2010年10-11月合併号巻頭インタビュー
 
◆巻頭インタビューNo.334/2010年10-11月号
近江商人から受け継ぐ「自然共生」の心得
山本 徳次(やまもと・とくじ)氏たねやグループCEO

山本徳次氏 <プロフィール>
1940年1月17日、近江八幡市生まれ。1958年、滋賀県立八幡商業高等学校卒業。1995年、日本経済新聞社主催・国土庁後援「地域活性化貢献企業賞」受賞。2001年、経済産業省平成13年度情報化促進貢献情報処理システム表彰、関西IT活用企業百撰最優秀賞受賞。2005年、「第1回デザイン・エクセレント・カンパニー賞」受賞。2006年、「滋賀CSR経営大賞」受賞。2007年「第5回渋沢栄一賞」受賞、現代の名工≪卓越した技能者:厚生労働大臣表彰≫受賞。2008年、第25回全国菓子大博覧会工芸菓子『鳰の湖(におのうみ)』名誉総裁賞受賞(株式会社たねや)。2009年「職業能力開発関係厚生労働大臣表彰」受賞(たねや菓子職業訓練校)。

 創業明治5年、たねやは、近江を代表する和菓子の老舗だ。現在は、洋菓子クラブハリエのブランドも立ち上げ、たねやグループとして全国に35店舗を展開する一方で、環境保全、地域活性化への取り組みは各方面から高い評価を受けている。躍進を続ける同グループの源流は「先義後利」や「三方よし」で知られる近江商人の生き方だ。今回は、この近江商人のDNAを受け継ぎ、自然、地域、従業員の幸せの実現を目指すグループ CEO 山本徳次氏にお話を伺い、今あるべき企業の姿を浮き彫りにしてみたい。

頭と体を使って考え感じることが大事

―御社では、1998年に「たねや環境憲章」を定めて、「自然との共生を目指す」という理念の下に活動されてきて、お菓子の端材などを飼料に活用したり、プラスチック製の容器をガラスに変えてお客様から回収するなど、環境に関する様々な取り組みをされています。企業として「生物多様性」への取組みを進める上で、今考えておられることをお聞かせください。

山本/これまでは「人間活動の影響から自然を守る」という考えから、自然に影響を与えないことが良しとされてきました。今は逆に、人の手が加わらず荒れていく日本の人工林を元気にするため、間伐材のパルプや適正に維持管理された山の木を使おうという方向に変わってきています。そのように「生きものの恵みを大切に使いながら守っていく」という暮らし方を、実は近江商人は江戸時代からしていました。割山という里山の維持管理方法があったようで、主に近江商人が資金を出したものでしょうが、里山を買い取り、その里山を分割して村人が利用していたんです。村人はそこから枝を刈り取り、薪にして利用する一方、家を建てるなど、たくさん木材を使うときは村の役員に申請した。そうやって里山を守り、自然と共生してきたんですね。

―近江商人は江戸時代からすでに、里山などの自然と共存する方法を考えていたのですね。

山本/私が子どもの頃は、里山で一日中過ごしていましたが、今はそんな子どもたちが少なくなりましたね。ずっとテレビやモニターに向かっている。何かおかしなことになっているように感じます。

―頭だけ使って、体全体で考えたり感じたりする機会が少ない。山本社長は頭と体を使ってかなりやんちゃに遊びまわっていたと(笑)。

山本/悪いこともしましたしね(笑)。しかし、その中でこれ以上は危険だということを体で覚えていきました。先日、「ここで魚をとってはいけません」という看板を見かけました。でも、一体、これはどんな意味があるのか、私にはわからなかったですよ。危険なの?入ってもいけないの?その理由もわからない。

―昔なら、経験で察することができた危険を、今はただ理由もわからず禁止されるだけ。人間としての本性が弱くなってしまいますよね。

山本/その通りです。子どもの頃に自然の中に跳び込んで、五感を発揮して全身で自然や生きものと交流するという体験は不可欠です。子どもたちは、魚捕りや昆虫採集などの体験を通して、環境の多様性を知ることができるのです。教育のデジタル化の問題も気になります。子どもは、人から教えてもらって、怒られて、そして体験して成長するんです。それを、パパッとコンピュータの操作で教えてしまう。大変な時代になってきましたね。

近江八幡日牟禮ヴィレッジたねや ― 山本社長は、お父様から直々に色々な教えを受けたとのことですが。

山本/子どもの頃から毎日、嫌というほど親父の手伝いをさせられていましたからね。当時は家族経営ですから、お菓子を作って、自転車で配達して、また請求書も書いて…と、一から十まで、すべての仕事をしました。

―お菓子屋さんの全工程に関わっていたのですね。それも成長の糧になっている。しかし、家を継ぐことに反発はありませんでしたか?

山本/やるもんだと思っていましたから。この仕事は厳しくて、儲かりもしない。しかし、そんな中で、親父は一つだけ夢のある話をするんです。「菓子屋はいいんやで」って。「自分の作ったものに、自分で値段をつけられるんや、こんないい商売はない」と言う訳です。この話だけは真剣に聞きましたね。

―そのお父様の言葉、深いですね。

山本/親父からはとにかく、もったいないことをするな、という精神を叩きこまれました。例えば、砂糖を紙袋から出しますね。まあ、大半出し終えたら次の袋へと移ります。ところが親父がこれを見て、私の出し終えた紙袋を拾い上げ、もう一度丹念に下を向けて叩くんです。すると、パラパラと残っていた砂糖が落ちて、数袋叩けば一山できるんですよね。そして、これ見て何とも感じないか?って言われました。「無駄なく全部使って、少しでも安く、手の届く金額でお客様に提供するのが商売ちゃうか?簡単にゴミにするな」と。こんなことでまともな商いができるか!ということですよ。

―現場感覚が大事。これこそ、生きた教育ですよね。お父様から頭と体で受け継がれた精神が、洋菓子の端材を飼料にしたり、パン工房の石釜の燃料にウィスキー樽の廃材を使用する、現在のたねやグループの経営姿勢にも引き継がれているように感じます。

近江商人から受け継ぐ商売の心得

―御社ではお父様や近江商人の心得が浸透していらっしゃいますが、その心得をまとめたものが「末廣正統苑」(すえひろしょうとうえん)ですよね。どのようなものでしょうか。

たねやの商いに対する心得が書かれた「末廣正統苑」 山本/「末廣正統苑」は、たねやが大事にする商いに対する心得を書いた和綴じの冊子です。私が父から叩き込まれた商いの心得や、近江商人の心得を、演出家で劇作家の長田純先生(故人)の協力でまとめた、いわば社訓です。「商いの道は人の道」この本は、人生の手引書でもあるんです。ちょうど東京に初出店する際に、自分自身や社員の道標となるものがあればと思い、まとめあげました。

―「末廣正統苑」にある言葉は、どれも近江商人の商売に対する正直な姿勢や、自然に感謝する心、お客様だけでなく家族や地域の人に対する思いやりを感じるすばらしいものばかりです。「商人は何事も『手塩にかける』ことと心得べきなり」これもそのひとつですが、たねやさんではこの教えの通り、手塩にかけてヨモギを自社で栽培していると聞きましたが。

山本/はい。1998年、世間ではまだ安全、安心とか環境に対する企業としての取り組みについて云々されることがなかった頃、滋賀県永源寺(滋賀県東近江市)にて、農薬も化学肥料も一切使用せず、ヨモギの栽培に取り組みはじめました。これは中国からのヨモギに多少ともその安全性について疑問を抱いたからです。滋賀は田んぼならいくらでもあるし、野草の宝庫じゃないか。だったら、自分たちの手で安全なヨモギを作ろうと思ったんです。コストや手間はかかりますが、なんでも安ければいい、ということではいけないでしょ。食品を扱うことは、命を預ることなんですから。

たねや農場(滋賀県東近江市永源寺)ヨモギ栽培の様子 ―でも、田んぼにヨモギ。雑草と見分けがつきませんよ(笑)

山本/はじめは笑われましたよ。田んぼに草を植えて、また道楽してるってね(笑)。でも1年経ったら、香りの良いヨモギができて、感心されました。このヨモギのお餅はよく売れました。やっぱり良さは伝わるんですね。そして、草扱いだったヨモギが、2007年には「滋賀県環境こだわり農産物」の認証を受けたんですから、すごいものでしょ。汗を流して努力をしているとおもしろいことが起こってくるものです。

―農園は地元の農家が協力をされたと伺いました。近江の自然と地域の方々と一緒に歩んでいらっしゃるのも、まさに近江商人ですね。

山本/あるがままの近江を見つめることが大事だと思います。和菓子では「京都」の名前がつくだけで、なんとなく高級なイメージがしますよね。やはり雅の世界では京都にはかなわない。近江は田舎で、言ってみたら台所みたいな所です。田んぼもたくさんあって米も美味しいし、四季折々の野菜が豊富で、実は京野菜の本場でもあります。京都とは違った、近江ならではの魅力があるのです。その魅力に目を向けるべきなんですよね。

企業には次の世代を育てる責任がある

―関西の台所を担うたねやさんでは、会社の中で子どもの食育にも取り組んでおられると。

園内のオープンキッチンで給食の準備を見つめる子どもたち 山本/はい。お父さん、お母さん社員に安心して子どもを預け、働いてもらいたいと、本社と工場の敷地内に企業内保育園「おにぎり保育園」を作りました。ここでは”食べること”そのものと”食にたどり着く楽しさ”を教えていきたいという思いから、園舎の中央ホールには目の前で調理する様子が眺められるオープンキッチンを設けました。そして、給食の献立は子どもたちと一緒に園庭の畑や自社農園で育て、収穫した野菜を中心としています。季節感はもちろん、五感で感じる食育にこだわり取組んでいます。

―命がどのようにつながっていくか、子どもたちは体験を通して学んでいくのですね。

山本/この保育園がきっかけになって、毎年「たねやグループ納涼感謝祭」を開催するようになりました。子どもたちが楽しめ、家族や地域の方とふれあえる場づくりが目的でした。年々、盛大な一大イベントとなり、今年で5回目を迎えましたが、園児や従業員家族、取引業者様も合わせて4,000名が参加しています。

―すごい規模ですね!お父さんもお母さんも職場と家では、なんだか顔が違うということがありますよね。でも、会社の中に保育園があることで、トータルとしてどう生きるか、どう暮らすかということを考えるきっかけを与えてもらえるような気がします。

山本/保育園には卒園した子どもたちも集まって来ますよ。友だちに会いたい、仲間に会いたいってね。夏休みの間は、お母さんと一緒に来て、お母さんが働いている時間中いたりします。お兄ちゃん、お姉ちゃんたちが来たら、小さい子は嬉しいですよ。自然に大きい子は小さい子の面倒をみるようになるんです。

芋堀りをする「おにぎり保育園」の子どもたち―今、なかなかそんな経験ができないですよね。良い循環ができている。

山本/計画的にやっているわけではないですが、うまくなっていますね。

―本質は全てつながっているということですね。

山本/次世代の育成は、社会的な責務だと思います。もちろん、大前提として、経営が安定していることが大事です。でも、まあまあ食べていける利益ができて、経営の基盤ができたなら、企業としてやるべきことは子育てを支援することだと思うのです。子育ては地域や社会ぐるみで行うことが望ましいですから。

人が集まる里山を

―山本社長の次なる夢についてお聞かせください。

山本/滋賀県近江八幡市に人が集える場所をもっと作って行きたいですね。

―すでに、近江八幡市には、「暖かなぬくもりのある手作りの時間と環境を大切にすること」をコンセプトにした、昔ながらの日本の良さが楽しめる「日牟禮(ひむれ)ヴィレッジ」という複合施設がありますよね。

山本/はい、和菓子のたねやだけでなく、洋菓子のクラブハリエ、カフェなどがありますが、お陰さまでいつもたくさんのお客様に来ていただいています。7月には琵琶湖のほとりにパン工房とカフェを併設したクラブハリエ ジュブリルタンを作りました。当初、「彦根の田舎でパンなんて売れるわけない」って言われましたが、こちらも大変な賑わいです。

―近江八幡市北之庄町の土地を落札されたと、著書で拝見しました。

山本/季節ごとに小鳥がさえずり、自然の中で風と光を感じることのできる空間を提供したいと思っています。お菓子やお茶を楽しみ、散策もできて、子どもたちは昆虫採集もできる。そこには水辺も必要ですね。滋賀県は全国でもトンボの種類が1、2番に多い県だそうですが、トンボはちょっとした水辺を作ってやれば飛んでくるんです。年月はかかると思いますが、自然と人との温かい営みのあるそんな里山を作りたいと思っています。

山本徳次氏と高橋陽子 ―社員の入社の動機が、「お客として店に行った時、店員さんの応対の素晴らしさに胸を打たれたから」というのが多いそうですね。実際、私もお店での対応に感激した一人です。ヨモギを煮たら白い泡が出ておかしいと思ったのが、ヨモギの栽培を手掛けたきっかけだったとか。こうした日常の暮らしの中での疑問ややりとりが原点のたねやさん。まさに、経営の「たね」、自然共生の「たね」を、さらに愉快に社内外に広げていってください。
ありがとうございました。

聞き手/法人日本フィランソロピー協会
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子