No.365特別インタビュー

◆特別インタビューNo.365/2014年12月-2015年1月号
「不就学」を防ぎ、すべての子どもに豊かな人生を送ってほしい
小林 克嘉(こばやし・かつよし)氏
文部科学省 大臣官房国際課 国際協力企画室 室長補佐
<プロフィール>
1976 年生まれ。東京大学文学部スラヴ語スラヴ文学専修課程卒 業。2001 年文部科学省に入省。文部科学省では、専門学校、青少 年教育、toto(サッカーくじ)、世界遺産等の業務に携わったほか、 内閣府、農林水産省や千葉市教育委員会にも出向。2012 年より内 閣府定住外国人施策推進室において、日系ブラジル人等への施策の 取りまとめを担当し、2014 年4 月より現職。
現在、日本にはおよそ200万人 の在留外国人が暮らしている。中長 期で日本に滞在する人々のなかには 家族連れで来日し、学齢期の子ども を養育している場合もある。国籍に 関係なく、子どもは教育を受ける権 利があるが、実際には日本語が障壁 となり、中学・高校に通えない子ど もも少なくない。教育現場でも、彼 らにどのような学びの場を与えるの か試行錯誤が続いている。 外国にルーツのある子どもたち の教育支援の現状、そして国が行っ ている施策について、文部科学省大 臣官房国際課の小林克嘉さんに聞い た。
「不就学」が外国籍の 子どもに広がっている
― 在留外国人の子どもたちへの教育 問題は、以前から注目されていたの でしょうか?
小林/1990年前後までは、外国 人といえば韓国・朝鮮人の方々でし た。歴史的な背景もあり、教育に際 して大きな問題となる言葉の問題 は、ニューカマーといわれるブラジ ル人等とは比べると低かったかもし れません。
― 1990年に入管法(出入国管 理及び難民認定法)が改正され、外 国籍の日系二世、三世にも在留資格 が与えられました。それからは日系 ブラジル人などの入国が一気に増え ましたが、彼らが本国から家族を呼 び寄せて、そこから外国にルーツの ある子どもたちの教育問題が出てき たということでしょうか。
小林/当初、2000年前後から増 加してきたといわれるブラジル人学 校で教育が行われていたのです。
 ところが2008年のリーマン・ ショック後の不況で親の仕事がなく なり、授業料が払えず、学校に通え ない子どもが出てきました。そし て、このような子どもたちが「不就 学」という状態になることも多く、 社会的な問題になったのです。
― 学齢期に達していない子どもたち は「未就学」という言葉を使います が、それとは違うのですね。
小林/「不就学」とは、学齢期で あっても就学をしていない状態の ことです。日本人は義務教育が課 されているので、仮に不登校であっ ても学校に籍はあるのです。
 しかし外国人には必ずしも、その ような義務がありません。そのた め、就学の機会を逸することのない よう、お住まいの自治体の教育委員 会から、小学校入学の段階でお知ら せはしていますが、外国籍の子ども の教育には、さまざまな考え方があ ります。
 たとえば、将来帰国する予定があ るので、両親が子どもを本国の学 校に行かせたいという方がいれば、 それは尊重すべきことでもあるの です。
― 親の失業がきっかけで学費が不 要な日本の小・中学校に入ろうとし ても、言葉の問題がありそうです ね。
小林/学校に行っても、日本語ができなければ、当然、勉強についてい けません。そうしたことも原因で、 「不就学」状態になり、その結果、 中学生くらいの年齢の子どもが昼 間からぶらぶらしていたり、まして や働いていたりということになる と非常に大きな問題です。
 日本は国連の人権規約を批准し ているので、すべての子どもが教育 の機会を与えられるように、権利を 保障しなければなりません。そこで 文部科学省では2009年度から 「虹の架け橋教室」という事業を始 めています。外国人が多く住む北関 東や東海地方を中心に教室を運営 し、日本語教育や学習習慣を指導 し、公立校やブラジル人学校への就 学を促しています。
― 教室の運営はどこが行っている のでしょうか?
小林/現在はNPO法人やブラジ ル人学校など、全国20団体程度が活 動しています(下表参照)。

 たとえば浜松市では日系ペルー 人やブラジル人のための学校「ムン ド・デ・アレグリア」が有名ですね。同校は各種学校としての認可を取 り、自治体の建物を校舎として利用 しています。本国政府からの認証 もあり、学校のウェブサイトには、 日本と南米社会の架け橋となり、将 来は母国の大統領になり得る人材 を輩出することを目標としておら れます。また、虹の架け橋事業でも 協力いただいています。
― 「不就学」の問題は日系人が中心 でしょうか?
小林/当初は日系ブラジル人、ペ ルー人のお子さんの就学支援に中 心でしたが、最近では中国人やフィ リピン人の子どもたちも増加して います。フィリピン人は母子家庭の 方が多いといわれており、ブラジ ル人やペルー人のように一部の地 域に集住せず、日本各地に散らばっ て住んでいて、行政の目が届きにく い一方、貧困問題への対策も必要な 状態です。
ダブルリミテッドが 知的発達を阻害する
― 日本の公立学校に進学できれば、 子どもたちの教育問題は解決でき ますか?
小林/いえ、やはり言葉の問題は大 きく、たとえば公立中学を卒業した 日系ブラジル人のお子さんの場合、 高校進学者の割合は約4分の3と いう調査もあり、日本人とは明らか に異なります。その7割のなかには 通信制、定時制も含まれていて、子 どもたちが望んで進学するという より、学力的な問題で進路が決まっ ているのかもしれません。
 その結果、大学などの高等教育の 道も閉ざされてしまいます。近年、 医大に進学したり、弁護士になった りという子どもたちの例も聞きま すが、まだまだ少数派です。
― 子どものうちから日本に住めば 言葉はなんとかなると思いがちで すが、現実には簡単にいかないもの なのですね。
小林/言葉の問題はいろいろな段 階があって、日常会話はすぐにでき るようになっても、学習言語ができ ているかどうかは別なのです。中学 生なら、中学の勉強ができる言葉 の能力がないといけない。しかし、 ある程度の年齢になってから日本 に来ると、このレベルに到達するこ とが大変です。
― 近年、母国語も日本語の習得も中 途半端で、年齢に応じた発達段階に 到達できない「ダブルリミテッド」 の問題も指摘されています。
小林/ダブルリミテッドは当初、帰 国子女の問題だとされていたので すが、いわば、その外国人バージョ ンで、事態はより深刻です。
 言葉は「考える」という行為に 繋がります。言葉ができなければ、 考えることもできなくなり、国語の 授業がわからないだけでなく、算数 も理科もできない。結局、すべての 勉強に影響するのです。現場の教員 からは知的障がいではないかと見 られてしまう子どももあると聞き ます。
― 公立校では外国人の子どもたち のために、なにか特別な教育を行っ ているのでしょうか?
小林/突然、日本の学校制度のなか に入るのは難しいので、最初の1、 2カ月は準備教室で指導したり、 外国にルーツのある子どもが多い クラスをつくり、指導力のある先 生が担当するなどの方法を取って います。また、「加配教員」といっ て、教員を通常より多く赴任させて 教育のサポートを行う方法もあり、 現場からは評価の声もいただいて います。
外国籍の人のために 企業ができること
― 外国にルーツのある子どもたち が十分な学習経験を経ないまま高 校を卒業してしまうと、進路も限ら れそうですね。
小林/大人になると、今度は就職の 問題が出てきます。正社員ではな く、派遣のような仕事、あるいは 日本人がやりたがらない3K職場、単純労働に就きがちで、人生の選択 肢が非常に狭くなるのですね。
 そもそも、彼らの親世代は日本語 を使わなくてもよい職場で働いて いた方も多く、ごく簡単な日本語 しか話せない。親ができなければ、 子どもも話せず、言葉の問題が継承 されてしまうのです。
 あるいは子どもは学校で語学力 を向上させ、日本語が満足に話せな い親を軽視し、家族の繋がりが途切 れてしまうこともあるようです。
― 親世代が日本語を学習する機会 はないのでしょうか?
小林/ 「日系人就労準備研修事業」 を厚生労働省が行っていて、求職中 の日系人の方々を対象に、日本語 を無料で指導しています。職業選 択の幅が広がることもあり、コミュ ニケーションが必要な仕事ができ るように学習しているのですが、高 レベルの日本語、特に読み書きは大 変です。やはり漢字などの文字が非 常に高いハードルになっているよ うです。
― 親子関係の問題も踏まえて、生活 全般からメンタル面までサポートが 必要な状況ですね。親世代を雇って いるのは日本企業ですが、企業側で サポートできることはあるのでしょ うか。
小林/外国籍の人を雇っている企業 は、日本語教育の部分で面倒をみて いただけたらありがたいですね。  トヨタ自動車やスズキといった大 企業は、以前からさまざまな取り組 みをされていますし、外国人を多く 雇用している群馬県の食品工場で は、日系ブラジル人のチーフがい て、日本語、生活習慣などを会社の 活動のなかで細かく目配りしていま した。また、滋賀県には社員寮の中 にブラジル人学校を設立している企 業もあって、こういう良い事例が紹 介されて、各地に広まるといいと思 います。
― 中小企業であっても、そのような サポートができるのですね。やはり 人をコマとして使うのでなく、企業 側も彼らを大切な人材として扱って ほしいですね。
増加し続ける アジアからの子どもたち
― 今後も外国にルーツのある子ども たちの教育については対策が必要で しょうか?
小林/日系ブラジル人などの方々 は、リーマン・ショックの不景気で 帰国され、人数はガタッと減りまし た。現状では新規入国者はほとんど いませんが、 18 万人程度が日本に定 住し、人口は横ばいか、新たに子ど もが生まれて少し増加する程度で す。
 ただ中国、フィリピン、ベトナム などアジア各地からは、日系人をは じめ多くの外国人が、引き続き来日 しています。そして 10 歳前後の学齢 の子どもたちの入国も認めているの で、同様にダブルリミテッドのよう な状況は起こりうると考えられま す。
― 子どもたちが十分な教育を受けら れず、将来、人生の選択の幅が狭く なっては本人にとってもつらいです し、日本にとっても損失ですね。
小林/ 日本としては単純労働を行う 外国人を受け入れないとことが原則 で、日系人の方も当初は、出稼ぎで 来られる方が多かったので、子ども の教育については、大きな問題とし て捉えにくかったということがあり ます。しかし、現実には、一部の子 どもたちが「不就学」に陥っている 現状があり、その子どもたちが、非 行等の反社会的行動に走るなどのこ とがあれば、地域社会にも悪影響が 出てしまいます。今後は自治体、そ して国としても対策をしていかなけ ればいけません。
― 子どもは日々成長しますから、ま さに待ったなしの状況です。
小林/ やはり大前提として、子ども は学ぶ権利がありますから、そこを しっかり確保するという考えをもと に、今後も対策を考えていくことが 大切だと考えています。
― 日本経済を支える外国人就労者の 子どもたちの問題は、われわれ日本 人にとっても他人事であってはなら ないですね。日本に暮らすあらゆる 国籍の子どもの学ぶ権利に、もっと 敏感でいたいと思います。
 本日はありがとうございました。
インタビュー
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子

【2014年10月17日 文部科学省にて】