2011年7月号巻頭インタビュー

◆巻頭インタビューNo.341/2011年7月号
ペニー・ハーベスト・プログラム
~寄付活動を通して子どもたちは大きく成長していく~
Mr. Teddy Gross
NPO Common Cents 創設者/Executive Director
Mr. Teddy Gross <プロフィール>
子どものためのシチズンシップ・プログラムを設計し、全米各地の学校における活動をサポートする非営利教育機関 Common Cents(コモンセンツ)の創設者および Executive Director。新聞記者、編集者、絵本作家、劇作家として活躍ののち、1991年に同団体を創設。
子どもたち自身が学校単位で委員会を作り、地域社会の課題について話し合い、その解決のためにペニー(penny/1セント硬貨の別称)を集めて寄付を行う。そんなアクティブでユニークな教育プログラム「ペニーハーベスト」(Penny Harvest)が、アメリカ・ニューヨーク市の800もの小中学校でスタートして20年になる。自らの体験を通じて社会参加、コミュニティ作りを学ぶことができる独自のシステムは、全米で成長を続け、アメリカ最大の青少年フィランソロピープログラムとして知られている。「ペニーハーベスト」の活動を通じて子どもたちが集めた募金総額は約7億6,000万円相当にものぼり、今年4月には、東日本大震災の支援金として3万 ドル(約240万円)の寄付も行った。1991年に NPO Common Cents(コモンセンツ)を創設し、「ペニーハーベスト」プログラムを開発。以来、寄付を通じての教育活動に奔走するテディ・グロス氏に同プログラム誕生のきっかけ、成長の秘密を聞いた。
「彼のためになにができる?」から始まった活動
―東日本大震災の1カ月後、「ペニーハーベスト」に参加しているニューヨークの子どもたちが、日本のために募金活動をしてくれました。その行動力には驚かされ、またありがたく感じます。
Teddy/今回、大震災で大きな被害に遭われた日本の方へ、ニューヨークからお見舞い申し上げます。この大変な時期に、日本のみなさんが勇気を持って立ち向かっておられることに感銘を受けています。
 4月30日に、200人ほどの学生リーダーがニューヨーク市全体から集まり、約250校が寄付に協力してくれました。今回の会合で初めてマンハッタンに来たという子どもも少なくなかったのですが、ニューヨーク在住の日本人コミュニティの協力を得て、伝統的な日本料理を提供してもらい、日本文化に触れることも出来また。1万5千マイルも離れた日本という国について学ぶという、目を開くような体験ができたと思います。
―震災後、わずか2か月しか経っていない時期ですが、初来日の印象は?
日本の被災地への寄付を発表する子どもたち
Teddy/日本に来て、私は新たに9・11を思い起こしました。テロと自然災害という部分では異なりますが、ある意味、共通点があると思います。ニューヨークでも観光客や外国人の数が大幅に減りました。しかし一方で、ポジティブな変化もあったのです。町を行く人たちが思いやりに満ちて、互いに譲り合うという状況が珍しくありませんでしたし、コミュニティの大切さ、連帯の大切さに気がつき、フィランソロピー活動の新たな価値に気がつきました。
―『雨降って地固まる』という日本のことわざもありますが、こうした体験で、子どもたちにはどのような変化がみられるとお考えですか?
Teddy/現在も、世界中で様々な災害が起こっていますが、そのポジティブな影響のひとつは、世代間の関係の変化に現れていると思います。例えばひとつの家族、ひとつの都市、国全体を災難が襲うと、大人はまず子どもたちに手をさしのべ、子どもたちと密な関係を持とうとします。そして子どもたちの方も、同じように前向きに応えてくれますし、大人を必要としてくれるのです。その結果、人間として非常にパワフルな成長を経験でき、同時に社会を取り巻く制度も変革していくのではないかと思うのです。
―子どもと大人の信頼関係が社会を変える力となるのですよね。「ペニーハーベスト」の活動がまさにそうだと思うのですが、ぜひ、その始まりの物語を聞かせてください。
Teddy/私は、当時4歳になる娘とニューヨークの街中を歩いていて、ホームレスの男性と出会いました。すると娘が「彼をうちに連れて帰りたい」と言ったのです。ニューヨークではホームレスの姿をよく見かけますが、彼らの存在に気を留める人は少なく、私自身も娘に言われるまで彼に気がつかなかった。ところが、娘はなんとかこの人を助けたいと思って、「彼のためになにができるの?」と私に聞くのです。私はあたりを見回して、我々にできることがないかと思いましたが、 なにも見つかりませんでした。ところがある時、ふと気づいたんですね。隣近所を回って、みんなに忘れ去られ、放っておかれているペニーを集めたらどうかと。
 そして1年後、やっと勇気を奮いたたせて行動を起こし、私たちが暮らしているニューヨークのアッパーウエストサイドを回ってみました。
―テディさんもはじめの一歩を踏み出すまでに1年かかったのですね。少し安心しました(笑)。周りの反応はいかがでしたか?
Teddy/それが誰もが寛大で、次々と協力してくれたのです。ペニーを詰めた小さな袋を持ってきてくれたり、水槽にベニーを入れてくれた人もいました。日本の1円玉とは違って、1ペニーは厚くて重みがあって、ついには荷車に積んで運ばなければならないほどの重さになりました。
 そして近隣コミュニティのボランティアがたくさん参加してくれる活動に育っていったのです。まさに新しいフィランソロピーの部門が立ち上がった瞬間でした。
―素敵ですね。もちろん、子どもたちも参加して?
Teddy/はい。活躍したのは、まだ投票年齢にも達していない、お酒も飲めない、車の運転もできない、そして収入所得もなく、個人的資産もない子どもたちです。中でも、本来はフィランソロピーとして与えられる存在である移民の子どもや貧しい家庭の子どもたちが積極的に活動し、市民社会に貢献してくれました。彼らは、この経験を通じて他人を愛するという利他精神を持ち、互いを思いやる心を育てていったのです。
 単なる募金活動ではなく、子どもたちの心を育むことに主眼をおく「ペニーハーベスト」の原点がここにあるのです。
募金活動を通じて子どもの自尊心が高まる
―「ペニーハーベスト」は全米各地の学校で、1年間の教育プログラムとして広く取り入れられていますが、これまでの募金活動と違う点があるのでしょうか。
子どもたち自身が地域の課題を考え寄付も討議する
Teddy/従来からアメリカの学校では、子どもたちの募金活動が非常に盛んで、かなりの額のお金が集められています。しかし子どもの活動はお金を集めることだけで、それ以降の権限は、大人や学校の教師に移り、基金の配分に子どもは関われなかったのです。しかしこれでは幼少期、思春期という大切な時期に、子どもたちはフィランソロピーに裏切られたような気持ちになるのではないかと私は思いました。自分たちで集めたお金なのに、使い道を他人がコントロールするということですから。
「ペニーハーベスト」では、子どもが集めた基金は、子どもたちで使い道を決めます。そして、民主的なお金の配分ができるよう、我々がプロセスを提供していきます。
―募金から寄付までの一連の活動すべてにおいて、子どもたちが主役なのですね。
Teddy/私自身もよく経験しますし、また教師も驚くのですが、子どもたちは社会の問題について深い関心を持ち、実によく考えています。日本の子どもも同じではないでしょうか。
 例えば、私は今回の来日で奈良の学校を訪問し、生徒たちに「今、どんなことに関心がありますか」という質問したら、様々な社会問題が挙がってきました。
 ペニーハーベストのプログラムでは、子どもたちが重要と思っている課題を議論し、それぞれの関心を共有していきます。中にはいくつもの課題が提議されることもありますが、議論を通じて数を絞っていきます。そのような時は、地域社会の中で課題解決に取り組んでいる組織の代表者を教室に招いて、話をしてもらうのもよ いでしょう。これまで、必ずしも学校コミュニティと関わっていなかった大人たちとの関係を培っていく機会にもなります。
―なるほど、子どもたち自身が感じている地域の課題について、大人も交えて議論を深めるわけですね。
Teddy/例えば、ある学校では近隣の老人ホームを訪ねて話し合う場を持ったのです。
コミュニティの人に話を聞いて学びを得る その時にある老人が「自分の楽しみは近所のカフェでコーヒーを飲むことだが、最近は治安が悪くなり、たった数ブロックの距離なのに怖くて行けない」と発言しました。すると子どもの1人が「僕もそのカフェが大好きなのですが、泥棒に遭うかも知れないからと、お母さんが心配して行かしてくれない」と話し、そこで問題意識が共有できたのです。この老人は「私たちは共通点があるね。でも大きな違いもある。何か問題が起きたら、君はすぐにかけだして逃げ出せるよね。でも僕は走れないし、逃げ出せないんだよ」と語りかけたのです。
 子どもたちが老人ホームを出たときには、その年の募金活動のテーマが決まりました。それまで目に入らなかった問題に気づき、基金を使って老人ホームの高齢者を助けようということになったのです。その後、高齢者を学校に招いて生徒たちのパフォーマンスを披露するなどの交流が続いています。このように「ペニーハーベスト」ではできるだけ時間をかけて、十分な学びを経た後で、子どもたち自身が意志決定をすることが大切だと考えています。
―緊張状態が続いているのでしょうね。
Teddy/私が理事をしているNPO法人日本ホスピタル・クラウン協会にこんなエピソードがあります。ホスピタル・クラウンは、病院に行き子どもたちを笑わせるのですが、ある病院に半年間、声が出せない子どもがいました。その子は、ホスピタル・クラウンが一生懸命笑わせてもなかなか笑いません。しかし、最後には「ありがとう」と言ってくれました。なぜ、言えたのか。この子はずっと点滴や注射で痛い思いをしてきて体がこわばって、息ができなくなっていた。「あいうえお」でさえ息を吸わないと言えないんですよね。そんなときにクラウンがおもしろいことをしたら、心がゆるんでリラックスして空気が入ってきたのです。だから「ありがとう」と言えた。笑うためには深く息をしないといけませんが、行き詰って笑えない男たちもこの子と同じ状態にあるのではないでしょうか。競争、競争の社会でからだがこわばって息ができない。
―子どもたちは議論を重ねる中で成長する。この過程が重要ですね。
Teddy/その通りです。ただし基本的に助成先の決定については、各クラスの代表が集まって評決を行います。その会議を「ラウンドテーブル」と呼びますが、ここでのポイントは、特定のリーダーがいないということです。真の民主主義のもと、全員の参加が求められ、その後、代表の子どもたちから全校生徒へ結果報告が行われます。
 一方で募金活動は全校生徒が取り組み、すべての子どもたちが行動する機会を与えられています。
―まさに民主主義を学べる貴重な体験ですね。私は「フィランソロピーは民主主義の学校だ」と言っていましたが、実証されました!(笑)
 実際の募金活動はどのようにする のでしょうか。
Teddy/まず自分たちの暮らすブロック内で募金活動をすることを薦めますが、年長の生徒たちは隣人と顔を合わせて、共通の課題について話し合い、リーダーシップを発揮していきます。コミュニティの代表として行動するという意味を、身をもって体験し、実際たくさんのペニーを集めることで、その重みから活動のパワーを感じることができるのです。
街に出てコインを集める子どもたち 子どもたちはコインの感触に驚き、ワクワクした表情で募金に取り組みますよ。金額的にはたった50ドルかもしれませんが、そのままでは忘れられ、どこかに消え去っていたペニーを自分たちが見つけ出し、価値ある物に変えていけるのですから! 子どもたちはこの活動に誇りを持ち、自尊心を高めることに繋がっていると思います。
 また、この活動は教室での学習プログラムにも活用できます。たとえばコインに描かれている絵を見て、歴史上の事象について学ぶこともできますし、算数の授業もできるでしょう。子どもの年齢、学年に応じて、ペニーを使いながら様々に学ぶことができるのです。
―社会の課題を教材にして学習するという「サービスラーニング」というものですね。「ペニーハーベスト」は学びの材料を無限に提供できるのかもしれませんね。最後に行われる贈呈式もその一つかと思いますが。
Teddy/贈呈先の関係者の方に来校していただき、生徒たちが小切手を渡します。その時、会場のマイクは子どもの背丈に合わせてセットされているので、大人が話をしようとすると、かがんだり、ひざまずいたりしなければなりません。そこがこのセレモニーのユニークなところなのです。普通の会合で、子どもが大人サイズの高すぎるマイクに一生懸命手を伸ばすという様子は多く見かけますが、「ペニーハーベスト」ではこれが逆になる。非常にドラマチックな成果があがり、子どもたちの中にも自然と変化が生まれるのです。
―「自分も役に立てるんだ、地域の一員なんだ」ということを体験した子どもたちの精神的な成長は、大人を変えることにつながるのだと思います。
ハリケーンの被災が「ペニーハーベスト」を広げた
―「ペニーハーベスト」で集まる募金は毎年増え続け、プログラムは大きな成功を収めています。その秘訣はなんでしょうか?
Teddy/このプログラムに参加するには登録が必要ですが、その際、学校長に依頼することは、コーディネータとして教師もしくは職員を任命していただくことだけです。できるだけ気軽に申し込めるよう、依頼事項は少なくしているのです。
 学校内で担当者が決まれば、次は我々が支援していく番です。学校のカリキュラムに関連した形でコンピュータやDVDを使いながら、また過去の優れた事例集を利用して活動していきます。
ニューヨークの子どもたちが集めたペニーでロックフェラーセンターが埋め尽くされた さらに生徒たちにやる気を起こさせる様々なツールもあります。ペニーで作ったピンバッチ、近所の人たちに活動を説明するためのパンフレット、募金のための紙袋など様々です。
 また年に2度、私たちの本部に教師の方々を招き、専門家育成に関するサービス・ラーニングの手法や民主的なフィランソロピーに関して研修を行います。経験のある教師が初めて参加する教師をサポートしながら「ペニーハーベスト」を行うようにしますから、そこで重要な価値の伝達も行われます。
 本部に所属している私どもの優秀なスタッフも、先生がたと緊密な関係を持ちながら活動しています。
―日本では学校の壁が厚く、導入の難しさが指摘されています。
Teddy/学校は保守的で壁が厚いというのは、実はニューヨークでも同様でした。私たちも、最初は小さなボランティアグループに過ぎず、1、2の私立学校で活動していたに過ぎません。
 ところがある年、ハリケーンがやってきて、フロリダで大きな被害に見舞われたのです。その時ニューヨークの教育委員会の委員長が、学校で募金活動をできないかと考えました。そしてたったひと晩で「ペニーハーベスト」はニューヨーク市内300の公立校が参加する活動になったのです。 つまりハリケーンがなければ「ペニーハーベスト」は広がらなかったですし、それ以前に「ペニーハーベスト」がなければ、委員長がその活動を導入することも出来ませんでした。
 そういう意味で、今、日本は大きなチャンスだと思いますし、この時期を逃さずに捕まえることが大切だと思います。
―今、日本では「何かしなければ」という思いが溢れています。もちろんこれは子どもたちも同じなのでしょう。はじめのお話に戻りますが、今こそ大人と子どもの信頼関係を強固にして、この国を立て直していかなければなりません。
Teddy/「ペニーハーベスト」はいまだ現在進行形のプログラムですから、私たちもわからないこと、気がついていないことが様々にあります。私たちはより多くのNPO、より多くの教師と生徒、多くの国々と関わって、一緒にこのプログラムの可能性を発見していきたいと思います。
―まだまだ暗中模索の状況ですが、テディさんのお話から、光明を見出したように思います。すでに日本でも、多くの学校で募金活動が行われていることは、「青少年フィランソロピスト賞」事業から検証しています。それを「ぺニーハーベスト」の手法をヒントにして、今こそ広げていきたいと思います。
 テディさんの来日と震災が重なったことも、大きな意味があるように思います。
 文化は各国で違いはありますが、人間としての共感や助け合いの心は、世界に共通していることも、今回の震災での各国からの支援で明らかになっています。
 未来に希望を持って、ペニーハーベストを子どもたちとともに始めたいと思います。これからもよろしくお願いします。
聞き手
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子