公益社団法人日本フィランソロピー協会
<プロフィール>
吉原毅さん
 
よしわら・たけし
1955年2月8日生。東京都大田区出身。1973年麻布学園卒。1977年慶應義塾大学経済学部卒。同年城南信用金庫入職。
1992年理事・企画部長、1996年常務理事、懸賞金付定期預金などの新商品の開発などに従事。1998年常務理事・市場本部長。その後、事務本部長、業務本部長を歴任し、2006年副理事長。2010年理事長。2011年4月、ホームページに「原発に頼らない安心できる社会へ」というメッセージを掲載。
 
表紙
機関誌『フィランソロピー』
No.360/2014年2月号
巻頭インタビュー No.360
難しいことではありません。正しいことをすればいい。
城南信用金庫 理事長
吉原 毅
3・11福島第一原発の事故から20日後、城南信用金庫は脱原発の意志を表明した。その後も理事長の吉原毅氏は、先頭に立ち、原発不要の発信を続けている。先達から受け継ぐ経営哲学を自身の人生哲学とし、迷いなく正義を貫く吉原氏の姿勢は、我々に3年を迎えた被災地と向き合う気概を問うている。
企業の目的は社会貢献そのもの
― 吉原理事長は企業のトップとして脱原発を公言されています。あまりに本質をつき、重要なことを真正面から言われて。それについては後でゆっくりお聞かせいただきたいと思います。まず、その根底にある貴庫の経営哲学からお話いただけますか。
吉原 社会貢献は企業の責務のように言われていますが、そもそも企業は社会貢献するために生まれたものです。利益をあげる傍らにするものではなく、社会貢献それ自体が企業の目的であり本質です。
― 利益は必要ですがそれはあくまで手段。今はその手段があまりにも目的化しているように思います。
吉原 企業は原点に立ち返ってその役割を考える必要がありますね。当庫は1902年に、千葉県・一宮藩15代目藩主であった加納久宜(ひさよし)侯によって創設されました。加納家の初代藩主は加納久通(ひさみち)侯で、8代将軍徳川吉宗侯とともに紀州から江戸に来た人物です。テレビ時代劇の「暴れん坊将軍」にでてくるお側用人の「じい」が久通侯で、大岡越前と目安箱を設置し、小石川養生所を作るなどまちの安全に取り組み、享保の改革を断行した中心人物の一人です。以来、加納家は大名として幕府を支え、寛政の改革でも三賢人と呼ばれたお側用人を務めるなど、世のため人のため民衆のためを貫き、日本を支えました。
― 江戸時代から貴庫の「もの申す」歴史が始まっていたのですね。
吉原 明治に入り久宜侯は貴族院議員となり、全国農事会では幹事長を務め「日本農政の父」と仰がれました。そして農事会として産業組合運動にも取り組んだのです。
― 産業組合運動とはどのようなものですか?
吉原 19世紀、産業革命を経たイギリスは、市場経済と貨幣経済が広がり、貧富の差が拡大し、人も社会も混乱していました。そのような中で、社会改革家ロバート・オーウェンは、働いている人がお金によって圧迫されひどい暮らしをしていると初期資本主義の問題点を指摘し、皆が幸せになる人間中心の企業社会にすべきだと主張しました。その考えを具現化したのが、1844年イギリス・マンチェスター郊外のロッヂデールで起きた協同組合運動です。
― 近代化を進めていた明治時代の日本にも同じ問題が起きていた。
吉原 ドイツ経由で日本にも協同組合運動の思想が伝わり、1900年に産業組合法が成立し、その2年後、久宜侯が城南信金の前身である入新井信用組合を設立。入新井信用組合は全国の模範信用組合と呼ばれました。企業は社会に貢献するためにあるのに、資本主義は人間疎外を生んでしまった、皆で幸せに暮らせる本来の姿を取り戻そうという社会回復運動の中で信用金庫が誕生したのです。信用金庫の多くは、まちの発展のために町役場の中につくられました。つまり、地方自治の一環を担うための町役場の金融部門だったのです。
― 社会に貢献するための金融。まさにサウンドバンキング(Sound Banking 健全銀行主義)ですね 。貴庫の成り立ちが経営哲学につながっている。被災地支援にもその考えが生きていらっしゃるのですか?
吉原 先人たちの歩みに思いを馳せると、私たちは困っている人を助けること、それ自体を目的としていいんだという結論に至ります。お客様、会員の皆様にご了解いただき、まず3億円の寄付をしました。現地で炊き出しもしました。石巻では、1週間泊まり込みで仮設住宅を回る移動図書館を仕立て、カラオケをしたり、たこ焼きを焼いたり、少しでも被災者の皆様の心の慰めになればと活動しました。
― 移動図書館「しらうめ号」ですね。現在もその活動は続けていらっしゃると。
吉原 はい。今年1月に100回目のパーティを送りました。1回6人ほどのチームでこれまでに700名以上の職員が参加しています。職員は約2,000名ですから3分の1は経験したことになります。ボランティア休暇制度を作り、現地での活 動費、生活費は全て当庫が負担しています。岩手、福島にも行っています。しかし、一方で、自分たちの身の回りにも重度心身障害の方などもおられます。そのような方々が暮らす施設で作った商品を購入し、被災地にもお持ちしました。また、商品の紹介も兼ねて地元のお客様へのサービス品としても使用しています。地域の清掃活動や行事への参加、子ども向け金融教育の実施、高齢者の見守りもしています。店舗は子どもの駆け込み場所とし、営業用の自転車やバイクにはパトロールのステッカーを付け、防犯にも協力しています。地域の皆さんの安全と幸せのために働く、困っている人のために働くことが信用金庫の役割なのですから。
誰かが正論を言わねばならない
― さて、その安全と幸せを揺るがしているのが原発の問題です。
吉原 福島第一原発が爆発した姿を見て青ざめました。福島が大変なことになっていると。そして後になって関東全域がかなり汚染されていたことを知りました。ひどい話です。こんなことは二度とあってはならない。しかし東電、関連会社、監督官庁である経産省、官僚を監督する政治家に反省の姿勢はなく、「想定外だった」と極めて無責任な言葉だけが流れていました。不祥事を起こしたら、まず社長が謝罪し責任を取り、賠償し、それで会社が潰れたら会社更生法に則り、再発防止に万全を尽くし、経営陣を一新した上で業務を再開する。これが常識ではないでしょうか。しかし誰も責任をとらない。社会の木鐸(ぼくたく)であるはずのマスコミもそれを追及しません。 その原因はお金です。電力会社という独占企業体が巨額の富を築き、そのお金をもらった政・財・官・学・マスコミはそれぞれの本来の役割を放棄した。癒着のトライアングルです。これでは国民に正しい情報が行き渡らない。
― 利益第一主義が世の中の最大の価値になっている。暗澹たる気持ちになります。
吉原 しかし、それを見て見ぬふりをしていたら、当庫もただの金儲け企業です。社会貢献をするための、まして地方自治の一環を担うべく生まれた金融機関として、地方の人を守らないといけない。少なくとも声を上げ活動すべきと考え、原発を止めてくださいというメッセージを出すことにしたのです。
― それが2011年4月1日に発表された「原発に頼らない安心できる社会へ」ですね。
吉原 はい。3・11を通し、私たちは原発にはとてつもないリスクがあり、しかもコストも極めて高いことがわかりました。しかし、残念ながら政府も電力業界も万全の対策をしていませんでした。ついては節電します。皆様の節電も応援します。皆の力で原発を止めるように動きましょうと。
― その時、貴庫は3割の節電を実現されていました。しかし、内部で進めるのと外部に呼びかけるのとでは、その影響力が違います。発表することはお一人で決められたのですか?
吉原 相談する必要はありません。これしかないのですから。どうすべきかはおのずと明らかです。だれが反対しても変わりません。
― しかし、反対意見もあったのではないですか?
吉原 正面から反対する人はいませんでしたが、いかがなものかという意見はありました。しかし、誰かが正論を言わねばなりません。 それはおかしいでしょうと。人助けに理屈はいらない。人は人を助けるために生まれてきた。これは人類普遍の論理です。
― 理屈ではわかる、でもいろんな要素がからんで言えないという人が多いのではないでしょうか。
吉原 闘う前に逃げるのも自分のことだけ考えて逃げるのも卑怯でしょ?昔話にも子ども番組にも出てくることですよ。しかし大人になると訳知り顔で己の利益を優先してしまう。堕落しているだけで、どちらが正しいかは一目瞭然なん ですから。また、あぶくま信用金庫のことも大きかったですね。
― 福島県南相馬市に本店を置く信用金庫。2011年の採用内定者を貴庫でお引き受けになったと聞いています。
吉原 はい、内定者全員にきていただきました。原発事故の影響で、あぶくま信用金庫の営業地域の人口が半減してしまったんです。当庫は85店舗ありますが、それが半分になり、エリアから人が消えゴーストタウンになるなんて想像もできないことです。父は横浜・綱島の桃農家、母は大田区の梅農家と、私はご先祖様から受け継いだこの城南の土地で生まれ、育ちました。私も子どもを持って親の気持ちもわかるようになりましたが、ご先祖様も子孫のためにと苦労を重ね田畑を作り、木を植えてきたんです。人間の社会は次世代を思う愛情とそれに対する感謝で成り立っているのだと思います。この縦のつながりを大切にしなければならないのです。
― 原発事故はその大切な縦のつながりを分断してしまった。理事長の先祖や故郷に対する思いは、原発被災者の方々にも通じるものがあると思います。その思いを込めた脱原発宣言でもあるのですね。子孫のために原発はやめるべきだと。
原発はバブル
吉原 日本は世界でも有数の地震多発国。原発はパイプの化け物です。1,000ガルの地震に対応しているといいますが、我が国では活断層がない地域でも何万ガル規模の地震が多発しているのです。もし今、何万ガルもの地震が起きたら原 発は崩壊します。なのに50数基もある。いつ何時起こるかもしれないのに、です。
― 官僚も政治家もわかっているでしょうに。やはりお金ですか。
吉原 私は慶応大学経済学部で加藤寛先生から公共選択論を学びました。経済は放置すると暴走し貧富の差も生まれる、だから政府が介入しないとだめだ、しかし民主主義では官僚も政治家もサラリーマン、彼らの私欲と市場が結びつくとかえって良くない・・・。 そういうことを分析するのが公共選択論です。加藤先生はその理論のもと、電電公社と国鉄の民営化を導かれました。しかし、先生ははたと気づかれた。電力を忘れたと。民間企業のふりをして地域独占しているこの企業はお金がいくらでも稼げ、それを使って政治にも介入しはじめます。そのテコになったのが原発です。稼いで余ったお金で政治家のパーティ券を買うようになり、当選しても落選しても与党も野党も面倒をみたので、多くの政治家が言うことを聞くようになりました。役人も天下り先を世話してもらいます。先日ある学会で官僚の方が「皆さんは原子力村を悪の軍団のように呼び、私たちをショッカーだと思われているようですが、ただのサラリーマンです」と。私はそれを聞いて腹が立ち、マイクを取って言いましたよ。「それがだめなんだ!」と(笑)。エリート層がサラリーマン化して、自分のためにしかものを考えなくなっているのです。
― 政治家、官僚といったエリート層の劣化。悲しいですが納得してしまいます。そしてマスコミも・・・。
吉原 高速増殖炉もんじゅはこれまで何度も事故を起こしていますが、マスコミは報道しません。ある大手新聞社では原発反対記事を書いてはだめという会社の方針が出ていたそうです。これも広告収入と天下り先確保のためです。一歩間違えば日本が壊滅する大きな事故が起きて、何か月も止められずに暴走したため責任者が自殺したのに、何も報道されなかった。
― さらに暗澹たる思いです。
吉原 原発はコストが安いと言いますが、そんなことはない。損益計算書に出ていないコストがあるのですから。国ぐるみの粉飾決算です。原発は30年、40年使ったあと廃炉にして解体し、数万年保管します。使用済み核燃料も何万年も保管する必要があります。しかし、それらの保管費用が損益計算書にカウントされていないのです。なぜか聞いてみましたら、わからないからだと。これを認めている会計界もおかしいでしょう。常識的に発生するはずのコストを入れないで、原発は安上がりだ黒字だと言って、銀行もお金を貸しているんです。皆で頬被りしてごまかして、価値のないものに過大な値段をつけてやり取りする。これをバブルと言います。原発はバブルです。
― 私たち国民としては まず正しい情報が欲しいですね。そして、何を一番優先に考えるか、それは次世代以降の子孫のことを考えるべきですね。
吉原 私が脱原発の話をすると、ほとんどの中小企業オーナーは賛成してくださいます。子どもたちの安全を考えたら、原発は良くないと思っている人も多いのではないでしょうか。しかし原発を止めたら電気の値段が上がり、企業や工場が日本から出て行ってしまうのではないか、働く場所がなくなってしまうのではないかと若い人も恐れているんです。それこそ作られた情報ですよ。
民の力で脱原発が可能に
― 原発がなくても問題ないと。
吉原 そもそも原子力、つまりウラン235はウラン全体の1%しかなく、人類全体が使うエネルギーの70年分しかないのです。石油や天然ガスは5~600年分あります。その他にシェールガスもあります。石炭に至っては1,000年分以上もあ る。しかも石炭は中東だけでなく世界中にあります。昨年(2013年)11月23日の日経新聞の一面で石炭ガス化複合発電(IGCC)と呼ばれる先端技術の実用化について報道されました。これはガスタービンで発電後、廃熱を使って再度発電するもので、同量の石炭から得られる電力が従来型石炭火力の2倍で、これまで捨てていた安価な低品位炭を使える利点もあります。しかもIGCCの熱効率は55~60%で、33%の原発よりずっと高いのです。
― 技術も進んでいるのですね。
吉原 当庫の新しい店舗でも使っているガスヒートポンプ技術では、電気使用料がこれまでの10分の1ですみます。この技術は日本が進んでいて、今、大企業も採用し、飛ぶように売れているんです。もちろん自家発電設備も普及し、トヨタも4割が自家発電です。電力会社に頼らないほうが安いんですから。それで、電力が余っているんです。一昨年(2012年)7月に大飯原発が再稼働しましたが、関西電力圏内で夏の午後1時のピーク時で供給量と使用量を比べたら火力だけで24%も余っていた。火力に力を入れてこなかった関西電力でさえ火力だけで十分余っている。ですからもう原発は必要ないのです。
― 「原発がないと電力が足りない」はだんだん疑問視されてきました。
吉原 その上、家庭でもたくさんソーラーパネルをつけておられる。ソーラーパネルで一家の電力の大半は賄えるのではないでしょうか。さらにガスを使って家庭で発電するエネファームやエコウィルも広がっています。一般家庭が変われば、そこから80~90%の利益をあげている電力会社は干上がります。今後は電力自由化もあり、大手ガス会社の参入も予想されます。原子力を使っている電力会社の電気をボイコットできる世の中が近づいているんです。
― 政治や行政に頼らず、民の力で変えられる時代になりつつある。「恐れるな」ですね。
吉原 エネルギーに関わる企業に勤める方も悩んでいると思います。良い社会をつくるためにどちらにすべきかと。原発?風力?石炭?自分のやっている仕事は後ろめたくないか、本当にやりたいことか。自然になればいい。喜んでもらえる仕事をすればいい。方向転換するしかないんです。
― 自然な正義感で立ち向かうためには対案が必要ですね。
吉原 そう、正義感だけで原発反対を唱えても皆逃げてしまいます。化石燃料で大丈夫、自然エネルギーもある、原発がなくても幸せに暮らせますよ、だからただちにやめるべきですと対案と数字を示して丁寧に説明すれば、ご理解いただける方も多いはずです。先日も経営者の皆さんと話しましたが、電気は大丈夫なんだ、元気をもらったとの感想をいただきました。
― 理事長のポジティブで理論的な話は説得力があり、本質的な愛を感じるから人の心に刺さるのでしょうね。
吉原 金融機関なのに原発なんて関係ないでしょと言われることもあります。しかし、それがおかしいのです。重大な問題を無視して事業をしているのは、ただの拝金主義です。拝金主義を打ち破るために生まれた信用金庫だからこそ、まずやらねばと思うのです。難しいことではありません。正しことを行うだけ。純真に考えていけば良いのではないでしょうか 。
― 吉原理事長のような経営者の存在が、原発に苦しむ被災者、不安に取りつかれている日本人を元気にします。震災から3年、今何をすべきかを考えるとき大切なのは、今回の圧倒的な犠牲の大きさにしっかり向き合い、論理的に考えるとともに、人としての正義に立ち戻り行動することだと、心を新たにしました。
本日はありがとうございました。
【インタビュー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子