理事長ブログ

2019.07.29

第12回 「参議院選挙」と映画「新聞記者」から民主主義を考える

令和最初の参議院選挙が終わった。多くの課題が山積する中、乱立する主張のわかりにくさに、「選択肢なき消去法」と言われるような逡巡を持つ有権者が多く、その結果、全体の投票率は48.8%、さらに、18歳と19歳の投票率は31.33%という低さ。私が育った高度経済成長期は、国際政治でいえば、冷戦の時代。国内政治も、その下で、資本主義か共産主義か、あるいは間の社会主義か、のイデオロギー対決であり、ある意味で分かりやすい選択であった。今は、イデオロギー論争ではなく、政策論争・・・のはずだが、イメージ論争になってしまった。テレビ報道も、当日だけ、まるでショーのような過熱ぶりだが、一日たてば、単なるイベントが終わったように事件モノと芸能ネタでもちきりである。国民の民度以上の政治はできない、というのであるから、自らを反省するしかない。

当協会は、「日本に健全な民主主義を育成する」ということをミッションに活動している。民主主義は、永田町や霞が関から与えられるものではなく、国民一人ひとりが現実を直に見たり、体験することで他者の不足と痛みを感じ、考え、議論し、選択し、行動することだと思う。実際、フィランソロピーは直接民主主義と言われている。自らの発意で税金ではなく寄付を、代議制の代わりにボランティア等、自分が持てるものを提供する。自分の日常の中でどうすべきか、ということを模索しながら選ぶことに民主主義の真実があるのではないだろうか。

映画「新聞記者」を観た。

記者の姿を通し、強大な権力と対峙しつつ真実を伝えようとするジャーナリストの志と使命を浮き彫りにしている。尤も、フィクションの中に、実際の事件の中心人物など実在の人物も登場させて、現政権への批判を思い起こさせる手法には少々興ざめしたが。いちばん心に響いた場面はラストシーン。真実を暴露した記者と、内閣情報調査室(内調)職員が道路を挟んで見つめ合っている。それぞれの、仕事への確固とした矜持と共に、平安な暮らしを保証してあげたいという家族への心情。その狭間で苦悩し、そして選んだ父としての誇り、父に呼応する子の生きざま。二人の俳優の演技も素晴らしかった。実際に、観て感じていただきたい。人権、公正、平和への希求は守るべき価値。しかし、それを貫くことは、心身ともの危険や身近な人の苦難を起こすこともある。その狭間で人間は迷い、逡巡し、そして選択し続けている。民主主義を健全に育成するということは、迷いや葛藤の連続ではないだろうか。だからこそ、生身の人間の苦しみに触れることで、そこから逃げずに考え続けるという「体験と思考の繰り返し」が大事なのだと思う。他者の痛みを感じ取り、持てるものを分け合う力を引き出すことに、諦めずに葛藤しながら(笑)挑戦し続けたいと思う。そうすることで、教育の本質も、「誰も置き去りにしない」というSDGsの本質も見えてくるのではないだろうか。