< 表紙と目次
Date of Issue:2025.2.1
◆ 巻頭インタビュー/2025年2月号

著書に『直感と論理をつなぐ思考法』(ダイヤモンド社)、『模倣と創造』(PHP 研究所)などがある。
理念を生かし 組織の資源にするために
株式会社BIOTOPE代表/戦略デザイナー
佐宗 邦威 さん
企業理念を中心に据える「理念経営」。激動する時代の変化に、自社の理念は対応できているのか。従業員は理念を意識しているのだろうか。またステークホルダーにその価値は共有されているのか。理念はあるが、果たして組織の中で生かされているのか。自社の存在意義を問う経営者が増えているという。「理念経営の本質は、みんなで対話してつくること」―佐宗邦威さんがその核心に迫る。
経営者の意識変化と『理念経営2.0』
― 経営理念を学問の対象としている研究者は大勢いらっしゃいますが、佐宗さんは自らが経営者であり、体験談も含めて『理念経営2.0』(2023年5月、ダイヤモンド社)を執筆されました。きっかけは何だったのでしょうか。
佐宗 もともとデザインコンサルティングという分野で、企業の新規事業の企画や未来予測の仕事に関わっていたのですが、2017年ごろから、経営者の意識に変化が出てきたと感じていました。「事業を通して社会に変化をもたらしたい」という意識の高い目標をまじめに考え、「どのような社会になればいいのか」を視座として語る―そんな経営者が増えてきたと思います。
それまでは、例えば売り上げ200億円を目指すことがビジョンであるということが当たり前でしたが、そうではなくて、事業を通して社会の課題を解決したいということを自然に発言する流れが出てきた。これは世代の価値観が影響していることも、多分にあるでしょう。経済が右肩上がりだった時代は、企業が成長することで豊かになり、年収が上がれば、モノをたくさん買えるようになるといったことが幸せ感でした。しかし現在は人口減少で、マーケットを維持するだけでも大変な状況です。だからこそ、自らの事業を通して社会を少しでも良くしたい。そのプロセスを豊かだと感じている人が増えてきました。
それまでは、例えば売り上げ200億円を目指すことがビジョンであるということが当たり前でしたが、そうではなくて、事業を通して社会の課題を解決したいということを自然に発言する流れが出てきた。これは世代の価値観が影響していることも、多分にあるでしょう。経済が右肩上がりだった時代は、企業が成長することで豊かになり、年収が上がれば、モノをたくさん買えるようになるといったことが幸せ感でした。しかし現在は人口減少で、マーケットを維持するだけでも大変な状況です。だからこそ、自らの事業を通して社会を少しでも良くしたい。そのプロセスを豊かだと感じている人が増えてきました。
― 年代的にはどうでしょう
佐宗 「理念経営」というと、松下幸之助さんや稲盛和夫さんといったカリスマ経営者が思い浮かびます。50代以上は、まだ規模ありきと考えている人がけっこういますが、若い世代は、規模や量より質を大事にしている。社会にとって意味や意義のあることが大事で、それを日々実感しながら働くことが幸せ感につながっていると思います。
だからこそ、経営者もその視点で存在意義や社会的な影響を語らないと、若い人はついていかない。一人でも多くの人が、自分が働くプロセスを意義あるものとして楽しめる環境をつくっていければ、それは社会にとってもいいことではないか。『理念経営2.0』は、そんな思いで書きました。
だからこそ、経営者もその視点で存在意義や社会的な影響を語らないと、若い人はついていかない。一人でも多くの人が、自分が働くプロセスを意義あるものとして楽しめる環境をつくっていければ、それは社会にとってもいいことではないか。『理念経営2.0』は、そんな思いで書きました。
― ご自身の会社経営で実感されたことでもあるのですね。
佐宗 はい。当社は平均年齢が20代後半ぐらいで、10代の学生インターンもいます。彼らと話していると、金銭的報酬よりも、BIOTOPEで働くことの意味を求めている。自分自身の経営者としての感覚と、他社へのコンサルティングで得た感覚は同じでした。
― それはすごい。当たり前みたいですが、その二つの感覚が同じと言える経営者は、意外と少ないですよ。想定する読者層やターゲットは?
佐宗 年齢層は関係ありませんが、株式会社ではない組織のほうが、意外と理念が大事なのではないかと思っています。
制約と自由のバランスを取る

― 公益法人やNPOにもビジネス感覚が必要だという認識は以前からありましたが、あまり行き過ぎると、ビジネスをうまくやることが目的になってしまう。ティール組織や、ラボのような形態がいいなと思っていましたが、なかなか思うようにはいきません。
佐宗 BIOTOPEを立ち上げたときは、メンバーが自由に物事を考えられるような会社のマネジメントをしたいと思っていました。これからの時代の経営のあり方としても意味があると思ったのですが、何の基準もない自由って、すごく苦しいんですよ。ティール組織の概念も、実践しようと思ってずいぶん勉強しましたが、会社としての思想や理念、大切にしていることについての基盤や共通理解があったうえでの自由が必要だと実感しました。
組織の創造性を生み出すためには、最低限、理念や思想のレベルで制約をかける。その制約を守っていれば、ある程度自由でいい。制約と自由のバランスを取ることが、経営者として重要だと思いました。
組織の創造性を生み出すためには、最低限、理念や思想のレベルで制約をかける。その制約を守っていれば、ある程度自由でいい。制約と自由のバランスを取ることが、経営者として重要だと思いました。
― ただ、バランスの取り方が難しいですね。世代・立場・環境などによって思考・生活スタイルはどんどん多様になってきています。
佐宗 価値観の多様性が言われていますが、ニューロダイバーシティの考え方も重要です。個々の多様性に完全に合わせるとなると、難度も上がります。これまでは経営数値でゴールを明確に設定していましたが、逆に経営理念や経営思想として共通の目標を設定したうえで、そこに到達するための手段やスタイル(働き方を含めて)については自由にする。多様性の時代のマネジメントに必要な知恵ではないでしょうか。
ニューロダイバーシティ: Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)という2つの言葉が組み合わされて生まれた「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方であり、特に、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害といった発達障害において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく、『人間のゲノムの自然で正常な変異』として捉える概念でもある。
【出典】経済産業省ホームページ
【出典】経済産業省ホームページ

「社長の誓い」としての企業理念を浸透させる「理念経営1.0」

出典:『理念経営2.0』
経営者として、変わらない価値をコミットする覚悟を持つ
― BIOTOPEのミッションは「意思ある道をつくり、希望の物語を巡らせる。」ですが、これを決めるまでにいろいろと議論されたそうですね。
佐宗 半年ぐらいかかりました。さらに言うと、この理念をつくろうとするまでに5年くらいかかっています。自分たちのコアな価値は何かということが会社として見えてくるまでに、数年かかったんじゃないかと思います。
― 経営手法などは時代の変化に応じて変わるものですが、理念は、普遍的と言いますか、時代を超えて存在するものでしょうか?
佐宗 理念を変えること自体を否定はしませんが、経営者として、例えば30年変わらない価値を自分の腹でコミットする覚悟は必要だと思います。私自身、「物語を巡らせる」というBIOTOPEのミッションを決めるまでは気が重かったのですが、決めたとたんにすっと力が抜けたような感覚がありました。いざ覚悟を決めたら、意外と楽になりましたね。
― 決めるプロセスも非常に大事ですね。社員も参加することで、自分事として考えざるを得ない。理念を事業で具現化していくところを見せることも大切ですね。
佐宗 会社として、自らの姿勢やスタンスを価値観として表明する。それに対して、小さくてもいいから、自分たちが日常の行動の中でそれを実現していく。Being(あり方)と Doing(やり方)とよく言いますが、あらゆる Doing に、会社としての Being の要素がまぶされているという状態が望ましいのではないでしょうか。
― 日本には老舗企業が多いですね。世襲企業でもあるので、時間軸を長く取ることができて、理念が継承されやすいのかもしれませんね。
佐宗 私は長期ビジョンをつくることを推進しています。この3年ほど、デザイン系プロジェクトというかたちでさまざまな企業の伴走支援をしてきましたが、サラリーマンは2、3年で役職が変わることもあるので、どうしてもその単位で物事を考えがちです。人のアサインメントのサイクルを超えて、長期で考えるための仕組みやガバナンスは必要です。だからこそ、長期経営計画自体を、その仕組みに組み込んでいく。
世襲企業が強いのは、世代を超えた視座で、時間軸をとらえることができるからです。株式上場系の企業と、オーナー創業系の企業の違いは、物事を長期のスパンで考えられるかどうかで、オーナーシップのあり方やガバナンスとも関係しているのではないかと思います。オーナーは長い視点で考えることが必要なのですが、上場株主になってしまうと、超短期集中になってしまう。常に上場している企業がいいのか。そこが見直されている時代になるでしょう。
世襲企業が強いのは、世代を超えた視座で、時間軸をとらえることができるからです。株式上場系の企業と、オーナー創業系の企業の違いは、物事を長期のスパンで考えられるかどうかで、オーナーシップのあり方やガバナンスとも関係しているのではないかと思います。オーナーは長い視点で考えることが必要なのですが、上場株主になってしまうと、超短期集中になってしまう。常に上場している企業がいいのか。そこが見直されている時代になるでしょう。
非常時にこそ、理念が意思決定の道標になる

― アゲインストの風、あるいは不祥事などが起きた時にも、理念が生きてくるのではないかと思うのですが?
佐宗 理念を持つことの意義で言うと、平時と非常時の2つのフェーズがあると思います。平時には、社員がある程度バラバラでも、渡り鳥陣形のように一つの方向に着実に進める。価値創造の指針を見いだし、モチベーションを感じることができます。
一方、非常時、緊急事態には、意思決定の道標になると思います。株式会社スープストックトーキョーが2023年4月に「離乳食後期の全店無料提供」を打ち出したとき、一部のユーザーから「子ども連れが増えるなら行かない」とか「特定の人だけを優遇するのはよくない」という声があがって、ネットが炎上しました。最近は炎上したらすぐ謝るということになりがちですが、同社は「世の中の体温をあげる」という理念に基づき、毅然としたメッセージを出しました。「Soup for all」という価値観を大切にしていること、身近にある、年齢も性別も国籍も超えて愛されている存在であるスープを通して、世の中の課題を解決するブランドでありたいと思っていること。こうした考え方に基づいて、離乳食を無料で提供したのだと。その結果、株価も上がりました。
一方、非常時、緊急事態には、意思決定の道標になると思います。株式会社スープストックトーキョーが2023年4月に「離乳食後期の全店無料提供」を打ち出したとき、一部のユーザーから「子ども連れが増えるなら行かない」とか「特定の人だけを優遇するのはよくない」という声があがって、ネットが炎上しました。最近は炎上したらすぐ謝るということになりがちですが、同社は「世の中の体温をあげる」という理念に基づき、毅然としたメッセージを出しました。「Soup for all」という価値観を大切にしていること、身近にある、年齢も性別も国籍も超えて愛されている存在であるスープを通して、世の中の課題を解決するブランドでありたいと思っていること。こうした考え方に基づいて、離乳食を無料で提供したのだと。その結果、株価も上がりました。
― 経営者の毅然とした哲学を示してもらえると、社員もうれしいですよね。
佐宗 現場の社員から社長宛てに、感謝の手紙が届いたそうです。何か起こるとすぐに炎上してしまう時代ですから、火消しに走らないと物事が前に進まないというケースもありますが、悪いことをしたわけではないのに炎上してしまうこともけっこうあります。理念があれば、そこに立ち戻ってアクションすればいいのですが、理念がないとそのたびに議論しなければならない。議論の時間がないから、結局とりあえず謝るといった状況に陥ってしまう。非常時に自らの会社を守るためにも、自分たちの価値の置き所を公言しておくことが大切です。
― 不祥事への対応は企業に限りませんね。役所も昨今は不祥事が多いです。
佐宗 2023年10月に、人事院がミッション・ビジョン・バリュ―(Mission Vision Value/MVV)を策定しました。当社もお手伝いしたのですが、検討プロセスや、ワークショップなど作業の様子も公開されています。過去に経済産業省
や財務省もつくっていますが、不祥事が起きて、組織を立て直すために設定されたものです。今回、人事院は攻めのMVVをつくられましたね。
人事院が策定したMVV「人事院におけるミッション等について」
― 抵抗もあったのではないでしょうか。
佐宗 そうですね。設置法があるからそれでいいのではないかという議論もありましたが、それを乗り越えて、自らが変わらなければならないということを示したいという思いでつくられた。ほかの官庁や自治体でもこうした動きはあ
ります。
― なるほど。自治体も理念を市民に伝えていくことは大切ですね。
佐宗 例えば総合計画策定の際に、一部でもいいから市民がプロセスに参加して、ビジョンに市民の声を入れ込んでいく。自治体レベルではこうした民主的なプロセスがやりやすいですし、民主主義を体現するためのデザインの使い方ではないかと思います。
― 民主主義社会としては、市民の民度を上げ、自分たちの責任を意識することも必要です。顧客やステークホルダーから応援され、信頼される企業になるためには、関係性が大切ですから、ステークホルダーも理念を共有し、自分事化することが大事だと思います。その意味でも、『理念経営2.0』は福音書ですね。
佐宗 ありがとうございます。いわゆるビジネス書の売れ筋のテーマではないので、この本が売れているということは、企業、官庁、自治体を含めて、実際に困ったり迷ったりしている組織が相当あるのではないかと思っています。あ
る種のバイブルみたいなものをつくりたいというつもりで書いたので、何かあった時に読んでもらって、共通の意識を持ってMVVを議論しようという動きが出てきているのはうれしいですね。
ソーシャルセクターこそ純度の高い理念が必要
― 社会の課題は複層的で、企業が手を出しにくい領域は余計に取り残されていきます。社会の公器として、経営者にも本気でがんばってほしいと思っていますが、ソーシャルセクターの役割も重要です。
佐宗 理念や意義で人を動かすのは、本来はソーシャルセクターから来ているノウハウが結構あると思います。ボランティアは、外発的な動機はなくて、完全に内発的な動機です。だから儲からなくてもいいからやりたいと思わないと行動に結びつかない。外発的な動機で人を動かすためには、より純度の高い理念とストーリーが必要です。つまり、ソーシャルセクターこそそれが求められる。
さらに言えば、理念を共有する仲間がいるということは、社会において自分が存在していいという、ある種の居場所をつくっていくような行為だと思います。人はどこかの組織に属して、初めて自分自身の存在意義を知ることができるのではないでしょうか。
理念に基づいた、意義のあるストーリーをつくることで、自分自身の存在意義を感じられる人が増えたらうれしいですね。
さらに言えば、理念を共有する仲間がいるということは、社会において自分が存在していいという、ある種の居場所をつくっていくような行為だと思います。人はどこかの組織に属して、初めて自分自身の存在意義を知ることができるのではないでしょうか。
理念に基づいた、意義のあるストーリーをつくることで、自分自身の存在意義を感じられる人が増えたらうれしいですね。
子どもたちが、日本に住むことを幸せだと思えるように
― 最後に、佐宗さんの夢、将来構想をお聞かせください。
佐宗 日本で生きることに誇りを持てる国にしたいですね。今、世界中から日本文化がリスペクトされています。だからこそ、日本は、日本文化をもっと大切にして、広める役割があるはずで、そこを強くしていきたい。でもその文化にお金があまり入らない構造になっているので、きちんとお金が流れる仕組みをつくる。そして、次世代の子どもたちが、日本というユニークな国に暮らしていることを幸せだと思えるような世界にしたいですね。
【インタビュアー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子
(2024年12月13日 株式会社BIOTOPEにて)
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子
機関誌『フィランソロピー』巻頭インタビュー/2025年2月号 おわり
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