ふくしま土壌ネットワーク/デザイナー梅原真氏による講演会『地域とデザインの力』
ふくしま土壌ネットワーク 主催
デザイナー梅原真氏による講演会『地域とデザインの力』
日時:平成28年(2016年)2月28日(日)14:30~16:30
会場:JA福島ビル 1001会議室
 
 「復興応援 キリン絆プロジェクト」農業支援事業の助成を受け、福島の桃「あかつき」のブランド化を目指して「桃の力プロジェクト」を推進する「ふくしま土壌ネットワーク」は、2016年2月28日(日)、福島市で、デザイナー梅原真氏による講演会『地域とデザインの力』を開催した。
 
 梅原氏は1次産業におけるキャッチコピーやパッケージデザイン、商品のプロデュースなどを手掛けるグラフィック&プロダクトデザイナー。1950年高知市生まれ。大阪経済大学経済学部卒業後、高知放送プロダクション美術部に入社。25歳の時休職してスペインを旅し、さらに退職後アメリカ大陸を横断。帰国後、地元・高知県で梅原デザイン事務所を設立し「1次産業×デザイン=風景」をモットーにデザイン活動を展開してきた。田舎や地域の物産や観光などについて多くのデザイン実績と成功の事例を残し、地域産品のブランド化や6次産業化を進める人たちから先導者として支持を集めている。そうした実績と実力から、梅原氏のもとへは日本中から仕事の依頼が引きも切らずに寄せられているが、氏は非常に厳選して仕事を引き受けており、引き受けたあとでも、依頼者側に強い情熱としっかりした考えやコンセプトがなければ叱るほど、思いのある仕事のみ引き受けている。そんな中で、氏は「ふくしま土壌ネットワーク」の依頼を引き受け、同プロジェクトにアドバイスをしている。今回の福島での講演は、参加した地域の方々にとっても貴重な機会となった。
 梅原氏の魅力は「なんにもない田舎」を逆手に取り、気付かないでいる宝物を探し出して市場を広げるという視点と手腕のすごさだ。
 「都会なんて見る必要はない。地方はもっと頭を使え。足もとにはいいものが必ず転がっている」と氏は言う。
 氏が大事にしていることは「風景を残すこと」。地域文化や風景を保全し、守り残す。デザインにはそれができるという新しい力と可能性を示した人である。
 
 「ふくしま土壌ネットワーク」と梅原氏との縁は「復興応援 キリン絆プロジェクト」での支援前にさかのぼる。「ふくしま土壌ネットワーク」の髙橋代表とチームメンバーの後藤氏とが、6次化商品の開発・販売に際し必要となるキャッチコピーやパッケージデザインについて話し合っていたとき、梅原氏の著書を読んでファンになっていた後藤氏が「この方にお願いできないものだろうか」と、髙橋代表に著書を手渡した。髙橋代表も氏の著書に感銘を受け、梅原氏にお会いしたい旨のメールを送る。メールには、福島と自分たちの現状、これからやりたいこと、自分たちのプロジェクトが目指すところなどを率直にしたためた。
 2014年12月、髙橋代表と梅原氏は初めて東京で会い、その後、梅原氏は実際に福島を訪ね、実際に桃の果樹園に足を運び、「ふくしま土壌ネットワーク」のメンバーたちと話し合った。梅原氏は「困難であればあるほどやりがいがある」と感じたという。
 そして梅原氏が言った言葉は「アイデアの元になるのは皆さんの考えや言葉です。それらを集めてエキスを絞り出すのは私の仕事です」というものだった。
 こうして梅原氏と「土壌ネットワーク」は動きだし、産地視察、現地打ち合わせを経て、「桃の力プロジェクト」から生まれた商品のネーミング、キャッチコピー、パッケージのデザインが始まった。これらの成果は、今夏、商品の形で発表される。
 今回の講演会は、梅原氏の取り組みや考え方を、地域ブランド化、6次産業化を目指す福島の多くの人たちにも伝え、地域が一丸となったさらなる復興に活かしたい・・・という「ふくしま土壌ネットワーク」の思いでかなえられた。
 
 JA福島ビルの会場には、県内の農業生産者をはじめ、多くの人が訪れた。福島にはきっと、まだまだ眠っている宝がある。それを見つけるヒントを求めて、梅原氏の講演に聴き入った。
 
 講演に先立ち、「ふくしま土壌ネットワーク」の高橋賢一代表から主催者のあいさつが、小松知未副代表から「桃の力プロジェクト」の活動経過について説明があり、そして橘内義知副代表より梅原氏のプロフィールの紹介があった。
 梅原氏の講演の最初のひと言は「今日ここまでのプロセス、大真面目やね(笑)」だった。「まず頭を柔らかくしていこうや」。ざっくばらんな口調で講演が始まった。
 
 「きょうの演題は『地域とデザインの力』です。でも、このタイトル決めたのは僕じゃない(笑)。そもそもデザインって何? そんなところをお話しします。」
 
 会場のスクリーンにはAという人物(生活者・消費者)と、Bというモノ(商品)を描いた映像が投射された。
 「デザインには、モノのデザインと、コトのデザイン、つまり売り方のデザインがあります。例えばAさんというヒトは、世の中にたくさんあるモノの中からBというモノに気付かないでいる。でも、モノとコトをデザインすることで、Bに出合うことができる。するとそこに何らかのコミュニケーションが生まれる。そのコミュニケーションのことをデザインと言います。」
 
 いいデザインは、BからAさんへ行く情報量を増やす。つまりパイプが太く広くなることだと梅原氏。さらに素晴らしいデザインならもっと広がる。いいデザインの力が、AさんにBというモノを認知させた。 「これが、僕の定義する『デザイン』という考え方なんです。」
 
 梅原氏は、ネーミングで成功した商品をいくつか例として取り上げながら、なぜ成功したのかについて説明。
 「いわば商品名が最初のデザインです。ストレートな名前だけでは、案外消費者と上手にコミュニケーションできていなくて、例えば可愛らしい名前とか、おもしろい名前がコミュニケーションを始めることもあります。僕はこのコミュニケーションというパイプを上手に使えば、いろんなことが解決するのではないかと考え、1次産業を取り巻く課題にも私のデザインに対する考えを当てはめて機能させてきました。」と話す。
 梅原氏のデザイナーとしての本領は、ニッポンの風景を残すため、1次産業にデザインという考え方を掛け合わせて考えるところである。その土地ならではの農事や漁業があり、森があり、田んぼや川や浜があり、野山や海から届く恵みがある。そして、それらに抱かれながら連綿と続いてきた、風土に根ざした「暮らしの風景」がある。一度失われてしまえば、もう取り戻すことは難しいニッポン。それを守り伝えていくためには、なによりも生活の基盤である地域産業に活気を取り戻すことが大事。忘れられてしまっていた価値、時代に埋もれてしまった価値に、新しいコミュニケーションのパイプを上手につなぎ合わせる。そうすることで新しい価値が生まれ、それが地域経済となる。地域経済が元気になれば、その土地の1次産業は生き延びることができて、森や田畑や船といった暮らしの風景が残されていく。
 「1次産業×デザイン=風景」という方程式で、ニッポンの風景を残そう。それが梅原氏の仕事なのである。
 
 1次産業にデザインを掛け合わせた例として、氏は地元・高知県の「カツオの一本釣り」を「デザインした」事例を紹介。8年間で年商20億円にまで成長したヒット商品である。
 「カツオの一本釣りは効率が悪い。コストもかかる。ある船主が『もうウチはつぶれます』と言ってきた。一本釣りという風景がなくなったら土佐は終わりです。」
 そこで梅原氏は、「一本釣りしたカツオをワラで焼いてタタキにして販売しよう」と提案した。大正時代の一本釣り漁船の写真をイラスト化し、加えたキャッチコピーは「漁師が釣って漁師が焼いた」というものだった。
 「『おいしいから買ってくれ』では皆、素通りします。でも、漁師が腕組みして『漁師が釣って漁師が焼いた』『味の分からないヤツには売らない』というノリで消費者を突き放した。すると消費者は素通りせず、行間を埋めようとします。魚のおいしさを知っている漁師が直々に、昔ながらの手法で焼き上げたのだからおいしいに違いない。そういう情報を消費者が頭の中にセットできるように整えました。」
 「僕が言いたいのは『デザインがよかった』ということじゃなく、コミュニケーションが上手くできていなかったのではないかということ。また一本釣りのカツオは効率は悪いけれど、網で獲るカツオよりも魚体が傷まなくて実際においしい。そういう微妙な価値の差もある。そこに昔ながらのワラで焼くという、もっと効率の悪い方法を掛け合わせた。」
 効率的にはマイナスでも、売り上げはプラスに。マイナス×マイナスがプラスに転化したのである。 そして高知県には、土佐の伝統漁法である「カツオの一本釣り」の風景が残された。
 
 これ以外にも、いくつもの事例を紹介しながら、講演は続き、参加者は熱心に聞き入った。
 
 講演会の最後には、今夏(2016年)発表予定の「桃の力プロジェクト」商品のパッケージデザインも紹介された。シンプルで明るく、「少し笑いも欲しかった。笑いはコミュニケーション」という氏の遊び心も加えられている。
 「本来は製造業者じゃない農家。でも農家がつくった商品、手作りした雰囲気。そこを強調しました。今年の夏を楽しみにしていてくださいね(笑)。」
 
 そして最後に言う。
 「デザインとは単なる思いつきではなく、コミュニケーションのパイプをいかにセットするかというもの。『土壌ネットワーク』の皆さんとも一年間ずっと話し合い、農家が手作りしたという表現を、最後の一滴として絞り出しました。うまく行くことを願っています。」
《インタビュー点描》
デザイナー 梅原 真 様
 僕は、そこそこの会社がそこそこのデザインをしてくれという依頼にはあまり気持ちが向かない。そこに必然的な何かがあって、僕のところにたどり着いたというシチュエーションがいい。仕事の依頼は殺到していますが、断るのが仕事になってます(笑)。
 ふくしま土壌ネットワークの髙橋さんは、初め「四国へ行きます」というお話だった。でも、来られたらもう断れないので(笑)東京で会うことにしたんです。僕は福島県のお百姓さんが来ると思っていた。そしたらピシッとネクタイ締めてて(笑)。
 僕は、難問のほうが好きなんです。福島はダメージを受けてしまった地域ですよね。ゼロどころかマイナスになっている。また、福島の問題は終わらないテーマです。放射線量を測りながら売るなんて。もしかしたらデザインの結果、売ったらアカンでということになるかもしれない。同時に「これはもう日本の問題やな」と思いました。それほどの難問。だからこそ現地を見たいとも思った。それでお受けすることにしました。
 福島はたいへんな状況下にある。そんな中で、キチンとしたメッセージを伝えていくデザインがあまり上手くできていない。そして、福島の人は真面目過ぎるぐらい真面目(笑)。人の心を動かすことの初めの一歩は面白さです。それは人を集めることでもある。メッセージの発信とかコミュニケーションとか、もう少し上手くできたらいい。誤解があるとか、一部しか伝わらないというのはよくない。「福島って桃つくってたの?」なんていう人もまだまだ多い。
 でも、饒舌に語る必要はないんです。農家には農家のメッセージがある。語り方で、一のものも百になって伝わる。おいしいものをおいしく伝える。商品を手にとってもらえるように上手に伝える。なんなら高知の「道の駅」とコラボしてもいい。福島での仕事に区切りができても可能性は広がっていく。それこそがデザインです。
2016.02.28「ふくしま土壌ネットワーク/デザイナー梅原真氏による講演会『地域とデザインの力』」おわり

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