巻頭インタビュー

Date of Issue:2020.12.1
巻頭インタビュー/No.401

シェルバ 英子 さん
村木 厚子 さん
企業も行政もNPOもパートナーとなり
困難を抱える女性たちを救うプラットフォーム始動
元・厚生労働事務次官
一般社団法人 若草プロジェクト 代表呼びかけ人
村木 厚子 さん
株式会社ファーストリテイリング コーポレート広報部
ソーシャルコミュニケーションチーム リーダー
シェルバ 英子 さん
虐待、貧困、DV、性的搾取、薬物依存など、さまざまな困難に遭遇している日本の若い女性たち。彼女たちを支援するため、弁護士の大谷恭子さんが代表理事を務める一般社団法人「若草プロジェクト」は、全国各地の女性支援施設・団体と、企業とをつなぐプラットフォーム「TsunA が~る」を新たにスタートさせる。
「若草プロジェクト」立ち上げの代表呼びかけ人である元・厚生労働事務次官の村木厚子さん、ユニクロ肌着などの寄付を通じて活動をサポートしている株式会社ファーストリテイリング コーポレート広報部のシェルバ英子さんに話を伺った。
子どもであること、女であることは二重のハンディ
― 「若草プロジェクト」は、作家の瀬戸内寂聴さん、村木厚子さんが代表呼びかけ人となり、2016年にスタートしました。LINE相談やシェルターの運営など、まさに女性の駆け込み寺のような活動を続けておられます。そもそも村木さんが「若草プロジェクト」に関わろうと思ったきっかけはなんですか?
 
むらき あつこ
 
高知県生まれ。高知大卒業後、1978年に労働省(現・厚生労働省)入省。障がい者支援、女性政策などに携わり、雇用均等・児童家庭局長などを歴任する。2009年6月に郵便不正事件で、虚偽有印公文書作成・同行使容疑で逮捕される。2010年9月に無罪判決確定。2013年に厚生労働事務次官に就任し、2015年退官。2016年4月に「若草プロジェクト」を発足させ、代表呼びかけ人として活動。現在、企業の取締役や監査役、団体・学校の理事、大学の客員教授などを務める。
村木 もともと労働省に入ったので、女性活躍の分野では長いこと仕事をしてきました。その後、合併して厚生労働省になって福祉領域も所管に入ってきて、児童虐待などの分野にも関わるようになりました。幼い頃から家庭に問題があって深い傷を負い、重い荷物を背負ってしまい、女性活躍といっても、そのスタート地点にも立てない子がたくさんいるんですね。
2009年に勾留されたときは起訴休職になって、突然、世の中からばさっと切断され、公務員としての「自分の仕事」はなくなりました。そんな中、毎日、拘置所でニュースを聞いていたのですが、一番辛かったのが児童虐待のニュース。これは仕事だからではなく、大人として放っておいてはいけない。そう感じました。
また周囲にいる受刑者を見ると、若い女性が多いのです。検事に聞くと「薬物と売春が多いですね」と。その罪名とその子たちの素朴な雰囲気が、うまく重なりません。
勾留:障害者郵便制度悪用事件に巻き込まれ虚偽公文書作成、同行使容疑で逮捕されたが無罪判決。約半年間、大阪拘置所に勾留された経験がある。
受刑者:拘置所には作業をする受刑者がいる。
― まさに底辺にいる女性たちと、特別な場で直接関わったのですね。
村木 児童養護施設には児童虐待で保護された子どもたちが約5万人いますが、日本の人口から考えたら圧倒的に少ないです。発見できていない子どもはひとりで格闘し、生き延びようとする。女の子は風俗などで稼げるけれど、結局、それが彼女たちの傷を深くしてしまう。
大谷さんがよく言うのは「女の子は『子ども』というハンディと『女』というハンディを二重に背負っている」と。やはり大人が大人として、果たすべき責任を果たしていないのです。
― 若草プロジェクトの立ち上げには、瀬戸内寂聴さんも関わっておられますね。
村木 4年前にこのプロジェクトを始めようというとき、当時90代前半だった寂聴さんが「もう自分の寿命は長くない。世の中に役立てることはやっておかなければ」と大谷さんに相談して。私も大谷さんも瀬戸内さんも若草というより枯れ草世代ですが(笑)、長く生きてきた者の責任として、次の世代が困っていることで、自分ができることをちゃんとやる。自分も若いころに助けてもらっているし、それを返していきたいと思って。それが若草プロジェクトのスタートです。
― いざ団体ができて、まず何から始められたのですか?
村木 一人ひとりの少女の支援や、世の中の理解の促進はもちろんですが、もう一つやろうと決めたことがあります。この分野は、子どもシェルターや女性保護施設など、それぞれ頑張っているのですが、制度が縦割りで、どこも小さくて弱いのです。しかも秘匿性の高さが災いして、横につながれないし、外に発信もしにくい。私たちは「若草ハウス」や「まちなか保健室」など、現場を持っているので苦労がよくわかります。でも私たちなら、外に向かって発言ができますし、行政枠に縛られなくていいので、全体のためにできることを探そうと考えたんです。言葉にするとしたら「応援団の応援団、支援者の支援者」です。
最後の目標はパートナーシップ
― ファーストリテイリングさんとは2018年から「若草ד服のチカラ”プロジェクト」で協働されています。全国のシェルターや自立支援ホームなどにユニクロの肌着等を寄贈するという取り組みですが、きっかけはなんだったのでしょうか。
 
シェルバ えいこ
 
株式会社ファーストリテイリングコーポレート広報部ソーシャルコミュニケーションチームリーダー。外資系アパレル企業を経て、2001年ファーストリテイリングに入社。同年に発足した現在のサステナビリティ部の前身「社会貢献室」の立ち上げに参画。サステナビリティの企画・運営を担う部にて「全商品リサイクル」や「東北復興応援プロジェクト」、「Clothes for Smiles」といった各種社会貢献プロジェクトを立ち上げ、現在、コーポレート広報部でサステナビリティの情報発信を担当。
シェルバ 弊社では2006年から全商品リサイクル活動を行なっています。お客様が不要になったユニクロの服を店舗で回収し、まだ着られるものについては、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR) とパートナーシップを組んで、世界各地の難民、避難民の方に寄贈しています。
私たちは服の会社ですから、服を通じて社会をよくしていきたいと考えて、「服のチカラ」という言葉を自分たちなりに咀嚼して使っています。服というのは暑さ寒さをしのぐ役割だけでなく、人としての尊厳や、その人らしさを表したり、服一枚で勇気づけられたりもするのです。
― 当初は、世界の難民問題をテーマに取り組んでおられたのですね。次に、国内へも目を向けるようになったと。
シェルバ 当社は、「セオリー」というキャリア女性に向けたアフォーダブルラグジュアリーブランドを持っています。そこでは、困難な状況にある女性をサポートする活動として、2015年から「Closet For Needs」という取り組みをしています。
セオリーの従業員から回収した服やサンプルなどを展示し、DV被害に遭った女性をご招待します。そこで、従業員がコーディネートの提案をし、女性たちが最もイキイキと輝けるとっておきの服を選んでもらいます。最後にプロのメイクアップアーティストによるお化粧とカメラマンによる写真撮影が行われます。綺麗になって、まず自信を持ってもらう。そして、いずれは就職活動に備えてもらうという取り組みです。
その取り組みを若草プロジェクトさんにご紹介して、まず「若草プロジェクト」の連携団体で、若い女性の支援を行なっている「BONDプロジェクト」に体験していただきました。
村木 そうなんです。ファーストリテイリングさんからお声がけをいただき、「Closet For Needs」という取り組みに参加させていただいています。私たちと連携している施設・団体の皆さまが、定期的に「服のチカラ」を体験するという体験型のとても貴重でインパクトのあるご支援をいただいています。最後に写真まで撮るので、女性たちにとって、すごく自信になるんです。大変、評判のいいイベントです。
― そういった伏線があって、「若草プロジェクト」との協働が始まったのですね。
シェルバ 当時はイベントとして単発での開催だったのですが、よりサステナブルなやり方で取り組みを拡大していく必要があると考え、若草プロジェクトさんと協働することになったのです。
若い女性支援の話を伺ったとき、これは難民支援の状況と同じではないかと驚きました。私たちには見えていなかったけれど、実は日本国内にも着の身着のままの状況にある女の子がいる。それを知ってしまったら、もう見て見ぬふりはできないです。
私たちは商品づくりをする上で、年間多くの商品サンプルを作っていて、それらも難民支援に役立てていましたが、すぐ目の前に困っている人がいるのならばと、若草プロジェクトさんが連携している約100か所の施設に、肌着類を寄贈することを決定しました。現在も定期的に寄贈しています。
村木 ファーストリテイリングさんが「国内にも難民がいた」と言ってくださったのが、忘れられないくらい心に響きました。女の子たちがかわいそうだからというのではなく、貴社がやってこられたことの理念、枠組みの中に位置づけてくださった感じがして、それが嬉しかったです。
シェルバ 福祉という視点に留まらず、ダイバーシティとかインクルージョンという方向の話になるのかもしれません。かつて私自身、難民はかわいそうな人というステレオタイプの発想をしていました。でも実際に難民キャンプを訪れたら、そこには弁護士や教員の方もいて、コミュニティをまとめようとしていますし、自分の置かれた立場を文章にまとめて、困難な状況を説明してくれる。それを見て、なんと失礼なことをしていたんだと。同じ人間として一緒に考えていくべきだということを、現場に行って初めて知ったんです。私は弱者支援という言い方に違和感があります。もしも相手が自分だったらという視点がとても大事だと思っています。
― 自分ごとになるポイントは人それぞれですね。シェルバさんは、企業のなかで関わっておられ、村木さんは、厚生労働省で福祉に関わり、勾留の体験を通して、退官後は個人として福祉に取り組まれている。それぞれにできることをして、つながっていくことが大切ですね。
村木 厚労省時代、私は知的障がいのある方の雇用が拡大した時期の担当をしていて、こういった方々の働く場所をつくる企業の姿に、大きな価値を感じていました。日本の中で、企業の力はもっともパワフルで大きな資源です。そういうところと福祉がつながって欲しいと常々思っているので、若草プロジェクトと志のある企業との連携が実現して、すごく幸せです。
今までの日本は、公的なことは行政、経済活動は企業、非営利の活動はNPOという形でしたが、これからはみんなが一緒になって社会課題を解決する。そして三角形の真ん中に市民がいる。これが市民自立型の社会だと思います。SDGsでも最後の目標は「パートナーシップ」です。それと通じるものがありますね。企業に勤める人も役所に勤める人もNPOの職員も、みんな市民です。まず市民としてどうするのかということがベースにあって、その課題意識を企業、行政、NPOというそれぞれの器で考えて、できることをやっていく。そうすればより強い社会になっていけると思います。
企業のブランド力が人を勇気づける
― 「若草プロジェクト」はこれまでの活動に加えて、新たにプラットフォーム「TsunA が~る」をスタートさせます。これはどういう仕組みになっているのでしょうか。
村木 私たちは、連携している女性保護施設など各種施設の代表者に来ていただいて、実行委員会をつくり、いろいろと話し合っています。その議論の中で、企業からの支援についても、かわいそうな団体への施しのような形ではエンパワーされない、自分に必要なものを自分で選び取って、いい形で支援を受けることで、本当のエンパワーメントや自立につながるという意見がありました。そのためには、ニーズがマッチしないといい支援になりません。
実は、ユニクロの肌着類を配布するときも、彼女たちにお仕着せであげるのではなく、施設に置いていただいて必要なものを自分で選んで、持って行くという形にしたんですね。こうした経験を他の分野にも活かして、かつ、効率的にできないかと考えました。企業の側が「これくらいの数ならできる」「こういうタイプの支援ならできる」ということがあって、一方で、施設ではこんなものが必要だという要望があります。両方の気持ちをマッチングさせる仕組みをなんとかつくりたいと考えて、両者をつなぐプラットフォームをネット上に構築しました。
― 具体的には、どんなシステムなのでしょうか?
村木 システムには、約330か所の支援施設がつながる予定です。
企業が提供できる品物をアップしてくださると、そのオファーが各施設に行きます。施設側は「この品物が何個ほしい」というオーダーをする。一般的なeコマースとまったく同じ形です。全体の分量やニーズを見ながら、私たちが調整して、注文リストができあがり、それを受け取った企業が必要とされる施設に発送します。
― 調整は若草プロジェクトが担当するとなると、人手がいりますね。
村木 そうですね。いずれは自動化したいと思っていますが、最初は、スタッフがある程度の企業ニーズと施設のニーズを調整することになります。でも、これまではメールと電話でやりとりしていたので、もう少しシステマティックになり、しかも両側から見えるようにしています。
なぜこれが大切かというと、シェルターは場所も秘匿していますし、なかなか外とつながりにくい。信頼できる企業と施設の間で、秘匿性も担保したマッチングの仕組みを作る。施設は本当に必要なものを受け取ることができ、企業側は本当に喜んでもらえるものを提供できる。押しつけにならず、ありがた迷惑にもならない、それができる仕組みができたらいいと思っています。
― 施設と企業の間に立って、まさにプラットフォームになるのですね。
村木 シェルターや保護施設など、施設の種別もまたがってコーディネイトできる利点もあります。広く若年女性の支援という分野を社会課題として捉えて、全部の施設を応援できるんです。
― 「TsunA が~る」の稼働が始まって、次の課題はなんでしょうか?
村木 仕組みができたところで、先ずはプラットフォームにたくさんの企業が参加してくださることが重要です。次は、運営経費などを確保して安定的に運営していくことが課題ですね。
また施設側から、いま困っていることはなにか、必要なものはなにかという発信ができるような仕掛けに少しずつしていきたいです。最初はものから入るけれども、技術やノウハウ、専門人材、最後は働く場所の提供などにつながって欲しい。
― 最近は、引きこもりの子を働く場所につなげるNPOなど、面白い民間団体が出てきていますね。
村木 そうですね。なんでも自前でやるのではなく、いろいろな団体同士をつなぎたい。小さいけれど、大事なインフラとして機能するプラットフォームにしたいと思っています。企業と結びつくことで個々の小さな施設への持続的な支援ができますし、また、将来的には、プラットフォームの完成形として、女の子たちの自立をお手伝いし、社会へとつないでいけるトータルな意味でのサポートができればいいなと妄想を膨らませています(笑)。
そういう意味で、最初に参加してくださった企業が、ファーストリテイリングさんでよかったと思います。支援先施設は、ユニクロと言えば、どこも「あ、あのブランド」と思うんです。そういうところが自分たちを応援してくれて、気にかけてくれるというのは、すごく嬉しいという反応がたくさん返ってきます。
シェルバ 社長の柳井も、まず社会をよくしたいという気持ちが大事で、それがあった上でのビジネスだと。
― 企業のブランド力というのは、企業自身が思っているより、ずっと強いのではないかと思います。社会貢献活動を通じてブランド価値を高めるという言い方がありますが、もうすでに価値を持っている。そして、ブランドの力で人を勇気づけることができるのですね。
村木 そういう意味でもユニクロの服のチカラは大きいですね。一人で苦しんでいた女性が、必要だった服、欲しかった服をもらって、その背後にある人の「気持ち」を嬉しいと思う温かい瞬間。その積み重ねが、苦しい環境にいる少女や若い女性たちの支援につながっていくと思います。
― 自分を親身に考えてくれる人と出会い、その人の本気に触れることで、固まった心が解けていくのでしょう。少女や若い女性たちにはいい人と出会って欲しいし、そのための服であって欲しいですね。そのためのプラットフォームに期待しています。
本日はありがとうございました。
【インタビュー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
 
(2020年11月6日学士会館にて)
本誌 2018年6月号/No.386 に村木厚子さんとの巻頭インタビューを掲載しています。
全文をお読みいただけますので、ぜひご参照ください。
機関誌『フィランソロピー』No.401/2020年12月号 巻頭インタビュー おわり