのは、インターネットにあることは、自然にそこにあるのではないということです。「必ず著者を調べなさい。例えば、理論は、絶対的なものとして載っているのではなくて、だれかが、悩みに悩んで考えたもの。なぜ、その人がそのことを書いたのか、いつ書いたのか、その時に何があったのかということを考えなさい」と。背景や文脈を理解することで、初めて批判も、享受もできるのです。それを学生に伝えることが、一番大きな使命だと思っています。
― 一方で、各地で読書会が盛んに行なわれていると聞きます。
柴野 それは希望だと思います。その意味では、深い議論をしていくことの楽しさを知っている人が増えていくのではないでしょうか。若い編集者の中には、「本が売れない」と嘆く人もいるけれど、読者がわからない本をだしても仕方がない。読者を創っていくことも大事なので、本を出したら、読書会を開いて読者を開拓していこうという人もいます。
― 図書館や書店が、そういう場になっていくといいですね。本の学校に関わってきて、いま、どんな風に思われていますか?
柴野 鳥取での活動について教えていただいたことは非常に大きかったです。今井書店の歴史的資料を調査しに行ったことがあるのですが、行く先々で、地域の人たちに接して感じたことがたくさんありました。さきほどの台湾の学生が、図書館運動の活動を全部記録にしてくれました。そういう記録を表に出し、歴史を残していくことも大事だと思います。
― 鳥取の知の環境づくりをモデルに、地域で読書運動を拡めていくために大切なことは、なんでしょうか。
柴野 それを見て、自分は何ができるかと、地域の人がいろいろな立場で考えることだと思います。
― 垣根を超える。利害関係などでうまくいかないことが多いなか、今井書店グループ(注6)さんの功績は大きいですね。
【注7】株式会社今井書店グループは、当協会主催・第2回企業フィランソロピー大賞(2004年度)の大賞受賞企業です。
柴野 それを受け継いだのが「本の学校」です。いまの理事長は東京の出版界(業界誌)から、わたしの他にもう一人いる副理事長は鳥取県でこの活動を支えてきた人です。出版界、行政・市民活動、大学というバランスで、本の学校のこれからを考えていければと思います。
― 不確実な時代にこそ知の基盤が大切。現在は、本以前に、日本語で思考や感情を表現すること自体の退化を実感します。そうした中で、読書を通じ、思考を深めたり他者を理解することにつなげたいと思います。改めて「鳥取モデル」が拡がってほしいですね。読書を通した活動で人と人がつながり、地域と地域がつながり、日本の各地に多様で重層的な知の集積ができることを願います。
きょうは、ありがとうございました
【インタビュー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
 
(2021年6月10日上智大学にて)
機関誌『フィランソロピー』特別インタビュー2021年8月号 おわり