特別インタビュー

Date of Issue:2018.4.1
<プロフィール>
Dr. Horst Strohkendl
 
Dr. Horst Strohkendl
元ケルン大学教授。ドイツ車イススポーツ連盟指導養成部長。博士論文が車イスバスケットボールのクラス分けの基礎となる。車イススポーツ指導者の養成に取り組み「車イススポーツの父」と称され親しまれている。
橋本大佑さん
 
はしもと・だいすけ
一般社団法人コ・イノベーション研究所代表理事。筑波大学卒業後、ドイツに渡り、ドイツ障がい者スポーツ連盟公認リハビリテーションスポーツ指導者B(車イススポーツ) 資格を取得する。帰国後、日本各地で研修企画・運営などの活動を行っている。2016年より現職。
特別インタビュー No.385
車イススポーツを通して社会復帰への道を進んでいく
ホルスト・ストローケンデル
一般社団法人コ・イノベーション研究所代表理事 橋本 大佑
スポーツを体験することで心を動かし、感情の高まりが体を動かす。競技を通して自尊感情を醸成することで、社会復帰に繋がる。障がい者スポーツは、病院と社会の架け橋として、障がい者の社会復帰をサポートする強力なツールとなる。その実践が、ドイツを中心に広がり、日本でも少しずつ活動が始まっている。
半世紀にわたり、ドイツで車イススポーツの普及に取り組んできた元ケルン大学教授のホルスト・ストローケンデル博士と、その教え子で、日本での車イススポーツ普及に取り組んでいる一般社団法人コ・イノベーション研究所代表理事の橋本大佑氏に話を聞いた。
残っている機能で何ができるかを規準にする
― ストローケンデル博士は、1980年代に新しい概念で、車イスバスケットボールのクラス分けシステムを開発し、普及につなげたそうですね。
ストローケンデル もともと車イスバスケでは、「どういう疾患があるのか」ということをベースに、医師がクラス分けのルールを作っていました。しかし、障がいといっても非常に多様で、下半身が完全麻痺している人もいれば、まだ一部の機能が残っている不完全麻痺の人、脳性麻痺、切断の人、ポリオ後遺症で下肢に麻痺の出ている人もいます。
そこで「どういう疾患があるのか」を規準にするのではなく、「残存機能で何ができるのか」を規準にしたクラス分けのシステムを考えました。
― 一人ひとりの特性を見るということですね。具体的にはどのようなルールになっているのでしょうか。
ストローケンデル 選手は障がいの程度に応じて、1点から4.5点まで0.5点刻みでポイントを与えられます。コートには5人の選手がいますが、全員の合計点が、14点以内になるようにするルールです。するとポイント1を与えられる比較的重度の人から、ポイント4.5の軽度の人まで、すべての障がい程度の人が、等しくゲームに参加する機会を保証されます。
橋本 例えば、車イステニスのクラス分けには、下半身麻痺のクラスと、上半身にも麻痺があるクラスという2つの分類しかありません。
そのため、同じクラスの選手でも障がいにより大きな差があり、障がいの軽い人が有利になり、重度の人は参加しにくくなるリスクがあります。車イスバスケでは、障がいに応じて、細かいクラス分けを採用しているので、より重度の人にも参加の機会が確保されていると言えます。
ストローケンデル このシステムの導入当初は、医師の反発が強かったのです。クラス分けは医療専門家がやるべき仕事だと。しかし車イスバスケの選手たちが、私の提唱した考え方に同調し、一緒に運動を起こしてくれたおかげで、医学的クラス分けから、機能的クラス分けに変わりました。
― 多様な人たちが、それぞれの力で一緒にスポーツができるというのが素晴らしいですね。
ストローケンデル 機能的クラス分けは、公平な競技をするという意味でも重要ですが、新しい参加者を獲得するためにも非常に効果的です。ポイント1点でプレイする重度障がいの選手がいるからこそ、同じような重度障がいのある人が、自分の将来像を見つけることができます。
またクラス分けは障がいの程度だけでなく、プレイ能力で分けることも大事で、ドイツにはトップから一番下のランクまで全部で5リーグあります。初心者は5部リーグに参加し、能力や意欲に応じて、上のリーグに挑戦すればいいし、下のランクで無理をせずに楽しむこともできます。
― ドイツでは、女性の車イスバスケの選手が多いそうですね。
ストローケンデル ドイツの車イスバスケは、男女混合チームで運営されています。女性がチームに加わると1.5点のボーナスポイントが入り、5人で14点のところが15.5点までOKになります。クラス分けのシステムをうまく活用することで、女性の参加も促進することができます。現在、ドイツの車イスバスケの人口は、約1,500人で女性が150人います。
橋本 日本と比べても、非常に人数が多いです。
 
スポーツを指導するストローケンデル博士
1980年撮影
(写真提供:コ・イノベーション研究所)
心を動かせば人生が開いていく
― 障がい者がスポーツを行うことで、それが社会復帰へと繋がるものでしょうか?
ストローケンデル ドイツにはスポーツセラピーというものがあり、理学療法とは異なる概念を持っています。理学療法士は医学的メソッドを踏まえた訓練などを通じて、身体動作の改善をサポートします。一方、スポーツを含む身体活動は、自分が動きたいと思うから体が動きます。バスケットでシュートを決めたいと思うからこそ、体を動かしてシュートする。体というのは、自分が気持ちの中で思ったこと、やりたいことを実現するためのツールなのです。スポーツセラピーが関わるのは、ここの部分。人の体をピアノにたとえると、理学療法士は音がよく出るようにピアノを調整し修正します。一方、スポーツセラピストは「ピアノを弾こう」という気持ちをサポートするのが役割です。
― 脊髄損傷などで車イス生活になると、なかなか気持ちが前にいかない人も多いと思います。そういう人たちの背中を押すことなのですね。
ストローケンデル スポーツをすれば体を動かすので、当然、身体的効果もありますが、なにより「体を動かすのは楽しい」と感じる心の動きが重要です。自分は障がいを負ってしまったから、一生駄目かもしれないという絶望の中で、少しでも喜びを感じる。すると、人生はまだまだ楽しんで生きていけるのだという感覚を、もう一度取り戻すことに繋がります。
― そんな場面にあわれたことは?
 
(写真提供:コ・イノベーション研究所)
ストローケンデル 下半身麻痺で、腕にも障がいがある人がいて、私は「水泳をやりましょう」と声を掛けました。しかし信じてもらえません。「こんなに体が動かないのに、水泳なんかできるわけがない」と。でも私は長年の経験から、障がい者は比較的体脂肪が多いので、健常者より浮力が高いのを知っています。それで実際に仰向けになってプールに入ってもらうと、すぐに浮かんで、少し前に進むことができました。ちゃんと水泳ができたのです。
できないと思っていたことができたという特別な体験は自信になり、自尊感情の醸成(または獲得)に繋がります。とくに、水泳のように恐怖感の伴うようなものにチャレンジして成功したら、効果は大きいです。
― 本人には、大きな喜びですね。
ストローケンデル 以前、6歳くらいの身体障がいのある子どもが私のところに来て、初めて車イスの操作を勉強し、スポーツができました。それまで、病院で辛い歩行訓練をさせられていたそうですが、同行していたお父さんが「うちの子が笑ったのを初めて見た。」と言い、隣でお母さんが泣いていました。そういう事例はたくさん知っています。
障がいのためにできないことがたくさんあるので、自信をなくして殻に閉じこもる人もいますが、車イススポーツで様々な体験をすると「自分はできる」という感覚を掴むことができます。さらに、集団の中で他人との関係性を作り、みんなが自分を気に掛けてくれる経験をすることで「自分は人に大事にしてもらえる価値があるのだ」という自尊感情に繋がっていきます。
私のところに来ていた重度障がいの女の子も、やはりスポーツを通じて気持ちが前向きになり、大学に通い、弁護士になりました。私は教育者としてこの分野に関わっているので、重度障がいのある人たちが、スポーツを通じて気持ちを前に向け て、どんどん社会参加していく姿を見るのは、この上ない喜びです。
自尊感情を高める活動に健康保険が利く
― ドイツでは、スポーツセラピーの効果が認められていて、健康保険の対象になっているそうですね。
ストローケンデル もともとドイツでは第二次世界大戦後、戦傷者のリハビリテーションにスポーツを取り入れたという歴史があります。それが非常に効果的で、評価を得ました。その後、就業中の事故などで、障がいを受けた人がリハビリテーションでスポーツをする場合、労災がお金を支払う仕組みができました。また、1974年に初めて健康保険からスポーツセラピーに費用を支払う仕組みができました。
橋本 自尊感情を高める活動に健康保険や労災からお金を出すということが、ドイツの社会保険法に明確に書いてあります。医療行為の中にリハビリテーション・スポーツが認められていて、資格を持ったスポーツセラピストがスポーツを使って療法を行います。
― 日本では高齢化に伴い、健康保険財政も厳しくなっています。ドイツではどうでしょうか。
橋本 ドイツでも同様に財政が厳しいので、健康保険の適用範囲が縮小され、以前なら1年以上の入院が可能だった脊髄損傷の人でも、3か月ほどで退院しなければなりません。すると生活に必要な動作の習得などで精一杯。車イススポーツを体験することなく自宅に戻るので、そこが大きな問題になっています。
― 引きこもってしまう可能性がありますね。
 
(写真提供:コ・イノベーション研究所)
ストローケンデル 子どもの障がい者の場合は、医療専門職の人や両親、親同士の知り合いなどで情報共有して、地域のスポーツクラブに連れてきてもらうことが可能です。しかし、中途障がい者のリクルーティングは難しい。
そこで、私たちは障がい当事者を車イススポーツの指導者として、積極的に養成しています。自分の経験だけでなく、いろんな人の状況について理解できるような専門の研修を受け、アプローチの仕方なども学んだ当事者が、お宅を訪問し、同じ障がい者同士で信頼関係を形作った上で、スポーツを勧めます。
これは非常に難しい仕事で、まず信頼関係を作るだけで何週間もかかる場合があります。最初は相手の話をじっくりと聞く。そしてそろそろ大丈夫かなというところで、「私の行っているスポーツクラブに一度、来てみないか」と声かけをします。その時、アプローチする側の障がい者が、訪問先の障がい者より重度の人だとより効果的です。自分より重度の人が社会参加をしている様子を見ることで、共感に繋がります。
― 重度の人が自らリクルート、すごいことですね。彼らは、ボランティアで行っているのでしょうか?
ストローケンデル これは非常に専門性の高い仕事なので、報酬が支払われなければならないものです。実際、スウェーデンやポーランドではお金を支払っています。ドイツでも同様に行うよう、今後、訴えていかなければなりません。
― 橋本さんは、日本で、障がい者スポーツへの勧誘をしていらっしゃるとか。
橋本 ドイツを参考にした事業を、4年前から東京で行っています。当事者がお宅訪問をして、スポーツをする場に連れてきて、そこで理学療法士と私が受け入れをします。身体のことは理学療法士にお願いするので、私は障がい者の方の気持ちと行動の変化を見ます。スポーツ後の休憩時間に、どれだけ人と話をしているか、挨拶をしてくれるかどうかなど、細かなことを観察して、もう一度、来てもらうようにするのが仕事。約120人が参加していますが、この3年で18人が就労復帰しました。
― スポーツは、動くという「気持ちを起こす」こと。それが自信となり、相手を思いやる気持ちに発展し、社会に出ていこうと思うようになる。今後、社会復帰と就労を支援するために、日本が力を入れていくひとつの方向性が見える気がします。
本日はありがとうございました。
【インタビュー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
 
(2018年3月7日 当協会にて)
機関誌『フィランソロピー』No.385/2018年4月号 特別インタビュー おわり