<プロフィール>
 
 
でぐち・まさゆき
大阪大学人間科学部卒業。ジョンズ・ホプキンス大学国際フィランソロピー研究員を経て、総合研究大学院大学教授、国立民族学博物館教授。政府税制調査会特別委員として公益法人税制改革に大きく貢献。内閣府公益認定等委員会常勤委員として一旦国立民族学博物館を辞職。2013年に現職に復帰。現在、大阪府・市の「民都・大阪」フィランソロピー会議議長。著書に『公益認定の判断基準と実務』、『公益法人の活動と税制』『フィランソロピー』など。
 
第9回寄付探訪
感染症とフィランソロピー
国立民族学博物館 教授
出口 正之
新型コロナウィルスが猛威を振るい、その影響は測り知れない。感染症とフィランソロピーとは切っても切れない関係にあることを今回はお示ししたい。
 
これまでの短い連載の中でも、感染症が大きな影響を与えたことが、実は幾度も登場してきている。大きく分けると、近代以前は宗教的フィランソロピーの拡大をもたらし、ロックフェラー以後は公衆衛生との関係が重要である。
 
例えば、2019年2月号 で紹介した東大寺の大仏殿に対する聖武天皇の資金調達活動の背景には感染症があった。天然痘と思われる疫病の発生で、天皇を支えた藤原不比等の子の4人の兄弟(後の藤原四家の祖)はいずれも737年に亡くなり、朝廷は政務の停止にまで至った。聖武天皇は仏教の力にすがろうとして、まず全国に官寺として741年に国分寺、国分尼寺をつくった。さらに、国民全体で事態を解決しようとして、いわばクラウドファンディングとして、廬舎那仏の造像を743年に発願したのである(完成は752年)。
 
これに対して、ロックフェラーのフィランソロピーの大きな柱が、感染症対策を中心とする保健・医療分野であったことは、2019年6月号 でも指摘した通りである。財団は国際保健委員会を設置して、公衆衛生の世界的展開を行った。その中には日本に対する支援も含まれ、日本における公衆衛生の改善向上を期するために、公衆衛生技術者の養成及び訓練並びに公衆衛生に関する調査研究機関として、財団の助成金によって、国立公衆衛生院が1938年設立された。世界規模で保健を考えることについてはWHO(世界保健機関)に引き継がれ、現在に至っている。
 
現代社会でも事態は一緒である。今回の新型コロナウィルスについては、同じくグローバルヘルスに関心の深かったビル&メリンダ・ゲイツ財団が1億ドル(約110億円)の対策費の拠出を表明したことをはじめとして、米国機関の調査では、すでに中国および米国を筆頭に、世界14か国(行政区を含む)で財団や企業などの寄付約1,100億円の拠出が表明されている(2020年3月3日時点)。今後も増大していくであろうその勢いは、これまでの大災害より遥かに大きなものがある。
 
大阪府公益認定等委員会では、このような状況を鑑み、「公益の増進」を立法趣旨としている公益法人の新コロナウィルス対策を推奨するようメッセージを出している。フィランソロピーの原点を思い起こしながら、この人類に与えられた試練を「人類愛」(フィランソロピーの語源)の発露によって乗り越えていくことに期待したい。