巻頭インタビュー

Date of Issue:2023.12.1
巻頭インタビュー/2023年12月号
山本良一さん
やまもと・りょういち
1946 年茨城県水戸市生まれ。東京大学工学部冶金学科卒、同大学院博士課程修了。工学博士。東京大学先端科学技術センター教授、同大学生産技術研究所教授を経て2010年退職。2021年より現職。
気候非常事態にどう立ち向かうか
東京都公立大学法人理事長
山本 良一さん
2022年11月、世界の人口が80億人を超えた。2080年代には100億人を超えると予想されている。人間活動の増大は、環境に大きな負荷をかけており、地球は危機を迎えている。今、私たちにできることは何か。環境経営学の第一人者である山本良一さんに話を聞いた。
エコマテリアル研究からエシカル消費へ
― 山本先生は、金属工学がご専門ですが、環境問題へのご関心はいつごろからおありだったのでしょうか。
山本 学生時代から問題意識は持っていました。水俣病やイタイイタイ病などは、金属が原因ですから。大学院に在籍していた1972年にローマクラブの『成長の限界』が発表されたのですが、そのときに、このままではダメだなと思いました。しかし1970年代~80年代は、先端技術、新素材が大ブームで、そちらの研究をやりました。東京大学先端科学技術研究センターの教授になったときに、新しいことをやろうと、エコマテリアル(環境に配慮した材料)を研究し、日本から提唱しました。それが通産省に認められて、環境マネジメントシステムの仕様を定めた国際的な認証規格「ISO14000」シリーズをつくるエキスパートに任命されたんです。
そこで気づいたのは、企業の経営やマーケットをいかに変えるかということでした。
― これまでにいろいろな組織を立ち上げてこられました。
山本 1996年にグリーン購入ネットワーク(GPN)、2005年に国際グリーン購入ネットワーク(IGPN)を設立しました。また1999年には環境に配慮した製品を展示する「エコプロダクツ1999」を開催して、20年間実行委員長を務めました。
その後、2012年にブラジルのリオデジャネイロで「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」が開催されて、グリーン経済もテーマになりましたが、SDGsについての議論もスタートしたんです。そこで「エシカル消費(倫理的消費)」のこともやらなければならないということになりました。当時は、フェアトレードとかアニマルウェルフェアとか、それぞれがバラバラにやっていたので、それをまとめようと、2014年に任意団体として日本エシカル推 進協議会を発足させました。
その動きを消費者庁が見ていて、2015年に倫理的消費調査委員会を発足させ、私が座長になりました。
― エシカルは環境寄りという印象がありますが、結局「倫理的」だから、すべてにかかわってくるわけですね。
地球の沸騰化 人類は厳しい時代に直面している
山本 きょうのテーマでまずお話しておかなければならないのは、今われわれは相当厳しい時代に直面しているということです。例えば、きょう1日で全世界から1億トンもの二酸化炭素が空気中に放出されていますが、その結果、地球温暖化がどんどん加速して、グリーンランドの氷床が年間1日平均で10億トンも溶け出している。西南極大陸には非常に脆弱な氷河があって、これも1日4億トンもの氷を失っています。一方、生物多様性のほうは、今世紀中に100万種ぐらいが絶滅するといわれています。また、われわれは資源をどのくらい使っているのかというと、年間1,000億トンの規模に達している。1970年ごろは全世界で250億トン程度でしたから、およそ4倍に増えています。
さらに深刻なのは、人類だけが増殖して80億人を超えてしまったということ。結論から言いますと、人口が減れば、あるいは簡素な生活をすれば使う資源やエネルギーが減って、地球がよみがえり、ほかの生物が繁栄するわけです。冷厳な事実であり、これが実現できるかできないかということなんです。
― ずいぶん前から、この警告を発しておられました。
山本 2007年に『温暖化地獄―脱出のシナリオ』、2008年に続編の『TIPPING POINT 温暖化地獄Ver.2 ―脱出のシナリオ』を出して、2009年に『残された時間』(いずれもダイヤモンド社)で「残された時間はあと20年」と書きました。
2023年は6月から10月まで連続して毎月の世界の平均気温が過去最高になりました。国連のグテーレス事務総長は、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代に入った」と言っています。2023年の世界の平均気温は観測史上最高になるでしょう。
2022年12月に開催されたCOP15(国連生物多様性条約第15回締約国会議)で、「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」が採択されて話題になりましたが、遅きに失した感もあります。人口が80億になり、1日で1億トンの二酸化炭素を排出し、さらにロシアとウクライナ、イスラエルとハマスの戦闘による爆弾の爆発で排出量はさらに上がっています。人間の本性の残虐性、そして根本的な愚かさを実感します。
ただ一方で、「人類愛」に基づくフィランソロピーもあります。だから絶望はできません。
いまこそ必要不可欠な国際倫理パネル
― 深刻な状況ではありますが、今こそ私たちは何かアクションを起こさなければなりませんね。
山本 私は4つの専門家集団が必要だと思っています。(1)IPCC(気候変動に関する政府間パネル)(2)UNEP(国連環境計画)によるIRP(国際資源パネル)、(3)「生物多様性版のIPCC」とも呼ばれるIPBESです。IPBESは、生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価し、科学と政策のつながりを強化する政府間組織です。この3つに加えて必要だと思うのが、(4)国際倫理パネルです。2012年のリオ+20サミットで設立を提案したのですが、残念ながら却下されました。ただ、必要だと考えている世界の有識者はかなりいます。
産業経済活動が加速することで、科学技術の研究も増えています。2022年には400万もの研究論文が発表されている。個人が読んで俯瞰展望するのは不可能なのは明らかです。もはや、専門家集団やAIに頼らざるを得ない時代に入っています。
まずは地球温暖化の防止 カーボンニュートラルを急げ
― COP15では、自然に関する情報開示、農薬や肥料のリスクを半減するなど、企業に関係する目標も盛り込まれましたね。
山本 世界全体で陸域と海域のそれぞれ30%以上を保全地域にしようという「30 by 30」という目標も定められました。事業者が目標を設定して、自然保護に対してどのように行動しているかを情報開示するというのは画期的です。中小企業はすぐには難しいかもしれませんが、大企業は真剣に取り組む必要があります。
ただ、私としては、優先順位はまず温暖化を止めることだと思います。マテリアルフローと生物多様性の損失は比例関係にあって、相関関係は0.73であることが研究でわかっています。つまり生態学的なインパクトを下げるためには、マテリアルフローを下げなければなりません。だからこそ、温暖化対策、省エネ・省資源、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミーもやって、ネイチャーポジティブに向けて企業行動をとってもらいたい。
そして、われわれ高等教育機関も気候非常事態を自覚し、もっとカーボンニュートラルに取り組まなければなりません。国際社会を見ると、イギリスでノーベル経済学賞の受賞者を多数輩出しているロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカルサイエンス(LSE)、アメリカのワシントンDCにあるアメリカン大学、オーストラリアのチャールズ・スタート大学など、すでに達成して第三者認証も受けている大学が増えてきています。
やり方はというと、まずは温室効果ガスの直接排出量である Scope 1、購入した電力や熱・蒸気といった間接排出量の Scope 2 を減らしてネットゼロにする。さらには例えば通勤・通学・出張などで発生する間接排出の Scope 3 を可能な限り低減するために、カーボン・オフセット(カーボンクレジットを購入してやむを得ず排出する温室効果ガスを埋め合わせる)することで、カーボンニュートラルを達成するという仕組みです。そのうえで、建物の改修や新築については、ゼロエネを目指しています。
これが高等教育機関としての社会的責任であるという発想です。日本にはこの発想が足りないから、2050年までにユルユルとやるという状態です。
― カーボンクレジットへの投資も必要ですね。
山本 あまりにも高額であれば、大学の経営上問題ですが、予算の0.1%程度であれば、許容範囲でしょう。例えば300億円の予算があれば、3,000万円ぐらいの投資が可能ということです。当法人は Scope 1・2 で年間1万5,000トンぐらいを排出していますから、3,000万円あればやれます。それを東京都が認めるかどうか。欧米系の大学はそれを許容する方向に動いています。そしてカーボンクレジットをどこから購入するかに、SDGsが絡んできます。途上国の生活を改善する、自然を回復するなど、Nature-based Solutions(自然に根差した社会課題の解決策)に投資するということになるわけです。LSEでは、どのようなカーボンクレジットを購入するかについて、学生や教職員が投票で決めるそうです。
― さすがです。初等教育からきちんと教えていく必要がありますね。
山本 おっしゃるとおりです。そのためにまずは高等教育機関が社会的責任として、クライメイト・ナチュラル(気候中立)を達成し、二酸化炭素の排出量より吸収量が多い状態であるクライメイト・ポジティブに移行することが必要です。
定量化が難しい生物多様性保全
― 生物多様性保全やネイチャーポジティブについては、どのように取り組んでいけばいいのでしょうか。
山本 生物多様性保全、ネイチャーポジティブについては、定量化が難しいということがあります。温室効果ガスには二酸化炭素、メタンガス、二酸化窒素などいろいろありますが、係数によって二酸化炭素の排出量に換算できます。資源についても、例えば鉄2キロ、亜鉛3キロを足し合わせて総資源量という数値にまとめることができる。しかし、生物多様性については、いろいろな生物がいて、それぞれに役割を持ち、相互に連関していますから、ひとつの数値で、ネイチャーポジティブ・ネガティブを表現するのはそもそも無理がある。いろいろな考え方が提案されていますが、ベースラインを決めてそれより上か下かで決めるのは難しいですね。概念として、現状よりも生物の繁栄、自然の再興という気持ちはわかりますが、具体的にどうするべきなのか。
― How、When、What ですね。
山本 そこが問題なのですが、国際社会はある方向に決まるとものすごい勢いで動いていく。それがファイナンスの世界です。Compensate Foundation の『From Carbon to Nature』によれば、生物多様性の分野でもマーケットで問題を解決しなければならないということで、今後年間で5,980億ドル~8,240億ドル、つまり日本円で100兆円ぐらいの市場になるだろうと予測しています。
Paulson Institute の『Closing the Global Biodiversity Financing Gap』という報告書では、「フィランソロピーは利益を分配する方法論である。投資はプライベートセクターが生み出す利益である」と書いています。
― フィランソロピーは、富裕層の寄付という意味でも使われますが、ネイチャーに投資する人が増えるという意味では必要ですね。
求められる消費者の賢い選択
 
クライムワークス
https://climeworks.com/
山本 LSEは、Compensate Foundation と協力してカーボンクレジットを購入していますが、生物多様性クレジットをどのように設定するかについても相当議論しています。驚いたのは、スウェドバンクがすでに買っているそうです。強調しておきたいのは、こうした世界の急速な動きに対して、日本が付いていけていないということです。
もう一例挙げますと、DAC(大気中から二酸化炭素を除去する技術)の進化です。スイスのベンチャー企業であるクライムワークスは、アイスランドの企業カーブフィックスと組んで、年間4,000トンの二酸化炭素を大気中から回収し、永久に貯留する設備をアイスランドにつくりました。回収した二酸化炭素を水と混ぜ合わせて炭酸カルシウムにして、チューブで地中の玄武岩層に送り込むと、2年で石になるそうです。そしてモニタリングし、証明し、社会にレポートし、さらに第三者認証を行なうことで信頼を得ています。
アメリカでもDAC工場を4か所建設する予定ですが、クライムワークスはこのうちの3つに関与しています。日本でも一部企業が毎日1~2トン回収する施設をつくるという話がありますが、ギャップがありすぎます。
カーボンニュートラルのほうは「つくる責任つかう責任」でやってほしい。スコットランドのビールメーカー、ブリュードッグは世界初のネガティブビールを生産し、ブリュワリーとバーでは風力発電を使用し、国内で2050エーカーの森林を購入して、ビールから放出する二酸化炭素の2倍の量を森林で吸収しています。アップル社もカーボンニュートラルウォッチを売り出しました。
 
H2 グリーンスチール
https://www.h2greensteel.com/
日本でも2010年に阪急電鉄の摂津市駅(せっつし/大阪府摂津市)がカーボンニュートラルステーションとして開業しましが、最近ではカーボンニュートラルの日本酒やコーヒーなども販売されるなど、動きは出てきています。
いま日本の鉄鋼メーカーを震撼させているのは、グリーンスチールです。鉄1トンを製造するのに2トンの二酸化炭素を排出しますが、H2グリーンスチールというベンチャー企業がスウェーデン北部のボーデンに建設している製鉄所では、製造段階の二酸化炭素排出量ゼロの鉄ができる。この鉄をメルセデスベンツやポルシェが購入する。日本の鉄鋼メーカーもグリーンスチールを販売すると言い始めましたが、別のところで二酸化炭素を減らして、製造段階における排出量をキャンセルするマスバランスです。でも自動車メーカーがグリーンスチールを使うとなれば、やらざるを得なくなりますね。世界はすでに動き出しています。
― B to C の産業を後押しするのは消費者でもあります。賢い消費を社会全体で考える時でもありますね。
 
寿司が消える日 久兵衛×ユーグレナ
https://www.euglena.jp/sushi/
山本 結局、生物多様性保全については、身近なところから始めるしかないと思います。一番問題なのは、寿司です。株式会社ユーグレナのホームページに「寿司が消える日」があります。寿司屋から日本近海のネタが消滅する未来を予測して、それが寿司屋で「最後の予約が取れる日」ということで、皿の寿司ネタがひとつひとつ消えていくんです。
環境認証のマークがついた製品・商品を購入するということも、私たちが身近にできることのひとつです。
強調したいのは、「われわれは気候非常事態にある」ということです。10月25日に、世界の200の医療・健康雑誌が「気候と自然の危機は分割できない。世界規模の健康上の緊急事態として扱うべき時がきた。WHOは、来年6月までにグローバル・ヘルス・エマージェンシーを宣言せよ」という共同社説を発表しました。
世界の動きに比べて日本は遅れている。確実に儲かる、政府が支援するまでやらないということが問題です。研究者、学者の責任も非常に重いと思う。知識人がまず動かなければいけませんね。
― 壁にかけてある「常在戦場」は、先生の覚悟なのですね。私たち一人ひとりにその覚悟が必要ですね。あきらめずに日常の中で取り組み続けることで光明を見いだしたいと思います。
【インタビュアー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
 
(2023年11月7日 東京都公立大学法人理事長室にて)
機関誌『フィランソロピー』巻頭インタビュー2023年12月号 おわり

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