巻頭インタビュー

Date of Issue:2014.6.1
巻頭インタビュー/2014年6月号
しぶさわ・けん
 
1961年生まれ。父親の転勤で小学2年生のときからアメリカで育つ。国際関係の財団法人を経て、米国でMBAを取得し、金融業界へ転身。外資系金融機関で日本国債や為替オプションのディ―リング、株式デリバティブのセ―ルズ業務に携わり、米大手ヘッジファンドの日本代表を務める。2001年に独立。2007年に株式会社コモンズを設立、2008年社名変更し会長に就任。
長期投資と寄付で理想の社会を積極的に創っていく
コモンズ投信株式会社 取締役会長
渋澤 健 さん
持続的に価値を創造し続けることのできる企業に長期投資をすることで資産を形成しながら、よい社会を創っていく。そんな理念をもとに、渋澤健さんがコモンズ投信を創業して6年。運用する「コモンズ30ファンド」には次世代を担う30~40代の人々の投資が多く、長期投資文化の広がりが読み取れる。
コモンズ30ファンドの信託報酬のうち同社収益分の1%相当を寄付し、社会起業家の応援も行っている渋澤さんは「利己に時間軸という要素をプラスすると利他になる。それが寄付と長期投資の共通点」と語る。よりよい社会を創っていくためのお金の回し方について、話を聞いた
自分たちのお金を使って社会問題を解決する
― 社会をよくするため、また次世代のため、お金をうまく循環させるというのは非常に重要なことだと思います。それを寄付という形で行うのもいいし、最近では投資を通して実践するという考え方も広まってきています。渋澤さんは寄付と投資を同時に実践されていますね。

「第5回コモンズ社会起業家フォーラム」(2013 年)でのプレゼンテーション
渋澤 私は小学2年生から大学まで米国で育っていて、その影響が大きいと思います。米国は民が主体となって創った社会ですから、稼いだお金の一部を自分たちの思いで寄付するのが当たり前という感覚があります。自宅にガ―ルスカウトがクッキ―を売りに来て、それを買い、彼女たちは売り上げを活動に充てる。そういうことが日常になっているんですね。
― 投資など金融の世界には、いつ頃から関わっておられるのですか。
渋澤 UCLAの経営大学院(MBA)を卒業したのが1987年で、ちょうどその頃、日本はバブルの真っ最中ですね。ウォ―ル街が「ようこそ、日本人」と(笑)。それで米系証券会社に入りましたが、仕事はすごく刺激的で楽しかったです。金融というのは、政策や世の中の思考といった基本的なところの脈を測っているという感覚があるんですね
― まさに金融の最前線で活躍した20代、30代を経て、40歳の2001年9月に米国同時多発テロが発生。これが大きな転機になったとか。
渋澤 そうですね。それまでは電話1本で何十億円、何百億円という多額のお金を動かすのが当たり前の世界にいました。ところが同時多発テロで米国全土で飛行機が飛ばなくなってしまった。飛行機が飛ばないと、ヒトもモノも動かなくなる。これからどうなるのかと茫然としました。平和は空気のようなもので、あるのが当たり前と思っていますが、なくなってしまうと大変なことになると衝撃を受けました。
― 事件が起きたあと、どのような活動をされたのでしょうか。
渋澤 半年前まで、米国のヘッジファンドに勤めていたのですが、ニューヨークのミッドタウンにオフィスがあり、近くの消防署で亡くなった隊員の遺族のために、会社のトップが支援基金を即座に立ち上げた。そういう意味で社会的ニ―ズがあった時、即効性がありました。
― ヘッジファンドというと、日本ではあまり良いイメ―ジがないですが、社会的活動に熱心なんですね。
渋澤 ヘッジファンド業で著名なファンドマネージャーが、9.11以前からロビンフッド財団という基金を設立し、ニューヨークの貧困問題に取り組んでいました。一生かかっても使い切れないくらいのお金を稼いでいる人々が、単純に政府への納税だけが責任と片づけるのではなく、自分たちが抱えている社会的課題の解決を支援するというのは当たり前という感覚があるんですね。投資家ですから、ソ―シャル・インパクト、ソーシャル・リターンと活動の成果の「見える化」を求めているところが特徴でした。
― 税金を通して社会をつくるのでなく、自分たちのお金を直接、現場に入れて活用するんですね。

「第5回夏休み絵画コンクール」(2013年)には、15都道府県・海外1か国の3~15歳の子どもたちから、46作品の応募があった。
渋澤 日本の場合、まじめにコツコツと働いて収益を上げ、税金を払っているのだから、社会的責任は果たしているという考え方があります。もちろん税金を納めるのは大切なことですが、民が主体になっているのとは違うんですね。再配分は政府が決めるので、民間の一個人、あるいは企業などの組織は「自分たちは社会を変えるための目利きはできない。知りません。国が全部やってください」と言っているのと同じです。そういう意味で本当の民主主義になっていないんですね。
― 「日本に民主主義を育てる」というのが日本フィランソロピ―協会の大切なミッションで、一人ひとりが自分たちの社会を創るためにできることをやる。そのひとつが寄付だと、私たちは伝えています。
渋澤 その通りですね。民が主体になれば当然、個人として、会社として、どういう社会になってほしいかということを考えます。長期投資をする意味は、自分の目先のリタ―ンだけに捕らわれるのではなく、自分の子ども、孫の世代へのリターンも視野に入れる。寄付とは自分自身へのリターンを期待するより、次世代に良い世の中を残すための出資です。企業なら今期の収益増には繋がらなくても、持続的成長を保全、担保するような出資も大事です。いい社会を創るということは、企業価値が成長するための地ならしをしているようなものなのですから。
長期投資家と社会起業家の親和性
― 渋澤さんは2009年に「コモンズ30ファンド」を立ち上げられました。これは投資による財産づくりと同時に、よい企業にお金を回して、よりよい社会を創っていこうという考え方ですね。「よい企業」を見極める方法はあるのでしょうか。

30年後の夢を描く「夏休み絵画コンク―ル」の作品
渋澤 今後30年、つまり一世代という長期にわたって、価値を高め、発展できる企業に投資をするというスタンスです。企業には数値化できる財務的な「見える価値」と、数字では計れない非財務的な「見えない価値」があります。たとえば財務諸表などの数字は非常に便利な存在で、どの角度から見ても、0は0、1は1。「見える価値」はすごく伝わりやすいのです。
― 「見える価値」というのは、過去の結果。「見えない価値」というのは、これからの未来を創る部分ですね。ソ―シャル・インパクトがどれくらいあるのかなどの指標が必要かと思いますが、確かにこれを計るのは難しいです。
渋澤 「見えない価値」は、さまざまな視点を取り込まないと掴めません。ですから「コモンズ30ファンド」は、多様な視点を取り込むために運用の意志決定を投信会で行うのが特徴です。
― 普通の投資は1人のファンド・マネージャーに任せるという形ですね。
渋澤 もちろんファンド・マネージャーの視点は大事です。しかし、その原理をわかりながら、一方で社会、顧客、経営者、従業員など、それぞれのステークホルダーの視点を加えた方が「見えない価値」の全体像が見えてくると思っています。その時、大切なのが個人投資家の視点です。ファンドを購入してくれている方々は長期的なスタンスという意味では一致していますが、画一的な視点があるわけではないので、いわば360度、その会社をいろんな角度で見られることになります。また、個人は最終消費者でもありますし、従業員でもあります。極めて重要なステークホルダーであり、彼らの声を吸い上げることが、「見えない価値」の見える化に繋がると思います。
― 一般の投資家の声をどうやって集めるのでしょうか。

「コモンズ30ファンド」2013年度冊子の表紙を飾った絵葉書作品「大工さん」
渋澤 先日、コモンズ30ファンドの5周年フォ―ラムを開催し、投資していた29の企業のうち7社に協力していただき、私たちの個人投資家との対話に取り組んでいただきました。企業側は、自分の会社が投資家からどう見られているのかがわかって刺激的だと喜んでいましたし、投資家のほうも、投資している企業の話を直接聞けて、安心感に繋がります。個人と企業の距離が縮まるというのは、とても意味のあることだと思います。
― 人間は関係性のなかで生きていますから、やはり対話は重要ですね。
渋澤 フォ―ラムには家族連れも来てくれて嬉しかったです。長期投資というのは、学資や将来への備えを重要視しますから、やはり家族単位で考えるものなんですね。私たちは15歳以下の未成年のために「こどもトラスト」というプログラムを設定しています。コモンズ投信の直接販売の口座数でいうと、現在約16%が未成年の名義になっています。他の投信会社と比較しても、これほど未来世代に支えられている金融機関はないと誇りに思っています。
― まさに、より未来に対しての投資ということに繋がるのでしょう。また御社では社会起業家応援プログラム「コモンズ SEED Cap」を設立以来継続して行っておられますが、これも次世代に向けて、よい社会を創っていく活動のひとつですね。
渋澤 このプログラムは一般にいわれるような「社会貢献」や「CSR」という立ち位置ではありません。私たちの収益の1%相当を寄付し、よい社会をつくるために立ち上がった起業家に出資し、子どもや孫のためによい社会基盤を創っていく、長期投資のひとつと考えています。コモンズ投信の使命は長期的資金を社会に循環させるということなので、本業への取り組みと同様のものですね。また私たちのファンドに投資をしてくれている個人の方々は、目先のことでなく、未来に対して状況を判断し、みずから動ける人たちです。自分たちの将来の持続的な豊かさを求める中で、社会が殺伐としているのでなく、より文化的で多様な生活がなければいけない。長期投資家と社会起業家というのは、そもそも親和性が高くて、相性がいいんです。
「利己」に時間軸を加えて「利他」に変えていく
― 未来を見すえて、よい社会を創るという考え方は、だれのなかにもスッと入りやすいです。しかし実際には長期投資や寄付といったところに、なかなかお金が回りません。企業に対して寄付のお話をしても、「うちはお金がありません」「単にあげて終わりの寄付ではなく…」など、ネガティブな文脈のなかで語られてしまうことが少なくないですね。
渋澤 まず日本企業にお金がないというのはうそです(笑)。日本企業はキャッシュを余らせすぎていると、投資家から怒られているくらいです。ですから「予算がない」というのが正しい言い方ですね。また日本には一般家計でおよそ860兆円の預貯金があり、企業にも300兆円くらいの現金があります。これらのお金はただ停滞しているだけで、社会に循環していないんです。
― まさに社会資本と言えるほどの巨額な現金を動かすには、どうしたらよいでしょうか。
渋澤 だれにとっても「今の自分」はとても大切で、目の前を見て生きています。しかし、ここに時間軸という考え方をプラスすればよいのだと思います。今のことだけを考えて「テイク」ばかりしていたら、将来はなにも「ギブ」されないかもしれない。さらに子どもや孫の代になると「テイク」するものが、すっかりなくなるかもしれない。次世代のことを考えると、それでは本当に困りますね。つまり利己に時間軸をプラスすれば、自然と利他に繋がっていくのです。西洋では宗教が時間軸になりますが、日本はなんでもオンデマンドで考える傾向がありますね。
― キリスト教の国でない日本は、寄付が根づかないという人もいます。
渋澤 それは単に言い訳かもしれないですね。キリスト教の代わりに、日本には周期性とか季節性などの時間軸の感覚があるので、それに合わせて投資や寄付をするのも1つの方法です。長期投資で毎月積立をするというのもよいリズムですし、お中元、お歳暮の時期に寄付をするというのでもいいですね。また日本の寄付税制も大変よくなっています。
― 確かに、震災以降はさらによくなっています。申請が必要ですが、たとえば私たちの協会に1万円寄付すると、5,000円が戻ってくる感覚です。しかし税制がよくなっても、なかなか寄付は進みません。日本の大人には「長いスパンでお金を循環させる」という考え方が、まだ根づいていないのでしょうね。
渋澤 「コモンズ30ファンド」を説明していて、30年後のことを考えようというと、「自分はもういないから」と興味を持たない人もたくさんいます。でも若い世代は違います。子どもたちに30年後の夢を描いてもらう「夏休み絵画コンク―ル」を毎年恒例で行っているのですが、その作品は楽しいです。アフリカでお医者さんになるとか、福島で農家になるなど、いろんな夢がいっぱいです。
― そういう夢をはぐくむためにも、投資や寄付で社会を変えていく可能性をもっと追求したいですね。
渋澤 僕たちにはちゃんとメッセ―ジがある。しかし発信力が少ないことを痛感していて、今後はそれがテ―マです。幸い、最近はテレビや雑誌などにも紹介されるようになり、知名度が少しずつ出てきたかも知れません。とにかくメッセ―ジを出し続けることが必要だと思います。
― それはまさに私たちも同じです。ともに頑張っていきたいですね。本日はありがとうございました。
【インタビュー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
機関誌『フィランソロピー』巻頭インタビューNo.362/2014年6月号 おわり