巻頭インタビュー

Date of Issue:2022.4.1
巻頭インタビュー/2022年4月号
奥田知志さん
おくだ・ともし
 
1963年生まれ。関西学院大学神学部修士課程、西南学院大学神学部専攻科卒業。九州大学大学院博士課程後期単位取得。1990年東八幡キリスト教会牧師として赴任。学生時代からホームレス支援をはじめ、3,000人を超える生活困窮者を自立に導いている。ひとりも取り残さない、誰にとってもホームとなるような「希望のまち」プロジェクトを立ち上げ、新しいまちづくりに挑戦している。
ありのままを抱きとめ ひとりも取り残さない
  「希望のまち」づくりを目指す
認定特定非営利活動法人抱樸(ほうぼく)理事長
東八幡キリスト教会牧師
奥田 知志 さん
福岡県北九州市で、「希望のまち」づくりが始まります。子どもや若者を含む全世代を対象とした地域共生社会の拠点は、特定危険指定暴力団の本部跡地です。立ち上げたのは長年生活困窮者に寄り添う伴走型支援に取り組み、社会の仕組みを変えてきたNPO法人抱樸(ほうぼく)
理事長として奮闘する奥田知志さんに、目指すまちづくりへの思いとその構想の原点について聞きました。
「1日も早い解散」を目指した問題解決型NPOからの出発
― NPO法人「抱樸」の名前の由来をお聞かせください
奥田 名は体を表すと言いますが、いまの名称は3つ目です。最初は「北九州越冬実行委員会」で、野宿状態の人たちが生きて春を迎えられるようにという意味を込めました。
2000年NPO法人になった時に、困窮や貧困は冬の間だけの問題ではないとの思いから、「北九州ホームレス支援機構」と名付けました。具体的な課題解決型の組織ですから、発足集会の挨拶で、「こういう組織や活動はないほうがいい。やるからには本腰を入れて、1日も早い解散を目指します」と話しました。2002年にホームレス自立支援法が施行され、2003年から北九州市との協働が始まり、翌年ホームレス自立支援センターができました。公設民営型の施設で、いまでも私たちが運営しています。
その後2008年にリーマンショックが起こって以来、日本社会は底抜け状態になった。2013年に活動25年の節目を迎えるに当たって、社会において何が問題なのかを、改めてみんなで話し合いました。一番の変化は、リーマンショックで明らかになった雇用の形態です。労働人口が減り、非正規雇用が全体の4割近くを占めるという状態で、デフレも続いている。一時の景気動向で貧困が起きているのではなくて、構造的な問題であることに気が付きました。
ありのままを抱きとめる ―「抱樸」に込めた意味
抱樸館
抱樸館 北九州
奥田 設立時には「1日も早い解散」を目指しましたが、2013年に「解散できません」と宣言しました。そして、私たちは何を解決し、何をつくろうとしてきたのかについてもう一度考え、法人の名称を「抱樸」としました。「素をあらわにし、樸を抱く」という老子の言葉です。「樸」には、山から切り出されたアラキ――つまり原木という意味がありますが、それをそのまま抱きとめる。
― アラキを抱くということは、抱く方も傷つきますね。
奥田 そのまま引き受ける、抱きとめるというあり方です。日本の福祉、社会保障の現場は申請主義ですから、自分で手を挙げないと受け付けてもらえない。でも一番困っているのは手を挙げられない人たちです。
待つということ─伴走型支援
奥田 支援の世界は、専門家に任せるというパターナリズム ― 温情的庇護主義とも言われていますが、いわゆる父権主義です。医療の世界もそうでしたが、徐々にインフォームドコンセントやセカンドオピニオンのように、患者が選べる時代になってきた。福祉も措置から契約へという流れに変わり、選択できるようになってきました。
本人主体、当事者中心が基本になったのはよいことですが、ややもすると、本人が選んだのだから、それが答えであるという当事者の自己責任になってしまう。しかし、人間は、人との関係の中で自分を知り、自分のポジションや意味合いを知るわけです。でも私たちが出会ってきた人たちは、そもそも他者との関係性が切れていて、社会的な孤立状態にありますから、自分で何かを選択することは極めて難しい。
伴走型支援は「答えは間に生まれていく」という概念ですから、時が来るまで待ちます。聖書に出てくる「時」には、時間を表す「クロノス(Kronos)」と、出来事が起こる時を表す「カイロス(Kairos)」という2つの単語がありますが、相談支援の現場には「カイロス」がなくなっていると感じています。いつまでに解決するという個別支援計画も必要でしょうが、本人主体と言うのであれば、その人がその気になるまで待つしかない。
― 人と人が出会うことは傷も内包するということ
奥田知志さん
奥田 人と人とが出会うということは、傷も内包するということ。だからこそ社会が必要で、それを個人や身内に押し込めて自己責任論にすると、「8050問題」に象徴されるように本人も身内も崩れていってしまう。
富の再分配も大事ですが、社会は傷の再分配で、より多くの人が健全に傷つく仕組みだと思います。ボランティアによる直接参加や、寄付の構造もまさにそうです。
― 関わり続ける中で、「抱樸」の職員は、抱くために絶え間なく生傷があるということでしょうか
奥田 大事なのは、それがあってはならない事柄か、あり得る事柄かという前提を考えることでしょう。今までの専門職は、感情移入してはいけない、クライアントとの距離を取る、プライベートとは完全に分けるという教育を受け てきたと思います。でも出会った責任があるから、仕事が終わって家に帰っても、「あの人どうしたかなぁ」と思うのは当たり前ではないでしょうか。
職員には、「感情移入は当然する。でも感情を感情で終わらせるのではなくて、それを仕組みに変えよう」と言っています。「伴走型支援」は厚生労働省で使われる言葉になりましたし、生活困窮者自立支援制度、ホームレスとハウスレスの違い、経済的困窮と社会的孤立の違いもそうです。さらに、これまで住宅支援や居住支援はハコの問題だと思われてきましたが、われわれが始めた支援付き住宅は、家族機能の社会化です。感情を仕組みに、仕組みを制度にという流れは、ある程度意識してやっています。
― 個々に愛情を込めて関わる役割と、仕組みづくりの役割がつながらない中で、その往復をしつつ拡充しているところが「抱樸」の真骨頂ですね。そして「断らない」支援。
奥田 解決型支援で解決できなくても、伴走型支援でつながることで、解決しない現実を共に生きていく。それも支援だと言い切っています。
一つの団体の中にチャネルがたくさんあると、どんな問題が来てもカバーできます。「抱樸」では27の事業を実施していますが、就労支援相談、自立支援住宅支援、子どもや家族に対する生活支援、子どもの訪問型・集合型学習、居住支援など、多岐にわたっています。それでも足りないので、例えば、不動産会社と居宅協力者の会を立ち上げたり、刑務所出所者で障がいのある人を引き受けてくれる福祉関係の施設と連携して地域定着支援協議会をつくりました。法律家の会では、弁護士、司法書士が15人ほど無償で動いてくれます。こうした社会資源をどう作っていくか、自分たちに足りないところは外に助けを求めています。
社会参加は社会創造である
― 寄付は、社会参加の原点のひとつだと思っています。資金調達 ― ファンドレイズの手段としての寄付について語られがちですが、寄付は、民主主義を創るうえで重要な行動であり醍醐味でもあるということに関心が広がればいいと思います。
奥田 一人ひとりが社会の一員です。社会参加は、最終的には社会創造だと思います。どんな社会にしたいのか、目指すべきものに対する投資も参加だと思います。
― まさに未来への投資ですね。
奥田 クラウドファンディング(以下CF)は、非常に具体的でわかりやすい。例えば、「子ども食堂で冷蔵庫が必要です。80万円集めます」と呼びかけると、達成まであといくら、達成率は何パーセントだと数字が表示される。で も、子ども食堂の先にどのような社会をつくるのかも発信することも必要です。
一昨年初めて、「コロナ緊急家や仕事を失う人をひとりにしない支援」というCFをやりましたが、当初目標を超えて1億1,500万円、10,289人の方が寄付をしてくれました。仕事がなくなったからといって、家まで失うような社会はどこかおかしいのではないか。目標は、何かあったときにいつでも相談できるような支援付きの住宅を整備することでした。
クラウドファンディング「コロナ緊急 家や仕事を失う人をひとりにしない支援」のウェブサイト:https://readyfor.jp/projects/covid19-houboku
<報告書> https://www.houboku.net/pdf/CF_houkoku20210601.pdf
家族機能を社会化する支援付き住宅という新たな試み
プラザ抱樸
生活支援付サブリース住宅
「プラザ抱樸」
奥田 当初、全国10都市のパートナー団体と250室のアパートを買い上げる予定でしたが、経費もかかって、最終的には172室になりました。支援付きのサブリース物件という新しい仕組みで、現在も稼働しています。172室の立ち上げの際の借り上げ費用、すぐに入居者が入らない場合に備えて3か月分の家賃、3か月分の人件費と家財道具の費用を寄付で集めました。
地域によって家賃相場は異なりますが、平均すると一室当たり約50万円あれば、この仕組みが成り立つというエビデンスが出てきました。これを分析して結果を国に届ければ、制度につなげられる。居住支援については、今後新しい法律ができると思います。現金給付ではなくて、サービス給付を中心とした体系に変えていく。日本中には800万戸ともいわれる空き家がありますから、うまく仕組みを作ればそれも活用できると思っています。
一方で、家族なき時代に、誰が日常生活に寄りそうのかということが問題です。いまや家族は後退し始めて、制度と家族の間に新たな隙間ができている。「抱樸」はここを埋めようとしています。それが家族機能の社会化であり、サステナブルな仕組みに変えるための支援付き住宅です。
― 社会をどう変えたいのか ― 寄付を受ける側の思いが必要
奥田 コロナ禍で困っている人に現金やお弁当を配るのもいいけれども、どういう社会をつくるかに寄付を集約させていく。今回のCFには、自身が雇い止めにあって大変だという人も寄付してくれました。
― マイナスからゼロではなく、どんな未来を描けるのかに希望を託すのでしょうね。
奥田 他人事ではないという非常にピュアな意識が働いたと思います。1,000万円の大口寄付者は1人だけで、98%が3万円以下、1,000円、2,000円という人もたくさんいました。未来を託そうと考えた人がどの程度いたかはわかりませんが、提示する側が、こういう社会、仕組みをつくりたいという思いを持つことは大切です。
― 当協会では、20年間、まちかどのフィランソロピスト賞 という事業を続けましたが、「寄付をし続けられる自分でいたい」という方がいました。大変だけれども、寄付をすることで自分も頑張れる。寄付にはそういう力がありますね。
奥田 利他性でしょうね。キリスト教で言うと、まさにアガペーです。犠牲ではなく見返りを求めない無償の愛でしょう。
利他性は非常に合理的で、利他と利己はセットです。例えば、マララ・ユスフザイさんは16歳でタリバンに襲われて重傷を負いました。国連で「1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペンが、世界を変えられる」とスピーチし、翌年ノーベル平和賞を受賞しました。脳学者の茂木健一郎さんは、「利己的な人間は自分のことしか考えないから、脳から出るパワーは1人分。でもマララさんのような人は、常に他者のことを考えているから、脳から何倍もエネルギーが出ている。奥田さんもそうです」と言います。そのエネルギーはグルっと回って利己の世界につながるから、利他と利己は対立概念ではない。寄付は他者のためだけれども、「寄付ができる自分でありたい」という言葉は、非常にまともで、自分のためでもありますね。
― 歳を取ると、自分のことばかり考えて気が滅入ります。人のために働いていると、成長や発展が見えて元気な気持ちになります。
奥田 そうですね。私は祖父が神主で、子どものころからお宮さんやお寺さんが好きでしたが、古い社の柱は、生木の色ではなく灰色になって年輪が浮き上がっている。その空気のようなものは、若いころには出てこない。まさにカ イロスで、その時が来ないと出ないものがある。相談支援の現場でも無理をして、特に国の制度になると半年で解決しようとか、1年で支援終結という話になる。税金を使っているからですが、人間的ではないですよね。
― 企業もそうですね。1年で何らかの結果を求められるので、結果が出やすいものを扱うようになる。SDGsで「誰も取り残さない社会」と言いながら、取り残すものが増えているという印象があります。そういう意味では、伴走型支援の価値を高めることは大事だと思います。
東八幡キリスト教会
東八幡キリスト教会/礼拝堂奥の記念堂には引き取り手のない遺骨も眠っている。
奥田 2017年にイギリスで孤独状態にある人を対象にした大規模な調査が行われました。孤独状態にある人は、1日に15本の喫煙あるいは肥満と同等以上の健康被害があるという結果が出ました。そこで翌年孤独問題担当大臣を置きます。孤独や孤立という状態が、社会コストに大きく跳ね返ってくるということがわかったからです。伴走型支援は大事な視点だと思います。
わたしがいる あなたがいる なんとかなる ─「希望のまち」プロジェクト
― 子どもから大人まで、どんな人も孤立させない、「ひとりも取り残さない」地域づくりを目指して、「希望のまち」プロジェクトを立ち上げられました。
NPO法人抱樸の「希望のまち」プロジェクト https://note.com/npohouboku/n/nef83ff9453a7
希望のまち
「希望のまち」の建設予定地
奥田 北九州市には、特定危険指定暴力団の工藤会があります。10年ほど前から暴力団追放運動が始まり、最終的に工藤会の本部は撤去されて更地になりました。先日、トップが市民襲撃事件に関与した罪に問われて死刑判決を受けました。まだ会は存続しているのでこの土地に手を出すことは難しい状況でしたが、「抱樸」が、「怖いまち」から「希望のまち」に変えようと手を挙げました。
キャッチコピーは「わたしがいる あなたがいる なんとかなる」、そして「みんながホームになれる場所」です。特徴的なのは、「助けてと言えるまち」、同時に「助けてと言われるまち」ということです。困ったときに助けてくれる人がいれば、自分は大事にされているという自尊感情が生まれ、誰かから「助けて」と言われたら、期待され必要とされているという自己有用感になります。自尊感情と自己有用感を兼ねたまちをつくりたい。
― 居場所と出番があるまちですね。
奥田 「希望のまち」には自立支援付き入所施設の運営をはじめ、日常生活支援、障がい者福祉、防災など7つの機能があります。子ども・家族支援機能のひとつとして、訪問型の学習支援も始めています。家に行って勉強を教えることで、家庭環境がわかる。親が病気ならば医療支援に、刑務所に入っているならば更生支援につなぐといった、総合的支援が可能になります。2024年秋ごろに、まちびらきを予定していて、社会福祉法人の設立に向けて寄付を募っているところです。1階は仕切りを設けずにおしゃれな体育館のようなオープンスペースにして、地域の皆さんにも自由に使っていただく計画です。地域の皆さんと一緒に、この「希望のまち」を育てていきたいですね。
― 地域の人たちに、「希望のまち」を「自分のまち」にしてもらう。まさに新たなコミュニティづくりですね。大いに期待しています。ありがとうございました。
【インタビュアー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
 
(2022年3月7日東八幡キリスト教会にて)
機関誌『フィランソロピー』巻頭インタビュー2022年4月号 おわり