特別インタビュー

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Date of Issue:2025.8.1
特別インタビュー/2025年8月号
渕山 知弘さん
ふちやま・ともひろ
 
1990年から近畿日本ツーリスト、クラブツーリズムに勤務し、1998年から2020年までバリアフリーツアー、ユニバーサルツーリズムに携わる。退社後はユニバーサルツーリズムアドバイザーとして、全国の自治体、企業、学校等で講演、セミナーなどを行なっている。高知県観光特使、東京都観光産業アドバイザー等も務める。
オフィス・フチ
https://officefuchi.amebaownd.com/
旅をあきらめない 夢をあきらめない
ユニバーサルツーリズムの現在地
副題
ユニバーサルツーリズムアドバイザー
渕山 知弘 さん
障がいがあっても、高齢であっても、すべての人が安心して、気兼ねなく楽しめるユニバーサルツーリズム。観光庁ではユニバーサルツーリバムを推進するべく、「観光施設における心のバリアフリー認定制度」の取り組みや、施設等のバリアフリー化促進など、さまざまな施策を進めているが、実際の旅行をサポートする体制は進化の過程にある。
現場の第一線で活動してきた渕山知弘さんに、誰もが楽しめる旅が育む心の豊かさや、旅に参加する人と人の間に生まれる思いがけない効果など、その現在地について聞いた。
障がい者との旅は習うより慣れろ
― 渕山さんは1998年という早い時期からユニバーサルツーリズムに関わっておられるのですね。きっかけはなんだったのでしょうか。
渕山 私はもともと旅行会社に勤務する一社員でした。たまたま先輩が担当していた「視覚障がい者四国お遍路ツアー」を引き継ぐことになり、何も知らないところからユニバーサルツーリズムの世界に入ったのです。
経験のない添乗員の私が、視覚障がいのあるお客様を手引きしながら一緒に歩くのですが、人手が足りないので、私の左側に1人、右側には縦に並んで2人のお客様を連れて歩くという状態でした。最初の頃は視覚障がいのある方がどういう状況になると、戸惑ったり困るのかがまったくわかっていませんでしたので、失敗ばかりでした。
ある時、お客様と並んで座っていて、ふと自分の用事を思い出し、黙って立ち上がり離れたところで作業をしていました。お客様は私がいなくなったことに気づかず、隣りにいるはずの私に向かって、ずっと話し続けていらした。それを同行の付き添いの方に注意されました。それからは「渕山、ちょっと席をはずします」と必ず声をかけ、戻ってきたら「渕山、戻りました」と言うことにしました。名前を言わないと、誰なのかがわかりませんから。
また会話の中で「あれ、これ、それ」などの指示代名詞をよく使っていたのですが、それも視覚障がい者にはわかりません。言葉を丁寧に選び、頭の中で場の情景が浮かぶような話し方を心がけました。
他にも失敗は枚挙に暇がなく、日々、叱られっぱなしでした。でもこの経験が今では糧になっています。まだユニバーサルツーリズムの初心者だった頃、お客様にこんなことを言われたことがあります。「渕山さん、こういう旅行は習うより、慣れるものだよ」
25年過ぎた今でも、本当にそうだと思い、以来、ユニバーサルツーリズムのセミナーでも必ず自分の失敗談も伝えるようにしています。
全国で開催されるユニバーサルツーリズムセミナー
(画像提供:鹿児島バリアフリーツアーセンター)
共に旅をすることでボランティアの心が動く
― ユニバーサルツーリズムを一般企業の社員研修にも活用しているそうですね。
渕山 「視覚障がい者四国お遍路ツアー」を継続するには、旅行会社だけでは人手が足りませんから、サポートしてくれる人が必要不可欠でした。ある方の紹介で、高知県にあるトヨタのカーディーラー「ネッツトヨタ南国株式会社」に出向いたところ、新入社員の皆さんが、お遍路ツアーを手伝ってくれることになったのです。それがきっかけで始まりました。
視覚障がい者四国お遍路ツアー
― 具体的にはどんなサポートをするのでしょうか。
渕山 ツアー募集の段階では、「新入社員が研修の一環として参加するので、手引きの経験がありません。教えてあげてください」と告知をします。すると教えるのが好きな人、教え上手な人がたくさん集まるんですよ。
新入社員を送り出す会社側は、あえて事前には知識を伝えません。初めての体験をじっくり感じて、考えてほしいからです。
5日間の旅程で、初日は松山空港で待ち合わせして、昼ご飯を食べながら、自己紹介をして、マッチングします。バスに乗るとお遍路がスタートするのですが、終日、視覚障がい者の手引きをしながら、寺の階段を上がったり、お参りしたり、食事をしたり、あらゆることをサポートします。
一日の行程が終わると、彼らは夜ミーティングをして「今日はあれができなかった、これがダメだった」と話し合う。できるだけ参加者全員と接してほしいという考え方ですので、翌日は違う障がい者とペアを組みます。
― ボランティアを体験することで、若い人たちにどんな変化があったのでしょう?
渕山 ツアー客と新入社員は、年齢的に祖父母と孫の関係に近いのですが、親族でもこうした旅の経験はめったにないからか、心に響くものがあるようです。5日間、みっちり同行し、最終日には社員全員がボロボロと泣きながら感想を話してくれるのです。
また今の若い人は語彙が少ないようで、目の見えない人に対してどう表現すればいいのか、どう言えば伝わるのか、戸惑うことも多い。ツアーを通してそのことを懸命に考えることで、職場に戻ったとき、お客様に対する言葉のかけ方が変わるといった成果が得られたようです。
ボランティアとして参加した後の社員の変化について会社側も評価して、当初は年に一度の予定でしたが、春と秋に実施するようになりました。十数年続きましたから、営業やメカニック担当の社員延べ百数十人がユニバーサルツーリズムを体験したことになります。
― それが企業文化になったのでしょうね。
渕山 そうですね。300社以上あるトヨタの販売店の中で、「ネッツトヨタ南国」は顧客満足度ナンバーワンを13回獲得していますから、すごいですよね。ほかにもさまざまな社会貢献を行なっていて、ベストセラー書籍『日本でいちばん大切にしたい会社2』(あさ出版、2010年)でも取り上げられました。お遍路ツアーのことも書かれています。
この研修が成功したので、今度はツアーをやめられなくなりました。結局、私は十数年、お遍路のツアーを企画し四国を四巡しまして、般若心経を空で読めるようになりました(笑)。でもこの経験を生かして、その後のユニバーサルツーリズム振興につなげることができたのはよかったと思っています。
他業種の人材の協力を仰ぎ多様なサービスを展開する
― 今は旅行者がスマホを使って、飛行機のチケットまで簡単に取れる時代です。旅の形が変わってしまった中で、ユニバーサルツーリズムは新たなステージに来ているのでしょうね。
渕山 旅行会社に就職する人は、旅の案内をしたい、添乗員をやってみたいという人が少なくありません。それがスマホ一台で済んでしまう世の中ですから、出番がない。しかしユニバーサルツーリズムは、まさに案内人が不可欠な分野ですから、働く側としてもやりがいを感じられると思います。
生まれながらに障がいのある人は、そもそもツアーには参加できないと思って諦めていることが多いんです。また高齢者も、若い頃は旅行が好きだったけれど、病気や怪我などをきっかけに旅を諦めてしまったという人が少なくありません。実はすごく行きたいけれど、他のツアー客や家族に迷惑をかけると思うと二の足を踏んでしまうのです。
― 確かに自分自身も不自由でおっくうに感じると同時に、家族への気兼ねなどもあるでしょうね。
渕山 専門的な技術を持った人たちが、夕方から夜にかけての入浴を介助するというツアーを企画しました。こうしたサービスを付加する場合は、旅行会社の社員だけでは運営できないので、外部にサポートをお願いします。
ツアーの半年前に現地に行き、地域の社会福祉協議会などを通じて、高齢者施設で働いている人や介護資格のある人などに声をかけます。通常介助を行なう施設内の浴室とは異なりますから、事前に宿泊施設の浴室でレクチャーします。保険もかけて、謝金も用意して「この日とこの日の夜3時間、入浴介助に来られますか」と依頼するのです。必要な人数が集まらなかったということは一度もありませんでした。
温泉入浴介助の様子
(画像提供:ユニバーサルサポート・すわ)
― 介護職の人たちにとってもプラスアルファの収入になりますね。
渕山 そうです。これが全国の温泉地で少しずつ広まっていて、首都圏では箱根観光協会が「はこねOnsen-Helper」の取り組みをスタートさせました。長野県の上諏訪温泉、兵庫県の城崎温泉、別府や鹿児島などでも同様の取り組みが実施されていますので、選択肢は広がっています。
言葉では伝わりにくい本当の魅力
― 可能性にあふれるユニバーサルツーリズムですが、まだまだ一般には広がっていない印象があります。
渕山 大手旅行代理店ではHISが「ユニバーサルツーリズムデスク」を設置していますし、募集している旅行会社も多くあります。ユニバーサルツーリズムやバリアフリー旅行に関する相談窓口も全国各地にあります。また、実際にユニバーサルツーリズムを体験し、自分も旅行に行けるんだと気がついた人は、リピーターになっています。
しかしユニバーサルツーリズムという言葉は、残念ながらまだまだ知名度が低いですね。この旅の魅力は、なかなか言葉だけでは伝わらない。そういう場合は旅行の写真やビデオを見てもらうと効果的だと思っています。
講演会などではお見せするのですが、ユニバーサルツーリズムのハワイツアーで、80歳の車椅子利用者が水着を着て海に入った映像があります。本人は20年ぶりの海水浴だと本当に喜んでおられるし、それを見守っているご家族やほかの参加者も全員が笑顔になる。細かく説明するより、皆さんの表情を見ていただくと、より理解が深まりますね。
バリアフリー大阪・関西万博ツアーの様子
― 大阪万博でも会場内のアクセシブルサポート業務などが始まり、ユニバーサルツーリズムが意識されています。
渕山 今回の万博で行なわれているバリアフリー対応の取り組みは、レガシーとして今後のさまざまなイベントでも汎用されていくと思います。
2027年には横浜で国際園芸博覧会が開催されますが、そこでもユニバーサルツーリズムをどう生かすかが大きなテーマになっています。誰もが自由に旅を楽しむという機会の創出は、今後の日本社会になくてはならないものだと思います。
【インタビュアー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会(JPA)
理事長 髙橋陽子
 
(2025年6月19日 公益社団法人日本フィランソロピー協会 にて)
機関誌『フィランソロピー』特別インタビュー/2025年8月号 おわり