特別鼎談/No.388
<出席者> (50音順)
斎藤直巨さん
 
斎藤 直巨 氏
(さいとう・なおみ)
チャレンジ中野! Grow Happy Project 代表
土堤内昭雄さん
 
土堤内 昭雄 氏
(どてうち・あきお)
株式会社ニッセイ基礎研究所 社会研究部
主任研究員
松田雄年さん
 
松田 雄年 氏
(まつだ・たけとし)
児童養護施設 東京家庭学校
施設長
 
表紙
機関誌『フィランソロピー』
No.388/2018年10月号
特別鼎談
幸せだから笑うのではなく 笑って幸せに・・・
さまざまな家族のかたち
― きょうは、それぞれにある意味で「わけあり」家族の方々にお集まりいただきました(笑)。
 土堤内さんは、28年ほど前、2人のお子さんがまだ小さいときに、シングルファーザーになられました。
土堤内 わたし自身は、わけありとは思っていないのです(笑)。当時、家族社会学に「欠損家族」という言葉がありました。父子家庭や母子家庭は、欠けている家族だというのですが、わたしは自分の家族が欠損しているとは思いませんでした。その名称は、やがてなくなりましたが。
― 当然ですね。でも、そのころの子育てには、ご苦労されたのでは?
土堤内 まわりはすべて協力者と考えていました。自分の親兄弟から近所の人、会社の友だちまで、使えるものは全部使う(笑)。困っているから助けてと言うと、「男の人なのによく頑張っている」と助けてくれましたから、その点、女性より得でした。
― 男性は沽券にかかわると思いがち。助けてと言える強さがあった。
土堤内 最初のハードルは高かったけれど、そこを越えると、多くの人が手伝ってくれました。会社も最初は理解がなく、保護者会に行くと言うと、なぜかと言われましたが、繰り返しているうちに、そういうものだと思ってくれるようになりました。中学校では保護者会の会長もやりましたが、お母さん方が皆さんとても協力的で、日本社会も捨てたものじゃないと思いました。
斎藤 うちも欠損家族(笑)です。母はシングルマザーで、2度結婚して2度離婚。母の兄弟や祖母のサポートがあり、わたしたちは、週末におじおばのところで、いとこたちと遊びました。働き詰めの母は、その間にレスパイト(休息)です。
― 斎藤さんは、いまは里子を預かる家族ですが、そのきっかけは?
斎藤 若いころ、不妊の問題がよく取り上げられ、結婚して、もし自分がそうだったら里親で育ててみたいと思っていました。自分自身、親戚みんなが成長を支えてくれましたし、姉とはハーフシスターですが、家族の誰も血のつながりを気にしなかったからかもしれません。ありがたいことに子どもが2人生まれ、子育てで一日が終わってしまう中でふと思い出し、里親を必要としている子がいることを、子どもたちに話しました。すると「うちの仲間になれば」といってくれて、家族の応援もあって里親になりました。
― 一方、松田さんは、児童養護施設の施設長。施設にいる子どもたちのお父さんです。
松田 昔の児童養護施設は、寄宿舎のようなものでした。世間では、今でもタイガーマスクがランドセルを贈った孤児院というイメージが強いようで、ランドセルを買うお金もないでしょうと…。しかし、昔と違って、今では、措置費で賄えるお金や、必要な機会は十分あります。ひとつだけないのが「家庭」。施設自体も大きな集団から、小さな集団へと家庭的養護として「家庭」に近づけていますが、あくまで「疑似家庭」でしかありません。
 平成29年厚生労働省の「新しい社会的養育ビジョン」では、養育先は家庭が一番、次に養子縁組、そして里親さんと謳っています。
― 映画「万引き家族」が話題でしたが、是枝裕和監督は東京家庭学校を訪問し、話を聞いたそうですね。
松田 絵本の「スイミー」を読んでいた女の子を見て、監督は発想を膨らませたとおっしゃっていました。
個別ケアができる里親
― 斎藤さんが養育しているお子さんは、何歳で預かったのですか?
斎藤 3歳です。その前の年に、虐待を受けた2歳のお子さんを短期で預かりましたが、別れが辛過ぎて。わたしたちはがっつり向き合っていくほうが向いているなと、現在は長期でお預かりしています。
― 長期だと、より家族的ですね。ただ、覚悟がいるでしょう。里子であることの告知は?
斎藤 はじめから本人は分かっていました。外国にルーツを持つ子で、年齢的には、乳児院から児童養護施設に措置変更する手前でした。
 日本では、子どもは家族を選べません。納得しないまま決められるのは、子どもも辛いのではと思ったので、「わたしたちは、あなたの仲間になりたいから、我が家に来てくれると嬉しいな」と伝えて、交流を重ねました。最終的に本人が「仲間 になりたい」と言ってくれたので、今に至ります。
― 子どもを選ぶことはできますか?

斎藤直巨さん
斎藤 家族バランスを考えて、実子よりも下の年代で預かることができると児童相談所へ伝えましたが、どの子にしようかという選び方は違うと思います。
松田 児童養護施設では、児童相談所から入所依頼されると、基本的にはお断りできませんが、生活している状況から(男女別、幼児のみの部屋があるため)、学齢と性別は要望できます。里親さんのところでは、どっかりと「親」と呼べる人がいるので、児童養護施設より明らかに良いと思います。
斎藤 個別ケアができるし、里親から、親戚や友人と関係が広がり、出会える大人も増えるので、いろいろな価値観に出会いながら成長できます。わたしがダメでも、いい人がいるよという感じです(笑)。
― 施設が、里親に一番追いつかないところは、どこですか?
松田 一対一の関係です。まだ住み込みの施設もありますが、ほとんどの施設の職員はローテーションで、子どもたちが居続けて、職員が担当制。
 うちの児童養護施設は、6人でひとつの生活母体ですが、一人ひとりの要求を、職員が全面的に受け止める機会も時間も限られています。子どもの側にすれば、待つことを余儀なくされ、欲求不満になってしまうのかなと感じています。
― とはいえ、まだ養護施設に入る子どもが多いですね。
松田 社会的養育の必要な子どもたちのうち、里親は、東京では1割強、全国で2割ほど。ただ、児童養護施設も、昔に比べれば居心地がよくなり、以前は、施設を早く出たい子どもたちが多かったけれど、今では出たくない子(出られない子)が多くなっています。反面、本来なら自立に向かわせなければいけないのに、自立できない子を再生産しているのかなという危惧もあります。
― 山中湖までの100キロ近くを、交通機関を使わないで、自力で行くイベントなどもあるとか。
松田 子どもたちの自立に向けて、鍛えています(笑)。同時に、毎日の生活では、孤食にならないよう、みんなでご飯を食べ、部活やバイトで遅く帰って来た子にも、食卓で付き合います。風呂にも一緒に、一人ひとりと丁寧に入りますよ。
生きざまが見える家族
― 里親の子どもへの接し方ですが、里子と実子を平等にと、自分に言い聞かせるのでしょうか
斎藤 里子と実子を、一緒にどうやって育てるのかと必ず聞かれるのですが、今考えると、わたしも最初は、実の子と同じようにしようと無理をしていたと思います。実子でも、一人ひとり手のかけ方が違うように、里子も違います。却って同じようにしたために、里子にとっては迷惑だったこともありました。
― 迷惑とは?
斎藤 3歳だったので、抱いて寝かせようと思ったら、ぜんぜん眠りません。それまで一人でお布団に寝ていたので、緊張して寝るどころじゃなくなってしまうようでした。
 実子と里子の違いというよりも、その子を見て、その子のニーズを満たしていくことが重要だとわかりました。みんなが寝静まると、わたしの枕元に立っていたこともあり、びっくりして、「何してるの?」と聞くと、「いるかなと思って」という。乳児院では、みんなが寝静まった後に一人起きて、頼りに思う先生に甘える時間を作っていたみたいです。大人は夜中も起きていると思っていたら、グーグー寝ているわけですから、どうしたものかと悩んでいたのかもしれませんね(笑)。

松田雄年さん
松田 わかります。施設では職員が出勤して来ると、子どもたちは先ず「今日の泊まり、誰?」と聞きます。
斎藤 「試し行動」もあって、「本当の親だったら」という挑戦状を、毎日突きつけられました。音をあげたこともありましたが、ここだというときに「はいよっ!」と応えて、ようやく「ここはわたしの場所」と言えるまでになり、大分落ち着いてきました。
― 心をこめて向き合ったことが、安心につながったのですね。養子にしようと思ったことは?
斎藤 4年生のときに、うちの子になればと言ったことがあります。でも、それまでに自信を蓄えてきたからだと思いますが、「お気持ちは嬉しいけど、わたしは、わたしのままで生きていきたい」と丁寧に断られました(笑)。知らないうちに成長していました。
― まあ、4年生で、しっかり考える子になりましたね。かたや、土堤内さんの子育てはどのように?
土堤内 「父親の発達心理学」という本が、わたしの育児(育自)書でした。その中に、子どもを慈しんで育てることは、性別にかかわらない人間性で、母親は子どもを出産するけれど、それだけでは親ではない。父親は出産できなくても、子どもを育てながら親になることができるとありました。
― 勇気が出ますね。
土堤内 子どもには育つ力がある。その「子育ち」を支えることが子育て。「子育ち」は一人ひとり違うので、適切な時期に、その子の可能性を引き出せるように力を貸せばいい。そう考えたら、楽になりました。
― でも、ご自分の時間などなかったでしょう。
土堤内 友人に、自分の人生を犠牲にして子育てをしてはダメだと言われて、1か月に1日は、フルに遊ぶ日を作りました。子どもたちには、子育ては大変だけれど楽しんでいると言ってきたので、いまだに「お父さんは好きなことやってきた」と言われます(笑)。
― よくがんばりました!
土堤内 もうだめかと思ったときもありましたが、子育ては、楽しめるかどうかだと思います。子どもと会話していると、いろんなことに気付かせてくれます。
― どんなことですか?

土堤内昭雄さん
土堤内 あるとき、虫好きの次男が描いたカタツムリの絵を見ると、角が4本ある。わたしはカタツムリの角は2本だと思い込んでいたので、「いや、2本だろう」といって二人で調べてみたら4本だった。子どもの目線に合わせると、いろんな発見があるので、それが楽しいですね。
 わたしはシンクタンクの研究員で、ちょっと違う角度から考えることが大事で、その職業能力を育ててくれたのは、子どもたち。子育ては、わたしの人生を広げてくれました。
 花は、ちゃんと水をやるときれいな花を咲かせます。ただ同じ鉢植えでも、花の種類によって水の吸収力が違う。子育ても同じで、二人の子どもには同じようにしたけれど、1週間に1回は、一人ひとりと向き合うようにしました。育つ早さが違うからです。それができるのは、家族だからかなと思います。
松田 あるコマーシャルですが、お母さんが、高校生の息子に毎日お弁当を作っています。でも男の子だから、お礼も言わずそっけない。とうとう高校生活最後の日、持ち帰った弁当箱を開けると「お母さん、ありがとう」というメッセージが残っていた。それを見て、施設の職員は、施設でもそれが理想だというけれど、わたしは違うと否定しています。
 施設の職員とお母さんは、明らかに違います。家庭でのお母さんは唯一無二で、病気になったら、お弁当はありません。子どもが自分で作るか、お父さんが作るか、はたまたなしか。施設では、病気になっても別の職員がいるので、お弁当はあり続けます。お母さんのありがたみはわかりません。職員のありがたみも、伝わりません。家庭では、家族の営みひとつひとつを、子どもは全部見ています。施設と一般家庭や里親との違いが、そこにあります。
― 子どもたちは知らず知らずに、家族の生きざまを見て学ぶのですね。
家族を孤立させないために
― 子どもに向き合うことは、子どもの幸せを願う親の気持ちがあってこそ。一方で、過干渉や虐待は、行き過ぎた親のエゴから。親が育児などで行き詰ってしまわないよう、どんなことができるでしょうか?
土堤内 通勤列車に、お母さんがベビーカーを押して乗ってくると、いやな顔をされます。政府が少子化で、あれほど子どもを育てようと政策も打ち出しているのに、子どもが忌避される社会になっていることが、気になります。
松田 効率や利益を重んじる世の中ですから、それにつながらないもの、子どもや障がい者に対して、排他的になっていますね。
土堤内 アメリカに1年くらい住んでいましたが、生まれた1歳の子どもと一緒にバスに乗ると、みんながかわいいといってくれました。そうすると、子どもを育てたいという気持ちになるものです。
 社会全体が、本気で、子どもは「社会の宝」だと思うことが大切で、意識を変えていく必要があります。
斎藤 わたしは、電車の中で子どもが泣いていると、「泣き声も可愛いね!」とみんなに聞こえるように言います。一人で、ポジティブなプレッシャーをかける「子どもは可愛いキャンペーン」をしています(笑)。
松田 一歩踏み出すために、声をかけ能動的になるスタンスを、一人ひとりが持つべきですね。
斎藤 子育て世代の一人として見える現代は、いろんな人が、少しずつ子育てを担ってくれていた昔に比べて、厳しい状況にあると思います。しかも、助けてもらうことは、ダメな親のやることだと感じています。
 けれども、わたしが出会ったデキる里親の先輩方は、使えるサポートは全部使い切り、抱え込まないで子育てしています。目から鱗でした。助けてもらうことは、ネガティブなことではなく、前向きに子育てを「マネージメント」することだと教 えていただきました。
― 斎藤さんは、中野区で「中野の子どもを、中野のみんなで育てよう」と、活動をなさっています。
斎藤 はい。きっかけは自分自身が子育てで悩んだことからです。里親の先輩や仲間たち、また様々な研修を受けて力をいただきました。
 「早く教えてほしかった!」と思える学びや、弱音や愚痴の言えるおしゃべりサロンを、里親の仲間や子育て中の方に届けていきたいなと思っています。子育てをジャッジするのでなく、弱音をはいても大丈夫なヒト・場所があれば、孤立を防げます。顔の見える、ゆるやかなつながりをつくっていく活動です。
― 助けて欲しいと思ったときに、孤立しないことが大切ですね。
土堤内 家族は多様になっています。昔は欠損家族といわれた父子家庭や母子家庭も、今は、一人親家庭というひとつの世帯構造。以前は、夫婦に子ども二人が標準家族でしたが、2015年の国勢調査では、単独世帯と夫婦二人のみ世帯で54.7%。夫婦と子どもの世帯は26.9%です。
― まあ、4人家族は標準じゃない!
土堤内 家族の概念が、変化しているといえます。東京都では、世帯の平均人数は1.99で、家族は複数形と思っているけれど、数字上では違います。NHKの「きょうの料理」のレシピでは、分量が4人前から2人前に。東京の空の上から夕食風景を眺めると、半分以上は個食(孤食)です。そのなかで家族はどうなるのか、どういう機能をもっているのか、考えていかなくてはいけないですね。
これからの家族のつながり
― 家族の形が変わり、標準家族という言葉さえないかもしれない今、これからの幸せな家族とは?
土堤内 長男の結婚式のスピーチで、アメリカ映画「into the wild」で主人公が言う「幸せが現実になるのは、それを誰かと分かち合ったときだ」の言葉を引用しました。
 そこには自分だけの幸せではなく、誰かと分かち合うから自分も幸せになれるという、利他の気持ちがあります。その対象の中心になるのが、家族かなと思いますが、その誰かは家族とは限りません。一緒に住む人や友だちでもいい、自分以外の 人と気持ちを分かち合うことで、幸せが現実のものになるのではないでしょうか。
斎藤 自分にとって、何の意味もない基準に拘る必要はないと思います。自分にとっての「幸せ」の基準を大切にして欲しいです。
 わたしの考える「幸せな家族」とは、家族のメンバーが、お互い一番の味方になるということです。それは、同性でも異性でも、血がつながっているかどうかも関係なく、心ひとつで決められる。シンプルだけど、これだけで十分だと思います。それぞれの考える多様な「幸せな家族」が標準になったら良いと思います。
― 里子の娘さんの今の様子は?
斎藤 「選んでよかった」と言ってくれています。運動神経抜群で、サッカー選手になりたいと言っています。わたしが目指すのは、顧客満足度 No.1 の里親(笑)ですから、大きくなって、「あの母ちゃんでよかった」と思ってもらえることが、ゴールかなと思っています。
松田 わたしは、家族をマクロ的に見てほしいと思います。日本に生きているとか、地球に生きているとか、大きく見れば、みんな家族だと思える感覚でいてほしいですね。生まれや、ハンディのあることで差別されず、決して悲観することなく。自分の家族は恵まれなかったけれど、施設も捨てたものじゃないと利用するくらいの思いで。家族では味わえない楽しい共同体(助け合い社会)でのびやかな生活を送り、「施設に来てよかった」と感じ、社会に自立できる子どもに育てたいと思っています。
― 「わけあり」家族とは、特別に取りだされるものではなく、多様な形や関係性の中で、それぞれが幸せを感じられるよう助け合う、あらゆる家族の姿ですね。困難を抱えたときに孤立することのないよう、わけがありながら、前を向いて笑い合える「愛あるいい加減」が極意。きょうは、ありがとうございました。
【ファシリテーター】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子
 
(2018年8月30日 公益社団法人日本フィランソロピー協会にて)