No.351巻頭インタビュー

◆巻頭インタビューNo.351/2012年8-9月号
地域や企業が協力して子どもたちを育てることが
持続可能な社会を創る
布村 幸彦(ぬのむら・ゆきひこ)氏
文部科学省 初等中等教育局長
布村幸彦氏 <プロフィール>
富山県出身。東京大学法学部卒。1978年文部省入省。文部科学省生涯学習政策局政策課長、大臣官房人事課長を経て、2005年大臣官房審議官(初等中等教育局担当)。2009年スポーツ・青少年局長。2012年1月より初等中等教育局長。57歳。


急激な少子高齢化の進行、そして社会環境の変化にともない、子どもたちの教育のあり方にも変革が求められている。そんな中、文部科学省では保護者や地域の人たちが、積極的に学校に関わり、子どもの成長を支える 「コミュニティ・スクール」 制度を全国的に推進している。学校支援における官と民の協働が、さまざまな形で具体化しつつある。今回は幼稚園から高校までという幅広い管轄の中で、新しい日本の教育に取り組んでいる初等中等教育局長・布村幸彦さんに話をうかがった。
社会に出て働く力の育成が今後の学校教育のテーマ
― 一時期、ゆとり教育による学力低下などが指摘され、また社会状況が大きく変化する中、学校教育の現状はどのようになっているのでしょうか。
布村/国が定めている学習指導要領という教育内容の基準があるのですが、時間的、精神的ゆとりを通して、じっくり考える力や創造性を身につけようという流れで動いてきた経緯があります。一方で覚える知識量が減って、それが学力低下につながるという不安もあったんですね。本来、二者択一ではないのですが、ある程度、授業時間数を増やしたこともあって、一時期の学力論争は落ち着いてきています。国際学力調査でも、わが国の子どもたちの学力は、国際的に上位を維持しているというデータが得られています。
ただ問題点としては、学力の格差があります。学力の上位層はある程度の厚みがあるものの、下位層もトップレベルの国々と比べて厚みがあります。また、国際的に見て、学びへの意欲が低く、学習習慣ができていないことへの対応も課題のひとつです。
―できない子を引き上げるための方策はあるのでしょうか?
布村/学力差の出やすい算数、数学、英語などは、理解度に応じた少人数指導の取り組みをしていただいています。また総合的学習の時間では、教科で身についた知識を活用する場面を設定し、「こういうふうに役に立つのか」ということを体で理解する授業をしていますし、各教科等において自分の意見を人に説明し、議論するといった言語活動を充実しています。社会に出て、いきいきと働く力を、小・中・高校と段階的に育てる取り組みが、学校でも計画的に行われるようになってきました。
―今、おっしゃった取り組みを広めるにしても、先生に訓練や体験の場が必要ではないでしょうか。
布村/日本にはよき学校文化があって、先輩の先生に授業を見てもらって指導を受けたり、一緒に教材研究を行ったりもしていました。最近は先生方も忙しくなり、現場で力をつける機能が弱くなっているのかもしれませんが、学校現場での実習を重視する教職大学院が設置され、より実践的指導力を養う場もできました。
コミュニティ・スクールで地域との連携を深める
―最近では学力のほか、キャリア教育の重要性も言われるようになってきました。
布村/今、小学3、4年生で地域社会の中の職場見学、訪問、中学2年生では職場体験を実施している学校が多いです。高校の段階を見ると、職業学科は地域の工場、商店、企業の方々にお手伝いいただき、デュアルシステムという形で企業に一定期間所属しながら学校にも行って、両方往復しながら学ぶということも行っています。しかし普通科ではそれができていません。
―高校全体の7割は普通科とのことですから、今後の対応が必要になってきますね。
布村/今、生徒たちは自分の学力にあった高校に進学しています。しかし、高校進学に当たって「やりたい勉強ができる」からとした生徒は12%、「自分の個性や力を伸ばすことができる」からとした生徒も12%しかいません。「大学受験のため、学力相当の高校に入った」という意識なので、学校での学びが将来の夢の実現や「こういう仕事に就きたいから、今はこういうことを学んでいる」という意識に繋がっていません。そういう点でキャリア教育は重要になってきますね。
また近年は、経済官庁、労働官庁からも、職場の組合員制度とか、労働者は法令で守られている一方、これだけの義務が発生するなど、社会で働く時に必要なことをしっかり教えてくれと言われています。現実には、そこまでのものを丁寧に教えるノウハウがないので、企業の方に来ていただいて、教えていただかないといけない。そのマッチングが、これからの課題です。
―確かに先生たちの自助努力だけでなく、外の様々な立場からの援助が重要ですね。最近はキャリア教育に興味を持つ企業も増えていますが、出前教室をするというレベルのものが多いようです。双方のニーズのマッチングやコーディネイトの役割が必要になっているように思います。
布村/協働のひとつの典型的な例が コミュニティ・スクール です。地域の方々、保護者、企業の方に学校へ入ってもらって、学校の先生の範囲ではなかなか実践できない体験的な学びの場、社会に繋がる学びを、どんどんお手伝いしていただこうと文科省でも旗を振っているのです。一部、地域に根ざした学校作りで、良い成果を上げているところも出てきています。
コミュニティ・スクールには、保護者・地域住民などから構成される学校運営協議会が設けられ、学校運営の基本方針を承認したり、教育活動について意見を述べるなどの取り組みが行われる。学校、保護者、地域の人たちが、ともに知恵を出しながら協力し合い、子どもたちの豊かな成長を支え、「地域とともにある学校づくり」を進めるしくみ。
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―コミュニティ・スクールは「地域とともにある学校づくり」を進めるしくみとのことですが、今、全国に何校くらいあるのでしょうか。
布村/まだ47都道府県全体には広がり切れていませんが、ようやく1,200校くらいになりました。理解のある教育長さんなどがいらっしゃる地域では、先進的な活動が盛んで、コミュニティ・スクールも増加しています。東京だと世田谷区や三鷹市などですね。今回の東日本大震災でも、地域との連携があった学校ではスムーズに避難所が立ち上がり、運営面でも役割分担がいい形で進みました。普段から地域に根ざした学校作りをしていると、非常時にも役に立つのです。
人との出会いや体験が子どもたちの未来を創る
―時代に合わせて学校のあり方も変化させなければいけない一方、いじめや不登校対策など、長年の懸案もあります。
布村/不登校などは、先進諸国が共通に抱える問題で、日本でも小・中学生の不登校が全国で約12万人といわれています。生徒たちは3年で入れ替わりますが、総数は変わらない。スクールカウンセラーや心理士の方に心のケアをしていただいているのですが、不登校が毎年、再生産されている状態ですね。この大きな課題がなかなか解決しないのが悩ましいところです。
近年では、高校中退などで学びが続かなかった子どもたちの再チャレンジの場として、チャレンジスクールやエンカレッジスクールな どを各都道府県で取り組んでいただいています。いろんな人と接することや、体験的学びを工夫し、ようやく自分のやりたいことが見つかった、意欲が出てきたという生徒たちも増えています。
―文科省さんにご支援いただき、日本フィランソロピー協会が主催している「青少年フィランソロピスト賞」があります。そこでは不登校だった子どもたちが多く通うチャレンジスクールが、立派な募金活動を行い受賞しています。
ボランティアや社会貢献活動を行うことで「世の中にはこんな人もいるのか」という気づきがあり、「この人たちのために自分はこんなことができる」という自己有用感、自己尊重感が生まれる。ほめられるだけでなく感謝されるということが、人間の生きる意欲に繋がるという感じがします。
布村/そうですね。日頃、家庭では保護者に、学校では先生にほめられたり、認められたりということがあると思います。しかし普段接しない第三者的立場の大人からほめられたり感謝されるのは、大きな経験になると思います。
ちょっとした体験や人との交流が、将来、自分の進む道を見つけるための良いきっかけになると思うので、なるべく、そういう機会を増やしていきたいですね。また、どの生徒も同じ体験で気づきが生まれるわけではありませんから、いろんなタイプの発想、出会いを体験してもらって、その中から自分の心に響くようなものがあり、次のステップに進んでいく。そんな学校になれるといいと思います。
― 一方で少子高齢化が進み、学校の規模も小さくなり、世の中の動きも速いので、学校のスタッフだけでは、まかないきれない部分もありますね。
布村/そういうところをNPOや地域の方、企業の方などにお手伝いいただき、子どもたちの体験や夢に繋がるような支援をしていただくとありがたいです。学校もできるだけ、そういう活動に積極的に取り組みたいですし、その発想の流れがコミュニティ・スクール制度化のひとつのきっかけです。できるだけ開かれた学校作りを進めるというのが、今後の大きなテーマだと思います。
―子どもが潜在的に持っている力は、すごいものがあります。それを少しでも引き出すような教育が必要ですね。
布村/国によって教育のスタイルは様々で、体育は地域のスポーツクラブに任せて学校ではやらないというところもあります。また徳育は最初から家庭の問題だと割り切っているところもあります。日本の学校は知育、徳育、体育のすべてに取り組み、子どもたちをトータル的にしっかり育てるという意識を持っていて、この強みを伸ばしていくことが大事です。
―さまざまな状況の親たちや子どもたちがいますから、トータルに教育する意味は大きいですね。高校段階における経済的支援についてはいかがでしょう。
布村/経済的理由で学びの機会を奪うことがないよう、公立高校は原則として授業料を徴収しないこととしていますし、私立高校等については就学支援金制度ができました。また奨学金制度も充実させています。すべてが親がかりということではなく、社会全体で高校段階での学びを支えているのだというメッセージを、子どもたちにも積極的に伝えたいのです。そして子どもたちが大人になったとき、自分たちは社会に支えられてきたという意識を持って、その後の行動や活動につなげていただきたいと思っています。
―本当にそうですね。私どもも、企業やNPOの人たちがそのノウハウを活かして、次世代育成のために、学校との連携を深めるためのコーディネートをより密にしていきたいと思います。本日はありがとうございました。
インタビュー
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子