2010年4月号巻頭インタビュー
 
◆巻頭インタビューNo.329/2010年4月号
お客さまも社員も美しく輝いてほしい
~私の使命は人を大切にすること~
前田 新造(まえだ・しんぞう)氏/株式会社資生堂 代表取締役社長

前田新造氏 <プロフィール>
1947年生まれ。1970年慶應義塾大学文学部社会学科卒。同年 株式会社資生堂入社。経営企画部課長、マーケティング本部化粧品企画部長などを経て、1997年国際事業本部アジアパシフィック地域本部長兼資生堂アジアパシフィック株式会社 取締役社長に就任。2003年、株式会社資生堂取締役執行役員 経営企画室長に就任。2005年6月、代表取締役執行役員社長に就任、現在に至る。

「資生堂は何をもって世の中に役に立っていくのか」
この崇高な企業理念のもと、日本を越えて、世界の公器としての役割を果たすべく同社を率いる前田新造社長。就任以来、徹底したお客さま第一主義を貫き、同時に働く人の成長や幸せにつながる経営改革を推し進めている。
社長の強いリーダーシップで、資生堂は何が変わったのか。そして、今後求められるリーダーの役割とは何か。前田新造社長に伺った。


社長の思いを伝える3つのビジョン

―前田社長は、2005年に何人もの上席役員を飛び越えて社長に就任されたと伺っております。トップが牽引しようとしても、管理職クラスの賛同が得られなくて苦労するケースは多々聞かれますが、前田さんはどのようなことに配慮されたのでしょうか?

前田/就任後すぐに長期的なビジョンを作りました。わかりやすい言葉で、いつでも誰でも口にでき、かつ、日頃から自分たちの中で問題 にしていたことを解決するためのビジョンです。「100%お客さま志向の会社に生まれ変わる」「大切な経営資源であるブランドを磨き直す」そして「魅力ある人で組織を埋め尽くす」この三つです。
 1番目の100%お客さま志向については、創業以来、お客さまに美しくなっていただくことを目指している会社ですから、誰も疑わないことです。また、ブランドについても、長い歴史の中で引き継がれてきた輝きを磨くことですから、その大切さもわかりやすいことです。そして、これらの2つを支えている社員。その社員がモチベーション高く、光り輝いていること。これが一番難題で時間と手間がかかることですね。

―しかし、資生堂はそれまでもすばらしい企業活動をされていたのですよね。

前田/色々な企業活動を通して成長してきましたが、一方で大企業の中にはびこる病気も見え隠れしていたのです。内向きな志向に傾き、目先の営業数字に右往左往していたことも否めません。その中で、この3つのビジョンを打ち出して、社員に説明をしたとき、「我々も同じ悩みを抱えていた。それを新しい社長が代弁して、一緒に解決しながら進めてくれるのではないか」という雰囲気が生まれたように感じました。
 しかし総論はその通りですが、各論ではどうか。太く強いしっかりとしたブランドを打ち出して、お客様の生活に密着し、お客様から「資生堂と一緒に暮らす」とまで言っていただくには、やはり選択と集中が必要でした。そこで、一時は100以上のブランドに投資やマンパワーが分散していたものを27にまで絞り込みました。

― 反発もあったのではないですか?

前田/はい。廃止したブランド部門の社員からは、「私のブランドはそんなものなの?」といった声も聞こえてきました。
 また、100%お客さまのために、といくら本社で言っていても、お客さまから「資生堂は私たちのために、本当に一生懸命に尽くしてくれる」と思っていただかなければ意味がありません。そのためには、お客さまと接するビューティーコンサルタントに変わってもらわないといけません。これまでの売上げ目標やノルマを撤廃して、彼女たちには、お客さまが美しくなることだけに集中してもらいました。本来、その仕事がしたくて入社した人ばかりですから、みんな大賛成ですよ。これがしたかったと。

―しかし、営業数字を心配する声もあったかと。

前田/支店長やマネージャーの中には売上げが下がる、ビューティーコンサルタントが甘えると反対する声もありました。私宛に毎日メー ルが何十通もありましたし、匿名の手紙も届きました。しかし、国内1万数千人の社員のうち1万人がビューティーコンサルタントです。その圧倒的多数の社員が変わろうとするうねりを止めることなどできません。現場から変わったことは本当に大きかった。

―感動的なお話ですが、仕事の原点に立ち返った、ということですね。

世界に広がる公器としての役割

―企業の皆さんは、会社のために、また、その存続のために日々ご苦労や努力をされています。その中で、「社会の中の企業」という考え方が 後回しにならないようにしていくことが重要であると思います。

前田/資生堂は、日本だけではなく、世界70以上の国や地域で商売をさせていただいています。ですから、社会の公器として、その国や地域に合わせた社会貢献をし、利益を還元することは当たり前のことであり、経営の柱であると考えています。
 ひとつの例ですが、中国の陝西省に去年、「資生堂希望小学校」を設立しました。陝西省は資生堂の名前の由来である「易経」発祥の地。思い入れもあります。
 希望小学校を設立する活動は、これまでも現地の資生堂グループ会社の組合が主体となって行ってきておりましたが、これからは会社全体として取り組もうという思いもあり、小学校の名前に「資生堂」をつけていただくことになりました。

―「資生」は、中国の易経の一節〝至哉坤元 万物資生〞(いたれるかなこんげん、ばんぶつとりてしょうず)に由来されているのですよね。「地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。すべてのものはここから生まれる」という意味で、「大地のあらゆるものを融合して、新しい価値を生み出してお役に立ちたい」という創業者の願いが込められていると伺っています。会社の名前に「資生」をつけていることは、中国の人にとっても心に響くものですね。

前田/「資生堂希望小学校」の開校式には現地の社員も多数参加しましたが、小学生だけでなく、両親、親戚の方々も集まっておられて。ご父兄の人数の方が圧倒的に多かったそうです(笑)。こどもたちは寒い中にも関わらず、本当に生き生きしていて、その姿を見た社員は感激で目を潤ませていたそうです。そして、子どもたちが「私たちは資生堂希望小学校を卒業して、大きくなったら就職します。その時、履歴書には資生堂小学校卒業と書きます。そしてその履歴書を持って中国の資生堂に入社したいです」と、そんなことを言ってくれましてね。

―まるで、映画のワンシーンのようですね。

前田/中国事業部長は涙・涙ですよ。また、全国中華婦女連合会や全国女性首長会などで美容相談会も開催しています。中国は女性が活躍していますが、40代後半から60代くらいの皆様は、化粧に関わらずに育った方が多いのです。しかし現在は、外国の要人や政府の要人に会いますから、みだしなみを整えたい。それでは応援しましょうと、これもボランティアでお手伝いさせていただいています。上海で昨年4月から始まった資生堂 ライフクオリティービューティーセンター もフル稼働しています。

前田新造氏 ライフクオリティービューティーセンター
Life Quality Beauty Center

資生堂の社会貢献活動のひとつ。同センターではあざや濃いシミなど肌に深い悩みを持つ方などに、専門の研修を受けたビューティーコンサルタントが無料でメーキャップアドバイスを行っている。





―社員の皆さんと一丸となって、その国や地域の事情に合わせた社会貢献活動を展開していらっしゃる。まさに会社の文化になっていることを感じます。

前田/今年3月に、全世界から責任者が集まる社長方針発表会を開催し、そこで社長賞を授与しました。社長方針に添った顕著な活動を表彰するものですが、特別功労賞に資生堂ライフクオリティービューティーセンターが選ばれました。昔は社長賞といえば、売上げ目標の達成や利益に焦点が当てられていたのですが、こういう活動が表彰されることを、私も大変嬉しく思います。

―営業成績などは定量的に評価できますが、こうしたものが評価された、というのは御社の目指すべきものを示しています。

前田/数字に直結しなくとも、社会の中での存在感や、社会的責任を果たした価値を評価する風土が社内で育っていることを感じます。経営側は、社会のお役に立っている仕事を地道に積み上げて、注意深く見守るようにしています。

―そのような活動を評価していることが、社会に対する会社としてのメッセージにもなりますよね。

組織力を高めることがリーダーの役割

―貴社におけるリーダーの役割について教えてください。

前田/仕事のレベルの高低は、一人ひとりの能力、モチベーション、チームワーク、この3つの掛け算で決まります。掛け算ですから、いくら能力やモチベーションが高くても、チームワークが機能していなければ良い結果にはなりません。管理職やリーダーはこの3つをウォッチして組織能力を高めることが重要な任務であると思います。

―組織力ということでは、働く環境も大切です。具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか。

前田/おっしゃる通り、社員が生き生きと働くためには、働く環境を整備するのもリーダーの役割です。
 結婚、出産、子育て、介護などのときにも安心して仕事が続けられる、もしくは休職後、復職したときに継続してキャリアアップできる人事施策も必要です。これについては、比較的本社は取り組みやすいのですが、デパートなどで働く美容職は、チームで動いているので少し難しい部分があります。デパートは閉店時間が夜の9時ごろですが、子育て中のスタッフは5時に帰りますよね。そうなると、チーム内の若い人、子どものいない人、子育てが終わった人がどうしても夜のローテーションに入りがちになります。気持ちとしてはわかっていても、やはり割りに合わないと 思うことは人情ですよね。

―先ほどおっしゃった大切なチームワークが崩れてしまう。

前田/それならいっそ、必要な人は誰でも気兼ねなく5時に帰ることができるよう、夜の時間を別の人材で補充するシステムを考えました。カンガルースタッフ体制です。カンガルースタッフは現在1,000名を超えましたが、彼女たちが夜の勤務をすることで、チーム全体のローテー ションは公平になりました。これらの取り組みの結果、出産をもって退職する人がほぼゼロになりました。

―発想の転換ですね。でも、会社の負担もかなり大きいのでは?

前田/確かに1,000名雇うのですから人件費は上がります。しかし十何年も働いたスタッフのスキルが、退職することで一瞬にして消えてしまう方が大きな損失です。本人にとっても会社にとってもマイナス。そのマイナスを考えれば、増えた分の人件費は帳消しになると考えています。

―前田社長の経営そのものが「美学」ですね。感激しました。

前田/この制度では隠れた成果もあったのです。「私ばかり・・」と不満を抱いていた人が、きちんとしたローテーションに戻ることで考 え方が変わった。「私は今独身だけど、いずれは先輩のように結婚して出産する。そのときは自分も支えてもらうのだ」と。会社の仕事は支え・ 支えられて成り立っていることを知ったのです。社会も同じですよね。支え・支えられている。このことに気づいてもらえたことが、とても大きかったと感じています。

―お互いが支え合って社会ができている。思いやりの心の大切さ。皆さん、また心も美しくなられたのですね。理念に沿ったダイナミックな変革は、人の心が変わっていくことという証明ですね。

役員が自ら次世代のリーダーを育成する

―ちょっとドラマのようですが、貴社の人事教育制度について教えてください。

前田/2006年、資生堂共育宣言を作りました。「魅力ある人で組織を埋め尽くす」のビジョンのもと、人づくりの指針をしたためたものです。人事施策がここから大きく変化しました。
 エコール資生堂というバーチャルな大学を作ったのです。自分が進むべき方向性に合わせて、営業・マーケティング、宣伝・広告、財務・会計などの分野に登録します。それぞれの分野には、学部長として執行役員が就きます。彼らは先生となって、自身の経験も含め自らの言葉で思いを伝承するのです。副社長が副学長、私は学長です(笑)。私自ら、社員の教育にコミットメントしているということになります。

―資生堂の脈々と引き継がれている経営精神を経営陣が伝授されるわけですね。

前田/社員は全国から集まってきますので、役員は自分の担当する分野で働く社員の名前、キャラクターを知る機会になります。そうすると、彼や彼女に今度あの仕事をしてもらおう、といった発想が生まれてきます。これまでは、社員教育を含め人事は人事部の仕事、経営陣は事業のことだけを考えていればよしとされていましたが、役員が長期的な視点で事業と人事を総合的にとらえることにつながった。社内の空気が変わりましたね。

―リーダー研修もされているのでしょうか。

前田/はい。大学の次に大学院があります。ここでは次世代の経営幹部にあたる次期執行役員や部門長、関連会社の社長候補を対象にした10ヶ月にわたる教育カリキュラムを用意しています。執行役員の経営企画部長が大学院の学院長ですが、私もほとんど出席します。

―10ヶ月とは長いですね。いつそんな時間を作るのでしょうか。また、年齢層はどれくらいですか?

前田/研修は土日に開催します。年齢的には執行役員候補ですと、40代後半から50代くらい。部門長でしたら、30代半ばから40代くらいです。

―まさに働き盛りの皆さんで、大変ですね!どんなことをするのですか?

前田/将来像の提案書を作り上げてもらいますが、その中で徹底的にディベートをします。先見性、決断力、ステークホルダーへの配慮などの視点から、相当突っ込んだ指摘をします。学院長からは、喧嘩してでも厳しくやってくれと言われていますから(笑)。一人ひとりが成長していく過程がとても楽しみです。

―役員の方は、部分最適と言いますか、まずは自分の部門の事業成果を上げることを優先してしまうということを企業の方からよく聞きます。しかし、御社では、成果を挙げながら人を育てるということを同時に行うのですね。

前田/そうです。会社の大切な資産である人材をどれだけ磨き上げるか。そして、どれだけ思いを込めて育て上げるか。それは、我々経営陣のとても重要な仕事なのだと思います。

―しんどいなあ、なんて思われる役員の方はいらっしゃいませんか?

前田/朝9時に始まり、会食を含んで夜の7、8時まで続きますから厳しいですよ。私も海外から帰って、そのまま会場入りということもありました。しかし、会社にとって人は本当に大事なのです。例えば、人は損益計算書でいったら人件費の項目にかかわってきます。しっかり働いて利益を上げたら、人件費比率を下げることになりますね。しかしそれだけでは刹那的です。一方、バランスシートで言うと人は資産です。現預金の1,000億円は、それ以上でもそれ以下でもありませんが、人は1のものを2にも3にも4にもすることができる。その意味でも人、モノ、カネ、情報といった経営資源の中でも人はかけがえのないものです。人を大事にすることが、社長としての最大の使命だと思っています。

―役員の方も鍛えられますね(笑)

リーダーシップは「自論」である

―今、新しいリーダーが必要だと言われていますが、これからリーダーを目指す若者に向けてメッセージをお願いします。

前田/本を読み、いろんな体験をし、学んで学んで学び抜くことも大事だと思います。しかし、リーダーになったら、一旦それらを全部捨て、ゼロ の状態から作り上げることが要諦です。リーダーシップとは所詮「自論」なのですから、「本に書いてあることをやればいい」ではだめです。これまで学び抜いた知識や経験を一旦捨てる。そしてそこから自分なりに作り上げることが大事です。

―時代が変化する中で、覚悟を持って自分の頭で徹底的に考え決断するということですね。

前田/はい。その上で、私は次の3つの要素が大切だと思っています。まず、第一に「60%即決主義」です。リーダーは決断を求められますが、慎重になり過ぎて100%を求めていると最良のチャンスを逸することがあります。60%成功の見込みがあるのなら決断すべきでしょう。残りの40%は始めてからしっかりと押さえればよいのであって、それらに拘泥してタイミングを逃してはいけません。そして間違っていたら途中で素直に認め、直せばいいのです。所詮、人間はパーフェクトではないのですから。
二番目は「リスクを完全に避けた決断はできない」ということです。詰まるところ、経営会議や取締役会で議論しているのは、「どちらのリスクをとるか」ということではないでしょうか。which risk to take です。どのような事業でもリスクはたくさんあります。

―リスクは避けるものでなく選ぶもの。そしてそのリスクをいかにプラスに転じていくかが大切だということでしょうか。

前田/そして最後に、管理職やリーダーは、自らを「一時統制的な機能であり、権威は暫定的なもの」と考えることです。機能の一つですから磨 耗は避けられない。慣れすぎると錆びたりきしんだり、組織も機能障害を起こします。ですから人事異動をするのです。社長も役員も同じです。権力が集中すると暴君になりかねません。ですから交代もしっかりと思想を持って行う必要があります。当社では社長、役員には定年だけではなく任期上限も定めています。

―御社の役員を続けるのは大変ですから(笑)。

前田/体力、気力、知力を維持するのは大変です。特に体力、若々しさは大切ですね(笑)。

―「企業は人なり」の創業精神を、時代の変化の中で、会社の文化として醸成し続けておられる御社のありようは、リーダーシップのありようそのものだと実感しました。ありがとうございました。

聞き手/法人日本フィランソロピー協会
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子