巻頭インタビュー

Date of Issue:2020.10.1
巻頭インタビュー/No.400
 
 
たきもと ひめ さん
~人の役に立つことは楽しいから~
お年玉を費用にあてて手作り布マスクを寄付
山梨大学教育学部附属中学校2年生
滝本 妃 さん
新型コロナウイルス感染拡大で、マスク不足が報じられた2020年2月、中学1年生(当時)の滝本妃さん(山梨県甲府市)は、家族の協力のもと、ミシンに向かって一心に布マスクを作っていた。
できあがったマスクは、メッセージを添えて、山梨県庁や山梨大学医学部に寄付。高齢者施設や児童養護施設、医療関係者などに贈られた。コロナ禍に、人々に思いやりを届けた滝本妃さんを、甲府市に訪ねた。
苦手なミシンで縫った612枚の布マスク
― 手作りマスクを作ろうと思ったきっかけは、どのようなことだったのですか?
滝本 (2020年)2月の半ばに、母と薬局に行ったときでした。リュックを背負ったおばあちゃんが、マスクが売り切れで困っていて、店員さんに「何軒も歩き回って来たのに、ここにもないんですか」という、がっかりした声が聞こえました。
その帰りの車のなかで、ニュースでも、マスク不足で転売が増えているといっていたことを思い出して、「自分にできることはないかな」と考えました。
― そこで布マスクを。でも、そのころは、マスクといえば不織布。布マスクを作ることは、まだ広まっていなかったのでは?
滝本 はい。でも、小学生のときに、不織布のマスクが嫌いで布マスクをしていたので、布マスクなら手作りできるんじゃないかと思いました。それで母に相談したら、「作れるんじゃないの」といってくれたので、裁縫は苦手だったけれど、みんなのために、作ってみようと思いました。
― まあ、裁縫が苦手だったのですか!それでもやってみようと。その時、お母さんの反応は?
滝本 「やりたいんだから、やってみればいい」といってくれました。
― 理解のあるお母さんで、よかったですね。そのマスクの作り方は、どうしたのですか? オリジナル?
滝本 作り方を調べてみたのですが、ギャザーになっているのではなく、立体の方が苦しくなくていいと思いました。そういうと、母が、マスクから型紙をとり、縫い目をなかにして布を縫い合わせればできるかなと考えてくれました。
一緒に作りながら試して、これなら苦しくないと最終的に判断したものから、ダンボールの型紙をとりました。
― 家族の協力があってこそ、ですね。
滝本 はい。お姉さんも、一緒に手伝ってくれて、布を切ったり、最後にマスクを袋に詰めたりしてくれました。
― ミシンがけは、ひとりで頑張ったのですね。どれくらいの期間に、何枚作ったのですか?
滝本 2月26日の期末テストが終わった日の夕方から作り始めました。3月3日から学校が休みになったので、それからはずっと作っていて、3月17日に寄付するまでに、大人用400枚と子ども用212枚、計612枚を作りました。
― 1日に30枚以上を縫ったそうですね。すごい!わたしも裁縫が得意じゃないので、聞いてるだけで頭がくらくらします(笑)。
マスクの布は、子どもたちが喜んでくれるように、かわいい柄のあるものにしたそうですね。その材料費ですが、普通に考えると、ご両親が用意してあげてとなりがちですが、そうではない?
 
手作りマスクとメッセージ
滝本 はい。生まれてからずっと貯めてきたお年玉です。
― 材料費は約8万円とか。ずっと貯めてきて、よく、思いきりましたね!
同席いただいてるお母さんにお聞きしますが、ご両親は、そういわれたとき、どう思われたのですか?
(お母さん) 自分の貯金をおろしたいといわれました。一度も使ったことがなかったお年玉を、使いたいというのだから、本人としては、よほど真剣な気持ちなんだねと、主人と話し合いました。
― 材料は、すぐにそろいました?
滝本 2月の半ばで、まだ店頭に布はあったけれど、買い占めないよう、一軒のお店だけで買わないで、7軒のお店をまわりました。最後は東京まで行きました(笑)。
― そうして作ったマスクを、山梨県庁の長崎幸太郎知事に届けたのですね。
滝本 はじめは、駅で配りたいなと思っていたけれど、ウイルスの感染拡大で、衛生を考えると、そんな状況ではなくなりました。どうしたらいいかと考えて、山梨県庁に連絡しました。
― 取材もあったそうで、緊張しましたか?
滝本 当日も、知事との待ち合わせ時間のギリギリまで作っていました。それで612枚という数に。
― 直前まで、ミシンに集中していたのですか。というのは、まだ足りなかった?
 
山梨大学・島田眞路学長より学長賞を受ける滝本妃さん(山梨大学提供)
滝本 山梨県の人口に比べれば、まだまだ足りないと思っていて(笑)、1枚でも多く作りたかったからです。
― 高齢者施設や児童養護施設に届けられたマスクには、一つひとつの袋にメッセージが入っていて、「この1枚が皆さまのお役に立てたらうれしいです」と書かれていました。妃さんの想いが、よく伝わってきます。
中傷を乗り越えて、再び医療現場へのマスクを
― 妃さんが、手作り布マスクを県庁に寄付したことは、マスコミに大きく取り上げられました。新型コロナウイルス感染拡大の真っただ中での、他者を思いやる心温まるエピソードでしたね。わたしも新聞で読み、中学1年生(当時)と知って、感動しました。
でも一方で、心ない中傷もあったそうです。お母さんは、心配されたでしょう。
(お母さん) そうですね。SNS上で、布マスクは効果がないとか、本当に自分で作っているのか、売名行為ではといったことなど。いろいろなことを書いている人たちがいました。それで、1週間ほどミシンが使えなくなってしまいました。
― まあ!辛かったでしょう。そのときは、どんなことを考えましたか?
 
賞状を手にする滝本妃さんと
手作りマスクを手にする島田眞路学長(山梨大学提供)
滝本 助けたいという思いだけで始めたけれど、自分のやった事は間違いだったのかと悩みました。
― そんな中傷に対して、家族で協力して妃さんを支えたとのことですが、ほかにも元気づけてくれることがあったのですね。
滝本 県庁にマスクを寄付したことで、山梨大学の学長(島田眞路氏)から、学長賞をくださるという連絡をもらいました。
― よかったですね。妃さんは、山梨大学教育学部附属中学校2年生。それで学長賞を。
滝本 はい。そのときの学長の話のなかで、医療現場でもマスクが足りないことを聞きました。一番必要なところに、マスクがなかったことを知って、ショックでした。
その帰り道、医療現場に携わる学長が、布マスクが医療現場に必要だといっているのだから、わたしは間違ってないと思ったのです。
― 学長は山梨大学医学部附属病院の病院長を務めた方だそうだから、俄然、自信がわきましたね!
滝本 はい。それから、医療現場に届けなければと思って、ネットで見つけた抗ウイルスの布を間に入れて、250枚のマスクを作りました。それを4月15日に、山梨大学医学部に寄付しました。
― しっかり悩み考えて、再び、滝本家にミシンの音が復活! それだけでなく、その後、手作りマスクのキットも寄付されたとか?
滝本 寄付したあとで注文していた布が届きました。マスクの作り方を知りたいという人がいたので、それならみんなに作ってもらおうと、作り方と材料をセットにしたキットを、1,108組作りました。
― 次々と、すごい行動力です。作り方はていねいな手書きで、得意の英語の説明書まであるんですね。
 
滝本 キットは、5月18日に、山梨県教育委員会に寄付しました。それから県立高校に配布され、高校生の人たちがマスクを作って、社会福祉施設などに寄付することになりました。
ほかにも、マスクを寄付したことを知った中学生・高校生たちが、自分たちでマスクを作って、福祉施設に寄付したという話も聞きました。
― ひとりで始めた活動が、ほかの中・高生たちに影響を与えたことは、嬉しいですね。思い切って行動したことで嫌な経験もしましたが、今は、どう思っていますか?
滝本 この世のなかには、いい人もいて、褒めてくれる人もいるけれど、ひどいことをいって、傷つけようとする人もいるんだなと知りました。気にしても仕方がないし、自分の成長になるから、中傷した人には、感謝をしなくちゃいけないと思っています。中傷しても、お互いに、いい思いはしないと思います。
― 勉強になりましたね、ほんとに偉いです!
全国からの応援と手作りマスクの広がり
― 人間の嫌なところも知った一方で、そんなことを吹き飛ばすくらい、日本中から応援と感謝のメッセージが届いたそうです。特に心に残るメッセージはありますか?
滝本 ひとつは、わたしが卒園したイングリッシュスクールの幼稚園児からの手紙です。そこにもマスクを寄付したのですが、いろいろな柄の布を使っていたので、子どもたちが「この柄を選んだよ、すごくかわいかった」などと、英語で書いてくれました。ほかには、トロフィーや感謝状もいただきました。
 
贈られたトロフィー
― トロフィーには、「あなたの清らかな心と行動に感動しました。一市民より」と彫り込まれています。妃さんのマスクの寄付が、おとなの心を動かしましたね。
滝本 学校や県庁にも、わたしに果物やプリンをあげたいというメールがとどきました。沖縄や北海道から、図書カードやお金なども贈られてきて、山梨県庁や学校に、約32万円が届いたそうです。それは、県庁の福祉課から、児童養護施設や里親の家庭などに寄付してもらっています。
― 応援メッセージには返事を書いているそうですが、寄付してくださった人には、どんなことを?
滝本 「わたしは、両親がそろっていて不自由なく暮らしているので、恵まれない子どもたちのために寄付させてください」と書いて、手作りマスクを贈りました。
― 中学生や高校生がマスクづくりに参加したり、マスクの寄付に感動して、自ら寄付をする人たちも出てきました。手作りマスクの輪が広がっていますね。
滝本 自分一人の力では限りがあるから、みんなが動いてくれることで、もっと増えていけばいいと思います。
あきらめない夢とこれから
― 英語が得意とのことですが、ほかには?(そのとき、大きな雷の音)
滝本 あっ、1キロ先だ。
― 何がですか?
滝本 音がしたから、雷がどれくらい遠いのかなと、秒数を測って340(m/秒)をかけて、距離を計算してました。
― 怖いのかなと思ったら、計算中だったとは!科学的なのですね。
滝本 科学部に入ってるし、テストの範囲だったので(笑)。
― 学校は、すでに始まっているのですね。休校中にマスクを作り、これからは、どんなことをしてみたいですか?
滝本 学校では、ベルマーク集めや、書き損じハガキ、古切手を集めたり、ペットボトルのキャップを集めるボランティア活動をしています。そういう身近なボランティアを、自分から積極的にやっていきたいと思います。
 
山梨大学医学部附属病院からの
お礼の色紙
― 将来の夢は?
滝本 医者になることです。これは、絶対に実現したい夢なのです。
― なにか、きっかけがあるのですか?
滝本 なぜかわからないのですが、幼稚園の年少の頃からそうでした。イングリッシュスクールに迎えにきた母が、七夕の短冊を見つけて、そこに "I want to be a doctor." と書いてあったので、びっくりしたといっていました。
― 医者は、人のいのちを助ける重要な仕事。やはり、誰かのためにという気持ちがあったのでしょうか。どんな医者を目指していますか?
滝本 外科医です。でも、一時期は、病院が嫌いな子どもたちのために、部屋にアニメなど描いて、子どもが喜びそうな病院を作りたいと思いました。今は、日本に来る外国人のために、英語で、詳しく病気などの説明ができる医者になりたいと思っています。
― 山梨大学医学部附属病院の先生たちからのお礼の色紙に、「いつか、いっしょに仕事をしましょう」と書いてあります。先輩たちからの応援メッセージですね。
滝本 はい。すごく嬉しかったです。
― これは、お母さんにお聞きしたいのですが、お年玉を全額使って布マスクを作り始めた娘さんを、ご両親は、どのように育てられたのですか?
(お母さん) 小さいときから、人には感謝しなさい、困ったときには助けてあげるようにと、いってきました。その積み重ねがあったためか、お父さんにも、習い事をさせてもらっていることを感謝したり、働いていることに対して、「毎日、妃のために、ありがとう」といったりしていますし、コンビニエンスストアに車で行ってもらうだけでも、必ず「ありがとう」といいます。
滝本 寄付好きなので、コンビニには、1円玉を持っていって、募金箱に入れています(笑)。
― 医療現場への寄付には、病院の清掃スタッフなどのマスクも含まれているそうです。確かに病院では、医師だけでなく、いろんな人が働いてくれています。でも、そういうことには、なかなか気付かないことが多いです。
滝本 病院に行ったときに、「お掃除をしている人たちだって、マスクが要る」と気付きました。まわりを見ていると、いろんなことが気になってしまいます。
― よく見て、その向こうにあることを想像してみるって、大切ですね。勉強に部活動に習い事にと多忙ですが、どんなことをしているときが、楽しいですか?
滝本 本を読んだり、曲を聞いたり歌を歌ったりするのも楽しいけれど、人が喜ぶことが好きで、それをするのは楽しいです。
― 妃さんが、マスクがなくて困っているおばあちゃんを見かけて、役に立ちたい一心で始めた手作りマスクの寄付が、みんなの気持ちを優しくしたり、元気にしました。その思いやりの波紋は、日本中に広がってほしいですね。
きょうは、ありがとうございました。
【インタビュー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
 
(2020年8月22日山梨県甲府市にて)
機関誌『フィランソロピー』No.400/2020年10月号 巻頭インタビュー おわり