巻頭対談

Date of Issue:2020.8.1
巻頭対談/No.399
一人ひとりを幸せにするロボットで人と人の優しい関係 を築く
日本大学文理学部情報科学科 助教
大澤 正彦 さん
社会福祉法人GLOW 救護施設「ひのたに園」
御代田 太一 さん
子どもの頃からの夢「ドラえもんをつくること」を追い続けて、現在、AI、神経科学、認知科学などを組み合わせた研究を進める大澤正彦さんと、滋賀県にある救護施設で、住むところや身寄りのない人の暮らしと自立を支援する御代田太一さん。ロボットの開発と福祉の現場という異なる世界で活躍する二人が、テクノロジーと福祉の関わり、人とロボットの関係について語りあった。
 
おおさわ・まさひこ
1993年生まれ。東京工業大学附属高校・慶應義塾大学理工学部を首席で卒業。慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了。2014年に設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」は日本最大級(2,500人)の人工知能コミュニティに発展。孫正義育英財団財団生。認知科学会で認知科学若手の会を設立・代表就任。人工知能学会学生編集委員。2020年4月から日本大学文理学部で研究室を主宰。
 
みよだ・たいち
1994年生まれ。東京大学在学中、障がい者と語り合う授業をきっかけに福祉の世界に関心を持ち、訪問介護ヘルパーや精神科病院の実習を経験。社会福祉法人グロー(GLOW)の救護施設「ひのたに園」に勤務。救護施設には、生活困窮者、ホームレス経験者、刑務所出所者、精神病院退院者、アルコール依存症者、被虐待経験者、外国人、高齢障がい者などが入所。介助や自立に向けて、アパートや仕事を見つけ、地域での生活に戻るための支援もする。
とりあえず福祉に応用、でなく
― 大澤さんは、いつからドラえもんをつくりたいと思ったのですか?
大澤正彦さん 正直なところ、物心ついたときにはドラえもんをつくるために生きていたというのが原体験(笑)です。小学生のころから大学が主催しているロボットセミナーに通って、深く考える前に行動していました。だからこそブレずに、「ドラえもんをつくる自分はどんな存在なんだろう、どう社会とかかわっていくのか」と考えてきたのだと思います。
― 御代田さんは、大学で理系から哲学へと転部、その挙句(笑)、支援の現場に飛び込んだそうですが、いまの心境は?
御代田太一さん 東京の同質的集団のなかで、なに不自由なく生活していたと実感する2年でした。バックグラウンドも違い、そもそも言葉でのコミュニケーションが難しい人たちに、イライラすることもありました。そこは、やり取りを重ねることで関係が築けたり、わからないままでも、楽しく時間を過ごせるようになりました。でも突然、激怒されたり、一緒に目標に向かっていると思っていたら出ていかれたり。その瞬間に、自分の思いはくじかれますが、相手の心のエネルギーを知り、改めて考えさせられることがあり、まだまだ駆け出しです。
大澤さんは、いまもドラえもんの最新話とかご覧になるんですか?
大澤 毎週、録画していますよ。生まれた娘といっしょに見て、刷り込みをしています(笑)。
御代田 大澤さんの取り組みは、福祉分野の仕事に通じるテーマだと思っていますが、実際には、現場のケアやソーシャルワークのなかで、どのように活用したり人の生活を変えることにつながっていくのか、イメージしきれていません。人を支援するという文脈で、研究がどのように展開されていくか、イメージを持っていらっしゃいますか?
大澤 むしろ、そこでお役に立てることが理想的なストーリーです。自分自身でも福祉分野に興味を持っていて、介護のコミュニティで話を聞いたり、リハビリテーション病院にロボットを出展し、コミュニケーションを取らせていただいたり。
現場の人の顔が思い浮かばないまま、とりあえず「福祉」といって都合よく応用先にしていることもある気がします。しかし、ぼくたちのプロジェクトは、一人ひとり幸せにしたい人の顔を思い浮かべながら、研究開発していきたいと強く思って います。
御代田 福祉サイドでも、今の時点でできることはたくさんあると思いつつ、福祉の仕事しかしたことがない人たちの集団で、方法が変わることに対する抵抗がある。受け入れ体制にも課題を感じています。
大澤 あらゆる領域がそうですね。広い視野で見れば簡単に済むことが、自分たちの領域から踏み出せないがゆえに、簡単に済ませられないことがたくさんあります。
人は本来、心と心でつながっていたはずだけれど、関わる人が増えれば増えるほど、心と心がつながっていない関係が増えてしまっている今の世の中で、ぼくたちの研究は、ロボットを使って心と心をつなぐことにチャレンジしています。それを きっかけにして、人と人の心のつながりも改善できると思っていて、人とロボットとの関係性をよりよくしながら、人と人との関係性をよりよくしていくことで、社会貢献していくのが役割かなと思っています。
心理学と認知科学の領域へ
ロボットと触れ合う子どもたち
― AIとかロボットは、人間の不便を解消するためにあると思っていたら、大澤さんの著書『ドラえもんを本気でつくる』(PHP新書/2020.2.15発行)にあった、ゴミを人に拾ってもらうゴミ箱型ロボットや、介護を受けたいと思ってもらえる会話ができるロボットのこと。その研究をするHAI(Human-Agent Interaction)は、人とロボットの心をつなごうとしていて、工学だけでなく、心理学や認知科学の領域を含む研究分野だと知って、びっくりです。
大澤 ロボットだけをつくっていたら、人とロボット(エージェント)との関係性について研究しようとは思っていなかったかもしれません。「ドラえもんをつくる」というビジョンを常に持ちながら、HAIの領域の研究も始めました。
最初は人の知能を知ることにチャレンジしていたのですが、研究を進めるうちに「人工知能はこうだけど、実際の人の知能はこうだよね」という発見がいっぱいありました。さらに、社会ってどうなっているのか、この人はどんな気持ちかなど、さまざまな人とつながりながら、分野の壁を超えて人間とロボット(エージェント)の関係性について研究すると、今まで見えていなかった本質的なものが見えてきました。
HAIという領域は先人がつくってきたものですが、ドラえもんという文脈と結び付いたことで、生まれたものがたくさんあります。
御代田 さきほど、ロボットを通じて、人と人との豊かなコミュニケーションにつなげていくとおっしゃっていました。ぼくのいる救護施設は、自分の名前を忘れた状態で警察に保護された人や、刑務所を出た人、特殊詐欺の被害にあって一文無しになった人などもいて、社会からもっとも排除された人たちが、被害者側や加害者側になりながら、最終的に集まってくる場所です。
最近、京都市が新しい救護施設をつくろうとして、いざ工事着工というところで、住民の反対意見に押されて建設中止になりました。施設の建設に反対の声が上がった際に、両者が歩み寄れるような社会をつくるうえで、研究がどのように使えるか、具体的なイメージはありますか?
大澤 とことん人間の研究がされていて、いろいろなアプローチがありますが、クレーム処理を手伝うチャットボット(Chatbot/人工知能を活用した「自動会話プログラム」のこと)があり、バランス理論という面白い理論を使っています。
AとBが仲良くてBとCが仲が良いと、AとCも仲良くなる。AとBが仲が悪くて、BとCも仲が悪いと、Bを共通の敵としてAとCの仲は良くなりがちだという3者間の人間関係がわかっています。
クレーマー処理でいえば、クレーマーとカスタマーサービスの関係が最悪の状態のとき、チャットボット(以下CB)を間に入れて、カスタマーサービスと仲良くすると、CBはクレーマーからすごく嫌われます。逆に、CBとカスタマーサービスの仲が悪くなると、クレーマーはCBが好きになって、CBのいうことを聞く。その状態になってから手のひらを返して、CBがカスタマーサービスと仲良くしはじめると、カスタマーサービスとクレーマーの関係もよくなり、円滑に話が進むというアプローチ。人と人の間にCBという、ぼくたちがエージェントと呼ぶAIを入れるとできるんです。
「ひのたに園」で利用者と語る
― エージェント、すごく人間的(笑)。
大澤 施設建設の事例でいえば、反対派のリーダーになるように身内のエージェントを入れて、誰よりも強く反対しておいて、途中で「でも、それは、むしろいいかもしれない」と態度を緩めると、印象が変わりやすくなります。
このような人と人の間で関係を取り持つシステムは、近い将来出てくると想定できます。
― 大澤さんのつくるドラえもんは、そのエージェントなんですか?
大澤 もっと広いスケールで考えていて、ドラえもんは、のび太という一人に向き合い尽くして、のび太という一人の人間をとことん幸せにしたロボットだと思っています。それを技術で実現することで、人が人に向き合う力を充電・充足させ、世の中に人と向き合う力を増やしていくことができます。
自分に余裕がなくなったときに、人は人に向き合えなくなり、きつく当たったりするものです。ぼくたちの技術開発の成果で、人に向き合う力が満ち足りた世界になれば、余裕のない現在から、もっと人に向き合える次の時代に変わっていくのではないかと思います。
御代田 福祉の側にいると、理解を示さない人に対して想像力を持ちなさいとか、まずは出会ってみなさいとか、純粋な気づきを求めるあまり、相手に対して理想の高いところがあります。でも、差別をやめましょうという声は、なかなか形になりません。「エージェントを真ん中におけばいい」というのはすごいですね。福祉サイドの人には、ドキッとするアイデアだと思います。
大澤 いきなりだとドキッとしますよね。特に、人工知能やエージェントという人の本質に触れる技術はその傾向が強いので、不完全な状態でみんなに見てもらいながら、社会の中でエージェントをつくっていきたい。何をやるにも、知ってもらうことが第一歩だな、と改めて思います。
ウニみたいな組織をつくろう
― 大澤さんは、広い視野で見られず、踏み出せないがゆえにできないことがあるとおっしゃっていました。「全脳アーキテクチャ若手の会」をはじめたのは、そんな思いからですか?
大澤 そうですね。誰とでもつながるチームになりながら、社会に技術を送りだしていく活動をしたいと、6年ほど前からやっています。
最初は知能研究に関係のある人たちでしたが、誰でもはいれるようになりました。小説家、会計士、弁護士、ダンサーも介護士もいます。自分の分野にとらわれないで、いろんな人とつながりながらやろうとした途端、アイデアがどんどん進んでいくのです。ぼくとしては、地球上の全人類と一緒にドラえもんをつくるという思いでしたが、「ドラえもんをつくることに、関係のない人はいない」とわかってきました。だから、自分がコンテンツになり、人がつながって、チームになっていける触媒になれたらと思います。
御代田 2,500人を抱えて、どのように活動をされているのですか?
大澤 関東と関西、九州と東北に支部があり、高校生支部と社会人支部が、各地で自由に活動しています。会の方針として定めている唯一のことは、会の方針を定めないこと。ウニみたいな組織をつくろうといっています。
― トゲがあちこちうごめいて、なかがおいしい、あのウニ?
大澤 はい(笑)。大企業などの組織運営は、組織の価値軸に従って一人ひとりが動いていく形だと思うけれど、それでは個人個人が最適化されません。では、どうしたらいいかというと、その人自身が価値軸だということを、みんなが認めればいい。それを念頭に、組織としてこれをやりますと決めず、「誰かがこういうことをやりたいんだけれど、協力してくれませんか!」といいながら、みんなが自然と協力してくれる人間関係をつくっていったのです。
その結果、誰かの面白いアイデアが次々と具現化され、具現化されたアイデアを面白いと思った人がどんどん加わってくるという形になりました。実際には、勉強会のような無難なこともやっています。その時々で変化している会だと思います。
御代田 福祉の分野でも、思いを持って活動している個人はいるけれど、同じ現場でルーティンワークをしていると、消耗していく感覚もあります。自分の仕事場や法人を超えてつながり、そのコミュニティにいる目的や理由を自ら設定 できるような緩いつながりが必要なのは、福祉業界も同様です。
― 大澤さんは、ことしから日大で教えていらっしゃるのですね。
大澤 日本大学の文理学部に着任しました。ここでなくてはと思ったのは、ひとつのキャンパスに多種多様な18の学科があるからです。そこで、一体になったチームが作れたら、世界を変える出発点、起爆剤になるのではないかと思っています。
福祉や介護をよりよくするために、どんな技術があればいいかとよく聞かれます。技術そのものは揃っているのに、できていないとすれば、人同士のつながりがないことが一つの要因ではないかと思っています。
― 大学で分野を超えたつながりをつくる。新型コロナウイルスの影響で、いまはオンライン授業とか。救護施設は、どうなっているのですか?
御代田 (2020年)3月から日雇いや派遣就労の現場で雇い止めが始まり、ネットカフェやホテルでやりくりしていた人が限界になり、6月になって一気に入所依頼が増えています。最近も、パチンコ屋が閉鎖になり、パチプロで生計を立てていた人が入所しました。いままで福祉の支援対象として、こちらも本人さえも思っていなかった人が、福祉に関わる状況になってきた感じがあります。
― ぎりぎりで頑張っていた人たちが落ちてきて、不安になります。ドラえもんなら、今、どういうでしょう。
大澤 最近、ドラえもんの「だいじょうぶ。未来は元気だよ。」というメッセージが出て話題になりました。その言葉は、誰かが書いているのに、みんなの心を前に向かわせる力を持っているのだなと思って、誇らしかったですね。
「だいじょうぶ。未来は元気だよ」は、外出自粛のゴールデンウィークに向けたメッセージ。藤子・F・不二雄プロと藤子・F・不二雄ミュージアム(藤子ミュージアム)から 2020年4月29日付朝日新聞朝刊に掲載された。
愛されて育っていくロボット
開発中のミニドラのようなロボット
御代田 ドラえもんをつくる上で、今後のイメージはあるのですか?まず、ミニドラのようなロボットをつくっているそうですが、どんなベクトルで動いているのですか?
大澤 技術戦略としてロードマップは徹底的に引いています。ぼくたちがつくっているロボットは、完成したら「ドラドラ」としか言わないけれど、完璧に人とコミュニケーションできるロボットになることを目指しています。それから、「パパ、ママ」と言わせることや、さらに「パパ大好き、ママ怖い」と語彙を増やしていくのは簡単です。ただ、技術的に簡単と思われるこのステップを、人の認知発達の視点から見れば、子どもが言語獲得していくプロセスと同じになっていることに気づきます。
ミニドラのようなロボットをつくってからドラえもんに成長させるというストーリーを描いて、人が知能を獲得する順番でロボットにも獲得させていきます。人は皆、知能や心が未完成な状態で赤ちゃんとして生まれてきます。そこに、お母さん やお父さんをはじめとする周りの人たちが愛情を注ぐことによって、知能や心が育っていくわけです。
ぼくたちのロボットは、人間と同じように、愛されて心をつくるというプロセスで、技術開発を進めるように変革を起こすマイルストンです。そこをしっかりとやって、その後、世の中に広めて、子どもを育てる感覚で、みんなにロボットを育て てもらう。社会に送り出して、開発にフィードバックして、また社会に送り出してとループさせることで、ドラえもんが完成するというのが、大まかな技術ロードマップです。
御代田 愛されて心が育つというのは、わかっているようでわかってないことですね。
大澤 知能研究をやっていると、赤ちゃんの動きを学術的に説明できてしまう部分も、たまにあります。生まれたばかりの赤ちゃんが、ときおり笑ったように見えるのは、生理的微笑と呼ばれている反射現象だと知っているので、娘が生まれても心を想定できずに、かわいいと思えないのではないかと不安でした。
ところが、ことし実際に娘が生まれてみると、とんでもなくかわいかった。理論では説明できない、それを超えるものが、我々には備わっているのかもしれないと思い、より一層ワクワクしました。研究者としても、娘が生まれてきてくれて本当 によかったなと思います。
御代田 愛されて育っていくロボットと関わるなかで、人間の心も変わっていく。そういうことが、もっと広く議論されるようになるといいですね。
― 現代は不寛容な時代と言われますが、どのようにすれば寛容な世の中になっていくでしょうか。対談の感想も含め、お聞かせください。
御代田 最初は、不寛容な社会をどう崩していくかという方法論としてのロボットには、奇想天外な印象を持ったのですけれど、面白いですね。エージェントを介して、寛容な心を保つ、福祉の現場で応用する。十分な愛を受けてこなかった人が生き直すためのきっかけに、エージェントがどう関わるのか。まだ具体的なイメージは持てないけれど、社会全体の設定でも対人援助の場面においても、そういうことをもっと言葉にしていきたいと思います。
大澤 研究者をやっていると、知ってよかったと思うことがいっぱい出てきます。それを、伝えていけたら嬉しいですね。世の中を変えるのは自分の性に合わない。でも、とことん人に向きあうことによって、自分の周りに温かい空間ができているので、こんな素晴らしいやり方がある、こんな素晴らしい場があると広げていけばいいのかと。不寛容な世の中を壊すのではなく、不寛容を、寛容な社会で包み込むことに、チャレンジできたらいいなと思っています。
コーディネーター:
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
 
(2020年6月9日オンライン)
機関誌『フィランソロピー』No.399/2020年8月号 巻頭対談 おわり