未来への手紙プロジェクト


主催:公益社団法人日本フィランソロピー協会
共催:毎日新聞社、特定非営利活動法人日本クリニクラウン協会
未来への手紙プロジェクト
 
 
 
 
2022.03.26
ゆう君おめでとう!そしてありがとう!
とも子チャーちゃん
寒い2月、建国記念の日生まれのあなたはもう2歳ですね。
 
遊びに来るごとに元気で、腰が弱りかけのひいばあちゃんが相手でも、好奇の眼で家中の置物を眺めて問いかけ、あまり玩具を置いていなくても引き出しの中からメジャーや文房具など見つけて楽しそうに。遊びの中での集中力や根気、その成長の日々を見てじいちゃんと私は元気をもらい、もう少し頑張りましょうと話していましたのですが。「ひ孫と出会えたし、満足の人生だった」と書き残して逝ったじいちゃん。コロナ騒動が続く中、きっと何事にもくじけないで強く生きるようにと願っていることでしょう。
 
ようやく会話らしくなった?あなたが「きれい!」と言ってくれた、私の手すき和紙のコレクション。和紙に魅せられてポーランドから何度も来日した人が新型コロナで来日できなくなっていると知り、私は喜んでくださる方がおられるのであればと、コサージュなども創作し、その方に送りました。そのため、しばらくは忙しくてあなたと遊べませんでした。
 
でももう大丈夫。まだもう少し頑張れそうで、あなたの成長を見守れることも感謝です。グローバルになっていくこの時代に、あなたが健康で愛される人であってほしいと願いながら頑張りますね。
 
2022.03.19
二つの宝物
ちいちババア
私の宝物が一つ増えました。娘に第2子が生まれたのです。長男で名前は樹生(いつき)と言います。初孫の長女が生まれてから、もう一人は産みたいと言っていましたが、2年たっても何も言わないし、娘も40代に入り年齢のこともあるし、あんまり聞くのもためらわれたけれど、やっぱり一人子だとさみしいと思いながら、期待と心配の毎日でした。
 
昨年のはじめに赤ちゃんができたと聞いてとても喜びました。どっちと聞くと男の子ということで喜びは2倍になりました。毎日無事に生まれてくるようにお祈りしました。7月14日、1週間早く帝王切開で生まれました。実家には戻って来ないで、家で義理のお母さんの助けを借りて育てました。私は何も面倒をみてやれませんでした。そのせいか、実家に帰って来てもあまり懐いてもらえなくて泣いてばかりです。さびしい気もしますが、でも気持ちはかわいくてしょうがありません。2人の孫を与えていただいて、とても喜んでおります。
 
70歳の夫婦でいつまで見られるかわかりませんが、人の気持ちがわかる人に育ってください。毎日祈っております。
 
2022.03.12
過去から未来への手紙
入り江わに
これは息子が生まれる前に書いた手紙です。お産で私が死んだら見せるつもりでしたが、生きているので見せていません。
 
赤ちゃんへ
 
あなたがおなかにいる時、神戸で大きな地震がありました。たくさんの人が死にました。あなたのようにまだおなかにいる赤ちゃんを守って、あるお父さんはお母さんの上に倒れてくるタンスを背に受け、けがをしたそうです。
 
3月には東京で毒ガスを使った事件がありました。サリンという毒が電車の中に置かれ、会社や学校へ行く人たちを狙い、命を奪ったのです。その中にはあなたのように、これから生まれてくる赤ちゃんを楽しみにしていたお父さんもいました。おなかの大きなお母さんは、お父さんが死んで泣いていました。愛する人を突然奪われた人の悲しみはどんなに深いか。人間は人間をお互いに大切にするのだということ、命を愛することを忘れないでください。
 
手紙は見せていないけれど息子は優しい青年に育ちました。今の息子に何かを言うとしたら、それは苦労の多い人生を頑張っている息子へのエールとなるでしょう。すべての若者に「頑張れ」と言いたいです。
 
2022.03.05
お母さんとお父さんが生まれた日
櫂 映人
あなたたちが生まれた日は雪が降るとても寒い日でした。天が、双子のあなたたちの誕生をお祝いしてくれている。と、僕は思いました。
 
切迫早産の危険から、お母さんは出産の2か月半前から入院しました。お母さんはお医者さんから絶対安静を命じられ、長い我慢を強いられ、新型コロナウィルスの流行のため面会もできませんでした。
 
最初の病院では、出産時の立ち会いも認められませんでした。お母さんの体調が悪化し、病院から、これ以上治療が続けられないと言われ、急きょ、別の病院に緊急搬送。新しい病院では、出産時の立ち会いだけは認められました。
 
看護師さんから電話で呼ばれ、病室に着くと、そこはとても静かでした。お母さんは深く瞑想するように静かに呼吸を繰り返していました。あなたたち2人を守り、戦ってきたお母さんに心の中で「ありがとう」と「大丈夫」と声をかけました。
 
それから5時間後。あなたたちが生まれてきました。あなたたちはとても穏やかな優しい顔。お父さんもお母さんもうれしくて涙が出ました。あなたたちが生まれた時、お母さんとお父さんも生まれました。この地球から生まれた大切な命を、心を込めて大切に育てていきたいと思いました。
 
2022.02.26
長男と次男、私にはどちらも可愛い息子たち
くうりん
あれはまだ暖かい季節だったはず。突然襲った破水に新米医師は「お小水です、妊婦によくあります」と片付けた。どんどんあふれていくのが心配で翌日また病院へ行ったけど、その医師は方針を変えない。あの時、病院を変えていたらと何十回思ったか。かくして私の子は17週で旅立っていった。
 
もう少し後なら、もう少し育っていたらと、「たら」「れば」を言い続け、家に引きこもっていた1年間。その後にできた今の息子。なんだかやっぱり次男のような気がしてしまう。お兄ちゃんが先に道を作ってくれてる気がしてしまう。その次男はもう高校生なのに、長男は今でも赤ちゃん。きっとずっと赤ちゃんなんだろう。それでも、お兄ちゃんなんだから道を作ってあげてね。サッカーで悩んでいる次男に何かアドバイスしてあげて。きっとお兄ちゃんは次男よりもっと頑張ってたはず。その強さを教えてあげたり、困った時は何か声をかけてたりしてあげて。先に逝った母が長男の面倒は見てくれてるようだから安心だ。母は、孫の世話をしたがっていたからそれもよかった。
 
今でも私は2人の男の子の母親だと思っている。次男よ、お兄ちゃんを見習ってこれからも育っておくれ。いつか私は長男の元気な姿に会えるんだろう。どちらに行っても子どもがいるから私はとっても幸せだ。
 
2022.02.19
孫たちへのエール
酒田マロ
昨年3月、5年間のイギリス赴任を終えた長女一家が帰国した。それに伴い、10歳と8歳の孫たちは「帰国子女」となった。10歳の孫は5年前、幼稚園の「年中組」でイギリスに渡り、小学校の「0年生」に編入され、すぐに1年生になった。英語が話せなかったので、とても苦労をしたようだった。しかしその後、苦難を乗り越えて、勉強やいろいろな活動などもしっかり頑張れたと聞いている。
 
帰国して今度は、日本語や習慣の違いなどなじめないことも多い様子で、何の力にもなれないわが身がもどかしくもあった。以来1年近くになり、これまでなかなか点が取れなかった「漢字の書取り」で88点をとることができた!などとうれしい話も聞けるようになった。きっと、人の何倍も苦労しているんだと思うけれど、その分、何倍も成長できるハズ・・・だから負けないでね。
 
次女の家族はアメリカのアトランタで暮らしている。やはり2人の孫がいるのだが、上の孫娘は9年前シンガポールで生まれ、バンコクへの転勤を経て、3年前アメリカに渡った。母である娘も孫たちも、異文化の中で奮闘をしている。
 
私には子どもが3人いて、3年前長男が20年暮らした東京から、突然Uターンしてきた。そして縁があって結婚し、2年前男の子が生まれて孫は5人となった。それぞれに個性豊かで五人五様だけど、孫たちみんな頑張れー!
 
2022.02.12
福の神
サファイア
生まれて初めて「ひいばぁーば」と会った時、満面の笑みで、はしゃぐあなたに「ひいばぁーば」は、ノックアウト。「じいじ」や「ばぁーば」も一瞬であなたにメロメロになりました。初めての育児で奮闘する私にとってもあなたが見せてくれる笑顔は、肩の力が抜けホッと一息つける瞬間でした。
 
あなたの笑顔は、雰囲気を和ませ、たくさんの幸せを運んでくれました。成長と共に変化してしまうのかと懸念していましたが、変わりませんでしたね。時折、部屋から漏れ聞こえる「友人、先輩、後輩」との楽しそうな会話から、人間関係に恵まれている様子がうかがえ、「すてきなものを持って生まれてきてくれたおかげ」と心から感謝しています。
 
これから先の人生においても「笑う門には福来たる」。誕生して以来、たくさんの幸福を運んできてくれたあなたですから、これまで通り笑顔を忘れず歩んでいってほしいと思います。そしていつか愛する人にめぐりあい、あなたの笑顔を継承したジュニアに会えたなら、母はノックアウト。
 
2022.02.05
たくさんのありがとう
あのね
寒い冬の夜。コロナ禍で初めての出産。不安ばかりだったけど、そんな気持ちを察してか、あなたは思っていたよりも、早く生まれてきてくれたね。
 
その日から始まった育児は、初めてのことばかり。一つ一つが手探りで、自分の時間も、余裕もなく、孤独で正直何度もくじけそうになりました。だけどあなたと向き合う中で、自分の弱さ、悪いところ、良いところ、そして何より家族や周りの人たちのたくさんの優しさにも気づけました。自分の幼い時は覚えていないけど、こうしてたくさんの愛、優しさを受け取って、私も大きくなったのだと、改めていろんなことに感謝することができました。
 
さらに季節が巡り、少しずつ笑ったり、寝返りしたり、立ち上がったり、大きくなっていくあなた。ふと母子手帳を見ながら、前の年の今ごろは2,000グラムだったのかと思うと、その成長のスピードに驚くばかりです。命の不思議、たくましさ、尊さ、そして喜びをあなたが日々たくさん教えてくれています。
 
ただ、ただありがとう。もうすぐ11か月。まだまだこれから手探りの日々だと思うけど、今しかない、この時を大事にしながら一緒にこれからも育っていけたらと思っています。きょうも一日ありがとう。またあしたもよろしくね。これからもそう言って笑顔で過ごせる日をおくろうね。
 
2022.01.29
かわいい3人目の天使ちゃんへ
ハッピーちゃん
一升餅のお裾分けをいただきました。生まれて初めての誕生日、おめでとう。
 
雨の早朝、東大寺へお礼参りに行きました。ママの出産の日まで、楽しみよりコロナの恐怖との闘いでした。テレビで大仏様の御胎内に写経を書いて納めることができるという話に心救われて、生まれて初めて写経を経験したことを思い出します。出産のときは面会もできず、ママは3日間陣痛に耐えました。私の出産のとき、母がずっと腰をさすってくれたようにしてあげられなくて、コロナを憎みました。でも、ママは頑張って、私も長い不安のトンネルから光が見えました。
 
大雨の中、南大門の下で鹿たちが雨宿り。珍しい光景にほんわかしました。当たり前の、ありがたい平穏な日々がくれば、お手々つないで野原を走りまわる鹿さんを見に行こうね。大仏様にも「ありがとう」って言おうね。
 
いつの日かすくすく成長してこの手紙を読む時がきたら、パパとママに感謝できるような素直な子に育っていると思います。子育てを楽しんでいるパパとママに育てられて、お友だちにもやさしくできる子に育っていると思います。
 
2022.01.22
君がいてくれること
センチメンタルなおばさん
産院のガラス越しに、母と二人で見た君は、両手をしっかり握ってすやすやと眠っていた。「おじいちゃんがいたら、どんなに喜んだか」。うれしそうにのぞきこんだ母は涙ぐむ。母は身体がだんだん動かなくなる難病を抱え、父の急逝にすっかり気落ちしていた。その沈んだ我が家に、ついに男の子誕生。初々しく輝く、小さな生命(いのち)を迎えた喜びが、家族に満ちた。以来、わたしはおばさんとして、君の成長する姿を見ている。
 
送り迎えやお弁当作りをしたし、折々の行事にも参加し、子育ての一部を手伝った。不自由な腕で抱っこしながら子守歌を歌ったおばあちゃんはすでになく、昨年、君は家を出て大学生になった。帰ると、低い声で「どうも」と言ってのそりと現れる。あんなにおしゃべりだったのに、返ってくる言葉はどんどん短くなり、「せめて文章に!」とおばさんは苦笑い。でも、誰をも引きつけるキラキラの笑顔は同じ。
 
最近、見るたびに父や弟に似たところを見つける。生命のつながりを感じ、わたし自身の子どもはいないけれど、その一端にあることに幸せを感じる。君が生まれたことは、この宇宙に起きたすてきな奇跡。君が未来に生きていく。それが力を与えてくれる。
 
2022.01.15
未来を生きる君たちへ
もみじ
私は若い頃、子どもを持つことに消極的でした。日本や世界に起こる様々な問題を見て、今のこの世の中に生まれ出ることは幸せなのだろうか?と思っていたからです。でもきっかけは、めいの誕生。かわいらしい姿、妹夫婦の幸せそうな様子に、社会への憂いなどどこへやら、「私も赤ちゃんを迎えたい」と強く願いました。
 
そして出会えたのが君たちです。お兄ちゃんと妹ちゃん。小さいころ二人はとても顔が似ていて、お兄ちゃんは小さめで妹ちゃんは大きめなものだから、2歳半も違うのによく「双子?」と聞かれました。君たちと出会って、世の中に対する私の意識は、より強くなりました。けれども、それまでの「諦め」ではなく、「希望」とともに。君たちが、自分は生まれてきて良かったと思える社会になってほしい、今はそう思っています。
 
双子のようだった君たちは、今は中学生と高校生。ご近所でも評判になるほど仲が良い兄妹で、母としてはちょっと心配にもなりますが、これからも助け合ってすてきな未来を生きていってくださいね。
 
母より
 
2022.01.08
9ミリの児
水野タケシ
オネイちゃん、結婚披露宴おめでとう!去年の入籍から1年、コロナ禍ということもあって、いろいろと迷ったみたいだけれど、本当にすてきな式でした。参加できてうれしく思っています。
 
邯鄲(かんたん)や まだ9ミリの おなかの児
 
これはエコー検査の君の画像を見て詠んだ俳句。27年前に9ミリだった君が、すくすく成長して、私よりはるかに大きいスポーツマンのタクミ君と出会いました。縁とは何とも不思議なものですね。こういうご時世ですから、式の当日、タクミ君のお父さんと初めて会いましたが、何とやさしいお人柄!一目で意気投合したよ。私は、それだけでうれしくなってしまいました。
 
タクミ君のお父さんと違い、私は、はじめての子ども、長女ということで、勝手がわからず厳しすぎることがあったね。不器用な父で申し訳ない。とても反省しています。ごめんなさい。コロナ禍、ふたりとも不自由な生活が続いたと思います。コロナが明けたら、楽しい思い出を積み重ねていってくださいね。
 
算数は オレに聞かない やさしい子
 
これはあなたが小学生のときに私が詠んだ川柳です。あなたは責任感が強くとてもやさしい子。それだけ、ひとりで抱え込むこともあったのかな。これからは、良いことも悪いことも、ふたりで半分こ。余った分は私とお母さんが何とかするよ。心配しないでね!
 
2022.01.01
その名のように明るく育って
打浪紘一
光(ひかる)くん。
新型コロナ禍の真っただ中で君は生まれてきた。じいちゃんも、ばあちゃんも、感染防止のために病院にも入れてもらえなかった。でも、しっかりしたお母さんに抱かれ、2週間後に対面できた時は、どれだけうれしかったことか。
 
周りの人を明るく元気にできる子にと名付けられた「光」という名は、とてもいいと思うよ。誕生して5か月の君は、表情も豊かになり、特に笑い顔がすてきだ。時々、お父さんやお母さんが、君の笑顔をラインで送ってくれると、コロナで暗くなりがちなじいちゃん、ばあちゃんの気持ちが一気に明るくなるよ。コロナが終息して、心おきなく行き来できる日を、心から願っているよ。
 
どうか元気ですくすく大きくなってね。そしていっぱい楽しく遊ぼうね。
 
じいちゃんより。
 
 
2021.12.25
この世でひ孫と出会う
飯田秀夫
君が生まれる2年前、旅先で倒れて少々不自由な身体になってしまった。大好きだったドライブもままらない日々。つまらないな、自由に行きたい所へ行けなくなったと毎日を嘆いて過ごしていました。
 
そんな中、孫娘から「おなかに赤ちゃんがいるよ」との吉報。(性別を発表する)ジェンダー・リビール・ケーキカットの主役を私にお願いすると言う。それが何かもわからないままケーキカット。イチゴではなく、ブルーベリーが出てきたので君は男の子だと知らされました。
 
予定日より1週間早く生まれて、その様子を新型コロナのおかげでリモートでご対面。なんとも複雑で便利な世の中ですね。現在4か月の君をあやすと笑う。みんな笑顔になる。犬のぬいぐるみをつかむ、その小さな手で大きな幸せをつかんでほしい。
 
まさか!この世でひ孫を抱けるなんて!
私をひいじいちゃんに選んでくれてありがとう。なんとも言えないこの幸せ。ありがとう。生きていて良かった。ありがとう。君に感謝。ありがとう。ひ孫を産んでくれた孫娘にも感謝。ありがとう。
 
2021.12.18
あなたへ
麗仙
くれなゐの 二尺伸びたる 薔薇(ばら)の芽の 針やはらかに 春雨のふる
 
ばあばの大好きな正岡子規の歌です。あなたの生まれる日、洗濯ものを干そうと庭に出たら、明るい日差しの中からキラキラ輝く雨粒が落ちてきました。神様の祝福と思いました。ほんときれいな雨でした。雨は万物に潤いをもたらします。あなたはそんなすてきな朝の日の夕刻に誕生しました。
 
よく笑い、よく泣き、お母さんのおっぱいをよく飲み、社長と呼びたいくらい堂々とした赤ちゃんに。あと10日でお正月という寒いときに一瞬春を感じさせてくれたあなたももう1歳。つかまり立ち、伝い歩き、指差して声上げて欲しいものを伝える。大きな声を出して笑う。そのうちはじめの一歩かな。
 
あなたにいつでもいつまでも幸せの慈雨が降り注ぎますように。
 
2021.12.11
護へ
福森茂香
7歳のお誕生日おめでとう。この1年は、幼稚園卒園、小学校入学といろんなことがありましたね。幼稚園の卒園式では、私が帰りを急ぎ、帰りたくなかったと言われた時は可哀想なことをしたなと思いましたが、後になって、卒園のさみしさで泣きそうになっていたので、あの場にいたくなかったと聞いて、こんなにも繊細な心を持っているんだなと驚きました。
 
小学校入学後は行き渋り、朝は毎日大げんか。帽子をかぶせては投げを繰り返し、授業が始まってから送っていったこともありましたね。少しずつ慣れ、ちょっと楽しくなってきたと話してくれた時は、本当に安心しました。毎日ゲームを楽しんでいるけれど、うまくいかないとイライラして、お母ちゃんにあたることもしばしば…。
 
自分の思い通りにならないと暴れたり、暴言を吐いたり、お母ちゃんは心身ともに傷つけられ、悲しい気持ちになります。でも、言えばすぐに動いて助けてくれたり、優しい言葉を掛けてくれたり、良いところもたくさんあります。
 
将来を期待し過ぎて、うるさく言ってしまうけれど、生まれてきてくれた時のことを思い出し、元気でいてくれるだけでいいということを忘れないようにしたいと思います。
 
2021.12.04
命をつないで
村上ひかる
ゆりは5歳半の女の子。3年半前に亡くなった母から受け継いだ、犬のパピヨンです。
 
一人暮らしの母は80歳にして初めて、子犬を飼うことにしました。その名に似合わず、ゆりはおてんばで、きかん坊。元気いっぱいなゆりに手を焼いて母は怒ったり、笑ったり。娘のような、孫のような、かわいい相棒との生活は、母の晩年の束の間の日々を輝かせてくれました。
 
我が家にやってきたゆりは、想像以上のやんちゃぶり。部屋じゅうをかけまわり、いたずらをします。ゆりのおかげで、子どもに恵まれず静かに暮らしていた私たち夫婦の生活に活気がでてきました。今ではわがままだけどかわいくてたまらない、まさにかけがえのない我が娘のような存在です。
 
人間の赤ちゃんではありませんが、改めて、命の輝き、そのまぶしさに驚いています。ゆりと近くの公園をお散歩すると、若いお母さんと小さなお子さんに出会います。二人は私に与えられなかった母子の時間を生き、明るくみずみずしい光に囲まれています。どうかお子さんが健やかに成長されますように。どうか若いお母さんが毎日を朗らかに過ごせますように。
 
二人が放つ明るい光に目を細めながら、私は母から受け継いだゆりをしっかりと抱いて、母から子へ、確かな次世代への命の継承を願っています。
 
2021.11.27
るんるんへ
えつか
るんるん、新しい学校はどうかな?ママが選んだランドセル背負って行ってる?ママもパパも通った小学校だよ。楽しいといいな。
 
夏休み、突然ママが死んじゃったね。パパが心臓マッサージをしたけどダメだった。るんるんはそれを見てたんだね。つらかったね。えらかったね。生き返ってほしかったね。ママはるんるんに「さようなら」も言わないでお空に行っちゃった。ずっと一緒にいたのに。さみしいね。
 
るんるんが生まれたとき、ママは血がいっぱい出て、パパは「ママもるんるんも死んじゃう」って大泣きしたんだよ。でも、二人が元気になって、みんな大喜び。私も奇跡に感動したよ。7年間、ママは一生懸命るんるんを育てたよ。いっつも楽しそうで幸せそうで、何の心配もなかったよ。なのに、突然いなくなって。7歳のあなたがどんなに悲しかったか、負けないように頑張ったか、見てるだけで胸がいたかった。
 
でもるんるん、ママと過ごした愛にあふれた日々、ママとの喜びいっぱいの思い出を胸に抱いてこれから大きくなってください。パパ、爺ちゃんばあちゃん、ひいばあちゃん、ママのおじさんおばさんもみんなるんるんが大好きでいつも守っているからね。不安なんて感じないで。ママもるんるんが大きくなるのをお空からみまもっているから。
 
ママのおばさんより
 
2021.11.20
独り立ちしたあなたへ
しおりママ
あなたが生まれて私の生活は一変しました。
 
おなかにいる間は、毎日産着を作って、新しい衣類は3回ずつ洗濯して、ワクワクするばかり。産院から連れ帰ってほぼ一人で育児に向き合う日々はわからないことの連続で、保健所が心配して助産師さんを派遣してくださったこともありました。何しろいっぱい母乳を飲んでほしかった。一生懸命にあなたを見つめる日々の中で、母である私は自分が何者かを問い続け、己を少しずつ知ることが驚きでした。
 
栃木のじいじはとても喜んでいつも遠路はるばるやってきて、名前を呼びながら抱っこしていたよ。そのあと、もう一人よく泣く弟を家族に迎えてさらににぎやかになり、じいじの家にしょっちゅう行っては、大勢の親戚に代わるがわる抱っこされ、あなたたちのちょっとしたしぐさや言い間違いに大きな笑いが起きていたね。
 
新たな命が家族や親戚に大きな喜びをもたらすこと、その将来の輝かしさに大人たちが希望を重ねていたことに今気づきます。
 
20年たって今、あなたは一人で人生を歩み始めました。いろいろなことを乗り越えて、強さも備えつつ、かつてと変わらずそのままの存在が周りを明るくする力があると思います。母は安心してあなたの社会での挑戦を応援しています。あなたが我が家に来てくれてパパやママの今があることに感謝しています。
 
2021.11.13
太陽のような笑顔の息子へ
イチロー
太一が生まれてもうすぐ6年が経ちます。予定日から1週間ほど遅く生まれた太一。きっとママの体の中に長くいたかったのかな。生まれてすぐの時から笑顔がとても輝いていて、周りの人たちを温かい気持ちにさせてくれる、太陽のような笑顔をする子だなあと思っていたよ。だからパパの名前の一部と太陽を組み合わせて「太一」と名付けました。
 
赤ちゃんのころも、よく食べよく笑う子でママとパパは太一の元気な笑顔に元気づけられることがたくさんあったよ。特にパパの仕事が忙しくなってきてからは、仕事で落ち込んだ時に何度も太一の笑顔に助けられてきたんだよ。
 
そんな太一に、少し他の普通の子たちと違うところが見え始めたのは、2歳になる前のころから。年を追うごとに言葉の遅れや、知的面での発達が遅いことが際立ってきました。それでも生まれたときから変わらない太一の笑顔や、健康優良児そのものの体の成長を見ていると、太一は他の子とは同じように成長できないかもしれないけど、太一なりの成長をこれからも見守っていこうと思っているよ。
 
パパは太一の笑顔が大好きだから、これからもたくさん写真を撮ったり、いろんなところに出かけたりして、たくさん思い出を作っていこうと思っているから、この先もよろしくね。
 
2021.11.06
小さな夜の歌~アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク~
アッキー
小夜歌(さやか)へ
あなたが生まれた日、パパは出産に立ち会いました。元気な産声を聞き、感動で涙が出ました。そして「幸せになってほしい」、それを何度も念じながら名前を考えました。
 
200くらい案を出しました。その中から光っていた一つの案に決めました。幸せな歌をたくさん歌ってほしい。ささやかな夜の、幸せの歌を。モーツァルトが作曲した、有名なアイネ・クライネ・ナハト・ムジークは、アップテンポで元気なリズムの曲です。小夜歌をドイツ語にするとこんな感じになるので、活発な一面も持ってほしいと願いを込めました。生涯のテーマ曲があるなんて、素敵なことだと思います。
 
パパもピアノを習っていたので、練習のレパートリーに加えました。一緒に演奏する日が来るのかな。お兄ちゃんが落ち着いている分、あなたはいつも元気に大きな声で笑い、家の中を明るくしてくれます。歌が大好きでLiSAの「炎(ほむら)」を見事に歌い上げて、ピアノの先生を驚かせていましたね。音楽の素質を感じて、パパはうれしいです。この名前のように、これからもたくさん歌を歌ってくれるといいな。
 
パパより
 
2021.10.30
まだ会えぬさくらちゃんへ
東京のばぁーば
昨年の春に長女が東京から遠く、長崎の島原へ嫁ぎました。コロナ禍でお式を挙げる予定も立たないままの結婚でしたが、夏にうれしい妊娠の報告。世の中の状況は変わらず、里帰り出産の願いもかなわぬまま春になり、桜が満開になる中、元気な大きな女の子が無事に生まれたとパパさんから連絡がありました。
 
初孫の誕生にすぐにでも駆けつけて抱っこしたい気持ちでいっぱいでしたが、遠すぎる。こちらから行けばご迷惑になる。もっと近い所に嫁がせるんだったと少し後悔もしたり・・・。でも、世の中便利なもので、娘が毎日画像を送ってくれる。予防接種を打ったとか、お食い初めをしたとか。時には、ビデオ通話で話しかけます。まだ、私たちを認識はしていないようですが...。いつの日か会える日が来てもきっと泣かれるかも。でも、お洋服やおもちゃをいっぱい買ってあげるからね。
 
今は、それを楽しみに毎日を送っています。嫁ぎ先で可愛がられて甘えん坊になっているとか。元気に育って安堵しています。早くコロナが落ち着いてくれないと大きくなっちゃうね。
 
生まれてきてくれてありがとう。
 
2021.10.23
まだ名もなきヒーローへ
マイウェイ
13年前、孫が誕生したときに書いた「手紙」です。
 
こんにちは。私は君のおじいちゃん、お母さんのお父さんです。君はきょう、2008年6月25日14時15分に、西埼玉中央病院で誕生しました。約10か月間をお母さんのおなかの中で過ごし、君の登場を長く待ち望んだ私たちが見守る中、元気な産声を聞かせてくれました。
 
しかし、君の第一歩は決して順調ではありませんでした。君のお母さんは3日前から入院し、苦しみに耐えました。お父さんは自宅で仕事をしながら、お母さんに付き添い、君の誕生を待ちました。簡単な出産ではなかったために、君とお母さんはしばらく入院することになります。私たちは一日も早く無事に元気に退院することを待ち望んでいます。
 
君は福田家と伊坂家のヒーローとして誕生しました。両親、家族、周りの人々の愛情を全身で受け止め元気に育ってください。私も福田家の亡くなられたおじいちゃんの分まで君を愛します。
 
この手紙は君への初めてのラブレターですが、私はこれからこの手紙の続きを書くことを生きがいに君と共に歩こうと思います。この手紙は君が読める時がくるまでお母さん、お父さんに預けておきます。
 
浦和のおじいちゃんより
 
2021.10.16
一番の願い
のりぞう
逆子で生まれたあなた。生まれてすぐには泣かず、しばらくしてから「かあ、かあ」と泣きましたね。産声を廊下で聞いていた春ババが「母ちゃん、母ちゃん、と泣いているように聞こえた」と言っていたことを覚えています。そして、あなたを初めて抱っこするために、新しいワイシャツを着て髪をカットしてきた巣鴨じいちゃん。あなたの誕生をとても喜んでいました。
 
あなたの誕生と成長を思い返す時、助けてくれた多くの人の顔が浮かびます。そして同時に、私自身も同じように多くの愛と助けがあって育ってきたのだろうとわかるのです。あなたのおかげで、愛すること、感謝すること、待つこと、見守る勇気など、多くのことを経験し、私自身が成長できました。本当にありがとう。
 
平松のおじいちゃんが、子どもは3歳までに一生分の恩返しを親にしてくれていると言ったことがあります。そう、本当にそうだと思います。21歳のあなたからはもう十分すぎるほどもらっています。だから、何も気にせず自分の道を進んでいってほしい。
 
あなたの幸せ、それが一番の願いです。
 
2021.10.09
最愛の娘へ
メリル
子どもを持つことに興味がなかった私が、いきなり頭を金づちで殴られたようなショックを受けたのは、結婚して5年目のころでした。アメリカ赴任から帰ってすぐ旦那様が脳腫瘍になったのです。手術を待つ彼のベッド脇で、突然私は「子どもをつくろう。この人の命をつなごう。父親としての喜びを知ってもらおう」と思ったのでした。
 
手術の翌々年、あなたは生まれました。父親になった彼は不器用極まりなく、オムツ交換や、食事の世話など到底任せられるレベルではなく、私は子育てに孤軍奮闘しました。しかし、彼はお風呂に入れたり、少し大きくなったら毎週のようにスキーに連れていってくれたり、ミュージカルやテーマパークへも一緒に行きました。どの写真も幸せそのもの!彼はありったけの愛情を注ぎました。体が動くうちは「脳腫瘍です。何かあったら救急車を呼んでください」という手紙を財布に入れ通勤電車に乗って仕事に行ってくれました。
 
そうやって私たちを自分の命をかけて守ってくれました。手術から15年で、彼は力尽きましたが、きっとあなたは彼の愛の深さを知っているはず。愛って、与えても、もらっても幸せなんだね。あなたにもそういう出会いがありますように!
 
2021.10.02
未来への手紙 那波(なな)へ
ヒゲノスマイル
きょうは、2021年8月2日。きょうで「なな」は生まれてから8か月たった。きょうも新型コロナウイルスに感染する人が増え続けている。このような時代に生まれた「なな」だけれど、日々成長している君の姿を見るとうれしく、時に笑いながら見守っている。
 
君は腹ばいができるようになり、何とかはおうとしているようだ。それなのになぜか後ろに下がってしまいベッドの下にお尻から入って、そこで落ち着いている。お気に入りの場所になったのかな?
 
やがて、「なな」もハイハイで前に進めるようになり、そして立つ日が来るだろう。「なな」が生きる時代はどのような時代になっているだろうね。ヒトは地球上で住む範囲をつぎつぎと拡げ、その結果、地球に多くの傷をつけてしまっている。グランパは、これはヒトが地球の主人公だと勘違いした結果だと思う。そこに棲む多くの仲間たちと同じようにヒトも地球と仲よしになることが大切だと思うよ。
 
「なな」も、次の世代にかけがえのない星、地球を大切にリレーすることをグランパは願っているよ。元気に育って行けよ。
 
2021・8・2 グランパ 73歳の夏
 
2021.09.25
ひいじいちゃん 大好きよ
斉藤美代子
ゆきちゃん、かなたくん。
 
別々の家に住む3歳のひ孫2人が遊びに来てくれました。3歳だからはっきり言葉が出ないのに、なぜか「ひいじい、ひいじい」と呼んでくれます。ひいじいは86歳です。在宅介護で寝てばかりです。
 
ゆきちゃん、かなたくんは近くに住んでいます。2人は我が家に来るとまず、ひいじいと握手してにっこり笑って、踊って、歌ってベッドの周辺を歩いたり走ったり。またキーボードで「アンパンマン」の曲を弾いてくれます。うまく弾けないけれど。
 
コロナで公園へ行けない時、ひいじいを見舞ってくれるかのように楽しませてくれました。コロナ下でこそ来訪の機会が多くできました。肌と肌の人間同士のふれあいが多くなりました。その度に親しさが増し、病状も回復を見ることが多くなり、家族中、笑いの絶えない豊かなひとときを与えてもらいました。
 
でも、ひいじいの命の散るときが来てしまいました。暗くなる葬儀のときも家族を明るく、灯をともしてくれました。「ゆきちゃん、かなたくん、ありがとう」。ひいじいはお礼の言葉を口に出す元気はなかったけれど、心の中で、感謝を言っていたと信じます。
 
元気ですくすく成長してほしいと祈っています。
 
2021.09.18
1歳を迎えて
登生(とうき)のおかあ
エコーで黒い影が見えますねぇ。逆子になってますねぇ…。下がってきてるので絶対安静で!
 
おなかにいる時から、あなたにはヒヤヒヤさせられっぱなしでした。なかなか笑わない男。だったあなたも、最近は周りを見てへへッと笑うようになってきたね。向上心を持って前向きに。登っていく人生であるように……。という意味をこめて登るに生きると書いて、登生と付けた名前のはずが、ご飯という言葉が聞こえるだけで「マンマ! マンマー!」と叫びながら椅子によじ登り、目を離すとすぐに机の上に登ってハイポーズ。あなたは違う意味で名前の通りに育っていますね…。
 
タレ目で癒やし系な見た目からは想像もつかないような毎日に、今も昔もヒヤヒヤさせられっぱなしです。これからも、お散歩中の犬を見ても、公園にいる虫を見ても「マンマ!」と叫ぶ頼もしい存在でいてね。
 
今は世界中が大変で少し窮屈だけど、この生活を登っていった先にはステキな世界が待っているはずだよ。そんな生活の中、あしたも、笑わない男が笑顔を見せてくれますように。
 
2021.09.11
未来へ目を向けるきっかけをありがとう!
きよたにさえこ
お母さんがぬか漬けを始めた秘密を聞いてくれる?
 
お母さんはね、初めての妊娠で、2か月も早く匠(たくみ)を産んで、2人目を授かるのがずっと怖かったの。それでも、お父さんが、匠に弟か妹をつくってあげたいって言って。匠の誕生から5年がたった頃、授かったのが双子の妹。今では、一人っ子だった頃を思い出せないぐらい、匠は面倒見のいいお兄ちゃんに成長しましたね。お母さんは年を重ねていろいろと後退しているような気がしますが、匠の成長が、妹のこれからの成長を想像するのにとても役立っていて、初めての双子育児もリラックスしてできています。ありがとう。
 
そうそう。お母さんが、ぬか漬けを始めたきっかけはね、あなたたち3人の誕生なの。お母さんは、あなたたちが誕生し、子育てをして初めて、想像できない未来があることを知りました。お父さんと結婚して、匠が生まれて、双子に恵まれる。私が、3人のお母さんになるとは。誰が想像したでしょう。この先といったら、まだ見ぬ孫との出会い。孫に恵まれるかは未来になってみてのお楽しみだけど、未来に残せるもの、それが、お母さんのぬか床でありますように。毎日「おいしくなあれ」と大切に育てています。
 
2021.09.04
我が家のふたり娘へ
TOKYO1964
まず、長女。里帰り出産で陣痛が始まったお母さんを車で産婦人科まで送ってくれたのは「じぃじ」でした。母子ともに無事出産という知らせを受けた時、お父さんは「これから父親としての人生が始まるんだ」とうれしさはもちろん、晴れて大人になったという気持ちになったのを覚えています。
 
「おじいちゃん」と「おばあちゃん」が病院に着き、満面の笑みを浮かべながら初孫をおっかなびっくり抱っこする姿に親孝行ができたなあと思ったものです。お母さんの実家では「ばぁば」がおむつ替えからミルク授乳まで面倒を見てくれました。
 
そして、次女。前の晩からの陣痛に苦しむお母さんを、朝早く車で病院まで送ったのはお父さんでした。病院に着いて間もなく産声が聞こえたのにホッとしつつ会社に報告メールしたところ、同僚の人たちからのお祝いメールをたくさんもらったのも、とてもうれしい思い出です。
 
今では、祖父母では「おばあちゃん」しか会うことができません。けれど、ふたりは多くの人たちの愛情に包まれ育ったことを忘れないでください。そして、思いやりのある素直な女性になってほしいとお父さんは願います。
 
ふたりの娘よ、生まれてきてくれて本当にありがとう。
 
2021.08.28
6年生のこはなへ
ゆきはる
考えてみると、君は僕の杖をついて歩く姿しか知らないんだね。君が生まれる前の事を書いてみますね。
 
ある日の朝、いつも通りに家を出たのに、夜は救急病院のベッドでたくさんの管につながれていました。脳出血でした。懸命の治療とリハビリでなんとか杖をついて歩けるまで回復しました。
 
でもね、それまで普通の生活をしていたのに杖に頼る日々となり、外に出るのが嫌になり、何の希望もない毎日でした。
 
そんな時でした。君の母さんのおなかに新しい命が宿ったと聞いたのは。生まれてくる君を抱きしめたいその思いで、懸命のリハビリを始めました。杖をつきながら近所を歩き回り小さなダンベルを振り回す。半年が過ぎるころには2キロだった左手の握力が30キロにまで回復。君のおかげです。
 
その君がもう6年生に。コロナで1年半くらい会ってないね。早く会える日が来ると良いね。
 
2021.08.21
莉奈(りな)ちゃんへ
ようろうのばあば
莉奈ちゃんは今、2歳6か月。ばあばや、じいじに会うたび、覚えたての言葉を聞かせてくれる。虫や魚の名前。鉛筆の色。10までの数を数えて、あいさつやお礼もちゃんと言える。驚きの連続で、この子は世界中で一番賢いと思わせてくれる。
 
最近知ったことで古い仏典に「人が生まれた時には、実に口の中に斧(おの)が生じている」とある。怖い言葉だが、言葉にはそんな一面もある。莉奈ちゃんの可愛いお口から出る言葉は、いつも人をにこにこさせてくれるものであってほしい。
 
これからたくさんの言葉を覚えるだろうが、莉奈ちゃんの本当に大切な言葉を大切に使ってほしい。身も心も行いもまっすぐに、素敵なレディーになってください。優しくて綺麗な、そして思いやりのある言葉をお話しできたらお友だちもたくさんできるだろう。
 
ばあばだけでなく、パパやママ、じいじも楽しみにしています。
 
2021.08.14
第七脳室は颯(そう)ちゃんでいっぱい
ヤマショウビン2
2020年7月24日、初孫誕生の第一報が届きました。名前は颯ちゃん。以来、3日と置かず画像が送られてきて、その量は大変なものになりました。それでついに、いつでもすぐに画像を見ることができるようにガラケーからスマホにチェンジしました。
 
我が家は、おばあちゃんが長年単身赴任中で、まして他県なものだから、この時期の帰省が自粛となり、ことし定年退職したおじいちゃんは、依然として一人暮らしです。そして颯ちゃんが住む地域もまた、コロナど真ん中なものだから、余計に身動きが取れず、結局会えない日がもう1年近くになりました。まったく想定外のことでした。
 
「あら、きょうは少し鼻水が出てるんじゃない。大丈夫?」「保育園慣れたかな。お友だちできた?」などと何かにつけてメールするたびに、お父さんお母さんも面倒くさがらずに、返事をくれます。共働きで大変なのにね。最近は、生えてきた前歯を時々見せて笑ってくれるね。ありがとう。颯ちゃんが生まれてきてくれて、おじいちゃんも感謝の毎日です。硬化しつつあった脳に「第七脳室」という新たなコーナーができて、今はそこが一番活発ですよ。
 
もうすぐ1歳だね。だいぶ重いだろうね。早く抱っこしたいけど、泣かれたらどうしたらいいかなあ、ねえ、おばあちゃん。
 
2021.08.07
12年後の感謝状
田島真佐子
ブルーのとんがり帽子にブルーのベビー服。2009年、誕生したばかりのかわいい赤ちゃんのメールが届きました。私たちにとって、ひとりきりの初孫息子。
 
その日、主人と私は病と闘い暗い病室にいました。主人は「下咽頭癌のステージ4」。入院は、次女の初出産と重なりました。私は二つの病院へ行ったり来たりの毎日。病院へ急ぐ道すがら可愛い赤ちゃんのお顔が浮かびます。パワーをいただき前に進むことができました。主人も同じようでした。メールを見ては励まされ、赤ちゃんが日一日と成長していくのに合わせ、メールパワーで主人も薄皮をめくるように元気を取り戻してくれました。孫息子は「神様からの預かりもの」。主人は声を失いましたが、孫息子から元気パワーをいただき、見事に回復してくれました。
 
退院からことしで12年。3年前、主治医から「もう病院へ来なくてよいですよ」と、うれしいお言葉をいただきました。可愛い救世主はことし4月から中学生です。人に優しい、心の痛みの分かる、良き青年に育ってくれております。私たちは次女夫婦と2世帯です。若夫婦がいるから、孫息子がいるから、祖父母は毎日元気で過ごしていけます。あの日巡り合い家族となり、人生の宝物をいただきました。もうすぐ孫息子は巣立ちの時。あなたに祖父母から感謝状を贈ります。
 
2021.07.31
10歳の小華(こはな)ちゃんへ
メガネのバーバァ
6月16日、2分の1の成人式おめでとう。
 
「赤ちゃんは、それは宝くじ1億円大当たりが100万回連続するよりも、まれな確率」と、大学の先生がかつて言われていたのを聞きました。
 
60歳にして、おばあちゃんにしてくれてありがとう。
勉強はきらいだけど、食べることが大好き。背が伸びて、もうすぐ私の背を越すね。
誕生するまでは、性別をパパに内緒にしていたのに、婦人科の先生が「女の子」と、口を滑らせてしまったこともありました。
3歳下の妹・葵ちゃんに、ちょっかいばかりだして泣かせてしまうお姉ちゃん!
あと10年、ジィジィと共に元気に成人式を迎えられるまで、がんばるね。
 
2021.07.24
松江の希空(そら)ちゃんへ
奈良のバァバ
去年の夏、希空ちゃんのお父さんを可愛がってくれたひいおばあちゃんが、肺がんで亡くなりました。その少し後に、3人目を授かったとママが教えてくれた時、バァバは、ひいおばあちゃんの生まれ変わりかも?と密かに楽しみにしていました。バァバの5人の孫は全員男の子だったからです。
 
冬になり、希空ちゃんが女の子と分かった時、やったー!と心の中で歓声を上げました。一番喜んだのは、お兄ちゃんの夢(ゆめ)くんでした。「次は女の子がいい」とママにお願いしていたのです。
 
年が明けると、希空ちゃんが逆子と分かり、ママは足の指におきゅうを据えていました。コロナで面会も立ち会いも出来なかったけど、桜のつぼみが膨らんだ頃、希空ちゃんは予定日より5日遅れで無事に誕生しました。
 
でもバァバは、コロナでまだ希空ちゃんを抱っこできていません。悲しいけど、お宮参りにも行けそうにありません。遠くから、ママが送ってくれる写真や動画を見ながら、早く会えますようにと願い、楽しみに待っているところです。
 
大きくなったらバァバといっぱいおしゃべりしようね。
 
2021.07.17
美結(みゆ)ちゃんへ
ひみつのアッコおばあちゃん
元気なあなたが成人式を終え、数か月が過ぎたある日、物が二重に見えるとのことで眼科へ行き、そして紹介状を持ち、大学病院で検査に次ぐ検査で判明した病名は、初めて聞く難病でした。
 
先生からは「治りません。今の医療では進行を遅らせることしかできません」と言われましたね。私もあなたも頭が真っ白になりました。信じられませんでした。泣き顔などを見せたことのないあなたが、病院の一角で背中を向けて泣いていたこと、帰りの車の中でも、部屋でも、一晩中泣いていたのを覚えています。突然、未来が真っ暗に閉ざされ、女性として一番輝くはずの20代前半なのに、薬の副作用で顔や体もむくんでしまい、嫌な思いもしましたね。
 
そんなあなたも同級生と結婚し、思いがけず妊娠し、コロナ禍の中で誰一人立ち会うことも、お見舞いも駄目という中、一人で立派に出産しましたね。元気な可愛い女の子でした。名前は、人との絆を大切にとのことで、「美結」と名付けましたね。
 
美結ちゃん、あなたのママは、強くて可愛くて素敵な女性です。そして、世界で一番、あなたを望んでいました。元気に育ってね。
 
2021.07.10
元気に育て
宮のばぁば
孫の慶太が我が家に4か月住んでいたのは、娘の里帰り出産のときでした。
 
2歳の慶太との生活が始まりました。夫は肺気腫でしたが、うれしそうによく遊んでくれました。娘は出産時を考えて、私の隣に慶太を寝かせました。毎晩あちこち転がる元気な子でした。朝6時になると寄ってきて、「オアヨ(おはよう)、オアヨ」と声をかけ、「ばぁば、ゴアン(ごはん)よゴアン」と、私を揺すります。ふすまを開け、ベッドで寝ているじぃじのおでこをさわり、「お熱ない」と得意そうな顔で私を見ます。その声でじぃじが起き、私が笑い出すのが一日の始まり。
 
金曜日はパパが来て、ママと慶太と過ごします。平日は保育園にお世話になりました。娘が出産間近になった時、じぃじが肺炎で入院。続けて娘が入院。パパが急いで駆けつけ、出産を見届けて戻って行った日、ばぁばと二人の朝食、その日は保育園に行くのを嫌がりました。その後じぃじが無事退院。ママも赤ちゃんを抱いて退院し、にぎやかになりました。そして親子4人で元の生活に戻っていきました。
 
それから3年後、じぃじは旅立ちました。孫たちの成長を何より楽しみにして。葬儀の日、5歳になった慶太は、いとこと妹の3人で「おじいちゃん、ありがとう!さようならバイバイ」と、別れの言葉を言いました。写真の夫がうれしそうに笑っていました。
 
2021.07.03
元気もらったよ
八尾のばあちゃん
一昨年、長女が2人目を妊娠。長引くコロナ禍に加え、高齢出産という心配事が重なった。しかし本人たちは待望の2人目に大喜び。無事生まれてきたのは、大きめの男の子。泣き声はでかく、母乳もしっかり飲み、すくすく成長している。
 
6月で1歳になった。名前は「虹伸(にの)」だ。出産と引き換えに娘の体調は思わしくない。「元気の素をとられたかな」と言うと、「いいねん、この子が元気だったら」と。母親の自覚満々の娘にうるっとする。
 
娘は年末に1か月ほど入院したので、その間、私の家で虹伸君を預かった。夫の顔を見ると泣いていたが、毎日一緒にいると表情が柔らかくなった。夫は重い物が持てなくなっていたが、立ち上がって虹伸君を抱っこしていた。驚いた。夫にもやる気が芽生えたのかな。
 
私の周りは高齢者ばかり。虹伸君を連れて外に出ると、どの人も笑顔で話しかけてくださる。じいっと見つめて、にこっとする虹伸君にほっこりする。赤ちゃんってすごいなあ。いるだけで周りを穏やかな雰囲気にして、幸せな気分にしてくれる。この子たちのために、もう少し頑張ろうと大人に思わせてくれている。
 
娘はこれからも体調に気をつかいながら暮らしていかなければならない。子どもたちの成長を楽しみながら、困った時は周りに声をかけてゆっくり歩んでいこうね。
 
2021.06.26
入園おめでとう
西村義弘
孫娘の香衣(かえ)ちゃんがこの春、保育園に入園し、小さな体に大きな制服とカバン、可愛い帽子姿で写真に納まっていました。
 
香衣ちゃんは3年前の冬、予定日より2か月以上早く大学病院で超未熟児として誕生しました。このころはコロナ禍などなく、都合がつけばジイジとバアバは車で2時間以上かけて見舞いに行き、うれしさ半分、心配半分でガラス越しに日々の変化に一喜一憂していました。次はいつ会えるのかと思うことがうれしくてたまりませんでした。
 
3月のひな祭りも、百日のお食い初めも病院内でお祝いしたのですよ!その後順調に育ち、病院関係者の皆様のおかげで3か月後に無事退院することができました。
 
今では、妹2人と仲がいいお姉さんとして、成長した姿をLINE(ライン)電話で見るのが、ジイジとバアバの楽しみです。
 
これからも毎日、園庭を楽しく走り回っている香衣ちゃんを想像しながら、会える日が待ち遠しいです。元気でガンバレ、香衣ちゃん。コロナ禍が落ち着いたら遊びに来てね。待っています。
 
2021.06.19
だいじなだいじな宝もの
グランマけいこ
ママはとても痛く、つらい、不安の多い不妊治療を経て、思いがけず双子の男の子を授かりました。ママは妊娠中も元気とは言いがたい、ひどいつわりや入院などを経験しながら出産に至りました。リスクの高い双子ちゃんは、小さくて、やせていて、まるでカエルの子のようでした。特に双子の弟の慶(けい)は、羊水過少や心拍が弱かったり、吸引分娩だったりで、とても心配しました。
 
その双子の憧(しょう)と慶が、8か月を迎え、離乳食もたっぷり食べ、ハイハイやお座りもできるようになり、ほっぺも落ちそうなほどに元気に成長してくれました。ミルクを飲む横顔を見ていると「生命の神秘」をひしひしと感じ、いとおしくて胸いっぱいの気持ちになります。この小さな体が健康でスクスク成長し、成人しますようにと、グランマは毎日近くのお地蔵様にお祈りしていますよ。
 
パパ、ママ、じいじ、グランマは、たっぷりの愛情であなたたちをずっと温かく見守っていきますよ。双子の子育て、孫育ては思いのほか過酷で、夜泣きで眠る時間もあまりとれない日も多いけれど、あなたたちのためにこれからも精いっぱい頑張るね!もちろん、コロナなんかに負けずにね!
 
2021.06.12
祖父母の涙
伊東桂子
暖人(はると)君、はじめまして。君の新米おばあちゃんの親友で、伊東桂子と申します。
 
2月16日の早朝、いまだガラケーの携帯にメール。律っちゃんからでした。そう、私たちは姓が同じ「いとう」なので、出会ったころより、律っちゃん、桂子さん、と呼び合ってきました。メールには、「けさ3時58分、母子ともに健康で、男の子が誕生しました。修一も生まれてすぐに会えて、2時間だけ一緒にいられたようで、ぎこちなく抱っこをしている息子が新鮮でした。ラインでの動画を見て、〝新米おじいちゃん″の憲ちゃんと2人で泣きました」と。
 
早い人は、40代でおじいちゃん、おばあちゃんになりますが、70代になるまでずっとずっと長い間、君の誕生を待ちに待っていたのです。君がパパとママのところに、こうのとりに連れられてやって来た時、律っちゃんは泣いて喜んでいました。
 
この先、君の成長を楽しみ、見守るためには、100歳まで元気で長生きしなければなりません。でも大丈夫。二人はとても元気ですから、君の存在でますます元気になるでしょう。ママのおっぱいをたくさん飲んで、たくましく優しい男の子に成長することを、律っちゃんと一緒に祈っています。
 
2021.06.05
コロナで会えない湊(みなと)
奈良のばあちゃん
コロナで騒がれている最中、待望の赤ちゃんが生まれるというので、みんな大喜びでした。でもコロナのため生まれても、お父さんでもすぐ会えないというのです。男の子と分かっていたので「湊(みなと)」とつけました。予定日より早く生まれ安堵しました。でも動画で見ただけです。3、4日過ぎ、退院するのでお父さんは車で迎えに行きました。そこで初めて会えたのです。
 
怖々抱っこして、いろいろと心配したこともすっとんで、うれしくて胸いっぱいになったそうです。いつもならすぐ会わせてもらえたのに、コロナのために不都合なことがいっぱいありました。でもおうちに帰った湊君は、お父さんと毎日過ごすことができました。お父さんの大きな手で産湯に入れてもらった湊君は、とっても幸せそうでした。今までであれば、お父さんはお昼は仕事に出ているので、産湯に入っている我が子など見たこともなかったでしょう。しかし、テレワークで自宅で働いている今は昼間にお父さんがお風呂に入れている動画が届いています。お父さんは、湊君が両手足を動かしているその横で仕事をしています。なんてほほえましい様子でしょう。
 
これはちょっぴりコロナのおかげでしょうか。私はコロナのため湊君に会えないけど、コロナに打ち勝つため「よく考えないといけない」と思います。
 
2021.05.29
ひかりちゃんへ
ヴェロニカ
息子の嫁からうれしい知らせ。「妊娠したんです」「エッ?」。
 
初孫を諦めていたわけではない。息子夫婦は夫婦だけで十分に幸せな人生を送れると、私は勝手に感じていた。結婚10年目にしてのひかりちゃんからのプレゼントだと思った。
 
ひかりちゃんは5年前この世に生を受けることなく、嫁の胎内から天国に旅立っていった。息子夫婦の悲しみとつらさは計り知れない。3か月くらいたって嫁の「たった1か月でしたが母親でいられたこと、幸せに思います」という言葉に私は涙した。
 
息子夫婦は人の心の温かさを感じる豊かな人生を送っていると感じた。その時から私は「ひかりちゃん」と名前を付け、「どうぞあなたのお父さん、お母さんを支え、見守ってください」とことあるごとに祈っている。
 
今秋、あなたの弟か妹が誕生します。どうぞあなたとお母さんとおなかの赤ちゃんを守ってください。ひかりちゃんは大空の白い雲にちょこんと座り、手拍子しながら応援してくれている。「お母さん、ガンバレ。赤ちゃん、ガンバレ」と。
 
ひかりちゃんは私たちの希望。これからもずっとよろしくネ。あなたは私たち夫婦の永遠の初孫。
 
2021.05.22
めいの誕生に感謝
(かえで)
1974年5月23日女の子誕生。
 
兄の初子。母の初孫。私は独身。その私が、めいの誕生の知らせに自分でも驚くほど喜んだ。幼子の成長は、会うたびに発見があった。一つ一つのしぐさに、目の中に入れても痛くないという世の親の気持ちも味わわせてもらった。
 
めいが生まれる以前、私は童謡詩を学ぶ中、思うように書けずにいた。それがめいの誕生をきっかけに詩作が楽しくなっていった。例えば「あかちゃんは/ないて/わらって/ねんねする/ただそれだけなのに愛される」という一節が浮かび、『ただそれだけなのに』という詩が生まれた。あるときには「あかちゃんがわらってる/おてても/あんよもわらってる/あかちゃんて/まるごとこころなのね」という一節からは『あかちゃんて』という詩が生まれた。
 
愛らしかっためいも、あれよという間に成人式を迎え、社会人となり、よき伴侶にも恵まれた。それでも私は、めいの幼き日々をたぐり寄せると詩作に没頭できた。
 
ことしの誕生日。「あなたの誕生なくして私の童謡詩はなかった。ありがとう」と、カードには感謝を託して送ろう。
 
2021.05.15
14歳の君へ
マーチャン
待ちに待って生まれてきた君が3歳の時、飛行機や電車が大好きだったので、二人でしっかりと手をつないで飛行場へのバスに飛び乗ったよね。電車で抱かれたまま眠ってしまい、仕方なく終点まで行き折り返してきたことも覚えているかな?春には弟の誕生を楽しみにしているお母さんと花見に行ったね。でも君は青空をすかして咲く桜を見るより、下に落ちた花びらをいっぱい拾っていたね。
 
暑い夏の真っ盛りに水族館へおじいちゃんと行って、水槽のガラス面いっぱいに引っ付いていた大きなエイを不思議そうに見ていた君をはっきりと覚えてるよ。そして帰る途中に雷がゴロゴロと鳴り出し、転がるように家にたどり着いたこと覚えているかな。
 
弟が生まれてお見舞いに行った時、居眠りしたおばあちゃんを乗せたままバスが動き出したので、君は大きな声でバスを止めてくれたよね。
 
君がお父さんの転勤で九州へ行ってからは、おばあちゃんは君と一緒に行った場所には寂しくて行けなくなったんだよ。
 
おばあちゃんは今一番心配していることがあるの!君が優しすぎる子になったのではないかと。そんなことないよね。優しさはそのまま持っているが、きっと強くて男らしい青年になってくれると信じてるよ。今でもしっかりと手をつなぎたいけど……。今度会う時には指切りしようね。
 
2021.05.08
3歳のお誕生日を迎えた悟(さとる)
あーちゃん
悟、君は両親が結婚して7年目に生まれました。あーちゃんはもう孫の顔を見ることはないのかなと思い、悟のお父さんに「ずっと子どものいない生活になるかもしれないから、その時は夫婦で仲良く暮らす老後も考えておきなさいね」と、言っていました。
 
ところが、悟のお母さんから「妊娠しました」と電話があり、「エッ!」と驚きました。その後、じわじわと喜びが湧いてきました。「家事は二人で分担し、体、無理しないでね」と言いつつ、おじいちゃんと予定日を指折り数えて待っていました。
 
平成30年4月7日、予定日より遅れましたが、元気に生まれた悟の可愛いこと。長崎と大阪とに離れ、またコロナのために今は会えません。寂しいです。送ってもらった「プラレール」やボール遊びをしている写真や動画を繰り返し見ています。抱っこして悟に「あーちゃん」と呼ばれるのを楽しみにしています。
 
悟、あなたは周りのいろいろな人たちに望まれて生まれてきたのよ。あーちゃんには悟の成人式まで元気でいたいという目標ができました。
 
生まれてきてくれてありがとう。
 
2021.05.01
3人の赤ちゃんへ
オマ
「おかあさん、三ついました……」
 
妊婦検診のあと、あなたたちのママからそう聞いて、「えっ?」。心臓がバクバク、ドキドキ。「頑張るしかないよね」と、何とか応えたものの、頭の中は「三つ子」という言葉がぐるぐる駆け巡りました。
 
あのびっくり仰天の日から6か月後、1,000グラムちょっとの3人の赤ちゃんが、元気にこの世に生まれ出てきてくれました。杏(あんず)ちゃん、柚季(ゆずき)ちゃん、花梨(かりん)ちゃん。もうすぐ1歳の誕生日で、すべてが奇跡です。本当に、おめでとう!
 
一番がんばっているママ、休日なんかないパパ。おむつ・ミルク・お風呂、全部できちゃうお兄ちゃん。みんなすごいです。そして「楽しい!」なんて……。こんな日が来ようとは、夢のようです。何も手伝っていない私、オマはただただ、うれしいです。
 
病院のお医者さん、看護師さん、スタッフさん、ありがとうございました。たくさんの方々に、感謝でいっぱいです。どうか元気に育って、良いお仕事ができる人になってくださいね。
 
2021.04.24
入学おめでとう
ときわのばあちゃん
ことしの年賀状が6歳の晴香(はるか)ちゃんから届いた。「じいちゃんが死んじゃって、ばあちゃんさびしくないですか」。昨年の4月に73歳で夫が亡くなり、その後ひとりで暮らす私の心中を察して書いてくれたのだ。こんなに成長したのかと、とても胸が熱くなった。
 
6年前、シンガポールに単身赴任していた息子からの連絡で、夫と一緒に産院へ駆けつけたのは夜の11時ごろだった。嫁は3人目ということもあり、落ち着いていて、分娩室に入り5分ほどで産声が廊下に聞こえた。「一人で産もうと思っていた」と言った気丈な嫁も、出産という大仕事をなし終えて緊張の糸が切れたのだろう。赤ちゃんを初めて抱いたその頬を涙が伝った。そして15時間後、息子がシンガポールから駆けつけ、その様子は「めばえ」というテレビ番組で放送されたのだった。
 
その子も今は「鬼滅の刃」に夢中で、新聞紙で作った刃を手に、禰豆子(ねずこ)の箱を背負い、炭治郎(たんじろう)になり切っている。こんな晴香ちゃんのこれからの成長を、少しでも長く見守り、ばあちゃんは天国へ行った時、じいちゃんに報告するからね。
 
2021.04.17
成長、ありがとう
あらたのおとん
娘が生まれたのは22年も前のこと。私の仕事中に妻から電話があり、妊娠の報告を受けました。8か月後、娘の出産は難産でした。入院翌日に仮死状態で誕生し、担当の先生はじめ看護師さんの手当てにより一命を取り留めました。妻の希望で立ち会いはせず、産後聞いた話です。
 
出産を待っていた私は娘の産声を聞き、今までにない喜びで胸が熱くなったことを記憶しています。生まれた娘は、看護師さんからも笑みがあふれるほど妻にうり二つ。私としては少々さみしく、どこか似ているところはないか探し、耳の形が私似であると妻に主張し笑われたことを覚えております。
 
名前は「天音(あまね)」。私には産声が天使の音色にしか聞こえなかったことから命名。両親には名前に天の漢字はいかがなものかと反対されましたが、私の名前を決める際に、祖父母に相談したかと問い詰め、両親を納得させました。
 
やりたい習い事はさせたつもりです。何一つ身に付きませんでしたが、そこは私の子なので仕方がない。大きな病気やけがもなく、来年3月には大学も卒業し社会人になりますが、これからも自分らしく生きていってもらいたいと願っております。
 
2021.04.10
(りょう)くんの背番号
マポちゃん
「レミンちゃんをナンパする諒くん」。
 
ママはいつもこんなふうに面白いタイトルをつけて動画を送ってきてくれます。ポチっとすると、3か月になる諒くんは、お顔の横に置かれたお姉ちゃんのお人形に向かって「あう~」を連発しながらの猛アタック!何とも可愛くて繰り返し見てしまいます。
 
コロナ禍でも元気に生まれた諒くんに会えた時、バァバは神様に心から感謝しました。そしてバァバは男の子を育てたことがないので、諒くんがこれからどんなふうに成長していくのかとても楽しみにしています。令和生まれながら、何となく雰囲気は昭和の色の濃い諒くん、ジャニーズには遠いかもしれないけれどバァバとは仲良く遊んでくれるかな?
 
ジィジも仲間に入れてキャッチボールをしようね。バァバは年がいもなくバッティングも大好きです。諒くんとしっかり遊べるようにこれからもスクワットは続けます。真っ赤なTシャツを着て、こいのぼりを手に持ち、一緒にカープを応援しましょうね。Tシャツの背番号は何番にしようかな?ジィジとよく相談しておきます。
 
2021.04.03
20歳になった歩美(あゆみ)ちゃん
静澄子
生まれた時から小さな赤ちゃんで内向的だったあなたが、自分の選んだ道に進みたいと突然上京し、一人暮らしを始めました。折悪く昨年来よりコロナウイルスによる感染症の拡大で、どうなることかと心配の毎日。成人式も中止で残念でした。
 
でもお母さんと、お姉さんが着た振り袖姿の、あなたのかわいい写真がメールで送られてきました。その姿を見て自然に涙が流れてきました。立派になったね、ありがとう。おばあちゃん心配しないでという言葉に少しは安堵しました。
 
でも心配です。困ったときはいつでも相談してネ。おばあちゃんは高齢で何も出来ない。でも、何かの力になれると思います。
 
あなたの未来に乾杯。おばあちゃんはいつもあなたのファンです。応援しています。コロナに負けないで。
 
2021.03.27
リカちゃんへ
大和直子
3歳で白血病と診断され、1年近く入院していた次男のハルちゃんが退院して7か月。5歳になって保育園に通い、空手のおけいこにも行って元気だけれど、毎日1回抗ガン剤を飲み、月2回は病院に行って血液検査。抗ガン剤は免疫機能を下げるから、コロナにかからないか心配しているけど、感染症予防の薬も投与してもらっているし、ハルちゃん自身すごい生命力を持っているから、大丈夫だよ。
 
3歳の女の子が同じリンパ性白血病で完治したと思っていたのに、10歳になって再発し、亡くなったのを知って、泣いていたね。病院の先生が大丈夫と言ってくれても、つい悪いほうに考えてしまう。
 
リカは愛情深い母親で心も優しいから、気持ちはよくわかります。リカのお姉ちゃん、お兄ちゃん共に辛い時期があったけど、リカが一番辛いよ。これからもずっとだから。でも神様、仏様、ご先祖様たちがきっと見守ってご加護してくださっているよ。他人様に優しく、親切にしていれば必ず良いことがあるはず!
 
泣きたいときは泣いていいけど、夫のキンヤ、お兄ちゃんのソラヤ(小2)、ハルヤの前では、「ひまわり」のように明るく、太陽の方へ向いていてください。
 
ママは生きている限り、リカをサポートするよ。元気でいられるよう、テニスと声楽のレッスンも頑張るよ!
 
2021.03.20
(れん)ちゃんへ
みっちゃんばあば
予定日が近づき、ママに出産の兆しがあり、入院した次の日の午前2時ごろ、生まれそうですと連絡を受け、パパとばあばは急いで病院へ行きました。
 
あなたは大きな産声をあげて生まれてきました。丸々とした赤ちゃんでした。パパがつけてくれた「廉」という名前、とてもすてきです。それから1か月、2か月、いろいろと手がかかり、大変でした。春になり、お出かけを楽しみにしていたら、コロナ、コロナでどこへも行けず悲しかったですね。
 
人見知りが激しく、笑ってくれた時の笑顔がとても可愛い。母乳とミルクもいっぱい飲んで大きく育ち、体が重くて他の子より寝返りも、おすわりも、ハイハイも遅く心配したけれど、熱を出すこともなく、風邪ひとつひかず、すくすくと育ちました。廉ちゃんが重くて、ママが腰を痛めたりしたけれど、健康優良児だとばかり思っていました。
 
10か月健診で異常が見つかり、1歳になったら手術をしないといけないことになりました。みんなとても心配しています。でも廉ちゃんの将来のため、頑張ってね。手術が終わったら、またかわいい笑顔見せてね。ばあばと呼んでくれる日を楽しみにしています。
 
2021.03.13
ありがとう、えりちゃん
ヤっちゃん
私は自分の名前が大嫌い。なぜ嫌いかと言うと、名前の漢字を他の人から聞かれたとき、私は、安心のアンに子どものコですと答える。でも、聞いてきた人は、「安いっていう字ですね」と聞き返す。これがイヤでイヤでたまらなかった。
 
しかし孫娘が、私に安子という名前を大好きにしてくれた。私のスマホにお話がままならないころの孫が、「ヤっちゃんー」とかわいい、癒される声で話しかけてくる。孫娘の恵莉(えり)の声だ。
 
「合ってるかなあ」と不安そうな声に、この響き。私は癒され、私の名前が大好きになってしまった。
 
「安(やす)ちゃん、安ちゃん……。「えりちゃんね、わかるよ」と言うと「う~ん」。また、安ちゃんーって、かわいい澄んだ声。
 
70歳にして私に安子という名前を大好きにしてくれた孫娘。今は5歳になり、しっかり自己主張もし、お話ができる、笑顔のかわいい女の子になりました。
 
まだまだ、癒されている安ちゃんです。
 
2021.03.06
小さな紳士
としばあば
こうちゃんは、じいじとばあばの2人目の孫として、予定より2か月早く会いに来てくれました。4月には3歳になりますね。
 
6歳違いのお姉ちゃんが大好きなこうちゃんは、お姉ちゃんのコピー人間。このごろはお出かけするときに、「はい、お姉ちゃん、お姉ちゃんの」と言って、マスクを渡したり、靴下を渡したりします。今まで、お姉ちゃんに面倒をみてもらったお返しかしら?でもたまに悪いことをすると、「お姉ちゃんがやった」と、お姉ちゃんのせいにもしますね。
 
誰かがクシャミをすると、「大丈夫?」と聞いてくれます。ばあばが階段を下りてくると、階段のところにかけてあるカーテンを「どうじょ」と言ってあけてくれますが……、カーテンの前にいるので通れません。
 
そんな優しいこうちゃんが可愛くて!可愛くて!お歌をいつも歌っているこうちゃん、将来は?電車が大好きなこうちゃん、将来は?どんな青年になるのでしょうか?
 
大きくなっても、ばあばとお話をしてくれるこうちゃんでいてくれたら……。ばあばはとってもうれしい!ばあばの小さな願いです。
 
2021.02.27
いのちのバトン
柴沼迪子
コロナ禍の11月、ひとりの男の子が産声をあげた。父親は私の弟の三男。彼は平成元年、末期がんの母親の命がけの出産でこの世に生を受けた。育てることはできない、すべてを後に託すしかない、すべて承知の上での決断を、周囲のだれも止めることは出来なかった。母親は40日後に亡くなる。34歳だった。
 
小さく小さく生まれ、母親の名前の一字に、生(生きる)をつけて「文生(ふみお)」と命名された。その彼が今、父親になった。
 
瑛仁(あきと)くん、純粋な心、明るく光る個性をもち、思いやり、やさしさのある人に……。との願いを込めて両親がつけたあなたの名前には、しっかり二人の祖父の名前の漢字が入っている。若かったあなたのおばあちゃんが命を懸けてつなぎ、子に託した「いのち」のバトンが、今あなたに引き継がれたことが心からうれしい。
 
誕生の知らせをもらった日、息子達との家族ラインは喜びと感動でおおいに盛り上がった。生まれて来てくれてありがとう、72歳になる弟をおじいちゃんにしてくれてありがとう。 今、新型コロナの感染拡大でなかなか面会できないようですが、一日も早く、じいじと瑛仁くんが対面できますよう祈っています。
 
2021.02.20
命の恩人、翔ちゃんへ
ハマばばちゃん
保育園の先生のお誕生日カードに「いつもニコニコ笑顔で、目が合うと顔をくしゃくしゃにして笑う翔ちゃんが、大好きです」と、書かれてあったそうですね。
 
2年前、あなたが生まれそうと連絡があり、慌ててお家へ行ったけれど生まれず、いったん自宅へ帰りました。帰ったその夜中に、なんと健康だったじじちゃんが発作を起こし、救急車で病院に運ばれました。そのまま入院となり脳手術を受け何が何だか……。
 
その翌日、あなたは無事に元気に誕生しました。前日だと誰もいなくてどうなっていたことか?偶然とはいえあなたは、まぎれもなくじじちゃんの命の恩人です。
 
優しいパパ、ママ、サッカー好きの2人のお兄ちゃんに可愛がられ、すくすく成長し、歩き始めた頃からボールを蹴っていた翔ちゃん。将来はサッカー選手、いや長いまつ毛が可愛いからジャニーズかな?
 
ツボにはまるとケラケラ笑う声に、じじ、ばばはいつも癒されていますよ。2歳のお誕生日、心よりおめでとう。
 
2021.02.13
なっちゃん誕生
丸房代
なつ希ちゃんが生まれてきてくれたのは、令和2年5月8日。日本中が、否、世界中がコロナの恐怖に戦々恐々としているころ。ただでさえ初めてのお産にあなたのママは不安であったろうに、3密回避の名目でたったひとりでお産という闘いに挑んだ。
 
無事、可愛いなつ希ちゃんに会えたのは誕生して10日目。大きな声で泣いておっぱいもミルクも飲んでスヤスヤ眠る。声をかけると声のする方を見て「もう一度名前を呼んで」と言わんばかりに声の主を探す。ママの実家で4か月を過ごし、小さなアパートの部屋に戻ると、なつ希ちゃんの泣き声が大きくて、パパとママはご近所の方々に恐縮している。元気の良いのはいいけれど、少しいい子にしていてね。
 
生まれてすぐに浮世の厳しい風にさらされましたが、パパとママはあなたを愛情のカプセルに包み大事に育てています。新米だから失敗もあるけれど、それに優るあなたへの慈しみを、いつも全身全霊をもって生活しています。なつ希ちゃんは何の心配もせず、パパとママに思い切り甘えてくださいね。
 
コロナにも負けず、3人で楽しく元気で過ごしてください。
 
2021.02.06
君の名前
小野和子
君の名前は「楽」(たのしい)と書いて。ガクと読みます。
 
音楽の「楽」、そして、苦あれば楽ありの「楽」です。君の父さん、母さんが、一生懸命考えて、いっぱいある中から選んだこの名前。いい名前だとバァは思います。たぶん、誰もが生まれて初めて受け取る世界中でたったひとつの贈り物……名前。それが君の「楽」(がく)という名前。
 
バァは今70歳。君が二十歳の時、90歳になる。産着からめいっぱい手足を伸ばし、バタつかせている君。受話器越しに聞こえてくる泣き声。遠い昔に聞いたあの赤ちゃんの泣き声がどんな声に変わるのだろう。
 
きょうから私はどこまでどんな楽を見ていけるのだろう。君が二十歳になった時、君は何を見るのでしょう。その時、君が見聞きするものを知りたくもある私です。
 
2021.01.30
紗奈ちゃん、千紗ちゃんへ
西村義弘
紗奈ちゃん、千紗ちゃんは、一卵性の双子で予定日より3か月も早く生まれざるを得ない運命で誕生しました。誕生日は必然的に決まり、偶然にもじいじと同じ日に帝王切開で生まれましたね。
 
生まれて直ぐ医療機器の何本ものチューブにつながれ、危機感を持ちながら保育器で過ごしていましたね。じいじもばあばもコロナ禍の影響で見舞いにも行けず、お母さんが送ってくれる映像を見ては日々の変化に一喜一憂していました。医療関係者の献身的な看護と最新医療のおかげで4か月後に無事退院できたことに感謝の思いの一言です。
 
8か月経った10月1日に元気な顔を見せてくれて改めて感謝です。まだまだ病院通いは続きますが、紗奈ちゃん、千紗ちゃんが元気に成長してくれることを願っています。いつか二人が生まれた時の大変さを知った時に、多くの人にお世話になったことに感謝しその後の人生に生かしてください。
 
2021.01.23
「ジイジ」と呼んで
鈴村冨二男
アメリカ人の父と日本人の母を持つ孫が間もなく2歳になる。2歳ごろは成長過程の“イヤイヤ期”と呼ぶらしい。東京、大阪で離れて暮らしているので、ビデオ動画を見るだけの成長であるが、確かに気に入らなければ「イヤイヤ」と言っている。
 
言葉が少しずつ発せられるのも、2歳ごろからだろう。ダディの日常生活は英語で、マミーはもちろん日本語であるが、父母の会話も英語だから孫はどのような言語習得をしていくのかとても興味がある。数字を英語で言っている動画を見ると、確かに英語らしく聞こえる。果物の名前は日本語で発音していた。面白い。集団生活が始まると、きっと日本語オンリーになるのだろうか。
 
英語ではおじいちゃんのことを「パーパ」、おばあちゃんのことを「ナーナ」というそうだ。おばあちゃんはバアバと言われるより、ナーナと言われる方がうれしいと喜んでいるが、私はやっぱり「ジイジ」と呼んでほしいとリクエストした。「イヤイヤ」されそうだが、会うときには「ジイジ」と呼んでくれることを楽しみにしている。
 
2021.01.16
赤ちゃん、しがみついていて
くう
以前この欄に不育症を乗り越えた出産で孫を授かったおばあちゃんからのお手紙があり、何度も何度も読み、切り抜きました。お守りにしています。
 
お嫁さんが妊娠5か月にはいり、はじめて安定期になったと息子からの手紙にあった。今回が5回目の妊娠である。
 
1回目の妊娠を知ったのは、2回目の妊娠の連絡の時だった。3回目の時は、私の母が亡くなったころだと思う。4回目の時は、私の娘の出産と同時期だと思われる。
 
これまで4回、さぞつらかったことだろう。お嫁さんと電話で話していたら、涙が出てきて、鼻もぐちゃぐちゃになってしまった。
 
東京での暮らしから、青森県のお岩木山の近くに移り住んで1年になる。環境が変わった中で、ゆったり過ごしてほしいと思う。
 
「赤ちゃん、ママから離れないで。お願いだからママにしがみついていて!」
 
天の神様、私はじいちゃんとふたりで水天宮に行ってお願いしてきました。私は大好きな甘いものを妊娠を聞いて以来食べていません。春になるのが待ち遠しいばあちゃんです。
 
2021.01.09
ことちゃんへ
くめばあちゃん
おじいちゃんとおばあちゃんと18歳になる猫のきぃちゃんは、福島で東日本大震災を経験しました。その後いろんなことが落ち着いて、元の生活が戻ってきて、ことちゃんが生まれました。もうすぐことちゃんは3歳の七五三を迎えます。
 
ことちゃんはおばあちゃんちを離れ、都会に近い街で暮らしています。今、コロナという世の中で、みんながいっしょうけんめい工夫して生活をしていまが、ことちゃんに今までのように会えないことがいちばん残念なことです。お母さんがかけてくれるビデオ通話という方法でことちゃんとお話をするのが楽しみです。
 
おじいちゃんと近くのお山の公園を元気に歩いていますが、遠くの山々や大きな木に向かって「どうかことちゃんがあと百年しあわせにくらせますように!」と、手を合わせています。ことちゃんも大人になったら、次の百年、「みんなが元気にくらしていけますように!」と、大切な人や、おともだちのことを思って手を合わせてお願いしてくれたらうれしいな!
 
2021.01.02
退院おめでとう
奈良のばあば
ミーちゃん、無事の退院おめでとう。長い入院生活をよくがんばりましたね。やっと家で皆と暮らせますね。
 
コロナ禍の中での妊娠。健診も少なく心配していましたが、無事に生まれてくれてどんなに喜んだことでしょう。なのに、お母さんと一緒の退院がかなわず、一人居残り、原因不明の体調不安定。小さい体で大きい機械の中に入っての検査にも耐えたのに原因がわからずじまい。
 
コロナ禍の中、かけつけることもできず、どんどん入院が長引き心配しました。先生が普通の生活で徐々に回復の見込みがあるかもとの意見で、器具装着という条件付きで退院許可。生まれた時よりずいぶん大きくなっているのでしょうね。
 
あなたには3人のお姉ちゃんがいます。皆にたくさん抱っこしてもらって思い切り甘えて、泣いて、笑って、大きく成長してください。若草物語の姉妹のように明るく元気で仲良し姉妹になってくださいね。
 
本当に一人での長い入院頑張りました。退院おめでとう。すこやかに大きくなってくれることを願っています。
 
 
2020.12.26
なっちゃんへ
坂巻まり子
コロナと猛暑を乗り越えてなっちゃんは生まれましたね。
 
なっちゃんのママの名前が亜希、お兄ちゃんの名前が和希、そしてなっちゃんの名前が夏希。じーじとばーばは、二人目は男の子だったら、パパの名前から1文字いただいてと思っていたのに、女の子だとわかってからはどうやらパパとママは「夏希」と決めていたみたいです。
 
パパはママをすごく愛しているし、お産は大変なことだからとママに敬意を払ってくれたみたいよ。亜細亜(アジア)の希望の星になってほしいとの願いを込めてじーじがつけたママの名前、そしてママとパパはお兄ちゃんには平和で希望に満ちた人生を歩んでほしいと「和希」と命名、なっちゃんは夏に咲くヒマワリのように太陽に向かって明るい健康的な女性に育ってほしいという願いを込めて「夏希」と命名したみたいです。
 
パパとママが二人に贈った最初のプレゼントですね。「希(まれ)」という文字、ことしはじーじとばーばも古希なので、最高のプレゼントをもらったような素敵な年になりました。ありがとう、なっちゃん!70歳の記念の年。コロナが終息しない大変な年に生まれてきてくれたなっちゃん。じーじも、ばーばも、がんばるよ!!
 
2020.12.19
世界は予想外なことばかり
山口百合
翔大(しょうた)へ
2020年5月24日、元気な産声をあげて翔大は誕生しました!
 
思えば、翔大を妊娠してから、ママは予想外なことばかり。妊娠当初、ママはてっきり「女の子だ!」と思ってしまいました。母親の勘なんて案外当たらないものですね。でも男の子だと分かってママはすごくうれしかったよ。2月ごろからは新型コロナウイルスの流行がはじまり、これまでの生活が一変。でも、その分、家族で過ごす時間が増えました。少しずつ大きくなるママのおなかを、蒼生(あおい)お兄ちゃんはなでたり話しかけたりしてくれました。
 
そして、あの5月24日の深夜、まだ37週にもかかわらず突如陣痛がきてビックリ。急いで病院に向かい、そこからはあっという間に翔大の、あの「オギャー」という元気な産声が聞こえてきました。きっと早く家族みんなに会いたかったのかな。「よし、世界に飛び出すぞ!」と自分で決めてきたんだと思いました。
 
これからも思いがけないことが翔大をたくさん待ち受けているかもしれません。でも大丈夫。あなたはこうしてどんな困難も乗り越えられる男の子。「大きく翔ぶ」で翔大。これから世界に大きく優しく力強く羽ばたいていってね!
 
2020.12.12
(あおい)君へ
プリばあば
1歳半になった葵君、生まれてきてくれてありがとう。
 
君のママが妊娠を望んで病院を訪れたとき、ママの二つの卵管が詰まっていて機能できず、体外受精という手段を選ばざるを得なかったことも非常に驚きました。ばあばは君のママを自然妊娠で新婚早々授かったからです。でも何度かの辛い不妊治療を超えて君が誕生したときは、うれしくてうれしくて大喜びでじいじとともに神様に感謝しました。
 
君のパパは医療従事者です。今、このコロナ禍の状況の中で毎日医者として使命感をもって現場で働いています。先日の君の1歳のお誕生会の時にも愚痴一つこぼさず、淡々と、勤める病院の事情を話してくれました。パパはとても肝がすわっているなと、ばあばは感心しましたよ。
 
君は日に日に成長し、歩き始め、言葉を発するようになりました。どうか、息子としてパパのことを思いやり、祈り、この過酷な逆境を乗り越えていけるように、その君の存在で支えてあげてください。
 
ばあばも毎日祈ります。
 
2020.12.05
退院おめでとう
大阪のあーちゃん
1年前、3歳の孫に悪性腫瘍が見つかり、長期入院になる投稿を掲載していただきました。あれから抗ガン剤治療に陽子線治療、容体の急変にコードブルーが発令されたりと、そのたびごとに一喜一憂し、お地蔵様に手を合わせ、お百度参りに行き、神様はケンカしないと聞きたくさんのお守りを送りました。
 
そんな最中のコロナの拡大で、もう半年以上会えていません。思えば壮絶な治療に小さな体で見事に耐え抜いてくれました。前の投稿で言っていた「元気になって公園を走り回る」という約束はまだ果たせていないけれど、あーちゃんは約束するよ。のぞみ君の成長を楽しみに、百歳目指して元気で長生きするからね。
 
孫の闘病にコロナの感染と、平々凡々に過ごせる当たり前の日常の幸せを思い知らされたこの1年でした。命がけで頑張ったご褒美のように誕生日には外泊許可がおり、家族で誕生日会ができてよかったね。
 
今後は治験の治療があるけれど、あーちゃんは近代医学の力を信じています。ひとまず退院おめでとう!パパは仕事を変え、ママは仕事を辞めて、全力でのぞみを応援してくれたこと、大きくなっても忘れないでね。
 
「のぞみ」4歳、お陰様で元気です!!
 
2020.11.28
小さなチームメートへ
プレママ
3年前のちょうど今ごろ、おなかの中にいるあなたに初めての手紙を送りました。今の気持ちを書き留めておきたくて、日に日に可愛くなっていくあなたに二つ目の手紙を送りたいと思います。
 
あなたが無事元気に生まれてきてくれた日、小さくて触っただけで壊れてしまいそうな姿を見て、思わず「何があっても守ってあげるからね」とささやいたことをよく覚えています。
 
その後いろいろなことがあって、あなたを一人で育てていくことに決めました。思い描いていた未来と全く違う毎日を紡ぐ中で、ふと、「あ…違うな」と思いました。あなたの存在がママの原動力になっていて、本当はママがあなたに守られているのかもしれないって。ありがとうを伝えていきたいなって。
 
あなたは、ママの最愛の息子であり、尊敬すべきチームメイトでもあります。毎日たくさんの気づきと幸せをありがとう。まだ設立3年弱の出来立てホヤホヤだけど、これから2人でどんなチームに育てていけるかな。私たちには頼もしい応援団もたくさんいるよ。みんなにも感謝しながら、のんびり楽しくやっていこうね。
 
小さなチームメイト、これからもどうぞよろしくね!
 
2020.11.21
韓国で頑張っている孫たちへ
まーちゃん
長女が韓国留学中にソウルで知り合ったすてきな男性が、偶然にも父の故郷である釜山の方でした。亡き父は生前ずっと望郷の念を抱いていました。娘が韓国留学を決めたのもそんな父の気持ちを思いやってのことでした。
 
そして父の思いに導かれるように父の故郷である地で結婚し、早くも7年の歳月が流れました。7年の間に2人の子宝にも恵まれ、やんちゃでシャイな韓国男子、りりしく食欲旺盛な韓国女子の子育てに日々奮闘しています。
 
お互い韓国と日本を行き来しながら楽しく過ごしていたさなかに新型コロナウイルスのまん延……。いきなり閉ざされた日々に戸惑いと不安がつのります。
 
幸いなことに今はテレビ電話でいつでも元気な姿を見ることができます。2人の孫は、当たり前のことですが流暢な韓国語を話すのですが、私と話す時は私をいたわってなのか通じないと思っているのか可愛い日本語で話してくれます。時々私が韓国語を話すと「まーちゃん韓国語勉強してるの!?」と。
 
そんな孫たちとのやりとりが、今の私の一番のパワーです!来年、お兄ちゃんは小学生。どうかコロナが終息して晴れ姿を見られますようにと願うばかりです。
 
2020.11.14
瀬奈(せな)ちゃんへ
平井智世子
孫夫婦の間に令和元年9月8日、次女の瀬奈ちゃんが生まれました。私は89歳。まだ瀬奈ちゃんに会っていません。病気になり、娘の家でお世話になっているからです。
 
先日、その家に写真入りの手紙が届きました。写真には富士山をバックににっこり笑う瀬奈ちゃんの顔。私は思わず「負けたー」と大きな声を出してしまいました。本当にびっくりしました。私は、いつか富士山の見える宿かホテルに泊まりたいといつもいつも夢に思い描いていたからでした。それなのにひ孫はわずか8か月で、もうその幸せをもらっているのです。なんて幸せな瀬奈ちゃん。どうかすくすくと元気に大きく育ってください。
 
夏、原爆の記事を読み、改めてその恐ろしさを思い出しました。親友の父母は原爆で命を落としました。瀬奈ちゃん、原爆の恐ろしさを文字にしておきますね。戦争がなく、日本中みんなが平和に生きられますように。一番大切なところです。
 
寝ころんで ひ孫の写真に 蝉の声
 
2020.11.07
娘の里帰り出産
浅沼英子
娘の里帰り出産がこんなに大変だとは思いませんでした。生まれるまではあんなに待ち望んでいたのに、生まれてすぐに呼吸がうまくできなくてあんなに小さな手足に管をつけて、本当に痛々しくて見るたびに涙が出てしまいました。娘も、出産したのに母乳をあげられず泣いていましたね。
 
退院してからもよく泣き、夜も寝られず、娘はオロオロ、不安で涙はポロポロ、ババは大きな声でギャーギャー泣くつむちゃんを抱っこするしかありませんでした。
 
それでも母乳はたくさん出て、今では小児科の先生に太鼓判おされるぐらい健康優良児になりました。スマートフォンのLINEに映るつむちゃんは、寝返りもすぐにおぼえて、やっぱり大きな声を出してアピールしてます。
 
家族3人の姿を見るとやっぱり会いたくなってしまいます。秋になったら元気なつむちゃんに会いに行きますね。楽しみに待っているババです。
 
2020.10.31
ありがとう、りぃちゃん
こんちゃんばあば
人と会ったり、話したり、映画に行ったりが大好きな私ですが、基礎疾患があったので、コロナ禍で自粛生活を送りました。私にとってはそれはつらくて知らぬ間に緊張とストレスが溜まり、世に言う「コロナうつ」を患ってしまいました。そんな中、娘が出産し、孫娘と過ごしているうちに心のリハビリができたようです。孫娘にお礼が言いたくて投稿しました。
 
りぃちゃん、お姉ちゃんになっておめでとう。5歳で妹が生まれて、赤ちゃんは可愛いしうれしいけど、ちょっぴりさびしくて……。ばあばにたくさん甘えてくれたね。二人でビーズや粘土、ままごとで遊んだり、料理も一緒にしたりして野菜を切るのとか上手にできたね。
 
コロナのせいで好きなことができなくて我慢して心が病気になったばあばは、りぃちゃんといろんなことをして過ごしている内に気が楽になりました。付き合っているつもりが付き合ってもらっていたのね。
 
赤ちゃんのいる生活が始まった、りぃちゃんと、りぃちゃんのパワーをもらって元気になれたばあばにとって、この暑い夏は特別でしたね。
 
兄妹がいてもりぃちゃんが大事で大事なことは永遠に変わらないよ。大好きだよ。
 
2020.10.24
会えなかったあなたへ
月の舟
私のおなかの中であなたが妊娠2か月と判明。「おめでとうございます」と祝福されたと思ったとたん、妊娠3か月も4か月も毎日毎日出血が止まらず、私の体力が持たないと言われ、泣く泣く手術をしました。
 
それも全身麻酔をするとそのまま母体が帰らない人になるのを恐れ、微量麻酔で行うと決断、くやしくてくやしくてどれだけあなたを待っていたことでしょう。おじいちゃまも、おばあちゃまも。でもあなたは尊い自分の命を捨て私を救ってくれたのです。
 
そちらへ行ってしまったあなた。どのようなつぶらな瞳だったのか、どのような小さなもみじのようなお手てだったのか、いつかあなたに会えますか。あなたとわかるようにそちらで曼殊沙華の赤と白の花をたくさん咲かせて待っていてください。私はお花を探しに行きますね。
 
私は今、あなただと思って近所の子どもさんに書道を教えています。会えなかった私の尊い小さな命さん、もう少しお仕事をさせてください。そしていつの日かお会いできますように、祈っています。
 
2020.10.17
忘れかけていたもの
金沢智恵子
遠い昔 人が海からあがってきたように
赤ちゃんは お母さんの羊水の海で
泳ぎながらこの世に生まれた。
 
力強い産声は どんな音楽よりも感動する
それは はじめての歌 生命の歌
この世に生まれた喜びの歌
 
産声を覚えている人はいない だから教えてあげる
愛すること 信じること 夢をもつこと
悲しみを乗り越えること
 
そんな未来を覚悟して 赤ちゃんは歌ったのです。
あなたは確かにすてきな声で歌ったのです。
天までとどく魂の歌を歌ったのです。
忘れないで 忘れないで 忘れないでほしい。
 
2020.10.10
「べーちゃん」へ
奥山洋子
あなたが生まれたあの日、私はとても不安でした。これからちゃんと育てられるのかと。
 
お姉ちゃん2人はおばあちゃんちに預け、お兄ちゃん2人と病院へ行きましたね。生まれてすぐに泣かなかったあなたに、障害があると知らされたのは、半年後でした。きっと私の情緒不安定がそうさせたのだと、自分を責めずにはいられませんでした。
 
ミルクもあまり欲しがらずに、舌をちょっとだけ出している寝顔に「べーちゃん」と名付けたのは、すぐ上のお兄ちゃんで、あれからあなたは20年も「べーちゃん」のままです。2歳にならずして医療施設に預けた日、「一緒に帰ろう」と泣いてしまったお兄ちゃんの声を、あなたは聞いていましたか?あなたをこの手で育てられないことが悔しくて、私も一緒に泣いてしまいました。
 
けれど、あなたが施設で可愛がられて成長し、あなたの笑顔を見ることができました。数えきれないほどの人の手を借りて、あなたの笑顔があり、その笑顔が私たち家族を幸せにしてくれたのですよ。20年前の私の不安は、あなたが感謝に変えてくれました。
 
「べーちゃん」、生まれてきてくれてありがとう。そして、そしてたくさんの方に「ありがとう」と言おうね、これからもずっと。
 
2020.10.03
ようこそのお目見え!
ダンケ
あなたが春に誕生すると聞いたのは2019年の秋。指を折って心待ちにしていましたが、年が明け、日を追うごとに世間は不穏な空気に包まれてきます。日本だけでなく、世界中が新型コロナという感染症に覆われ始めたのです。
 
やんちゃ坊主のお兄ちゃんも言われた通りマスクをつけ、「いまはネ、バイキンさんがいっぱいいるからネ。しずかにしなきゃいけないの」と神妙な構え。
 
いつもの日常に早く戻ってとの願いも虚しく、あなたたちの住んでいる地域が感染者数が最も多いなんて報道されると、気が気ではありません。毎日出勤するパパ、保育所に通うお兄ちゃん、産院のスタッフ、そしてママ。誰1人が感染してもアウトなんですもの。里帰り出産も拒否されるし……。挙句に全国に緊急事態宣言が発令。
 
ハラハラドキドキする中で4月14日あなたは元気な産声を上げ、生まれ出てくれました! 神さま仏さま、あらゆる創造神に感謝の祈りをささげました。世の中が不安でピリピリする中、生を受け、みんなに笑顔と幸せと希望を運んでくれたエマちゃん。きっと強い意志と優しい心を持った素敵な大人に育ってくれるでしょう。いつまでもあなたの成長を見守っていますよ!
 
2020.09.26
初孫、雛子(ひなこ)ちゃんへ
新潟の祖母
先日、あなたのパパから電話があった時、あなたが看護師になったことを知りました。初めて私をおばあさんにしてくれたあなた、でもパパとママが別れ、会いたくても会えなくなってしまいました。
 
押し入れの奥から出した古い日記を読むと、あなたが生まれた日は平成10年11月12日。今はもう、成人式も済み、どんな娘さんになっているのか想像もできません。
 
看護師の仕事は今まで机上で勉強したこと以上に人とのかかわりが大切です。病気になり、気弱になっている患者さんの身になって言葉がけをしてください。これからは高齢者の方と接する機会もあるでしょう。皆さまはあなたの何倍も人生を歩んできました。そんな方との話で参考になることがたくさんあります。耳を傾けてください。
 
これからも一日一日を大切に、元気にあなたの人生を歩んでいってください。21年前、地元の新聞に載った私の短歌です。
 
初節句 元気で育て みどり子よ
 
越後の里から 備前の国へ
 
2020.09.19
礼香(あやか)ちゃんお誕生日おめでとう
奈良のひいばあちゃん
「いない。いないばー」
 
生まれてからきょうまで、あなたのお父さんとお母さんが、あなたの成長する節目ごとに、奈良で一人で住む私に動画を送ってくれています。私はその度に何度も何度も見ては成長を喜んでいます。
 
ハイハイできるようになった様子を見ては「もうちょっと、もうちょっと手をのばせば、取れるよ」と応援します。ジュースをストローで飲めるようになったのには驚き、「何でも口に入れたら駄目よ」と、聞こえないのに声に出して注意をしたりします。
 
また、12回目の動画は、お母さんが出勤でいない時、コロナの感染拡大防止のため、自宅にいたお父さんが離乳食を食べさせている様子でした。この動画は忘れられません。私の子育ての時、夫がおむつを取り換えたり食べさせてくれたり、そんなことはありませんでした。私の知る限り大体の子は中学生ごろになると、女の子は特にお父さんよりお母さんばかりにくっつき、お父さんを避けたがる傾向があるように思います。私はあなたが大きくなるまでこの動画を残しておきたいと思いました。
 
7月8日の動画は、「ちょっと立ったよ」お父さんの前で一人で立った瞬間の動画でした。きっと次は「1歩か2歩あるけたよ」の動画が送られてくることでしょう。楽しみにしています。
 
2020.09.12
(ひいらぎ)君へ
みちよばあば
君がママのおなかにいるとき、重篤な心疾患があると知らされました。だから、未熟な私は君が生まれたとき「おめでとう」と伝えられませんでした。君の名前は、柊の葉のトゲがあらゆる厄災を退けるようにとの願いで、パパとママがつけました。君は可愛かった。私は神様から頼まれた子なのだと思いました。
 
3度の手術や付随するいくつかの病での入院を乗り越えた君は、ハンディを抱えながらも家族に愛されて成長し、もう6年生になりました。周りの心配をよそに君自身は楽天的で笑顔の似合う前向きな少年になりましたね。今、パパやママは君にふさわしい中学校を迷いながら探しています。
 
君からはいろいろな学びがありました。君はどんな青春を送るのだろう。どんな仕事につくのだろう。そう思いながら気づきました。私はそんな君の未来を楽しみに夢見ている!君の存在が私の日々を豊かにしてくれている!
 
君は神様から頼まれた子ではなく、神様からの贈り物だったのですね。「おめでとう」は言えなかったけれど、今、心から君に伝えますね。
 
「ありがとう」
 
2020.09.05
いっち、幼稚園に行く!
佐藤真弓
令和2年2月、いっちは3歳になりました。幼稚園も決まり、ママもばばちゃまも、やれ通園バッグだ!ランチョンマットだ、名前付けだと準備にバタバタしていた。
 
でも世の中を得体の知れないコロナウイルスが襲い外出禁止となってしまった。当然、幼稚園も休園になったんだね。毎日制服を着て帽子をかぶり通園バッグを肩にかけ、家の中を走り回るいっちを見て、ママは複雑な思いだったと思うよ。園どころか公園に行くこともとまどいがあり、家の中で遊ぶ日々。パパとママは色々工夫をして楽しませてくれた。
 
ばばちゃまは慣れないいっちのマスク作りにはまった。5月も開園できずガッカリしていたところに6月1日から開園のお知らせ。期待に胸ふくらませいよいよ登園日がやってきて、いっちは制服に身を包みうれしそうに出かけて行った。
 
当分は週3日の分散登園だけど、いっちもママも新しい希望の扉が開いたようでうれしかったよね。いっち頑張れ!
 
2020.08.29
ばぁばの気持ち
保坂恵子
のんちゃんは、回旋異常というごくまれで危険な分娩(ぶんべん)を経て生まれました。
 
ばぁばは、この歳になるまで、赤ちゃんが顔とおなかの側を下に向けて生まれてくることを知らず、ましてや回旋異常出産などという言葉は聞いたこともなく、病院にいるママから連絡を受け、すぐさまパソコンで調べました。「異常」という言葉が頭から離れず、キーボードを打つ指先が少し震えていました。
 
どんなに危険な出産であるかを知りました。赤ちゃんがこの世に現れようとひとりで頑張る様子には胸がつまりました。
 
のんちゃんは今1か月半になりました。出産に導いてくださった病院の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。そして、最後まであきらめずに頑張ったママとのんちゃんには頭が上がりません。今ものんちゃんの顔を見ると「えらかったね。よくがんばったね」と言ってはすこーし涙が出でしまうばぁばです。
 
2020.08.22
まさかずじいちゃんの気持ち
代筆・坂口勝広
あさちゃん、朝、ママと別れるときに少し泣くこともあるけれど、4月から元気に保育所に通ってるね。まさかずじいちゃんは遠くから見ているよ。
 
あさちゃんがママのおなかにいるとわかったとき、初めての孫になるから、おじいちゃんはとてもとてもうれしかった。会える日を楽しみにしてました。何年か前に自分の病気が分かり、しんどいお薬も飲んで、あさちゃんが生まれ、学校に行ける日までがんばろう。そして、おじいちゃんの好きな阪神タイガースの応援に甲子園に一緒に行こうと思ってました。あさちゃんが女の子だということは知らないふりをしていました。
 
でも、あさちゃんが生まれる2か月前、おじいちゃんは急に身体が悪くなりました。すぐに入院したのに、とうとう天国にやってきてしまいました。ほんとうに、ほんとうに、残念でした。でも、元気に生まれてくれましたね。1歳を過ぎてよく笑い、よくしゃべり、この前はおじいちゃんのいる仏壇やお墓にみんなでやって来て小さな手を合わせてくれました。
 
やっと会えました。うれしかったよ。抱っこしたかったよ。みんなに可愛いがられていて、おじいちゃんは安心です。でも、やっぱ抱っこしたかったよ。一緒に遊びたかったよ。
 
いつも、いつも天国から見守っているからね。
 
まさかず
 
2020.08.15
やっと会えたね。碧(あお)ちゃん。
辻厚子
予定日から、1週間遅れて誕生した碧ちゃん。元気に生まれてくれて、とってもうれしくほっとしました。
 
お母さんにとっては初めての出産なのに、コロナの影響で立ち会いもできず、面会もなく、一人で病院に入ったお母さん。どんなに心細く、不安だったかを思うと、ばあちゃんは心が痛みます。陣痛が始まっても、なかなか生まれず、お母さんは分娩台の上で2日間陣痛と闘っていたといいます。ようやく生まれてきたあなたは、3,870グラムの大きなかわいい女の子でした。病院に行って、初めてあなたを見たときの、感動と安心した気持ちを、今も忘れません。胸がいっぱいになりました。
 
病院から帰ってきた碧ちゃんは、お母さんのおっぱいをいっぱい飲み、大きな声で泣いて、家中をにぎやかにしてくれました。抱っこしてのばあちゃんの話や、みんなから昭和やなあと言われる歌をじっと聞いてくれる、この時間が今は宝物です。大きくなったとき、「あなたが生まれたときはコロナで大変だったんだよ」と言われるでしょうが、それとともに、あのしんどかった時期だからこそ、碧ちゃんの誕生は多くの人を笑顔にしてくれたことも忘れないでと付け加えたいです。
 
生まれてくれてありがとう。元気に育ってね。
 
2020.08.08
いつかは孫と女子会を
川和良枝
2年前、52歳のとき2人の息子がいる男性と初めて結婚しました。息子たちはすでに結婚しており、3人の孫もいました。嫁いでからまた2人の孫が増え、現在は5人のおばあちゃんになりました。
 
3人の孫との初対面では、一番上の孫が「ばあば、トイレ一緒に行ってくれる?」とニコニコしながら近づいてくれました。あの時のうれしさは今も忘れません。子どもを産んだこともなく最後は孤独死も覚悟していた私にとって、88歳になる母を一人で介護してきた私への神様からの贈り物だと思い、感謝の日々を過ごしております。昨年、ことしと新たに2人の孫が続けて生まれました。コロナの影響で会うのを遠慮していますが、抱っこするのを楽しみに待っています。
 
孫たちが大人になったときは、より明るくみんなが笑顔で生活できる日本になっていることを祈る毎日です。「みんな元気でがんばって!」と、エールを送りたいです。私の夢ですが、5人の孫のうち4人が女の子なので、女子会(恋バナ)をしに旅行に行きたいです。あと20年以上は体に気をつけて、長く生きたいと思っているばあばです!
 
2020.08.01
優真(ゆうま)君へ
千葉のおば
優真君、生後10日目、私は喜び勇んで自宅に会いに行きました。ずしりと重くて、私は座ってから抱っこしないとよろけるくらいでした。床に寝かされていて、すぐそばで6歳のおにいちゃんが、うれしくてうれしくて「僕がおにいちゃんだよ」と、逆立ちしています。
 
私はヒヤヒヤしながら、その光景を眺めていると、ママが君を隣室のベッドに寝かせました。すると、どうでしょう。すぐにウエッウエッと泣きそうな声を出したのです。それでママがまた皆がいるところの床に寝かせると、あら不思議、またすやすや眠りました。皆と一緒の方が良かったんだね。
 
後日、我が家にお米が届きました。それは内祝で、なんと君の生後すぐの顔と「体重3,692グラム」の文字が印刷されていたのです。
 
あれから6年、ことしはコロナウイルスにより、入学式だけは済みましたが、長い間、ステイホーム。これからどんな困難が待っているか計り知れない未来にはばたく優真君、そして世界中の子どもたちに幸あれと祈ります。
 
2020.07.25
続・孫の桃子へ
佐藤ノブ
東日本大震災後9年。10年目に突入。あの時生まれた桃子は当然9歳だ。避難した先々で超アイドル的な気分だった赤ちゃんが、南三陸町での子育ては津波などが怖いからと、内陸の宮城県栗原市に家を買い求め、この4月から小学4年生だ。元気に両親に見守られ素直な女の子に育つ姿は、年数回の家族旅行などで会えるのと、母さんからの電話ですべて知ることができる。
 
赤ちゃんの時に避難したことは覚えていないが、体が覚えているのだろう。地震で揺れると、怖さもあるのか、いち早く母さんと共に逃げる行動に入る。2人とも生後1か月足らずの体験が、大きくなっても敏感になる姿や、避難中多くの温泉に入浴したからか、温泉大好きな子になり、どこの温泉へ行くの?と道中しりとり遊びなどしながら出かけています。
 
80代の年齢になった祖父母に、学校の様子や「漢検6級、5級も合格したよ」とか、楽しませてくれる孫になった。今度は、新型コロナウイルスだ。学校も休み、不要不急で何もかも大変になり、会うこともままならないが、毎日の電話で癒され、心の安らぎを得られるのが何よりうれしく助かってるよ。
 
早くコロナが収まって、また会えるのを楽しみに、ありがとうネ。
 
2020.07.18
誕生から50日
りんご
君が生まれて50日目の真夜中。おっぱいを飲んだのに眠くならず、目をキラキラさせていたので、玄関先に出て夜風に当たりました。桜が満開の日に生まれたのに、季節はもう夏だね。
 
君が生まれた夜、ママは新型コロナの影響で立ち会いが禁止になった病院の部屋で一人、陣痛に耐えながら、君と無事に会えることをただ祈っていました。君は小さな身体でよく頑張って生まれてきてくれたよね。本当に感謝しかありません。
 
予定より1か月早く生まれた君は最初、ミルクを吸う力が弱くて、鼻から通した胃管でミルクをおなかに入れていました。今では小さな両手をいっぱいに広げ、自分でおっぱいを支えるようにしながらぐいぐいと飲みます。新米ママの私も、1日8回の授乳だってずっと前からやっていたように君のお世話ができるようになりました。
 
この50日、大変なこともあったけど、君をこうやって抱っこできて幸せだなあ——。そんなことを考えていたら、星空の下で目に涙があふれました。どうぞ、これからもすくすくと育ってください。一緒にお話をしたり、海や山に遊びに行ったりできる日をパパとママはとても楽しみにしています。
 
2020.07.11
久朔(きゅうさく)日記
小塚久枝
八朔(はっさく)の弟、久朔がもうすぐ生後6か月を迎えます。帝王切開で2週間早く産んで小さかったのに、3回目の対面でもうその進化、成長、人間らしくなった様子に、幸せを感じます。
 
そしてふっと、昔読んだ和田誠創作の「おさる日記」を思い出しました。パーサーとして船に乗っているお父さんが、半年ぶりの帰国で、「ぼく」にくれたお土産がちいさなおさるでした。その「もんきち」がどんどん成長していくお話。
 
ページをめくりながらドキドキ、ワクワク。育児は、現実にはこんなに簡単なものではなく、両親は今も新型コロナウイルスの影響下で四苦八苦しているでしょうが、ばあちゃんは何もかも楽しめます。子育てなどしたことないと言うじいちゃんも、けらけら笑ってくれる孫に言葉をかけて接しています。
 
久朔もページをめくるように、日に日に成長しています。八朔もおさるの「もんきち」をかわいがるように、弟と接しています。「おさる日記」には、最後にどんでん返しがあるのですが、さて八朔、久朔の成長日記はどうなるのでしょうか。
 
「はち」「きゅう」名前だけでも、ゆかいです。大作になったら、ばあちゃんが本にしようと思ってます。
 
2020.07.04
初孫の君へ
島田はるみ
あの日生まれた君が、大学生になった。
 
離婚して、手探りで始めた居酒屋の経営に四苦八苦していたとき、娘に、男の子が生まれた。初孫の、君だ。うれしかった。「万歳」と叫んだ。
 
毎日、仕入れや仕込みの時間を割き、君に会いに行った。心が、恋人に会いに行くように、ときめいた。むぐむぐしたやわらかな手、口をすぼめたり顔をゆがめたり。見ても見ても見飽きない、君の百面相。君に、心癒され生きる希望をもらった。
 
ある日その思いを、佐賀県白石町が主催する「三十一文字(みそひともじ)コンテスト」に出した。佳作になり、歌が書かれた白磁板が届いた。
 
< 好物の 婿へのカツオは 口実で 会いたい見たい 初孫の顔 >
 
この額を、君が二十歳になる日、君の未来に贈ろう。君が生まれたあの日の感動を、君にずっと知っていてほしいから。
 
2020.06.27
啓仁(けいと)君へ
奈良のひいばあちゃん
「生まれました」
 
おじいさんから私にラインで知らせが届きました。2月3日、節分の日の午後1時38分でした。「あ、よかった!」と思っていると、その30分後には動画も届きました。私は生まれて30分くらいで君に会うことができました。お父さんがすぐにスマホで撮り、おじいさんが送ってくれたそうです。
 
まるまるとした男の子。おててをおくちのところに持っていったり、おめめを片方ずつ開けたり、おくちを動かしたり、かわいい! 生まれてすぐとは思うことができません。ありがとう! ひいばあちゃんは涙が出ました。
 
あなたのお父さんもお母さんもお医者だから少しは安心していましたが、やっぱり生まれてくれるまで心配でした。おじいさんの次のメールは、「節分の日ですねー。きかん坊かなあ!」でした。私は笑ってしまいました。節句の日で、鬼と戦うことでも想像したのでしょう。君もたくましい子になり、お兄さんの博仁(ひろと)君と仲良く育ってほしいと願っています。
 
あなたのお父さんが生まれたとき、ひいばあちゃんはタクシーでかけつけ、やっと安心したものです。今は違います。神奈川県海老名市と奈良は遠く離れていても、すぐに生まれてくれた君に会うことができるなんて驚きです。何回も何回もスマホのラインで見ています。一人ぼっちのひいばあちゃんにうれしさと勇気をくれています。
 
でもやっぱりこの手で君の小さなおててをさわってみたいなあ。
 
2020.06.20
いやされ、元気をもらい
森作典子
ゆりかちゃんが生まれたのは、予定日まで3週間あるからと40年ぶりにばあばがペルーへ海外旅行に旅立った翌日でした。じいじとパパ・ママ、そしてママの2人の妹はワンチームとなり、昼夜、悪戦苦闘。頑張りました。
 
ばあばが帰国すると、あなたは我が家ですやすやと眠っていました。それからは、ばあばが活躍する番。やっと腕の中で寝かせたあなたをふとんに置くと泣いていたのが昨日のことのようです。寝返りしたと喜び、ハイハイしたと喜び、つかまり立ちしたと喜び、離乳食を食べたと喜び、あっという間に10か月が過ぎました。
 
ママは毎日あなたの姿をSNSにアップしてくれます。「きょうのゆりちゃん見た?」とじいじとばあばの会話はあなたのお陰で増えました。先輩ばあばから孫は可愛いよと聞いていましたが、あなたの存在はそれ以上。時にいやされ、時に元気を与えてくれます。
 
4月から保育園に通うゆりかちゃん、今までみたいにたくさん会えないのはさびしいけれど、あなたの成長を楽しみにばあばも頑張るからね。
 
2020.06.13
初孫を見て
鈴村恵子
娘がアメリカ人男性と結婚した。すぐに孫が生まれると思っていたが、5年待ってやっと初孫の顔を見ることができた。とっても小さくて驚いた。体重が2,000グラムに届かず、隣で寝ている4,000グラムの赤ちゃんとあまりにも差があり、どうなることかと心配したが、入院期間が少し長引いただけで、すくすくと育っている。
 
外国人と思われるような顔だと思っていたが、娘によく似た孫である。1歳を過ぎて元気に公園遊びを楽しんでいる。日本に住んでいるが離れているので、頻繁には会うことはできない。しかし、携帯ビデオで日々の元気な姿を見られる。義理の息子の両親はアメリカに住んでおり、初孫であるので来日もしたが、彼らも頻繁に会うことができず寂しい思いをしているだろう。それでもパソコンでビデオ電話ができる便利な世の中になった。
 
孫は二重国籍で将来、自分で国籍を選択できると聞いているが、どちらを選択するにしても自分の意志ではっきり決められる、自己主張ができる子どもに成長してほしい。
 
英語をしゃべるのも自然なことになるだろうから、祖母の私も頑張って日常会話を習得しなければ。孫の成長が喜ばしいのと同時に自分自身の語学勉強の励みになっている。
 
2020.06.06
3世代へバトンタッチ
谷津裕子
現在私は64歳。21歳のとき長男を、24歳のとき長女を出産しました。私の両親は現在90歳ですが、二人とも元気で毎朝1時間くらいのお茶の時間を楽しんでいます。元気でいることに感謝です。
 
長女が生まれたとき、母は頭の手術で家にいませんでした。代わりに父が2歳の長男の食事、おむつ換え、お風呂などの世話をしてくれました。しかし、何よりつらかったのは「ママ、ママ」と泣きじゃくり、長男が泣きながら寝付くのを待っていることだったと後で聞きました。そのころは1週間の入院で、父は毎夜、長男をおぶって病院を訪れ、玄関をうろうろ。寝静まってから家に帰る日々でした。
 
現在、長男は43歳、長女は41歳になり、次の世代にバトンタッチする命の尊さを感じます。私に対する両親の気持ちもずいぶんと理解できるようになりました。どんなときにも見守ってくれるすごい存在と気づかされています。長男も長女も家庭を持ち、子どもも生まれました。彼らもいつか、親の気持ちを理解してくれるでしょう。一方で、私も両親に寄り添い、少しでも親孝行ができるような日々を過ごしていこうと思っています。
 
2020.05.30
ばあばは願う
まゆばあば
予定日より少し早くやってきた、りく君。パパに似て色白で、ママに似た笑顔でよく笑う。1週間に1回くらいのペースで、あつかましくも会いに行き、2時間ほど一緒に過ごす。今では、ばあばが帰るとき、足にしがみついて別れを惜しんでくれる。
 
きょうハイハイができました、つかまり立ちができました、歩きましたと、ママが報告してくれる。今は写真も動画もすぐに送ってもらえて見ることができる。なんて幸せ。
 
この春から保育園に入ることが決まり、ばあばとしては会える日が少なくなるのでさみしいよ。あっという間に大きくなって、やんちゃになっていくんだろうね。お友だちもたくさんできて、楽しく生活してほしいと願う。思いやりとやさしさを育んで。あなたたちの未来、世界が平和でありますように。まずは保育園で小さな社会を大切に。
 
思いっきり遊ぼう。いろんな人とふれ合おう。自身の感情のコントロールを学んでいこう。
 
そして、忘れずにばあばとも遊んでおくれ。
 
2020.05.23
未来は明るい
福ちゃん
初孫「諒太」の誕生は、とてもうれしく、家族で病院に面会に行きました。顔は真っ赤で、目鼻が確かに我が家の孫です。
 
が、その日に面会に行った全員が「インフルエンザ」にかかり、新パパ、ママを慌てさせました。退院後は、しばらく我が家で過ごす予定だったからです。でも新パパ、ママは見事にこの危機をのりきりました。
 
成長した「諒太」は、ことし3月13日中学校の卒業式でした。コロナウイルスの影響で中止の所もありましたが、先生方のお力により、無事行うことができました。写真を見ると全員マスク姿でしたが、堂々と行進して、多くの皆様方に支えられて大きくなったことを感じます。
 
この先何があっても大丈夫です。ばあちゃんは安心しました。
 
2020.05.16
14歳の息子へ
泣き虫ママ
あなたがおなかに宿って、この上ない幸せとともに、つわりがひどくて、出血も起こり、切迫流産だと言われ、不安な日々が続きました。点滴を受けながら、いつもあなたに語りかけていました。
 
「だいじょうぶだよ。心配いらないよ」「もしもあなたに病気や障害があったとしても、ママとパパが必ず幸せにするから、生まれておいで。あなたに会いたいよ」
 
帝王切開で3週間早く生まれたあなたの顔を見たとき、「やっと会えたね」と、うれしくて、ほっとして、涙が止まりませんでした。
 
よく食べるあなたはすくすく成長して、いつも2学年ぐらい上に見られましたね。人より苦手なことが多かったけれど、素直で明るかったあなたが、発達障害と適応障害に苦しみ、中学校へは通えなくなってしまいました。
 
不安に苦しむあなたを見ているのはつらいけど、あなたがあなたらしく、幸せに生きていくためには必要な時間なのだという気がします。
 
あなたと共に泣いたり笑ったりする毎日の全てが愛しくて、何度でも伝えたい言葉があります。
 
「生まれてきてくれて、ありがとう!」
 
2020.05.09
大好きなアコりん
すんちゃん
妊娠9か月、突然の早産で生まれたアコりん。2,980グラムで、全身が腫れてパンパン……。すぐに腹水をおなかから抜いてもらい、次の日、1,500グラムのアコりんを NICU(新生児集中治療室)の窓越しに見た。半分の体重になり、小さくてビックリしたけど、色白の目のパッチリしたアコりん。とっても可愛かった。
 
2か月後、退院してからはずっと一緒だったネ。あれから20年、ことしは成人式を迎えました。先日、成人式の写真撮影の前撮りに行き、感激して何度も涙が……。20年間、ばあちゃんにたくさんの楽しかった思い出をありがとう。お手紙も3歳のときから20歳までたくさんくれてありがとう。今は大学生になり、毎日忙しいので、そんなに会えないネ。でも会ったときは、ずっと変わらず優しくて可愛くて、ばあちゃんはアコりんにメロメロです。
 
ばあちゃんは今66歳。アコりんが結婚して、アコりんそっくりな赤ちゃんを見れるまで元気でいますよ。素敵な20歳の女性になってくれてありがとう。
 
アコりん、大好きだよ。
 
2020.05.02
望君へ
まきばあちゃん
「かわいらしいなあ、大きな手してるなあ、大きな子に、育ってくれるんやろうなあ」
 
一昨年7月17日、じいちゃんとばあちゃんは、生まれてすぐの望(のぞむ)君に会わせてもらいました。まだ、片目をつむったままで、体を動かせていました。産着を着せてもらった望君に会って10日後、じいちゃんは天国に逝ってしまいました。
 
1歳10か月になった今、よく食べて、よく遊んで、よく寝て、ニコニコと笑顔いっぱいの望君……。じいちゃんは、天国から目を細めて見ていることでしょう。ああ、だっこしてあげたい。遊んであげたいと思っているでしょう。
 
望君のお姉ちゃんの、咲(さき)ちゃん、萌(めい)ちゃんは、「むーちゃん、むーちゃん」と望君のことを、とても可愛がってくれてます。そのうちに、また、いたずらが過ぎて、怒られる日も来ると思うけど、ずっと仲のよい3姉弟でいてくれると思っています。
 
望君の笑顔は、宝物です。その笑顔でまわりのみんなを幸せにしてね。元気で、大きくなってね。
 
じいちゃん、ばあちゃんより
 
2020.04.25
大好きな弘(こう)君へ
田中道子
バァバは、30年ほど前にジィジの仕事で、弘君と同じ位の年齢の息子、辰(たっ)ちゃんを連れて、南インドに住んでいたことがあります。40度を超す猛暑と、度々の停電。安全な水と食料の確保に日々格闘していました。そんなバァバの前に現れたのが、子守りのデヴィさんでした。
 
面接の日、サリー姿で肌の色も違うデヴィさんに辰ちゃんは、泣きもせずすぐ抱っこされ笑ったのです。それだけのことで、バァバの心の緊張と不安がぱっと晴れたのを、今でも覚えています。その日から、デヴィさんは、辰ちゃんを我が子のように世話をしてくれました。
 
最近、弘君といると、デヴィさんのことを思い出します。大理石の床にあぐらをかき、辰ちゃんを抱きながら、穏やかに楽しそうに笑っているデヴィさん。外では他の子守りさんたちに辰ちゃんの自慢話ばかりするデヴィさん。数年後、私たちの帰国が決まってからの寂しそうなデヴィさん。まるで今のバァバのようですね。
 
バァバはデヴィさんに心から感謝をしながら、弘君の子守りを愛情と責任をもって頑張りたいと思っています。でも一つだけ。辰ちゃんになかった、弘君のイヤイヤ期への対処。心の中のデヴィさんに尋ねても答えてくれません。弘君、どうかお手柔らかにね。
 
2020.04.18
賢聖(けんせい)の逆襲
佐藤真弓
バレンタインデー生まれのケンケン(賢聖)は、ちょうど1歳。2歳違いのねぇねはとても焼きもちやき。おもちゃで遊んでいると取り上げる。ママの抱っこも割り込んで来る。ケンケンのお菓子は横取りして食べてしまう。なんてお姉ちゃんだ。
 
でも、ケンケンだっていつまでも赤ちゃんじゃないんだよ。最近、リビングにあるジャングルジムの滑り台を登っていけるようになった。登った先にねぇねが立っている。案の定、「何しに来たの?邪魔だよ!」とばかりに足で蹴ってきた。いつもはやられっぱなしのケンケンが短い手を伸ばし、一発くらわした。ペシ!
 
「ボクは男だ。もう1歳だ」
 
びっくりしたねぇねが泣いた。ママとババちゃまは、爆笑してしまった。あまりに素早い逆襲に笑いが止まらない。ねぇねはますます泣いている。ケンケンは何がなんだかわからないらしく、皆を見回している。もうすぐあんよだってできるよね。
 
でも、去年ケンケンが風邪をこじらせて入院したとき、我慢してお留守番してくれたねぇね。ねぇねもお熱が出て辛かったのに頑張ってくれたんだよね。パパもママも皆も忘れないよ!大きくなったらきっとケンケンがねぇねを守ってくれるよ!だから仲良くしてね。
 
2020.04.11
天国へ逝った子どもたちへ
宮本喜久子
昭和30年、34年と2人の娘を死産でなくしたとき「女の子には、縁がないのやなあ」と、慰めてくれた母。しかし昭和35年に女の子が授かりました。
 
あれから60年。還暦をむかえた娘は、子ども2人、孫3人のおばあちゃんになりました。天国へ行った姉たちが守ってくれたおかげです。けれどその時は60年先のことを誰が予想するでしょう。
 
私は現在、孫が6人、曾孫4人、卒寿(90歳)になりました。私は予想致しません、また出来ません。けれども、100歳にむかって一段一段のぼるように生かされることをこの目で確かめながら、孫やひ孫の成長をこの目で見守って送っていきたいと考えています。
 
年毎に 孫の写真の年賀状
手にした我は 幸(しあわせ)祈る
 
一人暮らしの私に娘から毎朝電話で、食事のこと、歩くこと、けがをしないようにと励まされながら万歩計をもって歩いています。
 
2020.04.04
すくすく元気に
お山のバーバ
娘の女孫、千恵ちゃんは4歳、息子の男孫、和輝君は3歳。待ちに待った孫たちの誕生は、それぞれに容易なものではありませんでした。
 
2人ともに、娘と息子が結婚5年目に誕生しました。女孫は臨月まで逆子が元に戻らず、帝王切開で生まれましたが、すぐに新生児集中治療室(NICU)に入り、ママより遅れての退院となり、ママとバーバは授乳のために、毎日病院へと通いました。男孫は日曜夕方から陣痛が始まり、自然分娩準備中に赤ちゃんの鼓動微弱が生じ、急きょ帝王切開に。ママは大量出血のために、輸血。高熱が下がらず入院が長引きました。まさに「出産は命がけ」を痛感した日々……。ご先祖様や、神仏様にどれだけお願いをしたことでしょう。
 
千恵ちゃんや、和輝君の可愛い一挙手一投足に、6人の祖父母はたくさんの活力をいただきつつも、かなうことなら、あなたたちの成人式を元気で共にお祝いできたらと願う毎日です。素直で明るく成長していく二人の笑顔に接する都度、あなたたちのパパとママには、心より感謝しております。
 
元気に生まれてきてくれて、本当にありがとうね!!
 
2020.03.28
わたしのおなかのなかの赤ちゃんへ
榛葉智子
わたしのおなかのなかで元気に動き回っている赤ちゃん、おはよう。いつもたくさん動いて、心配性のわたしに、きょうも元気だよって、心配しないでって、伝えてくれてありがとう。生まれる前からとってもお母さん思いだね。
 
あなたには、ほんとはお兄ちゃんかお姉ちゃんがいたね。昨年10月。待望の第1子が誕生するはずだったその月に、あなたはわたしたち夫婦の悲しみを癒すかのように、エコーに1センチほどの体をちょこっと映してくれたよね。わたしはそのときにね、赤ちゃんが、悲しむわたしたち夫婦をみかねて戻ってきてくれたのかなって思ったの。それとも、あのときの赤ちゃんに天国から見送られて、あなたは来てくれた子なのかな?
 
そんなとりとめのないことを、わたしは毎日、幸せな気持ちで思い巡らせているよ。わたしにとってあなたたちを身籠もるのは、一筋縄ではいかないことでした。だけどそれってきっと、わたしにとって、とても大切なことだからなんだね。マイペースなわたしを、わたしに合ったペースで、少しずつお母さんにしてくれて、ありがとう。
 
きょうも、とってもとっても元気だね。
 
2020.03.21
結希ちゃんへ
東京のばあば
パパ、ママは結婚して7年たっても赤ちゃんができなかったのね。そこでパパ、ママは、一生懸命赤ちゃんができるよう病院に通ったの。そのたびにママは腕に注射をして、めまいがしたり、気持ち悪くなるような思いをしてきたの。そんな大変な思いを週に2~3回、1年くらい続けてきたのね。
 
そしたらとうとう「○○日、出産予定だよ」とママから電話があり、ばあばも涙を流して喜んだの。予定日近くになると、ママは象のように足がむくんでしまい歩くのもつらく、ばあばも見ていて可哀そうになったの。これは少しおかしいとすぐに病院に向かい、すぐに入院しました。
 
そしてついに次の日に大望の赤ちゃんが生まれました。パパもママもすごく喜びました。本当にドラマのような結びつきで、パパとママの希望で生まれてきたので、結ぶ希望で、結希(ゆき)という名前をつけました。
 
今ではすくすく大きくなって4歳になりました。おばちゃんたちの子どもとも仲良く楽しく遊んでいて、皆でこれからの成長を楽しみにしているね。
 
2020.03.14
ちひろとゆうと
ちかぞう
ちひろは生まれる前に普通より小さいことがわかり、母である私は即入院。逆子だったこともあり帝王切開が決まり、1,800グラムで生まれ、新生児集中治療室(NICU)に入りました。1か月入院し、ある夜中に保育器が足らないからと、2,200グラムでいきなり退院。不安な育児スタートでした。小さいながらも無事育ったと思ったら脳腫瘍が見つかり、手術になりました。幸い良性でしたが、女の子なのに今も薄毛です。
 
下の息子、ゆうとは、普通に生まれたもののアレルギーがあり、粉ミルクがだめでした。耳も真珠腫性中耳炎になり、大きくなってから3回手術しました。
 
でも今は、ちひろは大好きなサッカーに関われるJFLのチームにスタッフとして就職が決まり、ゆうとは希望の大学に受かり一人暮らしをしています。
 
人生ほんまにいろいろありますが、おかあさんが笑顔でいれば大丈夫! みなさんの幸せを祈ります。
 
2020.03.07
誕生、おめでとう。そして、ありがとう。
冠名(かんな)
春、大好きなヨットに2日間だけ乗りました。大好きなお酒を1週間だけ飲みました。大好きな人たちに会いに、BARをハシゴしました。それから再度挑んだ、不妊治療でした。
 
まさか、こんなに早く、あなたに会えるなんて思ってもいなかった。どこかで神さまが手のひらを返すんじゃないかと、ずっとビクビクしていたけれど……。予定日よりは1か月早いけど、ちゃんと最後まで仕事をさせてくれて、産休に入ってからの1週間で、会いたかった友人にも会わせてくれたね。待っていてくれて、ありがとう。
 
小さなお姉ちゃんも、あなたの誕生を見守ってくれたよ。あなたが生まれてからは、毎日ベビーベッドを指さしお話ししてる。
 
和空(わく)
 
あなたが生きるこれからの時代も、どうか平和な空が続きますように。この空のように、広く大きく、自由に生きていってください。誕生、そして退院おめでとう。そして、ありがとう。
 
母の私よりたくましい男に……なれるかな?。
 
2020.02.29
みっちゃんとりっちゃん
新米ばあば
昨年、待望の孫が誕生しました。それも男の子2人です。2月の寒いころ、長女のところにみっちゃんが生まれました。みっちゃんは緊急の帝王切開で生まれたので、小さい赤ちゃんでした。ミルクを飲む力が弱く、パパもママも昼夜の別なく世話をしました。今は10か月の元気な男の子に成長しました。
 
そして、8月の猛暑のころ、長男のところに、りっちゃんが生まれました。りっちゃんはママのおなかの中が気持ちよいのか、なかなか生まれず、先生が2人がかりで介助し生まれてきました。先日の100日目のお食い初めでは、ばあばの腕がしびれるほど重くなっていました。
 
生まれ方も成長の様子も違いますが、それも二人の個性かなと思います。ママたちがスマホに送ってきてくれる二人の写真を見ていると、夜は癒されよく眠れます。朝は二人から元気をもらい、きょうも頑張ろうと思います。みっちゃんは県外にいるので、りっちゃんと2人でいつ会えるかな。その日を楽しみにしています。
 
2020.02.22
わおに贈る応援歌
カズリン
WOW!(ダブリュー・オー・ダブリュー) WOW! わおっち わおっち
 
メロディをつけ、何度歌ったことか。これは、ママと私の口から自然に生まれた、初孫わおへの応援歌。声に出さずにはいられないほど二人で励まし合い、わおを育ててきました。
 
ママはシングルマザー。それがわかった時は奈落の底に突き落とされました。立ち直れたのは、健診に付き添い、エコー映像を見せられた時の医師の一言でした。
 
「おばあちゃんに手を振っていますよ」
 
まだ数センチの胎児が、あたかも「待っててね」と呼びかけているように思えたのです。孫を育てるためには落ち込んでいられない。気持ちの切り替えができました。
 
わおは1歳になりました。ママは産後2か月で職場復帰したので、保育園に預けるまでの5か月を私が担当しました。40年ぶりの育児はとまどいましたが、孫というより私の子という思いで育ててきたのでつらくはなかったです。逆に、わおからは元気と癒しをもらって育児を2倍楽しめました。夫亡き今、わおにとっての祖父母は私ひとり。成長をじっくり見守ってあげたいです。
 
愛くるしいわおも、将来悩む時が出てくるでしょう。私は歌いながら応援します。
 
WOW! WOW! わおっち わおっち
 
2020.02.15
子どもに大事にしてほしいこと
太子東中3年 小椋心暖(こころ)
今回は、兵庫県太子町立太子東中学校から寄せられた手紙です。家庭科の「保育」の授業で「将来、仮に子どもを望んで授かったとしたらどんな家庭でどんな子育てをしたいか」のテーマで生徒が書きました。
18歳になると、結婚や就職など、多くのことを自分で考えなければならなくなります。私はまだ、たくさんの世界を見たいので22歳になって子どもを授かりたいと思っています。
 
昔は、戦争により、やりたいこともできない時代があったけれど、今はやりたければできる時代です。なので、私は子どもに自分がしたい、やりたいことを進んでやってほしいと思います。「できない、無理」という意識に縛られることなく、自由に大きく精一杯生きてほしいです。
 
私は、学校ではそこまで目立っている存在ではありません。しかし、人に優しく、寄り添ってあげることをいつも心がけています。子どもにはそうした、何かしらの自分の特徴や良いところ見つけてほしいです。他の人の良いところを見つけるのも大事ですが、自分の良いところを見つけることで、生きる価値に気づき、生きることの大切さを知ってほしいです。
 
元気に生まれて、良い人生を歩んでほしいです。
 
2020.02.08
我が家のエンジェル
もうすぐ小学生、楽しみなバァバ
孫はアンジェルマン症候群という2万人に1人の、言葉が出ない、今は歩けない障害児です。同じ仲間はエンジェルちゃんと呼ばれ、笑顔が得意な子どもたちです。
 
保育園に入園した当時は、お友だちに迷惑をかけないか、嫌な思いをさせないか心配でした。しかし、理解ある園長のもと、保育士さんたちがお友だちといっしょにできるよういろいろと考えてくださり、お友だちと楽しそうにふれあっている姿を見るにつけ、うれしく胸いっぱいになります。来年は小学生になります。今はつかまり立ちができ、両手を支えると、一歩、一歩、もう少しでいっしょに歩けると、待ち遠しいです。
 
不安ないらだち、いろいろな葛藤もありますが、助けていただく多くの皆様に感謝を忘れず、両親が見守るやさしいまなざしがずっと続くよう願っています。精いっぱいの笑顔の孫に、元気をくれ、笑顔にしてくれてありがとう、の思いです。
 
2020.02.01
3人のかっかになれて幸せ
かっか
二人姉妹の私が3人のお母さんになった。最初は念願の女の子、そして次は男の子、やっぱり同性の妹弟がいた方がええなぁとなり、ツワリが酷いのを乗り越え男の子が生まれ、3人のお母さんになった!
 
お母さんではなく、「かっか」と呼ばれ、寝る前は、きょうはかっか私の、僕の、隣で寝て、かっかきょうはこの本を読んで、かっか眠れないから手をつないで……。
 
中学、高校に入れば、かっか今度の日曜日に試合が入った、かっかきょうのシュート見た? かっか試合のダメ出しせんといて……。
 
趣味は子どものスポーツの追っかけですと言ってたのに、子どもたちも大きくなり、子どもの追っかけも無くなり、かっか!かっか!と呼ばれなくなり寂しい。
 
あ~!ウルサイ!早く一人で寝て!買い物一人で行かせて!一人でゆっくりお茶させて!--とずっと願ってたのに、かっか!かっか!と呼ばれて、あの時が一番幸せやってんなぁ……。
 
3人のお母さんになれて、ほんまは幸せやったの子育て必死やったから分からんかったけど、今なら分かるわ。そしたら子どもたちも親になった時、幸せな気持ち分かるかなぁ~。
 
2020.01.25
ありがとう
りん
2月26日、予定日より2週間早くユウは生まれましたね。妊婦健診の時から、平均よりも小さいと言われ続けたから、早く生まれた時は心配したけど、元気な産声を上げて生まれてきてくれて、安心したしうれしかったよ。辛かったつわりの通院も、陣痛の痛みも吹き飛んだのを覚えてます。
 
退院してからは、初めての育児に慣れず泣いたりしたこともあったし、逃げたい時もあったけど、日々成長していくユウを見て、お母さんも成長できるように頑張らな!って思いました。
 
日に日に可愛さが増してきて、ユウが笑うと周りのみんなも幸せな気分になって、お母さんの人生の中で一番幸せな時やなーと思っています。
 
生まれてきてくれてほんとにありがとう!。これからユウが大きくなって色んな壁にぶち当たることもあるやろうけど、お母さんも迷いながら手助けできたら良いなぁと思います。みんなから愛される人になってくれること、そして何よりも健康に育ってくれることを願ってます。
 
2020.01.18
百花(ももか)ちゃんへ
西佳美
あなたがママのおなかに宿ったと知ったとき、バアバは思わず「ヤッター」と叫びたいくらいうれしかったです。
 
でも少し心配はありました。ママの年齢は39歳、いわゆる高齢出産です。でもそんな心配をよそに、あなたは一昨年7月、無事、元気な姿で生まれてくれました。バアバは、今まで生きてきたなかで一番幸せと思いました。
 
アレ、どこかのアスリートのコメントのような。うれしくて、うれしくて半時間くらい涙が止まりませんでした。そして、世の中のあらゆる物に感謝しました。立っている電柱にさえ、お礼をしたいような(笑)。
 
あれから1年3か月、あなたはちょっとやんちゃで、男の子みたいで、ママは育児におおわらわだけれど、これからも元気ですくすく育ってね。
 
百花ちゃん、生まれてきてくれて、ほんとうにありがとう。
 
2020.01.11
(かえで)ちゃんへ
ばあば
楓ちゃんは7か月の女の子です。お兄ちゃんの旭(あさひ)くんと仲良く大きくなあれと、ばあばは願っています。ばあばは、ママがあなたを産んだときのことを知ってほしく、未来への手紙に託します。
 
ママの出産にはパパが付き添いました。生まれたら連絡が入る予定でしたが、なかなかありません。分娩室にママが入るのを見届けて、じいじたちは戻ってきたのに、何か起こったのかと心配になっていました。旭くんもこの夜は寝つきが悪く、ばあばはずっと抱いていました。
 
ようやくパパから電話がありました。楓ちゃんは、真夜中に大きな産声をあげて元気に生まれてきました。しかし、ママはあなたを産んだ後の出血が止まらず意識がなくなり、救命救急センターへ搬送されました。先生たちの懸命な治療のおかげで一命を取りとめ意識が戻りました。やっとママの容態が落ち着いたので、電話をかけたとパパは話しました。
 
その後はママも順調に回復し、母子そろって退院できました。ママの命は皆に助けていただいた命。楓ちゃんが、命がけでもらった命を大事に力強く生きてくれることを、ばあばは願っています。
 
2020.01.04
倫太朗君へ
(つかさ)じーちゃん
今か今かと待っていたよ。予定日よりも2日遅れて生まれ、誕生日がパパと一緒になったね。上手に生まれたね。
 
パパとママ、それに翔太朗兄ちゃん、じーちゃん、ばーちゃん
皆楽しみにしていましたよ。よく我が家族になってくれました。これから何があっても皆で協力して、力を合わせて頑張っていこうね。特に翔兄ちゃんとは仲良くして、兄弟で力を合わせてどんな困難も乗り越えていってほしいです。それから、君には伯父さん、伯母さん、いとこもたくさんいますよ。皆会えるのを楽しみにしていますよ。
 
しかし、とにかく今はおっぱいをたくさん飲んで、ぐっすり眠って、大きな声で泣いて、健康に育ってくれることを願っています。じーちゃんも長生きをして、君の成長を見守りたいと思っています。できれば一緒に酒が飲めるまで生きたいなあと願っていますが。
 
とにかく生まれてきてくれてありがとう。成長が楽しみです。これからよろしくね。
 
 
2019.12.28
壱佳(いちか)
佐藤美都子
もうすぐ1年。私の可愛い孫娘壱佳は、誕生日から6か月目を迎えることなく旅立ちました。キリッとさえた夜、お月様も見守っていました。かぐや姫のように逝ってしまいました。壱佳は、心臓に疾患があり、3か月の間に6回の手術、小さい体はよく頑張りました。
 
看護師さんたちには、いっちゃんと呼ばれ、枕元には手作りクラフトがたくさん。動物、気球、ハロウィン飾りなど。身体にチューブが入ってるので声は出せないけれど、ありがとうの代わりに大きな黒い瞳で見つめ、小さな手でギュッと握ってくれたそうです。みんなから、愛をもらい、愛を返してくれた、天使でした。
 
旅立つ3日前、ママは二人だけの時間を作ってくれました。いっぱいお話したね。ばあちゃんの指をずっと握っていてくれました。ありがとう。緊張気味のお兄ちゃんにも抱っこされ、最期はママの腕の中で逝きました。旅立ちの晴れ着はママの七五三の着物。とっても似合っていたよ。ピンクの髪飾りも付けて。
 
逝ってから1年。あなたは今も一緒に生きています。お兄ちゃんと、学校にも行っています。ランドセルに壱佳の写真いりキーホルダーを付けて。写真には壱佳の手元が写り、隣で一緒に勉強しているのでしょうか。同じ位の女の子をみると壱佳を重ねて、微笑んでしまいます。ずっと忘れない。壱佳は、いつも一緒。
 
愛をありがとう。
 
2019.12.21
3元号家族の君へ
石田恵子
12月上旬に初孫が生まれる予定。
 
最近の検診は目を見張る。見えないはずのおなかの中が見える。4Dエコーと言って立体的に胎児の姿が見られるのだ。生まれる前から姿形のある記念写真。画像はギリシャ神話の彫像のようだ。
 
自分の孫と思うとゼウスのように見えてしまうから面白い。この世に出る前の自分の姿を見せられた時、子どもはどんな感想を持つのだろうか。その子どもの父親・私の息子は31歳。生まれたのは昭和があと2週間で終わる頃だ。お嫁さんは同学年だが平成元年3月生まれ。息子たちの学年は唯一同学年に二つの元号が混在する世代。そして孫も31年振りに同学年に元号が二つ混在する世代になる。
 
パパが昭和最後の年、ママが平成元年、そしてきみが令和元年。
3人がちょうど区切りのよい記念すべき年代の揃った家族になる。
 
もう少しで会える初孫くん。偶然とはいえ元年に生まれる君はやはり意味のあるものを背負って生まれてくるのだと思う。これから100年続く人生と未来を抱えて生まれてくるんだね。では初めて君に会えると聞いた時に作った短歌を贈ります。
 
5週目と 子が告げてより 毎日は 去るものではなく 積むものとなり
 
2019.12.14
晴太郎ちゃんへ
石岡のばばとじじ
晴太郎ちゃん、生まれてきてくれてありがとう。じじとばばは、ほんとうにうれしく、日々あなたのことを思っています。あなたのお父さん、お母さんに、命名について助言したことはなかったので、名前を聞いたときは、つながっていると思い、おもわず胸に手を当てていました。
 
ばばは中学と高校を浦和の学校に通うため、母方の叔父様の家で生活させてもらいました。その叔父様の名前が「晴太郎」でした。人生の多感な時期にほんとうに良くしてくれ、浦和での思い出は、楽しく、励みになっていました。これが絆としみじみ思います。ご先祖様の残してくれた絆は、こうやって受け継がれていくのですね。
 
晴太郎ちゃん、あなたは、このような幸福の背景のもとに生を受けて、これからの人生を歩んでいくのですね。じじとばばに、長生きして、見守らせてね。
 
2019.12.07
「のぞみ」と「ひかる」
大阪のあーちゃん
待望だったの2人目が後期流産で亡くなった時、神々しい光りに見えたので、ママは「ひかる」と名付けました。
 
ひかるを火葬する日、お兄ちゃんののぞみはいつも通り元気に保育所に行きました。荼毘(だび)に付した翌日、そんなのぞみに悪性腫瘍が見つかりました。朝からおなかが痛いと泣き出し、悲しむ余裕もないまま入院となり、これから長丁場の治療の戦いが始まります。
 
あーちゃんはお兄ちゃんの代わりにひかるが天国に行ってくれたと思っています。神がかり的な兄弟愛を、近代医学の力を、信じています。絶対元気になって、いとこの「凌平兄に(りょうへいにいに)」と、また、大好きな公園を走りまわろうネ!
 
2019.11.30
「かっちゃん、こんにちは」
かっちゃん
周りの友だちは、みんなお孫さんがいるのに、私はなかなかおばあちゃんになれませんでした。待ちに待って誕生したのが、丸々とした元気な翠(みどり)ちゃんでした。ようやく、孫話の仲間入りができると、とてもうれしかったです。
 
でも、翠ちゃんが生まれる3年前に私の夫が亡くなり、その後たった一人になった身内の私の弟も亡くなり、喜び合う身内がいなくて残念でした。私のことを「かっちゃん」と呼んでくれた人は一人もいなくなってしまいました。
 
そうだ! 翠ちゃんに「おばあちゃん」ではなく「かっちゃん」と呼んでもらおうと思いました。近ごろ、おしゃべりが達者になった翠ちゃんに「かっちゃん、こんにちは!」とあいさつされて感激でした。
 
これからもかっちゃんと仲良くしてくださいネ。アンパンマンショーに行ったり、おいしい物を食べに行ったりしようネ。翠ちゃんはかっちゃんの元気の源です。
 
2019.11.23
瑠璃色の人生を
(しん)ちゃん
ことし、令和元年9月初旬が出産予定日だったから、まだもう少し、私ものんびりしていた8月半ばのお盆。酷い腰痛で検診のあと、再び診察へ行っているとの連絡を受け気が気ではなかったの。思いもよらぬ水腎症との診断で、2日間飲まず眠れず、痛みでのたうち回る我が子を見て、本当に可哀そうで代わってやりたかった。
 
そんな中、緊急帝王切開になり、2,618グラムで生まれた「るか」ちゃん。すぐにNICU(新生児集中治療室)に運ばれ、黄だんの治療をしたり、体重がなかなか増えなかったり。
 
心配ごとは次々起こります。でも不妊治療の末、子どもを授かった我が子が、新たに命を生み出し奮闘するのをハラハラして見守り励ますのは、何だか不思議で誇らしい気持ちです。
 
るかちゃん、もう少し大きくなったら、ばぁばが面白いお話いっぱいしてあげるね。歌も歌って一緒に踊ろうね。世の中の美しいものをたくさん見ようね。そうしてあなたの人生が、彩り豊かになることを願っています。
 
瑠璃(るり)色の輝きを放つ人生があなたを待ち受けています。小さな女の子だったあなたのママが強くたくましくなっていったように、たくさんの愛を受けてすくすくと大きくなっていってね。あなたに「ばぁば」と呼ばれるのを楽しみにしています。
 
2019.11.16
笑顔が素敵なあなたへ
まるちゃん
あなたが生まれたのは桜が満開の快晴の日。おなかにいるときから親孝行だったあなた。つわりもなく陣痛がきてからあっという間のスピード出産だったんだよ。
 
思ったより小さめで腕にすっぽり入ったあなたをみて、命の尊さと強さを知ったよ。おっぱいもたくさんのんですくすく育ってくれて、お兄ちゃんのまねしていいこともいたずらも覚えていったね。
 
あなたが生まれて半年でお父さんが単身赴任になって、一人での育児に疲れたときも、満面の笑みで笑いかけてくれたね。お父さんが帰ってきたときは、最高の笑顔で足元にしがみつきにいくあなたを見てると、お母さんも頑張らなきゃってエールをもらった気持ちになるよ。
 
あなたの可愛い笑い声やおぼつかない歩き方、小さなあったかい手に触れながらいつも元気もらってるよ。ありがとう。これからもそのあなたの笑顔でたくさんの人に幸せを届けてほしいなぁ。
 
生まれてきてくれてありがとう。
 
2019.11.09
2歳になった悠太朗君へ
我孫子のばんちゃん
あなたが2017年8月14日、お盆のど真ん中に生まれてから2年が過ぎました。元気に大きく育ってくれてうれしいです。
 
2015年8月30日に明治神宮でお父さんとお母さんは結婚式を挙げました。お母さんはとっても赤ちゃんがほしかったので、あなたがおなかにできたときは大喜び! でも、お母さんのおなかの中は心配なことがいっぱいで、あなたが無事に育ってくれるかどうか心配でした。まだ小さいうちに早く生まれそうになったので、5月からお母さんは入院しました。お父さんは会社がお休みのとき、甲府から東京の病院まで通いました。
 
日立のじいじとばあばは、ずっと無事を祈っていました。ばんちゃんは一生懸命「般若心経」を書いて、じんちゃんとお釈迦様に赤ちゃんが無事に育ってくれるようにお願いしました。お母さんは入院中、病院から出される食べ物以外は一切口にしませんでした。「もし赤ちゃんに何かあったら」。その意志と愛情の強さには本当にびっくりしました。
 
17年8月14日あなたが生まれた日、ばあばとお父さんとばんちゃんの3人が病室で待っていると、看護師さんが「9時51分、3,103グラムの男のお子さんが無事生まれました」と知らせてくださって、本当にうれしく、また、ホッとしました。
 
それからあなたはずっと元気でいい子に育ってくれて、あんなにみんなが心配したことを忘れそうなので、お父さんとお母さんが、どんなに心配しながらあなたが無事に生まれてくることを願っていたかを、忘れないように書いておくことにしました。
 
2019.11.02
じぃじの正夢
作田典子
じぃじは、ゆうちゃんが生まれてくる3か月半前に、重い肺気腫で彼岸に旅立ってしまったの。だけどあなたのお母さんが妊娠したときには、一番に知らせていましたからね。
 
その時じぃじは、医師から生命の期限を告げられ、酸素ボンベをつけていても苦しそうだったの。それなのに、「それは良かった。初孫だ」と笑みを浮かべ、翌朝目を覚ますなり「生まれてくるのは女の子だ」と、自信ありげに言うの。久しぶりに聞くその口調に、ばぁばも同調し、「さっそく孫の夢ですか? 男の子のお印はなかったのね」と言うと、じぃじはニヤリとして、「これで血は繋がるし、子ども好きのあなたは元気に生きていける。もう何も心配することはない」と言ったの。思ってもみない展開に胸がいぱいになり、じぃじの手を握り締め額に当てちゃったら、じぃじがそっと握り返してくれたの。
 
じぃじの夢は正夢だったようで、可愛い孫娘を授かりました。公務員だったじぃじは、穏やかな人だったんだけど頑固な面があり、そんな場面に出合うたび、ばぁばはムッとしてきたの。だけど最近、「あの頑固」にばぁばはずっと守られてきたのではないかと思うようになったの。おかげさまでことし、元気にじぃじの三回忌を迎えることができました。
 
ゆうちゃん、生まれてきてくれてありがとう。
 
2019.10.26
お兄ちゃんになった大翔(だいと)君へ
三浦信子
「おーい! ちゃんちゃーん」と、2歳の大翔君はママの大きなおなかに呼び掛けていたね。その声はちゃんと届いていたみたい。妹の悠乃(ゆの)ちゃんが生まれて3か月、大翔君が顔を近づけると、悠乃ちゃんはにこにこ笑顔になるし、「ガオー」って恐竜に変身すると、びっくりして目をぱちぱちさせます。
 
そんな2人を見てバアバはありがたく幸せに思っています。2年前、大翔君が生まれた同じ月に、ひいおばあさんが、突然入院することになりました。ママや大翔君のことも心配でしたが、バアバは、遠くで一人暮らしをしていたひいおばあさんのところへ駆けつけました。看病しながら、ママが送ってくれる大翔君の写真や動画にどんなに癒されたことでしょう。
 
でも、日々成長する大翔君と入れ替わるように、ひいおばあさんの命の火が少しずつ燃え尽きていきました。その時のことを思い出します。
 
最近の悠乃ちゃんは「うーあー」と、とってもおしゃべりでよく笑います。寝返りをしようと手足をバタバタ動かします。ああ、大翔君もこの時期そうだったのかと、一緒にいられなかった時を重ね合わせます。そして、心の中でひいおばあさんをしのびます。
 
大翔君の最近のお得意はジャンプすること。名前の通り未来に向かって大きくとんでね。応援しているよ。
 
2019.10.19
「白血病」になったハルヤ君へ
心配性のばぁば
可愛い盛りの3歳のハルちゃんが「白血病」で入院して2か月が過ぎました。じいじとばあばは病名を聞いたとき、頭はまっ白、悪夢をみているのかと思いました。風邪だと思っていたのに、様子がおかしく血液検査をしたら、即入院。
 
つらい検査の1週間。化学療法とステロイド剤の治療で、白血球の値が落ち着き、一時退院したら今度は40度の熱が10日間上がり下がりし、治療は一時中止。原因がはっきり分からず、じいじもばあばも随分心配したけど、ママは何倍も心配し、泣いていました。
 
今は熱も下がり、笑顔を見せてくれているけど、ステロイド剤の影響で顔はむくみ、化学療法や骨髄の検査の後は、とてもだるそうにしているハルちゃん。ほとんどベッドの上なので、足は細く筋力も弱っています。痛々しくて、なぜ神様仏様は、ばあばではなくハルちゃんに苛酷な試練を与えたのか、悔しいです。
 
神社にお参りし、毎晩神様ご先祖様に感謝し、ハルちゃんの病気の完治と病気をはね返す力をお授けくださいと、お祈りしています。パパ、ママとお兄ちゃんは、ハルちゃんのために一生懸命頑張っています。ばあばもできるだけ、サポートするわよ! ママは泣くことが多かったけど、笑う方がハルちゃんのために良いよと言いました。
 
ハルちゃんガンバレ!みんなついているよー。
 
2019.10.12
大きな夢をありがとう
望月玉代
大きなお目々に、大きなお口。あっ、もしかして、お鼻がペチャンコかも……。
 
わたしが長女のママのおなかの中を写した画像を、初めて確認したときの正直な感想です。そして数か月後、そっくり同じ、かわいらしい初孫をこの腕に抱いたときの感動と興奮が今、しみじみと思い起こされます。当時のわたしは有頂天で、ベビーカーへ乗せては近くの川辺りを散歩したり、知る限りの童謡を歌って聴かせたり、絵本を読んで寝かしつけたりしたものです。
 
ママとタイ人のパパはチェンマイで恋に落ち、誕生した孫娘はエキゾチックな風貌で、成人して京都の大学へ行っている今は、長身ですらっとしたモデル体型に成長しました。自然体でほんわかとした性格は変わらず、敬老の日には動物の壁掛けをプレゼントしてくれたりします。
 
哲学を専攻したというあなたですが、今後はどんな夢をばあばに見せてくれることでしょうね。
 
2019.10.05
「華(はな)」ちゃんの生まれた日
阿久津ばあちゃん
平成最後の子か、それとも令和元年の子かと大人たちが騒ぐ中、2人兄弟の龍(たっ)ちゃんと、翔(しょう)ちゃんは、冷静にその日を待っていました。4月24日。予定日より5日早く、しかも、ひいおじいちゃんと誕生日が同じというプレミアム付きでやってきたのです。待ちに待った女の子。パパとママと龍ちゃんと翔ちゃんの4人で考えていた名前が付けられました。「華」ちゃんです。
 
日本中が、長期ゴールデンウィークでにぎわっているころ、小学2年生の龍ちゃんと、幼稚園年中組の翔ちゃんは、パパの実家で過ごしていました。ママのいない寂しさと、きょうからお兄ちゃんになるというプレッシャーに、小さな胸はつぶれそうでした。赤ちゃんを抱っこしてママが帰ってきた時はうれしかったけれど、翔ちゃんは、ママが、いつものママではないみたいで泣いてしまいました。龍ちゃんは、「華ちゃん、華ちゃん」と頭をなでなでして、ママと赤ちゃんから、ひと時も離れませんでした。
 
大きな家に引っ越して、きょうからは5人家族です。さぞかしにぎやかな家になることでしょう。華ちゃんは、慎重派と行動派の2人のお兄ちゃんをお手本に、たくましく育っていくことでしょう。ママのオッパイをいっぱい飲んで、丸々と太って笑顔を見せる華ちゃん。2人のお兄ちゃんと遊ぶ日も間近ですね。じいちゃんとおばあちゃんは楽しみにしています。いつも応援しています。頑張れ3人兄妹。
 
2019.09.28
初孫「唯花(いちか)ちゃん」へ
篠塚真利子
令和元年6月2日16時17分、2,680グラム。初孫が誕生し、私はおばぁになったよ。職場で陣痛がきたとの連絡を受け、仕事を終えたころには「無事、生まれました」との連絡。安堵感と喜びでいっぱいだったよ。
 
仕事を終え急いで横浜の病院へと向かった。最寄り駅で降りてタクシーに乗り、運転手さんに初孫誕生の話をすると、「6月2日は、横浜の開港記念日で、毎年お孫さんの誕生日には花火が上がりますよ」と教えてくれた。
 
初孫は「いっちゃん」と呼ぶことになった。家には、ママが運命を感じたといって大切に飼っている「小太郎」という柴犬がいる。いっちゃんが退院して、小太郎との初顔合わせの日。小太郎は、いっちゃんより数日会えなかったママに甘えてる様子だったけど、そのうち、いっちゃんが泣くと「ワン!ワン!」とほえて落ち着かなくなり、困ったように見守っていたよ。
 
いっちゃんは横浜に住んでるから、なかなか会えないんだけど、アクビをしたり、シャックリをしたり、オナラをしてすまし顔のいっちゃんの動画を見て笑みがこぼれ癒されているよ。小太郎との写メも送られてきた。生まれてからずっと一緒だから、仲良し兄妹になるね。
 
いっちゃん、わんぱくでもいい、たくましく育って欲しい。いっちゃんの笑顔、最高の癒し。
 
2019.09.21
産声
ばば
6月2日に詩織(しおり)ちゃんが元気な産声をあげて誕生しました。この産声には特別なものがありました。それはお兄ちゃんになる良太朗(りょうたろう)くんが生まれたとき、産声もあげずに天国に行ってしまったからです。
 
ですから、詩織ちゃんのときは、今度こそ元気な産声を聞きたい!と、毎日神にも祈る思いでした。そして詩織ちゃんが元気な産声をあげて誕生したとき、パパは目を輝かせて「ヤッター。この子はなんて親孝行な子なんだ……」と。その後は皆うれし涙でいっぱいでした。
 
ことしの6月、詩織ちゃんは4歳になりました。歩き始めたころ、私が「抱っこしよう」と言っても、「アンヨ、アンヨ」と言って一人で歩いていました。今でも体を動かすことが大好きで、公園に行っても帰ることを忘れて遊んでいる、天真らんまんな女の子です。
 
そんな詩織ちゃんを見ていると、元気に生まれて来てくれてよかった! 元気な産声を皆に聞かせてくれてありがとうと、感謝の気持ちでいっぱいです。
 
これからも元気ですくすくと育ってくださいね。
 
2019.09.14
一華(いちか)ちゃん一歳の誕生日おめでとう
ゆみばあば
いっちゃんがママのおなかに宿ったと聞いてから、心配性のばあばは毎日祈るような気持ちで過ごしていました。そして願いどおりに無事に生まれてきてくれたときの感動から、もうすぐ1年。初めてのお誕生日を迎えます。
 
4月からママが職場復帰して、保育園に行き始めました。自宅から少し離れた保育園に行くことになったので、送り迎えが大変なママの力になればと、ばあばも時々お迎えのお手伝いをしています。最初のころは、お迎えに行くと泣きながらすがりついてきて、帰り道もしゃくりながら寝てしまうこともあって、ばあばも泣きそうになってしまいました。でも、3か月が過ぎた今は、すっかり園生活にも慣れて、公園ではしゃいだり、先生方のまねをしたりと、いっちゃんらしく元気に過ごしている様子でうれしく思います。
 
保育園の帰り道、ばあばが歌をうたうと、体を弾ませてリズムをとったり、いろいろな物に興味津々で、指をさしては「あっ、あっ」と語りかけてくるいっちゃん。
 
これからも健やかに成長してくれることを願っています。
 
2019.09.07
愛おしい
SAI
あなたが生まれたあの日、初めて思ったのは「愛おしい」でした。
 
前日の夜に姉夫婦と「食事に行こーねー。まだ、大丈夫だからー!」と言って約束してましたが、夜中に陣痛が始まり、約7時間、あなたと向き合いました。梅雨の時期なのに朝日が昇り、分娩室はすごく明るかったのを覚えてます。
 
初めて抱っこした時は、お母さんは、愛おしくて泣きました。初めて愛おしい気持ちに出合えたからです。
 
初めての育児で戸惑いながらも成長して、あなたは弟の面倒もよくみてくれるお姉さんになりました。
 
令和元年の小学1年生! 黄色い帽子をかぶり、「行ってきます!」 「ただいま!」と元気に笑顔で言ってくるあなたに、また、愛おしさを感じてます。
 
ありがとう。
 
2019.08.31
小さな命・誕生。
神薗博子
ママが妊娠6か月で突然の切迫早産になり、590グラムの超低出生体重児で誕生した隼成(しゅんせい)くん。
 
それはそれは小さい体で驚きました。ママは臨月まで守れなかったと自分を責めていたけど、隼成くんは、そんなママの心を慰めるように頑張っていたね。
 
生後3か月には呼吸器も点滴も外れ、保育器からも出て初めて抱っこ出来た感動をバァバは忘れません! 1歳1か月で突然!お兄ちゃんになった航成(こうせい)くんも留守番が多い日々を頑張ってくれたね!
 
生後6か月で無事に退院できて医療センターの皆様には感謝です。この半年間の苦労と心配を、これからは喜びの日々に変えて幸あれと祈っています。
 
2019.08.24
希成くん
ちいばあちゃん
希成(きなり)くんがこの世に生まれ10か月が過ぎました。72歳になり初めておばあちゃんになりました。生まれたときからあまり泣かない穏やかな君は、10か月になってもギャーと泣きもせず……あまり泣かないので変に心配してしまったこともあったけど、今は握る力は強く、くるくると首を回し、ちいばあちゃんの私に会うとまるでワンちゃんがうれしいときに尾を振るように足をバタバタして喜んでくれ、私が見えなくなると悲しそうに泣きます。日々成長を感じているよ!
 
「おばあちゃんにはなれないかな」と思っていたのに、あなたのパパとママがあっという間に結婚し、あなたが生まれました。パパのおばあちゃんも初ひ孫のあなたに会って去年96歳であの世に召されました。
 
希望の希と成功の成で希成くん! ホープ&サクセスの希成くん! 良い名前です。毎日あなたに会い、抱っこすることができて、あなたのパパとママは本当に親孝行をしてくれています。克寿(かつひさ)じいちゃんが生きていたら可愛がったろうなあと残念です。
 
これから歩き、おしゃべりし、どんな子どもになってゆくのだろう。楽しみです。
 
2019.08.17
ひ孫の成長を夢見て
沼倉佐恵子
私92歳、ひ孫2歳。
 
ハイタッチで出迎えたり、見送ったりしています。ブランコも鉄棒もできます。「バレエ」とか言って、足を真上に伸ばしてみせます。
 
誕生日の歌も上手で、お祝いをしてくれます。記憶力も良くて、もう負けています。色もよくわかって、色鉛筆のピンクを見て、「自分のTシャツと同じ」と言って喜んでいます。ABCDと英語の歌もうたいます。風車を持って走りまわって元気いっぱいです。
 
今の子どもはスマートホンのように何でもでき、私は何もできないので完全に負けています。
 
将来どんな子どもに成長するか、一日でも長生きして、見てみたいものです。
 
2019.08.10
やっと会えたね。
金場愛実
やっと会えたね。
 
初めてこっちゃんの顔を見たとき、そう思ったよ。なぜなら、こっちゃんがママのところにやって来てから279日間、毎日こっちゃんのことを思っていたから。元気かな? 声は聞こえるかな? パパがおなかを触ったときによく動くのはうれしいから?
 
大きな音の映画をみてごめんね。辛い物食べてごめんね。あの日、狭くて暗い道を一人で通ってママに会いに来てくれたね。やっと会えたね。こっちゃんもそう思ったかな?
 
二人で初めて過ごした夜、ママは幸せと不安が入り混じって複雑な気持ちだったよ。おっぱいを飲むのがうまくいかなくて二人でたくさん練習したね。すくすく育って今はもう1歳4か月。頑張り屋さんでなんでも一生懸命なところはパパにそっくり。かわいい顔はママにそっくり。最近たくさんギューってしてくれるね。いつまでしてくれるかな? こっちゃんが嫌がってもママはするよ。大好きな大好きなこっちゃん、ママとパパはあなたの幸せをいつも願っているよ。お友だちとけんかした帰り道、勉強で悩んでつらいとき、初めての環境で不安なとき、こっちゃんは一人じゃないよ。いつもママとパパがそばにいるよ。
 
こっちゃんの未来が明るく、幸せに満ちたものとなりますように。
 
2019.08.03
私のところに来てくれてありがとう!
チャン・チーフェ
昨年の10月に急に気持ちが悪くなって、いったい何が起きたのだろう、もしかしたら妊娠かなと思いました。検査したら、自分のおなかの中に新しい小さな命が宿っているのがわかりました。その瞬間、私は本当にうれしかったのと、いったいどのような顔の赤ちゃんがいるのだろうと思いました。
 
月日が1か月経つごとに、私のおなかは少しずつ大きくなるのがよくわかりました。妊娠初期のとき、先生から切迫流産の可能性があると言われ、すぐに入院しました。そのとき私の頭の中は、とにかく赤ちゃんが無事に生きてくれることと、早く良くなれと考えることだけでした。
 
2週間後には無事に完治して、日々の生活に注意しながら過ごしていました。中期から後期に入るとめまいや吐き気がひどくなり、よく横になって休んでいたのを覚えています。しかし、頭の中は赤ちゃんを大切に育てることでいっぱいになっていました。
 
ことしの6月14日の夜、おなかの痛みが強くなり、我慢ができず夜中に入院しました。そしてついに朝10時に大きな産声とともに元気な女の子の赤ちゃんが生まれました。激しい痛みに耐えた後の喜びは、言葉で言い表せませんでした。ただ思ったことは、私のところにきてくれてありがとうだけです。
 
これからたくさん笑って元気いっぱいに生きてね。ママとパパはたくさんの愛情を注いであげますからね。
 
Be Happy Forever!
 
2019.07.27
大きな贈り物「大賀(たいが)
たいたんママ
やっと、やっとこの手で我が子を抱いた日の喜びは、一生忘れることはないでしょう。1年前、帝王切開で生まれた「たいたん」は、小さな元気な男の子でした!おなかから出てきた時の産声は、安心と喜びの声でした。
 
結婚から11年目の秋、妊娠判定で出た陽性反応! それまでのたくさんの涙と経験がやっとかなった日でした。たいたん、ママの妊婦生活は不安の方が大きかったけど、お空にいるお兄ちゃんたちがずっと見守ってくれてると信じて、大切に大切におなかの中で育ててきたんだよ。
 
そして5月、たいたんは元気に1歳を迎えました! この1年、風邪ひとつ引かず元気に育ってくれて、ママとお父ちゃんは本当にうれしいよ。じーちゃん、ばーちゃん、おじちゃん、おばちゃん、いとこの3人のお兄ちゃんに愛されて、これからも元気いっぱいに育ってね。これからいろんなところに遊びに行こうね。いっぱいいっぱい幸せちょーだいね。
 
2019.07.20
お姉ちゃんのやきもち
佐藤真弓
お姉ちゃんが生まれて2年1か月目に賢聖(けんせい)クンが生まれた。男の子だったから、皆から「一姫二太郎だね、良かったね!」と言われたんだよ。昔から育てやすいって言われているからね。
 
ママは比較的に安産で、ねえねも「弟! 弟!」とあなたをなでなでして可愛がっていた。それが1か月もしないうちに、ねえねのやきもちが始まった。あなたのことを知らない振りをしたり、ママが抱っこしていると、自分を抱っこしろと命令したり、あげくの果てはあなたがオッパイを飲んでいると自分もミルクを飲むと言い出し、哺乳ビンに入ったミルクを赤ちゃん抱っこしてもらいながら「良い子、良い子」してもらってママの愛を確認する始末。
 
じじちゃまは、成長過程のひとつなのだから認めてやれとのんびり言っているけれど、ママは大変! そんなママを助けるかのように、ケンケンはいつもスヤスヤと寝ているか、起きているときはマシュマロのような笑顔で癒してくれる。生まれて4か月。優しいパパ似のケンケンが、ねえねを守ってくれる日が来るのかな?と、ばばちゃまは楽しみにしています。
 
やきもちやきのねえねをよろしくね。
 
2019.07.13
ママと玲良ちゃんの「大丈夫」の絆
伊藤由美子
玲良(れいら)ちゃんは、令和元年に小学1年生になりましたね。でも生まれるまでにちょっとしたハプニングがありました。あなたを授けてくれた神様が少しあわてんぼうで、ママのおなかから予定日より早く出そうとしました。さあ大変、ママはおなかの赤ちゃんにお願いしました。
 
「私の可愛い赤ちゃん、もう少し大きくなって、もういいよーと言うまで、元気で遊んでいてね」
 
赤ちゃんは「大丈夫、大丈夫だよ、ママがもういいよーと言うまでおなかの中で待ってるからね」
 
とうとう、もういいよーの日が来ました。赤ちゃんはおなかの中でたくさん遊んで元気いっぱいで生まれました。パパは心根のやさしい子に育つよう「玲良」と名づけました。
 
ママはおっぱいが上手に飲めないとき、お腹がすいているとき、おしりが汚れているとき、泣いている玲良ちゃんに「玲良ちゃん大丈夫、大丈夫だよ」と話しかけます。「大丈夫」は、ママが玲良ちゃんにおなかの中から励まされ勇気をもらった「ことば」。そして、二人の大切な「お守りことば」なのです。
 
玲良ちゃん、妹の彩良(あいら)ちゃんと、新しい令和の世で幸せに育ちますよう、じいじとばあばは願っていますよ。
 
2019.07.06
続・華鈴(かりん)ちゃんへ
松田郁子
昨年9月、まだ華鈴ちゃんがママのおなかに入っていたときにお手紙を書いてから、もう8か月が過ぎました。10月17日、華鈴ちゃんは、見事な産声をあげました。元気な子に生まれてくれてありがとう。
 
(大阪府の)寝屋川のお家も、ママの実家の池田もパッと明るくなりました。
 
宮に参ったら 何というて拝むさ 一生この子が まめなよに
 
その昔のこと、ばあばのママは先生をしていたので、ばあばはその又おばあさまに育てていただきました。これはその時に歌ってもらった子守歌です。
 
「まめなよに」は、「元気なように」ということです。ばあばのおばあさまは明治元年の生まれで、その名も「お元(もと)さん」。しゃきっとして、愛情深い人でした。ばあばはこの歌の通り、87歳まで、大きな病気もしないで、あのすさまじい戦争も、幸い田舎に住んでいたので、空襲もなく、無事に過ごしてきました。
 
今、可愛いひ孫の華鈴ちゃんに、祈りをこめて歌います。
 
一生この子が まめなよに♪
 
2019.06.29
1歳のまゆちゃんにささげる手紙「はたちのまゆちゃんへ」
くみちゃん
毎日、全力投球している、あなたの1歳の姿が今も目に浮かびます。
 
たとえば、生後11か月のころのまゆちゃんは、ひと通りのルーティンをこなします。まず、棚の物を一つ一つ落としては悦に入り、すみに押し込めてある物を発掘したり、ひからびたグリーンピースをほおばって、オェ~となったり。
 
大人を怠慢にさせない機敏な幼児でした。まゆちゃんの中のみなぎる力。それは、一分一秒を無駄にしない、ひろしじいちゃんゆずりなのかもしれません。
 
今、振り袖姿の似合う色白まゆちゃん、二十歳おめでとう!
 
2019.06.22
心春ちゃんへ
村瀬たけ子
お父さんとお母さんは、あなたが生まれたとき、いっぱい悩んで、心の春と書いて、「こはる」と名付けました。おばあちゃんはこの名前がとても気に入っています。
 
お母さんは、あなたが生まれる前に3回赤ちゃんができましたが、大きくなることはありませんでした。病院で調べてもらったら、赤ちゃんに栄養がいかない病気でした。お薬をいただいて、あなたが生まれる少し前まで、毎日飲んでいました。
 
順調に育ったあなたは、あと何分かでお父さんと同じ誕生日というときに元気に生まれてくれました。お父さんの誕生日は、あなたが成長する令和の時代に天皇陛下になられた浩宮様と同じ日です。お父さんを生んだ、ばあばもすごいと思います。
 
お母さんが仕事を始めたので、あなたは保育園に通うことになりました。人見知りが激しいあなたのことを、おばあちゃんは少し心配しましたが、給食もたくさん食べていると聞いて、安心しています。
 
名前のとおり、あなたの心がいつもぽかぽかしていること、そして、周りの人たちの心もほっこりさせられるように成長してくれるよう、おばあちゃんはずっと見守っています。心春ちゃん、本当に生まれてきてくれてありがとう。
 
2019.06.15
いつもごめんね……
須藤杏香
次男の妊娠がわかってからは、不安でいっぱいだったよ。生まれるまでは長男をいつも以上に愛してあげようと思いました。生まれてからは次男にかまってばかりになると思うから二人を同じように愛せるのか不安でした。
 
次男が生まれてから、「ぱぱーっ」て行くようになった長男。いつもごめんねって思ってるよ。いつも怒りすぎちゃってごめんね。
 
だから帰ってからのお散歩、寝る前のお話が毎日の長男との時間です。
 
息子たちよ、いつも幸せと癒しをありがとう! ママお仕事頑張るよ。
 
2019.06.08
バァバの宝物
テルバァバ
バァバの宝物は、初孫の釆生(ことは)です。生まれてきてくれて、本当にありがとうございます。
 
お母さんは、なかなか結婚しなくて、もう一人で行くんやろうかとあきらめかけていた時に、結婚すると報告がありました。後は二人で決めて、やっと結婚してくれました。
 
それからは早く赤ちゃんができるといいと待っていました。3年目で授かったと聞いて、おなかの赤ちゃんが順調に育ちますようにと毎日お願いしていました。生まれてきてくれて、ジジババにも初孫が見られてうれしかったです。ジイジイは、お母さんから送られてきた動画を「コトちゃんタイム」と言って、毎日半時間見ています。
 
でもバァバには、心配ごとがありました。一人っ子で育ち、自分の子どもは母にまかせて育ててもらったので、どう接したらよいのかわかりません。実家に帰ってきたお母さんとコトちゃんの面倒をしっかりみられるか心配でした。
 
お母さんには、気がつかないとよく言われ、おこられておりました。でも気持ちは、かわいくてしょうがありません。ジジババも70代の夫婦で、いつまで元気で成長が見られるかわかりませんが、人の気持ちがわかるやさしい人に育ってください。毎日祈っております。
 
2019.06.01
私の初孫は白雪姫
山中美枝子
初孫は昨年1月末に誕生しました。病院に駆けつけてからおよそ2時間で対面したとき、新米バァバはうれしくて泣いてしまいました。色の白い女の子。大きな女の子。元気な女の子。手足をバタバタと動かして、泣いていました。すぐにママのところに行ったら、今度は小犬のようにクンクンとママに甘えていました。
 
この日から「育バァバ」デビュー。誕生前にバァバは、赤ちゃんの抱き方を練習しました。そっと片手で頭を持ち上げて、もう一方の手でおしりを抱く。家の中で何度も練習していましたが、ついに地下鉄の中でも練習してしまい、まわりの人からジロジロと見られてしまいました。
 
誕生後およそ1か月間、バァバの家に来ていましたが、バァバたちは慣れない育児のお手伝い。3時間おきのミルク、オムツ替え、もく浴の手伝いなど、ママに怒られながらも頑張りました。おうちに帰って行った日、がらんとした部屋に忘れていったピンクのタオル一枚を見たら、急にさびしくなり、バァバは号泣してしまいました。
 
童話の中の白雪姫は、7人の小人に守られています。初孫の白雪姫は、大人7人が守っています。パパ、ママそして東京のジィジ、バァバ、バァバの長男のおにいちゃん、そして、福島のジィジたち。
 
可愛い、いとしい私の初孫の白雪姫ちゃん。生まれてきてくれて本当にありがとう!
 
2019.05.25
5月に生まれてくる君へ
志貴歌子
美男美女のパパとママだから、きっとすてきな子だろうね。でもね、とても悲しい、残念なの。君のおばあちゃん、君に会えずに天国へ行ってしまったの。とても会いたかっただろうけど、これも運命かと思うように曾祖母の私は自分に言い聞かせています。愛情深く育ててもらった君のパパとママだもの、きっときっと元気でよい人生を送ってくれるでしょう。ばあばは天国で見守っているからね、君は元気で育ってくれるでしょう。曾祖母は毎日お願いしています。
 
でもでも、ひと目君に会わせたかった。きっと賢い元気な君だろうな。天国で君のばあばも見てるだろうと思います、きっときっとね。君もすてきな君のばあばに会いたかっただろうね。君は今もママのおなかで元気に動いていると君のパパは言ってます。
 
2019.05.18
3人のひ孫たちへ
西渕テル子
私の大好きなひ孫の和笑(なごみ)ちゃん、芽衣(めい)ちゃん。6月に生まれてくる予定の○○君も首を長くして待っています。
 
1月に誕生日を迎えた和笑ちゃんは、歩きもしっかりしてきたね。笑顔もとてもすてきだよね。イチゴとバナナが大好物で、食欲も旺盛。パパに似て背が高くなるね。5月生まれの芽衣ちゃんは、誕生日が近くなってきたね。名前のとおり目がパッチリで美人になりそうだね。芽衣ちゃんは、ママがお仕事しているので接する機会が少なくて、LINEを通してのお目通しが多く、少し寂しいよね。暖かくなったら、また来てね、待っているからね。そしてまだ見ぬ○○君は、どんな笑顔で迎えてくれるのでしょうね。
 
バーバも3人それぞれのママたちが生まれてしばらく、よく世話をしましたよ。忙しかったけど、楽しかったね。芽衣ちゃんのママはよく泣き、和笑ちゃんのママは少し気むずかし屋さん。まだ見ぬ君のママは、おとなしかった。今は懐かしいばかりです。
 
あなたたちをいつまで見届けられるのか、それを思うと少し寂しくなるときがあります。でもこうしてあなたたちに会えたことは、ひバーバの宝物です。優しいパパ、ママの元で、素直で元気で明るく育ってほしいです。新しい元号の年に生まれ育っていく子どもの未来に幸多くあらん事を祈ってやみません。
 
2019.05.11
朔久くんへ
パパばあば
朔久(さく)くんがママのおなかにできた時、はじめは双子やったんやでー。子育ては大変やろうけど、可愛さも2倍やなあって皆喜んでました。
 
でもしばらくして、もう一人がおなかの中で亡くなってることがわかって、ママは毎日泣いてた。おまけに、ママの胎盤を二人で共有してたのが、一人になったから、血液の流れがうまくいかなくて、朔久くんも丈夫に生まれてきてくれる確率が2分の1という大変な状況でした。
 
寂しかったし、一人になって心細かったなあ。でも、その後血液の供給がうまくいって、12月17日、朔久くんは元気に生まれてきてくれました。パパは郵便屋さんやから、ホンマはめっちゃ忙しい時期やのに、たまたま予定日より早く、お休みの日に生まれたので立ち会えました。
 
その日、じいじとばあばは、病院の朔久くんに会いに行ったら、ママの病室に小さなベッドが二つあって、一つでは朔久くんが元気よく泣いていて、もう一つのベッドには、お骨に小さな小さな可愛らしい産着と帽子がかぶせられていました。朔久くんの弟、岳久(がく)くんのものでした。
 
朔久くん、元気に大きくなって、岳久くんの分もいろんな経験をしてくださいね!
 
2019.05.04
イッキとエイト
大阪のばあ
イッキが1歳半のころ、お母さんのおなかに赤ちゃん(エイト)ができたとわかってから、イッキの生活が変わりました。お母さんは今までのように、イッキをひょいと抱くことができなくなりました。イッキは、「なんでー」と戸惑って、お父さんにべったりになりました。お父さんも、まんざらでもなく、土・日には二人で楽しく遊びに出かけていました。
 
イッキは岸和田のばあやおねえちゃんたち、大阪のばあとじいとも仲良くしてくれました。お母さんとおなかのエイトのことを直感でわかるのでしょう。お母さんに甘えたい気持ちを抑えて、みんなに愛されるイッキに育ってくれました。
 
エイトとの初対面。「何、これは?」というように、距離を置いていたそうです。エイトと一緒に生活するようになって、だんだん距離が近くなり、兄弟は仲良くなっています。エイトはイッキにぎゅっとハグされても泣かないそうです。エイトの誕生を、イッキをはじめ家族全員ができることを交代で手伝いながら、迎えることができました。この連係プレイはとても素晴らしいものです。特に岸和田チームの連係プレイは絶妙で、現在も続行中です。
 
これからも家族全員で二人の成長を見守って、みんなで笑っていきましょう。
 
2019.04.27
(なる)ちゃん
小塚久枝
「なるちゃんなるちゃん、なんになる?」。ずっと心の中で呼びかけていました。そしてきょう、現実に声に出して、語りかけました。8か月になる孫が、初めて我が家にやって来たのです。会った瞬間からニコニコ、ぐずりもせず、ご機嫌です。
 
「なるちゃん、なるちゃん、なんになる?」。「なんにもならないよ!」と嫁はふざけて答えました。「そうか、自由に生きたらいいよ。でも世界に羽ばたいてほしいな」
 
「なるちゃん!」と、恥ずかしげもなく、身ぶり手ぶり、体全体であやす自分がいます。何のテレもなく、まるでお笑い芸人のように、キャー、ヒィーと笑う孫がそこにいます。こんな自分にびっくりです。人って、縁によって変われるものなんですね。若いころはこどもが苦手だったのに、私も一皮むけたようです。
 
なるちゃん、輝かなくてもいい、活躍しなくてもいい、あなたらしく幸せに生きてね! キャーキャー笑っていたこと、忘れないで! こんなこどもたちに、世界中のこどもたちに、安全、平和な社会を引き継ぎたいと切に願います。
 
2019.04.20
もうすぐ1歳
要太(ようた)のおかあ
「おはよー!」とばかりに顔をバンバンたたいてきて、きょうも私の一日が始まる。最近、急にあれもこれもとできるようになってきたね。生まれて8か月のあなたの成長ぶりに、みんな感心させられる毎日です。
 
2018年6月、ワールドカップのために大きいテレビを電器屋さんに見に行った日、だんだんおなかが痛くなってきて、テレビそっちのけで病院へ向かいました。そこから5時間のスーパー安産で、あなたはこの世界へやってきました。午後10時半からのサッカーの試合が見られる!とお父さん。記念すべき第1回目の親孝行です。と思いきや、呼吸の乱れでしばしNICU(新生児集中治療室)行き。心配だったけど、よく寝てよく飲む姿は私たちを安心させてくれました。
 
大事に大切に育てようねとお父さんと誓ったはずが、スリッパをガジガジ、つかまり立ちをして頭からドスンと目が離せないあなたについイライラしてしまう私は、まだまだですね……。ひいおじいちゃんの「要」という字を受け継いだあなた。周りのたくさんの人に必要とされる人になってね。
 
家のテレビはまだ古いままだけど、それとは比べものにならないくらい新しい世界を見せてくれるあなたに、これからは私たちがたくさんの世界を見せてあげるよ。だからあしたの朝は、優しく起こしてね!
 
2019.04.13
マーシャへありがとう
南海子
沖縄の真冬の夜だった。初産の私は、陣痛を感じ、大雨と停電の中、産婦人科へと向かった。逆子とわかっていたので、不安があった。子どもの名前は、男児なら夫が、女児なら私がつけることになっていた。
 
夜勤の助産師さんも妊婦さんだった。立会い出産が可能な総合病院。夫も私の手を握りながら、一緒に呼吸法をしてくれた。赤ちゃんの臀部(でんぶ)が見えたとき、「女の子ですよ」と、教えてもらった。予め検討中の娘の名前で、「Mちゃん! ママ、頑張るからよろしく」と声がけした。
 
当時私は、短大在学中で出産後に卒業。あなたは冬に生まれたけれど、あなたの誕生は私の心を早咲きの沖縄の桜色に染めてくれた。その後、あなたはロシア語に関心を持ち、勉強を頑張ったね。そしてあなた自身の出産は帝王切開の予定だったのに、自然分べんで子どもを産んだ。
 
あなたのロシア語のニックネームは、「マーシャ」。私の娘に生まれてくれたことに感謝したい。
 
2019.04.06
美月ちゃんのファンです
れい子ばあちゃん
2年前に2,600グラムと、小さく生まれた美月(みつき)ちゃん。すくすく育って、3か月過ぎには、人見知りをはじめたのにはびっくり。早く人の顔の見分けがつくのだから、頭が良いのに決まっていると、ひーばあちゃんの私は、誰かれなしに自慢して、少々うるさがられていたらしい。
 
お座りができるころには人見知りもしなくなり、いつもニコニコ顔ですね。何にたとえればいいかな、ピンクのコスモスの花がパッと咲いたという感じ。1歳を過ぎたころからパパ、ママ、マンマと話せるようになり、2歳年上のお兄ちゃんのことは、「ニイニイ」というのよね。美月ちゃんのハイハイのスピードはものすごかった。この子は運動神経もバツグンやと、またまた自慢のタネがふえました。
 
1歳半のころよりニイニイと兄妹げんかが始まりました。ミッちゃん(美月ちゃん)が赤い車にまたがると、ニイニイが飛んで来て、ミッちゃんを押しのけようとするんだもんね。でもミッちゃんは負けてません。女の子ならここで泣くのが普通だけど、顔を真赤にして全身でニイニイに向かってゆきます。あるときは車から転げ落ちても歯を食いしばってニイニイにむしゃぶりついて行ったね。あなたは根性がある。行く末、頼もしい。
 
ばあちゃんは、百まで長生きして、あなたの成長を見守りたいです。
 
2019.03.30
大ちゃん、勇ちゃん
ばぁば
(だい)ちゃんのかぁかは、結婚も出産もちょっぴり遅かったので、ばぁばはずいぶん心配しました。大ちゃんは生まれてすぐにNICU(新生児集中治療室)に10日間も入ったので、毎日冷凍した母乳を運んだりもしました。
 
その後はすくすく育って、1歳6か月で保育園に入園しましたが、そのときは「捨てられた」と思ったのか、やさぐれて2週間近く誰とも目を合わせませんでした。このときも、ばぁばはとても心配しました。ところが入園して2か月も過ぎると、保育園大好きっ子になりましたね。一安心しました。そして、去年の春、弟の勇(ゆう)ちゃんが生まれました。病院で、かぁかのおっぱいを飲む勇ちゃんを見て、ショックを受けて固まっていましたが、「赤ちゃんはかわいい」と言っていましたね。
 
周りの人から「お兄ちゃん」と呼ばれると、「にいちゃんちゎう(違う)!大ちゃんは2ちゃい(歳)」と言っていました。最近は、「僕はお兄ちゃんだから、春から保育園に入る勇ちゃんを守る」と頼もしくなりました。勇ちゃんは、かぁかのおなかにいるときから大ちゃんの声を聞いていたので、眠いときと、おなかがすいたとき以外は、いつも大ちゃんの声を聞いて上機嫌です。大ちゃんが「カモンベービー」と踊ると、一緒に体を揺らして「ウーウー」と歌っています。
 
これからもふたり仲良くすくすく育ってね。これがばぁばの願いです。
 
2019.03.23
ババのかわいい「七菜」(なな)ちゃん!
広川英子
「七菜ちゃん」、生まれてきてくれて本当にありがとう。七菜ちゃんのママは、結婚半年目に酒酔い運転の車に正面衝突され、車が大破。一時は「車イスの生活か」と、ずいぶん心配しましたが、幸いにも3か月で退院することができました。
 
その後、子どもは無理かと思われていた矢先に、おめでたがわかりました。しかし、流産という悲しい結果に。やっと授かった七菜ちゃんも、8か月目に入ってすぐに、切迫流産のおそれで即入院と、誕生までにはドラマがありました。
 
それだけに、3月8日、元気な産声をあげてくれた七菜ちゃんに、ババはうれしくてうれしくて、涙が止まりませんでした。とってもなついてくれて、よくひとりでお泊りに来てくれましたネ。「きょうは、とくべチュだもんネ!」と言っては、好きなものを食べ、好きなように遊びましたネ!
 
そんな七菜ちゃんも、ことしは中学2年生に。部活は、「吹奏楽部」でがんばっています。パパの転勤でなかなか会えなくなりましたが、夏休みには遊びに来るとのこと。ジジとババは、今から首を長~くして、七菜ちゃんに会える日を楽しみにしています。
 
2019.03.16
平成最後の年に生まれる初孫ちゃんへ
みーばあちゃん
あなたのお母さんは平成元年3月、ばあちゃんが21歳の時に生まれてきました。俗に言う、できちゃった婚でした。なので、ばあちゃんはお母さんが結婚して3年間、子どもがなかなかできずに悩んで苦しんでいた気持ちに、なかなか気付いてあげられませんでした。ばあちゃんのお父さん、つまりママのおじいちゃんにひ孫を見せてあげると言っていたのに、去年かなわない夢となってしまいました。
 
その後、ママはつらかった気持ちをいろいろ打ち明けてくれて、つらかった仕事も辞める決心をつけたのですが、そうするとあなたがママのおなかにやって来てくれたのね。ちょうどそれは、10年前に亡くなったばあちゃんの友だちのお墓参りに行ったすぐ後だった。その友だちはつらい生い立ちを抱えていたのだけど、それはそれはママのことを可愛がってくれたのよ。なかなかお墓参りに行けなかったのに、行ったらすぐにあなたがおなかに来てくれたので、ママは彼女が一番幸せに生まれ変われる場所を見つけたんだと思ったんだって。
 
パパのご両親も家族もとてもとても素敵な温かい家族だから、今度は愛情たっぷりの幸せをいつもあげるから、いっぱいいっぱい甘えておくれね。たくさんの愛があふれる毎日でお出迎えするからね。
 
2019.03.09
新オムツ3人衆
博と潤子
「オムツ3人衆よ。生まれて来てくれてありがとうね」と、未来への手紙プロジェクトに投稿してから早や2年。平成最後のお正月、ジジババんちは子連れ里帰りママが3番目の男子を出産し、「1+新オムツ3人衆」のそろい踏みになったんだ。
 
まず、オムツ卒業の「1」は長男「仁誠(じんせい)」君で、満5歳になる甘えん坊の年中さん。次に控えし、共に2歳半の息子の娘で活発印の「恵」チャンと、人見知り児の次男「健晴」君。そして、3人のしんがりで誕生した「耀生(ようせい)」君。
 
ジジババんちは、ママが宅配してきた大荷物と、おもちゃなどで足の踏み場もないのに朝から連日の大運動会。ババが「歳とってからの孫の世話は超超大変よ」とババ友に愚痴ったら、「それ、ぜいたくよ」「孫で大変な終活なんてかえって羨ましいわよ」とのご託宣。うう~んジジババ納得。
 
でも、残念だけど共に古希過ぎのジジババは、君たちが大人にまで成長する姿は見られないかもしれない。けれど、心から「生まれて来て本当に良かった」と実感できる「素敵な人生」を歩んで欲しいと願っていますよ。
 
ジジもババも「今、最高に素敵な終活中よ」と言えるように、君たちと一緒に頑張ろうと思っています。「1+新オムツ3人衆」よ。生まれて来てくれて本当に本当にありがとうね。
 
2019.03.02
もうすぐ2歳になる凛ちゃん
厚木のバアバ
2年前の3月、凛(りん)ちゃんは初めからママのおなかを切って生まれることになっていたんだよ。大学病院で、ママを入院させてくれるというお約束をもらって、凛ちゃんが生まれることになっていたんだよ。
 
ママとパパが結婚した時、バアバは、赤ちゃんは生まれないと思っていたの。でもある日、ママから凛ちゃんが写っているママのおなかの中の写真を見せてもらったの。その時、バアバはキャーって大きな声を上げてジイジたちを驚かせてしまったの。だってそこには赤ちゃんの小さな姿が。
 
ママはおなかの赤ちゃんが落ち着くまで、バアバたちには内緒にしていたんだよ。それでもそのあと切迫流産でママに出血が続いたの。心配したんだよ。でもお産の日。パパは仕事を休んでママに付き添って。かわいい凛ちゃんが生まれたの。
 
今凛ちゃんは毎日お風呂を入れてくれるパパが大好き。パパと言えるようになったの。でもバアバは嫌いなの。凛ちゃんがかわいすぎて、大きな声を出して「凛ちゃん、凛ちゃん」というから、だからバアバが嫌いなのね。
 
2019.02.23
気長にまっているよ
としじいじ
もうじき3歳になる孫の悠陽(はるひ)くんだけど、まだしゃべれない。「あっ! 悠陽くんが笑顔でしゃべっている」……今まで何回も夢で見て目が覚めました。
 
しゃべりたいんだろうなあ? 心の中では、しゃべってくれているんだね。パパお帰り! ママおなかすいたあ! でも、言葉が出てこないんだね。
 
昨年は、夏から秋にかけノロウイルス、ロタウイルス、手足口病と立て続けにかかり、発熱や嘔吐、下痢などが続いてしんどかったね。じいじは、その都度代われるものならば、代わってあげたいと思いましたがそうもいかず、ただただ早く回復することを祈るのみでした。
 
ロタウイルスの時は、パパもママもかかったそうですが、ママは自分も発熱や嘔吐が続く中、一生懸命に悠陽くんを看病してくれました。悠陽くんも「カユイ」「イタイ」「シンドイ」などと言えないのに、その小さな体で病気に耐え、よく頑張ってくれましたね。元気になったと聞いた時は、じいじはホッとしました。
 
春から幼稚園に行きながら、療育で「少しずつ少しずつ」頑張ればいいんだよ。いつかきっと悠陽くんが、しゃべってくれるその日まで、皆んな、皆~~~な気長に待っていますよ。
 
頑張れ悠陽くん!
 
2019.02.23
気長にまっているよ
としじいじ
もうじき3歳になる孫の悠陽(はるひ)くんだけど、まだしゃべれない。「あっ! 悠陽くんが笑顔でしゃべっている」……今まで何回も夢で見て目が覚めました。
 
しゃべりたいんだろうなあ? 心の中では、しゃべってくれているんだね。パパお帰り! ママおなかすいたあ! でも、言葉が出てこないんだね。
 
昨年は、夏から秋にかけノロウイルス、ロタウイルス、手足口病と立て続けにかかり、発熱や嘔吐、下痢などが続いてしんどかったね。じいじは、その都度代われるものならば、代わってあげたいと思いましたがそうもいかず、ただただ早く回復することを祈るのみでした。
 
ロタウイルスの時は、パパもママもかかったそうですが、ママは自分も発熱や嘔吐が続く中、一生懸命に悠陽くんを看病してくれました。悠陽くんも「カユイ」「イタイ」「シンドイ」などと言えないのに、その小さな体で病気に耐え、よく頑張ってくれましたね。元気になったと聞いた時は、じいじはホッとしました。
 
春から幼稚園に行きながら、療育で「少しずつ少しずつ」頑張ればいいんだよ。いつかきっと悠陽くんが、しゃべってくれるその日まで、皆んな、皆~~~な気長に待っていますよ。
 
頑張れ悠陽くん!
 
2019.02.16
小さな想ちゃんへ
えみこ
「ママお顔がむくんでいるね、大丈夫?」。「そうちゃん、ママのおなかの中で、もう少し大きくなってね。でも最近、ちょっと元気がないよね、大丈夫?」 病院の先生は二人の声を丁寧に聞いてくださいました。そして、ベストのタイミングで帝王切開になりました。月曜日の午前3時5分、そうちゃんは1,575グラム生まれました。小さかったですが、大きな声で元気に泣いたそうです。
 
がんばったね。えらかったよ。
 
ママは初対面のそうちゃんの頭をやさしくなでたそうです。部屋に帰ってきたママは心配して待っていたパパに言いました。「かわいかったよ。」
 
おじいちゃんと2人のおばあちゃんは、すぐにはそうちゃんに会えませんでしたが、保育器を卒業した日曜日に新生児室のガラス越しにやっと面会できました。小さい小さいそうちゃんは、ママの腕の中で気持ちよさそうに眠っていました。パパにおしめをかえてもらって、うれしそうに足を曲げたり伸ばしたり。
 
「パパ似かな。」「早く抱っこしたいね。」そうちゃん、みんなが応援してるよ、見守ってるよ。ママのお乳をいっぱい飲んで、ゆっくりゆっくり大きくな~れ。ママはそうちゃんと動物園に行きたいそうですよ。
 
2019.02.09
あっくんへ
ばあば
あっくんは1歳7か月の男の子です。パパとママの宝物であり、離れたところに住むじいじとばあばにとっては、かわいい初孫です。
 
あっくんが「バイバイ」と言って、小さい手を振りました。ばあばが、「もう一度バイバイと言って」と言うと、あっくんは「バイバイ」と言いました。本当に聞こえたのです。でもそれは夢の中で聞こえた、あっくんの声でした。
 
あっくんは、気が向けばバイバイと手を振ることはありますが、まだしゃべれません。でも本当に夢の中で、ばあばは、あっくんがしゃべるのを聞きました。この前は、「ばあば、好き」と走って来てくれました。あっくんが「ばあば、好き」と確かにしゃべるのを聞き、うれしくて抱き上げました。このときも、夢の中で聞いたあっくんの声でした。
 
あっくんとは、なかなか会えませんが、少しずつ成長しておしゃべりできる日が来ることを、ばあばは祈っています。そして、ママとパパに、「ママ、大好き」「パパ、大好き」と大きい声で言ってね。その次でいいので、「じいじ、好き」「ばあば、好き」と言ってくれれば、じいじもばあばもうれしいな。
 
2019.02.02
ばばちゃん、負けないからね
ゆみ子ばばちゃん
生まれてきてくれてありがとう。
 
あなたが育っていくのをいつまで見られるのか分かりません。あなたがハイハイするまで。あなたがたっちするまで。あなたがあんよするまで。
 
ばばちゃんの身体にはがんという悪い子が住んでいるので、いつまであなたに会えるか分かりません。あなたが生まれてくることが分かった時は「本当なの」と思えるほどうれしくて。ママのおなかにいる時から可愛いくて。あなたに会えただけでばばちゃんはラッキーです。
 
あなたはどんどん大きくなって何を見るのかな? 何を感じるのかな? ばばちゃんに聞いてほしくなったら紙に書いてママに渡してください。紙はピンクがいいな! パパのこと、ママのこと、友だちの声、学校のこと、たくさん、たくさん教えてください。ママはきっとあなたの頭をそっとなでてくれるでしょう。それがばばちゃんからのお返事です。「お手紙ありがとう」のお返事です。
 
ばばちゃんは1日でも長く、あっ君の可愛い顔が見られるよう、がんなんかに負けず頑張ります。ばばちゃん負けないからね。
 
2019.01.26
出産。一時どん底に
浦和の母
誠へ。
 
もう43年も昔の、あなたが生まれてきたときの話です。産気づいたのになかなか生まれず、陣痛55時間は、とてもきつくつらかったです。いよいよ……と思った時、羊水がにごったとかで、帝王切開。その後は、にごった羊水を飲んだとかで、小児科へ。先生から「酸欠なのでどうなるかわかりません」と聞いたときは、人生のどん底でした。
 
退院したのは、約2か月後。チアノーゼが出るのでと、おっかなびっくりの育児。1歳になったとき、先生から「異常ありません」と言われたときは、ほっと一安心。それからは、あなたは順調に育ってくれ、今は5歳の娘のパパになりました。
 
今でも、あの時の苦しさを思い出すと涙がでます。面会はつらかったです。でも、今では、みんなで思い出話ができるのが、何よりと思っています。医療の進歩がありがたいとも思いますよ。
 
2019.01.19
生まれてくる初孫へ
奈良のばあちゃん
「赤ちゃん、できました」って、初めてママからTEL(電話)あったときは、本当に本当に、うれしいうれしいの一言。涙、涙でした。だって初めての孫ですもの。それも女の子。5人兄弟で育ったおじいちゃんの夢。ばあちゃんの姉妹の孫も男の子ばかり。みんな、女の子の赤ちゃんに憧れて……。女の子のふりふりドレス。七五三の赤い着物、振り袖。どんなに想像していたことでしょう。もう、今から、あれもしてあげたい、こんなこともしてあげたいと、夢がふくらみます。
 
子ども大好きなあなたのパパは、スタートが遅れた分、人の何倍もの夢をそそいで、育ててくれることでしょう。ばあちゃんの家でも、もう会う前から、ワクワク、ドキドキしています。古希も過ぎ後期高齢者に近づいてきたばあちゃんですが、ついこの間までは、好きな音楽を聴きに行ったり、地元の奈良の史跡巡りをしたりと、何となく過ごしていました。でも今は、全然違います。
 
もうすぐ生まれてくる赤ちゃん、あなたに、まずはどんなあいさつをしようかな。初めまして、どうぞ、よろしく! かな。これから、仲良くしてネかな。顔を見たら、きっと何も言えなくて、泣いてしまうでしょうね。みんなが待ち望んでいます。早く会いたいな。元気に出ておいで、みんなで待っているよ!
 
2019.01.12
3人の子どもたちへ
3人の子どものお母さん
今から6年ほど前、小学生だった長男が急病で倒れ、わずか2日後に亡くなった。長男が亡くなった時、2歳だった次男が現在は小学生になり、お兄ちゃんのランドセルで元気よく登校している。
 
そして次男が小学生となったと同時に妊娠が分かった。安静生活を余儀なくされ不安な日々が続いた。結局、緊急帝王切開で2か月ほど早い出産となった。小さいけれど出産したとき、元気に泣いてくれた赤ちゃんをみて、ほっとしたのを覚えている。亡くなった長男と同じ申(さる)年の初めての女の子だった。次男と長女にはお兄ちゃんの記憶がないと思う。
 
とても優しいお兄ちゃんだったよ。お母さんは3人の子どもたちが大好きです。
 
2019.01.05
8歳になったれいちゃんへ
れいのばあば
お誕生日おめでとう! パパとママが希望をもって名付けた「嶺(れい)」。その名にたがわず山好きの元気な、でも優しい女の子に育ってますね。歩き始めると背負子(しょいこ)に乗り、6歳、7歳には富士登山、ことしは槍ケ岳とか。また、「登ったよ!」のうれしい声が届くのを待ってます。
 
れいちゃんが「お外へ出たいよ」と、ママのおなかをたたいているとき、パパはママの汗を拭き、ネネちゃんとばあばは背中をさすり、頑張れと声援を送ってました。生まれましたよの声に、元気な泣き声かなと産室へ急ぐと、何とれいちゃんはお腹が空いたとばかり右手をお口に入れ、チューチュー吸ってました。その後はママのおっぱいを力強く飲み、保育園の初めての離乳食は足りないと大泣きし、先生をあわてさせましたね。元気に育ってくれるでしょうと、ばあばは安心しました。
 
ばあばが古希のとき授かったたった一人の孫、大切な大切なれいちゃんです。大好物のおはぎと「ばあばスープ」がいつまでも作れるように、ばあばも頑張りましょう。
 
この混沌とした世の中、平和で明るい未来になるように、今のまま素直で、元気いっぱい、気配りのできる子に育ってくれますようにと願うばあばです。
 
 
2018.12.29
華鈴(かりん)ちゃんへ
ハッピーバーバ
今にもはちきれそうなおなかが、時々ピクピク動いています。この中に私のひ孫、華鈴ちゃんが入っているのですね。87歳。ばあばはここまで生きるとは思っていなかったし、ましてひ孫のあなたに会えるとは、夢にも思っていませんでした。
 
私の子育ての頃は、おむつをいっぱい干して、きょうみたいに雨の日は、乾かすのにひと苦労でした。今は紙おむつとやらで、洗わずに皆捨ててしまうのやそうですね。乳母車も「ベビーカー」とか言ってすてきで、だっこひもも、ほんとによくできていておどろくばかりです。
 
どうぞ元気で強い子に生まれてくださいね。そして世の中が暮らしよくなって、あなたたちが育ちやすく、空気もお水もきれいになりますように、平和がいつまでも続きますように。政治もがんばって、格差社会も何とかしていただけますように。毎日神様にお祈りしています。
 
ばあばはきょうまで元気で来られたことを感謝し、可愛いあなたに会える日を楽しみにしています。
 
2018.12.22
あおと君へ
おばあちゃん
あおと君、この世界に来てくれてありがとう。ママのところに来てくれてありがとう。
 
ママはあなたに会えることを長い長い間待っていたのよ。やっと結婚したママはすぐにあなたに会いたいと思っていたのよ。でも会えずにママはいったん一人になってしまいました。ママはその頃よく泣いていました。あおと君のいとこのいっくんやめいちゃんをかわいがっていても、お仕事にがんばっていても寂しそうでした。
 
やがてママはまたあなたに会おうと決心、週末は、仲良くくらせるパパを探す日々になりました。でも30代も後半のママにはなかなかパパが見つかりませんでした。つらいこともたくさんあったみたいでした。でもついにパパと出会ったの。パパもあなたに会いたくて、2度目の結婚でした。
 
やっとママのおなかにあおと君が来てくれた時はみんなびっくり、とってもうれしかったよ。うまれるとき、あおと君はなかなかママのおなかから出られずにママは死にそうな目にあいました。今はママも元気になってよかったね。やさしいママでよかったね。
 
あおと君がおすわりをして、おばあちゃんを見て笑うと幸せが広がるよ。「あおと君、この世界に来てくれてありがとう」って毎日のようにいってるよ。ママに「またいってるね」と笑われながら。
 
2018.12.15
お父さん、ママになったよ
斎藤望
私は秋になるといつも父のことを思い出します。
 
大きな温かい手。稲の匂いのする9月末、父は2週間の検査入院をすると家族に話しました。まだ小学校3年生だった私は、父のあぐらの中に納まって聞いていました。下から見上げる父の顔、そしてつないだ手のぬくもり。空高い10月、父は検査入院の最中に病状が急変し天国に旅立ちました。
 
ことしも変わらずにまた秋を迎えました。お父さん、私、結婚したよ! そしてとっても愛(いと)おしい、女の子が生まれたよ。名前は結(ゆい)! 夫の手、小さな小さな結の手を両手に繋ぎ、川の字に寝ている時、この幸せなぬくもりにそっと父の手のぬくもりも重ねます。
 
いつも見守ってくれてありがとう。これからも天国で成長を見守ってね。
 
2018.12.08
孫へ
バーバー
あなたのことを一日千秋の思いで待ち焦がれています。あなたのお母さんは娘時代に病気になり、体力的に出産に少し不安を感じておりました。あなたの誕生を心待ちにしていましたが、なかなか授からず、悩んでいました。
 
願って願って授かりました。お母さんはあなたのことを大切に思っています。もちろん、おとうさんもおじいちゃんもおばあちゃんもです。どうぞ安心して生まれてきてください。
 
あなたは多くの人に幸福を授ける天使です。元気な声でこの世に誕生を宣言してください。みんな一緒に未来に進んでいきましょう。 あなたの人生はあなたのものです。決して大人の考えを押しつけることなく関わっていきたいです。あくまでもあなたをサポートできるとうれしいです。自分で人生を切り開ける人になってください。一緒に成長していきましょう。
 
待っています。
 
2018.12.01
はじめの一歩へ
こうちゃんのバーブシュカ
10月のカレンダーに赤丸をつけました。1歳4か月の孫の「こう」の保育園の運動会の日です。昨年の3月、96歳で母が亡くなり、翌4月に予定日より8週も早く、未熟児として生まれてきた「こう」。医療スタッフと両親に見守られ、約1か月半の保育器での生活の後、娘に抱かれて信州のわたしたちの前に現れました。
 
母の死と入れ替わりの「こう」の誕生は、生命のつながり、生まれてくれる喜び、生・老・病・死という人の一生のサイクルの奥深さを考えさせてくれました。
 
「やっちゃダメだよ。あぶないよ」という意味で、「メッメー!」と言って聞かせると、「ミミー!」と耳を指して「にやっ」と応じる抜群のセンス?。高速ハイハイからつかまり立ち、つたい歩きが「そろり」と一足、二足。10月の運動会のころには、文字通りのはじめの一歩のアンヨが始まることでしょう。
 
虐待で亡くなる赤ちゃん。爆撃で、難民として逃れる海で死んでいく赤ちゃん。同時代の厳しい現実の中に生まれてきた「こうちゃん」。新しい発見のときは、「オーッ!」と大声をあげ、何か理解できると「アーッ」と叫ぶ。「メーッ!」と言われることをやるときのいたずらっ子の目の輝き。
 
育ってください! 目の前にいなくても、思い浮かべるだけで頬がゆるむ幸せな「じいさんとばあさん」にしてくれた「こうちゃん」。世界を感じとって、小さな一歩を歩み出してください。
 
2018.11.24
誕生おめでとう。そして、ありがとう。
冠名(かんな)
「自然妊娠は、非常に難しい」。そう言われて、すがるようにして飛び込んだ世界でした。それからは、何パーセントという確率の繰り返しに、想(おも)いの全てを懸ける日々。結果に一喜一憂し、追いつめられていく心。感じたことのない不自然な張りや痛み。自分の身体に負担をかけているという自覚。積み重ねっていく治療費。聞けなくなっていく友人の近況。努力しても報われない現実。それでも、どうしても会いたかった。
 
10週を越えてからの健診で診断された繋留(けいりゅう)流産。2回目の妊娠で発覚した子宮頸管無力症。手術、その後も続く長期入院。ただひたすらに、無事に会えることを祈った結果、早産で生まれてくれました。
 
女性には、妊娠出産の適齢期があって、それは決して無視できないこと。医療の力では変えられない、どうしようもない状況もあるということ。どれだけ願っても、努力しても、叶わないことはあるということ。そして何よりも、一つの命が今ここに在るということは、奇跡の繰り返しなのだということ。いろんなことを知り、考え、感じた、長い日々でした。
 
「和夏(わか)」。あなたが生きるこれからの時代も、どうか平和な夏が訪れますように。誕生おめでとう。そして、ありがとう。やっと会えたね。
 
2018.11.17
コハちゃんとトキちゃん
二人のおばあちゃん
息子から、慌て声で「おかん、こども出来た、双子やねん」の電話。わぉー、2倍うれしいなと家中、大喜び。その2週間後、沈んだ声で「出産まで無事にもつかどうか、普通に育つか分からんらしい」という電話にぼうぜんとなりながら、無事にきっと生まれてくると信じ、祈った日々でした。
 
春の穏やかな心を持って、一時一時を感じながら育ってほしいとの願いをこめて、心春(こはる)と時男(ときお)と、パパとママが命名しました。コハちゃんとトキちゃん……何回も口ずさみ誕生を待ちました。
 
2人は9か月でデビューしましたが、すぐに2人とも新生児集中治療室(NICU)へ。ばあちゃんと握手できたのは、3か月たってからだったけど、大きな泣声で、抱っこした途端、うれしさのあまり、おばあちゃんも泣きそうになりました。
 
しかしその後、2人は生死を分かち、踏ん張ってくれたコハちゃんは今、2歳半。歩けるようになり、おしゃべりも上手になりました。色白の京美人を婆ちゃんが保証しますよ。「おばあちゃん、だっこ」の言葉やしぐさ。いろいろとお世話になった方々に感謝です。トキちゃんはお空の向こうでやんちゃにしているかな? 時々、おばあちゃーんと呼んでいる声を感じ、「はぁぃー」と自転車をこぎこぎしながらお空に向かって、手を振っています。
 
コハちゃんとトキちゃん、心はずっーと一緒だよ!
 
2018.11.10
赤ちゃんのために……
丸橋登代子
私たちの地方には、赤ちゃんが1歳を迎えて後、座れるようになったら、箕(み)という農具にソロバン、筆、本などの実用品を入れて、その中から一つを握らせるという習慣が残っていました。何を取ったのかは覚えていないが、私もしてもらったし、二人の息子たちにもさせた思い出があります。
 
無論、赤ちゃんは無意識で何かを握るのですが、周囲の大人たちは、興味津々でそれを眺めながら、赤ちゃんの将来を占うという風習です。ソロバンをとれば商人に向いている、筆をとれば学校の先生とか文筆業とか、あれこれと思いを巡らせて楽しむのです。赤ちゃんの将来というのに大きな大きな期待をかけ、それを楽しみ、夢をかけたのだと思のです。
 
しかし今、「明るい未来」はあるでしょうか。猛暑が来年、再来年とさらにひどくなり、子どもは虫を捕ったり、川や海で遊べなくなるかもしれません。私たち大人は、なすべきことを真剣に考えなければなりません。省エネに努め、車ではなく自転車を使う、地産地消で都会ではなく田舎生活を再考にする……。未来を明るいものにするため、私は大切だと考えています。
 
2018.11.03
まだ見ぬひ孫への手紙
よっちゃん
私と孫の年齢差は50歳。男2人で、すでに26歳と27歳の社会人になっている。私に似て男前で女性にモテると思う。
 
孫が生まれたとき、息子には50歳のおじいさんと冷やかされたが、私は孫に自分のことを親しく「よっちゃん」と呼ばせるようにした。そのため、孫は今も家に帰ると「よっちゃん、ただいま」と言ってくれる。他の人がいると、「よっちゃんて誰や」と聞かれるが、2人の孫はニヤニヤとして意に介さない。2人とも年ごろになり、いつひ孫が誕生してもおかしくない。楽しみに待っている。
 
私の妻は地方から就職で金の卵として大阪に出て来た。職場で彼女と出会い、当時、職場結婚はできなかったが、8年間勤めて、許しを得て、大恋愛の末結婚した。私も彼女も23歳だった。私は孫たちにもよき青春を送ってほしいと思う。
 
妻に「夢でひ孫に出会った」と言うと、私の待ちわびる気持ちを見て取り「果報は寝て待て」と笑われた。
 
2018.10.27
元気に育ったことに感謝
儀間真治
8月の暑い夜。午後11時ごろ、妻の陣痛が始まる。娘たちを起こし、約13キロ離れた実家の父母に預け赤十字病院へ。明け方、君は生まれた。
 
男児を期待したが顔は僕に似ていた。気持ちだけは通じたようだ。妻は子育ての疲れが重なり結核を発症した。直ちに結核療養所に入院。僕は、日曜祭日を除き、日中は娘たちを実家に預け出勤する生活が始まった。当時チャイルドシートはなく、乳児用ベッドに寝かせ、2歳と4歳の娘たちに見守らせて運転した。
 
入院から約2か月後、妻は週末だけ帰宅できるようになる。子どもたちは喜びはしゃいだ。久しぶりに家族5人で暮らすある日の深夜、君は高熱で顔色が青白くなり、ひきつけを起こし白目をむき出した。このまま死ぬのではとの不安に襲われた。救急車を呼び入院。直ちに髄膜炎を疑い脊髄(せきずい)液検査を行う。痛みで泣き叫ぶ声に、僕は涙が止まらない。入院中は病室で付き添った。
 
君は元気でケガも多かった。小学1年の時、登校時に門から道路に飛び出し車の急ブレーキ音に命が縮まる思いをしたこともあった。今、4児の母親で子育てと仕事に頑張っている。姉妹の中で最も気丈で元気に育ったことに感謝している。
 
2018.10.20
世界で1番幸せなママにしてくれてありがとう
さやちゃん
もうすぐ7歳になるあんちゃんへ。少し早いけれど、お誕生日おめでとう! ママはあんちゃんが生まれた日のことを一生忘れません。微弱陣痛で破水から24時間たっても生まれてこなくて、翌朝、陣痛誘発剤を打ってやっと生まれてくれました。陣痛が長くて苦しかったね。もっと早く出してあげたかったけど、無事に生まれてくれて本当にありがとう。出産はパパとママとあんちゃんのはじめての共同作業でした。
 
いろいろなことがあり、最初で最後の共同作業になってしまったけど、これからはママと2人、力を合わせてたくさん楽しいこと、幸せなことを経験しようね! あんちゃんが生まれてきてくれて本当に感謝しています。世界で一番幸せなシングルマザーだと思ってます。いつも励ましの手紙、手作りのプレゼント、本当にありがとう。仕事ばっかりでなかなか一緒にいられないのに、寂しいとか泣き言も言わずにいつも応援してくれる。強がりでしっかり者すぎるから心配だけど、ママはいつでもいつまでも、あんちゃんの味方です! ママだけでなく、じーちゃんも、ねーちゃんも、おじさんも、さなちゃんも、ママの友だちも、会社の人もみーんなあんちゃんの味方だよ!
 
みんなが可愛がってくれて、愛情を注いでくれてる。あんちゃんはママの誇りです。お友だちとたくさん遊んでお勉強して恋愛して、ステキな女性になってね!
 
いつも本当にありがとう。
 
2018.10.13
「お母さん」にしてくれた子どもたちへ
ユイミユママ
まず、2人に一番伝えたいこと。それは「お母さんを、お母さんにしてくれてありがとう……」ということ。あなたたちを授かる前に、3度の流産で、口では言い表せないほどの悲しみを経験しました。お母さんの小さいころからの夢は「お母さんになること」でした。もう、子どもはあきらめないといけないかもしれないと、お父さんと一緒に、たくさん泣きました。
 
そんな日々を過ごしていたころに、フッと唯人(ゆいと)が自然な形でお母さんのおなかに降りて来てくれました。でも、無事に生まれてきてくれるまでは不安で不安で……。けれど唯人はそんな私の心配をよそに、順調に育ち、予定日通りに元気な産声をあげてくれました。
 
涙が止まらなくて、震えるほどの感動を今でも覚えています。分娩台の上で絶対もう一人産みたい!と強く思いました。その願いが届いたのか、年子という形ですぐに心優(みゆう)が生まれてきてくれましたね! 普通なら年子育児は不安になるところでしょうか? でも、お母さんは、不安よりあなたたち2人を育てることが、楽しくて楽しくて仕方ありません♪ かわいい2人の天使、お父さんとお母さんを選んでくれて、ありがとう……。精一杯、お母さんをさせてもらいます。
 
夢、かなえてくれて本当にありがとうね。
 
2018.10.06
信じてるよ
母ちゃん
兄ちゃんと3歳離れて生まれた君は、生まれてすぐから、私を見てはニコっと笑い、おなかがいっぱいになればウトウトと寝ついてくれる手のかからない赤ちゃんだったよ。兄ちゃんは1日に何度も泣いて、母ちゃんはヘトヘトだったから、君は赤ちゃんながらに親孝行をしてくれてるんだなぁと思ったの。
 
幼稚園に行くようになっても、君は歩きで、兄ちゃんは抱っこだったの覚えてる? 赤ちゃんの時に構ってあげてない分、大きくなって君に困ったことがあれば、母ちゃんは全力で支えようと誓ったの。
 
だけど、中学生になった君の反抗期には、母ちゃんはもう降参しそうだよ。これまで君に教えてきたことは何だったんだろうって、正直途方にくれている。子どもと大人のはざまのような君に手を差し伸べるのは、もはや母ちゃんの役目ではないのかな。
 
でもね、何度も言ってるからもう分かっていると思うけど、母ちゃんは君を信じて待っている。君に何回裏切られても、君を見捨てない。だから君は君の信じる道を行きなさい。
 
2018.09.29
心望(ここみ)と陸(りく)
ヒゲノスマイル
2人がグランパの命を受け継ぎリレーしてくれることを、グランパはとってもうれしく思っているよ。君たちがお母さんのおなかの中に宿ったことを聞いた時は、“かくしてDNAはつながった”と実感したものだ。
 
2人が生きていく時代はどのような時代になっているんだろうね。時代がどうあれ、すべてのヒトはもちろんのこと、地球上に生きる生物や植物とも共に生きて、この地球が美しい星であることを君たちの次の世代につないでいってくれることを、グランパは願っているよ。
 
先日、君たちはハイハイができるようになった。もうすぐ立ち上がり歩くようになるだろう。グランパが君たちと共に生きる時代がどれだけあるかは分からないけれど、君たちが一日一日成長していく姿をいつも楽しみにしながら見ているよ。
 
元気に育っていけよ。
 
2018年7月30日、グランパ70歳
 
2018.09.22
あゆむくんへ
おばあちゃん
あなたが、お母さんのおなかから、あまりにも早く、あまりにも小さく生まれてきたので、おばあちゃんは、「せっかくこの世に生を受けたのに、無事に育つのかな」と、本当に不安で、本当に心配しました。でも、病院では祝い膳が出て、お母さんを祝福してくれました。そのときの写真があるので、あなたが大きくなったら、お母さんに見せてもらってね。ものすごく豪華で、おいしそうで「おめでとう!」という感じだったよ。
 
それで、おばあちゃんもクヨクヨ心配するより、きょう一日あなたが無事でいてくれたら、それだけで感謝しようと思えるように なりました。そして、何よりも、おばあちゃんも一日いちにちを丁寧に生きていこうと思いました。
 
長いNICU(新生児集中治療室)生活を経て、退院してきたあなたは、やっぱり小さかったけど、元気にミルクを飲んだり、寝たりと普通の生活ができるようになったのでうれしいです。定期的な検診もまだまだ受けなくてはならないようですが、でも大丈夫! あなたならなんとか乗り越えていくでしょう。
 
いとしいあゆむくん、生まれてきてくれてありがとう! ズーッと愛しているよ。
 
2018.09.15
赤ちゃんへ
おばば
ある日、あなたのママから電話がかかってきました。ママは泣きじゃくっていました。「赤ちゃんができたの。この子を産みたい!」「せっかく私のところにきてくれた子だから」と。
 
おばばはびっくりしました。だって、あなたのパパのことはママしか知らないんだもの。ママとおばばは、長い時間、電話で話しました。ママは、いっぱい、いっぱい悩んで、たくさん、たくさんの涙を流して、あなたのママになる一大決心をしたのです。
 
それまでのおばばは、今さらこの歳になって、孫はいらない、長生きはしたくない、寿命の短くなる薬はないものかと、考えていました。でも、そんな思いは吹き飛んでしまいました。
 
ママのおなかの中で元気に育っているあなたの姿を確認するたび、ママは笑顔になります。あなたとママが出会える日がとても待ち遠しいです。ママに最高の笑顔をプレゼントしてあげてください。そして、私を「おばば」と呼んでネ。
 
2018.09.08
ちいさなあなた
ゆぽ
3週間以上もはやく生まれてきた晴幸くん、おなかの外の世界はどうですか? 体重がなかなか増えないまま2,040グラムという小さな身体で生まれてきたあなた。はじめて会ったとき、あまりにも小さく、ママの中にはうれしさと同時に不安がうまれました。それでも誰よりも大きな産声で、元気に泣いている姿をみたら、うれしくてうれしくて涙が止まらなかったよ。
 
生まれてからのあなたは、ママの心配をよそに、他の新生児たちと同じくらいミルクをのみ、元気に泣き、手足をいっぱい動かして、今を一生懸命に生きています。看護師さんたちも「まだ飲むの~?」とびっくり。毎日驚きの成長をみせてくれているよ。
 
生まれる2週間前から全く体重が増えていなかったあなた。自分で決めて、この日に出てきたんだよね? 生きる力を感じました。判断力と行動力のある子なんだとママは思っています。別に大きくなんてならなくていい、普通に元気に育ってください。
 
誰かのことを「生きているだけで幸せだ」と思えたのは人生で初めて。愛する我が子、パパとママとお姉ちゃんと、晴れやかに幸せな日々を一緒に過ごそうね。
 
2018.09.01
本物の涙パート2
お花屋さんの娘たちのママ
一人目は37週で妊娠高血圧になり急きょ出産でしたが、二人目はノントラブルだったので、三人目も大丈夫だろうと気楽に考えていたら33週で切迫早産、入院になりました。出産まで入院かと覚悟をしていましたが、点滴と安静でよくなり自宅療養できることに。赤ちゃんからのプレゼントだと思い、出産までのんびり過ごすことにしました。その間2人のお姉ちゃんは、祖母のはーちゃんのお世話になっていて少し寂しい思いをさせてしまいましたが、赤ちゃんとママのためにがんばってくれました。
 
予定日は9月27日でしたが「9月13日に産む!」と出産宣言をしていると、9月13日の朝に陣痛が始まりました。仕事に行っていたパパは急いで駆けつけてくれました。いよいよ出産です。あまりの激痛にパパの腕を、折れそうなほど強い力でつかんでしまっていました。無事に出産を終えホッとしてパパを見ると、お姉ちゃんたちの時と同様、やはり涙を流していました。
 
3回の妊娠はそれぞれ違いましたが、出産は何度経験しても感動することに変わりはないんだなと思いました。我が家の3姉弟、ゆりちゃん、るりちゃん、せいじくんは、パパとママに感動を与えてくれました。これからいろいろ大変なこともあるでしょう。そんな時は思い出します。生まれてきてくれてありがとう。(昨年6月に続き2通目のお便りでした。)
 
2018.08.25
大好きな翠(みどり)
杉山千秋
あなたは、1歳を過ぎて、ますます表情が豊かになり、いろいろなことに興味を持つようになりましたね。たくさんイタズラもするから、目が離せないけれど、毎日成長していくあなたの姿を見ることがお母さんの楽しみです。今は、不安定だけれど、一生懸命によちよち歩く姿がとっても可愛いです。おしゃべりも上手になり、食べることが大好きなお母さんの影響からか、「まんま!」が一番上手に言えますね。
 
あなたを出産するまで、つらい経験もしました。それだけ、子どもを授かること、無事に出産することは、大変なことだと実感しました。切迫早産で入院した時は、毎日不安で仕方がなかったけれど、おなかの中のあなたに「一日でも長くお母さんのおなかの中にいてね」と願うように話しかけていました。そんな声が届いたのか、あなたは予定日を過ぎてから、元気な産声をあげて生まれてきてくれましたね。本当にありがとう。あなたの誕生が、多くの人を幸せな気持ちにしてくれました。
 
ことしの4月からは、保育園に通うようになりました。すべり台や砂遊びなど、毎日泥だらけになりながらお友だちと遊ぶ姿が、とてもたくましく見えます。でも、まだ1歳。お迎えに行くと、ほっとして涙を浮かべることもあります。一緒にいる時間を大切に、これから楽しい思い出をたくさん作ろうね! 明るくて素直な子に育ちますように……。
 
2018.08.18
「いっち」へ
佐藤真弓
あなたが生まれて1年4か月がたちました。毎日、毎日できることが増えて、「ばばちゃま」はすっかりあなたのとりこになりました。
 
そんなあなたを見ながらパパが生まれたときのことを思い出します。切迫流産と切迫早産という2度の危機を乗り越えて生まれたパパ。可愛くて大切で、今でも「ばばちゃま」の最高の宝物。笑う人もいるけれど自分の生命と同じと思うくらいです。
 
「いっち」と一緒に暮らして、日々成長する姿を見ながら、パパのときはこんなに余裕を持って見られなかったことを残念に思ったりします。だから「ばばちゃま」は、「いっちのママ」の強力なサポーターになる決意をしています。ママが「いっち」の子育てを楽しんでくれるように願っています。
 
今はまだ可愛らしい宇宙語で盛んにお話をしているあなたと会話できるようになったら、パパとママのこと、たくさんお話ししてあげるね。思いやりという勇気の絆があなたにも伝わっていくように。そしてあなたの未来が平和で穏やかな日々であるように祈っています。涙さえ美しい、「いっち」の泣き顔は幸せと喜びの涙でありますように祈っています。
 
「いっち」。毎日ばばちゃまを笑顔にしてくれてありがとうね。
 
2018.08.11
葵君へ
日高のバアバ
7月2日は葵(あおい)君の1歳の誕生日。おめでとう。
 
葵君には6歳でことし1年生のお姉ちゃん、心晴(こはる)ちゃんがいます。葵君が生まれて、みんなが葵君のことばかり見ていて、お姉ちゃんは少し寂しい思いをしましたね。
 
葵君が生まれる1年前、大変なことが起きました。ママのおなかの中には赤ちゃんがいたのですが、7か月でこの世に生まれることができなかったのです。楽しみにしていましたので、つらい日が続きました。泣いたこともないおじいちゃんが涙を流しました。でも、ママの頑張りがあり、1年後に葵君が生まれたのです。元気に生まれたことに感謝をし喜びました。
 
葵君は、順調に大きくなって元気いっぱいです。近くに住むおじいちゃん、おばあちゃんは、葵君と心晴ちゃんに会いに行くのが楽しみです。会うたびに表情が豊かになり、顔を見ると声を出して呼んでくれます。お姉ちゃんの存在は大きく、相手をしてもらうととても喜び、声を出して笑います。仲の良い二人の姿を見ていると、おばあちゃんは幸せだなーと思います。
 
この幸せがいつまでも続きますように。葵君、お姉ちゃんといつまでも仲良くしてね。帰るときは、葵君とお姉ちゃんとでお見送りをしてくれます。バイバイができるようになって、その姿はとってもかわいいです。葵君、おじいちゃん、おばあちゃんと呼んでくれる日を待っていますよ。また会いにいきますね。よろしくね。
 
2018.08.04
初孫八朔
小塚久枝
八朔(はっさく)! 私の初孫です。実は、私は、若いころは赤ちゃんも、小さな子どもも苦手でした。どうしてあやしたらよいのかも分からず、まわりの大人が小さな子どもに平気で声をかけるのが不思議でした。照れもあるし声をかけようとも思いませんでした。
 
ところが、年を重ねるにつれて、子どもに声をかけるのが楽しくなりました。そんな私に昨年、初孫が誕生したのです。八朔です。7月生まれでべつに八朔が大好きでもないのに、呼びやすいからと。でも私も気に入ってます。はっちゃん、八朔! 可愛いです。毎日のように、嫁ちゃんが、写真を送ってくれます。うれしいです。楽しいです。動画もあります。最近は、あぶあぶとお話もするようになりました。成長著しいです。
 
私の子どもたちは、私自身が、毎日自営業に追われて、どんな子育てをしてきたのか、成長の段階なんてわかりません。でも夫の両親と同居していたお陰で、愛情たっぷりに育ってくれました。八朔の父、長男は子育てのお手本はじいちゃんと言っています。
 
さて、八朔の未来はどのようでしょうか。平和でしょうか。すべての人々が幸せであってほしいと思います。姑は広島で被爆しました、現在89歳。核兵器廃絶を訴えて、青年たちにその思いを託しています。私も八朔のために、世界のすべての子どもたちのために平和を希求していきたいと固く誓います。
 
2018.07.28
三つ子
西川美鈴
34年前、私は2人の子どもを連れて再婚をしました。そして、おなかに赤ちゃんができましたが、妊娠4か月目に「三つ子さんですよ」と言われ、いっぺんに5人の子どもになる驚きとうれしさに、その日を待っていました。
 
妊娠8か月の最終に破水をして、すぐに入院。1週間は安静にして、帝王切開で3人とも産まれましたが、1,400グラムの低体温児ですぐに保育器に入ることになりました。
 
私は出産後、熱が下がらなく苦しんでいましたが、その日の夜中、急に目が覚め天井を見ていたら、病室の天井の空気が突然切れたように感じました。次の日、主人に聞くと、その時間に三つ子の1人が亡くなったと!
 
きっと私に会いに来てくれたと思いました。一度も抱いてあげられなく、悲しくて、もっとおなかにいるときに大切にしてあげればと後悔で涙が止まりませんでした。夜中に感じた不思議なことは、きっと子どもと私の二人だけの絆かなぁ。それに、あとの2人を守ってくれたんだよね。
 
2018.07.21
我が子へ
遠くの母
5月15日、長女誕生。この時を迎えられた喜びと安堵(あんど)でいっぱいでした。そしてこれから1週間、一生分の愛を込めて触れよう、声をかけよう、そして覚えておこうと初めてあなたに会えた時に決めました。
 
たくさん迷いましたが、命を一人で守り育てるには自分はあまりに非力。だから特別養子縁組という覚悟をしたのに、今はあした迎える今生の別れを考えると、涙が落ちない時間が無いです。このままあなたを連れて帰り、一緒に生きて行けたらどれだけいいか。
 
あなたの名前は、あなたのお父さん、お母さんからあなたへの最初のプレゼントですが、私にとってもそうだと感じました。きっとこんな素敵な名前を考えてくださるご両親の子どもになるあなたは、本当に幸せなんだと安心させてもらえたのです。
 
私は遠くからあなたの幸せを一番に願わせてください。
 
さようなら。ありがとう。どうか幸せな人生を。これから悩んで落ち込んで傷付くことがあっても、どうかこんなにもあなたを愛しているお父さんとお母さんを心の頼りに。
 
私は届けることは出来ませんが、あなたへの愛と共にこれから生きていきます。
 
2018.07.14
忘れられない母の日
穂佳ママ
穂佳(ほのか)が生まれたのは、3年前の5月10日の夜。
 
そう、偶然にも母の日だった。予定日は5月13日と言われてたけど、あなたはとても素晴らしい産声というプレゼントを届けてくれた!
 
2,290グラムで小さく生まれてきたけど、大きな病気もせず、すくすくと育って元気な女の子!
 
ママにとっては母の日は誕生日と同じくらい大切な日。母の日にママになれたと言う幸せなことだから一生忘れない。
 
秋にはお姉ちゃんになる穂佳。家族思いの素敵なお姉ちゃんへ。
 
ママより。
 
2018.07.07
もうすぐうまれる君へ
しゅうとくんの父
しゅうとくん  こんにちは。おとうさんだよ。
 
しゅうとくんは げんきかな? いっぱい あそんでるかな? いっぱい たべてるかな? いっぱい わらってるかな? どんな こどもになっているかな?
 
おとうさんは しゅうとくんにあえるのが とってもとってもたのしみです。しゅうとくんがいろんなことをできるように、おとうさんはがんばるよ。
 
しゅうとくんが たのしんでくれたら おとうさんはとってもうれしいです。
 
いつまでも げんきでいてね。
 
2018ねん4がつ22にち(4がつ30にちよていび)
 
2018.06.30
まだ見ぬ君へ
しゅうとくんの母
しゅうと君、お母さんとお父さんの子どもになってくれて、ありがとう。私は、あなたがおなかに来てくれたかもしれないと思ったとき、とてもうれしくて、とても幸せな気持ちになりました。特に妊娠5か月目にあなたがおなかの中で動いているのを感じてからは、「ぽこちゃん」とニックネームを付けて、話しかけたり、歌を歌ったり、絵本を読んだり、お父さんと2人で、毎日毎日元気に生まれてくるのを楽しみにしていました。
 
これを読んでいるしゅうと君はもう、いくつになっているのでしょうか。これからいっぱい楽しいこと、うれしいことがあると思います。時には悲しいこと、辛いこともあるかもしれません。でも、これだけは覚えていてください。私はずっとあなたの味方です。しゅうと君が自分の幸せを見つけたり、つかんだりする力を持てるようサポートしていきたいです。しゅうと君の人生の主役はしゅうと君です。
 
私があなたのお父さんと出会い、しゅうと君がおなかに来てくれて、新しい幸せを得たように、しゅうと君が自分の幸せをつかめますように……。私はしゅうと君をずっと応援していきたいと思います。
 
2018.06.23
栞奈(かんな)ちゃんへ
さきまつ
今回のお便りは、前回に続いて、神奈川県立磯子高校の授業で、将来子どもを授かったことを想定し、生徒が「命」の誕生について書いた「未来への手紙」です。
◇  ◇
あなたが生まれたとき、あなたはママに拘束されるだろう。
 
あなたが学童期になるとき、あなたは早起きに拘束されるだろう。
 
あなたが思春期のとき、あなたは恋と見栄(みえ)に拘束されるだろう。
 
あなたが成人期のとき、プレッシャーに拘束されるだろう。
 
あなたが壮年期のとき、喪失感に拘束されるだろう。
 
あなたが老年期のとき、あなたは死の恐怖に拘束されるだろう。
 
この世界は縛られてばかりなんだ。だからこそ、その波に抗(あらが)って自由に生きてほしいというのが私の望みだ。あなたが自由であるために、私は少しだけ工夫をした。自由のパスポートとして、あなたには中国でも同じ発音の名前にした。私の子だから、中国と関わることは避けられない。日本の名前がどれだけ不便か、私はよく知っているつもりなのだ。だからあなたにはその不便はないようにした。
 
私はこれくらいのことしかできない。あなたがどういう風に自由に生きるかは、あなた次第。楽しみにしているよ。あなたの自由人生記を。
 
2018.06.16
もみじ、あげはへ
JAKB
今回のお便りは、神奈川県立磯子高校の授業で、将来子どもを授かったことを想定し、生徒が「命」の誕生について書いた「未来への手紙」です。
◇  ◇
よお、俺はパパだよ。生まれるまでは、元気で健康な子が生まれるか不安で夜も一睡もできなかった。双子って知ったときは、もっと心配になったよ。生まれてきた瞬間に元気な子が2人、大きな産声をあげてきてくれたときは、ものすごくうれしかった。ママと一緒に泣きながら喜んだよ。
 
俺は「もみじ」と「あげは」に自由きままに成長していってほしい。そのためにしつこく思うこともあるかもしれない。でも、俺の宝物だから、愛してるから、だからそう思ったときは、俺を許してね。俺は小さいころに、親にすてられて悲しい気持ちで育ってきた。この俺みたいな経験を「もみじ」と「あげは」にはしてほしくない。だから俺がんばるから、温かい目で見守っていてくれるとパパはうれしいな。
 
ママも、「もみじ」と「あげは」が夜泣きがひどいときは、あやしたりして疲れてないように見えるかもしれないけど、ものすごく疲れてるから、ママのこと、ちゃんと手伝ってあげてね。
 
パパは、「もみじ」と「あげは」に出会えて幸せだよ。これからもたくさん思い出作って、この家族で良かったって言ってもらえるようにがんばるね。幸せになれよ!
 
2018.06.09
新しい家族へ
ナアザ
今回のお便りは、神奈川県立磯子高校の授業で、新しい家族を迎える生徒が「命」の誕生について書いた「未来への手紙」です。
◇  ◇
はじめまして。私はまだママのおなかの中にいるあなたのお姉ちゃんです。私がお姉ちゃんになる、ママから聞いたその一言が、私の胸を今も幸せで満たしてくれています。ママもパパも、あなたの名前を決めるために難しい本を買って、画数が悪いとか、響きが良くない、なんてことを毎日病院で話し合っています。
 
生まれる日が近づくごとに、ママのおなかは段々と大きくなって、おなかを触ると、あなたがママのおなかを蹴っているのが伝わってきます。
 
そんなあなたにほほ笑むママを見て、うらやましくなってしまいます。きっと、あなたが生まれると同時に、「お姉ちゃんだから」という言葉に怒ったり、泣いたりしてしまうかもしれません。でも、パパと約束したから大丈夫。悪いことはちゃんと怒れる、正しいことは褒めることができる、そんな優しいお姉ちゃんになれるように努力します。
 
ママはいつも笑いながら、おなかごしにあなたをなでています。パパは毎日あなたに話しかけています。お姉ちゃんになる、この言葉にどれほどの重みがあるかまだわからないけど、今はただ早く新しい家族を見たいです。
 
2018.06.02
いっしょに早く歩きたいなあ
天使のバーバ
待って待って待ちかねた顔をみせてくれた天使。かわいい泣き声、手足を元気よく動かし、のぞく顔を笑顔にしてくれる天使。が、その1年後、言葉が出ない、歩けない、2万人に1人の障害。
 
なぜ? なぜこの子が。どれだけ落ち込み、どれだけ涙が流れ出て、どれだけ不安だったことか。
 
でも今はやさしい友だちに出会い、自然に受け入れ、思いやりを持ち助けて下さる先生方、積極的で明るく前向きなママ、そのうしろからおろおろ見守り寄り添うパパ、その2人を見てうれし涙のバーバたち。
 
障害を持つ運命の孫。その天使の笑顔に癒やされ、いっしょに見られる世界、いっしょに生活できる幸せに感謝しつつ、オンリーワンの孫に、出来て当たり前の生活に慣れ親しんできた生活をあらためて見直すことを教えられました。一歩ずつ歩ける日々を待ち続け、ゆっくりと共に日々成長できたらと思うきょうこのごろです。
 
2018.05.26
彩希ちゃんのハーフバースデー
西村千登勢
最近、よく耳にするハーフバースデー。生後半年のお祝いなんて大げさかな? さきが生まれるまではそんなふうに思っていました。でも、さきが生まれてみるとこの6か月間、特別な期間を過ごしてきたように思えます。
 
自分の意志で体を動かせなかった赤ちゃんが目を動かし、手を動かし、最近は自我が芽生え欲求を伝え、ずりばいまでしてくる。私の精神面の変化も大きく、母子ともに半年という期間を成長してこられたことがとてもうれしく、ありがたく感じられます。
 
さきちゃん、おめでとう。毎日元気に過ごし、半年を迎えてくれてありがとう。ハーフバースデーというものが存在する意味が少しわかり、今の気持ちを手紙に書き記しておきたくなりました。
 
出産も子育ても、こんなに大変だなんて知らなかった。さきがこんなにかわいい存在になるなんて思いもしなかった。さきの誕生を喜び、祝ってくれる周りの人の温かさ。自分にとって改めて感じる母という大きな存在。そんな母親という存在に自分がなるなんて不安で、そしてとても楽しみ。さきが色々なことに気づかせてくれました。
 
さきの1歳の誕生日にはこんな話を少しはできるのでしょうか。出産も育児も支えてくれた、さきのパパと共に、これからのさきの成長を、心から祈っています。私もさきの頼れるママになれるように成長していきますね。
 
2018.05.19
輝君1歳の誕生日おめでとう
Mバアバ
2年前のちょうど今ごろ、桜は満開でした。4月8日、釈迦(しゃか)の誕生日に、輝(ひかる)君のお姉ちゃんは病気で、1歳9か月の可愛い盛りに天国に召されて旅立ちました。色白でとても美人でしたよ。
 
涙の枯れるほど泣いたのも、ついこの間のように思い出されますが、その生まれ変わりのように昨年4月11日、輝君が生まれてきてくれました。輝君のお父さんは、お医者さんだから忙しくて疲れていたにもかかわらず、輝君が生まれてくるのをお母さんの横でずっと待ってくれて、一番に輝君を抱っこしてくれました。
 
お母さんも輝君が生まれてからは、輝君ファーストで、母乳のみで輝君を、ここまで風邪ひとつ引かない、元気な子どもに育ててくれました。今では何でも食べて食欲も旺盛ですネ。でもおばあちゃんは知ってるんだ、輝君の秘密を。おっぱい大好きで、お母さんの顔を見ると声が違って、急に甘え坊になるよね。輝君の気もちはよくわかります。お母さんも仕事を持っているから、生後6か月から事業所内の保育所に通いはじめ、4月からは1日8時間も保育所に行くんですものネ。
 
このごろ、人見知りも出てきたけれど、満面の笑みを作り、皆を癒してくれる輝君。おじいちゃんの口笛に合わせてリズムを取って踊ってくれる輝君。皆、輝君大好きだよ。おばあちゃんは輝君の成人まで見届けることができないと思うけど、どうぞ輝君が社会人になっても、戦争のない平和な日本でありますように。
 
2018.05.12
ゆうかへ
さくらのバァバ
2分の1成人式おめでとう。
 
覚えていますか?幼い頃、バァバが遊びに行くと、恥ずかしそうに下を向いたのを。そのくせ帰ろうとすると、大泣きするので、ゆうかの大好きなパパが帰宅するのと入れ替わりにソーッとバァバは出て来たのよ。
 
七五三の3歳のお祝いをして5日目に、弟のハル君が生まれましたね。生まれつき心臓が悪かった。ハル君は、ゆうかが幼稚園に通うようになった時、手術をしました。ママは大忙しでしたね。ゆうかも、ハル君の付き添いに行くママに付いて行ったけど、病室には入れず、待合室で一人で遊んでいましたね。そんなことが何回も何回もありましたね。
 
ハル君は元気になり、昨年から養護学校の1年生になりました。誰よりも小さく、まだおしゃべりもできないけど、学校大好き、皆の人気者みたいね。2人の学校行事が重なると、ママに「私は大丈夫、ハル君のほうに行ってあげて」と言う、優しいお姉ちゃんがハル君は大好き。皆もゆうかが大好きですよ。
 
バァバもハル君のことできるだけお手伝いするから、ゆうかは自分のやりたいこと、見つけてね。
 
2018.05.05
ありがとう圭亮くん
坂巻まり子
圭亮くんのひいおじいちゃんが亡くなってもうすぐ1年になります。一周忌に子どもたち、孫たち、ひ孫たちが全員集まってお墓参りをしました。圭亮くんが産声をあげた日は、ひいおじいちゃんが亡くなってからまだ半年しかたってなく、家族皆が悲しみのなかにいる中、寒い冬から暖かい春が訪れたごとくに圭亮くんが誕生したのです。
 
圭亮くんが誕生した日、9月13日は、なんと亡くなったひいおじいちゃんの誕生日であり、じーじとばーばの結婚記念日でもあったので、家族中大喜び。まさに奇跡という以外の何ものでもありません。きっとひいおじいちゃんが見守ってくれていたのですね。
 
ひいおじいちゃんがもし生きていたら、90歳の卒寿のお祝いと、じーじ、ばーばの結婚記念日と、圭亮くんの誕生祝いと三つのお祝いを盛大にやったのかもしれませんね。圭亮くんの出産予定日は、お姉ちゃんの結香ちゃんの誕生日の9月10日でしたので、それはそれで素敵なことでしたが、今は皆が圭亮くんはひいおじいちゃんの生まれ変わりと信じているので、ことしも9月13日には皆で集まりお祝いをしましょう。そしてお墓参りにも行きましょう。
 
ひいおじいちゃんに感謝! 圭亮くんに感謝! そしてじーじ、ばーばの結婚記念日に最高のプレゼントをありがとう!
 
2018.04.28
いとおしい孫へ
槝之浦(かしのうら)トシ子
「おめでとうございます。元気な男の子さんです」  初孫との対面に胸がいっぱいで、あなたにかける言葉も見つかりませんでした。あなたはとても元気な赤ちゃんでしたが、頭が少し長かったので、きっとおかあさんは難産だったと直感しました。看護師は「もうすぐお嬢さんに会えますから、お待ちください」と、あなたを抱いて再び分べん室に入って行きました。
 
まもなくして、分べん室への人の出入りが激しくなり、辺りがせわしなくなりました。何が起きたのか私には想像もできませんでしたが、その時あなたのおかあさんが危篤状態になっていたのです。間もなくあなたのおかあさんの死を知らされました。医師に詰め寄り、「うそです。うそですよね」と叫んだのをはっきりと覚えています。
 
「おめでとう。ご苦労さま」の一言もかけることができなかったのが、悔しくてなりません。あれから26年、あなたは父親と父方の祖父母に大切に育てられ、念願の教師の職に就きました。きょうの結婚式を迎えることができたのも大勢の人たちのお陰です。これからは二人で力を合わせ、明るい家庭を築いてください。それがお世話になった皆様への恩返しです。
 
おばあちゃんは、おかあさんの写真と一緒に、結婚式に臨みました。あの時、おかあさんに言えなかった「おめでとう」を、おかあさんとあなたに涙の中で言いました。おかあさんも応援しています。がんばれ、いとおしき孫よ。
 
2018.04.21
おなかの中のあなたへ
榎本麻美
父ちゃんと母ちゃんのところに来てくれてありがとう。妊娠8か月目に入ったところ。毎日たくさんの胎動を感じさせてくれて、幸せいっぱいです。お兄ちゃんとは違って、おなかの中にいてもかまってちゃんのあなたは、いつ話しかけてもポコポコ! 父ちゃんが触ってもポコポコ! 元気に返事をしてくれる。性別は女の子って言われたけぇ、お兄ちゃんが負けてしまうくらい強い子かな?っと少し心配しています(笑)。
 
父ちゃんは自分に似た顔の女の子は想像がつかん、なんて妄想が止まらない様子。お兄ちゃんもおなかをなでなでして何かわかっとるみたい。みんなあなたの誕生を楽しみにしとるよ! 妊娠初期から出血が続いて、手術をすることになって、あなたにたくさんの負担をかけとるよね。家族にもたくさん心配をかけてしまって、毎日泣いていました。
 
でも、いつもあなたはおなかの中からパワーをくれるんよ。出血があっても、必死につかまっててくれて術後すぐから胎動も感じ始めて。あなたが頑張っとるなら私も!ってずっと思っとる。この子を守れるのは私しかおらんけぇってね。
 
あと3か月、今は不安よりも楽しみの方が強い。出産も、育児も、人生の最高の宝物。私を産んでくれた父母に、母ちゃんにしてくれた父ちゃんに、支えてくれるみんなに、感謝の気持ちでいっぱい。いつかあなたにもそんな気持ちになってもらえるとうれしい。幸せいっぱいの家族になろうね。みんなで待ってます。
 
2018.04.14
ともくんへ
ともくんママ
生まれて来てくれてありがとう。お父さん、お母さんのところに来てくれて、ありがとう。あなたを初めて抱いた時、やっと会えたね!そう思いました。
 
ともくんが生まれたら、お父さんと3人のとっても幸せな暮らし、そう思っていました。けれど現実は、想像以上に大変なあなたのお世話が待っていました。お母さんは心のバランスを崩して、お父さんのところをはなれて、お母さんの実家にあなたと帰って来てしまいました。ごめんね。
 
お父さんに会えるのは一週間に一度。まだ生後半年のあなたとはいえ、やっぱり寂しいよね。ともくんがこの手紙を読めるころは、お父さんと3人で仲良く楽しく元気に暮らしていますように。お母さんはがんばります。あなたが大きくなって離れて行くその日まで、がんばるね。
 
ともくん大好きだよ。おじいちゃんもおばあちゃんも、みんなあなたが大好きです。ともくんの笑顔がこれからもずっと、輝きますように。
 
2018.04.07
よろしくね
檀林麻穂
2017年9月13日水曜日午前1時13分、あなたは、父ちゃん、母ちゃん、父ちゃんの母ちゃん、母ちゃんの母ちゃん、母ちゃんの妹たちに見守られながら、この世界に産声を上げて生まれてきてくれました。その時、母ちゃんはホッとしたのと同時に、あなたの顔を見た途端に、顔をぐちゃぐちゃにして泣いてしまいました。
 
父ちゃんも目を赤くしていましたよ。助産師さんが、狭くて暗いトンネルを一生懸命通り抜けた頑張り屋さんのあなたを、髪の毛も顔もぐちゃぐちゃな母ちゃんの隣に置いてくださった時、こんな感情はじめて。「いとおしい」と、何とも言えない胸いっぱいの気持ちがあふれ出ました。
 
そのとき自然と「よろしくね」とあなたにつぶやいていたのを覚えています。
 
それからのあなたは、一生懸命お乳を飲んで、すやすや寝て、今では大きなお口をあけてケラケラと笑うまでにすくすくと成長を遂げてくれています。夜、あなたの寝顔を見ながらあなたの小さな手を握って「きょうもありがとう。あしたもよろしくね」とそっと胸の中でつぶやくのが母ちゃんの日課です。
 
これからも、どうぞよろしくね。
 
2018.03.31
現在と未来のあーちゃんへ
あかりママ
きょうは2018年2月6日。朱莉(あかり)ちゃんはもうすぐ1歳になります。よく動き回るようになり、いろいろ覚えてきたりと、毎日が成長です。きのうはやらなかったことをきょう急にやったりね。
 
朱莉ちゃんは1週間早く生まれたけれど、3,060グラムで、とても大きな泣き声で生まれてきました。寝ているか泣いているしかできなかった子が、今は一生懸命歩くようになったよ。最近はプーさんやキティちゃんのぬいぐるみと、猫の勘助(かんすけ)が大好きみたいだね。大きくなった朱莉ちゃんは、どういうことに興味があって何を好きになっているかな?
 
朱莉ちゃんはいつも優しくて、パパやママにおやつを分けてくれようとします。大きくなっても優しい朱莉ちゃんのままでいてくれるといいな。そして今、ママの隣でスヤスヤと眠っています。ママはまだまだ新米で、一日中朱莉ちゃんから目が離せなくて疲れてしまうこともたくさんあるけれど、この寝顔を見ると一日の疲れも全部吹き飛んでしまう。
 
いつまでもいつまでも、この顔を見ていたいなと思うよ。大きくなっても、今のままママが大好きでいてくれているといいな。そう思いながらあーちゃんの手を握ってママも寝ます。
 
2018.03.24
不育症を乗り越えて
2年目のバァバ
綾音(あやね)ちゃん、バァバはあなたのお陰でバァバになれました。ママは3度の不育症を乗り超え、あなたのママになったのです。
 
息子夫婦も2度目の妊娠以来、私たちにオメデタを報告しなくなりました。またがっかりさせるかもしれないと思ったのでしょう。4度目の正直でようやく出産にこぎつけました。結婚して7年目でした。
 
ママは中国の人だから、あなたは2歳にしてすでにバイリンガルになっています。中国のおじいちゃん、おばあちゃんもどれだけ孫の誕生を待ったことでしょう。お互いの祖父母にとって初孫ですから、思い入れは強いのです。年に2回ほど中国に里帰りするのですが、首を長くして待っているはずです。
 
元気で動き回り、パパいわく「自由人」と。ママは制御不能と、あまりの元気さに時々ため息をついているようです。私たちに会うと一層張り切り、動きがさらに活発になります。バァバが万一うつ病になっても、あなたの無邪気な様子を見ていると、すぐ治る気がします。
 
綾音ちゃんの成人式まで私たちは生きていられないかもしれないけど、あなたの成長をできるだけ長く見たいと思っている私たち夫婦です。
 
2018.03.17
あなたにいつも心を込めています
そうたくんの母
あなたが、社会人になり1年が過ぎようとしていますね。毎日毎日一生懸命な姿に尊敬の気持ちすら覚えています。23年前、初めてづくしの子育てに、試行錯誤、不安もいっぱいでした。そんな時、満面笑顔を向けてくれるあなたにどれだけ力をもらったか、笑顔の大切さを教わりました。ありがとう。
 
可愛い瞬間を一瞬も逃したくなくて、1日1日の成長を見守って全神経をあなたに注いでいましたよ。幼稚園では、バスが近付くと、私に近寄りしがみつき、涙目で私を見る姿に、こちらも涙をこらえるのがつらかったのを思い出します。
 
今では、見送りながら、心の中で「こっち向いてよ!」って思っても、前を向いて勇ましくさっさと出かけていきますね。少し成長して、可愛い姿を写真におさめようとしても、ふざけて面白いポーズばかり。でも、今では「笑って!」って、言っても生真面目に直立不動ですね。成長してるんだなぁ~って思います。当たり前のことですら、立派で自慢に思えたりする毎日です。
 
あのころは早く成長しないかなぁ~って思っていたけれど、休日に家族がそろう日が少なくなった今、貴重な1日をまだまだ大切に過ごさなければと、改めて思っています。心を込めた笑顔の子育て、もう少し私にさせてくださいね。
 
2018.03.10
3月に会える初孫の君へ
今野礼子
仕事に追われると夜中過ぎまで働いてしまうお母さんのおなかの中は、決して居心地良いとは言えないでしょう。それでも、そこで無事に育っている君はタフガイに違いないと、新米バアバは確信しています。
 
君のお母さんは仕事が大好きで、君を出産した後6週間から預かってくれる保育園探しに、今、一生懸命です。私が君の母親である長女を出産したころ、産後の休暇は6週間しかなくて、どうしてもやり遂げたい仕事を続けるためには、生後6週間の赤ちゃんを保育園に預けなければなりませんでした。
 
今は、年の単位で育児休暇がとれる時代になったのに、何ということでしょう。「仕事が好き」というところが似てしまったのかな。君が大きくなったとき、そんなお母さんの情熱を理解してくれたらうれしいです。
 
お母さんが君と過ごせる時間は短くなってしまうけれど、だからこそ大切に、より濃密な一瞬一瞬を過ごしてほしいと、心から願うバアバより。
 
2018.03.03
おねえちゃんになるってこと
アンのママ
私は2歳のアンちゃんです。この前、弟のユウくんが生まれました。
 
ユウくんがうちに来てからママはいつも大変そうです。アンちゃんもお手伝いをしなくちゃと思って、ママがミルクをあげるとき哺乳瓶を支えてあげるけど、速く上げすぎてユウくんは、むせちゃうみたい。ウンチをしたとき使いやすいように、お尻拭きを何枚も出してあげるけど、そんなにたくさんはいらないみたい。
 
ママはその度に「邪魔しないで」って言います。ママの力になりたかっただけなのに。悔しくて悲しくて泣いちゃうと「いちいち泣かないの!」って、今度は大きな声で怒られます。「お利口ね」って言ってほしかっただけなのに。
 
ユウくんは夜中に何度も泣きます。その度にアンちゃんは起こされます。だから「アンちゃんを抱っこしてあげてください」ってお願いするけど、ママはユウくんのお世話で忙しくてなかなかこっちを見てくれません。眠たくてたまらないから直ぐに抱っこしてほしいのに。
 
きのうママに「ユウくん嫌い! 仲良しで遊べない」って言っちゃいました。でもちょっぴり可愛いと思うときもあるから、ママの見ていないところで頭をなでなでしてあげたりもします。おねえちゃんになるって難しいです。
 
2018.02.24
生まれてきてくれて、ありがとう
涼ちゃんママ
予定日を1週間も過ぎてしまい、陣痛誘発剤と促進剤を使って、8月7日に涼ちゃんは生まれたよ。
 
初産とは思えないほどのスピード出産で、パパはお仕事を抜けて駆けつけてきてくれたけど、立ち会い分娩(ぶんべん)には間に合わなかったくらい! 超安産だったよ。涼ちゃんも頑張ったね。
 
きれいにしてもらった涼ちゃんを抱いたときは、本当に赤ちゃんを産んでママになったんだなぁと実感して、顔がパパそっくりでびっくりしたよ(男の子でよかった)。家族3人で写真を撮って、とても幸せだったよ。
 
夜には台風が上陸!そんな中、おじいちゃんとおばあちゃんも会いに来てくれたよ。おじいちゃんは心臓の大きな手術を頑張ったあとだったから、やっと涼ちゃんに会えて安心。もうひとつの手術も涼ちゃんとたくさん遊べるように頑張ったよ。
 
みんな誕生を待ってたよ。生まれてからはみんなに可愛いって言われてママもうれしいよ。たくさんの人からお祝いしてもらったり、会いに来てくれたりして、ママも涼ちゃんもみんなに愛されてるね。感謝。おっぱいもしっかり飲んでたくさんお話しするね。毎日成長が楽しみだよ。
 
これからもよく笑ってね! 大切に育てるね。かけがえのない宝物! 涼ちゃん、大好きだよ!
 
2018.02.17
生まれてくるあなたに
みよちゃん
おたんじょう、おめでとう!!
 
あなたの生は始まったばかり!!
 
平和で豊かで充実した人生が待っていますように…。
 
あなたの時代が平和で幸せな時代でありますように、平和憲法を守ります。
 
戦後70年が、さらに80年、90年、100年と続きますように。
 
今を生きる大人が平和な時代をバトンタッチできるように頑張ります。今を生きる大人の責任としてできるだけのことをして、あなたたちにバトンタッチをします。
 
平和憲法を守り、原子力に頼らない社会をとりもどして、あなたたちに手渡したい。全身全霊かけて手渡したい。
 
2018.02.10
舞美(まいみ)
吉川佳苗
8月24日未明、あなたのお産は破水から始まりました。産院は、すぐ入院の準備をして病院に来て下さいとのこと。予定日までまだ3週間、突然のことにうろたえる私に母が付き添ってくれ、2人で産院まで向かいました。
 
病院の門を入るとき、次ここを出るときには、おなかの中にいるあなたを手に抱いているんだと思うと、不思議な気持ちになりました。陣痛が来るのを待ちましたが、あなたが出てくる気配はなく、25日午前11時から陣痛促進剤の投与を開始。痛みに顔を歪める私に、今から30年以上前に私を取り上げて下さった理事長先生が、「あんたのお母ちゃんもこうしてあんたを産んだんやで」とおっしゃったことが忘れられません。
 
午後2時9分、無事、あなたが生まれました。ほにゃあほにゃあという、か細い泣き声が聞こえた後、あなたが私の胸の上に置かれました。そのあまりに軽い身体と命の重さに胸がいっぱいになりました。
 
退院の日、あなたを手に抱いて、病院の門を出て、まばゆい外の光を見たとき、無事、出産できたことへの感謝の気持ちで、涙がポロポロあふれました。妊娠中、そしてお産と、多くの人に支えてもらいました。私たち夫婦と一緒にあなたの誕生を心待ちにし、祝福してくれた人がいます。
 
今、この手紙を読むあなたが、きょうも陽だまりのような暖かい愛情に包まれていますように。生まれてきてくれて、心からありがとう。
 
2018.02.03
いっぱいお乳をあげて
木村寿賀子
いとおしい娘よ、加奈(かな)ちゃん。12月15日に無事に元気な男の子を初めて出産し、本当におめでとう。加奈ちゃんを産んだお母さんは、あなたを出産したときに、不幸にも亡くなってしまいました。一度もあなたを抱くこともなく、一度もあなたにお乳を飲ませることもなく、亡くなってしまいました。
 
私があなたのパパと結婚したとき、あなたはまだ2歳半でした。人なつこいあなたは、すぐに私をママと呼んで慕ってくれました。ある日あなたは私におずおずと言いました。「ママ、おっぱいが飲みたいな」と。私は、出ない乳房をあなたの口にあてて、あまりのいとおしさに泣きながらあなたを抱きしめました。「これがおっぱいなんだね」と幸せそうな笑顔を浮かべたあなたが、あまりにもせつなくて、私はしばらく涙が止まりませんでした。
 
加奈ちゃん。今度はあなたが赤ちゃんに、たくさん、たくさんお乳を飲ませてあげてください。たくさん、たくさん抱きしめてあげてください。あなたの赤ちゃんだから、きっと、優しくて、たくましい男の子に育つことでしょう。
 
2018.01.27
あなたのお母さんになって
小澤ゆり
都生也(ときや)へ。
 
あなたが生まれてもうすぐ1年になります。この1年、私はたくさんの初めてを経験しました。あなたが生まれてこなければ出会わなかった人たち、行くこともなかった場所、聴くこともなかった音楽……。全てはあなたが生まれてきてくれたから体験することができたのです。
 
あなたが生まれてくるまでは想像もつかなかった世界は、私の人生の幅を大きく広げてくれました。妊娠中はひどいつわりに苦しんだり、切迫早産で入院したり、めげそうになる時もあったけれど、生まれてきたあなたの姿を見た瞬間、そんなこともすべて吹っ飛んでしまうくらいとてもいとおしく思いました。
 
あれから1年、笑ったり泣いたり、毎日毎日を全力で一生懸命生きるあなたを見ていると、私も自然と力が湧いてきます。毎晩、あなたの寝顔を見ながら「きょうも一日ありがとう。あしたもよろしくね」と小さな声で話しかけるのが私の日課であり、幸せな時間です。完璧なお母さんにはなれないけれど、愛情だけは誰にも負けないお母さんになります。
 
生まれてきてくれてありがとう。そして、私をお母さんにしてくれてありがとう。
 
2018.01.20
お食い初め
ゆっこばぁば
ちーちゃん、お食い初め、おめでとう。ちーちゃんが生まれてから3か月、ずい分長い時間が過ぎたように思いますが、まだ3か月なのですね。
 
その日は、ママの29回目の誕生日。早朝破水し、陣痛が始まったと連絡があり、ジィジ、バァバたち4人はワクワクしながら病院の控え室で待っていました。夜になり、きょうは無理かなと帰ろうとした時、元気に生まれて来てくれました。
 
皆、喜びました。ちーちゃんが退院する前の日に先生から、ちーちゃんの心臓にちいさな穴が開いていると聞き、心配しました。どんな人生になるのだろう……。目の前がまっ暗になりました。ママ、パパ、ジィジもバァバもみんなで、ちーちゃんのサポートをできる限りしていこうと決めました。何回か検査をして、少しずつ穴が小さくなってきていると先生から聞いて、少し心が楽になってきました。
 
お食い初めのタコの足をチュッチュッと吸っているちーちゃんは元気!元気!。いつまで見守っていけるかわからないけれど、大切に思っていることだけは忘れないでね。
 
2018.01.13
ひいおじいちゃんとあなたのいのち
あおいママ
あなたの妊娠が分かった日、お母さんの祖父、あなたのひいおじいちゃんが他界したと連絡がありました。朝早くタクシーに乗り、屋久島に行ったのを覚えています。悲しい思いを打ち消そうと妊娠の報告をしたかったけれど、まだ安定期でなかったので、できませんでした。
 
お父さんとお母さんが結婚して3年、そろそろ赤ちゃんがほしいなあと思い始めて、本当にほしいなあと思えば思うほど赤ちゃんがやってこなくて、つらくて、お母さんはたくさん泣いたのを覚えています。なので、あなたの妊娠が分かったときは、うれしいのはもちろん驚きのほうが大きかったです。
 
だんだんとおなかも大きくなって、お父さんと2人でマタニティーフォトを撮りに行ったのですが、その時初めて「お父さん、お母さん!」と言われ、恥ずかしく照れくさい気持ちになりました。
 
今はもう4歳、あれから随分と背も伸びて、初めての育児に一生懸命すぎて、手がけんしょう炎になったのも笑い話です。幼稚園で覚えてきた歌やダンス、国旗などを逆に教えてもらう毎日で、お母さんはとっても楽しいですよ。
 
これからも一緒にたくさん遊んで、たくさん笑いましょう。優しい蒼(あおい)ちゃんが大好きだよ。
 
2018.01.06
ちぃちゃん
愛甲陽子
お兄ちゃんが2人いて、3番目のお兄ちゃんとしてあなたが生まれたらと、私がつけた名前はちぃちゃん。残念だけど生まれてこなかった。房子おばちゃんに慰められて、中山観音にあなたをおまつりしました。生まれていたら、昨年30歳。お兄ちゃんが結婚して4年たちます。まだベビーの報告が聞けず、早く出て来てと何度もお参りしています。
 
還暦で就職した私。そのお店の軒先にツバメが巣を作りました。まだ産毛が抜けきってないのに、何度も低空飛行を続ける姿を見て、ハラハラドキドキ。道をヨチヨチしてたら、まるで落ち葉に間違えられて踏まれるんじゃないかと台の上に乗せたら、翌日お店に入って来て、桟の上に止まりました。でも、壁に向かって止まっているから飛ぶこともできず、また両手で包んで台の上に戻してあげました。
 
次の日見るとツバメの巣からみんないなくなっていたんです。お店に入ってきたのは、お別れを言いに来たのかしら? そう思っていた私の所に、素晴らしい報告が入りました。昨年10月、お兄ちゃんの、お嫁ちゃんからオメデタのご報告。これは、ツバメさんの恩返し? あのツバメさんの大きな黒い瞳が忘れられません。予定日はあなたを亡くした同じ5月だそうです。私は今から「こんにちは赤ちゃん」を練習しておきます。
 
♪私がバァバよ♪
 
 
2017.12.30
ひ孫の真乃助君へ
藤原英幸
風薫ることし5月、真乃助君、君は6番目のひ孫として生まれてきたね。君の生まれた岐阜から大阪までの距離を考えると、首がすわるまで会うのはお預け……。ひいじいちゃんは待って、少しばかり首が伸びたかと心配したよ。
 
9月の末、パパとママと3人で遠路、車でやって来た。くりくり動く目と、まあるいほっぺの可愛いこと!。長旅の疲れも何のその、ママに抱っこされた君は、両足をパタパタさせ上機嫌だったね。ひいばあちゃんが抱いたときはちょっと泣きベソだったのに、ひいじいちゃんが抱くと、ワンワン泣くのだもの。ママに渡したら、ピタッと泣きやむんだから、ママの魔法はすごいね。
 
君が帰るとき、ひいじいちゃんは、いつまでも手を振っていたよ。君はこれから、パパとママの愛情を受け、すくすく育つだろう。ひいじいちゃんは、いつまで君の成長を見届けられるかな。君の中学校入学ぐらいは見届けたいけど、そのためにはお酒は程々にって、ひいばあちゃんがうるさいんだ。酒は百薬の長なのにね。
 
感激の対面から1か月。この頃、本気で考えるよ。君たちの未来のために、大人は何ができるだろう。莫大な遺産は残せなくても、日本の今の平和を維持し、きれいな空気を少しでも取り戻す努力をするのが大人の責任だってね。そして、ひいじいちゃんが今できることは、健康に気をつけて、一日でも長生きすることさ。
 
また、会いにおいで。
 
2017.12.23
たくさんの宝物をありがとう
まあば
稜(りょう)ちゃん、じいちゃんとばあちゃんに、たくさんの幸せをありがとう。元気と、やる気もありがとう。何よりもたくさんの夢と希望をありがとう。
 
じいちゃんは、去年8月に脳内出血で倒れ、3回も手術をしたんだよ。はるかママに赤ちゃんがやどったことを聞いたときはうれしかったなあ。じいちゃんは「そうか、そうか。じいじになれるんだ」と、うれし泣きしたんだよ。でも、ばあちゃんに、「リハビリをがんばらないと、じじいって呼ばせるからね」と脅されて、じいじと呼ばれたい一心で、リハビリを続けているんだよ。
 
稜ちゃんが生まれた7月、ばあちゃんは自転車をとばして報告に行ったよ。じいちゃんは病院で「バンザーイ、バンザーイ」と右手を挙げて何度も叫んだ。恥ずかしいからやめてと頼んでも、幸せでうれしいんだからいいんだと言って、大声で男泣きしながら、バンザイを続けていた。
 
病院のみんなに「孫が生まれたんですよ。3,775グラムの男の子なんですよ」と、報告しまくったじいちゃん。ばあちゃんは、稜ちゃんが「じいじ」と呼ぶことを許してあげようと思っているよ。
 
呼んであげてね、「じいじ!」と。
 
2017.12.16
何て呼ぼうかな
大ママ
君の父ちゃんは、私の孫です。孫嫁ちゃんは、グレートグランドママは長すぎるので、私をグレグラマと呼びました。君の父ちゃんと、そのお兄ちゃんはアメリカで生まれたので、グランドママと呼んでもらおうかと思ったんだけど、短く言うとグラマーと聞こえてしまうし、そのころ私はボインでグラマーだったので、君の父ちゃん叔父ちゃんは、米国籍を持っているので、和洋まぜて大(おお)ママなのです。君のじいじは変だと言ってるけど。
 
じいじは飛行機で10時間くらいかかる遠いアメリカで仕事をしていて、ばあばも、なかなか君に会いに来られません。日本にいるグレグラマは、1時間くらいで君の家へ行ったりします。もう、ニッコリする顔が可愛くてたまりません。君の父ちゃん母ちゃんは、君を大事に育てているので、とてもいー子ちゃんです。私以外は皆、英語日本語ができる家族なので、両方の言葉で話せるように育てると言ってます。
 
グレグラマも英語の絵本を買ってきてしまいました。きっと二つの国の言葉で活躍できるような素敵な大人になってくれるでしょう。君の親たちは、父ちゃん母ちゃんと呼ばせると言ってるけど、その呼び方も面白くていい。まじり気のない日本人なのだから。
 
グレグラマは、今88歳。生きていて、君に会えて本当によかったと思っています。
 
2017.12.09
食いしん坊姉妹
稲川フチ子
2歳になった結和(ゆいな)ちゃんに、妹の和花(のどか)ちゃんが生まれました。グシュグシュー、スポーン。アー出て来た。皆待ってたよー。予定より1週間ほど早くこの世にデビュー。マイペースでお母さんのおなかから飛び出してきたよ。あまりに急で、お母さんはおなかが痛くてキャーっと悲鳴をあげそうになったんだって。それでも元気に生まれたので、皆ニコニコ顔です。
 
和花ちゃんが生まれたとき、結和ちゃんは手足口病にかかっていました。お母さんは「和花ちゃんに近づいてはいけませんよ。」と言うのですが、妹が可愛くてたまりません。すぐに近づいてジィーっと見つめていました。お母さんもあきらめ顔。お父さんは「髪の毛薄いけど大丈夫かな」なんて、もう女の子の心配していますよ。
 
結和ちゃんは、とっても繊細でちょっと泣き虫屋さん、和花ちゃんはマイペースです。性格は違うけど、二人とも食べるのが大好きで食いしん坊。サンドイッチ、フルーツ、その他……。たくさん食べておなかポッコリだよー。結和ちゃんは保育所ではお友だちのお昼ごはんまで食べそうになるんだって。お母さんは「家で食べさせていないみたいではずかしー」
 
でもね、この地球上のいたる所で、お母さんのオッパイもでない、ミルクも食物もなくおなかをすかして泣いている子どもたちがいるのです。あなたたちが大人になったらそれを知ってほしいのです。そして、この地球上の子どもたち皆がおなかいっぱい食べられるよう、世の中のために尽くしてください。そんな思いやりのある大人になってほしいと願っています。
 
2017.12.02
星也くん、琢也をパパにしてくれてありがとう
福岡悦子
平成2年3月6日、いつもより帰りの遅い保育園年長の三男琢也(たくや)を迎えにいかなかった私のミスで、家の前で交通事故に遭わせてしまいました。左側頭部脳挫傷。琢也は次の日緊急手術をし、小さな体に無数のチューブをつながれ、3週間、意識不明の状態でした。毎日、声をかけ、足をさすり、いつか目をあけてくれることを信じていた。意識が戻ったら、車いすでどこでも連れていけるし、それなら大きなワゴン車もいるね。私は世界中の神様、仏様にお祈りし、涙も枯れてしまいました。
 
3週間目にパチリと目が開いた時、先生方や皆様に感謝し大変うれしかった。琢也は奇跡のようにどんどん回復し、3か月後には小学校、そして中学校、高校、大学へ進学しオーストラリアへ。ホームステイもし、無事就職。お嫁さんが来て、昨年5月8日には星也のパパになりました。
 
あの琢也がパパに……。感無量の喜びでした。あの当時、長男、次男も小さかったのに、いろいろ協力してくれ、我が家が一つになりました。保険会社の方に就学前の事故は親の責任と言われ、私の心には、大きな傷が残ったのですが、主人はきょうまで一言も私を責めることなく見守ってくれました。今は、車いすではなく、ベビーカーを載せてワゴン車で小さな旅行を楽しんでおります。星也君、生まれてきてくれて本当にありがとう。
 
2017.11.25
あわてんぼうの君へ
創ちゃん、蒼ちゃんママ
君は早く外の世界を見たかったのかな? それともパパやママ、君のお兄ちゃんに早く会いたかったのかな? 「オギャー」。か細い泣き声を聞いたとき、私は安堵と不安な気持ちが入り交じった。なぜなら、君は出産予定日より1か月も早く誕生したから。保育器に入り、たくさんのチューブにつながれた君と対面したとき、生きてうまれてきてくれたことに感謝するとともに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。君はそんな私を気遣うかのように、みるみる元気になり、我が家にやって来た。
 
君と過ごして6か月、おもちゃを握るのも、首すわりも遅かった。寝返りもまだせず、すべてがゆっくり。だけど、君は君のペースで良いのだよ。これからの君の人生はとっても長いのだから。
 
2回の入院も体験したね。心配で眠ることもできず、願うのは君が早く元気になることだけ。親は赤ちゃんがおなかにいる間、ただ元気にうまれてきてくれるのだけを願う。それが、こんなふうに育ってほしいといつしか欲張りになり、希望するようになる。
 
君の存在が私たちに初心を思い出させてくれた。お兄ちゃんも君も元気な笑顔を見せてくれてありがとう。大切な存在が増えれば、その分だけ心配も増えるけれど幸せも無限大である。
 
創生(そうき)、蒼波(あおは)、君たち二人が仲良く、時にけんかもし、成長していく姿を、私たち夫婦は楽しみにしています。
 
2017.11.18
すぐに天国にいった2人の赤ちゃんへ
宮本喜久子
私は今、87歳。生涯で5人の子どもを産みました。2番目と4番目の子は死産でした。当時は産院や家での出産でした。今は3人の子どもと6人の孫、2人のひ孫に恵まれています。しかし今も2人の子への思いは続いています。
 
戒名は、夢水骸女位(むすいがいじょ)と、香風嬰女位(こうふうえいじょ)
 
この世の風にそっとふれただけ。そして夢のように消えた2人の赤ちゃん。母の私のおなかが居心地よかったのか、2人のうちのお姉ちゃんは大きくなりすぎた難産だった。下の子は生まれるとき、逆子になってすぐに天国へ逝ってしまった。
 
どうしてますか。家の仏壇に2人の名前を書いてまつっています。私が天国へ召されるときは、2人の名前を書いた位牌(いはい)を連れて行く予定です。「ずっと家族を見守ってくれてありがとう」と、一番にお礼を言うつもりです。2人は口をそろえて「お父さん、お母さん、みんなずっと見てたのよ。お母さん、自転車に乗って元気で家事をしてがんばってくれてご苦労さんでしたね」と言ってくれるでしょう。3人で手をつないで、話をするのを楽しみにしています。
 
2017.11.11
抱きしめたい結映ちゃんへ
鈴木モリ子
結映(ゆえ)ちゃん、生まれて来てくれてありがとう。可愛い目元、口元、もみじのようなおてて。あなたのお母さんが、お姉ちゃんが、お兄ちゃんが、待ちに待っていた宝物なの。
 
結映ちゃんは何も知らず、すやすやと眠って我が家へ帰ってきました。出産直後に逝ってしまったお母さんが望んでいた3人目の赤ちゃんです。結映ちゃん、あなたのなまえは、お母さんの「映子」と、結映ちゃんの絆がいつまでも離れることなく続くようにと、お姉ちゃんとお兄ちゃんが考えた最高のなまえです。
 
結映ちゃん、可愛い、いとおしい赤ちゃん。ばあばは、しっかりと守り育てようと、心に決めています。あなたのみずみずしいパワーを88歳のばあばに分けてください。頑張れる気がします。
 
あなたが生まれてから1年が過ぎ、6月21日、結映ちゃんのお誕生日を家中でお祝いしました。ママの写真も飾ってネ。1年間大勢の皆様に見守られ、お世話になってきょうがあります。こんなに大きく成長した結映ちゃんをお母さんに見てもらいたい。お母さんもさぞ見たかったと思うと、ばあばはさびしくて、無念で、可哀そうで、一人涙しています。
 
結映ちゃんは、今、菜の花こども園でお世話になり、お友だちと遊び、学び、たのしい日々を過ごしています。家にいてもチョッピリ悪さをしたり、ヨチヨチ歩いて愛嬌(あいきょう)をふりまいてみんなの人気者です。
 
いつまでも皆様に愛される、可愛い結映ちゃんでいてください。
 
2017.11.04
あなたが生まれてきてくれた奇跡
山口百合
蒼生(あおい)へ。
 
2017年8月10日、不安と期待で胸が苦しいような、そんな中あなたの産声が聞こえてきた時、私の目は涙でいっぱいになりました。
 
思えば、私は卵巣のう腫という病気で3回も手術をして、卵巣を一部切除していたので、妊娠できるのかどうかとても不安でした。なので、あなたが私のおなかの中に宿っているとはじめて知った時、本当に心からうれしく思いました。
 
おなかの中にいる時も、あなたのことがいとおしくてたまらなくて、よく頭をなでていましたよ。生まれる前に、パパから私の誕生日に買ってもらったミシンであなたのベビー服をつくっていた時も、とても幸せを感じていました。
 
ずっと逆子だったので帝王切開手術になり、それと合わせてまた卵巣のう腫が見つかり除去してもらえたので、もしかしたらわざと逆子でいてくれたのかな?と思いました。
 
蒼生、あなたが生まれてきてくれた奇跡が、今、私の胸いっぱいにあふれています。生まれてきてくれて、本当にありがとう。これからどんな日々があなたを待っているのかな。時に悲しいことがあったとしても、それを包み込む大きな大きな幸せが、いつの日もあなたにたくさん訪れますように。
 
2017.10.28
待ちに待った赤ちゃん
雨宮由利子
パパ、ママ、お姉ちゃま、皆で待っていた7歳離れた可愛い赤ちゃん。9月3日に生まれたので、久美(くみ)と名づけたのよ! お姉ちゃまと顔を合わすことなく、ママに抱っこされることもなく、9月7日に一人で天国へ……。5日間の短い命だったけど、パパ、ママ、お姉ちゃまは久美を忘れていませんよ。
 
時は流れて、17年前にパパが久美のもとへ行きました。天国でパパにいっぱい甘えていることでしょうね! お姉ちゃまは、3人の男の子を授かり、すっごくたのもしいママになっています。パパと久美に会えず残念だけれど、とても元気なやんちゃな3人です。久美ちゃんを一度も抱っこできなかった分、お姉ちゃまのやんちゃな3人をいっぱい抱きしめています。
 
10歳、7歳、4歳の男の子! バーバは、大変です。ママは、久美ちゃんにとってはママ、3人にとってはバーバです。久美ちゃんもパパに、ママの分も抱っこしてもらってね!
 
あら! 生きていたら37歳。抱っこは無理ね。だ~い好きだよ。ママにとっては、いつまでも、生まれたばかりの久美ちゃんです。
 
2017.10.21
なんでやねん!
西雄一
(りゅう)くん、涙が止まらへん。急に離れ離れになったんやから。ほんまは8月6日の予定やったのに、突然きょうになってしもうた。ママが、こけて肩を脱臼して骨折したからやねん。ママは2~3週間ほど、実家の病院に入院せなあかんことになってしまったんや。
 
竜くんは、まだ3か月。母乳しか飲んでへん。いつもママと一緒や。けど、ママが入院せなアカンから、しばらく母乳は我慢やで。
 
竜くん、それでもしばらくはママについとったってな。パパはお盆にはそっちに行くから。
 
パパは涙がとまれへん。新大阪で竜くんとママを降ろした後、帰りの車の中で涙がとまらへんかった。何度も何度も手のひらを鼻にあてた。さっき新大阪で抱っこした時の竜くんの感触と、においを確かめるためや。家に帰ってから、誰もおらへん部屋みて、がっくりや。3人一緒に寝ていた部屋も、きょうから一人ぼっち。竜くんの、おっぱいほしがる声が聞こえへん。膝に乗せた時の竜くんの笑顔も見られへん。一緒に風呂も入られへん。竜くんの泣き声が聞かれへん。ベビーカーおして、イオンの中、歩かれへん。パパ、悔しくてたまらん。
 
でも、竜くん、しっかりママを支えたってや。竜くんがおったら、ママの手術もたいしたことない。お盆にいっぱい遊ぼな。ほんで、大阪に戻ってきたら、毎日一緒に散歩いこな。竜くんが、パパとママの宝物やで。ホンマに好きやで。
 
2017.10.14
直樹くんへ
チビブタ
「ただいま」「おかえり」の声を退院の日に聞けてとても感激しました。
 
9か月と1日で、急な出血。産院から保育器ケアのある病院に救急車で運ばれ、緊急帝王切開に。保育器に入った小さな君(1,844グラム)を見たとき、バーバァは涙が出ました。40歳という高齢出産だしね。でも君はおなかにいるときから「ちょっと大きいけど元気ですよ」と言われてたから、バーバァもお母さんも安心しすぎたね。お母さんは産後うつになり、涙、涙だったそうです。
 
でも、病院で日に日に元気になる君を見て「無事生まれてきてくれてありがとう」と。お父さんも休みの日は1時間かけて病院に来てくれたよ。冷凍母乳を届けること1か月と2日で無事退院。夜、昼となく「おなかすいた」「オシッコ出た」「ダッコして」と、小さな身体で精いっぱい自己主張する君。家族全員手のあいている人にダッコしてもらい、スヤスヤ。
 
名前のように、素直でたくましい子に育ってね。みんなであたたかく見守っているからね。
 
2017.10.07
誕生したばかりの君へ
前田栴児
君が生まれてくるのはまだ先だと思っていたら、突然実家から「生まれた」という連絡がはいり、パパはもうびっくりでした。君に会いに行けたのは夕方ごろでしたが、君は保育器の中で、あくびのような仕草をしていましたね。その時はいきなりだったので、まだ十分実感がわきませんでしたが、君もママも元気そうで安心しました。君が生まれた時、ママはね、ちょっと泣いたんだって!。ママらしいよね。
 
帰ってからようやく落ち着いたので、ママに手紙を書いています。今、深夜の2時です。君は今どうしているかな? 結婚以来、1年2か月目にして授かった赤ちゃん。最初の赤ちゃんを流産させてしまい、しばらくは辛い日々を過ごすことになりましたが、再びママの妊娠を知った時は、とてもうれしかったです。
 
そして、そこからは君を中心とした生活。君を守るための生活が始まりました。ママは自分ではのん気なようなことを言っていましたが、どれくらい一生懸命だったかは、パパが一番よく知っています。パパとママにとって、子育ては全く未知の世界です。これから先が本当の意味で大変なのかもしれませんが、二人で力をあわせて頑張っていきますからね。君は安心してくれていいですよ。
 
本当に無事に生まれてきてくれてありがとう。そして、ママ本当によく頑張りましたね。
 
2017.09.30
産声に感動
あっきーママ
(あきら)がおなかに宿ってから誕生まで、本当にあっという間でした。結婚前の妊娠発覚で、周りが認めてくれるか不安だったけど、パパはあなたのことを一番に喜んでいました。
 
それからの9か月間は、じいじ、ばあば、親戚、お友だち、みんなが輝の誕生を心待ちにしてくれました。無理してはいけない妊娠初期もママは仕事で走り回ったり、重いものを持ったり、輝には苦しい思いをさせてしまったかもしれません。それでも元気に育ってくれてありがとう。
 
何度もおなかの中のあなたに「会いたいよ~」と声を掛けたのだけど、聞こえたかな?。予定日を過ぎ促進剤での出産が決まり、薬頼りだとしても、やっと輝に会えると思うと、本当にうれしかった。しかし破水してしまい、「羊水も濁っていて赤ちゃんが苦しい状態、帝王切開に切り替えましょう」と。急なことについていけず、輝にも申し訳なくて情けなくて、ママは号泣。泣き虫で弱虫なママでごめんね。不安な中、挑んだ手術。輝がおなかから取り上げられ、すぐに聞こえた大きくて元気いっぱいの産声。本当に安心してうれしくてまた泣いて、涙でボヤけていたけど可愛い顔も見れて、しっかり握手もできて、本当にあの瞬間は感動で胸がいっぱいでした。
 
我が子は本当に可愛い。苦しい中でも元気に生まれてきてくれてありがとう。これから、家族で楽しい思い出をたくさん作って行こうね。宇宙で一番愛しているよ。
 
2017.09.23
旺世君へ
竹本康子
旺世(おうせい)君、6月16日は1歳の誕生日だね。おめでとう。
 
昨年は2人のおばあちゃんが分べん室の外で今か今かと待っていました。ママは朝から君の誕生のために一生懸命でした。パパはママの傍にいて応援しているのだけど、君はなかなか生まれてくれません。ママのおなかの中がよっぽどよかったんだね。
 
それでもママは力を振り絞って頑張りました。昼近くなり、突然「オギャア」という君の泣き声が聞こえてきました。「生まれた」。2人のおばあちゃんは叫びました。君は3,576グラムのりっぱな赤ちゃんです。ママは本当にたいへんでした。でも君の泣き声がうれしくてたまりません。誰もが皆笑顔です。パァーと幸せが飛び込んできたのです。
 
その日は、いろんな人が君の顔を見に来ました。しばらくパパもママも眠れない日が続いたけれど、君はすくすくと育ってくれました。今では、大声で笑います。歯だってはえてきました。スプーンを持って食べようとします。つかまり立ちができます。君のする事ひとつひとつがかわいくてたまりません。
 
こんなにも幸せにしてくれた旺世君、元気に育ってね。君の誕生に大勢の人が喜んだことを忘れないでね。生まれてきてくれてありがとう。おばあちゃんにならせてもらったよ。
 
2017.09.16
りおくんへ
ねこぱんち
もう3歳になりましたね。パパが一生懸命に頭はこっちだよと伝えたのに、結局逆子のまま左足の膝から出てきましたよ。たまたま逆子好きの先生でそのまま出産させてくれました。
 
後で調べたら、とても危険な出産だったんだって。腕の良い先生で本当にラッキー。あなたも上手にクリンと回って出てきたんですって。逆子なのにうっ血もなく、とてもきれいな顔だねって、看護師さんが言ってました。
 
パパと一緒で、ママの言うことを、いーっこも聞かないけれど、ママはパパとりおくんが大好き。小さいあなたに助けてもらうこともたくさんあるよ。りおくんが我が家に来てくれて本当に良かった。
 
パパもママも仕事が忙しくてなかなか一緒に遊べないし、毎日ヘトヘトだけれども、りおくんはたくさん元気をくれます。りおくん、いつも楽しませてくれてありがとう。
 
これからもよろしく。
 
2017.09.09
生まれて来てくれてありがとうね
後藤 博
去年のお正月だったんだ。あなたのパパとママもお年始に来ていてね。ちょうど、妊娠中のパパの妹夫婦も2歳になる長男君を連れて来ていたんだ。その帰りがけ、パパが叔母チャンに「2人目の出産はいつ」って聞いたんだ。「5月末よ」と叔母チャンの回答。そして、皆が次の「それなら、うちと同じ月だあ」のパパの言葉にあぜん・ぼうぜん・大騒ぎ。だって、あなたのママは結婚15年のキャリアウーマンで、パパと同い年43歳の高齢初産。しかもパパ単身赴任中。「何それ」「どうなってんの」だったよ。
 
そして、ことしのお正月。じじばばの家は「オムツいとこ3人衆」のそろい踏み。この1年間はいろんなことがあったけど、あなたはママのお母さんの助けも受けながら5月25日に誕生し、それより3日早く、叔母チャンちの次男坊君も誕生。じじもばばも「孫の顔は見れないかもね」なんて言い合ってたのに、アッという間に「一姫二太郎の孫もち」になってしまったんだ。
 
でも、残念だけど後期高齢間近のじじばばは、「大人」になったあなたたちを見届けられないかもしれない。けれど、心から元気で健やかに育ってくれることを祈っていますよ。世の中は、個性や多様な生き方を否定するような嫌な空気が漂ってきているけれど、「生まれてきて良かったなあ」と思える豊かな「人生」を歩んでほしいと願っていますよ。
 
じじもばばもあなたたちに会えて本当にうれしい。「オムツ3人衆」よ、生まれてきてくれて本当にありがとう。
 
2017.09.02
おなかの中の赤ちゃんへ
プレママ
おなかの中の赤ちゃん。もう少しでやっと会えるね。大きくなっていくおなかに、力強い胎動や可愛らしいしゃっくりを感じる日々は、あっという間のようで、長いようで、不安なのにワクワクするような、とても温かく幸せなものです。
 
パパもママも「慎(つつしむ)」という漢字が好きで、あなたが男の子だと分かってすぐに、「つつしむ」「これ」「すけ」で、慎之介という名前を付けようと決めました。「慎」という漢字が持つ意味のように、人や物事を大切に、思いやることができる人になりますように。そして私たちも、あなたのことを大切に、思いやりを持って育てていくからね。
 
パパとママだけでなく、みんながあなたの誕生を楽しみにしてくれています。ついこの間は、家族のみんなが集まって、あなたを迎え入れるためのお祝いのパーティを開いてくれました。たくさんの人の声がして、おなかの中でビックリしていたかな? 家族が増えることは何にも代え難い喜びだと、改めて感じました。
 
あなたは小さな体でたくさんのことを教えてくれています。おなかの中の赤ちゃん。私たちの元に来てくれてありがとう。早く、泣き声を聞いて、お顔を見て、ギュッと抱きしめたいな。
 
2017.08.26
一護くんと凛護ちゃん
神薗博子
一護(いちご)くんが3歳、凛護(りんご)ちゃんが生後2か月の時にパパは難病の宣告をされ、入院生活が始まりました。
 
凛護ちゃんが4か月の時に、パパは生きる希望を胸に移植を決意して頑張ったのよ。ママと一護くんと凛護ちゃんは、ずっと寝泊まりしてパパのそばで応援していたけど、悪い病気の力が強くて、パパは35歳で天国に旅立ちました。
 
凛護ちゃんは生後6か月でパパとサヨナラになったね。3歳の一護くんもパパの死が理解できてないけど、バァバはママと力を合わせて2人を見守るからね!
 
いつの日か、パパがどれだけ頑張ったか!2人をどれだけ愛していたか! お話をするからね! だから健やかに明るく育つことを心から願っていますよ。
 
2017.08.19
「ゆこりん」へ
ごとうまさこ
ゆこりんを授かったと知った時、女の子だと信じ、名前を早々と決めて生まれるのを待ちました。
 
赤ちゃんの時からいつもしがみついていて、幼稚園へ行くようになってもなかなか離れず、送り出すのが大変でした。帰宅後も1時間くらいじっとしがみついていました。泣いてもぐずっても可愛くってそんな時は私のほうが抱きしめていました。
 
高校生になったある日、熱を出して喉が痛いと言った夜、お父さんと一緒に川の字になってゆこりんと寝ました。時々枕元の洗面器にタオルを浸して、ゆこりんのほてった顔を冷やしました。翌日は何事もなかったように学校へ行く姿を見て、愛情と手当ての大切さを悟りました。
 
ゆこりんは結婚が遅くて気をもみました。いい彼に出会いほっとしましたが、それもつかの間、手術で赤ちゃんが産めない体になってしまい、何と声をかけたらいいのか胸が張り裂けそうでした。今は落ち着き、彼と週末はあちこちに出かけ楽しんでいる様子。ゆこりんが元気にしているのが一番うれしいです。
 
今までの私の人生で折れそうになった時でも、ゆこりんが心の支えになってくれて立ち直ることができました。遠くへお嫁に行ったけど、一日とて忘れたことはなく、毎日ゆこりんの健康を神様に祈っています。ゆこりんがいたから私もきょうまで生き続けることができて、感謝しています。不行き届きな点は許してね。
 
2017.08.12
寛治くんへ
雅世ばあ
寛ちゃん、5歳のお誕生日おめでとう。毎年、寛ちゃんの誕生日には、あなたが生まれた日のことを特に思い出します。
 
妊娠7か月に入ったばかりのあなたのお母さんが朝から腹痛を訴え、念のためにと病院へ行くと、なんと出産が始まっていると病院中が大慌て! ICU(集中治療室)のある遠くの病院へとそのまま救急車で運ばれました。何が何だか解らず、不安だらけの中、祈ることしかできないばあでした。
 
その夜、お父さんが仕事先から病院にかけつけてすぐ寛ちゃんが生まれました。1,000グラムの小さな小さな赤ちゃん。無事に育ってくれるのかと、とても心配でした。
 
あなたの3か月間の入院中、お母さんは猛暑の中、毎日母乳を届けに電車で病院に通ったんですよ。寛ちゃんが退院して、初めてだっこできた時の感動は忘れません。いつもニコニコの寛ちゃんといると、心がじんわり温かくなります。やんちゃな寛ちゃんが元気に育ってくれることで、当たり前のことなんて何ひとつないんだなあ……と、ばあはたくさんのことに感謝ができるようになりました。
 
44歳も年上の私に大切なことをいっぱい教えてくれる寛ちゃん。あなたの存在はとても偉大です。ありがとう。
 
2017.08.05
つぶらな瞳
優芽香ばあば
我が家に孫の優芽香(ゆめか)が加わって11か月。にぎやかになりました。
 
娘は結婚して6年。半ば諦めていたところに突然の朗報。驚きと心配。娘は初産にして高齢の部類に入るからです。「案ずるより産むが易(やす)し」の格言どおり、元気に生まれて安心しました。
 
ハイハイも、遅まきながら10か月で、保育園に入ったその日にできるようになりました。今では、つかまり立ちもするようになり、誕生のお祝いを心待ちにしています。
 
保育園から帰ると、まず、ひい爺様のお部屋にごあいさつ。ベッドの下から、ゴミ箱、くつ下、ティッシュなど、ひとしきり引っ張り出します。傍らではひい爺様がベッドの上で目をパチクリ。下の2本の歯を見せて、愛嬌を振りまく優芽ちゃん。興奮すると、「キャーッ」と歓喜の声。今時、大家族も珍しいですが、お互い良い刺激になっています。女四代でお出掛けしたり、優芽香の乳母車をひい婆様が押して散歩したりと、世代を越えて仲良しです。
 
つぶらな瞳の優芽香ちゃん、大きくなって、ひいお爺ちゃんのお世話をしてあげてね。
 
2017.07.29
いとしいのんちゃんへ
洋子おばあちゃん
のんちゃん、生まれてきてくれてありがとう。いとおしくて、可愛くて、まわりの人を笑顔にしてくれるあなたは、本当に神様からのプレゼントです。
 
のんちゃんはのんびりしていて、予定日を12日過ぎてやっと生まれたのよ。生まれるその日までお母さんのつわりが続き、心待ちにしているみんなはとても心配しました。
 
あなたには、一足先に家族の仲間入りをしたお兄ちゃんたちがいるのよ。やさしいお父さんとお母さんは、捨てられて死にかけていた2匹の猫をほっておけなくて、家族に迎え入れることを決めたの。その2匹の子猫ちゃんが、長男のポコ太君と次男の黒の介君。そう、のんちゃんのお兄ちゃんたちです。
 
そして、お兄ちゃんたちに導かれるように、あなたがお母さんのところに来たのよ。でもね、お医者さまから、あなたが育つかは五分五分だと言われたの。でも、お母さんたちは、きっとお兄ちゃんたちが招き猫だから大丈夫だと信じていたんだって。その願いどおり、元気なのんちゃんが生まれたのよ。
 
のんちゃんは、幸せと笑顔をいっぱい連れてきてくれましたね。お兄ちゃんたちと仲良く、すくすく育ってね。
 
2017.07.22
彩映ちゃんへ、バトン
れいこバァバァ
「陣痛が始まった、今から病院に行くね」
 
昨年7月25日、ひい爺ちゃんのお通夜が始まろうとした時にママからの電話。分べん台の上で「ひい爺ちゃん安らかに」と、「無事に生まれるように見ててね」とお祈りをいっぱいしたと、後になってママから聞きました。
 
皆の願いどおりに、7月25日、元気な産声をあげた彩映(さえ)ちゃんは、離乳食もパクパク食べ、もうつかまり立ちも出来るようになりましたね。彩映ちゃんの笑顔をみつめると、ひい爺ちゃんの笑顔が重なり、うれしいけど泣けてきます。
 
つながってる命のバトン。そのバトンをしっかり握って大きくなっていってほしいです。
 
2017.07.15
尚平君へ
アーちゃん
尚平くん。春が来ましたよ!
 
1月24日の夕食後、フラフラっと立ち上がって、1歩2歩、アンヨの練習。お母さんとアーちゃんは思わず顔を合わせて、「今、歩いたよネ!」って。尚くん1歳2か月と1週間の時でした。その日の午後8時半には、17歩も歩けました。その間、ニコニコ笑って両手でバランスを取りながら、何度も何度もチャレンジ。
 
思い返せば、初めての寝返り、ハイハイにお座り、階段登り、そしてつかまり立ち。どれも成功した時の、あの本当にうれしそうな笑顔。誰に言われたのわけでもないのに……。赤ちゃんの成長って、その時が来ると、身体が勝手に次のステップに進むのですね。尚くんのお父さんもきっと同じだったのでしょうが、アーちゃんは見ていなかったのでしょう。
 
今、尚くんを通して、神様のなさることを見せていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。あの日から2か月。今も自分で歩いているのか、風に吹かれてフラフラのようにも見えますが、ちゃんと行きたいところに向かっています。まだ「ア~」とか「ウ~」しか言葉は無くても、自分の気持ちを伝えます。「靴を履かせて」「外に出たい」と尚くん。
 
本当の春が来ました。ウグイスも鳴いています。尚平君を、オンモ(戸外)が、待っていますよ!
 
2017.07.08
お空から
あしおママ
お空からママを選んで、ママのおなかで10か月の間がんばってスクスク育ってくれてありがとう。パパとお姉ちゃんと一緒に、あなたに会える日を楽しみに待っていたよ。
 
あなたに会えるまでいろいろ乗り越える山があった分、あなたに会えた喜びはとても大きいのですよ。お姉ちゃんのときは、パパとママだけだったから、とっても静かな環境の10か月だったけど、あなたはみんなの笑い声、おこっている声、お姉ちゃんの叫び声、泣き声、たくさんの音を聞いた10か月でしたね。でもその分、楽しい時間だったかな。
 
予定日がママの誕生日と近いから、もしかしたら性格とか顔とかいろいろ似ている子なのかな?って、ちょっとうれしい気持ちもあったのですよ(笑)。なんとかママが41歳になる前に生まれてきてくれましたね。パパもあなたが生まれる瞬間に立ち会うことができて、私たち家族はいつもいつもとても運がいいなと思っています。
 
無事にママのおなかから生まれてきてくれてありがとう。ママもあなたを授かるためにたくさんがんばりました。あなたのおかげで、ママは今まで自分に満足することや、認めることができない40年間でしたが、はじめて自分のがんばりや自分自身を認めるというか「自分はよくやったよ」って思うことができたのですよ。これからは、あなたとお姉ちゃんのために強いママになります。よろしくね!
 
2017.07.01
こんな毎日をありがとう
ママ
あなたがおなかにいるとわかったのは、あなたのおばあちゃんの63回目の誕生日でした。流産、長い不妊治療をしていた私でしたが、多くの人の力添えがあり、無事生まれてきてくれましたね。「よい季節に授かった宝物だから瑞季(みずき)と名付けよう」とパパが言ってから、干支(えと)が一回りし、新緑の中あなたは12歳になりますね。
 
あなたと一緒に笑い泣きする毎日は、私を童心にかえらせ、私に人間として足りないものを気づかせてくれ、そして何より、よちよち歩きのあなたまでしか見ることができなかったおばあちゃんの存在をいつも私の心の中に置いておいてくれましたね。
 
算数の宿題に悪戦苦闘するあなた、素質を与えてあげていないのに、プールの選手として頑張るあなた、あくせく家事をする私に「余裕のある人きれいだな」と鼻歌を歌うあなた、困っている人を見ると何かしたくなるあなた、すべてがいとおしいです。
 
これからもどうぞよろしくね。おばあちゃんの最後の言葉「ゆっくり大きくなり」をモットーに歩んでいってね。いつもどんな時も応援団だよ。
 
2017.06.24
大切なゆうちゃん
孫大好きバアバ
私は64歳の祖母です。現在4歳の孫は、生まれつき単心房、単心室という心臓病を持ち、生後1か月くらいの時、心臓の手術を行いましたが、術後の心肺停止により、低酸素状態の時間が長く、脳に大きなダメージを受けてしまいました。
 
改めてこの子の誕生により、健康で生まれてくることの幸せを考えさせられました。3歳でやっと立てた時の喜びは、待ちに待った感動でした。言葉も、短い単語が少しずつ増えています。まだ歩行も目を離せない状態ですが、今までできなかった小さなことにも大きな喜びを感じるようになりました。
 
いつも前向きでパワフルに子育てに専念しているママの姿には、頭の下がる思いです。私たちは孫の病気を理解し、協力し、ゆっくりゆっくり成長していくこの子を大きな愛情を持って育てていきたいと思っています。今後もたくさんの悩み、困難の中で家族が笑顔を失わず生活できるよう、自分に何ができるのかを考えていきたいと思っています。
 
孫の存在により、障害をお持ちの方についていろいろ考える機会を持てた事に感謝をしています。神奈川の障害者施設での事件では、大きなショックを受けました。障害者は決して社会のお荷物ではなく、私たちに大切なことを気づかせ、小さなことにも喜びを与えてくれる大切な宝物だと思います。今後社会が障害者に対して理解を深め、思いやりのある方向にもっと進んでいくことを心から願っています。
 
2017.06.17
孫・直子のおなかの赤ちゃんへ
大ばあちゃん
(なお)ちゃんのおなかの中のまだ名もない男の子の赤ちゃん、はじめまして。80歳を過ぎた大ばあちゃんです。生きる喜びを与えてくれてありがとう。
 
あなたと初めて会ったのはテレビのような画面の前で、妊娠4か月目ぐらいの体全体をしっかり動かしている姿でした。私は両手を合わせ、涙を流すほど感動しました。大ばあちゃんの時代には想像できない映像でした。
 
あれからすくすくと育っているようで安心していました。しかし、妊娠7か月目に急に入院しました。きっと大きくなりすぎ、おなかが窮屈で外へ出たかったのでしょうね。皆で心配しましたが、1か月ほどで退院でき、ホッとしました。
 
妊娠8か月目の映像ではずいぶん成長。可愛いお手々もよく動かしているとの知らせを受け、喜んでいます。
 
あなたのおかげで私の少しの病もふっとび、会える日を楽しみに待っているのです。家族のきずなも深まりました。そして生まれてきてくれても、毎日、奈良と横浜とのメールのやり取りは続くことでしょう。まだ名もない直子の赤ちゃん、あなたは私の生きがいです。ありがとう!
 
2017.06.10
40年前のあなたたちへ
花村紗知子
私たちの最初の赤ちゃんは、帝王切開のかいなく死産でした。しかし次の年、元気な男の子が産声を上げました。それから1年10か月、また元気な双子の男の子が生まれました。神様は私たちに元気な3人の兄弟を授けてくださったのです。
 
上のお兄ちゃんは、とても感受性の強い子で、うららかな春の日タンポポの綿毛がフワフワと風に舞うのを見て、「うわぁタンポポのおばあさんだ」と青空を見上げていました。40数年たった今では結婚し、商社マンの傍ら趣味のギターでライブを楽しんでいます。
 
双子のお兄ちゃんは、やさしい子どもでした。中学時代の作文を友だちに盗作され、その友だちが大変評価されたとき、「僕と同じ考えだったのだ」と黙っている子でした。今では女子中学生の父親、にぎやかな家族を作っています。
 
三男は何でも挑戦することが好きな子でした。東京で就職しましたが、ある日突然「おれ新潟へ婿に行くよ」と言って私たちを驚かせました。今では女の子と男の子に恵まれ、親ばかぶりを発揮しています。
 
40年前のあなたたちは、将来このような人生を歩むことが想像できたでしょうか。あなたたちにはまだまだ長い未来があります。タンポポの綿毛の齢になった時、幸せだったと思えるような「今」を生きてほしいと思います。
 
2017.06.03
本物の涙
お花屋さんの娘たちのママ
今でも鮮明に覚えています。ゆりちゃんが生まれてきた日のことを。37週の健診で急に血圧が上がり緊急入院。陣痛促進剤を使って出産することに。初産のためなかなか陣痛が起こらず、2日かけて促進剤を使い、いよいよ出産。
 
パパは入院してからずっとママのそばにいてくれて、出産にも立ち合ってくれました。最後の力を振り絞り生まれてきてくれたゆりちゃん。ホッとしてパパを見ると、目から涙がこぼれていました。普段は、喜怒哀楽を出すことが苦手なパパから自然と流れた涙を見て、ママはうれしくなりました。
 
妹のるりちゃんが生まれたときは、特に大きなトラブルもなく、ママのお願い通り、スッと生まれてきてくれました。その時もまたパパは涙を流していました。
 
今度また一人家族が増えます。弟か妹かまだわからないけど、るりちゃんもお姉ちゃんになります。ゆりちゃんみたいな優しいお姉さんになってね。
 
パパの3度目の涙は見られるかなぁ……。
 
2017.05.27
助産師だった母
宮本恵子
今は亡き母は助産師でした。65年以上、天職として貫き、6,500人の子どもを取り上げたのでした。学校から帰っても、母は家には滅多におりません。仕事がわかっているので、私は弟たちの子守をしたものでした。母は娘の私に「生まれてくる子どもには責任はないのよ」と、口癖のように話していました。オギャーと生まれてきた赤ちゃんを手にした時には、必ず立派な大人になるようにと心の中で祈りながら、子どもをわが手に包み込み、命ってすばらしい、一人ももれなく育って行くことを願っていました。
 
特に印象に残った赤ちゃんが2人の男の子。生まれた時からとても大きかったそうです。彼らが成長して、田舎の学校ながら初めて高校野球に出場することを新聞で知った母は、うれしくてお祝いを送ったそうです。彼らはピッチャーとキャッチャーでした。
 
現代は病院でのお産ですが、母の時代は一対一のお付き合いでした。家族のようなつながりがあったのでしょう。母のお葬式は、あまりの参列者の多さにびっくりしました。「先生、お世話になりました」の声が、今も耳に残っております。
 
母は命を授かる仕事が大好きだったのでしょう。しかしほかの赤ちゃんにはとても優しい眼差しを送っていましたが、我が子は厳しくしつけました。大人への成長は並大抵ではないでしょうが、夢や希望があり、不可能を可能にすることが人生だと思います。赤ちゃんを我が手にしたならば、立派に育てるのが親の務めであり、責任でしょう。未来に向かってネ
 
2017.05.20
親にしてくれた2人の子どもたちへ
さくらもち
今や私の背丈を追い越し、りっぱな男子に成長した2人の子どもたち。私は君たちが生まれたときのことを知りません。きっと、2人とも産みの親に待たれて、この世に生まれてきたと思います。事情があって、私たち夫婦のところへやってきましたが。私たちのところへやってきた日が私たちにとっては、君たちが誕生した日なのです。
 
もうかわいくて、かわいくて、でも初めてなので、どうだっこしていいかもわからず、ずっと緊張しっ放しでした。「我が子」と呼べることがこんなにもうれしいのかと、じっと寝顔を見つめていました。夜寝るときに絵本を読んでいましたが、覚えてますか。寝つけないときはおんぶして自作の子守歌を歌っていましたが、覚えていますか。
 
私たちを親にしてくれた2人の子どもたち、本当にありがとう! 今もこれからも君たちは、かけがえのない、大切な大切な存在です。血のつながりより同じ釜の飯を食べてきたことが重要なのです。日々の何気ない日常が歴史なのです。自分が生まれてきたことに誇りを持って生きていってほしい。君たち2人が二度生まれてきた訳を考えて。きっとそれが君たちの存在の意味だからね。
 
もう一度言うよ。親に育ててくれてありがとう!!
 
2017.05.13
おじいちゃんから「お父さんを誇りに」
川﨑依邦
彩葉(あやは)ちゃんは、2016年3月31日、体重3,100グラムでこの世に生を受けました。お父さんは、同じ年の2月13日に、34歳5か月の若さで虚血性心不全にて突然死しました。彩葉ちゃんに会えませんでした。
 
この1年、お母さんやおばあちゃんは一生懸命育てて参りました。お父さんは中小企業の経営者として、社員の先頭に立っていつも頑張っていました。お父さんは生前「今度生まれてくるぼくの初めての女の子は会社の中で育てる」と言っていました。
 
その言葉通り、お母さんは産後8週間の5月7日、彩葉ちゃんと共に職場復帰しました。「首がすわった」「ハイハイする」「つかまり立ち」「歩いた」。成長を会社の事務所の全スタッフ、お母さん、おばあちゃんは見守り、一緒に生きてきました。
 
そして今春、保育園に入りました。おめでとう。おじいちゃんには、彩葉ちゃんが字が読めるようになったら、ぜひ読んでもらいたい本があります。それはお父さんの生きた歩みを書いた本です。「ピンチはチャンスなり、スピードは力なり」という、お父さんとおじいちゃんの共著です。「心優しい元気な子が生まれますように 川﨑晃弘 香奈子」と神社にお参りした写真も中にあります。
 
彩葉ちゃんのお母さんは「寂しいときは、お父さんのことをたくさん話したい」と言っています。おじいちゃんも、お父さんを誇りに思っています。彩葉ちゃん、しっかりと生き抜いてください。
 
2017.05.06
皆、元気に育ってね。
山本のバアバ
彼女とは昔、職場の同僚であった。同僚と言っても年齢が30歳ほど違ったが、なぜか気が合い、きょうまで交流が続いている。
 
彼女には3人の子どもが居る。1人目はK君7歳。3歳ごろに、うちに遊びに来てゲームをし、「1回くらい、僕に勝たせてよ」に対し「人生が思い通りにならないことを今から知った方が良い」と言って勝たせず、精神力を鍛えたつもりだったが、周りからは「大人げない」と非難された。
 
2人目はNチャン3歳。生活発表会で、3匹の子豚の母ブタ役に抜てきされたのに歌わず、語らず、先生に抱っこされたままだった内弁慶さん。家ではお兄ちゃんのK君を家来に暴れ回っているというのに。
 
そして3人目はAちゃん7か月。早くお目見えしたかったのか、予定日より随分早く、その上、陣痛も早く進み、自宅マンションから、産院に向かおうとしたが、間に合わず、マンションエントランスで出産、へその緒が繋がったまま、産院入りという衝撃的なデビューを果たした。色白で、よく笑う天使のような女の子である。
 
私は、この3人を孫のように思っています。また、昨今の国内外の動きを、とても不安に感じています。この3人が大人になっても平和な世の中であり続けますように心から願っています。
 
2017.04.29
芽生ちゃん
村田幸栄
芽生(めい)ちゃんがおなかにいるのがわかったのは、おととしの2月末でした。パパ、ママ、二人そろって知らせに来てくれました。おじいちゃん、おばあちゃんは、我が家は孫には縁がなかったと常々思ってたので、喜びはひとしおでした。
 
それから予定日の10月7日まで、ママは大きなおなかで、足をパンパンにはらしてお仕事も頑張っていました。暑い夏も過ぎて10月に入り、おじいちゃん、おばあちゃんは、ママのいるマンションに毎日通っていましたが、予定日を過ぎても、陣痛もなくって、初産なのでとっても心配してました。
 
10月17日、おばあちゃんは近所の氏神さんへ無事出産を願ってお参りに行き、帰りにウォーキングをして疲れて横たわっていたところへ、パパから切羽詰まった声で、ママが緊急で1時間後に帝王切開で出産するとのこと。おばあちゃんは急いでかけつけ、パパも立ち合い、無事出産しました。しかしママの貧血がひどく、最悪の場合、輸血も考えていると先生のお話があり、とても心配しましたが、輸血することなく、ママも順調に回復、退院できました。
 
今は、1歳半になり、元気に歩きまわって、ことばもおぼえて、愛くるしい仕草を見せては楽しませてくれてますね。おじいちゃん、おばあちゃんも元気で長生きをして、成長を見守りたいと思います。すくすくと元気に育ってね。
 
おばあちゃんより
 
2017.04.22
楽しみな来年の桃の節句
田口克江
晴菜(はな)ちゃん、お見舞いに来てくれてありがとう!
 
あんよが上手になったね。爺(じい)は今、脳こうそくのリハビリで入院中。日々、あんよの練習のリハビリで頑張ってます。おかげでだいぶ回復して来たよ。右手、右脚にマヒが残ってたんだけど、今は杖をついて歩けるし、右手でメールも打てるんだ。
 
メールは婆(ばあ)がリハビリで打てとうるさいから。入院してるとどんな様子か気になるし、リハビリにもなるという理由で打てるようになったんだ。なんしか爺は、頑張り屋さんなんだよ。
 
早いね。あなたが生まれて1年2か月。新生児のあなたが我が家にやって来た。うれしかったな。爺、婆は、張り切りました。やれ沐浴の道具やら、おむつやら、体温計やら。爺はどれだけお店に走ったやら……。沐浴したあなたを、ガラス細工でも扱うようにテーブルに載せて拭いていた爺の真剣な顔を思い出します。
 
退院まであとわずか。リハビリの総仕上げにかかっています。爺の今の一番の願いは、晴菜ちゃんと遊べるようになること。鬼ごっこ、お散歩、絵本を読んだりね。そして、かけっこでは負けないようにと闘志を燃やしているで。晴菜ちゃんとどちらが早いかしらんと、婆は今から楽しみにしています。晴菜ちゃんも、しっかり練習しといてね。
 
そして、来年の桃の節句には必ず、晴菜ちゃんのおひな様、二人で見に行くからな。桜餅持って!
 
2017.04.15
20歳になるさとちゃん
智子
さとちゃん、もうすぐ20歳の誕生日おめでとう。
 
さとちゃんがおなかに宿ったとわかった日、心が躍り、自然と笑顔がこぼれました。生まれたばかりのさとちゃんは、白くてキュートでキラキラしてて、我が家のアイドル、家族みんな笑顔になりました。幼稚園では、兄ちゃんにべったりの甘えん坊。兄ちゃんと離れると泣いてばかりでしたよ。心配でこっそり、幼稚園の様子を見に行った日が懐かしいです。
 
小学校、中学校、高校、大学では、厳しい注意もたくさんしました。何でも前向きに、努力を惜しまず頑張るさとちゃんを、家族みんなでサポートしました。サポートできることをとても幸せに感じています。どんどん素敵な女の子になり、毎日がうれしさの更新です。完全に親バカですね。さとちゃんのことを思うお父さんや、兄ちゃんの優しい心を感じることができることも、とても幸せで誇りです。
 
みんなに、ありがとうと、感謝の気持ちでいっぱいです。自分を大切に、大切な人を大切に、これからも人生を楽しんでくださいね。それが、私の一番の願いです。
 
2017.04.08
かほ佳(かほか)ちゃんへ
かのよママ・ちからパパ
かほ佳ちゃん、2月22日で生まれて100日になったね。予定日は11月7日だったかほ佳ちゃん。ママは予定日までに産むぞ!って張り切って、陣痛ジンクスといわれる焼肉を食べたり、炭酸栄養ドリンクを飲んでいっぱい歩いていたよ。
 
でも、なかなか陣痛が来なくて1週間がたったね。11月13日の夕方にやっと陣痛が来た時は、ついに会える!ってうれしくなったよ。あなたを産んだ瞬間、涙は出なくて、こんな子がおなかの中にいたのかぁ!と、とても不思議な気持ちになりました。
 
立ち会ってくれたパパも、同じ気持ちだったみたい。あなたを毎日抱っこしてお世話する日々は、何にも換えられない幸せな気持ちになるよ。早く大きくなっておしゃべりしたいような、ずっと赤ちゃんでいてほしいような、矛盾する思いをもってるけど、ゆっくりでいい。かけがえのない日々を家族3人仲良く、笑顔で過ごせたらそれだけでいい。
 
ママとパパのところに生まれてきてくれてありがとう。
 
2017.04.01
私の子どもへ
北川綾乃
今回のお便りは、福井県敦賀市立気比中学校で「未来への手紙プロジェクト」を使った授業をした際に生徒が将来の我が子へ宛てて書いた「手紙」です。
もし、あなたが男の子なら、「大希(だいき)」と名づけたい。私にとって、あなたは大きな希望の光だから。
 
もし、あなたが女の子なら、「陽美(ひなみ)」とつけたい。私はあなたに、太陽のように美しくみんなを照らす存在であってほしいと願っているから。
 
私はあなたに、あなたの名前の意味を覚えていてほしい。そして、もしあなたが壁にぶつかったり、先が見えない悲しみにおそわれたりしたとき、思い出してほしい。そしたらきっと、あなたは、あなたを信じて頑張れると思うから。
 
もし、悩んで、悔やんで、苦しんだときは、私を頼ってほしい。私はいつもあなたのことを見ているし、あなたの側にいるから。私はあなたが私を嫌ってもかまわない。それはかまわないから、自分のことは嫌いにならないでほしいと思う。
 
楽しく生きてね。
 
2017.03.25
凜汰郎くんへ
斉藤奈津子
りんちゃんが生まれて、ちょうど100日。あっという間の100日でした。
 
じぃじと、ばぁばと過ごした1か月半。たくさんかわいがってもらったね。そして、お父さん、お母さんと3人での生活が始まって、元気にいっぱい泣く姿に、四苦八苦しながらも楽しく過ごし、毎日があっという間に過ぎていきました。
 
2か月を迎えた次の日、りんちゃんの目の病気がわかりました。すぐに手術が必要な状況だと知って、とっても不安になったよ、まだこんなに小さいのに……。
 
手術の日、14時間もおっぱいをがまんして本当にえらかったね。おなかぺこぺこだったろうに、手術室前でのりんちゃんの笑顔、お母さんはずっと忘れないよ。心配しないでって伝えてくれたんだね。手術と入院生活は大変だったと思うけど、よく頑張りました。りんちゃんを誇りに思います。
 
まだ生まれて100日だけど、りんちゃんは、たくさんのことを教えてくれました。同じように頑張っている子がたくさんいること、それを支える家族の強さ、病院の方々の優しさ。教えてくれてありがとう。
 
これからりんちゃんは、その大きなおめめでたくさんのものを見て成長していくでしょう。ずっとずっと一緒に成長していけるのを楽しみにしているね。100日おめでとう!
 
2017.03.18
咲奈ちゃんへ
ひいばあちゃん
わたしたちのひ孫、咲奈(さな)ちゃん、こんにちは。わたしたちの初めてのひ孫です。咲奈ちゃんの生まれて来るのを指折り数えて待っていました。そんなことが伝わったのか、予定日より少し早く、一昨年の暮、咲奈ちゃんのおばあちゃんと同じ誕生日に生まれました。
 
体重は2,720グラムと少し小さ目でしたが、元気な産声をあげ、足のふんばりも強い元気な子で、私たちの目の前がパッと明るくなりました。1か月ほどしてお父さんの待っている家に帰りましたが、その後お母さんが落ち着いたころから、時々お母さんの運転する自動車におとなしく乗って会いに来てくれました。こちらへ来るたびに、寝返りを始めたり離乳食を食べたり。好奇心旺盛で、どんどん知恵もつき体の動きも活発になって来ました。
 
その後お母さんが仕事に戻るので、咲奈ちゃんは保育園に入ることになりました。保育園での咲奈ちゃんは、持前の明るさと元気で先生やお友だちと仲良くなり、いろいろなことを吸収して一段と大きくなりました。咲奈ちゃんの成長はお母さんから送られてくる、スマホの動画で逐次見ることが出来て、私たちの励みになります。
 
先日は私たちのダイヤモンド婚式に出席してくれてありがとう。咲奈ちゃんの明るい笑顔がみんなの笑顔になりました。春になり桜の花が咲いたら、一緒にお花見に行きましょう。咲奈ちゃんは私たちの天使です。私たちに生きる喜びを与えてくれました。
 
生まれて来てありがとう。
 
2017.03.11
あーちゃんへ
髙田八寿子
あーちゃん、正義感の強いあなたのママは、幼い時から、人々の役に立てる仕事に就きたいと言っていました。小学校のときからいっぱい頑張って、大学卒業後、子どものころからの夢の職業に就きました。小学校の卒業文集で「もし結婚してこの仕事を辞めるようになるのだったら、私は結婚しないと思う」とまで書いていたのですよ。だからおばあちゃんは、あなたのママが結婚することも、まして孫を授かることも考えたことはありませんでした。
 
でもママは、素敵な方と出会って、結婚し、あーちゃん、あなたが生まれて来てくれました。12月6日が予定日だったのですが、それから5日後の11日に、パパに立ち会ってもらって、元気な産声をあげてくれました。
 
分娩(ぶんべん)室の外でおじいちゃん、私、パパの方のおじいちゃん、おばあちゃん、パパの妹さん、そしてその10か月になる赤ちゃんの6人で、今か今かと待っていたんですよ。あなたの声を聞いた時は、みんなで大歓声でした。あなたの小さな愛くるしい身体を抱っこできる幸せをみんなで感じています。
 
どうか元気で誰からも愛される人になってくださいね。それから、ママはまたお仕事を続けると思うけど、あーちゃんのことはいつも忘れずにいると思うから協力してあげてくださいね。それが、おばあちゃんからのお願いです。
 
おばあちゃんのところに生まれて来てくれてありがとう。
 
2017.03.04
直翔(なおと)くん、海翔(かいと)くんへ
京子ばあちゃん
2か月も早く生まれて、鼻にチューブが入り、保育器に小さな体がふたつ。あなたのお母さんは、あなたたちが早く生まれないように、少しでも長くお母さんのおなかの中で育つようにと2か月も入院して動けず、寝たまま点滴を打ち、頻繁に襲ってくる嘔吐と闘い、2人の命を守ったのよ。
 
ばあちゃんは、側で、ただあなたたちが、無事に生まれてくることを祈るしかできなかった。平成29年3月7日、その小さな命に、1歳のお誕生日が来ます。どこへ行っても、「双子さんですか」「大変ですね」。でもその後には必ず「可愛いですね」と。
 
まさかふたつの命を授かるとは。皆がびっくりしたのよ。神様からボーナスをもらったねと、幸せを感じました。あなたたちのお父さん、お母さんは、夜も寝ないで泣いていたあなたたちを、2人で抱っこして必死で育てましたよ。
 
ばあちゃんは、いつまでもあなたたち2人の成長を見守っていきたいけれど、年をとってしまったので、いつ、さよならが来るかもしれません。ばあちゃんは、2人のことは忘れないよ。ミルク、離乳食、おむつ交換、楽しい毎日だったよ。愛くるしい笑顔で癒やされました。
 
ありがとう。神様からいただいた命を大切にしてね。愛情たっぷりのお父さん、お母さんを大切にね。
 
2017.02.25
大きくなぁ~れ
マキ大叔母
姪夫婦が不妊治療の末、やっと授かったミユちゃん。姪が38歳での初産。いろんなことを心配しました。
 
予定日より2週間前に、姪から「破水したけど、子宮口が開かず、このままだと、赤ちゃんが干からびるので、促進剤を使って、それでもだめなら帝王切開だって」と電話があった。姪の不安を思うと、心が痛んだ。次の日には姪の夫から「出産しました。母子共に無事です。ただカンシが目の上に当たって赤黒くなっていますが、消えるそうです」との報告があった。
 
はやる気持ちを抑えて5日後に病院に行き、ミユちゃんと対面した。低体重だったので、スペシャルボックスの中でスヤスヤ眠っていた。
 
「キャッ、可愛い。お地蔵さんみたい」と私が姪に言うと、「時々、手足を動かして、生命力あるよ」と満足気だった。
 
あれから1か月余り、お正月に再会したミユちゃんは、ちょっと、ふっくらし、泣いては眠り、4歳と2歳のいとこにかまわれ、うれしそうに見えました。ゆっくりで良いから、大きくなってね。新米ママ、パパをはじめ、皆が見守っていますよ。
 
2017.02.18
実紗ちゃん 1歳おめでとう
清水美智子
お誕生日の10月2日は保育園の運動会。雨上がりの快晴でした。やっと歩けるようになって、初めての靴をはいて、初めての運動会。パパかママに抱っこされて行進するだけなのに、実紗ちゃんの真剣な表情に、おばあちゃんはハラハラしました。こんなに小さいのに、その頭も胸も、緊張と不安でいっぱいなんだと思います。慣れない保育園で、毎日一生懸命がんばっているのね。そのけなげさに胸がいっぱいになりました。
 
パパとママが結婚して10年目に生まれた実紗ちゃん。パーン!と錫(すず)婚式のギフトがやってきました。大きな宝物です。実紗ちゃんが生まれて、実紗ちゃんのパパとパパのご両親とも本当の家族になれたと実感しました。
 
大きな声で泣いて、笑って、いっぱいごはんを食べて、スクスクと大きくなる実紗ちゃん。あんよがうれしくて、ころんでも、ぶつかっても、泣きながらまた歩く。コンセントが大好き。本棚の本を全部出して、満足の笑顔。紙を破くのも、とても楽しそう。止まらないエネルギーの塊、元気王。
 
おばあちゃんには最良のビタミン剤。年をとって良かったと思います。おばあちゃんになれて良かったと思います。おばあちゃんになると、こんなに幸せになれるなんて知りませんでした。実紗ちゃんと遊べる今が一番幸せです。ありがとう、実紗ちゃん。
 
2017.02.11
はやちゃん、ようこそ我が家へ
和樹パパ桜子ママ
はやちゃんがおなかにいるのが分かったのは、昨年の1月13日。パパとママは、大喜びしました!。はやちゃんがおなかに来た日からみんなママの身体を大事に思い、特にパパはかなり心配性になりました。元気に私たちの元へ生まれてきてくれるのを待っていました。
 
残暑が厳しい日。予定日より1週間早い9月5日、はやちゃんが生まれました。元気な産声を聞いた時、ママのおなかに初めてのった時、今まで感じたことのない、穏やかな、とてもうれしく安心した気持ちになりました。 これから、はやちゃんが楽しく、幸せな人生を過ごせるよう、パパとママは、はやちゃんを一生懸命サポートすることを誓いました。
 
「颯真(はやま)」の意味は、さわやかな風のような優しさをもちながら、素直で真っ直ぐな人生を歩んでいってほしいと思い、名付けました。はやちゃん!私たちをパパとママにしてくれてありがとう。最近少しずつ、いろいろな表情や仕草を見せてくれるようになりました。これからゆっくり、一緒に成長していこうね。
 
ようこそ、わが家へ!
 
2017.02.04
葵乃ちゃんへ
明石のおばちゃん
ママの大きなおなかにいた葵乃(あおの)ちゃん。5月に、ママが出産のため群馬から岡山へ里帰りする途中、明石に寄ってくれました。予定日より出産が遅れ、岡山まで来ていた群馬のじいちゃん、ばあちゃん、パパは、とても待ちわびていました。
 
6月8日、急に帝王切開になりましたが、元気な声をあげて生まれてきてくれたそうです。ママのおっぱいですくすくと大きくなり、1か月健診を終えた葵乃ちゃんは7月16日の夜の11時、群馬に帰る途中に、今度は岡山のじいちゃん、ばあちゃん、ママと4人で、明石に寄ってくれました。
 
髪の濃い、大きなお目めに、かわいいお口と3拍子そろった葵乃ちゃんは、おばちゃんの腕の中でほほえんでくれました。ひと休みして、4人が群馬に着いたのは、翌朝の10時だったそうです。
 
その後、お宮参りをすませ、じいちゃん、ばあちゃんは、岡山に戻ったそうです。今度明石に来るときは、ぜひ泊まってください。
 
2017.01.28
和希くんへ
坂巻まり子
和希(かずき)くんは、2月14日、バレンタインデーに誕生しました。日曜日でしたので、パパも出産に立ち会えましたよ。予定日は2月17日でしたが、ママはおなかをなでながら、「2月14日に会いたいなー」と、毎日呼びかけていました。なぜなら、2月14日は、パパのお父様、つまり和希くんのおじいちゃまの誕生日だからです。
 
ママの願いが通じたのか、和希くんは本当におじいちゃまと同じ誕生日に生まれてきてくれました。もちろん、おじいちゃまもおばあちゃまも産声を聞くことができ、すぐに対面してくださいましたよ。とてもとても喜んでくださいました。
 
平和で希望に満ちた人生でありますようにと、平和の「和」と、希望の「希」の文字を取りパパとママが願いを込めて名付けられた和希くん。足の指と手の指が長いのは、おじいちゃまの遺伝だそうですよ。パパは今から、バレンタインの日にはパパの分までチョコレートもらってきてねと、和希くんに期待しています。皆に愛されて、これからもスクスク健康に育ってほしいと願っています。
 
2017.01.21
かいくんへ
さやかお母さん
かいくん、もうすぐ1歳のお誕生日だね。かいくんが生まれてきてからの1年間、お母さんはそれまで生きてきた時間の中で一番よく笑っていました。
 
でも生まれたばかりのころは、かいくんはあんまり泣かないし、おっぱいを欲しがることもなく、本当によく眠っていたので、もしかしたらどこか具合が悪いんじゃないのかと心配しました。それが今では、おなかがすくと指をくわえて、ごはんを欲しがる食いしん坊になりましたね。よく食べて、よく寝て、好奇心旺盛で、家じゅうハイハイで探検するその姿は、もう生まれたばかりのあのふにゃふにゃとした赤ちゃんではなく、すっかりたくましい男の子です。
 
かいくんがやって来てから、目に映るすべての景色がこんなにも美しく、明るいものだったのかと驚いています。毎日のお散歩にも新しい発見があって、そろそろ歩きだしそうなかいくんと手をつないで歩くのが、今からとても楽しみです。春になったら桜の並ぶ川岸でお花見しよう。夏になったら波打ち際でかけっこしよう。秋になったら落ち葉の上でスッテプ踏もう。そして、冬になったら雪の冷たさに笑いあおう。
 
かいくんに見せたい景色がたくさんあります。かいくんに伝えたい言葉もたくさんあります。伝えたい言葉はあまりに多すぎて書ききれないけれども、きょうはひとつだけ。かいくん、お父さんとお母さんのところに来てくれて、本当にありがとう。お誕生日おめでとう。
 
2017.01.14
茉那ちゃんへ
久保田政子
4月に遠く静岡の掛川から来て、バァバの家で茉那ちゃんの2歳の誕生祝いをしたね。ケーキの上のキャンドルの灯りを消そうとしたけど、なかなか消えなかったね。「大きくフーッと吹くのよ」と言われ、やっと消した時、みんなで手をたたいたら、それがうれしかったのか「もう1回、もう1回」と5歳の分まで消したんだよ。
 
2歳児健診では、心身共に3歳児なみの成長ぶりと言われたんだってね。それを聞いておじちゃんが「あんなに可愛い子はないな、正に天才だ」と、おじ馬鹿ぶりを前面に出して言っていたよ。
 
脳の働きは、3歳ぐらいで、7割から8割ほど完成すると言われているから、冷静に子どもを見ることも必要だけど、おじ馬鹿だからこそ優しく育つこともあると思うよ。
 
何にでも興味を示す2、3歳。見るもの触るものに「これなんだ」を繰り返す茉那ちゃん。帰りに車の窓から見えた富士山に、「富士山バイバイ」と手を振っていたね。
 
11月にはお姉ちゃんになったね。米寿の曽祖母の私は、茉那ちゃんといつまで会えるかわからないけれど、あなたに会えたことは、本当に幸せだったなとつくづく感謝しているのよ。
 
2017.01.07
大好きな暖空(はるあ)
そらMAMA
はる、お誕生日おめでとう。はるがおなかの中にいることに気付いたのは、3月のはじめでした。ママの大切なお友だちが妊娠して、お兄ちゃんも2歳になり、そろそろ兄弟をつくってあげたいと思っていたころで、とてもうれしかった。
 
妊婦健診では手を振ってくれたり、11週で性別を教えてくれたりしましたね。先生が、エコーで写して説明してくださいました。女の子だと思い込んでたママに、必死で伝えてくれたんだね。
 
恥しがりなあなたは、手で顔を隠したり、反対方向を向いたりしたけど、健診の前日「明日はお顔見せてね」とお願いすると、必ずいい顔でエコーに映ってくれましたね。生まれる時も「パパがいるときにしてね」「スルッと生まれてね」「明け方にね」など、ママの好き勝手なお願いをほぼ叶(かな)えてくれたよね。
 
パパが車で2時間弱の道のりを実家まで来てくれるのを待って、お兄ちゃんが寝てから日付が変わるころ産院に行き、まだ自力で歩けるくらいの痛みだったけど、分娩室で時を待って、早朝1時47分、元気に生まれてきてくれたね。へその緒でつながったままのはるを胸に抱きながら、幸せいっぱいでした。
 
はるに出会えた感動と、思い描いていた出産ストーリーが現実になったこと。ステキな助産師さんにも恵まれて、和やかで心暖まるお産でした。
 
暖空、生まれてくれてありがとう。いつもいつまでもあなたのことが大好きです。
 
 
2016.12.31
啐啄同時(そったくどうじ)
福爺
かほちゃんへ、はじめまして。私が爺ジよ。お母さんは、出産予定日の3か月前から爺ジの家にいたんだよ。かほちゃんの心臓に病気があることがわかったから。
 
かほちゃんと出会うまで、お父さんとお母さんは、いろいろな病院でたくさんの検査を受けました。やーっとの思いで、お母さんのおなかにたどり着きました。かほちゃんが、おなかの中で足げりする時、うれしさと同時にゴメンねの痛みがあったそうです。幸せと同時に心音へのドキドキ感もありました。生まれる前も、生まれてからもいっぱい不安なことはあります。
 
でも、かほちゃんは、お母さんが、ご飯を食べた後に「グリィグリィとおなかを蹴って」おいしさをアピールします。「イテ・テ・テ…、かほちゃんが暴れおる」とお母さんが言うと、お父さんが、「どれどれ」と言っておなかに手をあてて「うぁ~、元気に動いている~」と、はしゃぎます。
 
「啐啄同時」という言葉があります。かほちゃんと両親が、いっぱい遊んで、いっぱい触れ合って、いっぱい感じ合いながら、お互いの願いや思いをやりとりし合える、そんなすてきな出合いを表す言葉です。
 
いよいよ、今週には母ちゃんのおなかとバイバイですね。みんなが、待ってますよー。そして、1か月したら、1回目の手術をします。今度は、自分の力で踏ん張ってほしいです。と同時に、あなたの生命は、全地球よりも重いので、ドッシリと構えて応援します。ご安心を。 
 
2016.12.24
いつも笑顔でありがとう
松山のばあば
旭陽(あさひ)君へ
 
あなたが生まれる準備をするため、お母さんとばあばは二人で買い物に行っていました。その時、突然産科の先生からお電話があり、再度血液検査をするよう言われたのです。お母さんの不安はとても大きいものでした。
 
先生に勧められるまま検査をし、個人病院より総合病院の方が良いと説明があり、病院も変えました。お母さんは、あなたがどんな状態で生まれようとも、この世に出てくることを強く望みました。予定日より7日遅く生まれましたが、大きな産声をあげ、元気に生まれてきました。
 
ばあばの頃は父親が分娩(ぶんべん)室に入ることはありませんでしたが、あなたのお父さんは助産師さんに誉められるほど、上手にお母さんに息の仕方を教え、マッサージをしてくれ、とても心強かったそうです。
 
あれから1年、保育園のお兄ちゃんやお姉ちゃん、先生方に可愛がっていただき、いつも笑顔ですね。「おいで」と声をかけると、ハイハイし、ニッコリ手を出してくれます。寝ている時以外はじっとしていないので、目が離せません。
 
人から聞いてはいましたが、こんなに孫が可愛く、ばあばの人生まで明るく楽しいものになるとは想像していませんでした。これからの人生いろんな事があるでしょう。旭陽君、どうぞその素敵な笑顔で、悲しいこと、辛いことを乗り越え、皆様に好かれる人生を送ってください。
 
2016.12.17
生まれてくれてありがとう
中山幸子
あと1、2回いきんでも生まれてこなければ帝王切開になるという状況の中で、日付が変わった4月27日、琥(こう)ちゃん、あなたは元気な産声をあげ、生まれてきました。のんびり屋さんなのか、それともお母さんのおなかの中の居心地があまりに快適だったのか、予定日を過ぎても、なかなか生まれてくる気配のないあなたにやきもきしながら、お母さんとおばあちゃんは本門寺に散歩にでかけました。
 
春風が心地良く、お参りをして境内を散策しましたが、大きなおなかを抱えて、琥ちゃんのお母さんはきっと大変だったと思います。その甲斐あってか、その日から4日後、あなたは無事に生まれてきてくれました。
 
でもホッとしたのも束の間、あなたは同日の午後、他の病院に転院することになってしまいました。周りの部屋からは、赤ちゃんの元気な泣き声が聞こえてくるのに、病室でひとりぼっちのお母さんはどんなに辛(つら)かったことか……。琥ちゃんもお母さんと離れて寂しかったよね。でも琥ちゃんもお母さんも頑張りましたね。
 
これからは、お父さん、お母さんと琥ちゃん、3人ずーっと一緒です。天国に旅立った2人のお爺ちゃんも、あの世からずーっと見守ってくれていると思います。生まれてきてくれて、本当にありがとう。
 
2016.12.10
翔太朗君へ
司じいちゃん
(しょう)ちゃん、君の誕生予定は昨年の12月28日でした。年末年始になると、出産費用が高くなると周囲が気をもんでいました。それを知ってか、君は26日に生まれてくれ、早くも親孝行をしてくれたと、周囲は皆喜んで祝ってくれました。
 
その日は、夕方から陣痛が始まり、出産まで時間がかかるだろうと思い、私と妻は時間に余裕をもって病院に着いたのですが、何と君は既に生まれていました。短時間で、しかも陣痛もそれほどでもなかったそうで、初産なのに、またまた二つ目の親孝行をしてくれました。君のパパが立ち会ってくれて、本当に良かったね。私たちが産室をのぞくと、7人の新生児が眠っていましたが、君が一番体重が重く、うれしかったですよ。今では家の中を、元気よくハイハイしていて、目が離せなくなりましたが、順調に育っている証拠だと安心しています。
 
しかし、残念なことがあります。それは、祖父の私が声をかけると私の顔を見て泣き出すのに、祖母が声をかけると大声で笑うことです。そのたびに、妻は私にしたり顔をするので、いつも悔しい思いをしています。
 
これから先、翔ちゃんの人生には何が待っているのかわかりませんが、私が生きている間は見守っていますよ。これからもよろしくね。
 
2016.12.03
家族のあゆみ
みちこはん
私たちの第一子の赤ちゃんは、昭和58年12月16日、北風吹く寒い日に、誕生しました。とってもとっても大事な長女の誕生です。7か月目の時、つかまり立ちからの転倒が原因で、救急車で運ばれました。硬膜下血腫(こうまくかけっしゅ)でした。それから長い長い、親子の入院生活が始まりました。主人は毎朝病院から出勤し、仕事が終わると病院に戻る生活が続き、私をいつも支えてくれました。でも私はこの闇のトンネルから、抜け出せるのかと不安でした。
 
3年が過ぎて、重い重い後遺症が残りましたが、やっとのことで自宅に帰ることができました。祖父母と家族の頑張りで、また自宅でみんなと生活ができるぬくもりを感じました。これまで娘と関わり、命を助けてくださった多くの先生方に励まされ、慰められ、今まで頑張ってこられました。助かる見込みがないと何度も言われましたが、奇跡的に元気を取り戻しました。娘の生命力と、家族を必要としている気持ちが、みんなの心をつないでいると思いました。
 
小中学校は、クラスのみんなの協力で何とか学校行事にも参加でき、卒業できました。娘の後には、元気な弟が二人でき、現在は社会人になって頑張っています。娘も32歳になり、家族で楽しく暮らしています。自分のことを表現できない娘ですが、気持ちだけは伝わり、それがすべてのつながりとなっています。これからも母子ともに頑張ります。
 
2016.11.26
伝えておきたいこと
トトロじいさん
君が生まれてくるまでの道のりが、どんなものだったかを知ってほしい。
 
今から3年前、君のお母さんは意識不明の重体で、大阪市立総合医療センターの救命救急センターに入院した。診断では、脳室内穿破(のうしつないせんぱ)、脳内出血、急性水頭症そして、妊娠22週5日目。意識が戻るには、家族の呼び掛け、励ますことが大事ですと先生はおっしゃる。手足をさすり、毎日懸命に声を掛け続けました。回復の可能性は30パーセントぐらいだと知らされる。不安がいっぱい。生きていてほしい。神社や寺にお願いしたり、ただ祈ることしかできませんでした。
 
みんなの祈りが通じたのか、入院して22日目、お母さんはしっかりした声でしゃべった。うれしかった。ほっとした瞬間だった。その間、「赤ちゃんは元気ですよ」「しゃっくりしたり、あくびもしてますよ」と順調な様子。カテーテルの手術2回、出産は帝王切開と、大きな仕事を三つもやり遂げたんだよ。
 
今は日常生活を無難にこなし、育児に専念しているお母さん。入院中そして退院後も、どんなに不安だったことでしょう。私たちは、君が成人するのを見届けることはできないでしょう。君はおなかの中で、お母さんと一緒に病気と闘い、頑張った。そしてお母さんを助けてくれたのだと、じいちゃんは思っています。君が成長していくなかでお母さんを助け、支え合って、元気に育ってほしいと思います。
 
2016.11.19
感謝している
ケイエム
結婚して夫に女の子が欲しいと言われました。男の子はちょっとなあ……と。私はプレッシャーに感じながらも、じっと待っていました。めでたく妊娠し、生まれてきたのは女の子。
 
夫は喜び、名前を考えるのに余念がありません。いくつかに絞って、かなえと名付けました。そして漢字は私にゆだねられ、加える加に、野菜の菜、恵みの恵で、加菜恵という、あまり使われていない漢字にしました。夫は娘が歩けるようになると、ピョコピョコなるサンダルを履かせ散歩しました。帰ってくるとピョコピョコでわかるのです。
 
その後、第2子は死産となり、第3子も生まれず、加菜恵が2歳半の時、夫はがんでこの世を去りました。それからの娘と私の2人の生活は、経済的には恵まれましたが、寂しさは募るばかりでした。でも明るい娘の成長に励まされ、支えられ、子育てができました。いつも笑っている娘でした。私が落ち込んでいても、知らん顔して笑顔でぶつかってくるのです。ポジティブな娘でした。つくづく支えられたなと思いました。
 
娘は夫を喜ばせ、私を元気づけ、大人になりました。ことし26歳になった娘は結婚し、何と3人も孫を産んでくれたのです。みんな宝です。ありがとうをいくら言っても足りません。昨年、娘一家と私の6人で、私の還暦の祝いを兼ねて記念写真を撮りました。こんな日が来るなんて、私を選んで生まれてきてくれて本当にありがとう。
 
2016.11.12
麗ちゃんへ
吉成由紀子
はじめてあなたに会ったのは、新生児集中治療室(NICU)の保育器の中で大きなサングラスをして、ちいちゃな手に点滴をしながら頑張っている姿だった。小さな息づかいをしているあなたがかわいそうで……、おばあちゃんの胸はドッキン、ドッキンした。
 
でも、強かった。頑張ったね。名前が麗(れい)ちゃんに決まり、小さいながらも順調に育つ様子をママがメールや写真で知らせてくれる。麗ちゃんのはじめての声、4歳上のお姉ちゃんが「れいちゃん、れいちゃん」と呼ぶと、「アーアー」と答えていたね。「れいちゃんて言われるのはうれしいのかな」って、お姉ちゃんは何回も何回も「れいちゃん」て言ってたよ。「麗ちゃんの動画が送られてくると、癒されるわー」が、おばあちゃんの口癖になった。
 
この間、麗ちゃんに会ったとき、オイチ、オイチと、2階へ上がろうとする元気な麗ちゃん。危ない危ない。上を見上げてる麗ちゃん。「そーか、これを見たかったのか」。抱っこして階段に座ったら麗ちゃんは身動きもせず、じーっと木のことりが揺れるのを見てたね。
 
あの静かな時間と麗ちゃんの温かい体温を思い出しながらお手紙書いているよ。元気に育ちますようにと願いを込めて。
 
2016.11.05
琴葉ちゃんへ
松下照子
あなたは、ママのおなかの中で、一生懸命にキック、パンチのエクササイズを行い、その都度ママは、興奮していました。予定日より1週間早い、9月2日未明、産声をあげ誕生しました。
 
13日目に待ちに待った対面がかない、曽祖母のヒーバーは白いエプロンの膝の上でだっこしました。泣いたり、怒ったり、寝なかったり、おっぱい飲まなかったり、まわりの人々は、結構手こずっていました。ところがヒーバーにはすんなりだっこされ、無心の笑顔さえ見せ、長い手足を絶えず動かし、足の指で、パー。手の握りこぶしを口に入れ、指は鼻の穴。見ていると飽きないジャンケンポンです。琴葉(ことは)ちゃんとヒーバーは、波長が合うのかも知れないね。そう思ったらうれしくなり、神仏に感謝してしまいました。
 
白紙の状態から日々成長する有様は、果てしなく広がる未来が虹色に見え、ママの重大な責任と喜びにつながると思いました。戦前、戦中、戦後と70年生きた、老人には過去しかありません。これからの生き方に少し光が見えて来ました。私の今の夢は、琴葉ちゃん、ママ、バーバ、ヒーバーの4世代が、来年の5月ごろプールに一緒に入ることです。
 
2016.10.29
私をお母さんにしてくれてありがとう
まるちゃん
(かん)ちゃんがおなかにいるって分かった時、信じられなくて何度も先生に確認したっけ。まだまだ大人になれず子どもだった私を、君は母親にしてくれたね。不安が先走って育てられるかなとか考えた日々もあったけど、私を変えてくれたのは、間違いなく寛ちゃんだよ。
 
産声が聞こえた時は、陣痛の痛みを通り越してうれし泣きの涙が出たんだよ。あれから1か月。まだ目はぼんやりとしか見えないみたいだけど、泣いて必死にお母さん探してくれてる姿を見ると可愛くていとしく思うよ。子育ては大変だけど、寛ちゃんとご飯を食べたり、手足で遊んだり、お風呂入ったり、寝たり……。今まで普通だった事が幸せに感じるよ。
 
これだけ甘えて頼ってくれて、一緒にいる時間は今が一番だと思うから、この時を大切にしていきたい。これからいろんな出来事や人に出会って、たくさん人生経験していくだろうけど、何事も応援できるお母さんになりたいと思ってます。早く大人になった寛ちゃんを見たい気持ちと、まだまだ子どもでいてほしい気持ちの両方あるけど、あなたのペースで大きくなってね。
 
頼りないお母さんだけどこれからもよろしくね。
 
2016.10.22
一番の大声
ノッコちゃん
2度の流産で、私は子どもに恵まれないと覚悟した。夫は「いなけりゃいないでいいよ」と優しい。結婚して5年、ひそかに不妊外来を訪ねた。頸(けい)管無力症からくる習慣性流産。
 
絶望の中で3度目の妊娠を知り、かけがえのない福音(ふくいん)に小躍りした。夫からは外出禁止令が出て、腫れ物を触るような日々。しかし、また安定期の6か月くらいに出血をみてしまった。「やはりまた。ダメなんだ。子どもに縁がないのだ」。情けなくて涙ぐむのが精いっぱい、夫に言葉は無い。即入院、半ばあきらめていた。
 
だけど胎児の子宮内での生存、成長を確認した医者があらゆる方法を取ると励ましてくれた。安静生活を強いられたが、出血が止まり、希望が生まれた。私にできることは、がんばる胎児に本当の気持ちを吐露するだけ。絶対に幸せにするから、生まれてきて、産むからね、くらいついていて、パパの悪口を言わないから、お勉強しなくていいからと語り続けた。
 
そしてそれが、通じたのだ。赤い顔で小さなおめめ、あぐらをかいた鼻、そしてパパに似たむちゃくちゃ大きな声。母が「まァいやだわ、諄(じゅん)さんにそっくり」。夫はニコニコと義母の暴言を許していた。
 
新生児室で一番大きな声で泣いていた息子。何でも一番はいい。私は、幸せな眠りについた。
 
2016.10.15
ハッピーバースデー花和ちゃん
幸汰兄ちゃん
「起きろ、赤ちゃんが生まれるぞ。」
 
9月1日の真夜中、お父さんがぼくと弟を起こしに来ました。ぼくは、すぐに目を開けてとび起きたけど、弟はびくともしませんでした。でも、「釣りに行くぞ」とお父さんが言うと、ようやく目が開きました。真夜中の2時に、家族みんなで車に乗って、助産所に行きました。いよいよ妹が生まれます。助産師さんは、最初に、お母さんのおなかにモニターをつけて、赤ちゃんの心臓の音を聞いて、元気か調べました。ぼくも聞かせてもらったら、車のエンジンのような音でした。元気な妹だなあと思いました。
 
その後、ぼくとお父さんで、お母さんにたくさんマッサージをしました。弟は、となりで日本地図のパズルをはめてあそんでいました。パズルが半分できてきた時、赤ちゃんがお母さんの出口に近づいてきました。出口が開いてきて、お母さんが深呼吸をしだしました。お母さんは、強くふとんをつかんで痛そうでした。その時、ぼくと弟が組み立てて完成したパズルを見せました。お母さんが、「上手だね」と言ってくれました。
 
1時間ぐらいしたら、妹が生まれました。お母さんは、妹をおなかにのせて、「生まれてきてくれてありがとう、ありがとう」と言ってうれし泣きをしていました。ぼくもうれしくなりました。
 
真っ暗だった空は、もう白くなっていました。9月1日始業式。何回も眠くなりながら、花和(かの)のことを考えていました。
 
2016.10.08
あなたはママの子よ。
ゆうきママ
あなたを初めて見たのは、毎日新聞の片隅のグレーの写真でした。まだ3か月のあなたは、笑っていなくて、すました顔をしていました。そんなあなたに、パパもママも一目ぼれして、あなたのお父さんとお母さんになる決意をしました。
 
まだこの世にいなかったあなたが、長年不妊治療をしていて、疲れきっていたママの夢に出てきてくれたことがあったよね。パパと手をつないでこっちをみていた。苦しんでるママを助けるために、産めないママに代わって、違うお母さんのおなかに入ったんだね。
 
あなたの親になるための手続きを経て、あなたが8か月の時、ようやく初めて会えました。パパもママもうれしくて仕方なかったよ。今は戸籍も同じになり、普通に毎日一緒にいるね。笑ったり、泣いたり、怒ったり。当たり前のことが一緒にできるのは、あなたがうちに来てくれたからだよ。
 
ありがとう。ママはあなたを産んでいないけど、あなたはママの大切な子どもです。パパもあなたを誰よりも愛しています。3歳になってたくさんお話出来るようになったあなた、いつかうちに来てくれたことを話すけど、悩んだり苦しんだりしないでいてくれたらいいな。
 
これからも血のつながりのないことを越えて3人で一緒に幸せになろうね。
 
2016.10.01
可愛い悠陽くんへ
としじいさん
おじいちゃんほか、みんなが、あなたの誕生を首を長くして待っていました。お母さんのつわりがひどくて、あまり食べられないので、おなかの中の悠陽(はるひ)くんに栄養が届いているのかと大変心配しました。また、お母さんのおなかの中には、大きな腫瘍が5つもあり邪魔で窮屈だったのでは?
 
そんな心配をよそに、予定より4、5日早く、しかもお父さんより、身長、体重ともに少し大きく生まれて来てくれました。
 
5か月過ぎたこの頃、ミルクをたくさん飲み、まるまる太って重くなりましたが、家族の誰もが、悠陽くんの寝顔や笑顔に癒やされています。あちこち「ハイハイ」するころには、お母さんの腫瘍も無事に摘出してることでしょう。
 
悠陽くん元気に生まれて来てくれて本当にありがとう! どんな子になるのかな? 心優しい人になってください、大変楽しみです。我が家の一生の宝物、お母さんのお父さんお母さん、それにお姉さんもみんなでずっと守っていくからね。
 
2016.09.24
お父さんにしてくれて、ありがとう!
笑顔の笑助
妻とわたし、ふたりで訪れた産科病院の先生。「心音が少し弱いようですね。少し元気づけましょうか」。若い私たちには、衝撃的な言葉でした。
 
その日から、妻は皮下注射を受け痛い目もしましたが、元気で生まれてほしい一心で耐え、月満ちて、男の子が生まれました。いまでも、その時のうれしさを忘れることはありません。母体の関係で、ひとりっ子のさだめを最初から課せられた子どもは可哀そうでしたが、わたしはなんとか年の離れた兄弟のようになれぬものかと、心を砕きました。より自立できる子どもにと、時に無理をさせたかもしれません。
 
でも、大きくなった子どもが今、「お父さんがあの時は、あんなことをしてくれた、こんなことも」と、幼かったころをよく覚えていてくれるのが、とてもうれしいのです。口には出しませんでしたが、わたし自身が望んでいた道を、子どもが選んでくれたときの喜びは、何物にも例えようがありませんでした。
 
「赤ちゃんよ、息子よ。生まれてありがとう。お父さんにしてくれてありがとう」。子どもには、感謝の言葉しかありません。その子どもも58歳。元気で、1児の父としての役割を果たしつつあります。
 
うれしい限りです。
 
2016.09.17
護へ
福森茂香
2歳のお誕生日おめでとう。この1年で歩けるようになったり、とってもおしゃべりが上手になったり、あまりの成長ぶりにびっくりすることばかりです。大好きな車や電車の名前がスラスラ言えたり、お歌を上手に歌えたり、親バカだけど、天才か!と思うほど。うれしい反面、まだまだ赤ちゃんでいて欲しいと思うのは、お母ちゃんのワガママかな。
 
歩けるようになってから、お外が大好きになり、体が弱いお母ちゃんはなかなか連れて行ってやれず、可哀想な思いをさせてばかりでごめんなさい。かみついたりたたいたりするのは、そのストレスのせいなのかな。
 
胃腸炎や気管支炎など病気もたくさんしましたね。苦しそうなあなたをみているのはつらかったけれど、それも成長の証だと思っています。保育園の一時預かりも経験しましたね。
 
内弁慶で慎重なあなた。これからいろんな経験をして、強くたくましい人になってね。いつでもあなたのそばにいるから、安心してください。いつも「お母ちゃん大好き!」と言ってくれるあなたはお母ちゃんの宝物です。
 
2016.09.10
私自身生死をさまよった出産の記
大前静子
昭和22年8月、戦後間もなく、お産に対する情報も本もなく、家庭分娩での出産を迎えました。当時は前もって入院しての出産は、ほとんど耳にしませんでした。
 
一昼夜の苦しみは生死をさまよう思いでした。最後、助産師さんはお手上げ状態で、急きょ医者の手による「鉗子(かんし)分娩」でやっと生まれましたが、子に泣き声はなく、後の話では長男をさかさまに振って数秒後、泣き声を発したと聞きました。
 
人生の波は誰しも味わうものでしょうか。現在静岡県に在住の長男は会社で香港の支店長までつとめて退職。しかし、華やかな人生を共に喜び合った2年後、脳梗塞(こうそく)を起こし、左半身まひの生活です。本人はあくまで前向きで、自動車も改造してもらい、生活の範囲を広げているとはいえ69歳です。毎日の無事を祈ることしかできない私も90歳半。
 
人生ケセラセラと観念。彼とパソコンとメール、ラインのやりとりに時間を費やす毎日です。
 
2016.09.03
唯ちゃんへ
中野治子
予定日を過ぎてもいっこうに生まれる気配もなく、元気にママのおなかを蹴っていた唯(ゆい)ちゃん。結婚して10年目でやっと授かり、期待と不安のママ。おりしも台風が近づいて来て、直撃するという日でした。
 
まさかこのタイミングで陣痛がきたらどうしようと思っていたら、唯ちゃんから合図があった。早朝、暴風雨の中、おばあちゃんが必死で運転して病院へ行きました。ママが落ちついていたので、あせらずに済みました。着いて4時間ほどで生まれて、対面した時の感動は忘れられません。
 
お産の時もママは落ち着いていて、先生に上手でしたと褒められましたよ。パパは連絡を受けて新幹線に乗りましたが間に合いませんでした。代わりにおばあちゃん2人が立ち会いました。
 
産後2か月余り、おばあちゃんの家で一緒に暮らしました。ママは、オッパイを飲ませたり、おむつを替えたりと一生懸命でした。おじいちゃんが1年前に亡くなり、一人暮らししていたおばあちゃんにとって楽しい日々でした。
 
可愛い可愛い唯ちゃん、よちよちと歩けるようになって1歳のお誕生日を迎えます。おめでとう。生年月日にラッキーセブンの7が三つもあります。これからも健やかに成長しますよう祈るばかりです。
 
2016.08.27
しずくちゃんありがとう
額塚(すくもづか)のバアバア
昨年6月30日夕方6時、きばってきばって、大きばりをして、娘の安美がしずくちゃんを産んでくれました。その夫の康彦君と私は、安美の両脇で一緒に「頑張って、頑張って」と励ましながら、「1、2の3、1、2の3」と3人で力みました。声を出してこれでもか、これでもかーとしずくちゃんの頭が半分出かかっているのに出られない。しずくちゃんを心配しながら、一生懸命に頑張りました。
 
安美も弱音をはかずに最後まで必死で力んでくれました。陣痛がきたときには「3時ごろには生まれるでしょう」と看護師さんに言われていましたが、なかなかどうして……。「オギャー」と泣いた時には、康彦君はものすごく喜んで飛び上がっていました。
 
必死でしたので、その時は何も思いませんでしたが、後でじっくり思ったのは、バアバアと同じ日に生まれてきてくれたのが本当に不思議でした。一時は妄想で、同じ日になるといいナーなんて思っていましたが、365分の1の確率にぴったり合ったので、不思議な気がしました。
 
しずくちゃん、バアバアはうれしくてうれしくて。その日は私の母の命日でもあり、母は羊年、しずくちゃんも羊年の女の子。代々続いていく不思議な因縁を感じずにはいられません。元気に生まれて、すぐにおっぱいをすっているあなたに、びっくりポンでした。
 
しずくちゃん、生まれてきてくれてありがとう。安美、最高の親孝行をしてくれてありがとう。
 
2016.08.20
すずちゃんへ
川田弥生
すずちゃん、あしたは、おじいちゃんの四十九日です。おじいちゃんはすずちゃんの誕生をとても楽しみにしていました。すずちゃんが生まれた日、おじいちゃんは、病院で、生まれてすぐのすずちゃんを抱きました。退院したら、すぐに絵本を買ってきて、首もすわらないすずちゃんに読み聞かせしていました。
 
首がすわったかと思うと、すぐにダンボール箱にざぶとんを敷いてすずちゃんを座らせ、部屋中引っ張って遊んでくれました。毎日、ベビーカーにすずちゃんを乗せて、お散歩に連れていってくれました。すずちゃんもおじいちゃんが大すきで、おじいちゃんに会うと、キャッキャッと声をたてて笑いました。すずちゃんとならんで寝転んでいたおじいちゃんの顔は、本当にやさしい笑顔でした。おじいちゃんは、すずちゃんが保育園に入ったら、いっぱい送り迎えをしようと張り切っていました。
 
でも、おじいちゃんは、すずちゃんが6か月になったころ、病気が見つかって、すずちゃんが1歳になるほんのちょっと前に、亡くなってしまいました。おじいちゃんは、息を引き取るとき、「すず、誕生日」とつぶやきました。すずちゃんの成長を本当に楽しみにしていたのです。
 
すずちゃん、おじいちゃんとの写真がいっぱい残っています。どんなことをしてくれていたか、いっぱい聞かせてあげます。すずちゃん、あなたを本当に心から愛してくれたおじいちゃんのこと、しっかり覚えていてくださいね。
 
2016.08.13
アル君がオペする日
ちーばぁ
まだあんなに小さい身体なのに、ようやく7か月になったばかりなのに……。全身麻酔のオペをするアル君。ドクターの話を聞いていたら、急に胸がざわざわしてきたよ。「そんなに難しいオペじゃないですよ。乳児ですから慎重にするため、少し時間がかかりますが……」
 
隣にいるママの気持ちを考えたら、ちーばぁがうろたえたら駄目だと、平然としていました。誕生時、ママが初めてアル君に出会ったとき、すでに足にギプスがしてあったね。そのころの写真を見ると切なくなるんだ。オペのあとに足の定期検査も待っているよね。ママはどんな気持ちだったんだろう。きっと不安で辛かったと思う。
 
思えばアル君がママのおなかに宿ってから、つわり、切迫早産と気が休まることがなかったね。ママはわがままなのに、へんに我慢強い人だから、本音は語らないし、泣かなかったけれど。いっぱいの不安と心配をひとりで抱え込んでいたと思うんだ。
 
アル君はママの宝物。ママの愛情たっぷりの母乳で育って、今はしっかりオペに耐えられるハム太郎です。オペ可能な体重になって迎えるオペの日、ちーばぁの60歳の誕生日。無事に終わって、6本のローソクを立てたお誕生ケーキをほおばるのが待ち遠しいよ。そして何よりのプレゼントはアル君の笑顔です。
 
2016.08.06
生まれながらにして親孝行な君へ
小杉由佳
香乃(かの)さん、君がこの世に生まれてきてくれて、9か月が過ぎました。おなかの外の世界はいかがですか? 生まれてきてくれて本当にありがとう。お母さんは毎晩、君の布団にこぼれるほっぺたをみるたびににやにやしながらそう思います。君は生まれながらにして親孝行です。今まで37年間、人生駆け足で走っていた私の生活を一変してくれました。
 
実際に、せっかちなので、ちょこまか走ってもいました。ところが君がおなかにきてくれてから、なんかあっちゃあいけないと、自転車で走り回るのもせかせかと走り回るのもやめました。そうしたら、急いでいたときには見えなかったものが見えるようになってきました。小さなこと一つ一つを大切にできるようになっていました。
 
今は、夕方になるとこの世が終わるとばかりに大声で「ぎえぎえ」と泣く君と、「まあまあ、気分転換しようよ」と一緒にでかける散歩が楽しみです。毎日歩く道でも、梅が膨らんではちり、桜が膨らんで、季節がどんどん変わっていくのを一緒に見ましたね。来年も、再来年もいろいろなものを一緒に見ようね。
 
でもいつか、君はどんどん自分の足で歩いていき、お母さんとは違う世界を見るようになるのだろうな。そのときは、その違う世界のことを一緒に話し合おうね。君の歩いていく世界が、君にとって楽しいものでありますように。そして、君の見る世界が、素晴らしいものでありますように。
 
2016.07.30
もうすぐやってきてくれるはずのあなたへ
らぴ
あなたのお父さんとお母さんは、もうすぐやってきてくれるであろう、あなたのことをずっと心待ちにしています。
 
あなたのお父さんは子どもと遊ぶのが大好き。いつも全力で遊びます。あなたが来たら何をして遊ぼうって話もします。
 
あなたのお母さんは、お父さんがそんなふうにして遊ぶ姿を思い浮かべて、ほんわかとして温かい気持ちになります。早くあなたに会いたくて、今いろんなことを調べたり試したりしていつもあなたのことを考えています。
 
病院でいろんな検査や治療もしてみましたが、特に大きな問題は見当たりません。それなのに、どうして来てくれないの?と焦ったり、もう来てくれないんじゃないかと不安になったりすることもあります。赤ちゃんは親を選ぶという言葉があるけれど、まだ旅をしているのかな?
 
もうすぐ、人工授精を行うことを考えています。本当はごく自然に、当たり前に来てくれると思った。でもきっと、私たちの準備がまだ整っていなかったのね。ごめんね。でもいまは、いつでもあなたを迎え入れる準備ができていますよ。いつでも来ていいからね。
 
あなたがきっと来てくれると信じて、祈っています。そのためにできることを精いっぱい頑張るからね。力不足で不器用な私たちかもしれないけれど、楽しく過ごそうね。
 
2016.07.23
らんちゃんへ
柏のばあば
あなたのママと40歳過ぎて結婚したパパのところへ、あなたは急いできてくれましたね。ママのおなかの中でも急いだのか、予定日まで3か月近くもある頃、切迫流産で入院、絶対安静。周りはお産の済んだママばかりで、あなたのママは、どんなに辛い思いをしたことでしょう。どんなに不安だったことでしょう。
 
それでも、病院の先生、パパやママのご両親の支えで、なんとか予定日を迎えることができました。けれども、帝王切開で突然、外界に出されたあなたは呼吸が安定せず、すぐに救急車で新生児医療の整った病院に搬送、ママと離れ、人工呼吸器がつけられました。あのときはただ祈るしかできませんでしたが、みんなの祈りが通じたのか、数日で呼吸器もはずれ、18日目には無事退院できました。
 
そんなあなたも大きな病気をすることもなく、すくすく成長し、4月から元気で幼稚園に通っているようですね。近くにいるママ方のおじいちゃん、おばあちゃんには初孫で、愛情いっぱいに可愛がられ、これまた近くに住む、半年違いのいとこのはるとくんという、ケンカもするけど良い遊び相手にも恵まれ、幸せならんちゃん。幼稚園でも、お友だち、たくさんつくってね。
 
2016.07.16
智音ちゃんへ
ときわのばあちゃん
智音(ともね)ちゃん、2歳になったね。この1年は、脳の発達が著しく、言葉もたくさん言えるようになったね。ばあちゃんが「ブーブー」と言えば、「くるま」と言い直せるんだものね。
 
あなたがママのおなかに宿ったと知って喜ぶまもなく、ママのつわりが始まって大変だったよ。エコー画像でまだ点のようなあなたが、あの時大きく成長しようとしていたんだね。
 
そしていよいよ予定日が近くなったころ、軽い陣痛らしきものが始まり、夕方には10分おきぐらいになり、夜の10時に入院したよ。まあ生まれるのは朝になるだろうと軽く考えていたのが、2時間ぐらいで破水してママは分娩室へ。まもなくあなたの産声が……。パパも駆けつけてくれていて、じいちゃんばあちゃんと待合室で飛び上がったよ。
 
生まれたばかりのあなたはまさに「赤ちゃん」の言葉がぴったりの赤いお顔の、小さな小さな壊れそうな存在でした。夜中に顔にふとんがかぶさっていないかと息を確かめたこともあったよ。けれど日々順調に体重は増えてゆき、体つきもたくましくなって、初めの心配がうそみたい。
 
そして今2歳のあなたは「いやいや」と言ってママを困らせています。でもみんなにとってあなたの存在はかけがえのないもの、ひとつひとつの成長に一喜一憂しています。
 
生まれて来て、ここまで育ってくれてありがとう。あなたのまわりのみんながあなたの成長を見守っているよ。
 
2016.07.09
一吹の初めてのお誕生日
久美子バァバ
5月生まれの一吹(いぶき)、初節句と1歳のお誕生日が一緒に巡ってきた。両家の日程が合わず、別々に2回もお祝いしてもらったね。我が家でした時は、バースデーケーキの揺れる一本のろうそくの火を不思議そうにじっと見つめて、ニコニコ笑っていたね。その可愛らしい笑顔を見てるいるだけで、幸せな気持ちになれる。
 
でもこんな日が来るとは思えなかった。そう、2年前、21週目で生まれてしまった双子のお兄ちゃんたちは、産声をあげることもできずに仲良く寄り添うように天国へと旅立ってしまいました。両親はどんなに悲しかったでしょう。両家共初孫だったので、本当に楽しみに待っていたので可哀想で悲しくて、皆、涙枯れるまで泣きました。
 
その後に一吹が生まれて来てくれたのでとても喜びました。今はスクスクと育ち、きっと2人のお兄ちゃんたちの分まで元気をもらっているのかも? 離乳食もよく食べ、体も息子似の筋肉質で、まるでお節句の金太郎さんのようです。声も大きく、まだお話しできないけど、ア~ア~と叫んだりしています。今はほんの数秒間1人で立てるのがうれしいらしく、ほめると何回も披露してくれます。
 
これからもその素敵な笑顔で、周りの人を幸せにできる優しい人になっていってくださいね。
 
2016.07.02
誕生学を学んで
脇田美里
今回のお便りは、堺市立美原中学校で「未来への手紙プロジェクト」を使った授業をした際に生徒が書いた「手紙」です。
授業で、愛情をかけて育てないと1歳にならないうちに赤ちゃんは亡くなることもあると知ったとき、私はもう13歳にもなって、たくさんの愛情をもらったんだなと思いました。
 
そのことを帰ってお母さんに言うと、「特にお姉ちゃんとお父さんの愛情をたくさんもらってるねんで」と言われ、私は、うそやろと言ってしまったけど、後から考えてみると、お姉ちゃんには初めての妹やし、とっても愛情をもらったのかな、と考え直しました。
 
お姉ちゃんとはいつもケンカしてしまうし、お父さんにはすぐ、きもいとかうるさいとか言ってしまうけど、お姉ちゃんとのケンカも、お父さんからの注意も愛情なのかなと思いました。もうすぐお姉ちゃんは高校生になるけど、たくさんケンカして仲のいい姉妹になりたいです。
 
あと、授業でビデオを見てすごいなって思ったのが「ハイヒールがスニーカーに、ファッション誌が育児書に、ビールが牛乳に、私も変わった」という母親の話です。私も大人になり赤ちゃんを産むとき、こんなんになれるかな~とすごく不安ですが、やさしく赤ちゃんが大好きな親になりたいです。そして自分の親にも産んでくれてありがとうという感謝の気持ちをもって生きていきたいです。
 
2016.06.25
幸せなきもち
村井茉紀
今回のお便りは、堺市立美原中学校で「未来への手紙プロジェクト」を使った授業をした際に生徒が書いた「手紙」です。
私はあんまり自分の小さいころとか赤ちゃんのころに興味がなくて、知ろうともしませんでした。でも助産師さんのお話を聞いて、あぁー、こんなに愛されていたんだなーと初めて思いました。いつも、迷惑ばっかりかけているから、私のことがめんどくさいんじゃないかなーとか、邪魔なんじゃないかなーって思っていたので、とても幸せな気持ちになりました。
 
教室で赤ちゃんの人形をだっこさせてもらいました。初めてだったので、たとえ人形でも顔を見ていると、幸せな気持ちになりました。ほんとうの人間の赤ちゃんではないけど、赤ちゃんっていいな、かわいいなと思えた瞬間でした。
 
産むまではほんとうにしんどいと聞いたので、不安もあります。自分を産んでくれたお母さんは、本当にすごいと思います。でもしんどいから、産まれた時のうれしさとか幸せな気持ちもあるんじゃないかと思います。
 
一番びっくりしたことは、生命のはじまりが0.1ミリだということです。それがこんなに育ったっていうことは、たくさん食べさせてもらったからだと思います。私は両親にほんとうにありがとうと言いたいです。
 
2016.06.18
ありがとう 赤ちゃん
能登のまりちゃん
夫は現在要介護2の認知症患者で、私の介助があれば生活上、不自由はありません。けれど何事にも興味を示さず、今は晩酌の一合の日本酒にしか関心がないみたいです。
 
それがどうしたことでしょう。近所にある大型スーパーで見知らぬ赤ちゃんを見る度に、「かわいいなあー、かわいいなあー」を連発し、にこにこして愛想笑いをします。するとほとんどの若いお父さんやお母さんは喜ばれます。
 
そもそも夫は、あまり子どもが好きなほうではありませんでした。私たちには4人の子どもがおりましたが、だれ一人として父親に遊び相手をしてもらったことがないはずです。私もずっと、子育ては自分の仕事だと思っていました。孫が1ダースほどいますが、夫が抱っこするのは写真を撮るときくらいでした。
 
そんな夫が、よその赤ちゃんのしぐさがかわいいとじっと見入っているのです。頬をゆるめて。私も夫の側で喜んでよその赤ちゃんをながめていて、飽きることがありません。
 
子や孫が幼かったころ、ちっとも相手をしてくれなかった夫でしたが、認知症になって、これから成長する子どもたちと、次第に衰える自分自身を心の中で比べているのかもしれません。それはともかく、私は何にも興味を示さない夫が、うれしそうに赤ちゃんを見入る姿にいつも感動しています。
 
2016.06.11
あっぱれ、心晴ちゃん
木下宜計
昨年の11月20日、息子のお嫁さん、綾さんが赤ちゃんを産みました。木下家にとっては、初めての孫の誕生です。爺さんの私は、背中の圧迫骨折にて入院中、動けない状態でしたが、私としては、喜びの気持ちを何としても言葉で表現したいと思い、思いつくままに文章にして、生まれてきてくれた赤ちゃんに送った言葉です。
 
「うまれた、うまれた、うまれたよ」
「よかった、よかった、よかったね」
「うれしいね、うれしいな、うれしいね」
「ばんざあい、ばんざあい、ばんざあい」
「あっぱれ、あっぱれ、心晴(こはる)ちゃん」
 
入院中なので、孫の、あっぱれ心晴ちゃんは、写真と動画でしか見ていません。でも、生き生きと、お母さんのオッパイを、「んぐっ」「んぐっ」とよく飲み、よく寝て、みんなを優しさに包んでくれている様子を、夫婦二人が話して聞かせてくれます。
 
名前は「心晴ちゃん」。「あっぱれ、あっぱれ」と生きていってください。この世の中でいろいろなことが起きるにしても、まずは、「面白がって生きていってください」。木下家みんなで、「心晴ちゃん」が心豊かに生きるように、ずっと、ずっと拍手を送り続けます。
 
2016.06.04
おなかの中のあなたへ
東日本大震災から3月で5年がたった。あの時はまだ、高校生だった私がもうすぐ母親になる。ママの実家は福島県のとある町で現在、勝手に出入りは許されない。あの時に負った心の傷は大きくて、思い出すといまだに涙が止まらないんだ。
 
パパと出会ったのは震災から2年後、県外の避難先でできた友だちを通じて紹介してもらった。福島出身と言ったものの、自分の地元のことが言えず悩んでいた。高校生の時に転入を経験して、優しく声をかけてくれる人もいれば、放射能がどーのこーのと陰口をたたかれたこともあったから。自分のことを他の人に言わないということが、いつの間にか自分の中のルールになっていたんだ。
 
だけど、ついにパパに伝えた。するとパパからは「だからどうしたの?」と、思いがけない言葉が返ってきてあ然とした。気にしてるのはもしかして自分だけだった? そう思うと心がパッと開けた。
 
それから3年がたち、あなたをおなかに授かった。あの日、震災がなかったらパパに出会うこともなく、あなたを授かる幸せもまだ知らなかった。出産まであと1か月。おなかでのんびり大きくなって、元気に出てきてね。あなたが大きくなってママの実家はどこ? と聞いてきたら、胸をはってママの地元のことを話すよ。そのころにはパパと三人でママの育ったところを見に行けるといいね。
 
2016.05.28
おねえちゃんへ
わあママ
あなたは、1月におねえちゃんになりました。あなたの弟が生まれるまで、ママは3回入院したね。ママが入院するたび、あなたの小さな胸は、不安と心配でいっぱいになりました。
 
わずか1時間の面会の終わりに、涙目で無理して笑ってバイバイと手をふる姿や、耐えきれずに「さみしい、ママ帰ってきて……」と泣いて抱きついてくる姿を思い出すと、今でもママは涙が込み上げてきます。
 
ママが退院しても、また入院するんじゃないか、もしかしたら死んじゃうんじゃないかと、ずっと不安で過ごしていたね。ママのおなかを気遣ってお手伝いをたくさんしてくれてうれしい半面、赤ちゃんが生まれてくる前に、あなたの心がつぶれてしまうんじゃないかと心配になりました。
 
たくさん我慢して、たくさん涙を流して、やっと弟に会えました。今までのつらさを忘れて、「かわいいー!」と生まれたばかりの弟を抱きしめるあなたを、とてもとてもいとおしく感じました。
 
おねえちゃんへ
 
この1年、つらいこといっぱいでごめんね。その小さな体で、耐えてくれてありがとう。これまでもこれからも、あなたは、たった一人のかわいい娘です。だいすきだよ。
 
2016.05.21
大好きな、くうちゃんへ
しげばあちゃん
くうちゃんは5年前、ママが39歳のときにやっとママのおなかに来てくれたね。でもママのおなかの中には、筋腫がいっぱいあったんだよ。しげばあちゃんはパソコンの画面をみた。ママのおなかの下の方にむけて、大きな筋腫がじゃまをしていて、帝王切開の準備をしていたんだよ。
 
でもネ! ビックリしたよ!
 
くうちゃんが元気で力があって、その大きな筋腫を上へ動かして、普通分娩で生まれてきたんだよ。くうちゃんを初めて見たときは、男前でなんとハンサムないい子だと胸が熱くなったよ。
 
きのうも幼稚園の帰りにママと遊びに来てくれたネ。しげばあちゃんは、孫を抱けると思っていなかったし、まして手をつないだり、しげばあちゃんと呼ばれることも考えていなかったよ。くうちゃんの大好きなトーマスも、ドラえもんも、アンパンマンも大好きになってしまいましたよ。
 
これからもよろしくネ!!
 
2016.05.14
希望の光
ぷらびだ作業療法士
ことし1月17日、自宅で小さな小さなお産をしました。
 
8週目、4ミリの小さな赤ちゃん。妊娠がわかったときは、本当にうれしかったよ。また、お母さんになれる、って。6週目の検診で育っていないと告げられたとき、一気に絶望の闇に突き落とされた気持ちになりました。次の検診で、まだ小さいままだけど心拍が確認できたときは、暗闇の中に一筋の光がさしたようで、あなたに「光希(みつき)」と名付けようと決めました。
 
だけど17日、出血と陣痛のあと、あなたの意志としか思えないほどの力強さで、あなたは生まれてきました。言葉で表せないくらい悲しかった。今でも辛くて急に泣いてしまうときがあります。子どもが10か月の間、無事におなかの中で育って、生まれて、健康に育つことがどれほどの奇跡で尊いことか、気付かされました。あなたのお姉ちゃんが笑顔で私の側にいることがどんなに幸せなことか、改めて気付きました。
 
それに、流産したとき、医療従事者の対応に傷つく思いをしたけれど、同じ医療職である自分が、患者さんの心に寄り添った仕事ができているのか考えさせられました。あなたは私に大事なことを伝えるために来てくれたんだね。
 
光希、お母さんのところに来てくれて本当にありがとう。あなたを失った喪失感は消えることはないけれど、芯の強い優しいお母さんになれるよう見守っていてね。お空で私たち家族を見守っていてね。ずっと大切な私の赤ちゃんだよ。
 
2016.05.07
暖大くんへ
加太のばあちゃん
ひな君が生まれて6か月が過ぎました。今では寝返りもして、離乳食のスプーンにも慣れて、上手にゴックンできるようになってきましたね。
 
暖大(ひなた)という名前は、あなたのお母さんが読みを考えて、ばあちゃんがパソコンや画数の本とにらめっこをして、漢字を考えました。この字のとおり、ひな君はとてもおだやかで、赤ちゃんなのにとても大人な感じです。お父さんに似てるのかもしれませんね。
 
ばあちゃんは心臓が悪いので、ひな君をだっこできるかとても不安でしたが、今ではそんなことは何のその、反対にいっぱい元気をもらっています。
 
暖大くん、ばあちゃんはあなたのことが、大大大好きです。ひな君が大きくなっていくこれからの未来が、どうかどうか平和でありますように。そしてひな君が元気で、ずっと幸せでありますように、ばあちゃんは心から願っていますよ。
 
2016.04.30
感動の一日
君子おばあちゃん
4年前のことです。娘が2人目の妊娠をしました。長女との間に10年がたっていました。長女も妹はあきらめていたらしく、小学校へ上がって数年たって、友だち同士で姉妹のことを話すのがうらやましかったと、ママに話したそうです。
 
夫婦で話し合って病院に行き、努力しても駄目だったとしてあきらめていた矢先、妊娠を知らされたそうです。とっても喜んだそうですが、出産まで生唾がとまらず、8か月くらい大変だったそうです。
 
パパは長距離運転手のため、留守がちです。夕方に陣痛が始まり、入院準備はしていたもののオロオロしていたら、長女が「ママ、大丈夫しっかりして」と言って、荷物を持ってタクシーのところまで手伝ったらしいです。
 
知らせがきて、私も病院まで行きました。誕生した娘は、元気に足を上げて、とってもかわいく、うれしかったです。でもそれ以上に、長女が病院まで手伝ったことにとっても感動し、涙が止まりませんでした。
 
今は、長女は中学2年生、下は幼稚園年中組です。2人共心やさしい人間に育ってね。
 
2016.04.23
柚葉ちゃんへ
田畑美千代
もうすぐ1歳になるね。去年の今ごろは、まだママのおなかの中にいたあなたは、ママのおなかの中で暴れていたよね。短大生だったママは、およそ2か月間、24時間点滴を受けてベッドに横になっていたんだよ。
 
柚葉(ゆずは)ちゃんは、お外の世界が気になったのか、32週で誕生してきましたね。ママもパパもばぁばたちもびっくりしたよ。柚葉ちゃんは小さかったから、ママと一緒に退院できなかったね。
 
日に日にママと同じお顔になってきて、可愛くて仕方ないよ。ばぁばも51歳で、ばぁばデビューして間もなく1年。柚ちゃんより先にお誕生日だから52歳になったよ。1歳のお誕生日を楽しみにしているよ。
 
そろそろあんよができるかな? おはなしも上手になったよね。たくさんおしゃべりしてね。ママは20歳、パパは21歳と若いけど、全力で頑張っているから安心してね。優しくて思いやりのある女の子になってね。
 
2016.04.16
かわいい双子の女の子へ
小寺真知子
みのりちゃん、かんなちゃん、本当に私たちのところに来てくれてありがとう。
 
あなたたちの両親が、いろいろな困難を乗り越えてやっと授かった二人だから、私たち家族の喜びは、まるで年末の宝くじが当たったようなさわぎでしたよ。お母さんは、初めての子育てで慣れていないので、最初は寝られず、お乳もあまり出ないので、少しばかりベビーブルーだったけど、最近はすっかり良妻賢母に変身ですね。なにせ双子なので、お産も帝王切開だったのよ。苦しみを幸せにしてくれたのは、みのりちゃん、かんなちゃんが順調に成長しているお陰かな?
 
昨年の11月で1歳を迎えた二人は、行動範囲がどんどん広がってきましたね。そしてあっという間に歩いて、すべり台に登れるようになりましたね。食欲も旺盛で離乳食にはいると、食事が足りないのか大きな目から大粒の涙をポロポロとあふれさせて、もっともっととジェスチャーするみのりちゃん。運動神経の良さをことさらアピールするかんなちゃんは、ソファの上に登ったのに降りられないと、困った顔でお母さんを見てますね。
 
生まれた時から二人一緒なので、二人の時は元気百倍、でも一人になったらなんだか不安気なのかな……。二人だと悲しいことは半分、嬉しいことは2倍だから、二人でお父さんお母さんをうんと喜ばせてあげてくださいね。
 
2016.04.09
80対1
勝山恵子
(あきら)君へ  あの日から1年がたちました。少しあきらめかけていた周りの大人たちに、期待と喜びを抱えて君がこの世に顔を出してくれたのが1年前の1月29日です。君はどんな大人になっていくのかな? 見届けることができそうもありませんが、きっと誰からも好かれてすてきな青年になっていくことと思います。
 
「80対1」は、晃君と私の年齢比です。80年生きている間にはいろんなことに出合いました。子どものころは戦争で食べるものも、本も、おもちゃもありませんでした。恵まれた時代に生まれ、何不自由ないのは幸せですが、心配もしています。
 
晃君の人生にも、いろいろなことが待ちうけているかもしれません。どんな時にも君の名前の由来のように、明るく立ち上がって挑戦してください。
 
いっぱい経験を積んで自分の糧にしてくださいね。少しお説教めいた手紙になってしまってごめんなさい。いつかこの手紙を読んでくれる日が来るのが待ち遠しいです。
 
小さな手で先ほど握手をして別れました。そのぬくもりが残っていて、生きていることをうれしく思います。
 
晃君も「生まれてきてよかった」と思う日がきっとくることでしょう。
 
きょうはお誕生日おめでとう!
 
2016.04.02
心結ありがとう
リア
ママは、不妊治療しないと赤ちゃんが授かれない身体だったんだ。でもママは、どうしてもママになりたくて、治療することをためらわなかった。だから心結(こころ)を妊娠した時は、本当にうれしかった。妊娠中は辛いこともあったけど幸せで、家族みんなが心結が生まれてくるのを楽しみにしてた。
 
名前もみんなで決めたんだよ。家族の心を結ぶ子になりますようにって。今では家族の誰もが心結に笑顔で話しかける。そして寝顔に癒される。みんな抱っこしたくてそわそわしてる。泣いたらみんなが慌ててママを呼びに来る。みんな心結のこと大好き。大切な大切な娘。育児は大変だけど、それ以上に幸せを感じてます。
 
まだ生まれてから15日目、ゆっくり大きくなっていこうね♪ 毎日楽しみにしてますね。
 
心結、元気に生まれて来てくれてありがとう。
心結、ママをママにしてくれてありがとう。
心結、ママは一生の宝物を手に入れたの。ずっと守っていくからね。
 
2016.03.26
あーちゃんへ
佐久のばば
あーちゃんは、パパとママが結婚して8年目、秋の初めにやって来てくれました。その時の心境は言葉では言い表せない感動でした。おとなしくて、ママの手をあまりわずらわせない、とても育てやすい女の子でした。
 
それから1歳6か月を迎えたころ、とても不思議な行動をたびたびしたそうです。大急ぎで病院へ連れて行くと、即入院となりました。病名、病状を聞いた時は、目の前が真暗になり、気が動転。それは、現在の医学では治療法の見つかっていない病気でした。
 
もう話すことも不可能かと思うと、涙が止まりませんでしたが、いつもにこにこと可愛い仕草で、周囲の人の心を温めて、和ませてくれました。
 
あれから4年。お陰様で日常会話もできるようになり、とても理解のある幼稚園に元気に通園しております。これから幾多の困難が待ち受けているかもしれませんが、前向きに道を切り開き、そして乗り越えて生きて行ってください。
 
あーちゃんは、ばばの天使だよ。いつもいつも応援してるよ。
 
2016.03.19
あーちゃんへ
おばあちゃん
爽起人(あきと)くん、おばあちゃんはあなたの誕生を首を長くして待っていました。おばあちゃんだけでなく、大おばあちゃんも、2年前に亡くなったおじいちゃんも、おとうさんもおかあさんも待っていました。
 
やっと授かったと聞いた時は本当にうれしかった。予定日が、亡くなったおじいちゃんの命日といっしょと聞いて、おじいちゃんがきっと応援してくれたのかもしれません。
 
予定日より少し早く、少し小さく生まれてきたけれど、元気で可愛いあなたの顔を見て、無事に生まれてくれたことに感謝しました。おかあさんも体調をくずしがちでしたが、頑張ってくれました。
 
名前は、おとうさんとおかあさんが考えてくれ、おじいちゃんの1字を取ってつけてくれました。あなたの成長が本当に楽しみです。ミルクをたくさん飲んで、早く早く大きくなって、おばあちゃんといろんなお話をしたり、いろんな所へ遊びにも行きましょう。すごく楽しみにしています。
 
生まれてきてくれてありがとう。
 
2016.03.12
利加ちゃんへ
大和直子
37年前、未熟児で生まれたあなたが、2人目を出産しました。
 
あなたが生まれる前は、お姉ちゃんが8歳、お兄ちゃんが6歳だったので、私はもう産まないと思っていたのに、どうしても3人目が欲しくなって……。アメリカで、生まれて初めて救急車に乗り、無痛分娩(ぶんべん)のはずが普通の出産。保育器の中のあなたは小さく、大事な所が男の子に見えて、パパは本当に女の子?って看護師さんに聞いたほどよ。
 
末っ子で、お姉ちゃんお兄ちゃんに鍛えられ、可愛がられて、育ったね。8歳上のお姉ちゃんの最初の子どもが生まれた時は妹としてよく面倒をみて、保育士になる動機になったんだよね。
 
あなたは1人目が生まれてからも保育士を続け、今回もお産直前まで働いていて、よく頑張ったと思うわ。本当におめでとう。2人とも男の子でちょっと残念だったけど、すてきなお嫁さんが来ると確信できます。宙也(そらや)君(3)、陽也(はるや)君(生後20日)。将来何になるのかなあ……。
 
私はできるだけ長生きして見届けたいけど、元気で食欲旺盛な2人だもの、心配ご無用ね。本当にお疲れさまでした!
 
2016.03.05
ガッツな優ちゃんへ
ばばちゃん
優ちゃん、あなたが生まれたのは、予定日の3か月も前でした。734グラムの小さな小さな赤ちゃんです。ママは「もっと気をつけていればよかった」と、涙を流しました。ばばちゃんは、そんなママが可哀そうで替え歌を作って歌ってあげました。
 
「あわてん坊の優ちゃんは、予定日前に生まれたよ。急いでルンルンルン、急いでルンルンルン、ママの顔が見たい」
 
ママがちょっと笑いました。
 
目が見えないんじゃないか、知能はちゃんと発達するだろうか、肺が弱いのではないか、たくさんの検査を乗り越えて、無事に20キログラムの女の子になり、春には1年生になります。
 
優ちゃんが言いました。
 
「その歌覚えているよ。ばばちゃん、何回も歌っていたもの。でもね、優ちゃんは、すごく早くママに会いたかったんだから『急いでビュンビュンビュン』の方がいいよ」
 
優ちゃんに教えてもらって、ばばちゃんは心が温かくなりました。あなたが生まれた日、1人でドキドキしながら待っていたら、看護師さんが「おめでとうございます。ママによく似た目の大きなガッツな女の子ですよ。ちゃんと産声もあげました」と教えてくれたことを、今でもはっきり覚えています。
 
優ちゃんは生まれた時からガッツがあったんです。どんなことでも乗り越えていけると信じています。これからも、ばばちゃんにいっぱい教えてくださいね。
 
2016.02.27
ひ孫の千紗稀へ
吉田美恵子
千紗稀(ちさき)は、2015年4月5日、23時3分、体重3,150グラム、身長49.5センチで、桜花満開時に誕生しましたね。それから7か月、「千紗稀」っとあやすと、にっこりと笑ってくれます。
 
曽祖母バアバは78歳なので、認知症予防にと、昨年1月からタブレット型パソコンを始めました。そのタブレット型パソコンには、パパ、ママ、祖母が送信してくれた、千紗稀のお宮まいりや日常の写真が、たくさんあります。
 
97歳の高祖母は、その大きな千紗稀の写真をとっても喜びます。曽祖母バアバは、高祖母と千紗稀のツーショットを年賀状に仕上げましたよ。この春、高祖母の白寿祝を企画しています。そのとき千紗稀に着てもらおうと、私は、タブレット型パソコンで春用のスカートを見つけて、千紗稀は、もうお歩きができるかな? 片言が話せるかな?と、大きな楽しみを胸いっぱいに持って、今、一針一針編んでいます。
 
こんなうれしい幸せをくれたパパ、ママ、千紗稀に、心からありがとうを言います。
 
2016.02.20
ひ孫の千紗稀へ
にゃんこ母ちゃん
璃心(りこ)ちゃん、やっと会えたね。生まれて2日目に対面してから、テンションが上がりっぱなしです。璃心ちゃんは私の喜びであり、その生命力は、私を刺激し、私に生きる力を与えてくれます。だから私ももう少し頑張れます。
 
スクスクと成長していく璃心ちゃん。璃心ちゃんが成人するまで、ひいばあちゃんは生きていたいと思います。ひいばあちゃんは、20歳で母親になり、42歳で、おばあちゃんになりました。璃心ちゃんのお母さんも20歳、璃心ちゃんのおばあちゃんも42歳です。とても、不思議な縁を感じます。
 
ひいひいばあちゃんもまだまだ元気なので、5世代になります。大変な世の中ですが、健康で、強く、やさしい、しなやかな人間になってください。
 
ひいばあちゃんより
 
2016.02.13
8か月のチハルへ
チハルママ
チハルがパパとママのおうちにやってきて、8か月。
 
去年の冬はチハルの温かみをおなかで感じ、春からの生活が楽しみで、まるで夢のなかにいるみたいだったよ。
 
チハルが生まれてすぐは、小さくてホニョホニョで抱くのもこわいくらいだったのに、いつのまにか、プリプリの赤ちゃんになって、ママのいくところをズリズリ一生懸命はいずりながらついてきて、ママの足にしがみつくね。
 
遠くにいてもチハルはいつもじっとみていて、笑いかけると声をだしてコロコロ笑います。それがかわいくて、ママはこれからもずっとチハルにニコニコ笑いかけていこうと心に決めています。
 
ベビーカーより抱っこが好きで、いつもママとくっついていたい甘えん坊さん。どんどん重くなってママの肩と腰はガチゴチだけど、抱っこひものなかから外の様子を好奇心いっぱいでのぞいているチハルはとてもかわいくて、いつもぎゅっと抱きしめます。
 
チハルは毎日どんどん成長していくね。早く立ちたい、早く歩きたい、早くしゃべりたいといつも一生懸命。でもね、パパもママも、もっともっと赤ちゃんのチハルとの生活を楽しんでいたいな。そんなに急いで大きくならなくていいんだよ。
 
2016.02.06
あなたがくれたもの
小川雪乃
ママは毎日、あなたのことが、可愛くて可愛くて仕方がありません。それ以上に、あなたのことを誰よりも尊敬しています。そして、いつもあなたに感謝しています。
 
あなたが生まれてきた日。あなたは私に、何よりも素晴らしいプレゼントをくれました。ママは幼いころからずっと、いじめられっ子でした。生まれてきたのがつらくて、生きているのが苦しくて、そんな思いに押しつぶされそうになりながら生きていました。
 
あなたのパパと出会ったときは、どんなにつらくても、そのつらさを分かち合って生きていける人ができたのだとうれしく思いました。けれど、あなたが生まれた日。小さくて頼りないあなたを胸に抱いた時。私は、生まれて初めて「生まれてきてよかった」と思いました。つらくても今まで生きてきてよかったと心の底から思えました。
 
はるか、私に生まれてきた意味をくれてありがとう。私の人生に生きる価値があると教えてくれてありがとう。私は、あなたのしあわせを何よりも願っています。きょうも、あしたも、ずっとずっと先の未来までも、あなたがしあわせでありますように。そして、いつの日か、あなたが私のもとを巣立ち、輝かしい未来へ旅立って行く日を楽しみにしています。ありったけの敬意と感謝を込めて。
 
2016.01.30
生きて成人式を見たいな
市川バアバ
理冴(りさ)ちゃん、1月8日があなたの誕生日。もう1歳になりましたね。
 
おめでとう!!
 
あなたのお父さんから、「ようやく父親になれました」と、喜びのメールが入ったとき、とてもびっくりしましたよ。だって生まれるなんて、聞いてなかったからです。
 
それまでにバアバが何回もガッカリしていたからでしょう、きっと。ごめんなさいね。
 
バアバは、ことし70歳。理冴ちゃんが成人式を迎える20年後は、90歳。生きて、理冴ちゃんと一緒に、成人式を迎えたいな。
 
頑張るからね。
 
2016.01.23
しあわせな感じ
帰ってきたけんにいちゃん
はなぼうが生まれてまだ間もないころ、お母さんがおっぱいをあげているときに、けんにいちゃんはお母さんに聞いてみたんだ。「どんな感じがするか」って。するとお母さんは、ちょっと考えてこう答えた。「しあわせな感じ」
 
けんにいちゃんは男だから、赤ちゃんに自分のおっぱいをあげることはできない。けれど、その「しあわせな感じ」を、どうしても体験したくなった。それでここからは内緒の話なんだけど、お母さんが買い物に出かけている間に、一度、自分のおっぱいに牛乳をつけて、はなぼうの口元に持っていったことがあるんだ。衝撃の事実でしょ。さすがに思い直したけどね。なにかあったら取り返しがつかないから。その甲斐(かい)もあって?、はなぼうは大きな病気ひとつせず、すくすくと優しく可愛く育ってくれて、もう中学生だもんな。
 
というわけで、けんにいちゃんにとっての「しあわせな感じ」は、はなぼうの健やかなる成長です。また、誕生日にはマカロンの24個入りを持っていくからな! これからも、たまにでいいので遊んでください。
 
2016.01.16
息子へ
ひまわり
今回のお手紙は福島県郡山市にある「JDF被災地障がい者支援センターふくしま」の利用者からです。
 
おなかにいるとき、すっごく揺れてびっくりしたよ。あなたが男の子ってわかった次の日に、地震があったんだ。いろいろ移動して疲れなかった? あんまりごはん食べられなくて、ごめんね。おなかの中で元気に育ってくれてありがとう。
 
破水して、2日たっても陣痛がなかったときは、ママはすっごく心配したんだよ。点滴で陣痛をおこさせようとしているときに、あなたがおなかの中で苦しんでいると聞いて、ママはすっごく不安になったんだよ。急に帝王切開になって、ママはあなたが無事に生まれてくれるか不安だった。でも、あなたの大きな産声をきいたとき、ママはすっごくうれしかったよ。
 
無事に生まれてきてくれて、ありがとう。体重3,345グラム、身長49センチ。他の子より体重があったんだ。一緒に退院できてよかったね。
 
でも、2か月のとき「入院」ってなった。ママはびっくりしたよ。ミルクを飲んで、何回も吐いたから入院になった。でも、1か月で退院になってよかったね。あなたが元気でよかった。そのあとは何にもなくて、すくすく育っているね。
 
私のところにきてくれてありがとう。これからもよろしくね。元気よく育ってね。
 
2016.01.09
赤ちゃん、ママがんばります。
さくら
今回のお手紙は福島県郡山市にある「JDF被災地障がい者支援センターふくしま」の利用者からです。
 
初めての出産でした。体重は、2,118グラムでした。少しちいさく生まれましたが、うれしかったです。
 
1か月健診のとき、体重は3,670グラムと増えて、よかったと心から安心しました。
 
私は、病院で出産しました。破水してから、すぐに分娩(ぶんべん)室に入り、23時間かけて、赤ちゃんを産みました。1歳になって、体重が8,100グラムになり、よかったです。異常もなくて安心しました。でも、2、3歳のときに、健診で目が悪いと言われて、私はショックを受けましたが、今は受けとめています。
 
体重は、すくすくと増えていきました。うれしかったです。このころは、いろいろと不安がありました。ごはんのことや、赤ちゃんのからだのことなどです。でも不安は少しずつ解消されていきました。4歳になって、体重が変わらなくなっていき、私は大丈夫かな?と不安ですが、子どもらしくすくすくと育っていますし、見守っていきたいです。
 
今、メガネをかけていますが、子どもなりにがんばっています。私は、育つ子どもを見守っていき、支えていきたいです。子どもには、かしこく、やさしい子に育ちますようにと思っています。そして、私もがんばって育てていきたいです。
 
2016.01.02
あお君へ
あお君のばぁば
1歳のお誕生日おめでとう。この日を迎えられて、ばぁばはうれしいです。
 
あお君は少し早くうまれそうだったの。「もう少しおなかにいれておいてください」という、お医者さんのことばに、あお君のお母さんは、仕事をしていたのがいけなかったのかと自分を責めて、不安で心が張り裂けそうになりながら、がんばりました。
 
「ただ、元気にうまれてきてくれたら」。それだけでを願って、ばぁばは、毎日100円玉を握って、近くの神社にお参りに行っていました。
 
「もう出てきていいですよ!」。お医者さんのことばを聞いたら、本当にスーッとうまれてきてくれました。
 
あれから一年、いろいろな不安を抱えながらも、ただ、あお君が可愛くってお母さんは子育てに励んでいます。どーぞ、たくましく育ってほしい。
 
あお君の笑顔はよく効くお薬です。ありがとう!!
 
 
2015.12.26
初めての運動会
厚木のばあば
きみが生まれるときは、早く生まれないようにママは1か月も入院したんだよ。
 
そのきみが、もうすぐ4歳になるんだね。シャツを脱いではだかで、パンツだけで、おともだちとかけっこ。にこにこ、おともだちを見ながらかけっこ。お遊戯のときも皆はだかで、同じ可愛い孫に見えて、ばあばは、きみがどこにいるか、見つけるのが大変だったよ。
 
おサルさん。ライオンくん。ゾウさん。頭に大好きなお面をつけて。きみはおサルさんを選んで、頭に付けていたから、すぐにばあばはわかったよ。おサルさんを探したの。
 
おうちでもお遊戯の練習をしていたって、ママが教えてくれたよ。だから上手におどれたんだね。幼稚園でおもらししちゃったのと、教えてくれたね。やさしい先生だから、きみが恥ずかしくないように、きれいにしてくれたんだね。だからばあばにも教えてくれたんだね。うんちだったんだよって。
 
色々な人に愛されて、きみは大きくなるんだね。 
 
2015.12.19
Only one の君へ
ふみママ
ママは君と出会う前は『世界に一つだけの花』という曲が嫌いでした。何をぬるいことばかりずらずらと言ってるんだと思ってました。なんだかひねくれていますよね。でも仕事や勉強ばかりしていたママには意味がわからなかったんです。だって会社で働いていると、仕事ができないと怒られるし、人と比べられたりなんてしょっちゅうでしたから。
 
赤ちゃんのときの君は、上のお姉ちゃんに比べると、「ちょっと手のかかる子」でした。機嫌が悪いことが多くて、大きい声で泣き続けるとか、しつこくお店で駄々をこねて周りから冷たい視線で見られたりとか……。
 
どうしたらいいのかわからなくて、イライラしてた毎日。そんなとき『世界に一つだけの花』を久しぶりに耳にしました。その歌詞に号泣しました。そうなんだ、これなんだって思ったの。比べててもダメだ、みんな違うんだ、そう思って育てなきゃダメなんだ。やっと歌の意味が分かったの。
 
もうすぐ6歳、来年はもう入学ですね。これからもいろいろなことがあるでしょう。でもどんなふみ君でも、ママの特別なオンリーワンです。ママも6歳分大人になったのかもしれないね。
 
2015.12.12
春、お花見しましょ
まーちゃん
4番目のあなたを授かったことをお父さんに伝えたとき、驚きとうれしさで、お父さんは後ずさりしたのですよ。けれどこれまでの道は困難を極めました。あなたも聞いていたでしょう。周囲からの荒波のような反対。お姉ちゃん、お兄ちゃんの幸せを思う人たちから毎日毎晩……。苦しかったね。お母さんもつらくてつらくて体が震えました。
 
けれど、あなたは想像を超えて強かった。強く強く心臓の音を響かせ、「私は生きたいよ! お母さん」と伝えてくれた。周りの雑音に耐えられるほど、お母さんの心と体は強くない。けれどそんなへたれのお母さんの元に、強いあなたが宿ってくれた。だからお母さん心に決めたんだ。よしっ! 戦隊物のヒーローだっ! 超合金ロボットになって強くなるんだーと。
 
もうすぐ寒い冬が来る。また強い荒波がお母さんとあなたを襲うかもしれない。また泣いて震えちゃうかもしれない。弱っちいロボットを、冬も守ってね。無事雪が解けて、春まで持ちこたえられたら、お花見して祝おう。
 
もうすぐあなたと対面できる。大きくて弱いフニャフニャママロボットを操る、ちいさくかわいく、強靭なあなた。お母さんの出来ることは少ない。大きな塩おにぎりをつくるくらい。お姉ちゃん2人とお兄ちゃん1人、そしてあなたとみんなで、塩おにぎり、おなかいっぱいほおばりたいよ!
 
2015.12.05
かわいい怪獣君へ
大毅のお母さん
大ちゃん、あなたがこの世に生まれた瞬間のこと、今でもはっきり覚えているよ。
 
横浜から駆けつけたお父さんが一晩中腰をさすってくれて、みんなで頑張りました。無事に生まれるかな、泣き声は聞こえるかな……。不安でいっぱいだったけど、あなたは元気におなかから出てきました。産声を聞いたとき「ああ私の赤ちゃんが生まれた! 本当に生まれた!」と胸がいっぱいになったよ。
 
大ちゃん、お母さんはあなたが生まれるその日まで、待ち遠しくて、待ち遠しくて、毎日おなかをさすって、本当に楽しみにしていました。
 
3,018グラムで生まれた大ちゃん。手足をばたばたさせながら、ねんねしているだけだったのに、いつの間にかもう1歳。活発に動き回って、体重も10キロを超えたね。朝起きてから夜眠るまで、笑ったり泣いたり忙しくて、お母さんは自分のことは何も満足にできない毎日だけど、それでも大ちゃんがかわいくてしかたありません。
 
大ちゃん、どうかすくすくと元気に大きくなってね。あなたは我が家のかわいい怪獣であり、大事な大事な宝物です。
 
2015.11.28
ごんべいちゃんへ
永瀬皓子(あきこ)
可愛い小学4年生の大切な孫の将来の子どもへ、今から手紙を書いておきますね。
 
今は「名なしのごんべいちゃん!」。私は、あなたの「曾(ひい)ばあちゃん」ですよ。「曾おじいちゃん」は、病気で亡くなりました。孫のあなたのお父さんの顔も見ぬまま、可哀そうでした。あなたのおじいさんのお母さんが、私です。
 
天使のような、私の「曾孫(ひまご)ベビーちゃん」として、この家へ生まれてきてくれます。男の子か女の子か、どちらでもいいです。幸せいっぱい夢いっぱい、あふれるようなすがすがしい心で、みんなであなたを迎えます。そしてそして、喜びいっぱい素敵な名前を付けてもらいましょう。
 
「ごんべいちゃん」は、ここでおしまい。でも「ごんべいちゃん」も、明るくユーモアのある良い呼び名でした。まだこの世を見たこともないあなたですが、おじいさんもおばあさんも、お父さんもお母さんも、叔母さんも、みんなあなたが生まれてくる日の訪れを待っておられることでしょう。
 
強くて優しい涙、心をたくさん持っているあなたでありますように。あなたと会うことも夢かなわぬ私ですが、曾おじいちゃんと一緒に天国からいつまでも見守っています。
 
あなたの愛らしい仕種が、平和な温かい家作りに大きな力になることでしょう。私の曾孫ちゃん!!夢で会いましょう。曾おばあちゃんより。
 
2015.11.21
生まれてきてくれてありがとう
ノンチャン
結莉菜(ゆりな)ちゃん、ママはね、5人目の女の子で、結莉菜ちゃんは、おばあちゃんにとって10人目の孫になります。
 
ママとパパは、おじいちゃんが病気だったので早めに結婚式をあげてくれました。結婚3年目に生まれたあなたは体重3,414グラム。細いママから18時間かかって、元気な産声で生まれてきてくれたね。
 
毎日毎日、楽しみに待っていたよ。パパとおばあちゃんは、「ガンバレ、ガンバレ」とママの手をにぎり、声をかけるだけだけど、「フウフウ、ハアハア」と、最後まであわてず、さわがず、しっかりと頑張る姿に、子どもを産む力強さに、我が子ながらうれしく、涙が止まらなかったよ。「オギャーオギャー」と大きな声を聞いて顔を見たら、なつかしい天国のおじいちゃんの顔に似ていました。女の子なのにね。
 
結莉菜ちゃんが誕生して2か月目。お風呂場で首に浮き輪をつけて、気持ちよさそうに笑って、まんまるの顔で手足も動かしている。写メールを何度も見ています。
 
多くの人たちが見守ってくれて、応援してくれる結莉菜ちゃんは幸せ者だね。これからも成長を楽しみにしています。
 
本当に生まれてきてくれてありがとう。
 
2015.11.14
楽しみな制服姿
手紙大好きばあちゃん
10月21日で秀斗(しゅうと)君は3歳になったネ。元気に育っていた君が、誕生して3か月後に突然耳慣れぬ病気で入院。苦しい治療にもよく耐えて頑張りました。
 
1歳になるまでは何かと病院通いが多かったわね。そのうえママがダウンして、おばあちゃんはどうなることかとずっと心配していました。
 
しんどかった時期を乗り越えて、今はたくましくなり電車に夢中になっている君。驚くほどよく食べ、よく遊び、よく眠る君の姿を見ていると、疲れもふっとび、心から癒やされます。
 
来年の春からは幼稚園に入園。君のママも通った幼稚園に通園することになったそうですネ。おばあちゃんは、制服を着た秀斗君の姿を今から想像して、楽しみにしています。
 
何よりも元気で、すくすくと成長してくれることを願っています。それがおばあちゃんの喜びであり、活力の源にもなっているのですもの。
 
2015.11.07
葵ちゃんありがとう
仲かよ子
昨年9月21日の早朝、娘から「生まれた」と一言短いメール。次女が生まれた知らせでした。これじゃ、きのうかきょうかわからないじゃないと思ってましたが、あとで21日の午前5時56分とわかったのです。
 
予定日より13日も早く、私の誕生日と同じ! 一時は妄想で、同じ誕生日だといいなあと思っていましたが、子どものためには一日でも長くおなかの中にいる方がいいと、考えを打ち消していました。
 
それが365分の1の確率。ぴったり合ったので、もう舞い上がりました。娘は最悪と、のたまわったのですが……。
 
えにし深い「葵ちゃん」、バァバはうれしくて、うれしくて。3歳違いのお姉ちゃんは、葵ちゃんがかわいくてかわいくて、しかたがないのです。でも、やきもちで、それはそれはあらっぽく葵をあつかうのね。
 
娘よ、最高の親孝行をしてくれたね。葵ちゃん、生まれてきてくれて、ありがとう。
 
2015.10.31
翔貴(とき)
優ママ
あなたが生まれて間もなく1年がたとうとしています。帝王切開を予定していた前日、ママは少しの破水と出血で病院へ向かうことになりました。そしていろんな検査をした結果、緊急手術となり、あなたを産むことになりました。
 
不安やこわさでいっぱいだったけれど、ママはその大きなおなかに手をあてて「大丈夫、大丈夫だからね。いっしょにがんばろうね」とあなたの誕生直前までお話ししました。
 
自分でお誕生日を決めたあなたは、元気な産声をあげて生まれてきてくれました。ママのもとへ来てくれて本当にありがとう。
 
泣いたらミルクをあげる、オムツをかえる、あやすとほほ笑みかえしてくれる。できることもたくさん増えました。ママとなってからは、見たことのない世界をたくさん知ることになりました。
 
赤ちゃんを連れて出かけると、声をかけてもらえる。そして、その人は笑顔になって帰って行く。ママもうれしくて笑顔で会話しておうちへ帰る。何気ない出来事だったけれど、ママにとってその時はすごくありがたい、幸せな気持ちになりました。
 
翔貴、これからも見たことのない世界をいっしょに見ようね。あなたと過ごす一日一日がかけがえのない大切な宝物。
 
お誕生日おめでとう! ママより
 
2015.10.24
朝露のようなあなたへ
天使ママ
あなたは私のおなかの中で懸命に生きて、そして、出会う前に旅立ってしまったね。おなかの中で立派に育ったあなたは、今にも泣きそうで、暖かくて、可愛かった。愛(いと)おしかった。
 
とっても静かなお産でたくさんの涙が流れたあの日。私はあなたのおかげで母になった。あなたがあちらで困らないようにと、お寺さんがあちらで使える名前を付けてくれた。
 
「朝露のように儚(はかな)くも消えていった小さな命」という意味。
 
お元気ですか。あれから4年がたちました。あなたは天使になって、お空へ帰ってしまったと、そう思っています。だから、飛行機に乗ると必ず窓際の席で、どこかにあなたが暮らす世界がないかと探してしまいます。年甲斐もなく……。どれだけ時間がたっても、あなたの温もりと重みは忘れません。
 
あなたに妹が生まれました。そして、今、また新しい命を授かりました。でも、素直に喜べません。あなたの代わりはどこにもいないから。心に空いた穴はいつもスースーしていて、笑っていても、怒っていても、あなたのことを思い出す。こうやって過ごしていくことは、悲しいことでも不幸なことでもなくて、幸せなことだと思う。あなたを思って泣く涙があるということ、つらいと思う心があるということ。
 
それらがすべてあなたの生きた証しだから。
 
2015.10.17
ほほえみの国の孝(こう)ちゃんへ
まかしゃん
孝ちゃん、1歳の誕生日おめでとう。2年前、パパとママが住まいも決めずタイに旅立った時、1年後にこんなにかわいい孝ちゃんを抱っこする日が来るとは思いませんでした。
 
ママはバンコクで初めてのお産をしました。ばぁばが抱っこしたのは、生まれて2日目。泣くと、看護師さんに体中タオルで包まれ、泣き止む孝ちゃん。ママのおなかの中と同じで安心すると聞き、驚きでした。7月9日生まれで、その日はお坊さんが修行に入るとてもおめでたい日。街じゅうお祝いムードでした。
 
12月には3人で日本に帰ってきましたね。日本の寒さで赤いホッペの孝ちゃんは、元気いっぱい離乳食にも挑戦、とてもおいしそうに食べたので安心しました。1か月過ぎて、またタイに行ってしまいましたね。
 
ママは、孝ちゃんによく似た子どもの僧の人形を送ってくれました。とてもかわいくて、写真と一緒に飾っていますよ。今では、パソコンで送られる写真と、スカイプ(インターネットによる無料通話)で声を聞き、よちよち歩きも見えます。
 
タイではアパートのガードマン、お姉さんたちに満面の笑みで応える孝ちゃん。ほほえみの国の人はやさしくて、うれしそうなママの顔を見ていると、ばぁばもとっても安心です。パパとママも孝ちゃんがいてくれて、すてきな大人になることでしょう。ばぁばのできないこと、孝ちゃんがしていますね。ありがとう……。
 
2015.10.10
娘の名前
塩野 誠
赤ちゃんが生まれ、まずびっくりしたことが女の子だったこと。妻に「男の子でほぼ確実」と言われていたため、男の子の名前しか考えてなくて。あわてて考えました。
 
その中で浮かんだのが、私が生きてきた中で大切なものと心に思ってきた「ことば」という文字。愛、勇気、正義、誠。そんな大上段に構えた文字ではないけれど、人と人の心をつなぐ、気持ちを伝えあうもの、「ことば」。小さなものかもしれないけれど、娘にはことばを大切に、ことばを丁寧に使う人になってほしい。そんなことからはじめればいいんだよ。その思いを込めて、いくつかの名前候補の一つに入れて、妻に提案しました。
 
そして、偶然妻が選んでくれたのが「ことは」。ただ、漢字で「言葉」にすると娘の生活に不都合がありそうで、妻が娘の顔立ちを見てアレンジを加え、最終的にお琴の琴に葉っぱの葉で、「琴葉」に決めてくれました。
 
オリジナルの意味が込められていることが分かっているから、私は満足でした。その日急いで市役所へ届けに行きました。少し名前をプレゼントしてあげるのに時間がかかったけれど。ようこそ、このパパとママのいる世界へ。娘の「ことは」ちゃん。
 
2015.10.03
66センチ
得原 藍
ねえ、生まれてきてくれた、きみ。人間の細胞で一番大きな細胞は、卵子なんだって。0.2ミリ。たった一つの細胞が分裂を繰り返して、きみは66センチになった。生後半年と少し。
 
きみが宿ったとき、わたしはとても不安だった。きみが数ミリに成長して、その心臓が成人の3倍の速さで鼓動を刻むようになっても、わたしは不安だった。きみの内臓がある程度整って、万が一すぐに生まれても生き残る可能性が出てきたとき、きみはバター2箱分の重さで、そのときもわたしは不安だった。きみの顔を初めて立体的な画像で見たときも、わたしはまだ不安だった。
 
出産予定日を5日超えて、朝方おなかがしくしくしたときには、やっと不安から解放されるような気がして少し冷静だった。そこから23時間を超えて、新月の冬至に生まれたきみを見て、それまでの不安が喜びとのマーブル模様に変化した。それからずっと、その渦は消えずに形を変えて、わたしを常に包んでいる。
 
横で眠るきみの顔は、穏やか。きみの歌うような声が、わたしの心の渦を大きく動かす。きみの泣く声が、その渦を乱したりもする。眠れなくて、きみを抱きながら泣いた夜もあったけれど、梅雨が明けるころ、寝不足を愛せるようになった。
 
これまで夢を見ていた時間、わたしはきみの姿を見ている。ふと笑うきみの寝顔の奥のその夢を、いつも想像してしまう。ねえ、いつか夢の話をしよう。きょう見た夢の話を。未来に見る夢の話を。
 
2015.09.26
佳佑君へ
千倉のばあばん
(けい)は3月生まれの1歳3か月、まだ歩きません。ばあばんは、まだか、まだかと待っているんだよ。でも、これから何十年も歩かなくてはいけないから、ゆっくりでもいいのかな。
 
佳は4月からお母さんが仕事に復帰したので保育園です。まだ、あまり馴れない様子。でも給食は大好きで、完食だそうですね。おいしくて、よかったね。
 
お母さんは、佳が初めての子どものため慣れないで、いつもカリカリしてるね。お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんが大事にしてくれてありがたいです。
 
佳はお寺というお家の子どもに生まれ、大きくなったら、おじいちゃんやお父さんのように、お坊さんになるのかな? でもばあばんは、20年は生きられないと思うので、佳のお坊さんの姿は見られないと思います。だから10年は頑張って、佳に千倉のばあばんを覚えていてほしいです。
 
やせっぽっちのお母さんが一生懸命生んだ、大っきな佳佑。細い目で笑うその笑顔、とってもかわいいよ。
 
2015.09.19
お空でバトン
だいちゃんまま
赤ちゃん、あなたをこの手で抱きしめるまで、あと1か月になりました。お母さんは、うれしさとまだ不安もあります。どうか無事に産まれてきてほしいと願っています。
 
赤ちゃん、あなたには6歳になるお兄ちゃんが、お空にいます。お母さんは、おなかの中で守ることができず、8か月でお兄ちゃんを産みました。お兄ちゃんは、小さな小さなからだで、一生懸命1年5か月間生きてくれました。
 
お母さんは反省の日々だったけど、私をお母さんにしてくれたこと、家族のすばらしさ、命の温かさ、尊さ、生きることの難しさを、お兄ちゃんから教えてもらいました。
 
もうお母さんになることは許されないと思っていました。でも、あれから5年がたち、あなたを授かったことに、何とも言えない温かな気もちが芽生えました。きっと赤ちゃんは、お空でお兄ちゃんと出会い、お母さんとお父さんについてお話を聞いたり、生きることは簡単なことじゃないことも聞いて、それでもいい、お母さんのところへ行くって決めてくれたのだろうと思っています。そしてお兄ちゃんは、背中を押してくれたのでしょう。
 
みんな、会えるのを心待ちにしてくれています。お兄ちゃんからのバトンをしっかり握りしめ、あなたを抱きしめることができるまであと少し、お母さんは再度、命の尊さ、温かさについて考えます。勇気をだして選んでくれた赤ちゃんの、輝ける未来のために。
 
2015.09.12
お孫ちゃんたちへ
小林美恵子
ゆずな、お誕生おめでとう。
 
みんなに祝福され生まれてきました。待ちどおしくて、待ちどおしくて、あなたの顔を見た時は安心したのと、「お母さんありがとう」でした。
 
あなたのお父さんとお母さんが子どもから親へと成長する時間は、私にとっても、とても愛しい時間です。お父さんは、初めてデキ愛って意味がわかったと言いました。まさしく親になって気づいた気持ちですね。
 
これからは楽しい時間も悲しい時間もファミリーと共に乗りこえて有意義な時を過ごしてください。
 
ゆずなの幸せが、お父さん、お母さんの幸せ、そして、それが私の最高の幸せです。
 
まだ生まれていない子たちへ、みんな幸せになってください。この世に生まれて、幸せを感じないなんて損ですよ。すべての人が、あなたの持って生まれた愛を感じて、幸せになってくれます。そしてあなたも幸せになります。
 
すべての命にありがとう!!
 
2015.09.05
あらたちゃんへ
あわてんぼうのババ
あらたちゃん、元気に生まれてきてくれてありがとう。
 
4月30日に誕生。3番目というのに、ママのおなかの居心地がよほどよかったらしく、1週間も長居をして、おばあちゃんはちょっぴり待ちくたびれました。
 
というのもおばあちゃんは、出産予定日の23日を13日と聞き間違えて、3人目だから早く生まれてくると勝手に思って、4月初めから、大きいお兄ちゃんの入学式のこと、小ちゃいお兄ちゃんの保育園の送り迎えのことなど考えていたから。
 
長居をしている間に大きくなって、4,120グラムの大きな赤ちゃん。細いママからよく出てこられたわね。ママも、あらたちゃんも、どんなにか大変だったでしょう。よく頑張ったわね。
 
小ちゃいお兄ちゃんが「ママはあらちゃんが泣くと、ハイハイハイハイってとんでいくんだよ」といいながらニコニコです。みんなが、あらたちゃんが生まれてきてくれたから、うれしくてたまりません。これからも2人のお兄ちゃんと仲よく元気に大きくなってね。
 
楽しみに見守っていますからね。
 
2015.08.29
10月2日に生まれた男の子へ
ゆー
秋に生まれた君は、出産予定日通りには出てきてくれない子でした。出産のために実家に帰省していて、ちょうど稲刈りの忙しい時期でした。
 
予定日が過ぎ、稲刈りが終わったちょうど翌日に、タイミングを選んだかのように生まれてきた君は、何と空気の読める男よ!と母は思いました。まぁ、今ではその能力はなくなったようですが……。
 
君は、お姉ちゃんよりも大きく生まれました。2人目なのでお姉ちゃんの時より私には意識があって、なかなか出てこないなあと思ったことを覚えています。
 
すくすくと、のびのびと育った君は、今は立派なあばれんぼうです。お母さんの言うことを聞かず、ケガをしたり、泣いたりと、病気のとき以外、静かなときはありません。
 
あばれんぼうで、時々甘えんぼうで、やかましい私の小さな男の子。どんな大人になるのかな? 大きくなった君が、いまから楽しみです。
 
2015.08.22
パパ、ママのねがい
山田ユヌス
私は 2003年5月、バングラデシュから日本へまいりました。
 
2009年9月、上の子が生まれてとてもうれしかったです。うまれて、ありがとうございました。
 
今、子どもが3人います。よく勉強して、いい人になってほしいです。日本だけじゃなくて、世界の国々と関係をつくってね。
 
人間として、自分のことだけ考えても、意味がないと思っています。自分のまわりの人々と、いい関係をつくってね。
 
世界のためにいいことをやって、亡くなっても人間の心にのこってね。
 
今、とりあえずがんばって勉強をしてください。よろしくおねがいいたします。 以上です。
 
2015.08.15
みんな生きて!我が子の分まで
しー坊
赤ちゃん、生まれて来てくれてありがとう。
 
不幸にも、生まれる途中で天国に召された赤ちゃんの分まで、生きてください。親、特に産んでくれたお母さんは、命がけで産むんですよ。だからどうか無事に成人してください。
 
産んでも自分の分身の赤ちゃんの顔も見ず、天国へいってしまうお母さんもいる。だからそのお母さんの分まで力強く生きていってくださいね。きっと天国にいったお母さんは、いつまでも子を見守り続けているはずよ。
 
お母さんやお父さんは、自分の命が絶えるまで赤ちゃんの成長を応援していますよ! どんな境遇で生まれてきても、一人一人、無駄な命はないんです。
 
生まれることができず途中で天国に召された赤ちゃんも、ちゃんと天国で天使となって、父や母、兄弟、姉妹を見守っていますよ。だからあなたたちの命の限りまで、一日も長く生きぬいてほしいのです。赤ちゃんもきっとそう思っていることでしょう。いいえ、多分そうです。
 
赤ちゃんバンザイ。世界中の赤ちゃん、バンザイ!
 
2015.08.08
希星(きしょう)へ。輝ける人に
きぃくんのおかぁちゃん
新婚旅行の最後の夜、お父ちゃんとお母ちゃんは、赤ちゃんを授かったら、東日本大震災で亡くなったおじいちゃんの船から名前をもらいたいねって話してました。
 
新婚旅行から帰って来て、君がおなかにいると知った時は本当に驚いた。その時、お母ちゃんはなぜか絶対に男の子だって思った。お父ちゃんも不思議と男の子だと思ってたんだって。
 
しばらくして、君が本当に男の子だと分かった時は、2人ですごく驚いたよ。あの時のお父ちゃんとお母ちゃんの話を聞いてたのねって。
 
君の名前の読みは、おじいちゃんの船の名前「きしょう」。漢字の意味は、我が家だけでなく万人の希望の星。輝く人になって欲しいっていう意味で、希望の希に、夜空の星にしました。おじいちゃんは、腕の良い、みんなから頼りにされる、素晴らしい漁師さんだったんだって。そんなおじいちゃんからもらった最高の名前だよ。
 
予定日まで、あと少し。今はお母ちゃんの育った関西のお家にいるけど、君が生まれる時には、東北からお父ちゃんが来てくれるからね。
 
だからできれば予定日に出てきて!「お父ちゃんとお母ちゃんの都合に合わしてられない!」なんて言わないで。
 
2015.08.01
さきちゃんへ
さきちゃんのお母さん
あなたがこの世に生まれてきてくれたのは、昨年の12月。予定日より3週間も早く、驚きました。でもお母さんは内心、その日に生まれるのではと思っていたんだよ。それはお母さんが夢を見たから。
 
10月中旬にお母さんは出産している夢を見ました。その分娩室には、カレンダーが張ってあったので、お母さんは夢を見たことをお父さんに話して、2人でカレンダーの日に生まれてくるかもと何度も話していたんだよ。
 
そして本当にあなたはその日に生まれてきました。お母さんは、さきちゃんが自分で生まれたい日を決めて、心配性なお母さんに事前に知らせてくれたのだと思っています。
 
あなたは今、5か月のかわいい赤ちゃん。言葉がわかるようになった時に、この夢の話をあなたに伝えることを、今から楽しみにしています。
 
その時にあなたはどんな反応するのかな?
 
あなたとの暮らしは、毎日新たな発見がいっぱいです。こんな幸せな気持ちにさせてくれてありがとう。あなたはいつまでもお父さんとお母さんの宝物だよ。
 
2015.07.25
ありがとう、みんなで待っていたよ
むーちゃん
(かける)君、隼(はやと)君、かけはや君って呼んでいいかい。
 
もうすぐ6月。2歳のお誕生日おめでとう。生まれたころ、両手に入ってしまうほど小さかったふたり。今は元気に走り回っている一卵性の双子の男の子。そっくりだけど、同じじゃない。個性が出てきた君たちをいとおしく眺めているジッチャンとバーチャン。
 
ふたり目になかなか恵まれなくて、ママはずっと君たちを待っていたんだ。上のネーネが7歳の時、やっとママのおなかにやってきた。
 
「双子みたい」。やっと芽生えた君たちに会いたくてママを手伝おうと決めた。パパのおかあさんは朝食係、私は夕食係。入退院を繰り返すママに代わって、毎日おうちに運び続けた。
 
ある日、出産まで1か月以上あるのに、ママは「生まれるみたい」。早産止めの点滴を数時間打ち続けたのに陣痛が始まった。
 
私がネーネとジッチャンをうちに連れに帰っている間に、君たちは3分違いで自然分娩で生まれきた。パパはずっと側についていたよ。ネーネと新生児集中治療室にいるふたりをガラス越しに見た時、涙がスー。「ありがとう、みんなで待っていたよ」
 
ママはね。まず、ネーネに君たちを抱っこさせたよ。長い間お留守番していたもんね。きょうから「チーママ」だもんね。
 
2015.07.18
釧路の優磨(ゆうま)ちゃんへ
テルコバァ
ゆうちゃん、1歳の誕生日おめでとう。寒い冬も、パパとママと3人で、よくがんばりましたネ。
 
1年前、家族でゆうちゃんの誕生を待っていました。ゆうちゃんは、ちょっと小さめでしたが、初めて抱っこした時は、バァの腕にずっしりと重く、可愛くて、愛おしくて、涙、涙の対面でした。
 
毎月、笑顔の写真が、パパとママの一言といっしょに届きます。パパの大きな体の上に乗ったうれしそうな顔、ママに抱っこされた安心の顔、寝返りをして得意そうな顔、毎日ゆうちゃんの写真にお話ししています。
 
1か月たってのお宮参り、ゆうちゃんとパパママに、二組のジィとバァの7人でした。ゆうちゃんは、神社、写真スタジオと長い外出でしたが、おりこうで、すまし顔と大あくびの一日でした。その日は、楽しい、楽しいお祝いの夕食会になりました。 5月には端午の節句のお祝いにこいのぼりを贈り、それが釧路の青空に元気よく泳いでいる1枚が届きました。元気に、すくすく育つように、遠く茨城の空から応援しています。
 
ゆうちゃん、バァバァの孫になってくれてありがとう。
 
2015.07.11
「ラッキーラッキーセブン君」へ
じゅんちゃんバァバ
5月29日は、あなたのママの誕生日でした。ママへのプレゼントといっしょに、あなたの分も入れときましたよ。生まれてきたら、ママに着せてもらってね。
 
結婚7年目にやっと2人のもとに来てくれたあなたは、男の子だそうです。予定日は7月初旬、「ラッキーラッキーセブン君」ですね。
 
ありふれた生活の中、この知らせは私たちに元気をくれました。ママは、あなたが元気に生まれてくれるよう、いろいろと食べ物に気を使っているみたい。
 
パパは、毎晩、本を読んで聞かせてるそうよ。楽しい、楽しいって、おなかを蹴るんですって……。聞こえているのね。
 
こうしてあなたとお話ししていると、バァバもやっと実感がわいて来ました。我が家にとって初孫の「ラッキーラッキーセブン君」、もう少しママのおなかの中で遊んでてね。
 
そして、あなたが生まれるころには、入院中のおじいちゃんも元気になって、あなたを迎えてくださるでしょう。奈良のジィジ、バァバも楽しみに待ってますよ。その日まで。
 
バァバより
 
2015.07.04
どうしようもない父親から息子へ
飯田大貴(ひろき)
今回のお便りは、帝塚山学院泉ケ丘高校(大阪府堺市)の授業の一環で「あなたが将来、結婚し、子どもをつくろうと決断。子どもを授かった」と仮定し、その子へ向けて生徒が書いた「未来への手紙」です。
 
一言だけ言わせてください。「本当にごめんなさい」。父親である僕は、特に何かが優れているわけでもなく、多分何もしてやれないだろうと思い、謝っています。僕の妻は、どんな人か今はわからないけれど、とにかく父親がこんなでは、不安でいっぱいだと思います。でも、そんな父親だけど、お願いがあります。
 
一つ目は、素直でいてください。間違いや悪事をしたら、素直に謝ってください。
 
二つ目は、どんな人にも優しく接して、みんなが安心、信頼できる人になってください。
 
三つ目は、物事に積極的に取り組んでください。父親が出来なかったことを、身勝手だけどやってください。そして、やると決めたら途中であきらめないでください。失敗しても、それが一つの経験になるから、良いことだと思います。
 
以上が僕の願いです。君がどうなろうと、僕は否定しません。ただし、悪い人間になりそうなら、僕は何としてでも止めます。君は僕にとってかけがえのない存在だということを、どうか忘れないでください。
 
2015.06.27
楓真(ふうま)くんへ
おばあちゃんのいとこ
楓真くんのおばあちゃんが言うには、お姉ちゃんは6歳になったころ、パパとママに「弟がほしい」と言って、ずっと生まれてくるのを楽しみに待っていたそうです。
 
そんなふうにして生まれた楓真くんは、今では目も見えるようになったそうですね。お姉ちゃんは学校から帰ってくると、よく楓真くんの世話のお手伝いをし、楓真くんにキスを何回も何回もして、顔をベトベトにしてしまう日もあるとか。
 
楓真くん、早く大きくなって明石にも来てくださいね。
 
2015.06.20
あおいちゃん、1歳おめでとう
まりばあば
1年前の風薫る頃、夜明けとともに娘たち夫婦のもとに、天使が舞い降りてきました。ピンクの頬をした小さな天使。つぶらな瞳と桜色の唇を持って!
 
その瞬間、私たち夫婦は「爺(じい)と婆(ばあ)」というすてきな名前をGETしました! 「眼の中に入れても痛くない」というのは、このことか!という感動と共に。
 
体調を崩した爺には、あおいちゃんは希望の星。その笑顔が何よりの薬になりました。
 
あっという間の一年。可愛い歯も生え、しっかり食べて、めっきり幼児らしくなりましたね。「ジイジ」「バアバ」と呼んでくれる日も、きっともうすぐ!
 
可愛いあんよで胸に飛びこんできてくれる日を、心待ちにしています。
 
あおいちゃん、誕生日おめでとう! 若木のように伸びていくあなたを、爺と婆はいつも、いつまでも見守っています。
 
2015.06.13
いつまでも成長見たい
孫バカばあ
結婚9年目にして授かった赤ちゃん、煌己(こうき)君、元気に生まれてきてよかったね。
 
コウノトリはなかなか、娘夫婦のところに来てくれなくて、少しあきらめていました。娘夫婦の愛と頑張り、産婦人科の先生・看護師さんの力もあり、無事誕生となりました。
 
「孫は目に入れても痛くない」とは、本当でした。小さな体を一生懸命動かし、声を出しているあなたを見ると、大好きなビールも少し控え、元気でいつまでも、あなたの成長を見ていたいと思います。
 
少し、いや大分、孫バカになりそうですが、許してね。
 
2015.06.06
孫へ
らっぱ
今は小学4年生になりましたね。自分の考えを、自分の言葉で言えるほど、りっぱに成長したことと思います。
 
おじいちゃんは、いつもあなたのことを思っています。あなたなら、立派に人生を歩んでいけると信じています。あなたはおじいちゃんの孫で、パパの子どもだから。
 
おじいちゃんは、あなたが生まれた時に、あなたのために歌を作りました。おじいちゃんの気持ちは、今もあなたにつながっていると信じています。歌のタイトルは「生まれてきて、ありがとう」。
 
♪生まれてきてありがとう。君に会えてうれしいよ。これからずうっと一緒だね。
 日が昇り、夜が明ける。鳥たちが飛び立つ。わが孫よ、今、君の旅が始まる♪
 
人には皆、その人だけの道が待っています。自分で自分の道を切り開いていくしかないんでしょうね。頑張ってほしいです。あなたならきっとできます。
 
おじいちゃんのこと覚えているかな? いつか会えるといいな。
 
2015.05.30
ママになれるかな
まりママ
しばらく子どもに恵まれなかったママは、病院で検査をしました。結果、卵管が詰まって手術するも修復できず、体外受精をしました。一つしか受精卵が得られず希望が薄かったけれど、あなたが来てくれた時、ママ、うれし泣きしちゃった。
 
めったに電話をかけてこないおじいちゃんもすごくうれしそうだったよ。パパのお父さんのあんなうれしそうな顔も初めて見たよ。パパも、おばあちゃんも、ひいおばあちゃんも、叔母さんもすごく喜んでいたよ。
 
病院の先生や皆が助けてくれたからママ頑張れた。女の子と分かった時、目の前がバラ色になりました。明るく優しい、夢を持ち続ける女性になってほしいです。
 
小さめなあなたと来月、無事会えるか心配しています。今はどんな気持ち? 料理と掃除が苦手なママだけど頑張るから、楽しみに来てね。
 
一緒においしいものを食べたり、楽しいことしようね。ママが皆に支えられてここまでこれたように、あなたが困っている時はサポートするよ。
 
皆に愛されて生まれてくるあなたです。自信を持ってください。周りの人を幸せにするんだよ。あなたにはできる! こんなママの元へ来てくれて本当にありがとう。
 
2015.05.23
しんちゃんとあーちゃんへ
典おばちゃん
甥のしんちゃんとあーちゃん兄弟の下に赤ちゃんが生まれるというので、2人を預かったのは、今から40年くらい前のことです。しんちゃんが2歳、あーちゃんが1歳、双子の私と妹が14歳でした。
 
幼子2人はそれはそれは可愛らしくて……
 
でも2人ともよその家にきたのでよく泣いていました。とてもかわいそうでした。一つの部屋で私と妹が真ん中で、しんちゃんが妹の隣に、あーちゃんが私の隣にと、4人一緒に寝ていました。しんちゃんの寝顔があんまり可愛いので、妹と見つめていました。
 
あーちゃんは夜明けに必ず泣いていましたね。まだ1歳なのですもの、ママが恋しかったのでしょう。私は眠いので、無精して布団の中から手を伸ばして「よしよし」とあやしてあげました。もっとちゃんと抱っこしてあげたらよかったなあと、今になって思います。あーちゃん、ごめんね。
 
それからの4人の人生はそれぞれ決して平たんではありませんでした。幼子たちは北国へ去っていきました。結婚も出産もかなわなかった私にとって、遠い夏に共に過ごした甥っ子2人との愛おしい思い出。いつまでも大切にして優しい愛情を持ち続けていたいです。
 
2015.05.16
私の息子へ
ハロウィーン
(かず)、卒業おめでとう
 
私は今、私の子どもとして生まれ、ここまで私と共に歩んで来てくれたあなたに感謝の気持ちでいっぱいです。
 
あなたがおなかにいる時、私は親になる自信がなくて、不安で不安でたまりませんでした。そんな不安定な気持ちが災いしてか、切迫早産になってしまいましたが、入院をした時におなかの中からあなたの声が聞こえたんです。「お母さん、僕が一緒だよ」って。
 
おかげで私は安心してあなたを迎えることができました。生まれてきたあなたは、本当に可愛くて、いとおしくて、私が本当に「お母さん」になれるなんてウソのようでしたが、あなたが、私を「お母さん」にしてくれました。
 
あなたは活発すぎるくらい、活発でやんちゃで、気性も激しくて、それはそれは手を焼いたし、たくさん心配もしたけど、あんなに大変だったはずの毎日が振り返って思い出すと、楽しいことばかりです。
 
親は子どもを愛して一生懸命育てるけれど、それ以上に子どもは親を愛してくれて、親も子どもに育てられるのだとつくづく思います。
 
この春からは中学生。これからも自分らしい人生を歩んでいってください。
 
2015.05.09
菜乃花(なのか)
みっちゃん
今回のお便りは、神奈川県立磯子高校の授業の一環で「あなたが将来、結婚し、子どもをつくろうと決断。子どもを授かった」と仮定し、その子へ向けて生徒が書いた「未来への手紙」です。
 
私の元へ来てくれて、ありがとう。
 
名前はもう決めてます。「菜乃花(なのはな)」と書いて「なのか」と読みます。
 
由来は、菜の花の花言葉からきています。「快活」「明るさ」「小さな幸せ」「豊かさ」「快活な愛」などその花言葉の意味から、あなたの笑顔で周りの人たちを明るくしてほしいという思いと、「菜乃花」が、私のおなかにいることが幸せで、これから生まれるという喜びも、成長していく姿を見るのも、これから増えていく思い出すべてが幸せという意味でつけました。
 
パパは、「菜乃花」に早く会いたいと言っています。ママも早く「菜乃花」に会いたいです。
 
元気に生まれて、産声を聞かせてね。
 
2015.05.02
まだみぬ赤ちゃんへ
みさこばあば
7月28日に誕生予定の赤ちゃん。こんにちは。
 
私はあなたのママのおばさんです。
 
あなたのママは、中学生の時に、私の姉であるお母さんを病気で亡くしました。それは阪神淡路大震災があった年です。
 
亡くなる少し前に、あなたのママのお母さんは、夫と離婚していたので、あなたのママは、親戚の家族のお世話で、中学・高校・大学を卒業しました。少し、引っこみじあんで緊張屋さん。
 
そのママが、縁あってあなたのパパと知り合い、可愛いあなたが誕生するのです。新米ママなので、お仕事と両立するのは大変でしょうが、パパもやさしい人なので、赤ちゃん、あなたも少し協力してあげてね。
 
あなたのおばあちゃんには、毎朝仏壇の写真に報告していますよ。ママからたくさん栄養をもらってね。
 
7月28日に会えるのを楽しみにしています。
 
2015.04.25
生まれてきてくれてありがとう
印西のばぁば
(りん)、もうすぐ4歳のお誕生日ですね。
 
本当に大きくなりました。パパやママの似顔絵、見ましたよ。上手にかけたね。自転車の練習もがんばってるね。こんなに元気に育ててくれた、ママとパパに感謝だね。
 
あなたがおなかにいて、ママはあしたから産休に入るという日、震災にあいました。ママは職場に残ろうか、それとも自宅に向かおうか迷ったそうです。結局、お友だちの車で10時間以上もかけて家に着いた時は、じぃじもばぁばもどんなにほっとしたことか。
 
そして、ひと月後、あなたは我が家にとって73年ぶりの女の子として、無事に生まれてきてくれました。神さまは教えてくれたんだよ。あたりまえだと思うことが、本当は奇跡の積み重ねだということをね。
 
おままごとも、ピンクの靴もすっかりなじんで、おひなさまを飾るのも手際よくなりました。来月のお誕生日、じぃじもばぁばも楽しみに待ってますよ。風邪をひかずに元気でね。
 
これからも健康に育ってくれるように、おばあちゃんは祈っています。
 
2015.04.18
た・か・ら・も・の
原田朋子
陽菜(ひな)ちゃんがママのおなかにやってきてくれた時、おばあちゃんは「あ~命がつながった……」と、 すごく うれしかったよ。
 
ママは、出産前までつわりがひどくて、本当にかわいそうだったけれど、おなかの中の陽菜ちゃんは、手足をバタバタしたり、しゃっくりをしたり、とっても元気に育ってくれました。
 
予定日まであと少しのころ、おばあちゃんは、海外に行くことになって、帰るまで待っててね と、おなかに向かってお話してたけれど、 陽菜ちゃんは待ちきれなくなって、産声をあげました。ママがつわりで苦しんだ分、生まれてからは楽をさせてくれてるのかなと思うくらいよく寝るし、慣れない沐浴(もくよく)でお顔にお湯がかかっても、全然泣かず、ウトウト眠るような、ホントに手のかからない赤ちゃんでした。
 
あっという間に1歳のお誕生日を迎えたね、おめでとう。いつもニコニコと元気で、お風呂大好きは変わらず、音楽に合わせて手をたたいたり、頭を打たないようにイスの下をくぐり抜けたり、何をしてもおばあちゃんは陽菜ちゃんが可愛くてたまりません。
 
これからも健康に育ってくれるように、おばあちゃんは祈っています。
 
2015.04.11
明るいひかり
あんパンダ
「仲が良すぎる夫婦だと神様がいたずらをして、天使がなかなかやって来ないんだよ!」
 
これは、私が長い不妊治療でもがき苦しんでいた時に、知人が教えてくれた勇気の出た言葉です。そのかいあって、7年目に、仲良し夫婦のまま、笑顔あふれる天使、蛍留(ほたる)くんがやって来てくれました。
 
その名の通り、周囲を明るくしてくれる子でした。そんな笑顔を見ていたら、もう一つ光を見てみたいと、夫婦はぜいたくにも欲を出してしまいました。
 
2度目の挑戦は、以前にも増し大変なことで、蛍留くんの成長、主人の精神力、私の体力、家族一致団結させねばならず、息を切れそうになったことも……
 
でも、そのパワーが勝り、もう一つ光はやって来てくれました! 輝(ひかり)ちゃんは、我が家に更に明るい輝きを放ってくれました。そして、偶然にも、兄妹には、全く同じ左耳に副耳(ふくじ)があり、私はそれを福耳(ふくみみ)と解釈して喜んでいます。お空の上で、仲良く相談したのかな? あの夫婦の所に行ったら面白そうだ☆(苦笑)
 
家族4人たくさん楽しもう。いっぱいいっぱい笑って、周りにたくさんの笑顔の花を咲かせよう。蛍留くん、輝ちゃん、父と母にパワーをたくさん頂戴ね。
 
2015.04.04
ハル君へ
祖々母のアーちゃん
きょうは、ハル君とアーちゃんのお話を書きますね。
 
パパとママがいつものように、あの日曜日もハル君をつれて、アーちゃんのおうちに来てくれました。パパとママは、ハル君を残して、ご用足しに出かけました。ハル君は、ちょっとベソをかいていましたが、猫のタマが何となく寄りそったりして、元気をとりもどして、笑い声をあげるほど、ごきげんになりました。
 
そのとき、アーちゃんは見つけたのです。無心に笑顔をみせる口もとに、しわではない小さなくぼみを見つけたのです。えくぼだと、瞬間思いました。ハル君のほっペに、パパにも、ママにもない、えくぼを見つけたのです。
 
ハル君とアーちゃんだけがもつ、えくぼのつながりに、アーちゃんは舞い上がっています。ハル君は、男の子だからうれしいことではないかもしれませんが、ハル君のえくぼに、アーちゃんはうかれております。
 
大きくなってハル君のえくぼが消えてしまうかもしれませんが、アーちゃんを喜ばせてくれたことは、覚えておいてほしいのです。
 
2015.03.28
たくさん感動してね!
せわずきじいちゃん
理栄子(りえこ)ちゃんへ
 
70歳を過ぎたじいちゃんですが、久々に感動した本と歌に出会ったので、大切な理栄子ちゃんにプレゼントします。歌手として、また文筆家としても有名な、さだまさしさんの「風に立つライオン」です。
 
もちろん、今1歳の理栄子ちゃんに、この本の舞台となっている東日本大震災の記憶はないでしょうが、それはもう日本人の価値観を一変させてしまうほど、想像を絶するできごとでした。理栄子ちゃんが大きくなったら、当時の大変な状況については、お父さんやお母さんに聞いたり、自分でいろいろ調べたりして、具体的な状況を思い浮かべながらこの本を読み、その原点となった歌を聞いてみてください。
 
そして、人と人のつながりが生み出す感動や、人のやさしさ、悲しさが織りなす人生ドラマを、理栄子ちゃんにも感じてもらえたら、本当にうれしいです。
 
理栄子ちゃん、たくさんの人と接し、こうした感動をたくさん味わって、大きくなってくださいね! そして、凛(りん)とした中にやさしさとぬくもりに満ちた女性に育ってね! そして、おおいに人生を楽しんでくださいね!
 
2015.03.21
あなたが生まれてくるまで
ひなたのお母さん
日向(ひなた)が生まれてもう6年。春から小学生ですね。日向が生まれてくるまで、どんな道のりだったかを知っていてほしい。
 
結婚する前から名前は日向に決めていました。いつもポカポカ温かい心を持っていてほしい。誰かの日向になってほしい。そう思っていました。でも、なかなか私たちのところに来てくれなかったね。辛そうなお母さんを見ておじいちゃんと、おばあちゃんが不妊治療にかける費用を援助してくれたんだよ。そのおかげで3回の体外授精の末、やっと日向が来てくれました。
 
でも心拍を確認した次の日に切迫流産になり即入院。自分の意志とは無関係に子宮がけいれんしたあの感覚は、今でも忘れられないくらい怖かった。でも本当にがんばってくれたね! 9日間の入院後はつわりが3日。楽しい妊娠生活だったけど緊急帝王切開になって他の病院に転院したんだよ。
 
点滴もつけたまま、パパの運転で先生たちと一緒に移動して、初めての病院で産むことになったけど、とにかく早く無事に生まれてほしくて必死。その時のパパやおばあちゃんたちも、もう何がなんだか分からないような状態で、今では笑い話です。
 
誰に話してもびっくりされることばっかり起こったよ。今思うと怖いもん! 生まれるまで大変だった分、生まれてからは、本当に手がかからなくて、楽に育てさせてくれてるね。
 
こんなふうに皆の力を借りて、ドタバタの中(笑)生まれて来たことを覚えていてね。
 
2015.03.14
将来の君たちへ
トモヤ
僕は性同一性障がい&精神障がい者。未来に、自分の生きた証を残せるかはわからないけど、きっと愛する人と出会い、君たちにあえるだろうと思って書いてみた。
 
「幸せ」という言葉は何かむずがゆくて、毎日がドキドキするんだろう。僕は「パパ」? 「ママ」? 君たちはどう呼んでくれるかな?
 
僕はね一人っ子だったから生まれてきてくれた君たちが少しうらやましいな。名前は、先に産声をあげてくれた君には「れもん」。そして、お姉ちゃんに負けないくらいの産声をあげてくれた君には「ゆずき」。双子の姉妹だ。2人とも僕の大切な宝物だ。これから、どんどん成長していく君たちを僕はずっと見守って行くよ。君たちは小さな手を、僕と愛する人に差し伸べて満面の笑みを見せてくれる。いつか、僕たちのことを「パパ」「ママ」って呼んでくれた日には涙が出るくらいうれしいだろうな。
 
「家族」って言葉に憧れた日。自分の障がいで母さんを悩ませた日。家庭が崩壊しかけた日。僕にはお父さんがいないから、頑張って働いてる母さんを見た日。そんな母さんを僕は誇りにおもう。だから、僕もいつか母さんのような親になりたい。
 
「れもん」「ゆずき」。君たち2人と愛する人を守れる人になりたいな。  この思い、いつか君たちに届く日を夢見てる。
 
2015.03.07
もうすぐ逢えるあなたへ
スーちゃん
あなたには、兄姉が3人います。でも、あなたがこの世に生まれたときは、パパとママには初めての子どもです。パパとママはがんばったんだよ。でもこの世に生まれることができなかった兄姉のぶんまで、あなたはがんばってパパとママのところに来てくださいね。
 
あなたがおなかにいることがわかったときから、パパは安静が必要なママの代わりに、家事やいろいろなことにがんばってくれているよ。ママは車と電車を乗り継いで、片道2時間かけて1週間に1度、病院に通院してあなたに会える日を楽しみにしているよ。
 
ママは時々不安で落ち込むときもあるみたいだけど、おなかの中のまだ小さい小さいあなたの写真を見て、笑顔を取り戻しているみたいだよ。おばあちゃんは、ただあなたの無事と、パパとママのがんばっている姿に、手を合わせて祈ることしかできないけど、きっと、あなたには見えているよね。あなたに会える5月の予定日まで、おなかの中からパパとママを応援してあげてね。
 
元気で生まれてくるんだよ。みんな待っているよ。
 
今度おばあちゃんがあなたへの手紙を書くときは、元気で生まれてきてくれてありがとうと、伝える手紙だよ。
 
2015.02.28
宝物
クルスニク
私は、2013年6月16日に結婚をして、翌年の2月26日に妊娠が分かりました。それまで吸っていた、たばこをやめて、おなかの赤ちゃんのために食生活に気をつけるようになりました。初めての妊娠でわからないことも多く、出産までのおよそ10か月間の過ごし方などを産婦人科の助産師さんや、看護師さんたちにアドバイスしてもらいながら、楽しく毎日過ごしていきました。
 
妊娠1か月、2か月と過ぎていく中で、エコーでおなかの赤ちゃんの成長具合や、体重を見て、私の場合は小柄なこともあり、小さめな赤ちゃんであることがわかりましたが、順調に育っているので問題はなかったです。
 
胎動を感じ始めたのは、5月24日で、グニョ、ポコッていう感じで、元気に頑張っているんだなってすごく実感がわきました。出産予定日の10月23日が近づいてくるとドキドキしながら待ち、予定日の2日後の25日の午前2時32分ごろに軽い陣痛があり、その日の夕方6時13分に女の子が生まれました。微弱陣痛で、吸引分娩でしたが、出産のとき、とても痛かったのを覚えています。
 
産まれた瞬間の赤ちゃんは、目を見開いてキョロキョロしていました。その後に元気な産声をあげ、私は無事に生まれてきてくれたこと、私を選んできてくれたことでいっぱいになり、とても感動しました。
 
女の子の名前は優衣(ゆい)。優しい子に育って欲しいという思いで名付けました。生まれてきてくれて本当にありがとう。
 
2015.02.21
未来を生きる京子ちゃんへ
タミばあちゃん
京子ちゃんは、結婚して8年目にやっと授かりました。永田家は代々男の子ばかり。京子ちゃんは、初めての女の子で、おじいちゃんは、〝待望の女の子″と、とても喜んでいました。
 
しかし京子ちゃんが生まれると、すぐにお母さんは産後うつになり、育児が出来なくなりました。そこで、おじいちゃんとおばあちゃんが育てることにしました。おばあちゃんは68歳、おじいちゃんは64歳でした。老齢の育児は困難なことばかりで、綱渡りの日々でした。おじいちゃんは京子ちゃんが可哀そうと言って、時々泣いています。でもおばあちゃんは泣きたくても、女ですから泣きません。京子ちゃんも女に生まれたので、強くなってください。女性は昔に比べて強くなったとはいえ、まだまだ弱い立場に置かれています。どうかたくましく生きてください。
 
京子ちゃんが寝返りを始めた5か月のころ、大きな声を発して顔を赤くし4回も5回も寝返りを試み、やっとできたときはとても感激しました。京子ちゃんは、根性のある頑張り屋さんだと思いました。おとなになったら、人のため、世のために尽くせる人になってください。あなたの未来が輝きますように微力ながらおばあちゃんも応援します。
 
2015.02.14
天使の羽
さくら
なかなか子どもに恵まれなかったママは、あなたがママのおなかにやって来た時、本当にうれしくてうれしくて大泣きしました。
 
おなかの中であなたは元気にすくすくと成長していました。そんなあなたは、ママのおなかを蹴るのではなく、すりすりしていましたね。結構ママはそのすりすりが好きでした。この癖は、今だにやるときがありますね。
 
つわりもそんなにひどくなく、順調に出産準備をしながら過ごしていました。ところが、いざ生まれて来るときに、ママはあまりの痛さに意識を失ってしまいました。緊急で大きい病院に運ばれて、何とか母子共に無事であなたは生まれて来ました。それはそれは、大変なお産になってしまいました。
 
でも、あなたは、小さい体で大きな声をあげて生まれて来たそうです。生まれてすぐにパパがあなたの写真を撮ってくれたのですが、その時、パパにはあなたの背中に羽が生えているように見えたと言っていました。不思議なことにその写真は真っ白い光の中に、あなたがいるように写っていました。
 
あなたは、パパとママにとって大切な大切な宝物です。あなたは、日々、元気に成長しています。これからも、どんどん成長していってくださいね。パパはあなたといっしょにお酒を飲めるのを楽しみにしています。
 
2015.02.07
しあさってのジョーへ
けんにいちゃん
生まれたのは男の子、名前は「じょう」。
 
と、知らされたけんにいちゃんは、伯父さんとしては出産祝いを贈らないわけにはいかない。それには「あしたのジョー」の漫画しかないと思い立ち、すぐさま本屋に走ったんだ。でも、全16巻をそろえるとなると大変で、6、7軒は回ったよ。もちろん古本屋をな、へへへへへーー。
 
早いものであれから丸9年がたち、そんなエピソードを聴かされたじょうは、さっそく押し入れでほこりをかぶっていた「あしたのジョー」と対面して、いま夢中になって読んでるもんな。けんにいちゃんは、贈った甲斐があったと喜んでいます。
 
実は、あのエピソードには続きがあって、けんにいちゃんが「この子は将来ボクサーになって、世界チャンピオンになるんだ!」と、ひとりで盛り上がっていると、みつこおばあちゃんが、こんなふうに言ったんだ。
 
「じょうにボクシングなんかさせません。やりたかったら、あんたがやりなさい」って。ホント、女ってやつは、男のロマンがわからないよな。じょうもそう思うだろ。
 
というわけで、じょうよ、世界を目指すんだ! 今度、本物のボクシングに連れて行くからな!
 
いつも遊んでくれてありがとう。
 
2015.01.31
1歳のお誕生日おめでとう
田中章子
1年前の朝、お父さんからの「生まれました」の電話をおばあちゃんは懐かしく思い出します。真夜中にお母さんのおなかが痛くなり、お父さんと、お母さん、そしてあなたと3人で一晩頑張りました。お父さんが立ち会えるように、あなたはちゃんと日曜日に生まれてきてくれました。そしておっぱいをいっぱい飲んで、すくすく育っていきました。
 
ところがしばらくして、お母さんの体調が悪くなってきたのです。お母さんはあなたのお世話を精いっぱい頑張っていたのですが、とうとうあなたをだっこすることもできないほどしんどくなりました。
 
あなたと離ればなれになることはとても辛くて悲しかったけれど、病気を治すことが一番と、お母さんは入院する決心をしました。お母さんは病気と一生懸命闘いました。立派だったよ。退院の時、先生にも「よく頑張りました」とほめていただきました。我慢強いお母さんの様子と、いいこでお留守番をしているあなたの姿に、おばあちゃんは何度も泣きそうになりました。
 
そしてきょうはみんなそろってのお誕生日会。お父さんとお母さんからのプレゼントは童謡のCDです。添えられたカードには「心優しく健やかに育ってね」と書かれていました。みんなに囲まれてあなたはにこにこ笑っています。きっと心優しい頑張り屋の女の子に育ってくれることでしょう。お母さんに似て、ね。
 
1歳のお誕生日おめでとう。
 
2015.01.24
ひなちゃんへ
くまモン大好きばあば
もうすぐ、1歳のお誕生日だね! おめでとう! 日を追うごとにできる事が増え、言葉も増え、ばあばに抱きついてくるあなたが、ばあばは可愛くて仕方ないよ。
 
予定日より6日早く、難産の末、仮死状態で生まれたあなたは、保育器に入ってたね。その姿を見たばあばは、昔亡くした次女を思い出して、涙があふれたよ。
 
あなたのママには妹がいたのよ。その子はとても小さく生まれて、何か月も保育器に入っていたよ。心臓が悪くて、一生懸命生きようとがんばったけど、2歳のお誕生日を目前に天国にいってしまったの。
 
だからばあばは、あなたが生まれて来るまで心配で……。幸いあなたは予定通り退院して、健やかに育ってくれてるね。安堵してるよ。
 
ひなちゃん、ばあばの孫に生まれて来てくれてありがとう! あなたのママのように、優しく心の強い女性になってね。
 
2015.01.17
直歩ちゃんへ
おばあちゃん
直歩(なお)ちゃんがもうすぐ9か月というときに、お母さんが急に1週間の入院をすることになりましたね。
 
それまで、お母さんとベッタリの生活、完全母乳という日々だったので、おばあちゃんは、ミルクは飲むだろうか、お母さんの姿が見えなくて泣いてばかりになるのではないか、などすごく心配しましたよ。それでも、とにかくお父さんと協力して頑張ろうと思いました。
 
幸い直歩ちゃんはミルクを飲み、元気一杯の日々で、お見舞いに行った病院で母乳を飲ませてもらうこともでき、おばあちゃんはホッとしました。お母さんも最短コースで退院することができたこともうれしかったです。
 
直歩ちゃんをだっこして病院に行ったり、買い物したりの日々は「できるかな」という不安がありましたが、実際に体験してみると楽しいことでしたよ。直歩ちゃんと2人の時間を過ごして、おばあちゃんは決心したことがあります。それは、おばあちゃんはズーッと直歩ちゃんを守ってあげるということ。力は無いかもしれないけれど、どんなことがあってもズーッと直歩ちゃんの味方でいようと思ったことです。
 
直歩ちゃん、名前のように元気にまっすぐ大きくなってね!
 
2015.01.10
未来の赤ちゃんへ
枚方市立蹉跎(さだ)中3年 藤田真平
今回のお便りは、授業の一環で「あなたが将来、結婚し、子どもをつくろうと決断。子どもを授かった」と仮定し、その子向けに書かれた「未来への手紙」です。
 
僕が将来誰かの父親として過ごすことがあったなら、子どもに素直で元気な人に育ってほしいと思います。
 
自分のやりたいことをして、でも道を外すことなく、嘘をつかないような、とても素直で、誰とでも分け隔てなく接することができるような、心優しく、活発な人に育ってほしいです。
 
僕は子どもが将来、この親のもとに生まれてきてよかった、自分は幸福であると思えるようになってほしいです。
 
もし自分の子どもに名前を付けるなら「勝優」(勝負に勝つと優しい)で、「かつあき」という名前にしたいです。これは、自分自身の弱みに打ち勝って、なおかつ他人には優しくなれるような人になってほしいからです。
 
とにかく子どもには幸せになってほしいです。
 
2015.01.03
俺の子どもへ
枚方市立蹉跎(さだ)中3年 川辺汰壱(たいち)
今回のお便りは、授業の一環で「あなたが将来、結婚し、子どもをつくろうと決断。子どもを授かった」と仮定し、その子向けに書かれた「未来への手紙」です。
 
俺はお前に、やさしい子になってほしいと願う。やさしくて、思いやりがあって……とにかく心がきれいな子になってほしい。
 
そして何より自由に生きてきてほしいんだ。いつかお前は自分の夢を持つようになると思う。俺は、それについて何の口も出さないつもりだ。お前は俺たちのころは考えずに、自分の幸せをつかんでほしい。子の幸せが親の幸せ、お前の夢が俺たちの夢でもあるんだよ。
 
俺たちはお前を大切に育てる。お前が生まれた後、「一番大切なものは何ですか?」という質問をされたら、確実に俺は「子ども」と答えるだろう。それだけ子どもってのは親からしたら大切なものなんだよ。お前が女か男かもまだわからない。だが俺はどっちにしろ大切に育てるからな。おそらく親バカになると思うから、何度かはずかしい思いをするかもしれないが、それだけ愛してるってことだからな。
 
くいのない人生を。
 
 
2014.12.27
大輔へ
枚方市立蹉跎(さだ)中学校3年1組 伊藤優太郎
今回紹介するお便りは、中学生が授業の一環として「あなたが将来、結婚し、子どもをつくろうと決断。子どもが授かった」と仮定して、その子どもに向けた「未来への手紙」を書いてみようという趣旨で書かれたものです。
 
大輔、やっと生まれて来てくれたな。大輔が生まれて来る前から、僕はうれしいこともあったし、つらいこともたくさんあった。もう毎日とても大変だった。でも、そんな大変な時に、僕はいつも大輔が生まれて来ることを考えていたんだぞ。
 
最初は本当びっくりしたな。お医者さんに、大輔がおなかにいますよって聞いた時は。それはもう幸せだった、今までで一番幸せだった。それでな、僕はその時思ったんだ。大輔は、どんなことがあっても、僕が守るって。
 
あれから10か月、本当にいろんなことがあった。時には社長に怒られたし、時にはママとケンカしたし、時には熱で仕事を休んだりしたし、本当にいろんなことがあったけど、本当に生まれて来てくれて、ありがとう。
 
これから毎日楽しく過ごそうな。 
 
2014.12.20
初産
あんこ
まさき、無事に生まれてくれてありがとう。妊娠13週のとき、仕事も家庭も妊娠も頑張り過ぎて多量に出血。夜中の病院であなたの心臓がイソギンチャクのように、ドクンドクンドクンと動いているのを見て大泣きしました。
 
妊娠20週のとき、ケーキを食べた私のおなかの中で、規則正しくトクントクントクンとしゃっくりをしました。うれしくて早くあなたに会いたいと思いました。するとあなたは、本当に私の中から出てこようとしました。急いでおなかをなでながらまだ待っててね、大きくなってでてきてね。何度もお願いをしました。あなたは、なんて素直な子どもでしょう。私のおなかから出てこられないぐらい大きくなって予定日を過ぎ、結局妊娠41週と5日に生まれました。
 
あなたの声を聞き、あなたを見たとき、目から知らぬ間にツツツーと涙が出てました。それから半年。どんぐり眼で私のおなかの上を自信満々ではいはいをするあなた。抱き上げるとギュッと私の首に巻きつく柔らかな腕。大きな自分の声を聞いて笑っているあなた。あなたが、いとおしくてたまりません。
 
泣きあり、笑いあり、ズッコケ母ちゃんだけれど、素直なあなたを産んで幸せです。
 
2014.12.13
生まれたばかりの莉香(りこ)
あいかわのおじいちゃん
6月のまばゆい陽(ひ)に向けて 豊かな時を刻みながらその日の未明 あなたは生まれた ここの世界にちっちゃなヴィーナスのすがたになって
 
ママの名はユカリ きっと一身に痛みとよろこびとを同時に知ったママ だからあなたもここの世界に よろこびと痛みをともに感じて生まれた
 
パパの名はタロー ここの世界は明るいばかりではないけれど間違いなくあなたは愛の化身
 
このいっぱいの緑に香る風も ずっとあなたを待っていた 遠くからの あふれるほどのメッセージを届けるために
 
そのメッセージの1通が今 あなたのちいさな耳もとに そっと触れるすこやかに育ってね とささやいて
 
2014.12.06
ひいくんへ
ひいくんのお母さん
ひいくんがおなかにやってきた時、お母さんは「無事に生まれてきてくれればいいよ」と思いました。そして、ひいくんが無事に生まれてきてくれてからは「健康に育ってくれればいいよ」と思いました。
 
それなのに、ひいくんが1歳を迎えた今は、あの子はもうおしゃべりできるのに。あの子はおとなしくごはん食べてるのに。どうしてひいくんはできないの? と思うようになってしまいました。
 
ひいくんができないことを数えて悩んでました。けど、違うよね。ひいくんができるようになったことを、数えて一緒に喜んでいくのが幸せだよね。だってあんなに小さかったひいくんが、自分の手足でよいしょとつかまりだちし、お母さんにニコニコほほ笑みかけてくれるようになったことが奇跡なんだもの!!
 
お母さんだって「あのお母さんはできるのになんであなたはできないの?」なんて言われたら悲しくなっちゃうよ。そんな当たり前のことが見えなくなっていたよ。
 
今、ひいくんがすやすや眠る顔を見ながら、この気持ちを忘れないように手紙を書きます。一緒にゆっくりでいいから、できること増やしていこうね、ひいくん。
 
2014.11.29
22年前 誕生したばかりの君へ
やぎ
君は、自分の誕生が、成長が、命そのものが、私たち両親をなにほど変えていくか、まだ知らないでしょうね。お母さんのおなかから離され、1人で呼吸して生きていこうと一生懸命だったものね。私は本当に弱くて、不安を募らせるばかり。「出産」を自分も普通にできるものと疑いもしなかった。
 
なのに臨月に入ったばかりの定期健診で、エコーを診た先生が「赤ちゃんが息をしていない!」と。即帝王切開になった。ただただ、混乱した。携帯もない時代、お父さんに連絡がつかず、おじいちゃんが承諾サインをし、2時間後には手術。局部麻酔で、もうろうとしながらも音は全て聞こえていた。自分の体から大きなモノが取り出され、先生方がパンパンたたく音がたまらなかった。
 
「お願い、声をあげて! 息をして!」と動けないまま願い続けた。そして「オギャー」と、か細い声が聞こえた瞬間、涙がせきを切った。君はすぐにNICU(新生児集中治療室)に運ばれていった。およそ1か月後、不安を抱えての退院、一喜一憂の生活が始まった。度々の緊急入院、ほかの子より遅い成長など、語り尽くせない。それでも確実に「笑い」と「安心」が増えていっていた。
 
そんな君が、22年後、元気で立派な大人になっているんだよ。君はお父さんお母さんに数えきれない大切なことを教えながら、22年目の誕生日を迎えているよ。素晴らしいよ。大丈夫、安心して、ゆっくり育っておいで。
 
2014.11.22
愛しい明日加ちゃん
あっちゃん
明日加(あすか)ちゃん、1歳のお誕生日、おめでとう。
 
明日加ちゃんは、ばあちゃんの18年ぶり、3人目にして、初めての女の子の孫として生まれてきました。お母さんがあなたを身ごもった時、色々と心配していました。お母さんは40歳、高齢での初産。世間では出生前診断の是非論、また、風疹が大流行していました。元気に生まれてくるだろうかと……
 
お母さんのおなかの中ですくすくと育ったあなた。いよいよ出産の日がやって来ました。思った以上に陣痛が長引き、2人のおばあちゃんたちが交代でサポート。26時間後、あなたは誕生しました。もう、うれしくて助産師さんに抱かれたあなたとの対面、涙がこみあげて来ました。1か月健診の後、お父さんの待つ山口へ帰って行きました。
 
ミルクを飲み、目が見え、笑うようになり、寝返りをし、離乳食も食べ始め、毎日毎日成長していく様子を、お母さんがメールや電話で知らせてくれていたので、成長が手に取るように見えるようで、同じくらいの赤ちゃんを見ると、あ~この位なんだな~と思ったり。最近はあちこちへ移動したり、あれこれイタズラもし、お母さんを困らせている様子ですね。でも元気な証拠! 頼もしい限りです。
 
お父さん、お母さんはじめみんなの愛情を一杯受け、元気で、やさしく、思いやりのある女性に育ってください。ばあちゃんは70歳を超えていますが、出来ればあなたの花嫁姿を見るまで元気でいたいと思っています。
 
2014.11.15
待ち望んで生まれたのよ
可愛い3人のママ
我が家の3人の可愛い子どもたち。お姉ちゃんは10歳。お兄ちゃんは8歳。そして今月、初めての誕生日を迎えるおちびさんのあなた。
 
3人の子どもが欲しいと、結婚した時にパパと話していました。ママは、あなたを妊娠する4年前、おなかの中で育たなかった赤ちゃんとお別れし、そのもう少し前にも悲しいお別れをしていました。どうやら、ママの体が赤ちゃんが育ちにくい環境になっていたことが分かりました。お医者さんに通ってもう諦めかけた時、あなたの妊娠が分かりました。
 
嬉しくて嬉しくて、涙が出てきました。だけど、妊娠8か月まで出血が続いて、気が気ではありませんでした。それでも、あなたはママのおなかの中で立派に成長してくれて、元気に生まれて来てくれました。本当にうれしくて感動しました。周りでは、兄弟の年齢差にびっくりした人もいるけど、ママたちはあなたに待ちに待って望まれて生まれて来たんだよって、胸を張って育って欲しいと思います。お姉ちゃん、お兄ちゃんもあなたにメロメロです。
 
もうすぐ、あなたの初めて誕生日がやってくるね。元気に育ってくれてありがとう。おじいちゃん、おばあちゃんたちと、盛大にお祝いするからね!
 
2014.11.08
愛するあなたへ
あなたのばあちゃん
ことし12歳になるあなたは、生後2日目に乳児院に入り、1歳半の時、今のお父さん、お母さんのところへ来ました。初対面の時、目をくりくりさせ、キョトンとしていましたね。
 
お父さん、お母さんは、里親探しを行っている家庭養護促進協会へ通い、あなたと巡り会いました。生後8か月の時、毎日新聞大阪版の「あなたの愛の手を」シリーズに顔写真が載りました。「あさこちゃん」として紹介されていましたね。
 
何回か乳児院でのスキンシップ、週末里親のお泊り体験を経て、その後家庭裁判所のお世話で「特別養子縁組」が成立し、晴れて娘夫婦の子、私たちの孫になりました。優しい両親、あなたは本当に幸せです。
 
しかし、きょうここに至るまで、私の娘であるあなたのお母さんは、神経内科に通うほど大変なのですよ。おなかを痛めた我が子でも思い通りにならないのですから、いきなり母親になるのは、並大抵のことではありません。幼稚園の時、どうもほかの子たちと違うところが目立ち、人の言うことも聞いていないようなので、市のサポートセンターを訪ね、自閉症であることがわかりました。出自、発達障害、ふびんなあなたに涙したものです。
 
絵を描くのが好きで、心のやさしいあなたです。これからいろんな困難もあるでしょう。今でもことあるごとに助けを求めてくるお母さんのためにも、じいちゃん、ばあちゃんは老骨にむち打って力になるつもりです。
 
2014.11.01
生まれてきてくれてありがとう
渡部ゆかり
あなたがおなかにいることが分かる少し前、ママは夢を見ました。小さな子がマンションから出てくるパパとママを遠くから見ていて、「2人の子どもに生まれることを、すごく幸せだと思う子にもうすぐ会えるんだよ」ってニコニコしているの。その夢を見た2週間後に、あなたがおなかにいることが分かりました。とっても不思議だったけど、あの子はきっとあなただったんだと思っています。
 
2か月前、ママは初産だったにもかかわらず、あなたは4時間という早さで生まれてきてくれました。まるで「こんな狭いところから早く出るんだ! 生きるんだ!」という強い意思が伝わってくるかのように。そして生まれた初日からおっぱいを片時も離さず飲んでいて、うまく飲めないときの泣き声は人一倍。そんなあなたは何ごとにもせっかちで、食べることに貪欲で、生きるエネルギーがあふれている、あなたのパパによく似ているの。今もおっぱいをくわえたままスヤスヤ眠るあなたを見て、プッと吹き出しながらママは幸せを感じています。
 
あなたが生まれてきてくれて、自分の世界がとても鮮やかになってきたと感じています。忙しい毎日に追われて、いつの間にか生きる喜びや未来への希望を忘れかけてしまっていたけれど、何もかもがキラキラしていた小さいころを取り戻すように、あなたがそれを思い出させてくれています。
 
まーくん、ママのところに生まれてきてくれてありがとう。大好きだよ。
 
2014.10.25
一緒に歩こう
すぎの木
あなたは、パパの透析治療が日に日に近づく中、私たちのもとへ降りてきてくれました。通院のたびに状態が悪化していき、そんな中あなたは私たち家族の希望でした。
 
ある日の妊婦健診を終え、元気なあなたの様子をパパに伝えると、本当にうれしそうに笑ってくれたのをよく覚えています。ついに透析なしでは生きられなくなったパパの体を思う一方で、ママのおなかの中ではあなたが元気に動き回っていて、命の不思議さと、そして尊さをあの時つくづく実感させられました。
 
そして去年の夏、無事あなたを出産、その4か月後にパパは腎移植。周りの家族の支えもあって皆でこの大きな試練を乗り越えることができました。
 
手術が近づくにつれ、ママは不安でいっぱいだったけれど、パパは弱音ひとつ吐きませんでしたよ。これからお姉ちゃんとあなたの成長をたくさん見たいから、前だけを向いて歩いていたように思います。あなたたち2人の存在がパパとママを強くしてくれましたよ。ありがとう。
 
あなたはもう1歳。ご飯をよく食べ、元気に動き回って、お姉ちゃんに負けないくらい大きな声も出せるようになりましたね。毎日バタバタで正直ホっと息つく間もないくらいで、疲れることも……。だけどママもパパもこれが幸せ。当たり前の毎日が、当たり前に送れることに感謝しながら、これから一緒に歩いていこう。
 
2014.10.18
いつか生まれて来る君に
おこん
お父さんもお母さんも、君がおなかに宿ってくれる日を待っていますよ。お父さんとお母さんは早く一緒になりたくて、まず二人で暮らし始めました。若い二人は生活するだけで精一杯だったと思います。でも、4か月後、私たちに約束した通り、籍を入れ、1年後結婚式をあげました。かわいいお嫁さんに、すらっとしたお婿さんでお似合いのカップルです。
 
お母さんは小さい子が大好きで、自分に妹ができたときは、大喜びで「抱かせて!」と何度もねだっていました。だからかな……、今は保育士です。お父さん、お母さんはともに働き者で、3年たって、今は生活も少しずつ安定してきて、ようやく家族がもう1人ほしいなと思えるようになりました。友だちが結婚し、赤ちゃんが生まれると自分のことのようにお祝いに行ってます。でも、自分に赤ちゃんができればこんなうれしいことはないと、言っています。だから、あとは君が現れるのを待つだけです。
 
いつか生まれてくる君に、お父さんもお母さんもそして、おじいちゃん、おばあちゃんもエールを送っていますよ。
 
2014.10.11
ぶぅ? ぶぅ?
姫ばぁ
「ぶぅ? ぶぅ?」
 
生まれて10か月の初孫、七穂(ななほ)ちゃんの最近のお気に入りの言葉だね。離乳食を食べては「ぶぅ? ぶぅ?」。これは「おいしいよ!」かな? 本棚から本を全部出して「ぶぅ? ぶぅ?」は「やったー。全部出せた!」かな? 愛犬のふーちゃんを見て「ぶぅ? ぶぅ?」は「可愛いね」かな?
 
姫ばあは、いつもそうやって想像して聞いてますよ。もしかしたら、「ちがうよー」って言ってるかもね。とにかく全部「ぶぅ? ぶぅ?」だね。ほんとにかわいい「ぶぅ?ぶぅ?」です。
 
姫ばあは、どこから「ぶぅ? ぶぅ?」が、やってきたのか不思議でたまりません。だって誰も教えていないのに、七穂ちゃんが、気持ちや感情を表現するときに出す言葉なんですもの。きっと宇宙から届いた、たった一つの大事な言葉だと思っています。
 
これから、いっぱい、いっぱい言葉を覚えていく七穂ちゃん。その言葉をいっぱい、いっぱい聞かせてね。姫ばあは、楽しみでしかたありません。どんなおもしろい、びっくりするような言葉が飛び出してくるのか、わくわくします。
 
「ねえねえ、姫ばあ、聞いてえ」って七穂ちゃんが、言ってくれる日はきっともうすぐね! 「なあに? なあに?」って言える日を待ってるよ。
 
2014.10.04
45歳のあなたへ
静 澄子
あなたは予定日より1か月早く生まれた1,800グラムの小さなかわいい赤ちゃんでした。保育器の中で精一杯生きようとしていたあの時のあなた。何の心配もなくすくすくと育ち、入園・入学。
 
ところが、入学前の健診の結果、校医より思いもよらない言葉を伝えられたのです。心臓に雑音が聞こえます、20歳まで危険ですと……。目の前が真黒になり信じられませんでした。病院で再検査をし、手術することを決めたのです。
 
心配していたあなたは、立派に成人し、良きパートナーに巡り会いました。今は亡き父とバージンロードを歩いていた、あの時のあなたの笑顔は忘れることはできません。きっと幸せになるんだよと胸をなでおろしました。
 
2児の母となり、すばらしい家庭を築いているあなたに、今はただ健康でいてほしいと思います。たまには孫と遊びに来てください。生まれてきてくれてありがとう。
 
2014.09.27
大きな産声に涙
藤山順子
家族でタイに行ってもう3か月になりますね。ゆきなちゃんが生まれてもうすぐ6年。
 
お日様がカンカン照る夏の暑い朝、ママが検診に行ってすぐ「もうすぐ生まれるから」と電話がありました。ばぁばは、予定日までまだ1か月もあるのにとびっくりしました。
 
兄ちゃんの手を引いて病院にかけつけてしばらくすると、2,190グラムの小さい赤ちゃんが生まれました。低体重児といって大きな病院に行かないといけないかもしれないと、看護婦さんに言われ、とても心配しました。
 
でも1時間ほどして、「体は小さいのに元気で一番大きな声で泣いているので、大きい病院に行かなくても大丈夫ですよ」と言われた時は、涙がポロポロ出ました。いっしょに行ったお兄ちゃんと、新生児室でゆきなちゃんを見ていて、ばぁばが泣くのを、お兄ちゃんは不思議そうな顔で見ていました。
 
翌日、ばぁばは第1号の手紙を書きました。4歳になる兄ちゃんがうれしそうに、ベッドのそばで大きな声で元気よく読んでくれました。兄ちゃんは、ゆきなちゃんが生まれて来るのを楽しみにして、いつもおなかをさすりながら、幼稚園のことなど、いろいろとお話をしていたと、ママから聞きました。退院の日、雨あがりの空に大きな虹がかかって、ゆきなちゃんの誕生を祝福してくれているようでした。
 
2年後、どんなお姉ちゃんになってタイから帰ってくるのか楽しみに待っています。
 
2014.09.20
子どもが生まれたら
伊藤優太
この手紙は高校の授業のなかで「あなたが将来結婚をし、子どもをつくろうと決断して、子どもを授かった」と仮定し、その子ども向けに手紙を出すとの趣旨で書かれました。
 
僕は子どもに優しい子に育ってほしいと思います。他人の痛みがわかり、どんな人に対しても優しい人に育ってほしいです。立派な人になれとは言わないけれど、真剣に生きてほしいです。
 
命は限られたものだから、大切に生きてほしいです。何でも好奇心を持って挑戦して自分の人生を切り開いて行ってほしいです。そして、悔いのない人生にしてほしいです。
 
子どもの名前は、男の子だったら「優(ゆう)」と付けたいです。僕は、子どもが生まれたらいろんなところにいっしょに行きたいと思います。公園に行ってたくさんの遊具で遊んだり、ボール遊びをしたり、自転車の乗り方を教えたいです。
 
ほかに遊園地に行っていろんな乗り物に乗りたいです。男の子だったら、サッカー観戦や、野球観戦に行きたいと思います。子どもが大きくなったら、何でも話し合える親子になりたいと思います。
 
今から楽しみです。
 
2014.09.13
わたしと将来の旦那さんの赤ちゃんへ
阿部稜子
この手紙は高校の授業のなかで「あなたが将来結婚をし、子どもをつくろうと決断して、子どもを授かった」と仮定し、その子ども向けに手紙を出すとの趣旨で書かれました。
 
あなたがおなかにいるとき女の子と分かり、あなたの名前を「咲華(さきか)」と決めました。あなたの一生が華やかになりますようにという願いを込めてです。咲という字は、あなたが春生まれだから。そして、春の花のようにのびのびと育ってほしいと思うからです。
 
あなたが生まれたとき、おばあちゃんもおじいちゃんも大喜びしました。あなたの誕生日は、わたしがママになった誕生日。パパもパパになった誕生日。本当にうれしいです。
 
あなたがいてくれることで今も笑顔になるし、毎日の笑顔が増えていきます。あなたには、いろいろ願いたいことがあるけれど、一番は健康でいてほしいです。わたしは素直でないところがあるけれど、あなたはパパに似て素直な子に育ってくださいね。
 
これからいろいろ大変なことがあると思うけれど、いつでもママとパパは咲華の支えになるから頼ってきていいんですよ。だって、ママとパパの子どもは世界に一人、咲華だけで、咲華のママとパパも世界にここにしかいないんですからね。
 
ママとパパは咲華に出逢えてとても幸せです。生まれてきてくれてありがとうね。一生の宝物です。一生大切にします。大好きです。ママとパパより
 
2014.09.06
生まれくる君へ、育ち行くあなたへ
加藤朱桜(あけお)
この手紙は高校の授業のなかで「あなたが将来結婚をし、子どもをつくろうと決断して、子どもを授かった」と仮定し、その子ども向けに手紙を出すとの趣旨で書かれました。
 
私のおなかの中にあなたがいるとわかったとき、家族みんなが飛び上がって喜びました。私自身は涙が出るぐらいうれしい半面、不安でいっぱいになり、眠れなかったことを今もよく覚えています。
 
妊娠がわかってから1、2か月は、自分がお母さんになるという実感が全くわきませんでした。しかし、おなかが大きくなるにつれて、私の体には私の命とあなたの命、二人分の命があるんだ、家族が増えるんだ、お母さんになるんだと実感しました。
 
あなたが生まれてくるまで、あなたのパパと毎日のように、あなたに語りかけていたことがあります。みんないつでもあなたのことを笑顔で待っているから、元気に生まれてきてね、それだけでママとパパはうれしいです。あなたには届いていましたか? きっと届いていたんだね、あなたは大きな産声をあげて元気に生まれてきてくれました。痛みを忘れさせてくれるくらい大きくて元気な産声でした。あなたが生まれてきてくれたことは、今までで一番、いやこれからも一番、うれしくて一生忘れません。
 
私とパパは、あなたに、みんなに優しくできて、あいさつができる、ありがとうと、ごめんねを言える素直な子に育ってほしいです。一番はやっぱり元気よく健康に育ってくれること、それだけで十分です。
 
最後に、本当に生まれてきてくれて、私をあなたのお母さんにしてくれてありがとう。
 
2014.08.30
記念日が誕生日
来栖早紀
妊娠7か月のある日、お母さんはおなかが痛くなりました。病院に行くと、あなたはお母さんのおなかの中で元気に育っていました。でも、お母さんのおなかから外の世界へ出ようとしていたのです。
 
それからというもの、お母さんはあなたがおなかの中で心地よく暮らせるように、仕事を辞めてお薬を飲みながら寝たきりの生活を送りました。お父さんはお母さんが休めるように、仕事から帰ってくると洗濯をして夕飯も作ってくれました。
 
おじいちゃんたちとおばあちゃんたち、伯父さんは、心配して会いに来てくれたり電話をかけてきてくれたりしました。
 
そして、みんなが待ちに待った臨月になりました。いつも「まだおなかにいてね」と言っていたけど、初めて「もういつ出てきてもいいよ」と、おなかにいるあなたに言いました。
 
2か月ぶりの外食、お父さんとのデート、買い物、部屋の片付け、ずっと出来なかったことを全てやりきった次の日。予定日より少し早く、お父さんとお母さんが恋人同士になった記念日に、あなたは生まれてきてくれました。
 
4年目の記念日が、あなたの誕生日になり、お父さんとお母さんは幸せいっぱいになりました。生まれてきてくれて、みんなに幸せをありがとう。
 
2014.08.23
まなちゃんへ
なべ
きょうはまなちゃんの生まれた日になります。
 
あと何日待つのかなと思っていましたが、急にお母さんのおなかを切って生まれることになりました。お父さんもお母さんもまなちゃんに会いたくて会いたくてたまりませんでしたけど、まさかきょうだとは思っていなかったので、心の準備ができていなく、びっくりです。
 
お父さんは今、お母さんがまなちゃんを産んでいるのを待っているところです。こんなにうれしいことは初めてなので、とっても不思議な気持ちです。会えるのがうれしくて、うれしくて涙が出ます。
 
きっともうすぐ扉の向こうから、生まれて初めてのまなちゃんの泣き声が、聞こえてくるはずです。思いっきり泣いてください。お父さんにも聞こえるように思いっきり泣いてください。まなちゃんが産まれたことを、世界中の人に知ってもらえるように、思いっきり大きな声で泣いてください。
 
待っています。待ち切れません。大好きです。まなちゃんのお父さんは、世界で一番まなちゃんのことが大好きです。
 
2014.08.16
未来の僕へ
浪久千春
ひつじ年に羽をつけて生まれてきた、翔生(かける)へ。
 
ことし初めに、真っ赤な立派な革の手帳を手にした君は「僕の手帳」と決め、大事なことを書き綴って来ましたね。
 
もっぱら、今大事なことは、新5年生になって面食らうほど増えた塾の勉強のこと。今の子は大変です。追われて、追われて、毎日、疲れたの連呼です。これは、私にも責任があります。もっぱらの話題は成績のこと。元気が何より、とほほ笑んで見守ることを、いつのころからか忘れてしまいました。
 
きょうから皆新しくなるんだよ。君もきょうからがほんとの5年生だよとあなたに言った4月1日、その晩のこと。きいてほしいんだけどと赤い手帳を開き読んでくれましたね。
 
「僕から未来の僕への一言。未来の僕は成績がもっと上がってお母さんとお父さんの笑顔を見てるかな、上がったお祝いにお寿司食べてるかな……」と。そして、最後に「どんな子を好きになってるのかな」と締めくくりました。
 
成績不振。お父さんの表情にも……やっぱり反省してないね。めげてないね。そこが、あたなの良い所と悪い所だと言うことを思い出しました。赤い手帳の中には、恋することに、ときめく、あなたが一杯でした。
 
そんな、あなたが、とっても素敵です。
 
2014.08.09
暁に生まれた君へ
金星
学歴や職業が違いすぎるという理由で親から結婚を反対されていた私たち。そうは言っても孫ができれば親は変わるんだから、先につくっちゃえば?。という友人の言葉を口に出した私に、あなたのお父さんは言いました。
 
「子どもってそういうものじゃないだろ」
 
私は恥ずかしくなりました。でもその言葉がとてもうれしくて、この人と生きていきたいと強く思いました。
 
その後お父さんは何度も頭を下げ、話し合い、行動で示し両親を納得させて入籍、結婚式をあげることができました。
 
入籍からわずか4か月で妊娠が分かってからは、お父さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、あなたと私が元気かどうか、毎日のように気にしてくれていたんですよ。
 
出産予定日前日から陣痛が来て入院したのに、なかなか出てきてくれなかったあなた。日付が変わるのを待っていたかのように、結婚する前から決めていた名前の通り、出産予定日の明け方に生まれてきてくれました。おかげで勤務時間が不定期なお父さんも立ち会えました。
 
勝手ですが、あなたがここに来るのをずっと待ってくれていたんだと思えてなりません。私たちのところに来てくれて本当にありがとう。あなたが生まれてきてくれた時、たくさんの人に、ものに、何かに感謝したことをいつかあなたにも伝えたいのです。
 
2014.08.02
父と母にしてくれた君へ
創ちゃんママ
あやすと笑う君を傍らに思う。私たちを父と母にしてくれてありがとう。なかな か子宝に恵まれず、なぜ自分たちには授からないのか悩み苦しみました。君を授 かったと知った時、私はうれしくて涙が出るころを人生で初めて感じました。そし て、君のことを守ると心に誓った日です。
 
妊娠中は強いつわりに加え、愛犬を相次いで2匹亡くし、悲しみに暮れる中、 君は力強くおなかを蹴りつづけた。まるで、「僕がここにいるから悲しまない で」と伝えるかのように。君の存在が元気をくれました。君に初めて出会えたあ の日の幸福感は、今でも忘れられません。お父さんもうれしくて涙していたよ。
 
気がつけば、君を抱けるまで5年が経過していました。君と出会えて4か月、 3時間おきの授乳にオムツ交換、泣きぐずり、大変なことはたくさんあるけれど、 それ以上に君の成長がうれしい。おしゃぶりをした日、おもちゃが握れるように なった日、笑った日、首がすわった日。君はたくさんのことを私たちに教えてくれた。 命の尊さ、人と比べることの愚かさ、あきらめない心、他者を思いやる心。日々の 生活で忘れがちなことを改めて感じることができた。
 
君と会えずに苦しんだ日々も、君との最高の出会いのための準備期間だったと 思える。私たちを父と母にしてくれてありがとう。君とこれからたくさんの思い出 を作っていけることを幸せに思います。
 
どうかこれからも健やかに育ちますように。
 
2014.07.26
大丈夫、マイフレンド!
志鷹豪次
桜前線の便りとともに娘が嫁ぎました。家族が1人少なくなった生活になかなか慣れず、ポッカリ空いた心に桜風は少し冷たいものです。ようやく、普段の生活を取り戻しかけた5月の節句、娘から妻へ1通のメール。
 
「お母さん。少し体調が優れないので病院に行ってきます」
 
機転を働かせ妻は娘の元へ。仕事を終え帰宅すると、真先に妻から報告がありました。「あなた、早ければ年内に家族が1人増えるかも
 
それは、まだ見ぬ赤ちゃんへの心もようの始まりでした。「赤ちゃん……」。そう言われても私は我が子を2人授かってはいましたが、仕事に明け暮れ、妻と子の退院の日も義父にお願いする有様。娘が赤ちゃんの時、しっかり我が子と向き合っていたのか。当時を思うと胸が詰まります。
 
「ヨシ!赤ちゃんに向き合う宣言だ」。ボクはここに娘の赤ちゃんに向き合い、赤ちゃんと一緒に成長することを誓います。これまで我が子に接して来なかった過ちを正し、笑っていても、ぐずっていても、ボクは赤ちゃんの守り人になります。
 
【まだ見ぬ赤ちゃんへ】あなたには、お父さんとお母さんがいますが、その後ろで少し頼りないお爺ちゃんがいることも見ていてくださいね。これからよろしくお願いします。
 
「大丈夫、マイフレンド!」
 
2014.07.19
双子っていいな
数独大好きばあちゃん
「お母さん、双子やて!!」病院から帰ってきた娘の言葉にビックリ!!
 
「エッー どうしよう、大変や!!」
 
待ち望んだ2人目の孫。約3か月の入院生活もしたけど、無事出産。かわいい双子のあなたなちが生まれてきたんだよ。
 
最初は思った以上に大変だったけど、日に日にかわいくなっていくあなたたちを見ていると、忙しいのも気にならず喜びでいっぱいだったよ。
 
「赤ちゃんがほしい、ほしい」といつも言っていたお姉ちゃんも、もうすぐ5歳になるというころに妹が2人も出来たので大喜び。2人にミルクを飲ますのが大変だからと飲ますのを手伝ってくれたんだよ。
 
ばあちゃんがいちばん感動したのは、あなたたちを向かい合わせにすると2人で笑い合うんだ、それも声を出して。その姿がとてもほほえましく、愛らしくばあちゃんも見ていて笑いが止まらなかった。双子ってこういうことをするんだね。ひとりがおもちゃを持つと、それを目がけて突進して行ったり、取り合いもするけど、これから大きくなっていって2人で遊べるし、けんかもするだろう。でも本当に双子で良かったなあといつも思うよ。
 
ばあちゃんも長生きして、あなたたちの成長をずっと見守っていくからね。
 
2014.07.12
トロイメライ
モコのママ
結婚して2年目。待ち望んでいた赤ちゃんをおなかの中で育てている時、お父さんが胎教に良いからとシューマンの「子供の情景」のレコードを買ってきました。その中の「トロイメライ」が母はとり分け好きで、1日に何度も聞きました。おなかに手をあてて「聞こえる? ママ、これがとっても好きなんだ」と語りかけました。
 
生まれてからはゆっくりとレコードを聞く時間などなく、あなたが物心ついてからは専ら幼児向けのレコードばかり。そのあなたが大学生になったある日、少し興奮ぎみに、母に話したこと。
 
「友だちと喫茶店でお茶してたら、ある曲が流れてきたの。それが初めて耳にしたはずなのに、なんだかすごく懐かしいような。昔から知ってるような曲だったの。マスターに尋ねたら『トロイメライ』だって。私、この曲、すごく好き。」
 
母は心の中でヤッホーと叫びました。すぐさま話してあげました。すっかり忘れていたこのエピソードを。
 
あなたはえーっ!と言ったきり、母の顔をじーっと見つめていましたね。温かいものが二人を包みこみました。
 
あなたが結婚して8年。まだ子宝には恵まれないけれど、いつか小さな命が宿ったら、必ずトロイメライを聴くでしょう。私と同じ言葉を語りかけるでしょう。おなかの子に。
 
2014.07.05
ゆうせいくんが、ひいさんと呼んでくれる日
ひいさん
あなたは、母ちゃんのおなかにぽっと花の芽のようにさずかりました。でも、その2日後、母ちゃんは切迫流産で絶対安静となったのです。ひいさんは松山から浜松まですっ飛んでいって1か月間、母ちゃんを見守りました。
 
ゆうせいは、おなかの中でよく踏ん張りましたね。あなたは、きりっとして、しっかりとした顔立ちで生まれました。あなたの父ちゃんもそうでした。父ちゃんはよく泣き、よく食べ、よく笑い、よく動き回り、ひいさんを手こずらせました。昔のきかん坊が、5か月になったゆうせいを宝物のように抱いています。
 
松山と浜松。はなれていてそんなに会えないけど、父ちゃんはひいさんに「また遊びに来いよ」と言ってくれ、母ちゃんは、ゆうせいの写真をメールでいつも送ってくれます。その写真を、ひいさんは、じいじや、ひいじい、ひいばあにも見せてあげます。みんなの顔がゆるみます。
 
ばあばという呼び方じゃなくて、名前のひいさんって呼んでほしいな。だって、まだ、ばあばにはなりきってないもん。祖母だなんて、まだピンとこない。ゆうせいが父ちゃんくらい大きくなったら、ばあばでもいいけどね。
 
ひいさんって、そう呼んでくれたとき、ひいさんはうれしくて、きっと泣くだろうな。
 
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「未来への手紙プロジェクト Archives」おわり
最終更新日:2022.04.13