巻頭インタビュー

Date of Issue:2021.8.1
巻頭インタビュー/2021年8月号
くまがい・さら
 
2006年東京都生まれ。父親はベネズエラ人、母親はベネズエラ育ちの日系人で、日本語、英語、スペイン語が堪能。2020年4月21日から「Book Swap Chofu 川の図書館」を主催。同年10月、アショカ・ジャパン の「アショカ・ユースベンチャラー」に任命される。テレビ、新聞などの取材も数多く受けている。
アショカは世界最大級の社会起業家グローバルネットワーク。アメリカ・ワシントンに本部があり、日本をはじめ世界90か国以上で活動している。
一冊の本から始まる小さくて大きなムーブメント
Book Swap Chofu 川の図書館
熊谷 沙羅 さん
新型コロナウイルスの流行により、最初の緊急事態宣言が出ていた2020年4月、東京都調布市の多摩川のほとりで「Book Swap Chofu 川の図書館」をスタートさせたのが、当時中学2年生だった熊谷沙羅さんと1歳年下の弟・大輔くんでした。
毎週日曜日の10時から12時に開催。無料で何冊でも好きな本を持っていっていい。そして自宅に眠っている本を寄付して欲しい。そんなシンプルな活動は日を追うごとに注目を浴び、多くの人の出会いの場になっています。本という存在が、人と人とのつながりを育む重要な鍵になっているのです。
コロナ禍でも実践できたユニークな取り組みについて、沙羅さんに話を聞きました。
家族みんなでアイディアを考えた
― きょう、初めて「川の図書館」に来ました。多摩川土手の、大きな欅の木の下に本が並び、たくさんの人が訪れて賑やかです。木があるから涼しいし、目の前には多摩川がゆったりと流れて。気持ちがいい所ですね。
沙羅 ここは自宅から歩いて5分だし、木が目印になり場所が分かりやすいので活動するのにいい場所です。それに調布市の自然と言えば多摩川ですから。2019年の台風19号では多摩川が氾濫して、この「川の図書館」があるところも川に沈んでしまいました。うちも避難したんです。大変なこともあるけど、調布にとっては大切な場所だから、ここで図書館をやろうと決めました。
― 来る人は沙羅さんと話をするのを楽しんでいますね。また沙羅さんも気さくに声をかけて。とてもウエルカムな雰囲気です。
沙羅 私、おしゃべりなんです。思ったことをすぐに話すし。「川の図書館」をやって、知らない人、大人の人と話すことにも慣れました。常連さんもいて、顔は知っているけど、名前もバックグラウンドもわからない。どこに住んでいるとか、なにをしているとか、そういうタグを貼らずに、本の話をするのは素敵な交流だと思います。
― 「川の図書館」を始めたきっかけは?
沙羅 以前、アメリカのワシントンに旅行して、友だちのうちに遊びに行ったとき、公園にポストくらいの大きさの箱を見つけました。中に本が入っていて、自由に持っていっていいし、自由に入れてもいい。「Little Free Library」という取り組みだったんです。それを初めて知ったときは、すごく感動したんですけど、その頃はすごく忙しかったから、すっかり忘れていました。
でも、コロナで緊急事態宣言が出て、学校も休みになって。当時はオンラインの授業もないし、図書館も閉まっていました。それでワシントンで見たことを思い出したんです。街の書店も閉まっていたので、読む本がなくなって毎日退屈だし、きっと同じ気持ちの人がいるのではないかと思って。それが最初のきっかけでした。
― そこでさっそく市役所に相談に行ったそうですね。

常連のボランティアさんと一緒に本を整理する沙羅さん
沙羅 公園で「Little Free Library」をやりたいという話を書類に書いて、持っていったんです。最初は「公園を借りたいの?」とか言われたんですが、そういうことではなくて、本を交換する活動をしたいと説明して。会議で検討してもらったのですが、1週間後に却下されました。そのときは、本当に気持ちがドンと落ちて、大泣きして。アメリカでは簡単にできることが、なんで日本ではできないんだろう。複雑な決まりのようなこともあって、新しいことをしたがらないって、すごく不満でした。でも、パパとママが「転んだら、すぐに立って歩きなさい。ここで終わっちゃいけないだろう」と言ってくれて、夕ご飯の時にみんなで意見を出し合って、「川の図書館」のアイディアが生まれたんです。
― 多摩川の土手でマイ図書館を開いて、本を無料でやりとりする。楽しいアイディアですね。でも、それを実際に実行するのは大変なことです。
沙羅 まず交換する本がいるから、私と大輔で近所をまわって、本を集めました。知らない人のうちの呼び鈴を押すのは初めてで、すごく緊張しました。最初はセールスに間違われて「うちはいらないです」とか言われて、「いえ、売っていないです。もらいたいんです」と。拒否されたときは傷つきました。それでも24軒くらい回って、本を集めて、うちにあるものと合わせて70冊から始めました。
― すごい! 頑張りましたね。オープンの日はどうでしたか。
沙羅 大きな手押しのカートに本を入れて、大輔と二人で多摩川の土手まで持っていきました。「川の図書館」と書いた旗はママが作ってくれました。最初はめちゃ緊張して、誰かになにかされるのではと思ったくらい(笑)。 初日は20人くらいが来てくれました。通りすがりのおじさんも興味を持ってくれて。沙羅の話を聞いて、急いで家に帰って、本を持ってきてくれた人もいました。嬉しかったです。
お金では買えない価値がある

「川の図書館」のすぐ横でアコーディオンの演奏が
― 「川の図書館」の脇で、アコーディオンを演奏している方がいました。
沙羅 あの方は去年の夏くらいから、ずっといらしています。コロナでコンサートができなくなって、どうせ練習するなら、みんながいるところで楽しんじゃおうって。ほぼ毎週来てくれます。
― 常連のボランティアさんもいますね。本を作者順に並べたり、文庫、小説、エッセイなど種類別に分けたり。
沙羅 毎週来てくれる人がいて、本当に助かっています。「普段、会えない人と話せるし、週に一度の楽しみ」と言ってくれるんです。来週から中学でテストがあるからきょうはいないけど、私や大輔の同級生もいっぱい来て、手伝ってくれます。ほかにも、高校3年生の男の子が去年の5月くらいから、ずっと来てくれて。学校の話、本の話とかをたくさんします。いつも片付けを手伝ってくれる優しい人です。
― 沙羅さんたちもテストあるでしょう?
沙羅 待っている人がいてくれるから、こちらが優先です。勉強は明日からします(笑)。
― 小さな子どもたちのための読み聞かせまであります。

木陰にシートを敷き、読み聞かせのコーナーに
沙羅 去年の夏から、うちのご近所の方が来てくれて。読み聞かせが好きだからと。冬は寒くて、子どもたちが来ないからお休みなんですが、春から夏はいつもやってくれています。
― 先ほども、「フェイスブックの告知を見て、初めて来た」というお子さん連れのお母さんがいましたね。本というツールがあると、次々と人が集まってきますね。
沙羅 「川の図書館」が新聞に紹介されたときは、記事を見てわざわざ来てくれた人もいます。60代のおじさんで、すごく仲良くなって。その人はコーチングの仕事をしていて、沙羅が人前で活動の紹介をするときの話し方など、いろいろとアドバイスしてくれます。今は家族ぐるみで友だちですし、いろんな悩みも相談できます。近所のイギリス人のおじいさんは英語の本をたくさん寄付してくれました。イギリス風のティータイムに招待されたこともあります。1歳から90歳まで、友だちがいっぱいできました。本があると、自然とおもしろい人に出会えるんです。
― 70冊から始めて、今はどれくらいになりましたか?

寄贈本には「@BookSwapChofu」というハンコを押す
沙羅 きょうは600冊~700冊くらい持ってきました。家にもたくさんあって。全部で1,000冊くらいはあると思います。直接持ってきてくれる人だけでなく、郵送してくれる人もいるし、京王線調布駅近くのハンバーガーショップでは、回収用の箱を置かせてもらっています。
― 並んでいる本を見ると、新しい本、きれいな本も多いし、バリエーションも豊富です。これが何冊でも無料でもらえるというのはすごいです。
沙羅 みんな前の持ち主がいて、この本はこういう時に読んで楽しかったとか、それぞれの思い出があるんですよね。その大切なものが、古本屋さんで一冊10円とかで売られると悲しい。「川の図書館」にわざわざ持ってきてくれる本は、お金では買えない、持ち主の大切な気持ちが入っていると思います。

自宅に山積みの本。
家族の協力が不可欠だ
人と人をつなぐ活動を全国に広げたい
― 「川の図書館」はオープンから1年2か月が過ぎました。今後はどのような運営を考えていますか?
沙羅 「川の図書館」を全国に拡げたいというのが夢です。沙羅やママの友だちが、豊洲(東京都江東区)、大泉学園町(東京都練馬区)、千葉県でも Book Swap をやってくれています。多摩川では毎週日曜日開催ですが、ほかの場所では2か月に一度というところもありますし、本のほかに服や食べ物を並べているところもあります。こうしないとダメとか、細かいルールはなくて、それぞれのペースでやっています。
― 多摩川の「川の図書館」は雨天以外、毎週日曜日にやっていますね。1年以上続けていますが、大変ではないですか?
沙羅 冬は寒くて大変だし、もちろん体が疲れている時もあります。そんな時は「きょうは本の整理をします」と言って、家での活動に切り替えます。これまでに3回くらいやったかな。本は、定期的に整理が必要で、やりだすと4時間くらいはかかるんです。家のリビングにばーっと広げて、分類して箱に入れるんです。家の中は本の入った箱だらけで、すごいことになっています(笑)。
― 家族の協力が不可欠ですね。
沙羅 本の運搬が一番大変で、いつもパパが車で運んでくれるんです。「大変ではない?」と聞くと、「ううん、嬉しい」と言ってくれて。それが私もすごく嬉しいです。小さい頃から、私がやりたいといったことは、なんでもやりなさいと勧めてくれるので。「川の図書館」のパンフレットを作るのもパパたちがやってくれて。こうして取材に応えるのは沙羅だけど、本当は家族みんなでやっているんです。平日はみんなそれぞれ忙しいから、日曜の午前中だけは家族が一つになれる時間です。
― 今後の予定は?

熊谷さん一家。全員本が大好きという
沙羅 実は、全寮制のインターナショナルスクールに進学したいと考えていて、大輔もすぐに高校生になってしまうし。ここは自然に包まれているから気持ちがいいし、人と人が直接出会うことが減っている今だからこそ、「川の図書館」は大切な場になっていると思います。ボランティアをやりたいと声をかけてくれる人もいますので、何らかの形で継続できると思っています。
最初に「Little Free Library」をやりたくて市役所に相談したときは、断られてしまったのですが、最近は、市長や議員の方にお会いしたり、市からアイディアや意見を求められたりする機会が増えました。実は来年(2022年)3月、すぐ近くの多摩川沿いにオープンする予定の公園があって。沙羅たちがここで「川の図書館」をやっているので、本に関連する公園になるそうです。その公園づくりのアイディアを出したり、今は、市役所の人と一緒に調布のまちづくりに関わっています。
― 中学生でまちづくりに参加とは、素晴らしいアイディアと心を込めた実践の賜物です。「川の図書館」が仕組みになって、全国各地に拡がることを期待しています。本を通じて、人と人がつながり、行政まで動き始めました。このまま、まっすぐに突き進んで、素敵な地域文化を全国に拡げてください。
きょうはありがとうございました。
【インタビュー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
 
(2021年6月13日「川の図書館」にて)
機関誌『フィランソロピー』巻頭インタビュー2021年8月号 おわり