主催:公益社団法人日本フィランソロピー協会
共催:毎日新聞社、
特定非営利活動法人日本クリニクラウン協会
共催:毎日新聞社、
特定非営利活動法人日本クリニクラウン協会

2015.12.26
初めての運動会
厚木のばあば
きみが生まれるときは、早く生まれないようにママは1か月も入院したんだよ。
そのきみが、もうすぐ4歳になるんだね。シャツを脱いではだかで、パンツだけで、おともだちとかけっこ。にこにこ、おともだちを見ながらかけっこ。お遊戯のときも皆はだかで、同じ可愛い孫に見えて、ばあばは、きみがどこにいるか、見つけるのが大変だったよ。
おサルさん。ライオンくん。ゾウさん。頭に大好きなお面をつけて。きみはおサルさんを選んで、頭に付けていたから、すぐにばあばはわかったよ。おサルさんを探したの。
おうちでもお遊戯の練習をしていたって、ママが教えてくれたよ。だから上手におどれたんだね。幼稚園でおもらししちゃったのと、教えてくれたね。やさしい先生だから、きみが恥ずかしくないように、きれいにしてくれたんだね。だからばあばにも教えてくれたんだね。うんちだったんだよって。
色々な人に愛されて、きみは大きくなるんだね。
2015.12.19
Only one の君へ
ふみママ
ママは君と出会う前は『世界に一つだけの花』という曲が嫌いでした。何をぬるいことばかりずらずらと言ってるんだと思ってました。なんだかひねくれていますよね。でも仕事や勉強ばかりしていたママには意味がわからなかったんです。だって会社で働いていると、仕事ができないと怒られるし、人と比べられたりなんてしょっちゅうでしたから。
赤ちゃんのときの君は、上のお姉ちゃんに比べると、「ちょっと手のかかる子」でした。機嫌が悪いことが多くて、大きい声で泣き続けるとか、しつこくお店で駄々をこねて周りから冷たい視線で見られたりとか……。
どうしたらいいのかわからなくて、イライラしてた毎日。そんなとき『世界に一つだけの花』を久しぶりに耳にしました。その歌詞に号泣しました。そうなんだ、これなんだって思ったの。比べててもダメだ、みんな違うんだ、そう思って育てなきゃダメなんだ。やっと歌の意味が分かったの。
もうすぐ6歳、来年はもう入学ですね。これからもいろいろなことがあるでしょう。でもどんなふみ君でも、ママの特別なオンリーワンです。ママも6歳分大人になったのかもしれないね。
2015.12.12
春、お花見しましょ
まーちゃん
4番目のあなたを授かったことをお父さんに伝えたとき、驚きとうれしさで、お父さんは後ずさりしたのですよ。けれどこれまでの道は困難を極めました。あなたも聞いていたでしょう。周囲からの荒波のような反対。お姉ちゃん、お兄ちゃんの幸せを思う人たちから毎日毎晩……。苦しかったね。お母さんもつらくてつらくて体が震えました。
けれど、あなたは想像を超えて強かった。強く強く心臓の音を響かせ、「私は生きたいよ! お母さん」と伝えてくれた。周りの雑音に耐えられるほど、お母さんの心と体は強くない。けれどそんなへたれのお母さんの元に、強いあなたが宿ってくれた。だからお母さん心に決めたんだ。よしっ! 戦隊物のヒーローだっ! 超合金ロボットになって強くなるんだーと。
もうすぐ寒い冬が来る。また強い荒波がお母さんとあなたを襲うかもしれない。また泣いて震えちゃうかもしれない。弱っちいロボットを、冬も守ってね。無事雪が解けて、春まで持ちこたえられたら、お花見して祝おう。
もうすぐあなたと対面できる。大きくて弱いフニャフニャママロボットを操る、ちいさくかわいく、強靭なあなた。お母さんの出来ることは少ない。大きな塩おにぎりをつくるくらい。お姉ちゃん2人とお兄ちゃん1人、そしてあなたとみんなで、塩おにぎり、おなかいっぱいほおばりたいよ!
2015.12.05
かわいい怪獣君へ
大毅のお母さん
大ちゃん、あなたがこの世に生まれた瞬間のこと、今でもはっきり覚えているよ。
横浜から駆けつけたお父さんが一晩中腰をさすってくれて、みんなで頑張りました。無事に生まれるかな、泣き声は聞こえるかな……。不安でいっぱいだったけど、あなたは元気におなかから出てきました。産声を聞いたとき「ああ私の赤ちゃんが生まれた! 本当に生まれた!」と胸がいっぱいになったよ。
大ちゃん、お母さんはあなたが生まれるその日まで、待ち遠しくて、待ち遠しくて、毎日おなかをさすって、本当に楽しみにしていました。
3,018グラムで生まれた大ちゃん。手足をばたばたさせながら、ねんねしているだけだったのに、いつの間にかもう1歳。活発に動き回って、体重も10キロを超えたね。朝起きてから夜眠るまで、笑ったり泣いたり忙しくて、お母さんは自分のことは何も満足にできない毎日だけど、それでも大ちゃんがかわいくてしかたありません。
大ちゃん、どうかすくすくと元気に大きくなってね。あなたは我が家のかわいい怪獣であり、大事な大事な宝物です。
2015.11.28
ごんべいちゃんへ
永瀬皓子(あきこ)
可愛い小学4年生の大切な孫の将来の子どもへ、今から手紙を書いておきますね。
今は「名なしのごんべいちゃん!」。私は、あなたの「曾(ひい)ばあちゃん」ですよ。「曾おじいちゃん」は、病気で亡くなりました。孫のあなたのお父さんの顔も見ぬまま、可哀そうでした。あなたのおじいさんのお母さんが、私です。
天使のような、私の「曾孫(ひまご)ベビーちゃん」として、この家へ生まれてきてくれます。男の子か女の子か、どちらでもいいです。幸せいっぱい夢いっぱい、あふれるようなすがすがしい心で、みんなであなたを迎えます。そしてそして、喜びいっぱい素敵な名前を付けてもらいましょう。
「ごんべいちゃん」は、ここでおしまい。でも「ごんべいちゃん」も、明るくユーモアのある良い呼び名でした。まだこの世を見たこともないあなたですが、おじいさんもおばあさんも、お父さんもお母さんも、叔母さんも、みんなあなたが生まれてくる日の訪れを待っておられることでしょう。
強くて優しい涙、心をたくさん持っているあなたでありますように。あなたと会うことも夢かなわぬ私ですが、曾おじいちゃんと一緒に天国からいつまでも見守っています。
あなたの愛らしい仕種が、平和な温かい家作りに大きな力になることでしょう。私の曾孫ちゃん!!夢で会いましょう。曾おばあちゃんより。
2015.11.21
生まれてきてくれてありがとう
ノンチャン
結莉菜(ゆりな)ちゃん、ママはね、5人目の女の子で、結莉菜ちゃんは、おばあちゃんにとって10人目の孫になります。
ママとパパは、おじいちゃんが病気だったので早めに結婚式をあげてくれました。結婚3年目に生まれたあなたは体重3,414グラム。細いママから18時間かかって、元気な産声で生まれてきてくれたね。
毎日毎日、楽しみに待っていたよ。パパとおばあちゃんは、「ガンバレ、ガンバレ」とママの手をにぎり、声をかけるだけだけど、「フウフウ、ハアハア」と、最後まであわてず、さわがず、しっかりと頑張る姿に、子どもを産む力強さに、我が子ながらうれしく、涙が止まらなかったよ。「オギャーオギャー」と大きな声を聞いて顔を見たら、なつかしい天国のおじいちゃんの顔に似ていました。女の子なのにね。
結莉菜ちゃんが誕生して2か月目。お風呂場で首に浮き輪をつけて、気持ちよさそうに笑って、まんまるの顔で手足も動かしている。写メールを何度も見ています。
多くの人たちが見守ってくれて、応援してくれる結莉菜ちゃんは幸せ者だね。これからも成長を楽しみにしています。
本当に生まれてきてくれてありがとう。
2015.11.14
楽しみな制服姿
手紙大好きばあちゃん
10月21日で秀斗(しゅうと)君は3歳になったネ。元気に育っていた君が、誕生して3か月後に突然耳慣れぬ病気で入院。苦しい治療にもよく耐えて頑張りました。
1歳になるまでは何かと病院通いが多かったわね。そのうえママがダウンして、おばあちゃんはどうなることかとずっと心配していました。
しんどかった時期を乗り越えて、今はたくましくなり電車に夢中になっている君。驚くほどよく食べ、よく遊び、よく眠る君の姿を見ていると、疲れもふっとび、心から癒やされます。
来年の春からは幼稚園に入園。君のママも通った幼稚園に通園することになったそうですネ。おばあちゃんは、制服を着た秀斗君の姿を今から想像して、楽しみにしています。
何よりも元気で、すくすくと成長してくれることを願っています。それがおばあちゃんの喜びであり、活力の源にもなっているのですもの。
2015.11.07
葵ちゃんありがとう
仲かよ子
昨年9月21日の早朝、娘から「生まれた」と一言短いメール。次女が生まれた知らせでした。これじゃ、きのうかきょうかわからないじゃないと思ってましたが、あとで21日の午前5時56分とわかったのです。
予定日より13日も早く、私の誕生日と同じ! 一時は妄想で、同じ誕生日だといいなあと思っていましたが、子どものためには一日でも長くおなかの中にいる方がいいと、考えを打ち消していました。
それが365分の1の確率。ぴったり合ったので、もう舞い上がりました。娘は最悪と、のたまわったのですが……。
えにし深い「葵ちゃん」、バァバはうれしくて、うれしくて。3歳違いのお姉ちゃんは、葵ちゃんがかわいくてかわいくて、しかたがないのです。でも、やきもちで、それはそれはあらっぽく葵をあつかうのね。
娘よ、最高の親孝行をしてくれたね。葵ちゃん、生まれてきてくれて、ありがとう。
2015.10.31
翔貴(とき)へ
優ママ
あなたが生まれて間もなく1年がたとうとしています。帝王切開を予定していた前日、ママは少しの破水と出血で病院へ向かうことになりました。そしていろんな検査をした結果、緊急手術となり、あなたを産むことになりました。
不安やこわさでいっぱいだったけれど、ママはその大きなおなかに手をあてて「大丈夫、大丈夫だからね。いっしょにがんばろうね」とあなたの誕生直前までお話ししました。
自分でお誕生日を決めたあなたは、元気な産声をあげて生まれてきてくれました。ママのもとへ来てくれて本当にありがとう。
泣いたらミルクをあげる、オムツをかえる、あやすとほほ笑みかえしてくれる。できることもたくさん増えました。ママとなってからは、見たことのない世界をたくさん知ることになりました。
赤ちゃんを連れて出かけると、声をかけてもらえる。そして、その人は笑顔になって帰って行く。ママもうれしくて笑顔で会話しておうちへ帰る。何気ない出来事だったけれど、ママにとってその時はすごくありがたい、幸せな気持ちになりました。
翔貴、これからも見たことのない世界をいっしょに見ようね。あなたと過ごす一日一日がかけがえのない大切な宝物。
お誕生日おめでとう! ママより
2015.10.24
朝露のようなあなたへ
天使ママ
あなたは私のおなかの中で懸命に生きて、そして、出会う前に旅立ってしまったね。おなかの中で立派に育ったあなたは、今にも泣きそうで、暖かくて、可愛かった。愛(いと)おしかった。
とっても静かなお産でたくさんの涙が流れたあの日。私はあなたのおかげで母になった。あなたがあちらで困らないようにと、お寺さんがあちらで使える名前を付けてくれた。
「朝露のように儚(はかな)くも消えていった小さな命」という意味。
お元気ですか。あれから4年がたちました。あなたは天使になって、お空へ帰ってしまったと、そう思っています。だから、飛行機に乗ると必ず窓際の席で、どこかにあなたが暮らす世界がないかと探してしまいます。年甲斐もなく……。どれだけ時間がたっても、あなたの温もりと重みは忘れません。
あなたに妹が生まれました。そして、今、また新しい命を授かりました。でも、素直に喜べません。あなたの代わりはどこにもいないから。心に空いた穴はいつもスースーしていて、笑っていても、怒っていても、あなたのことを思い出す。こうやって過ごしていくことは、悲しいことでも不幸なことでもなくて、幸せなことだと思う。あなたを思って泣く涙があるということ、つらいと思う心があるということ。
それらがすべてあなたの生きた証しだから。
2015.10.17
ほほえみの国の孝(こう)ちゃんへ
まかしゃん
孝ちゃん、1歳の誕生日おめでとう。2年前、パパとママが住まいも決めずタイに旅立った時、1年後にこんなにかわいい孝ちゃんを抱っこする日が来るとは思いませんでした。
ママはバンコクで初めてのお産をしました。ばぁばが抱っこしたのは、生まれて2日目。泣くと、看護師さんに体中タオルで包まれ、泣き止む孝ちゃん。ママのおなかの中と同じで安心すると聞き、驚きでした。7月9日生まれで、その日はお坊さんが修行に入るとてもおめでたい日。街じゅうお祝いムードでした。
12月には3人で日本に帰ってきましたね。日本の寒さで赤いホッペの孝ちゃんは、元気いっぱい離乳食にも挑戦、とてもおいしそうに食べたので安心しました。1か月過ぎて、またタイに行ってしまいましたね。
ママは、孝ちゃんによく似た子どもの僧の人形を送ってくれました。とてもかわいくて、写真と一緒に飾っていますよ。今では、パソコンで送られる写真と、スカイプ(インターネットによる無料通話)で声を聞き、よちよち歩きも見えます。
タイではアパートのガードマン、お姉さんたちに満面の笑みで応える孝ちゃん。ほほえみの国の人はやさしくて、うれしそうなママの顔を見ていると、ばぁばもとっても安心です。パパとママも孝ちゃんがいてくれて、すてきな大人になることでしょう。ばぁばのできないこと、孝ちゃんがしていますね。ありがとう……。
2015.10.10
娘の名前
塩野 誠
赤ちゃんが生まれ、まずびっくりしたことが女の子だったこと。妻に「男の子でほぼ確実」と言われていたため、男の子の名前しか考えてなくて。あわてて考えました。
その中で浮かんだのが、私が生きてきた中で大切なものと心に思ってきた「ことば」という文字。愛、勇気、正義、誠。そんな大上段に構えた文字ではないけれど、人と人の心をつなぐ、気持ちを伝えあうもの、「ことば」。小さなものかもしれないけれど、娘にはことばを大切に、ことばを丁寧に使う人になってほしい。そんなことからはじめればいいんだよ。その思いを込めて、いくつかの名前候補の一つに入れて、妻に提案しました。
そして、偶然妻が選んでくれたのが「ことは」。ただ、漢字で「言葉」にすると娘の生活に不都合がありそうで、妻が娘の顔立ちを見てアレンジを加え、最終的にお琴の琴に葉っぱの葉で、「琴葉」に決めてくれました。
オリジナルの意味が込められていることが分かっているから、私は満足でした。その日急いで市役所へ届けに行きました。少し名前をプレゼントしてあげるのに時間がかかったけれど。ようこそ、このパパとママのいる世界へ。娘の「ことは」ちゃん。
2015.10.03
66センチ
得原 藍
ねえ、生まれてきてくれた、きみ。人間の細胞で一番大きな細胞は、卵子なんだって。0.2ミリ。たった一つの細胞が分裂を繰り返して、きみは66センチになった。生後半年と少し。
きみが宿ったとき、わたしはとても不安だった。きみが数ミリに成長して、その心臓が成人の3倍の速さで鼓動を刻むようになっても、わたしは不安だった。きみの内臓がある程度整って、万が一すぐに生まれても生き残る可能性が出てきたとき、きみはバター2箱分の重さで、そのときもわたしは不安だった。きみの顔を初めて立体的な画像で見たときも、わたしはまだ不安だった。
出産予定日を5日超えて、朝方おなかがしくしくしたときには、やっと不安から解放されるような気がして少し冷静だった。そこから23時間を超えて、新月の冬至に生まれたきみを見て、それまでの不安が喜びとのマーブル模様に変化した。それからずっと、その渦は消えずに形を変えて、わたしを常に包んでいる。
横で眠るきみの顔は、穏やか。きみの歌うような声が、わたしの心の渦を大きく動かす。きみの泣く声が、その渦を乱したりもする。眠れなくて、きみを抱きながら泣いた夜もあったけれど、梅雨が明けるころ、寝不足を愛せるようになった。
これまで夢を見ていた時間、わたしはきみの姿を見ている。ふと笑うきみの寝顔の奥のその夢を、いつも想像してしまう。ねえ、いつか夢の話をしよう。きょう見た夢の話を。未来に見る夢の話を。
2015.09.26
佳佑君へ
千倉のばあばん
佳(けい)は3月生まれの1歳3か月、まだ歩きません。ばあばんは、まだか、まだかと待っているんだよ。でも、これから何十年も歩かなくてはいけないから、ゆっくりでもいいのかな。
佳は4月からお母さんが仕事に復帰したので保育園です。まだ、あまり馴れない様子。でも給食は大好きで、完食だそうですね。おいしくて、よかったね。
お母さんは、佳が初めての子どものため慣れないで、いつもカリカリしてるね。お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんが大事にしてくれてありがたいです。
佳はお寺というお家の子どもに生まれ、大きくなったら、おじいちゃんやお父さんのように、お坊さんになるのかな? でもばあばんは、20年は生きられないと思うので、佳のお坊さんの姿は見られないと思います。だから10年は頑張って、佳に千倉のばあばんを覚えていてほしいです。
やせっぽっちのお母さんが一生懸命生んだ、大っきな佳佑。細い目で笑うその笑顔、とってもかわいいよ。
2015.09.19
お空でバトン
だいちゃんまま
赤ちゃん、あなたをこの手で抱きしめるまで、あと1か月になりました。お母さんは、うれしさとまだ不安もあります。どうか無事に産まれてきてほしいと願っています。
赤ちゃん、あなたには6歳になるお兄ちゃんが、お空にいます。お母さんは、おなかの中で守ることができず、8か月でお兄ちゃんを産みました。お兄ちゃんは、小さな小さなからだで、一生懸命1年5か月間生きてくれました。
お母さんは反省の日々だったけど、私をお母さんにしてくれたこと、家族のすばらしさ、命の温かさ、尊さ、生きることの難しさを、お兄ちゃんから教えてもらいました。
もうお母さんになることは許されないと思っていました。でも、あれから5年がたち、あなたを授かったことに、何とも言えない温かな気もちが芽生えました。きっと赤ちゃんは、お空でお兄ちゃんと出会い、お母さんとお父さんについてお話を聞いたり、生きることは簡単なことじゃないことも聞いて、それでもいい、お母さんのところへ行くって決めてくれたのだろうと思っています。そしてお兄ちゃんは、背中を押してくれたのでしょう。
みんな、会えるのを心待ちにしてくれています。お兄ちゃんからのバトンをしっかり握りしめ、あなたを抱きしめることができるまであと少し、お母さんは再度、命の尊さ、温かさについて考えます。勇気をだして選んでくれた赤ちゃんの、輝ける未来のために。
2015.09.12
お孫ちゃんたちへ
小林美恵子
ゆずな、お誕生おめでとう。
みんなに祝福され生まれてきました。待ちどおしくて、待ちどおしくて、あなたの顔を見た時は安心したのと、「お母さんありがとう」でした。
あなたのお父さんとお母さんが子どもから親へと成長する時間は、私にとっても、とても愛しい時間です。お父さんは、初めてデキ愛って意味がわかったと言いました。まさしく親になって気づいた気持ちですね。
これからは楽しい時間も悲しい時間もファミリーと共に乗りこえて有意義な時を過ごしてください。
ゆずなの幸せが、お父さん、お母さんの幸せ、そして、それが私の最高の幸せです。
まだ生まれていない子たちへ、みんな幸せになってください。この世に生まれて、幸せを感じないなんて損ですよ。すべての人が、あなたの持って生まれた愛を感じて、幸せになってくれます。そしてあなたも幸せになります。
すべての命にありがとう!!
2015.09.05
あらたちゃんへ
あわてんぼうのババ
あらたちゃん、元気に生まれてきてくれてありがとう。
4月30日に誕生。3番目というのに、ママのおなかの居心地がよほどよかったらしく、1週間も長居をして、おばあちゃんはちょっぴり待ちくたびれました。
というのもおばあちゃんは、出産予定日の23日を13日と聞き間違えて、3人目だから早く生まれてくると勝手に思って、4月初めから、大きいお兄ちゃんの入学式のこと、小ちゃいお兄ちゃんの保育園の送り迎えのことなど考えていたから。
長居をしている間に大きくなって、4,120グラムの大きな赤ちゃん。細いママからよく出てこられたわね。ママも、あらたちゃんも、どんなにか大変だったでしょう。よく頑張ったわね。
小ちゃいお兄ちゃんが「ママはあらちゃんが泣くと、ハイハイハイハイってとんでいくんだよ」といいながらニコニコです。みんなが、あらたちゃんが生まれてきてくれたから、うれしくてたまりません。これからも2人のお兄ちゃんと仲よく元気に大きくなってね。
楽しみに見守っていますからね。
2015.08.29
10月2日に生まれた男の子へ
ゆー
秋に生まれた君は、出産予定日通りには出てきてくれない子でした。出産のために実家に帰省していて、ちょうど稲刈りの忙しい時期でした。
予定日が過ぎ、稲刈りが終わったちょうど翌日に、タイミングを選んだかのように生まれてきた君は、何と空気の読める男よ!と母は思いました。まぁ、今ではその能力はなくなったようですが……。
君は、お姉ちゃんよりも大きく生まれました。2人目なのでお姉ちゃんの時より私には意識があって、なかなか出てこないなあと思ったことを覚えています。
すくすくと、のびのびと育った君は、今は立派なあばれんぼうです。お母さんの言うことを聞かず、ケガをしたり、泣いたりと、病気のとき以外、静かなときはありません。
あばれんぼうで、時々甘えんぼうで、やかましい私の小さな男の子。どんな大人になるのかな? 大きくなった君が、いまから楽しみです。
2015.08.22
パパ、ママのねがい
山田ユヌス
私は 2003年5月、バングラデシュから日本へまいりました。
2009年9月、上の子が生まれてとてもうれしかったです。うまれて、ありがとうございました。
今、子どもが3人います。よく勉強して、いい人になってほしいです。日本だけじゃなくて、世界の国々と関係をつくってね。
人間として、自分のことだけ考えても、意味がないと思っています。自分のまわりの人々と、いい関係をつくってね。
世界のためにいいことをやって、亡くなっても人間の心にのこってね。
今、とりあえずがんばって勉強をしてください。よろしくおねがいいたします。 以上です。
2015.08.15
みんな生きて!我が子の分まで
しー坊
赤ちゃん、生まれて来てくれてありがとう。
不幸にも、生まれる途中で天国に召された赤ちゃんの分まで、生きてください。親、特に産んでくれたお母さんは、命がけで産むんですよ。だからどうか無事に成人してください。
産んでも自分の分身の赤ちゃんの顔も見ず、天国へいってしまうお母さんもいる。だからそのお母さんの分まで力強く生きていってくださいね。きっと天国にいったお母さんは、いつまでも子を見守り続けているはずよ。
お母さんやお父さんは、自分の命が絶えるまで赤ちゃんの成長を応援していますよ! どんな境遇で生まれてきても、一人一人、無駄な命はないんです。
生まれることができず途中で天国に召された赤ちゃんも、ちゃんと天国で天使となって、父や母、兄弟、姉妹を見守っていますよ。だからあなたたちの命の限りまで、一日も長く生きぬいてほしいのです。赤ちゃんもきっとそう思っていることでしょう。いいえ、多分そうです。
赤ちゃんバンザイ。世界中の赤ちゃん、バンザイ!
2015.08.08
希星(きしょう)へ。輝ける人に
きぃくんのおかぁちゃん
新婚旅行の最後の夜、お父ちゃんとお母ちゃんは、赤ちゃんを授かったら、東日本大震災で亡くなったおじいちゃんの船から名前をもらいたいねって話してました。
新婚旅行から帰って来て、君がおなかにいると知った時は本当に驚いた。その時、お母ちゃんはなぜか絶対に男の子だって思った。お父ちゃんも不思議と男の子だと思ってたんだって。
しばらくして、君が本当に男の子だと分かった時は、2人ですごく驚いたよ。あの時のお父ちゃんとお母ちゃんの話を聞いてたのねって。
君の名前の読みは、おじいちゃんの船の名前「きしょう」。漢字の意味は、我が家だけでなく万人の希望の星。輝く人になって欲しいっていう意味で、希望の希に、夜空の星にしました。おじいちゃんは、腕の良い、みんなから頼りにされる、素晴らしい漁師さんだったんだって。そんなおじいちゃんからもらった最高の名前だよ。
予定日まで、あと少し。今はお母ちゃんの育った関西のお家にいるけど、君が生まれる時には、東北からお父ちゃんが来てくれるからね。
だからできれば予定日に出てきて!「お父ちゃんとお母ちゃんの都合に合わしてられない!」なんて言わないで。
2015.08.01
さきちゃんへ
さきちゃんのお母さん
あなたがこの世に生まれてきてくれたのは、昨年の12月。予定日より3週間も早く、驚きました。でもお母さんは内心、その日に生まれるのではと思っていたんだよ。それはお母さんが夢を見たから。
10月中旬にお母さんは出産している夢を見ました。その分娩室には、カレンダーが張ってあったので、お母さんは夢を見たことをお父さんに話して、2人でカレンダーの日に生まれてくるかもと何度も話していたんだよ。
そして本当にあなたはその日に生まれてきました。お母さんは、さきちゃんが自分で生まれたい日を決めて、心配性なお母さんに事前に知らせてくれたのだと思っています。
あなたは今、5か月のかわいい赤ちゃん。言葉がわかるようになった時に、この夢の話をあなたに伝えることを、今から楽しみにしています。
その時にあなたはどんな反応するのかな?
あなたとの暮らしは、毎日新たな発見がいっぱいです。こんな幸せな気持ちにさせてくれてありがとう。あなたはいつまでもお父さんとお母さんの宝物だよ。
2015.07.25
ありがとう、みんなで待っていたよ
むーちゃん
翔(かける)君、隼(はやと)君、かけはや君って呼んでいいかい。
もうすぐ6月。2歳のお誕生日おめでとう。生まれたころ、両手に入ってしまうほど小さかったふたり。今は元気に走り回っている一卵性の双子の男の子。そっくりだけど、同じじゃない。個性が出てきた君たちをいとおしく眺めているジッチャンとバーチャン。
ふたり目になかなか恵まれなくて、ママはずっと君たちを待っていたんだ。上のネーネが7歳の時、やっとママのおなかにやってきた。
「双子みたい」。やっと芽生えた君たちに会いたくてママを手伝おうと決めた。パパのおかあさんは朝食係、私は夕食係。入退院を繰り返すママに代わって、毎日おうちに運び続けた。
ある日、出産まで1か月以上あるのに、ママは「生まれるみたい」。早産止めの点滴を数時間打ち続けたのに陣痛が始まった。
私がネーネとジッチャンをうちに連れに帰っている間に、君たちは3分違いで自然分娩で生まれきた。パパはずっと側についていたよ。ネーネと新生児集中治療室にいるふたりをガラス越しに見た時、涙がスー。「ありがとう、みんなで待っていたよ」
ママはね。まず、ネーネに君たちを抱っこさせたよ。長い間お留守番していたもんね。きょうから「チーママ」だもんね。
2015.07.18
釧路の優磨(ゆうま)ちゃんへ
テルコバァ
ゆうちゃん、1歳の誕生日おめでとう。寒い冬も、パパとママと3人で、よくがんばりましたネ。
1年前、家族でゆうちゃんの誕生を待っていました。ゆうちゃんは、ちょっと小さめでしたが、初めて抱っこした時は、バァの腕にずっしりと重く、可愛くて、愛おしくて、涙、涙の対面でした。
毎月、笑顔の写真が、パパとママの一言といっしょに届きます。パパの大きな体の上に乗ったうれしそうな顔、ママに抱っこされた安心の顔、寝返りをして得意そうな顔、毎日ゆうちゃんの写真にお話ししています。
1か月たってのお宮参り、ゆうちゃんとパパママに、二組のジィとバァの7人でした。ゆうちゃんは、神社、写真スタジオと長い外出でしたが、おりこうで、すまし顔と大あくびの一日でした。その日は、楽しい、楽しいお祝いの夕食会になりました。 5月には端午の節句のお祝いにこいのぼりを贈り、それが釧路の青空に元気よく泳いでいる1枚が届きました。元気に、すくすく育つように、遠く茨城の空から応援しています。
ゆうちゃん、バァバァの孫になってくれてありがとう。
2015.07.11
「ラッキーラッキーセブン君」へ
じゅんちゃんバァバ
5月29日は、あなたのママの誕生日でした。ママへのプレゼントといっしょに、あなたの分も入れときましたよ。生まれてきたら、ママに着せてもらってね。
結婚7年目にやっと2人のもとに来てくれたあなたは、男の子だそうです。予定日は7月初旬、「ラッキーラッキーセブン君」ですね。
ありふれた生活の中、この知らせは私たちに元気をくれました。ママは、あなたが元気に生まれてくれるよう、いろいろと食べ物に気を使っているみたい。
パパは、毎晩、本を読んで聞かせてるそうよ。楽しい、楽しいって、おなかを蹴るんですって……。聞こえているのね。
こうしてあなたとお話ししていると、バァバもやっと実感がわいて来ました。我が家にとって初孫の「ラッキーラッキーセブン君」、もう少しママのおなかの中で遊んでてね。
そして、あなたが生まれるころには、入院中のおじいちゃんも元気になって、あなたを迎えてくださるでしょう。奈良のジィジ、バァバも楽しみに待ってますよ。その日まで。
バァバより
2015.07.04
どうしようもない父親から息子へ
飯田大貴(ひろき)
今回のお便りは、帝塚山学院泉ケ丘高校(大阪府堺市)の授業の一環で「あなたが将来、結婚し、子どもをつくろうと決断。子どもを授かった」と仮定し、その子へ向けて生徒が書いた「未来への手紙」です。
一言だけ言わせてください。「本当にごめんなさい」。父親である僕は、特に何かが優れているわけでもなく、多分何もしてやれないだろうと思い、謝っています。僕の妻は、どんな人か今はわからないけれど、とにかく父親がこんなでは、不安でいっぱいだと思います。でも、そんな父親だけど、お願いがあります。
一つ目は、素直でいてください。間違いや悪事をしたら、素直に謝ってください。
二つ目は、どんな人にも優しく接して、みんなが安心、信頼できる人になってください。
三つ目は、物事に積極的に取り組んでください。父親が出来なかったことを、身勝手だけどやってください。そして、やると決めたら途中であきらめないでください。失敗しても、それが一つの経験になるから、良いことだと思います。
以上が僕の願いです。君がどうなろうと、僕は否定しません。ただし、悪い人間になりそうなら、僕は何としてでも止めます。君は僕にとってかけがえのない存在だということを、どうか忘れないでください。
2015.06.27
楓真(ふうま)くんへ
おばあちゃんのいとこ
楓真くんのおばあちゃんが言うには、お姉ちゃんは6歳になったころ、パパとママに「弟がほしい」と言って、ずっと生まれてくるのを楽しみに待っていたそうです。
そんなふうにして生まれた楓真くんは、今では目も見えるようになったそうですね。お姉ちゃんは学校から帰ってくると、よく楓真くんの世話のお手伝いをし、楓真くんにキスを何回も何回もして、顔をベトベトにしてしまう日もあるとか。
楓真くん、早く大きくなって明石にも来てくださいね。
2015.06.20
あおいちゃん、1歳おめでとう
まりばあば
1年前の風薫る頃、夜明けとともに娘たち夫婦のもとに、天使が舞い降りてきました。ピンクの頬をした小さな天使。つぶらな瞳と桜色の唇を持って!
その瞬間、私たち夫婦は「爺(じい)と婆(ばあ)」というすてきな名前をGETしました! 「眼の中に入れても痛くない」というのは、このことか!という感動と共に。
体調を崩した爺には、あおいちゃんは希望の星。その笑顔が何よりの薬になりました。
あっという間の一年。可愛い歯も生え、しっかり食べて、めっきり幼児らしくなりましたね。「ジイジ」「バアバ」と呼んでくれる日も、きっともうすぐ!
可愛いあんよで胸に飛びこんできてくれる日を、心待ちにしています。
あおいちゃん、誕生日おめでとう! 若木のように伸びていくあなたを、爺と婆はいつも、いつまでも見守っています。
2015.06.13
いつまでも成長見たい
孫バカばあ
結婚9年目にして授かった赤ちゃん、煌己(こうき)君、元気に生まれてきてよかったね。
コウノトリはなかなか、娘夫婦のところに来てくれなくて、少しあきらめていました。娘夫婦の愛と頑張り、産婦人科の先生・看護師さんの力もあり、無事誕生となりました。
「孫は目に入れても痛くない」とは、本当でした。小さな体を一生懸命動かし、声を出しているあなたを見ると、大好きなビールも少し控え、元気でいつまでも、あなたの成長を見ていたいと思います。
少し、いや大分、孫バカになりそうですが、許してね。
2015.06.06
孫へ
らっぱ
今は小学4年生になりましたね。自分の考えを、自分の言葉で言えるほど、りっぱに成長したことと思います。
おじいちゃんは、いつもあなたのことを思っています。あなたなら、立派に人生を歩んでいけると信じています。あなたはおじいちゃんの孫で、パパの子どもだから。
おじいちゃんは、あなたが生まれた時に、あなたのために歌を作りました。おじいちゃんの気持ちは、今もあなたにつながっていると信じています。歌のタイトルは「生まれてきて、ありがとう」。
♪生まれてきてありがとう。君に会えてうれしいよ。これからずうっと一緒だね。
日が昇り、夜が明ける。鳥たちが飛び立つ。わが孫よ、今、君の旅が始まる♪
人には皆、その人だけの道が待っています。自分で自分の道を切り開いていくしかないんでしょうね。頑張ってほしいです。あなたならきっとできます。
おじいちゃんのこと覚えているかな? いつか会えるといいな。
日が昇り、夜が明ける。鳥たちが飛び立つ。わが孫よ、今、君の旅が始まる♪
2015.05.30
ママになれるかな
まりママ
しばらく子どもに恵まれなかったママは、病院で検査をしました。結果、卵管が詰まって手術するも修復できず、体外受精をしました。一つしか受精卵が得られず希望が薄かったけれど、あなたが来てくれた時、ママ、うれし泣きしちゃった。
めったに電話をかけてこないおじいちゃんもすごくうれしそうだったよ。パパのお父さんのあんなうれしそうな顔も初めて見たよ。パパも、おばあちゃんも、ひいおばあちゃんも、叔母さんもすごく喜んでいたよ。
病院の先生や皆が助けてくれたからママ頑張れた。女の子と分かった時、目の前がバラ色になりました。明るく優しい、夢を持ち続ける女性になってほしいです。
小さめなあなたと来月、無事会えるか心配しています。今はどんな気持ち? 料理と掃除が苦手なママだけど頑張るから、楽しみに来てね。
一緒においしいものを食べたり、楽しいことしようね。ママが皆に支えられてここまでこれたように、あなたが困っている時はサポートするよ。
皆に愛されて生まれてくるあなたです。自信を持ってください。周りの人を幸せにするんだよ。あなたにはできる! こんなママの元へ来てくれて本当にありがとう。
2015.05.23
しんちゃんとあーちゃんへ
典おばちゃん
甥のしんちゃんとあーちゃん兄弟の下に赤ちゃんが生まれるというので、2人を預かったのは、今から40年くらい前のことです。しんちゃんが2歳、あーちゃんが1歳、双子の私と妹が14歳でした。
幼子2人はそれはそれは可愛らしくて……。
でも2人ともよその家にきたのでよく泣いていました。とてもかわいそうでした。一つの部屋で私と妹が真ん中で、しんちゃんが妹の隣に、あーちゃんが私の隣にと、4人一緒に寝ていました。しんちゃんの寝顔があんまり可愛いので、妹と見つめていました。
あーちゃんは夜明けに必ず泣いていましたね。まだ1歳なのですもの、ママが恋しかったのでしょう。私は眠いので、無精して布団の中から手を伸ばして「よしよし」とあやしてあげました。もっとちゃんと抱っこしてあげたらよかったなあと、今になって思います。あーちゃん、ごめんね。
それからの4人の人生はそれぞれ決して平たんではありませんでした。幼子たちは北国へ去っていきました。結婚も出産もかなわなかった私にとって、遠い夏に共に過ごした甥っ子2人との愛おしい思い出。いつまでも大切にして優しい愛情を持ち続けていたいです。
2015.05.16
私の息子へ
ハロウィーン
和(かず)、卒業おめでとう
私は今、私の子どもとして生まれ、ここまで私と共に歩んで来てくれたあなたに感謝の気持ちでいっぱいです。
あなたがおなかにいる時、私は親になる自信がなくて、不安で不安でたまりませんでした。そんな不安定な気持ちが災いしてか、切迫早産になってしまいましたが、入院をした時におなかの中からあなたの声が聞こえたんです。「お母さん、僕が一緒だよ」って。
おかげで私は安心してあなたを迎えることができました。生まれてきたあなたは、本当に可愛くて、いとおしくて、私が本当に「お母さん」になれるなんてウソのようでしたが、あなたが、私を「お母さん」にしてくれました。
あなたは活発すぎるくらい、活発でやんちゃで、気性も激しくて、それはそれは手を焼いたし、たくさん心配もしたけど、あんなに大変だったはずの毎日が振り返って思い出すと、楽しいことばかりです。
親は子どもを愛して一生懸命育てるけれど、それ以上に子どもは親を愛してくれて、親も子どもに育てられるのだとつくづく思います。
この春からは中学生。これからも自分らしい人生を歩んでいってください。
2015.05.09
菜乃花(なのか)へ
みっちゃん
今回のお便りは、神奈川県立磯子高校の授業の一環で「あなたが将来、結婚し、子どもをつくろうと決断。子どもを授かった」と仮定し、その子へ向けて生徒が書いた「未来への手紙」です。
私の元へ来てくれて、ありがとう。
名前はもう決めてます。「菜乃花(なのはな)」と書いて「なのか」と読みます。
由来は、菜の花の花言葉からきています。「快活」「明るさ」「小さな幸せ」「豊かさ」「快活な愛」などその花言葉の意味から、あなたの笑顔で周りの人たちを明るくしてほしいという思いと、「菜乃花」が、私のおなかにいることが幸せで、これから生まれるという喜びも、成長していく姿を見るのも、これから増えていく思い出すべてが幸せという意味でつけました。
パパは、「菜乃花」に早く会いたいと言っています。ママも早く「菜乃花」に会いたいです。
元気に生まれて、産声を聞かせてね。
2015.05.02
まだみぬ赤ちゃんへ
みさこばあば
7月28日に誕生予定の赤ちゃん。こんにちは。
私はあなたのママのおばさんです。
あなたのママは、中学生の時に、私の姉であるお母さんを病気で亡くしました。それは阪神淡路大震災があった年です。
亡くなる少し前に、あなたのママのお母さんは、夫と離婚していたので、あなたのママは、親戚の家族のお世話で、中学・高校・大学を卒業しました。少し、引っこみじあんで緊張屋さん。
そのママが、縁あってあなたのパパと知り合い、可愛いあなたが誕生するのです。新米ママなので、お仕事と両立するのは大変でしょうが、パパもやさしい人なので、赤ちゃん、あなたも少し協力してあげてね。
あなたのおばあちゃんには、毎朝仏壇の写真に報告していますよ。ママからたくさん栄養をもらってね。
7月28日に会えるのを楽しみにしています。
2015.04.25
生まれてきてくれてありがとう
印西のばぁば
凛(りん)、もうすぐ4歳のお誕生日ですね。
本当に大きくなりました。パパやママの似顔絵、見ましたよ。上手にかけたね。自転車の練習もがんばってるね。こんなに元気に育ててくれた、ママとパパに感謝だね。
あなたがおなかにいて、ママはあしたから産休に入るという日、震災にあいました。ママは職場に残ろうか、それとも自宅に向かおうか迷ったそうです。結局、お友だちの車で10時間以上もかけて家に着いた時は、じぃじもばぁばもどんなにほっとしたことか。
そして、ひと月後、あなたは我が家にとって73年ぶりの女の子として、無事に生まれてきてくれました。神さまは教えてくれたんだよ。あたりまえだと思うことが、本当は奇跡の積み重ねだということをね。
おままごとも、ピンクの靴もすっかりなじんで、おひなさまを飾るのも手際よくなりました。来月のお誕生日、じぃじもばぁばも楽しみに待ってますよ。風邪をひかずに元気でね。
これからも健康に育ってくれるように、おばあちゃんは祈っています。
2015.04.18
た・か・ら・も・の
原田朋子
陽菜(ひな)ちゃんがママのおなかにやってきてくれた時、おばあちゃんは「あ~命がつながった……」と、 すごく うれしかったよ。
ママは、出産前までつわりがひどくて、本当にかわいそうだったけれど、おなかの中の陽菜ちゃんは、手足をバタバタしたり、しゃっくりをしたり、とっても元気に育ってくれました。
予定日まであと少しのころ、おばあちゃんは、海外に行くことになって、帰るまで待っててね と、おなかに向かってお話してたけれど、 陽菜ちゃんは待ちきれなくなって、産声をあげました。ママがつわりで苦しんだ分、生まれてからは楽をさせてくれてるのかなと思うくらいよく寝るし、慣れない沐浴(もくよく)でお顔にお湯がかかっても、全然泣かず、ウトウト眠るような、ホントに手のかからない赤ちゃんでした。
あっという間に1歳のお誕生日を迎えたね、おめでとう。いつもニコニコと元気で、お風呂大好きは変わらず、音楽に合わせて手をたたいたり、頭を打たないようにイスの下をくぐり抜けたり、何をしてもおばあちゃんは陽菜ちゃんが可愛くてたまりません。
これからも健康に育ってくれるように、おばあちゃんは祈っています。
2015.04.11
明るいひかり
あんパンダ
「仲が良すぎる夫婦だと神様がいたずらをして、天使がなかなかやって来ないんだよ!」
これは、私が長い不妊治療でもがき苦しんでいた時に、知人が教えてくれた勇気の出た言葉です。そのかいあって、7年目に、仲良し夫婦のまま、笑顔あふれる天使、蛍留(ほたる)くんがやって来てくれました。
その名の通り、周囲を明るくしてくれる子でした。そんな笑顔を見ていたら、もう一つ光を見てみたいと、夫婦はぜいたくにも欲を出してしまいました。
2度目の挑戦は、以前にも増し大変なことで、蛍留くんの成長、主人の精神力、私の体力、家族一致団結させねばならず、息を切れそうになったことも……。
でも、そのパワーが勝り、もう一つ光はやって来てくれました! 輝(ひかり)ちゃんは、我が家に更に明るい輝きを放ってくれました。そして、偶然にも、兄妹には、全く同じ左耳に副耳(ふくじ)があり、私はそれを福耳(ふくみみ)と解釈して喜んでいます。お空の上で、仲良く相談したのかな? あの夫婦の所に行ったら面白そうだ☆(苦笑)
家族4人たくさん楽しもう。いっぱいいっぱい笑って、周りにたくさんの笑顔の花を咲かせよう。蛍留くん、輝ちゃん、父と母にパワーをたくさん頂戴ね。
2015.04.04
ハル君へ
祖々母のアーちゃん
きょうは、ハル君とアーちゃんのお話を書きますね。
パパとママがいつものように、あの日曜日もハル君をつれて、アーちゃんのおうちに来てくれました。パパとママは、ハル君を残して、ご用足しに出かけました。ハル君は、ちょっとベソをかいていましたが、猫のタマが何となく寄りそったりして、元気をとりもどして、笑い声をあげるほど、ごきげんになりました。
そのとき、アーちゃんは見つけたのです。無心に笑顔をみせる口もとに、しわではない小さなくぼみを見つけたのです。えくぼだと、瞬間思いました。ハル君のほっペに、パパにも、ママにもない、えくぼを見つけたのです。
ハル君とアーちゃんだけがもつ、えくぼのつながりに、アーちゃんは舞い上がっています。ハル君は、男の子だからうれしいことではないかもしれませんが、ハル君のえくぼに、アーちゃんはうかれております。
大きくなってハル君のえくぼが消えてしまうかもしれませんが、アーちゃんを喜ばせてくれたことは、覚えておいてほしいのです。
2015.03.28
たくさん感動してね!
せわずきじいちゃん
理栄子(りえこ)ちゃんへ
70歳を過ぎたじいちゃんですが、久々に感動した本と歌に出会ったので、大切な理栄子ちゃんにプレゼントします。歌手として、また文筆家としても有名な、さだまさしさんの「風に立つライオン」です。
もちろん、今1歳の理栄子ちゃんに、この本の舞台となっている東日本大震災の記憶はないでしょうが、それはもう日本人の価値観を一変させてしまうほど、想像を絶するできごとでした。理栄子ちゃんが大きくなったら、当時の大変な状況については、お父さんやお母さんに聞いたり、自分でいろいろ調べたりして、具体的な状況を思い浮かべながらこの本を読み、その原点となった歌を聞いてみてください。
そして、人と人のつながりが生み出す感動や、人のやさしさ、悲しさが織りなす人生ドラマを、理栄子ちゃんにも感じてもらえたら、本当にうれしいです。
理栄子ちゃん、たくさんの人と接し、こうした感動をたくさん味わって、大きくなってくださいね! そして、凛(りん)とした中にやさしさとぬくもりに満ちた女性に育ってね! そして、おおいに人生を楽しんでくださいね!
2015.03.21
あなたが生まれてくるまで
ひなたのお母さん
日向(ひなた)が生まれてもう6年。春から小学生ですね。日向が生まれてくるまで、どんな道のりだったかを知っていてほしい。
結婚する前から名前は日向に決めていました。いつもポカポカ温かい心を持っていてほしい。誰かの日向になってほしい。そう思っていました。でも、なかなか私たちのところに来てくれなかったね。辛そうなお母さんを見ておじいちゃんと、おばあちゃんが不妊治療にかける費用を援助してくれたんだよ。そのおかげで3回の体外授精の末、やっと日向が来てくれました。
でも心拍を確認した次の日に切迫流産になり即入院。自分の意志とは無関係に子宮がけいれんしたあの感覚は、今でも忘れられないくらい怖かった。でも本当にがんばってくれたね! 9日間の入院後はつわりが3日。楽しい妊娠生活だったけど緊急帝王切開になって他の病院に転院したんだよ。
点滴もつけたまま、パパの運転で先生たちと一緒に移動して、初めての病院で産むことになったけど、とにかく早く無事に生まれてほしくて必死。その時のパパやおばあちゃんたちも、もう何がなんだか分からないような状態で、今では笑い話です。
誰に話してもびっくりされることばっかり起こったよ。今思うと怖いもん! 生まれるまで大変だった分、生まれてからは、本当に手がかからなくて、楽に育てさせてくれてるね。
こんなふうに皆の力を借りて、ドタバタの中(笑)生まれて来たことを覚えていてね。
2015.03.14
将来の君たちへ
トモヤ
僕は性同一性障がい&精神障がい者。未来に、自分の生きた証を残せるかはわからないけど、きっと愛する人と出会い、君たちにあえるだろうと思って書いてみた。
「幸せ」という言葉は何かむずがゆくて、毎日がドキドキするんだろう。僕は「パパ」? 「ママ」? 君たちはどう呼んでくれるかな?
僕はね一人っ子だったから生まれてきてくれた君たちが少しうらやましいな。名前は、先に産声をあげてくれた君には「れもん」。そして、お姉ちゃんに負けないくらいの産声をあげてくれた君には「ゆずき」。双子の姉妹だ。2人とも僕の大切な宝物だ。これから、どんどん成長していく君たちを僕はずっと見守って行くよ。君たちは小さな手を、僕と愛する人に差し伸べて満面の笑みを見せてくれる。いつか、僕たちのことを「パパ」「ママ」って呼んでくれた日には涙が出るくらいうれしいだろうな。
「家族」って言葉に憧れた日。自分の障がいで母さんを悩ませた日。家庭が崩壊しかけた日。僕にはお父さんがいないから、頑張って働いてる母さんを見た日。そんな母さんを僕は誇りにおもう。だから、僕もいつか母さんのような親になりたい。
「れもん」「ゆずき」。君たち2人と愛する人を守れる人になりたいな。 この思い、いつか君たちに届く日を夢見てる。
2015.03.07
もうすぐ逢えるあなたへ
スーちゃん
あなたには、兄姉が3人います。でも、あなたがこの世に生まれたときは、パパとママには初めての子どもです。パパとママはがんばったんだよ。でもこの世に生まれることができなかった兄姉のぶんまで、あなたはがんばってパパとママのところに来てくださいね。
あなたがおなかにいることがわかったときから、パパは安静が必要なママの代わりに、家事やいろいろなことにがんばってくれているよ。ママは車と電車を乗り継いで、片道2時間かけて1週間に1度、病院に通院してあなたに会える日を楽しみにしているよ。
ママは時々不安で落ち込むときもあるみたいだけど、おなかの中のまだ小さい小さいあなたの写真を見て、笑顔を取り戻しているみたいだよ。おばあちゃんは、ただあなたの無事と、パパとママのがんばっている姿に、手を合わせて祈ることしかできないけど、きっと、あなたには見えているよね。あなたに会える5月の予定日まで、おなかの中からパパとママを応援してあげてね。
元気で生まれてくるんだよ。みんな待っているよ。
今度おばあちゃんがあなたへの手紙を書くときは、元気で生まれてきてくれてありがとうと、伝える手紙だよ。
2015.02.28
宝物
クルスニク
私は、2013年6月16日に結婚をして、翌年の2月26日に妊娠が分かりました。それまで吸っていた、たばこをやめて、おなかの赤ちゃんのために食生活に気をつけるようになりました。初めての妊娠でわからないことも多く、出産までのおよそ10か月間の過ごし方などを産婦人科の助産師さんや、看護師さんたちにアドバイスしてもらいながら、楽しく毎日過ごしていきました。
妊娠1か月、2か月と過ぎていく中で、エコーでおなかの赤ちゃんの成長具合や、体重を見て、私の場合は小柄なこともあり、小さめな赤ちゃんであることがわかりましたが、順調に育っているので問題はなかったです。
胎動を感じ始めたのは、5月24日で、グニョ、ポコッていう感じで、元気に頑張っているんだなってすごく実感がわきました。出産予定日の10月23日が近づいてくるとドキドキしながら待ち、予定日の2日後の25日の午前2時32分ごろに軽い陣痛があり、その日の夕方6時13分に女の子が生まれました。微弱陣痛で、吸引分娩でしたが、出産のとき、とても痛かったのを覚えています。
産まれた瞬間の赤ちゃんは、目を見開いてキョロキョロしていました。その後に元気な産声をあげ、私は無事に生まれてきてくれたこと、私を選んできてくれたことでいっぱいになり、とても感動しました。
女の子の名前は優衣(ゆい)。優しい子に育って欲しいという思いで名付けました。生まれてきてくれて本当にありがとう。
2015.02.21
未来を生きる京子ちゃんへ
タミばあちゃん
京子ちゃんは、結婚して8年目にやっと授かりました。永田家は代々男の子ばかり。京子ちゃんは、初めての女の子で、おじいちゃんは、〝待望の女の子″と、とても喜んでいました。
しかし京子ちゃんが生まれると、すぐにお母さんは産後うつになり、育児が出来なくなりました。そこで、おじいちゃんとおばあちゃんが育てることにしました。おばあちゃんは68歳、おじいちゃんは64歳でした。老齢の育児は困難なことばかりで、綱渡りの日々でした。おじいちゃんは京子ちゃんが可哀そうと言って、時々泣いています。でもおばあちゃんは泣きたくても、女ですから泣きません。京子ちゃんも女に生まれたので、強くなってください。女性は昔に比べて強くなったとはいえ、まだまだ弱い立場に置かれています。どうかたくましく生きてください。
京子ちゃんが寝返りを始めた5か月のころ、大きな声を発して顔を赤くし4回も5回も寝返りを試み、やっとできたときはとても感激しました。京子ちゃんは、根性のある頑張り屋さんだと思いました。おとなになったら、人のため、世のために尽くせる人になってください。あなたの未来が輝きますように微力ながらおばあちゃんも応援します。
2015.02.14
天使の羽
さくら
なかなか子どもに恵まれなかったママは、あなたがママのおなかにやって来た時、本当にうれしくてうれしくて大泣きしました。
おなかの中であなたは元気にすくすくと成長していました。そんなあなたは、ママのおなかを蹴るのではなく、すりすりしていましたね。結構ママはそのすりすりが好きでした。この癖は、今だにやるときがありますね。
つわりもそんなにひどくなく、順調に出産準備をしながら過ごしていました。ところが、いざ生まれて来るときに、ママはあまりの痛さに意識を失ってしまいました。緊急で大きい病院に運ばれて、何とか母子共に無事であなたは生まれて来ました。それはそれは、大変なお産になってしまいました。
でも、あなたは、小さい体で大きな声をあげて生まれて来たそうです。生まれてすぐにパパがあなたの写真を撮ってくれたのですが、その時、パパにはあなたの背中に羽が生えているように見えたと言っていました。不思議なことにその写真は真っ白い光の中に、あなたがいるように写っていました。
あなたは、パパとママにとって大切な大切な宝物です。あなたは、日々、元気に成長しています。これからも、どんどん成長していってくださいね。パパはあなたといっしょにお酒を飲めるのを楽しみにしています。
2015.02.07
しあさってのジョーへ
けんにいちゃん
生まれたのは男の子、名前は「じょう」。
と、知らされたけんにいちゃんは、伯父さんとしては出産祝いを贈らないわけにはいかない。それには「あしたのジョー」の漫画しかないと思い立ち、すぐさま本屋に走ったんだ。でも、全16巻をそろえるとなると大変で、6、7軒は回ったよ。もちろん古本屋をな、へへへへへーー。
早いものであれから丸9年がたち、そんなエピソードを聴かされたじょうは、さっそく押し入れでほこりをかぶっていた「あしたのジョー」と対面して、いま夢中になって読んでるもんな。けんにいちゃんは、贈った甲斐があったと喜んでいます。
実は、あのエピソードには続きがあって、けんにいちゃんが「この子は将来ボクサーになって、世界チャンピオンになるんだ!」と、ひとりで盛り上がっていると、みつこおばあちゃんが、こんなふうに言ったんだ。
「じょうにボクシングなんかさせません。やりたかったら、あんたがやりなさい」って。ホント、女ってやつは、男のロマンがわからないよな。じょうもそう思うだろ。
というわけで、じょうよ、世界を目指すんだ! 今度、本物のボクシングに連れて行くからな!
いつも遊んでくれてありがとう。
2015.01.31
1歳のお誕生日おめでとう
田中章子
1年前の朝、お父さんからの「生まれました」の電話をおばあちゃんは懐かしく思い出します。真夜中にお母さんのおなかが痛くなり、お父さんと、お母さん、そしてあなたと3人で一晩頑張りました。お父さんが立ち会えるように、あなたはちゃんと日曜日に生まれてきてくれました。そしておっぱいをいっぱい飲んで、すくすく育っていきました。
ところがしばらくして、お母さんの体調が悪くなってきたのです。お母さんはあなたのお世話を精いっぱい頑張っていたのですが、とうとうあなたをだっこすることもできないほどしんどくなりました。
あなたと離ればなれになることはとても辛くて悲しかったけれど、病気を治すことが一番と、お母さんは入院する決心をしました。お母さんは病気と一生懸命闘いました。立派だったよ。退院の時、先生にも「よく頑張りました」とほめていただきました。我慢強いお母さんの様子と、いいこでお留守番をしているあなたの姿に、おばあちゃんは何度も泣きそうになりました。
そしてきょうはみんなそろってのお誕生日会。お父さんとお母さんからのプレゼントは童謡のCDです。添えられたカードには「心優しく健やかに育ってね」と書かれていました。みんなに囲まれてあなたはにこにこ笑っています。きっと心優しい頑張り屋の女の子に育ってくれることでしょう。お母さんに似て、ね。
1歳のお誕生日おめでとう。
2015.01.24
ひなちゃんへ
くまモン大好きばあば
もうすぐ、1歳のお誕生日だね! おめでとう! 日を追うごとにできる事が増え、言葉も増え、ばあばに抱きついてくるあなたが、ばあばは可愛くて仕方ないよ。
予定日より6日早く、難産の末、仮死状態で生まれたあなたは、保育器に入ってたね。その姿を見たばあばは、昔亡くした次女を思い出して、涙があふれたよ。
あなたのママには妹がいたのよ。その子はとても小さく生まれて、何か月も保育器に入っていたよ。心臓が悪くて、一生懸命生きようとがんばったけど、2歳のお誕生日を目前に天国にいってしまったの。
だからばあばは、あなたが生まれて来るまで心配で……。幸いあなたは予定通り退院して、健やかに育ってくれてるね。安堵してるよ。
ひなちゃん、ばあばの孫に生まれて来てくれてありがとう! あなたのママのように、優しく心の強い女性になってね。
2015.01.17
直歩ちゃんへ
おばあちゃん
直歩(なお)ちゃんがもうすぐ9か月というときに、お母さんが急に1週間の入院をすることになりましたね。
それまで、お母さんとベッタリの生活、完全母乳という日々だったので、おばあちゃんは、ミルクは飲むだろうか、お母さんの姿が見えなくて泣いてばかりになるのではないか、などすごく心配しましたよ。それでも、とにかくお父さんと協力して頑張ろうと思いました。
幸い直歩ちゃんはミルクを飲み、元気一杯の日々で、お見舞いに行った病院で母乳を飲ませてもらうこともでき、おばあちゃんはホッとしました。お母さんも最短コースで退院することができたこともうれしかったです。
直歩ちゃんをだっこして病院に行ったり、買い物したりの日々は「できるかな」という不安がありましたが、実際に体験してみると楽しいことでしたよ。直歩ちゃんと2人の時間を過ごして、おばあちゃんは決心したことがあります。それは、おばあちゃんはズーッと直歩ちゃんを守ってあげるということ。力は無いかもしれないけれど、どんなことがあってもズーッと直歩ちゃんの味方でいようと思ったことです。
直歩ちゃん、名前のように元気にまっすぐ大きくなってね!
2015.01.10
未来の赤ちゃんへ
枚方市立蹉跎(さだ)中3年 藤田真平
今回のお便りは、授業の一環で「あなたが将来、結婚し、子どもをつくろうと決断。子どもを授かった」と仮定し、その子向けに書かれた「未来への手紙」です。
僕が将来誰かの父親として過ごすことがあったなら、子どもに素直で元気な人に育ってほしいと思います。
自分のやりたいことをして、でも道を外すことなく、嘘をつかないような、とても素直で、誰とでも分け隔てなく接することができるような、心優しく、活発な人に育ってほしいです。
僕は子どもが将来、この親のもとに生まれてきてよかった、自分は幸福であると思えるようになってほしいです。
もし自分の子どもに名前を付けるなら「勝優」(勝負に勝つと優しい)で、「かつあき」という名前にしたいです。これは、自分自身の弱みに打ち勝って、なおかつ他人には優しくなれるような人になってほしいからです。
とにかく子どもには幸せになってほしいです。
2015.01.03
俺の子どもへ
枚方市立蹉跎(さだ)中3年 川辺汰壱(たいち)
今回のお便りは、授業の一環で「あなたが将来、結婚し、子どもをつくろうと決断。子どもを授かった」と仮定し、その子向けに書かれた「未来への手紙」です。
俺はお前に、やさしい子になってほしいと願う。やさしくて、思いやりがあって……とにかく心がきれいな子になってほしい。
そして何より自由に生きてきてほしいんだ。いつかお前は自分の夢を持つようになると思う。俺は、それについて何の口も出さないつもりだ。お前は俺たちのころは考えずに、自分の幸せをつかんでほしい。子の幸せが親の幸せ、お前の夢が俺たちの夢でもあるんだよ。
俺たちはお前を大切に育てる。お前が生まれた後、「一番大切なものは何ですか?」という質問をされたら、確実に俺は「子ども」と答えるだろう。それだけ子どもってのは親からしたら大切なものなんだよ。お前が女か男かもまだわからない。だが俺はどっちにしろ大切に育てるからな。おそらく親バカになると思うから、何度かはずかしい思いをするかもしれないが、それだけ愛してるってことだからな。
くいのない人生を。
