主催:公益社団法人日本フィランソロピー協会
共催:毎日新聞社、
特定非営利活動法人日本クリニクラウン協会
共催:毎日新聞社、
特定非営利活動法人日本クリニクラウン協会

2022.03.26
ゆう君おめでとう!そしてありがとう!
とも子チャーちゃん
寒い2月、建国記念の日生まれのあなたはもう2歳ですね。
遊びに来るごとに元気で、腰が弱りかけのひいばあちゃんが相手でも、好奇の眼で家中の置物を眺めて問いかけ、あまり玩具を置いていなくても引き出しの中からメジャーや文房具など見つけて楽しそうに。遊びの中での集中力や根気、その成長の日々を見てじいちゃんと私は元気をもらい、もう少し頑張りましょうと話していましたのですが。「ひ孫と出会えたし、満足の人生だった」と書き残して逝ったじいちゃん。コロナ騒動が続く中、きっと何事にもくじけないで強く生きるようにと願っていることでしょう。
ようやく会話らしくなった?あなたが「きれい!」と言ってくれた、私の手すき和紙のコレクション。和紙に魅せられてポーランドから何度も来日した人が新型コロナで来日できなくなっていると知り、私は喜んでくださる方がおられるのであればと、コサージュなども創作し、その方に送りました。そのため、しばらくは忙しくてあなたと遊べませんでした。
でももう大丈夫。まだもう少し頑張れそうで、あなたの成長を見守れることも感謝です。グローバルになっていくこの時代に、あなたが健康で愛される人であってほしいと願いながら頑張りますね。
2022.03.19
二つの宝物
ちいちババア
私の宝物が一つ増えました。娘に第2子が生まれたのです。長男で名前は樹生(いつき)と言います。初孫の長女が生まれてから、もう一人は産みたいと言っていましたが、2年たっても何も言わないし、娘も40代に入り年齢のこともあるし、あんまり聞くのもためらわれたけれど、やっぱり一人子だとさみしいと思いながら、期待と心配の毎日でした。
昨年のはじめに赤ちゃんができたと聞いてとても喜びました。どっちと聞くと男の子ということで喜びは2倍になりました。毎日無事に生まれてくるようにお祈りしました。7月14日、1週間早く帝王切開で生まれました。実家には戻って来ないで、家で義理のお母さんの助けを借りて育てました。私は何も面倒をみてやれませんでした。そのせいか、実家に帰って来てもあまり懐いてもらえなくて泣いてばかりです。さびしい気もしますが、でも気持ちはかわいくてしょうがありません。2人の孫を与えていただいて、とても喜んでおります。
70歳の夫婦でいつまで見られるかわかりませんが、人の気持ちがわかる人に育ってください。毎日祈っております。
2022.03.12
過去から未来への手紙
入り江わに
これは息子が生まれる前に書いた手紙です。お産で私が死んだら見せるつもりでしたが、生きているので見せていません。
赤ちゃんへ
あなたがおなかにいる時、神戸で大きな地震がありました。たくさんの人が死にました。あなたのようにまだおなかにいる赤ちゃんを守って、あるお父さんはお母さんの上に倒れてくるタンスを背に受け、けがをしたそうです。
3月には東京で毒ガスを使った事件がありました。サリンという毒が電車の中に置かれ、会社や学校へ行く人たちを狙い、命を奪ったのです。その中にはあなたのように、これから生まれてくる赤ちゃんを楽しみにしていたお父さんもいました。おなかの大きなお母さんは、お父さんが死んで泣いていました。愛する人を突然奪われた人の悲しみはどんなに深いか。人間は人間をお互いに大切にするのだということ、命を愛することを忘れないでください。
手紙は見せていないけれど息子は優しい青年に育ちました。今の息子に何かを言うとしたら、それは苦労の多い人生を頑張っている息子へのエールとなるでしょう。すべての若者に「頑張れ」と言いたいです。
2022.03.05
お母さんとお父さんが生まれた日
櫂 映人
あなたたちが生まれた日は雪が降るとても寒い日でした。天が、双子のあなたたちの誕生をお祝いしてくれている。と、僕は思いました。
切迫早産の危険から、お母さんは出産の2か月半前から入院しました。お母さんはお医者さんから絶対安静を命じられ、長い我慢を強いられ、新型コロナウィルスの流行のため面会もできませんでした。
最初の病院では、出産時の立ち会いも認められませんでした。お母さんの体調が悪化し、病院から、これ以上治療が続けられないと言われ、急きょ、別の病院に緊急搬送。新しい病院では、出産時の立ち会いだけは認められました。
看護師さんから電話で呼ばれ、病室に着くと、そこはとても静かでした。お母さんは深く瞑想するように静かに呼吸を繰り返していました。あなたたち2人を守り、戦ってきたお母さんに心の中で「ありがとう」と「大丈夫」と声をかけました。
それから5時間後。あなたたちが生まれてきました。あなたたちはとても穏やかな優しい顔。お父さんもお母さんもうれしくて涙が出ました。あなたたちが生まれた時、お母さんとお父さんも生まれました。この地球から生まれた大切な命を、心を込めて大切に育てていきたいと思いました。
2022.02.26
長男と次男、私にはどちらも可愛い息子たち
くうりん
あれはまだ暖かい季節だったはず。突然襲った破水に新米医師は「お小水です、妊婦によくあります」と片付けた。どんどんあふれていくのが心配で翌日また病院へ行ったけど、その医師は方針を変えない。あの時、病院を変えていたらと何十回思ったか。かくして私の子は17週で旅立っていった。
もう少し後なら、もう少し育っていたらと、「たら」「れば」を言い続け、家に引きこもっていた1年間。その後にできた今の息子。なんだかやっぱり次男のような気がしてしまう。お兄ちゃんが先に道を作ってくれてる気がしてしまう。その次男はもう高校生なのに、長男は今でも赤ちゃん。きっとずっと赤ちゃんなんだろう。それでも、お兄ちゃんなんだから道を作ってあげてね。サッカーで悩んでいる次男に何かアドバイスしてあげて。きっとお兄ちゃんは次男よりもっと頑張ってたはず。その強さを教えてあげたり、困った時は何か声をかけてたりしてあげて。先に逝った母が長男の面倒は見てくれてるようだから安心だ。母は、孫の世話をしたがっていたからそれもよかった。
今でも私は2人の男の子の母親だと思っている。次男よ、お兄ちゃんを見習ってこれからも育っておくれ。いつか私は長男の元気な姿に会えるんだろう。どちらに行っても子どもがいるから私はとっても幸せだ。
2022.02.19
孫たちへのエール
酒田マロ
昨年3月、5年間のイギリス赴任を終えた長女一家が帰国した。それに伴い、10歳と8歳の孫たちは「帰国子女」となった。10歳の孫は5年前、幼稚園の「年中組」でイギリスに渡り、小学校の「0年生」に編入され、すぐに1年生になった。英語が話せなかったので、とても苦労をしたようだった。しかしその後、苦難を乗り越えて、勉強やいろいろな活動などもしっかり頑張れたと聞いている。
帰国して今度は、日本語や習慣の違いなどなじめないことも多い様子で、何の力にもなれないわが身がもどかしくもあった。以来1年近くになり、これまでなかなか点が取れなかった「漢字の書取り」で88点をとることができた!などとうれしい話も聞けるようになった。きっと、人の何倍も苦労しているんだと思うけれど、その分、何倍も成長できるハズ・・・だから負けないでね。
次女の家族はアメリカのアトランタで暮らしている。やはり2人の孫がいるのだが、上の孫娘は9年前シンガポールで生まれ、バンコクへの転勤を経て、3年前アメリカに渡った。母である娘も孫たちも、異文化の中で奮闘をしている。
私には子どもが3人いて、3年前長男が20年暮らした東京から、突然Uターンしてきた。そして縁があって結婚し、2年前男の子が生まれて孫は5人となった。それぞれに個性豊かで五人五様だけど、孫たちみんな頑張れー!
2022.02.12
福の神
サファイア
生まれて初めて「ひいばぁーば」と会った時、満面の笑みで、はしゃぐあなたに「ひいばぁーば」は、ノックアウト。「じいじ」や「ばぁーば」も一瞬であなたにメロメロになりました。初めての育児で奮闘する私にとってもあなたが見せてくれる笑顔は、肩の力が抜けホッと一息つける瞬間でした。
あなたの笑顔は、雰囲気を和ませ、たくさんの幸せを運んでくれました。成長と共に変化してしまうのかと懸念していましたが、変わりませんでしたね。時折、部屋から漏れ聞こえる「友人、先輩、後輩」との楽しそうな会話から、人間関係に恵まれている様子がうかがえ、「すてきなものを持って生まれてきてくれたおかげ」と心から感謝しています。
これから先の人生においても「笑う門には福来たる」。誕生して以来、たくさんの幸福を運んできてくれたあなたですから、これまで通り笑顔を忘れず歩んでいってほしいと思います。そしていつか愛する人にめぐりあい、あなたの笑顔を継承したジュニアに会えたなら、母はノックアウト。
2022.02.05
たくさんのありがとう
あのね
寒い冬の夜。コロナ禍で初めての出産。不安ばかりだったけど、そんな気持ちを察してか、あなたは思っていたよりも、早く生まれてきてくれたね。
その日から始まった育児は、初めてのことばかり。一つ一つが手探りで、自分の時間も、余裕もなく、孤独で正直何度もくじけそうになりました。だけどあなたと向き合う中で、自分の弱さ、悪いところ、良いところ、そして何より家族や周りの人たちのたくさんの優しさにも気づけました。自分の幼い時は覚えていないけど、こうしてたくさんの愛、優しさを受け取って、私も大きくなったのだと、改めていろんなことに感謝することができました。
さらに季節が巡り、少しずつ笑ったり、寝返りしたり、立ち上がったり、大きくなっていくあなた。ふと母子手帳を見ながら、前の年の今ごろは2,000グラムだったのかと思うと、その成長のスピードに驚くばかりです。命の不思議、たくましさ、尊さ、そして喜びをあなたが日々たくさん教えてくれています。
ただ、ただありがとう。もうすぐ11か月。まだまだこれから手探りの日々だと思うけど、今しかない、この時を大事にしながら一緒にこれからも育っていけたらと思っています。きょうも一日ありがとう。またあしたもよろしくね。これからもそう言って笑顔で過ごせる日をおくろうね。
2022.01.29
かわいい3人目の天使ちゃんへ
ハッピーちゃん
一升餅のお裾分けをいただきました。生まれて初めての誕生日、おめでとう。
雨の早朝、東大寺へお礼参りに行きました。ママの出産の日まで、楽しみよりコロナの恐怖との闘いでした。テレビで大仏様の御胎内に写経を書いて納めることができるという話に心救われて、生まれて初めて写経を経験したことを思い出します。出産のときは面会もできず、ママは3日間陣痛に耐えました。私の出産のとき、母がずっと腰をさすってくれたようにしてあげられなくて、コロナを憎みました。でも、ママは頑張って、私も長い不安のトンネルから光が見えました。
大雨の中、南大門の下で鹿たちが雨宿り。珍しい光景にほんわかしました。当たり前の、ありがたい平穏な日々がくれば、お手々つないで野原を走りまわる鹿さんを見に行こうね。大仏様にも「ありがとう」って言おうね。
いつの日かすくすく成長してこの手紙を読む時がきたら、パパとママに感謝できるような素直な子に育っていると思います。子育てを楽しんでいるパパとママに育てられて、お友だちにもやさしくできる子に育っていると思います。
2022.01.22
君がいてくれること
センチメンタルなおばさん
産院のガラス越しに、母と二人で見た君は、両手をしっかり握ってすやすやと眠っていた。「おじいちゃんがいたら、どんなに喜んだか」。うれしそうにのぞきこんだ母は涙ぐむ。母は身体がだんだん動かなくなる難病を抱え、父の急逝にすっかり気落ちしていた。その沈んだ我が家に、ついに男の子誕生。初々しく輝く、小さな生命(いのち)を迎えた喜びが、家族に満ちた。以来、わたしはおばさんとして、君の成長する姿を見ている。
送り迎えやお弁当作りをしたし、折々の行事にも参加し、子育ての一部を手伝った。不自由な腕で抱っこしながら子守歌を歌ったおばあちゃんはすでになく、昨年、君は家を出て大学生になった。帰ると、低い声で「どうも」と言ってのそりと現れる。あんなにおしゃべりだったのに、返ってくる言葉はどんどん短くなり、「せめて文章に!」とおばさんは苦笑い。でも、誰をも引きつけるキラキラの笑顔は同じ。
最近、見るたびに父や弟に似たところを見つける。生命のつながりを感じ、わたし自身の子どもはいないけれど、その一端にあることに幸せを感じる。君が生まれたことは、この宇宙に起きたすてきな奇跡。君が未来に生きていく。それが力を与えてくれる。
2022.01.15
未来を生きる君たちへ
もみじ
私は若い頃、子どもを持つことに消極的でした。日本や世界に起こる様々な問題を見て、今のこの世の中に生まれ出ることは幸せなのだろうか?と思っていたからです。でもきっかけは、めいの誕生。かわいらしい姿、妹夫婦の幸せそうな様子に、社会への憂いなどどこへやら、「私も赤ちゃんを迎えたい」と強く願いました。
そして出会えたのが君たちです。お兄ちゃんと妹ちゃん。小さいころ二人はとても顔が似ていて、お兄ちゃんは小さめで妹ちゃんは大きめなものだから、2歳半も違うのによく「双子?」と聞かれました。君たちと出会って、世の中に対する私の意識は、より強くなりました。けれども、それまでの「諦め」ではなく、「希望」とともに。君たちが、自分は生まれてきて良かったと思える社会になってほしい、今はそう思っています。
双子のようだった君たちは、今は中学生と高校生。ご近所でも評判になるほど仲が良い兄妹で、母としてはちょっと心配にもなりますが、これからも助け合ってすてきな未来を生きていってくださいね。
母より
2022.01.08
9ミリの児
水野タケシ
オネイちゃん、結婚披露宴おめでとう!去年の入籍から1年、コロナ禍ということもあって、いろいろと迷ったみたいだけれど、本当にすてきな式でした。参加できてうれしく思っています。
邯鄲(かんたん)や まだ9ミリの おなかの児
これはエコー検査の君の画像を見て詠んだ俳句。27年前に9ミリだった君が、すくすく成長して、私よりはるかに大きいスポーツマンのタクミ君と出会いました。縁とは何とも不思議なものですね。こういうご時世ですから、式の当日、タクミ君のお父さんと初めて会いましたが、何とやさしいお人柄!一目で意気投合したよ。私は、それだけでうれしくなってしまいました。
タクミ君のお父さんと違い、私は、はじめての子ども、長女ということで、勝手がわからず厳しすぎることがあったね。不器用な父で申し訳ない。とても反省しています。ごめんなさい。コロナ禍、ふたりとも不自由な生活が続いたと思います。コロナが明けたら、楽しい思い出を積み重ねていってくださいね。
算数は オレに聞かない やさしい子
これはあなたが小学生のときに私が詠んだ川柳です。あなたは責任感が強くとてもやさしい子。それだけ、ひとりで抱え込むこともあったのかな。これからは、良いことも悪いことも、ふたりで半分こ。余った分は私とお母さんが何とかするよ。心配しないでね!
2022.01.01
その名のように明るく育って
打浪紘一
光(ひかる)くん。
新型コロナ禍の真っただ中で君は生まれてきた。じいちゃんも、ばあちゃんも、感染防止のために病院にも入れてもらえなかった。でも、しっかりしたお母さんに抱かれ、2週間後に対面できた時は、どれだけうれしかったことか。
周りの人を明るく元気にできる子にと名付けられた「光」という名は、とてもいいと思うよ。誕生して5か月の君は、表情も豊かになり、特に笑い顔がすてきだ。時々、お父さんやお母さんが、君の笑顔をラインで送ってくれると、コロナで暗くなりがちなじいちゃん、ばあちゃんの気持ちが一気に明るくなるよ。コロナが終息して、心おきなく行き来できる日を、心から願っているよ。
どうか元気ですくすく大きくなってね。そしていっぱい楽しく遊ぼうね。
じいちゃんより。
新型コロナ禍の真っただ中で君は生まれてきた。じいちゃんも、ばあちゃんも、感染防止のために病院にも入れてもらえなかった。でも、しっかりしたお母さんに抱かれ、2週間後に対面できた時は、どれだけうれしかったことか。
