

No.369
2015年8月号
特集/● 巻頭インタビュー (記事全文をご覧いただけます。)
ロボットと一緒に築く人間の幸福とは
前野 隆司 氏
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長/教授
● 特別インタビュー (記事全文をご覧いただけます。)
ロボットで「あいたい人にあえる、いきたい所にいける」幸せ
吉藤 健太朗 氏
株式会社オリィ研究所/ロボットコミュニケーター
● 元気な社会の架け橋
ソフトバンクロボティクス株式会
● 私のフィランソロピー
伊佐治 光男
アクセンチュア株式会社 製造・流通本部マネジング・ディレクター
● 連載コラム(第43回)富裕層「あ・い・う・え・お」の法則
増渕 達也
株式会社ルート・アンド・パートナーズ 代表取締役社長
● 見たこと聞いたこと
DNP 東日本大震災復興応援セミナー
New Education Expo 2015
スウェーデン研究講座「スウェーデンの障がい者教育と就職」
● 連載コラム(第16回)学校現場から見えるもの、考えられるもの
福田 晴一
東京都杉並区立天沼小学校 校長
PHILANTHROPY BOOK REVIEWS
JPA PHILANTHROPY TOPICS
セミナー開催報告
次号案内 編集後記
<プロフィール>

1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。同年キヤノン株式会社に入社。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部教授等を経て、2008年より現職。
研究分野はロボット工学から幸福学、教育学、地域活性化、芸術振興、システム論、心の哲学まで幅広い。著書に『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』( 講談社) など多数。
URL:http://lab.sdm.keio.ac.jp/maeno/
◆ 巻頭インタビュー/No.369
ロボットと一緒に築く人間の幸福とは
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科委員長/教授
システムデザイン・マネジメント研究科委員長/教授
前野 隆司 氏
20世紀のロボットは人々の夢をのせた「未来の象徴」であり、また一方で、人間社会を脅かす不可思議な存在とも考えられていた。21世紀、ロボットは知識の集積のみならず、人間の感覚を搭載できるようになり、従来は難しかったコミュニケー
ションを可能にしている。人間の代替物ではなく「人間をより幸せにするロボット」が着実に育ちつつあるという。
最新のロボット開発の実情と、それによって生まれる「人間の幸福」について、ヒューマンマシン・インターフェイス(人とマシンとの情報をやりとりする入出力装置)、幸福学、イノベーション教育など幅広く活躍する前野隆司教授に話を聞いた。
最新のロボット開発の実情と、それによって生まれる「人間の幸福」について、ヒューマンマシン・インターフェイス(人とマシンとの情報をやりとりする入出力装置)、幸福学、イノベーション教育など幅広く活躍する前野隆司教授に話を聞いた。
人間を理解するためにロボットをつくる
― 前野先生は東京工業大学のご出身で、卒業後はキヤノン株式会社に入社されました。当初はカメラのモーターの設計を担当なさって、その後、留学先の大学でロボットの開発をされていました。それが現在は、人間の幸福について研究する「幸福学」の専門家です。その大きな転身はなにがきっかけだったのでしょうか。
前野隆司氏(以下敬称略) これはあまり知られていないのですが、キヤノンの創業者(御手洗毅氏)はお医者さんなんです。「人の発展と幸せのために尽くす会社」だという経営理念が社員にも浸透していて、私はそこに感動して入社しました。私のやっていたのはカメラのモーターづくりで、当時はやりがいのある仕事でした。
その後、公募で大学に移ってからロボット研究を始めたのです。ロボットの研究者をみると、全体の7~8割はメカが好きだというタイプ。アトムとかガンダムをつくりたい人たちです。残りの2~3割が人間に興味があり、心とはなにか、愛とはなにかを考えることに興味のあるタイプです。心のあるロボットをつくると、それは人間のコピーのようなものですから、人間を理解するために役立つのです。
その後、公募で大学に移ってからロボット研究を始めたのです。ロボットの研究者をみると、全体の7~8割はメカが好きだというタイプ。アトムとかガンダムをつくりたい人たちです。残りの2~3割が人間に興味があり、心とはなにか、愛とはなにかを考えることに興味のあるタイプです。心のあるロボットをつくると、それは人間のコピーのようなものですから、人間を理解するために役立つのです。
― 前野先生は後者のタイプだったのですね。
前野 そうですね。ただ当初のロボット研究は、医療用のロボットハンドや、歩く、動くロボットなどでした。1990年代にホンダやソニーが二足歩行ロボットをつくり、メカの部分はかなりつくることができるようになってきたのです。
それで私はもともと興味のあった人の心とロボットとの関係にシフトして、最初はものを触って心地よいと感じるロボットセンサーをつくりました。当時、「つるつる」や「ざらざら」を感じるセンサーはありましたが、それだけではつまらなくて、心地よい感覚、爽快感や安心感を得られる感覚に興味があったのです。それが人間の幸福につながるからなのですね。
それで私はもともと興味のあった人の心とロボットとの関係にシフトして、最初はものを触って心地よいと感じるロボットセンサーをつくりました。当時、「つるつる」や「ざらざら」を感じるセンサーはありましたが、それだけではつまらなくて、心地よい感覚、爽快感や安心感を得られる感覚に興味があったのです。それが人間の幸福につながるからなのですね。
― ロボットが心地よい感覚を味わえるということなのでしょうか。

しかし一方で、ニコッと笑うロボットの研究もしていました。大阪大学の石黒浩教授というヒューマノイド研究者の先生と一緒に、触り心地がいいとニコッと笑うロボットをつくったんです。人間そっくりのかわいい女性のロボットです。一見、人間に似ているのですが、心は持っていない。あるいは持っているふりをしているだけです。
― 女性そっくりのロボットが微笑む姿を想像すると、少し怖いようにも思います。
前野 確かに人に似すぎると気持ちが悪くなります。ドラえもんのような形なら怖くないですが、動きが奇妙なので、どこか死体が動いているみたいな感じになりますね。石黒先生はご自分の娘さんをモデルにロボットをつくったそうですが、それを見たお嬢さんが恐怖のあまり、二度と研究室に来なくなったそうです。
― そういうロボットはいったい何のためにつくるのでしょうか。すぐ社会に役立つという存在でもないですね。
前野 ロボット研究には目的が2つあります。ひとつは「人間社会を便利にするため」。これは組み立てロボットや家事ロボットなど、人間の生活のなかに入って、実際にさまざまな場面で役立っています。
そしてもうひとつが「人間を理解するため」のロボットです。たとえば「心地よい」と感じるロボットをつくるためには、まず人間の心を理解して、それをプログラムする。基本は認知科学や心理学なのです。ニコッと笑う女性のロボットも研究と しての意味があると思います。
そしてもうひとつが「人間を理解するため」のロボットです。たとえば「心地よい」と感じるロボットをつくるためには、まず人間の心を理解して、それをプログラムする。基本は認知科学や心理学なのです。ニコッと笑う女性のロボットも研究と しての意味があると思います。
人が幸せになる方法を考える「幸福学」
― 現在、前野先生は「幸福学」の研究をされています。これはどういう内容の学問なのでしょうか。
前野 幸福学とは人が幸せになるための基本メカニズムを学問的に明らかにする研究です。「ロボット研究をしていた前野がなぜ幸福学なのか」と考える人もいるのですが、人間の心のあり方を探求し、それを直接、人のために使うのが幸福学。プログラムしてロボットに使えばロボット研究になるので、ほとんど違いはないのです。
― 内閣府の調査で日本のGDPは1960年から2000年を越えるくらいまで、右肩上がりなのですが、生活満足度はほとんど変わっていない。経済が豊かになっても、必ずしも幸せにつながらないことに驚きました。
前野 そうなんです。GDP(物価上昇分調整後)は50年間で6倍になったのに、幸福度の指標のひとつである生活満足度はあまり変わらない。科学技術の進歩と豊かさの向上が人の幸せにつながると信じていた私は、大きなショックを受けました。
― 単純に物質の豊かさだけでは、人は幸福になれないのですね。まさに哲学や心理学の出番になるのでしょうか。
前野 哲学や心理学における幸福研究は知の集積になりますが、その理論は人の幸福に簡単にはつながりません。私は工学者なので、人々が実際に普段の生活にいかせる形での幸福学をやろうと思ったのです。
すると一緒にやりたいという学生がたくさん入ってきて、幸せの研究がだんだん広がってきました。今、研究室には理系も文系もいますし、社会人学生が7割もいて、大人の学び直しの場のようになっています。世界的に見ても幸せの研究はすごく増えていて、1980年代にはほとんどゼロだったのが、今は年間300くらいの論文が出ています。むしろ日本は幸せの研究が遅れているくらいです。
すると一緒にやりたいという学生がたくさん入ってきて、幸せの研究がだんだん広がってきました。今、研究室には理系も文系もいますし、社会人学生が7割もいて、大人の学び直しの場のようになっています。世界的に見ても幸せの研究はすごく増えていて、1980年代にはほとんどゼロだったのが、今は年間300くらいの論文が出ています。むしろ日本は幸せの研究が遅れているくらいです。
― ロボット開発も、そもそもは人間の幸福のためのものですから、幸福学との共通点があるのですね。
前野 ロボット技術を広く捉えて、人を助けて幸福にしてくれるものがロボットだとしたら、体が弱った人が筋骨隆々になる「着るロボット」のパワーアシストスーツなどは、まさに該当するでしょう。中に何が入っているのかを教えてくれる冷蔵庫、障害物があれば、ピタリと止まる自動車も、ロボット技術の応用です。安心安全は人間の幸福の基本的な部分で、そこを満たすためのロボットが気づかないうちに進展していると考えるべきでしょう。
― ロボットは人の幸福をサポートする役割があるのですね。
前野 また幸福のメカニズムとして、自分の夢や目標を持ち、人とつながって、楽観的に自分らしく実践するという因子があります。しかし日常生活を見ると、人の幸せにつながりにくい業務があり、その部分でロボットの活躍する余地が
あります。古典的なものでいうと、工場用ロボットなどは、人間を過酷な肉体労働から解放します。掃除ロボットがいれば、毎日、わずらわしいと思っていた作業から解放されます。
― 単純労働をしなくてすむから、人は知的作業に没頭できそうです。
前野 さらに知的作業も単なる知識部分と、それ以外の人間的判断が必要な部分にわけることができます。
たとえば、弁護士は過去の判例を知識として持っていますが、それを将来はロボットが担当するかもしれません。世界中の過去の判例をすべてインプットしてあるので、人間よりもよっぽど豊かな知識を持ったロボットになりますから、豊富な知識 をもとに判断をすれば良いのです。判例研究から解放された弁護士は、依頼人とのコミュニケーションに注力できますから、よりよい弁護につながるのではないでしょうか。
たとえば、弁護士は過去の判例を知識として持っていますが、それを将来はロボットが担当するかもしれません。世界中の過去の判例をすべてインプットしてあるので、人間よりもよっぽど豊かな知識を持ったロボットになりますから、豊富な知識 をもとに判断をすれば良いのです。判例研究から解放された弁護士は、依頼人とのコミュニケーションに注力できますから、よりよい弁護につながるのではないでしょうか。
― なるほど。知的作業のなかにも単純作業があるのですね。

― なるほど。そうなると従来の偏差値のあり方も変えた方がいいでしょうね。暗記が苦手だけれど、他の面に秀でた人が重宝される世の中がくるかもしれません。
ロボットと一緒に世界を旅する
― コミュニケーションは幸福の大切な要素だと思います。人間同士の関わり合いの世界ですから、ロボットが入り込む余地がないような気がするのですが。
前野 ロボットセラピーという分野では「パロ」という名前の「メンタルコミットロボット」が有名です。かわいい動物と触れあうことで心を癒すアニマルセラピーの応用としてのロボットセラピーです。アザラシの赤ちゃんをモデルにした「パロ」を介護老人保健施設などに置いておくだけで、「かわいいわね」とみんなで言い合って、会話が始まるのです。
― ロボットが人の心を動かしてくれるのですね。
前野 そうですね。ロボットには「自立型」と「操縦型」の2種類があり、これからは操縦型ロボットが注目されるだろうと考えています。うちの大学で肩乗りロボットをつくっている学生がいますが、これはまさに操縦型。秋葉原に買い物に行く人の肩にちょこんと乗せて、遠隔地にいる人がロボットを操縦します。そして「その商品がほしいよ」と言ったりする。店の人も気がついて、肩乗りロボットと会話をしたりするのです。
― なんらかの理由で、自分では実際にでかけられない人にとって、非常に役立ちそうなロボットです。高齢化社会に対応してくれそうですね。
前野 実際は寝たきりの人でも、自分の代わりにロボットがガシャンガシャンと歩いてくれて、そのリアリティーを体験できれば、どこへでも出かけた気になることができます。画像処理がより高性能になると、海外旅行も気楽にいけるようになるでしょう。
たとえば、スイスにロボットがたくさん待っていて、日本にいる人がメガネのようなものを装着し、スイッチオン。その人の代わりにロボットがスイスを旅するので、実際に歩いたような感覚も得られるし、現地の人と会話もできます。ドローンに機械を装着し、空を飛んだ映像も見られるでしょう。4Kプロジェクターを見ると、網膜の解像度を超えていますから、もう少し開発が進めば、画像の本物と偽物の区別がつかなくなります。実際の海外旅行は年に1、2回だけれど、バーチャルの旅行なら毎晩行けます。「夕食後、ちょっとパリに行ってきます」という旅行を楽しめる。外国に住む友だちとも簡単に会える。こんなに楽しいことはないですね。
たとえば、スイスにロボットがたくさん待っていて、日本にいる人がメガネのようなものを装着し、スイッチオン。その人の代わりにロボットがスイスを旅するので、実際に歩いたような感覚も得られるし、現地の人と会話もできます。ドローンに機械を装着し、空を飛んだ映像も見られるでしょう。4Kプロジェクターを見ると、網膜の解像度を超えていますから、もう少し開発が進めば、画像の本物と偽物の区別がつかなくなります。実際の海外旅行は年に1、2回だけれど、バーチャルの旅行なら毎晩行けます。「夕食後、ちょっとパリに行ってきます」という旅行を楽しめる。外国に住む友だちとも簡単に会える。こんなに楽しいことはないですね。
― ロボットのおかげで世界がぐっと狭くなり、いろんな経験ができるような気がします。やはりロボットと人間だけで完結しているのではなく、人間同士の関わりを深めるためにロボットが活用できればいいなと思います。
前野 これまでロボットは人間の便利や快適のためにつくられ、それは幸せのベースとして大事な存在です。でも人間の幸福はつながりや自己実現を求めますから、科学技術もだんだんそちらに向かって進歩しなければいけない。
ロボット研究もやるべき課題は多いと思いますが、一部の研究者は幸福に寄与するロボットづくりにシフトしています。
ロボット研究もやるべき課題は多いと思いますが、一部の研究者は幸福に寄与するロボットづくりにシフトしています。
― 今後の研究が楽しみですね。本日はありがとうございました。
【取材を終えて】
研究室に入るなり前野先生は、ライターの馬場千枝さんと私の顔を見て「お二人は、幸せな顔をしておられますね」と言われた。「それは先生のことです!」と思わず心のなかで叫んだ。冒頭ページの前野先生の写真を見ればご理解いただけると思
う。先生の言われる「幸せの4つのメカニズム」を私流に考えてみると「人生に無邪気に向かう」ではないかと思う。邪気がないということ。日頃の邪気を飛ばしてしまうようなすがすがしさがあふれている。そんな中に浸った幸せな時間だった。
日本フィランソロピー協会が考え続けてきた「利他の心」と幸せも相関関係があるそうだ。無邪気な前野研究室を、また訪れる口実を見つけて、元気が出た。
日本フィランソロピー協会が考え続けてきた「利他の心」と幸せも相関関係があるそうだ。無邪気な前野研究室を、また訪れる口実を見つけて、元気が出た。
【インタビュー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子
(2015年6月18日 慶應義塾大学前野隆司研究室にて)
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子
機関誌『フィランソロピー』2015年8月号/No.369 おわり