No.355巻頭インタビュー

◆巻頭インタビューNo.355/2013年4月号
これからのリーダーシップに必要なものは?
金井 壽宏 (かない・としひろ) 氏
神戸大学大学院 経営学研究科 教授
<プロフィール>
1954年生まれ。1978年京都大学教育学部卒業。1980年神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程を終了。1989年MIT(マサチューセッツ工科大学)でPh.D(マネジメント)を取得。1992年神戸大学で博士(経営学)を取得。専門は経営管理と組織行動。
リーダー不在の時代と言われて 久しい日本。モデルのない時代に突 入した今日のリーダーシップに求め られるものは何か? 神戸大学大学 院教授の金井壽宏氏に、これからの リーダーシップのあり方についてお 話を伺った。
―先生は組織論がご専門ですが、組 織を牽引するリーダーの存在は大き いものの、そのあり方は時代と共に 変わってきています。また、リー ダーシップを培うことも難しくなっ ているように思います。そんな折、 先生の「サーバント・リーダーシッ プ」という本に出会い、資生堂元社 長の池田守男さんのお話と共に、と ても共感しました。
金井 「サーバント・リーダーシッ プ」を提案したのはロバート・グリ ンリーフ(以下RG)です。元AT &Tのマネジメント・リサーチ・セ ンター長で、その後大学や他の組織 の財団の理事を歴任しました。
サーバント・リーダーシップとい う考えを基に、アメリカン・リー ダーシップ・フォーラムを創設した のはジョゼフ・ジャウォースキーで す。彼は弁護士として成功していま したが、それを全部失うリスクを冒 しながらも、もういっぺん自分の生 き方を考え直してみて、実はアメリ カに足りないものは「リーダーシッ プ」だと考えついたのです。
「サーバント・リーダーシップ」と いうと、誤解されやすいですね。 「サーバント」と「リーダー」、一 見両立しないものを並べるのは修辞 法としてではないかと考えられてい ました。
―ええ、それだけに、「何だろう?」 と思ったわけです。
金井 60 年代は、ケネディ大統領暗 殺、ベトナム戦争があり、若者は絶 望してヒッピーのコミューンに流れ 込みました。だれかがリーダーシッ プをとらなければならない局面が いっぱいあるのに、それは若い世代 の間ではすべて否定された。つまり 産業も、大学も、権力を持つ人たちはすべて軍につながっていて、リー ダーシップは権力の象徴で悪だ、と いう風潮が蔓延していたのです。例 えばニクソンですね。そこで、RG が懸念したのは、みんなが「リー ダーシップ」をとることがいやに なっているのではないか、というこ と。今までの、演説がうまくて強い リーダーシップを持っている人に、 ひどい状況に連れて行かれてしまっ たので、「アンチ・リーダーシップ・ ワクチン」がアメリカ社会に広がっ ていったようです。
―それを阻止するものがサーバン ト・リーダーシップだと?
金井 もう少し明確なミッションを 掲げ、ミッションを実現するために自 主的に動き出す人を後ろから支えると いう形でリーダーシップを示す、とい う、これまでの「リーダー」とは違う リーダーが必要なのではないか、とい う考えを「サーバント・リーダーシッ プ」という言葉で表したんです。
―サーバントという意味をもう少し 説明していただけますか?
金井 「oxymoron」(オキシモロ ン)「頭がすっきりしている+愚か 者」という意味の言葉です。イメー ジは王が狂っていると言える賢い愚 者、道化師。そこから、この人が いるおかげで助かる、というのが 「サーバント」。
―愚者と思っていた人が、実は一番 国のことを考えている。こんなリー ダーがいたらかっこいいですね。
金井 私が最初にこれを紹介したの は、プレジデント誌での野田正彰氏 との対談でしたが、それをゼミに入 りたての学生に読ませたら、うちの ゼミはコピーを先生がやってくれる のですか?と言われました(笑)。
―金井先生は学生の「下僕」になっ てくれる、と。 殺到したんじゃな いですか?(笑)
金井 でも、一概に間違いとは言え ない部分があります。それは、金井 のゼミでは「自分の頭で考えること が大事」と思っています。理工系と違って経営学は1つの正解のある分 野ではありませんから。それぞれが レポート書いてきますよね。自分と 違う意見も出てきます。そしてその 違う意見を大切にして、議論する。 その結果、一人で考えるより、より よいアイディアにたどり着く、とい うのが理想のグループのあり方です よね。それができるようにすること がグループのミッションであり、自 分もそのミッションに奉仕する。
―伴走者、という感じですか?
金井 そう。だから、学生が、夢中 で調べ物をしたりレポートを書いて いて、結果、朝、電車に乗り遅れて …という時だったら、私のほうが、 教員がアクセスできる高速のコピー 機に走ることはあり得る、というこ とですよ。
―ミッションを達成するためのサ ポート役になる、でしょうか。
金井 例えば大震災の時。このよう なとても大きな惨事では(脱出の時 はともかく)避難所では誰も命令しないですよね。学生でも、気づいた 人ができることをする。思いやりを 持つ、つながり合う。ミッションの レベルで理解できたら、これには支 援しますよね。そうして、今度は支 援する人がリーダーになって行く。 そういうのが大事だと思いますよ。
―東日本大震災では、多くの若者た ちが、自主的に動き出してつなが り、そのつながりの中からリーダー がでてきて活動が継続されています ね。これこそ、サーバント・リーダー シップですね。
 ところで、公務員も、「公僕」と 言われていますが、これも、サーバ ント・リーダーのひとつですよね。
金井 確かに公務員は「パブリッ ク・サーバント」ですが、「サーバ ント」を卑屈にとらないでしょう。 それは、ミッションの名のもとに動 く「奉仕する(サーブする)ひと」 という意味です。
―そういう公務員が減っているのも 事実ですよね。「サーバント・リー ダーシップ」を実践していただきた いですね。公務員になりたい、と言 う人は、安定を望むだけではなく、 社会に貢献したい、奉仕したいとい う人がなってほしいですね。
金井 最初からそうした公共哲学を 持っていなくても、公務員組織で成 長・発達するプロセスで、脱皮して より公共性を帯びた絵を描くように なってもらいたいですね。
―意外と、本来のパブリック・サー バント・リーダーシップのあり方 が、リーダーシップを考える上での 原点になるかもしれませんね。とこ ろで、先生は、最近「レジリエン ト・リーダーシップ」ということを おっしゃっていますね。レジリエン ス(resilience) は元々工学系の言葉 で、システムが簡単にはボキッと折 れない力、しなやかさ、復元力だそ うですが。
金井 リーダーシップに関する心理 学を考える場合、少し変遷をお話し ましょう。 98 年に、マーティン・セ リグマンという心理学者が米国心理 学会の会長に就任した時に、これま で心理学は、悲観主義、抑うつ、服 従、攻撃性などネガティブなテーマ ばかり扱ってきたので、これから は、楽観主義、希望、感謝、幸福な どポジティブなテーマに取り組むべ きだと就任演説を行いました。そこ から、ポジティブ心理学という運動 がおこり、経営学における組織行動 論、たとえばモティベーションや リーダーシップなどを考える上で、 ポジティブ組織行動論(Positive Organizational Behavior―POB) という分野が生まれました。
―心理学にもポジティブとネガティ ブですか! 捉え方で違ってくると いうことですね。私は間違いなくポ ジティブです! 否、単なるノー天 気でした(笑)
金井 私も基本的にはPOBを支持 しているのですが、おっしゃる通り、 安易なポジティブ教に陥っては、人 の深いところを垣間見ることができ ません。そこで、バーバラ・エーレ ンライクという著述家が、ネガティ ブ病も困るが、ポジティブなことば かりで世界を彩るポジティブ病も問 題だ、と主張しました。彼女は、乳 がんになった時に、周囲の人から「だ いじょうぶよ」と声をかけられるこ とが一番つらかったと言っています。 つらく不安な状況の時の、安易なそ うした言葉は、空しく響くだけです ね。むしろ、じっと手を握って一緒 にその時の気持ちを共有してくれる ほうがはるかに心ある行動ですね。
―そして力になるためには、自分自 身が容易にあきらめず、折れない 「レジリエンス」を持っている、と いうことが不可欠ですね。
金井 ポジティブ心理学の一番良いところに位置づけるべき概念が「レ ジリエンス」だと思います。東日本 大震災などで自分だけが生き残った ような人で、窮境から立ち直り、大 変な経験をくぐったおかげで以後よ り良い生き方をすることがあります ね。「最初から楽観主義」ではな く、こんな大変な時に「なんとかで きる」と思い続け、言い続けられる 力ですね。
―その力はどのように身につくので しょう?
金井 リーダーシップが身につくの は、ゼロからの新事業のような過酷な経験です。そんな経験が7割、薫 陶2割、研修1割、というデータで 出てきました。この7割のうち、特 に目立つのは、過酷だった経験から のレジリエンス(回復)です。私は、 きちんと追跡すれば、この比率は経 験5、6割、薫陶3、4割、研修1 割ぐらいだと思いますが。いずれに しても、リーダーシップは研修やト レーニングで身につくものではな い。経験の話が3、4つあったら、 大抵1つは大変な経験が出てきま す。ゼロから事業を立ち上げる時に は、猛烈な批判、リソースの裏付け はない、そんな中で、みんなに感謝 されるような事業を創っていくのは 生半可じゃない。そういう人の特徴 は、折れない、絶対あきらめない。 折れないプロセスで立ち上げた人な のだから、次の逆境が来た時も耐え られる、と思わせる。これはサーバ ント・リーダーの「ミッションの名 のもとに」ということと、どこかで オーバーラップするんじゃないか、 と思うようになりました。「柔な リーダーに見えるのに、それでもつ いて行けるのは、あの人があの場面 でも跳ね返す力で突き進んだから」ということ。
―むしろ、リーダーは、強圧的では なくて、使命に向かってもがいてい る姿をありのままに見せたほうがい いのでは、と思いますね。
金井 アッテンボロー監督の映画 「ガンジー」の1シーンを思いだし ます。英国から独立しようとしたと きに、製塩事業はイギリスが独占し ていた。しかし、ガンジーはインド 西部の海岸の町に向けて、民衆を巻 き込んだ「塩の行進」を行ないまし た。誰もついて来なかったらただの 狂人ですよね。でも、ちょっとずつ フォロワーが増えてきて、海岸に着 くころにはいっぱいになっている。 これは象徴的行為ですね。フォロワー がいなければ、前でリーダーが倒れ るだけ、というリスクもあるし、治 安維持に引っかかる可能性もある。 そんなリスクを取ってまでも海まで 行って、自分たちで塩水を炊いたら 塩ができた。これは大きいですよね。
―フォロワーの経験としてもその後 の試練を乗り切るための大事な糧になりますね。
金井 座学で学んだことが、「あの 人からの薫陶」とオーバーラップし たり、経験からの教訓と結びついた りすることがありますね。リーダー シップを身につける上で重要だった 経験と、鍛えてくれた人のこと、1 つ2つの印象に残っている本や研修、 それが重なって、ミッションの名の もとには、決して途中ではあきらめ ない、ということが、リーダーシッ プの中に入っていくんだと思います。
―経験と薫陶と研修がつながり、 リーダーシップの形が作られてい く、ということですね。キング牧師 もそうですね。
金井 キング牧師は、公民権運動と いうミッションの名のもとに、多く の怖ろしい場面をくぐり抜けてきま した。バスの中での人種差別撤廃に 向けてのバス乗車ボイコットを呼び かけた。キング牧師のような信念の 人でも、その翌日、奥さんと一緒に 最初の始発を見るまで心配だった。 実際には、黒人は誰も乗っていなかった。みんな、耐えに耐えてやっ てきたんですね。このように、ガン ジーやキング牧師などの「レジリエ ント・リーダー」と「ミッションの 下に奉仕するリーダー」はかなり一 致すると思っています。
―フィランソロピーの推進も、ミッ ションの名のもとに、忍耐強く働き かける、という意味では、サーバン ト・リーダーシップやレジリエント・ リーダーシップは重要な要素だと思 います。
金井 池田守男氏もRGと同様にク リスチャンで「サーバント・リー ダーシップ」という言葉には私など よりピンときていると思います。そ れで、サーバントから離れて、レジ リエント・リーダーシップという側 面からも捉えてみると、ミッション の名のもとに折れずに頑張る人を支 える、という気持ちは宗教でなくて もありますよね。例えばラグビーの 平尾誠二氏。ラグビーは、一人ひと りが考えて動かないといけない。自分は指導者だが、基本は奉仕したい と思っているという。教育界にいる 私は、大学教育で、日本で、自分の 頭で考える人を育てたい、という ミッションを持っている。企業で も、「ミッション経営」「経営理念」 を多くの成功した経営者が大事にす るのは、お金や利益を超えるものが あるからでしょう。
―「しなやかさ、復元力」というの は、苦労を克服した経験で得るもの と、もともとその人が持っているも のと、どちらが大きいのでしょうか?
金井 たとえば、キング牧師は、何 度逮捕されても、それを乗り越え成 熟していったのでしょう。鍛えられ たり、耐えて、克服しながら身につ いていくのではないでしょうか。
―だからこそ、企業でも、心理学の 手法を使って、さまざまな研修や体 験が行われるのですね。
金井 われわれ自身にとってもリーダーシップの実践的研究でポジティ ブ心理学が経営学に大きく影響を与 えていますが、会社で、「幸せ」「希 望」などと言ったらちょっと違和感 がありますよね。「レジリエンス」 という言葉が、ポジティブ心理学の うえでも、「逆境に耐えられる」と いう、大人社会の中でも求められて います。ガンジーやキング牧師など、 考えてみたら、みんなのために奉仕 した人は、見た目は柔だけれど、内 実は、柔どころじゃないですね。レ ジリエンスの概念は、ポジティブ心 理学の中でも特に注目したいです。
―先生は、最初から経営学ではなく て、まず心理学を勉強なさったんで すね。先生の研究に、組織だけでは なく、常にその中の人間の心に向け て眼差しを持っておられるのが納得 できました。
金井 一般に、人生の中で 20 代前半 から 60 代まで長く過ごすのが産業界 ですが、心理学を専門にする人が産 業界に興味をもつとは限らない。ところが、経営学の中にも、組織の中 の人間行動という心理学をベースに したおもしろい科目がある。米国で も、基礎学問分野をやった人が応用 分野として経営学の組織行動論を専 攻することがウェルカムですよ。
―モデルのない、正解のない世界に 繰り出している私たち。NPOへの 期待は大きいですが、まだまだ内実 が伴わない。リーダーシップを考え る場合の、サーバント、レジリエン スは私どもにとっても非常に参考に なる概念だと思います。
金井 フィランソロピーとリーダー シップには親和性がありますね。今 後は、少し体系的に考えてみようと 思います。
―期待しています。次回の企画がい ろいろ浮かびそうです。ありがとう ございました。
インタビュー
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子