No.357巻頭インタビュー

◆巻頭インタビューNo.357/2013年8月号
社会的事業の育成と支援を ~「ベンチャー・フィランソロピー」の手法で取り組む~
白石 智哉 (しらいし・ともや) 氏
一般社団法人ソーシャル・インベストメント・パートナーズ 代表理事
<プロフィール>
1986年一橋大学法学部卒業後、株式会社ジャフコ入社。米国シリコンバレーでテクノロジー投資、シンガポールでアジア諸国の投資業務などを経験。1998年から株式会社ジャフコ事業投資本部長として、総額800億円の企業買収ファンドを設立。2005年から欧州最大のプライベートエクイティ「ペルミラ」の日本代表。2009年に退任後、複数の企業、財団の顧問を務める。2012年11月より現職。
今年(2013年)4月に設立された「日本ベ ンチャー・フィランソロピー基金」 は、社会的事業を行う団体を支援す る、日本初の本格的な基金である。 運営元である一般社団法人ソーシャ ル・インベストメント・パートナー ズの代表理事、白石智哉さんは 25 年 にわたり、日・米・アジアでベン チャー投資、企業買収、経営支援な どを行ってきた、プライベートエク イティの第一人者である。資金提供 はもちろんのこと、持続的成長をサ ポートするための戦略策定、組織作 り、マーケティング、PR、他社と の連携などあらゆる場面で支援先 を支えて支援していくというベン チャー・フィランソロピーの魅力に ついて伺った。
10年、20年先に自分が活躍できる仕事を求めて
―白石さんはベンチャー投資や企 業再生、企業買収、経営支援など、 いわゆるプライベートエクイティ という分野で 25 年ものキャリアを お持ちです。一般の人にはあまりな じみのない仕事ですが、そもそもは どういう経緯で、この業界に入られ たのでしょうか?
白石 大学4年生になり、就職を考 えた時、現在と同様に、人気があっ たのは大企業や商社、銀行などでし た。しかし自分自身はまず職業を選 びたいという気持ちが強かったん ですね。最初は下積みをしないとい けませんから、実際に活躍できるの は 10 年後、 20 年後です。その時に会 社はどうなっているだろうか、職業 そのものはどうなっているのかを 考えないといけない、と漠然と思っ たのです。
― 若い頃から将来をじっくり考え る習慣があったとは。しっかりして おられたんですね!
白石 とはいえ実際に動いてみな いとわからないので、 50 社くらいの 会社を訪問し、先輩に会って話を 聞きました。そのうちにだんだん 考えがまとまってきたんです。今 は知られていない仕事でも、将来 的には大きく伸びるかもしれない し、社会の役に立つかもしれない。 またできれば先人が少なくて、チャ ンスは多い方がいいと思いました。 人気のある企業は人材が豊富ですし、先輩がみんな優秀で、チャンスを掴むのは大変そうでした(笑)。
― 戦略的でもある! それでベン チャーキャピタルという仕事に興 味を持たれたのですか?
白石 たまたま大学時代、ベン チャーキャピタルについて話をし ている先生がいて、そういう仕事が あることを知りました。私は文系の 人間ですから「モノづくり」はでき ない。しかし何かを作り出す人を サポートする仕事ならできるかも しれないと思ったんです。アメリカ ではベンチャーキャピタリストは 非常に尊敬される仕事で、すでに、 アップルなどの成功の背景には、創 業段階からベンチャーキャピタル による投資育成支援がありました。 当時、日本ではほとんど知られてい なかった職業ですが、自分が 30 代、 40 代になったら面白い仕事ができ るほど成長する職業かもしれない、 日本では先人も少なそうだと思い、 ジャフコというベンチャーキャピ タルに入りました。ここは、もとも と日本生命、三和銀行、野村證券 の三社で作った会社ですが、中興の 祖である当時の社長が「日本のベン チャーを育てよう﹂﹁ 若い人材を育 成しよう﹂と熱心に動いている時期 で、私も早い段階でこの世界に入る ことができました。そこからはずっ とこの世界が自分の生業になって います。
本当のベンチャーキャピタル は、決してハゲタカではない
― 日本では投資ファンドというと、 ハゲタカファンドというイメージ がどこかにあります。白石さんは日 本だけでなく、アメリカで4年、シ ンガポールで6年間仕事をされて いますね。海外の状況はいかがだっ たでしょうか?
白石 投資ファンドといっても、本 当に種類があって、私自身、いろん な投資家と出会ってきました。いわ ゆる「乗っ取り」をして儲ける人た ち、上場株式を買って、株主として 反対意見を出し、結果的に配当をた くさん出させて引き上げていく人、 また本当に会社を潰して儲けるよ うなハゲタカ投資家もいました。
― すさまじいですね。
白石 アメリカで働いていた頃、そ ういう株主に乗っ取られた経営者 から「会社を取り戻したい」と相談 され、買い戻す仕事をやったことが あります。彼らに出ていってもらう には、ある程度お金を払わないとい けないので、今後、我々が投資を回 収できるかどうかのリスクを考え ながら、経営者と一緒に事業計画を 策定したりもしました。そういう経 験を通して、彼らのやり方、儲け方 も見てきました。こういったさまざまなケースを見ながら、自分がやる べき投資業を定義していった 25 年 間だったのではないかと思います。
― 白石さんがやるべき投資業とは、どんなものですか?
白石 ベンチャーキャピタルの王 道は、お金を出して事業計画達成 のリスクを取り、その上できちん とリターンを要求するということ です。本来、会社がよくならなけ れば、リターンはついてきません。 よくなるというのは、その会社の事 業が成長するということ。そしても う一つ大事なのが、持続するという ことです。そのために我々はいろん なサポートをするんですね。戦略を 見直したり、新製品の開発を手伝っ たり、必要な工場を手当てしたり、 販売先を紹介したり、経営陣が足り ないとすればCFOを連れてきた り。またお金を出すだけでは、経営 者の脇が甘くなるケースもありま すから、計画が進んでいるかどうか を常にウォッチする。それが僕たち の役割なんです。
― まさに経営そのものですね。
白石 この仕事をみなさんに 紹介するとき、よく映画の制 作に例えるんです。まず事業 計画とかビジョンとか、受益 者に対して、こんなことをや りたいなどを描いたシナリオ を出演者の人たちと一緒に作 ります。次に主演男優女優だ けでなく、撮影をする人、キャス ティングをする人、PRをする人な ど、大勢の人たちが必要になってく る。その中で僕らは資金提供すると 同時にプロデューサーの役回りを します。映画作りはまさしく総合的 な能力が必要で、それは事業も同じ です。
― 確かに企業経営の周辺にもたくさんの人材が必要ですね。
白石 アメリカで、そうやってプ ロデュースした株式会社を上場す るとき、シカゴ、ニューヨーク、 サンフランシスコなど全米各地を 回って、個人や機関投資家たちに説 明するんです。「私たちの会社は、 これからこんな形で成長するので、 上場のあかつきには株を買って欲 しい」と。それを「ロードショー」 と呼びます。
― まさに映画ですね! ただ映画も ヒットしなければ大変です。ベン チャー企業のサポートも苦労が多 いと思います。
白石 そうですね。事業が上手く いかなければ、まったくお金が返っ て来ませんから。借金は返済の順位 があって、税金、給料、お取引先な ど債権者、銀行、お取引先、最後が 我々投資家です。
― 債務不履行になりそうなときは、 どうされるのでしょう。
白石 資金を出している人間とし て、再度資金を出して会社を支え るかどうかを判断しないといけな いわけです。支えないと会社は潰 れて、そこで将来は途絶えます。 一方、支えると投資がかさみ、よ り傷口が広がるかもしれません。 そこでもう一度、事業を見極めて、 この経営者でいけるのだろうか、ダ メならサポーターを連れてくるか、 などと考え、銀行に対しても返済ス ケジュールの変更を交渉するなど、 いろんなことを行います。
― 時には失敗することもありますか?
白石 はい。決して成功の連続では ありませんでした。そういう時期 には、毎晩じんましんが出て、ずっ と止まらないこともありました。 本人は一生懸命にやって疲れも感 じませんでしたが、きっと体は参っ ていたんでしょう。
― この仕事は向き不向きがありますか?
白石 緻密さとともに、大いなる楽 観主義が必要ですね。とことん考え て、決めたことに関しては、ぶれな いのが大事だと思います。私は中学 の頃から、頭の回転が速いとは言え ず、理解や判断に時間がかかるタ イプでした。でも考えた末に決め たら、その通りにやる。結果的に、 そういうことを昔から自然と訓練 してきたのかもしれないですね。
資金と時間と手間をかけてともに築く社会的事業
― そうやって、世界各地でベン チャー投資などをやられてきた白 石さんが、今回、ベンチャー・フィ ランソロピーに興味を持った理由 はなんでしょうか?
白石 やはり東日本大震災が大き かったです。震災後、東北で何かお 役に立てないかと考えた時、たま たま「東北共益投資基金」という、 地域の共益事業に投資する基金が、 投資審査と経営支援をするような アドバイザーを求めていたんです。 自分ができるのはお金の調達と経 営支援ですから、アドバイザーの一 人になって東北にでかけるように なりました。ここでの対象は事業で すが、被災した事業がきちんと続 いていくということは、雇用が増え て、地域コミュニティがもう一度活 性化するということです。社会的価 値も産出しながらの投資だったの で、これはまさにベンチャー・フィ ランソロピーの東北復興版なんだ なと思ったのです。
― まさにその通りですね。
白石 そして震災から時間が経つ につれて、今度は緊急的復興だけで なく、日本全体の社会課題、社会事 業に対するベンチャー・フィランソ ロピーを日本でできないかなと思 いました。その頃、ヨーロッパのベ ンチャー・フィランソロピー協会会 長の、ダグ・ミラーさんが日本に 来て、一緒にやろうと声をかけて くれたのです。彼は僕らと同じ、プ ライベートエクイティ業界の人で、 20 年来の知り合いでもあります。 他にベンチャーキャピタル、コーポ レートファイナンスなどの分野で の専門家などにも声をかけて、一般 社団法人ソーシャル・インベストメ ント・パートナーズを作りました。 そして企業オーナーの方々や私た ち理事の寄付とベネッセさん等の CSR、そして日本財団さんにご協 力いただき、1億円規模で「日本ベ ンチャー・フィランソロピー基金」 を作りました。
― これから支援先を選んで、いよい よ活動されるのですね。
白石 教育、若者の就労支援、女性 支援、育児といった次世代育成の分 野で、すでに 30 くらいの団体の方々 とお会いして、かなり絞り込みがで きています。公募やコンテストなど のやり方ではなく、こちらからでか けていって、事業計画も彼らが作っ たものをもう一度練り直すところ からやりますので、時間がかかりま す。
― まさに、手作り感のあるやり方ですね。
白石 はい。投資額についても従前 の助成金より多く、2〜3千万円く らいを考えています。これはプロ ジェクトごとではなく、用途を問わ ない中長期のお金です。また、一度 に出すのではなく、1年後にこの目 標を達成したら、2回目、というよ うな形で資金提供するつもりです。 たくさんの数はできないと思いま すが、年内には最初の支援先をお見 せしたいと思っています。
― やはり結果を出すには、ある程 度、時間の投資も必要ですか。
白石 そうですね。社会的リターン を指標で示すことを考えると、受 益者の再定義が必要だと感じます。 今、見えている受益者の裏に、お母 さんがいたり、ご家族がいたり、そ の活動自体が地域コミュニティに 繋がっていることもあります。社会 事業家というのは、地域課題を解決 するために本当に面白い仕事がで きていると思うのですが、受益者や 事業領域を再定義し、目標を立て、 結果を出すには、やはり3年から5 年の時間が必要だと思っています。
― 一般の企業ならシンプルに売り 上げだけを考えればいいという見 方もできます。しかし社会的事業の 場合、受益者も様々で、社会的リ ターンが複雑ですね。
白石 まったくその通りです。だか らこそ社会的な価値があると思っ ていますし、本来、営利事業もそれ を意識すべきです。事業をやってい る中で、対価を払ってサービスや製 品を購入してくれる人だけがお客さんではなく、それ以外のところに 受益者はいないだろうか。いるとす れば、どうすれば増やせるのか。売 り上げと社会的存在意義は必ずしも イコールではないので、そこをきち んと情報開示し、かつレポーティン グできれば株価が評価されるとか。 株式市場でもそういうことがあって いいと思います。
― そういう多様な指標があれば、企 業も利益第一主義という価値観の呪 縛から逃れられるのかもしません。
白石 受益者が多いということは、 社会の課題を解決しているというこ とです。ということはニーズがある わけですから、おそらくサステナビ リティ(持続可能性)の点で強い。 そういう会社は、当然、サステナビ リティで低い会社より、利益の成長 性、持続性が高いでしょう。株式を 評価する場合、PER ( ひと株利益 に対する株価の倍率) という指標が ありますが、当然、サステナビリ ティの低い会社より、高い会社の方が倍率は高いはずです。金融の方で も、そういった観点で企業を見る、 株価を評価するという考え方が将来 的にあってもいいし、そういう株式 の投資信託があってもいいと思うん です。今回の基金で、対象は営利事 業に限らず、さまざまなケースがあ るでしょう。自分たちが出資したお 金が、いくらで返ってくるかという 単純な話ではなく、ある意味、より 難しい取り組みです。しかし、ここ で学んだことを将来、営利事業への 投資や金融に活かしていくのは、非 常に意味があると思っています。
メソッドを各地に広げて 社会的価値を高めていく
― 実際、 30 団体ほどまわってごらん になって、いかがでしたか?
白石 本当に魅力ある経営者が出て きています。そういう人たちと信頼 関係を築いて、英語でいうところの 「スパーリング・パートナー」にな りたいですね。ボクシングのスパーリングのように、対等な立場で丁々 発止と意見を闘わせる。経営者に 「口うるさい」と言われるときもあ るでしょうが、私たちも「それでも 現実を見据えて将来を考えましょ う」と。経営者とは孤独なもので す。まわりに話をできる人がいなく なりますから、よき相談相手という か、まさにスパーリングのパート ナーは、互いに緊張感があります(笑)。
― そうやって共に歩いていくと、 様々な課題も見えてきますね。
白石 やはり人の部分が大きいと思 います。経営者をサポートする人 材、そしてサービスを提供する現場 の人たちをいかに採用し、育成する か。また、そこで出た課題をいかに ナレッジシェアして、解決し、さら にはもっと大きく広げていくのか、 その仕組みをどうするか。また多く の団体が、商売で言うと単品なんで す。ところが受益者の方々は年齢も 上がっていくし、家族がいたり、参画するのが地域の人たちだったりも します。従来の解決方法だけでは対 応しきれないぐらい複雑になってき ているんですね。そうすると他の事 業者、行政、社会起業家、企業など との連携がもっと必要だと思いま す。
― ベンチャー企業も単品だけで勝負 をしたら、もたないという話を聞い たことがあります。社会的事業でも 同様なのですね。
白石 受益者さんのフィードバック をきちっと受けた上で、メニューを もっと開発したり、高度化する。自 分のところで足りなければ、他の人 を紹介したりとか、いろいろなこと ができます。社会的事業のよいとこ ろは、一般の企業と異なり、マー ケットシェアを取っていこうという 発想はあまり必要がないと思うんで す。自分のメソッドがちゃんと確立 できて、それをどんどんコピーして くれる人が各地に広がって、全体と して価値が大きくなる。これもまさ に社会的価値の増大です。
― まさにそこが一番大事なのです が、現場は資金も人材も不足して、 余裕がない。ですから本当の解決へ の一歩を見失いがちになりますね。
白石 おっしゃるとおりですね。 僕たちのような、外部の人間の方 がよく見えるところがあるのかも しれません。「なんでこれを標準 化しないのだろうか。これを標準 化して、他にもひろげていけば、 もっとコピーする人がでてきて、 フランチャイズで受益者が増えれ ばいいではないか」と思うので す。それこそ社会的事業の醍醐味 です。
― そういう考えを受けとめられる経 営者が重要ですね。
白石 やっぱり最後は経営者、人な んです。僕らの審査基準でも一番重 要だと思っているのは、経営陣の リーダーシップ・キャパシティーで す。ビジョンとミッションを共有で きる人かどうか。あるいは、そのポ テンシャルがある人かどうか。最初 から完璧な人はいないですから、僕 らと話をして、「あ、それはできま す」と言ってくれれば、「じゃあ、 やってみましょう」となります。
― 時間はかかりますが、ベン チャー・フィランソロピーの手法で よい成果が出ると、社会へのインパ クトは大きいですね。
白石 そうですね。まず支援先が中 長期にちゃんと成長したというとこ ろを見せる。そして、この手法がみ んなに理解されるようになれば、当 然、経営者も育っていくでしょう し、ベンチャー・フィランソロピー という仕組みにお金をだそうとか、 経営資源を提供しようとか、様々な 動きが出て、新しい良質の資金環流 ができると思っています。それが私 たちの中長期の課題であり目標です。
―「日本ベンチャー・フィランソロ ピー基金」は1億円という規模です が、これがさらに大きくなるといい ですね。
白石 はい、その通りです。また 僕らだけではなく、日本でベン チャー・フィランソロピー基金が他 にもたくさん出てきてくれればいい と思っています。ヨーロッパ、アメ リカではもう何社もこういう団体が ありますので。僕らはまだまだ、こ の業界では駆け出しですね。
― 今後が楽しみです。フィランソロ ピーとは、単なる社会貢献ではな く、社会の課題解決をし、新しい価 値を作っていくことを指します。人 を幸せに、社会を心豊かにするため のお金の流れを作っていきたいです ね。ありがとうございました。
インタビュー
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子