巻頭インタビュー

Date of Issue:2023.4.1
巻頭インタビュー/2023年4月号
山本ベバリー・アンさん
やまもと・ベバリー・アン
Beverley Anne Yamamoto
 
イギリス・ロンドン生まれ。英国国立シェフィールド大学大学院社会科学研究科PhD修了。大阪大学人間科学部・人間科学科教授。専門は社会学、多文化共生社会論。2013年にHAEジャパン患者会を設立し理事長に就任。HAEインターナショナルの理事も務める。
患者団体、医療従事者、製薬会社が協力し、
望ましい医療の実現を目指す
認定NPO法人HAE(遺伝性血管性浮腫)ジャパン代表理事
大阪大学教授
山本 ベバリー・アン さん
12歳から突然顔や手足、腹部などが腫れて激しい痛みに襲われるようになった山本さん。原因不明の病と付き合うこと40年、ようやくHAE(遺伝性血管性浮腫/Hereditary angioedema)と診断されました。「もっと早く、正しい診断がなされ、治療を受けることができていたら・・・」苦しむ患者を一人でも減らしたいという思いから、患者会を立ち上げました。代表理事としてインターナショナルに活動する山本さんに、患者団体の目指すべき「未来へのかたち」や望ましい医療のあり方について聞きました。
原因不明の病に苦しんだ学生時代
― 山本さんは、ご自身が患者であり、また研究者という立場で、患者団体を立ち上げられました。医療従事者、製薬会社、そして患者がイコールパートナーで協力することによって、早期の診断、最適な治療、そしてQOLの向上につながると説いていらっしゃる。日本における患者団体も、自らの役割や可能性をもっと認識し、組織として力をつけていけるのではないかと期待していますが、実態としてはなかなか難しい。当事者として、患者会の代表者として、さらには研究者として、さまざまな角度からお話をうかがいたいと思います。
まず、山本さんの患者としての道のりから。イギリスのどちらでお生まれになったのでしょうか。
山本 ロンドンの郊外で生まれて、16歳までいました。その後、大学、大学院に進学しました。専門は社会学です。大学時代の記憶としてよく覚えているのは、保健室ですね。担当だった看護師の娘さんが私と同じ年齢だったので、いろいろな話をしました。当時から医療制度にも興味があって、夏休みは病院でポーターのアルバイトをしていました。だから患者さんや医療従事者とも話をする機会がありました。
― 12歳ですでに発症していたのですよね。ポーターは肉体労働でしょう。すでに常人ではない(笑)。
山本 マッチョな人が多くて、私は女性で一人だったのでかわいがってもらいました(笑)。卒業して教師になったのですが、病状もかなり大変だったので、続けられずに1年で辞めました。私の病気はHAEといって、皮膚や粘膜が腫れる症状が出ます。生まれつき体内にあるたんぱく質「C1インヒビター」の量が少ない、あるいはその働きが弱いことが原因です。腫れやむくみは全身のあらゆる場所に突然起こるのですが、のどが腫れると呼吸困難になったり、窒息して死に至ることもあります。
― 大変な病気ですね。症状はかなり重かったのですか?
山本 はい。教師を辞めてから、小さな劇団で社会問題を取り上げて活動していたのですが、急に内臓が腫れてお腹が痛くなったり、吐き気がして何もできない状態になるので、活動するのもプレッシャーでした。たまたま友人が日本にいて、いいところだと聞いていたので、英会話学校の教師の職を得て、九州に来ました。
― そのとき病気の診断はされていたのですか。
山本 いいえ、未診断のままでした。
― そんな状態で日本に? やっぱりあなたは選ばれた人です!
山本 日本とイギリスを行ったり来たりする生活でしたが、お腹が痛くなって病院に行ったら、食中毒かもしれないと診断されて、食べ物を制限していたので痩せてしまいました。2007年から2008年ごろにはさらに症状がひどくなって、入院することも増えました。子宮内膜症と診断されて治療したこともありますが、良くなりませんでした。後から聞いたら、その治療はHAE患者にとっては非常に危険なものだったんです。
― 30時間吐き続けたこともあったとか。
山本 そうなんです。大きな発作が起こると本当にしんどかったですね。症状が出るたびにいろいろな科を受診しましたが、診断されて治療しても一向に良くなりませんでした。HAEは72時間ぐらい我慢すれば症状が治まるから、病院に行かずにそのまま我慢してしまう人も多いんです。
発症から診断まで40年─なぜ診断に時間がかかるのか
― 診断が出るまでにどのくらいの期間がかかったのでしょうか。
山本 喉頭浮腫で緊急入院になったときに、救急救命センターの医師がHAEのことを知っていたこともあって、いろいろな検査の結果ようやく診断がつきました。それが52歳のときですから、40年かかりました。
― 医師が病気のことを知っているかどうかは重要ですね。
山本 その通りです。HAEは診断までに時間がかかるし、診断を待つ間に亡くなる人もいる。調べたら、かなり大変な病気だということがわかりました。内臓の浮腫は見えにくいし、お腹が痛ければ食中毒や過敏性腸症候群、皮膚が腫れれば虫刺され、生理痛がひどければ子宮内膜症かもという見立てになって、関係のない治療が行われてしまう。HAEのことを知らない医師は、ひとつの病気がいろいろな症状を引き起こしているとは思わないからです。
さらに家族が同じ症状で苦しんでいたとしても、遺伝性のものだと気づかない。私の場合は家族歴がわからなくて、私からスタートしました。息子も同じ病気で3歳で発症しましたが、診断が早かったから、治療も早く始められました。早期診断は非常に重要です。
海外では認められても日本では承認されない治療薬
― 薬はあるのですか?
山本 ありますが、病院で処方してもらわなければなりません。緊急で薬が必要になった時に、たまたまこの病気をよく知らない先生に出会って大変だったこともありました。
私が診断を受けた当時、日本では1種類の薬しか承認されていませんでしたが、米国やイギリスなど欧米の国々には、発作が出た時に使う薬は3種類あり、長期予防薬もありました。さらに、患者自身が自宅で静脈に薬を投与することができます。
今は日本でも、急性発作のときに投与できる薬は2種類になりました。皮下注射で患者自身が投与できるものと、病院で医師が静脈注射で投与するものです。長期予防薬は3種類あって、すべて患者本人が内服や皮下注射で投与できます。
ただ、日本では静脈注射が承認されていません。静脈への自己投与ができるようにならないと、この病気を乗り越えることは難しい。だからこそ患者会が声を上げて、制度を整えていくことが必要です。そのためにもHAEインターナショナル(以下 HAEi)との連携は欠かせません。
― HAEiの本部はどこにあるのですか?
山本 初めはスイスで登録していましたが、現在はアメリカです。アメリカではNPO法人は税金を払う必要がありませんから。理事会で理事が集まるときに、製薬会社と話をする時間を設けていますので、その際に薬の開発について、一緒に次のステップを考えることもあります。
― 日本でもそのような活動がありますか?
山本 製薬会社との連携はあります。12歳未満はまだ環境が整っていませんが、12歳以上の患者の薬については、私たちのニーズも直接話して開発を進めています。ただ、大事なのは中立性です。
さまざまなステークホルダーが参画するAIDEプロジェクト
― 中立であることは意外と難しいのではないでしょうか?
山本 私には研究者としての立場もありますから、中立であることは必要ですし、難しいとは感じていません。それから、英語が母国語であることも、グローバルに活動できる要因だと思います。
現在、大阪大学ではオックスフォード大学と共同で、AI(人工知能)の技術を導入した、患者と市民、専門家が関与するプラットフォームとして「AIDEプロジェクト」を立ち上げました。より早く、より精密に病気を発見し、診断、予測、治療につなげる。そのためのAI技術の貢献に期待しています。人間科学、医療に関する倫理や政策、法学、情報学、医学などさまざまな分野の専門家が集まって進めていますが、10年前には考えられなかった、とても楽しい研究です。
さらに、市民や患者を含む外部有識者によるアドバイザリーボードを設けるとともに、さまざまなステークホルダーが参画できるプラットフォームの構築も目指しています。
(2023年)3月には「AI医療への患者・市民と医療従事者の参画を考える」日英合同公開シンポジウムを開催する予定ですが、一般市民、AI技術者、政策立案者など多くの方に参加してほしいと思っています。
AIDEプロジェクト:「ヘルスケアにおけるAIの利益を、すべての人々にもたらすための市民と専門家の関与による持続可能なプラットフォームの設計」として、市民や患者の参画(PPI:Patient and Public Involvement) を通じてAI技術を使う医療をよりよいものとすることを意図している。https://aide.osaka.jp/aim/
誰かのために活動したい HAEの患者会を立ち上げる
― 患者になってしまうと、患者という状態にどっぷり浸かってしまいますよね。山本先生は病気を抱えながらも留学し、研究を続けられている。意欲が衰えなかったのはすごいことです。
山本 私は、もともと社会や誰かのために活動したいという思いを持っていました。HAEジャパンの活動もその思いからです。診断を受けてすぐにイギリスの患者会に連絡したら、アメリカの患者会の代表者も紹介されて、情報交換が密にできるようになりました。そして日本ではかなり治療環境が遅れているということがわかりました。
HAEiも製薬会社も日本で行動しなければならないと思っていたようですが、私自身の体調も回復していないし、日本人が患者会を立ち上げればいいと思っていました。でも半年ほどいろいろ考えて、私がやるべきだと決心しまし た。九州大学の堀内孝彦先生、広島大学の秀道広先生や製薬会社にも協力していただき、HAEiの寄付金で東京と大阪で交流会を開催したのですが、アメリカとヨーロッパの患者会の代表者も参加してくれました。そこで患者会を立ち上げることを決め、4か月後にNPO法人を設立しました。
― まだご自身の体調が回復しない中でいろいろと活動され、患者会まで立ち上げられた。その行動力もすごいことですが、ご家族の支えも大きかったのでしょうね。
山本 夫はとてもやさしい人で、私が吐き気で苦しんでいるときも、いつも背中をさすって「だいじょうぶか?」と声をかけ続けてくれました。
― ご主人とはどこで知り合ったのですか?
山本 九州です。出会ったときは就職したばかりで、5年後に結婚しました。自分が大変な時に優しくしてくれる人がいると、それだけでレジリエンスになると思います。
― 患者会がそういう機能や役割を果たすことも大切ですね。
患者会運営と寄付のあり方
 
HAE ジャパンのホームページより
山本 患者会はファミリーです。同じ病気であるという共通点を持った仲間同士がオープンに話ができる場だと思います。悩みや不安も話せることで、ネガティブなアイデンティティをポジティブに切り替えることができるのではないでしょうか。患者会をきちんと運営する必要があります。たとえボランティアであっても、自らのお金ではなく、会の予算から出すこと。そのためにも資金調達、寄付金をいただくことも大切です。
― 病気を理解していただき、患者会の活動に共感していただくことも大切ですね。日本では寄付金を得ることを、よく「寄付に頼る」と言いがちです。寄付金を得ることも資金調達の重要な一手段であることも普及させなければと思います。団体の特徴も生かし、資金調達方法も考えるべきですね。
山本 寄付の形はいろいろありますが、主にプロジェクト型、運営サポート型だと思います。プロジェクト型の場合は使い方が限られます。患者会の運営サポートの場合はもう少し自由に使えますが、寄付金の申請のために1年間の活動計画を提出する必要がありますから、その範囲内ということになります。
患者会が製薬会社との関係づくりができるのは、治療があるからです。したがって、疾患のメカニズムが十分に理解されていないといった理由で薬が開発されていない場合は、製薬会社との関係は少ないか、あるいはないというのが現状です。病気の治療環境を改善するための活動が必要ですが、支援がないと患者会も効率的に活動できません。難しい課題ですね。
― 患者の数を増やすというのもひとつの方法ですね。
山本 でもHAEジャパンの会費は1,000円ですよ。患者から多額の会費はとれませんから、やっぱり寄付金は大切です。HAEの場合は薬があるから、それで普通に生活できるし、活動もできます。
― 難病連のような中間支援組織がコンソーシアムをつくって、もっと機能的、活発に活動できるといいですね。HAEジャパンはインターナショナルな連携ができていることが強みですね。
山本 今度タイでHAEiのアジアパシフィックの大会があります。HAEジャパンでは参加者の旅費の一部を負担します。製薬会社もブースの出展やミーティングへの参加も可能で、情報交換の場にもなります。
― 日本でも、田辺三菱製薬株式会社の「手のひらパートナープログラム」の助成金申請で、オーストラリアで開催される世界大会に行きたいということで申請してきた団体がありました。ただ、一部の人が参加することについて、内部で理解を得ることが難しいという患者会もあるようです。患者会の中のコミュニケーションを密にすることも大事なのでしょうね。
患者会の目的や目標を確立し楽しみながら活動する
― 日本の患者会、また望ましい医療のあり方についてメッセージをお願いします。
山本 患者会は非常に大事です。患者会は何のために活動するのか。本来の活動の意味、目的や目標を確立して、楽しみながら活動することが大切です。そして情報と連携も必要です。今できることと、1年後、2年後にできることは違います。ただ大きなビジョンを持つことで、すぐに100%満たせなくても、きっと今よりは良くなるはずです。
HAEに関して言えば、Ⅰ型、Ⅱ型の患者の環境はだいぶ整ってきました。今はⅢ型の患者のニーズが大きいですね。私はⅠ型ですが、これはC1インヒビタ―という遺伝子に変異があり、産生量の減少と機能の低下がある。遺伝子 検査でも血液検査でも確実に診断ができます。Ⅱ型も遺伝子変異がありますが、産生量は正常で、機能は低下している。Ⅲ型については、6つの遺伝変容が見つかっていますが、診断がついている患者のほとんどは、遺伝子検査による確実な診断ができない状況で、浮腫の原因や家族歴による診断になります。
望ましい医療のためには、患者、医療従事者、製薬会社がパートナーとして協力することがとても大切です。病気に対する理解や治療環境の改善や向上、創薬の開発のためにも、患者会もさまざまにネットワークを拡げながら活動していきたいですね。
― 現在の体調はいかがですか?
山本 2022年12月から長期予防をスタートしたのですが、それからまだ一度も発症していません。すごくいい状態です。
― 研究者としてもますますお忙しくなるでしょう。山本先生の信念や活動によって、多くの患者会が勇気づけられることと思います。ありがとうございました。
【インタビュアー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
 
(2023年2月22日 大阪大学にて)
機関誌『フィランソロピー』巻頭インタビュー2023年4月号 おわり