連載コラム/私の視点・社会の支点
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「道楽」
私にはひとつの大きな道楽があります。それは毎年1回、1週間ほど休暇を取って海外のマラソン大会に出かけることです。今年(2008年)は、11月2日(日)に行われた第39回ニューヨークシティマラソンに参加しました。この大会は参加者数約4万人の世界有数の大規模市民マラソン大会です。もちろん世界のトップアスリートも参加し、今年の男子優勝者はブラジルのゴメス選手、女子はイギリスのラドクリフ選手でした。
レース前日に国連広場前から世界各国の市民ランナーが思い思いのコスチュームで走るインターナショナル・フレンドシップ・ランがあり、その夜にはセントラルパークでパスタパーティが開かれます。多様な人種の集まるニューヨークに相応しく、今年も世界100カ国以上から市民ランナーが集いました。
コースはニューヨーク市の5つの区すべてを通り、沿道では200万人以上とも言われる多数の市民が、家族や友達、職場の仲間を応援するための手作りプラカードを持って応援しています。クイーンズボロ橋を渡ってマンハッタンに入ると一段と声援も大きくなり、広いファーストアベニューを埋め尽くした大勢のランナーと市民を見ると、何か自分自身が映画の一場面に迷い込んだのではないかと錯覚してしまいます。
往きの飛行機で隣席になったTさんは、障害者ランナーの伴走のためにニューヨークへ向かうところでした。座席の周辺を見渡すと杖を持った視覚障害の人や義足の人など数人の障害者の方がいるのに気づきました。Tさんのように伴走するボランティアランナーたちも同乗しているとのことでした。
帰路のニューヨーク・ケネディ空港で再びTさんにばったり会いました。障害者の人はアーリースタートといって一般ランナーより2時間30分早くスタートしますが、Tさんは10時間かけて42キロを伴走したそうです。その間、数えきれないほどの沿道の観衆とコース上のランナーから温かい声援を受けたといいます。
42キロのコースを走ることは確かに楽なことではありません。しかし、沿道からの声援や地域住民とのハイタッチ、ランナー同士の声の掛け合いなど、その道程には様々な楽しい出来事が待っています。たとえ同じコースでも毎回異なる経験をします。先日引退したシドニーオリンピックのゴールドメダリスト高橋尚子さん(Qちゃん)は、優勝インタビューの時に、「すごく楽しい42.195キロでした」と話していました。
ゴールはまだかまだかと思いつつ、やっとの思いでゴールし、ボランティアの人に完走メダルをかけてもらうと、さわやかな疲れと同時に「また走ってみたい」という思いがこみ上げてくるのです。マラソンは42キロという「長い長い道を楽しむ」、文字通り「道楽」に他ならないのだと思います。
今年のニューヨークシティマラソンは大統領選挙を2日後に控え、支持する候補者名を書いたTシャツを着たランナーもたくさん見かけました。国際金融危機にあえぐアメリカ社会ですが、ニューヨークを駆け抜けた多くのマラソンランナーがゴールした瞬間に脳裏を横切った言葉は、ひょっとするとオバマ氏が掲げる「YES, WE CAN」だったかもしれません。