連載コラム/私の視点・社会の支点
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「個」を活かすネット社会
ブロードウェイの俳優たち
ニューヨーク・ブロードウェイのミュージカルを見るたびに感じることがあります。それは舞台で演じる俳優たちのすさまじい競争社会の姿です。俳優たちの努力と才能の結果、成功する者はより良い役を手に入れ、成功の階段を駆け上がります。毎日の舞台が正に真剣勝負なのです。それゆえに舞台では俳優たちの全身全霊をかけた迫真の演技が見られます。それが観客に素晴らしい感動を与え、多くのリピーターを生み、何年も続くロングランの作品の上演につながるのでしょう。
昨年ブロードウェイで、ミュージカル「CHICAGO」を見ました。舞台が終わった後、ひとりの俳優が観客に寄付の呼びかけをします。帰りに出口に近づくとそこには先ほどまで舞台にいた俳優たちが、寄付を入れるための箱を持って立っています。ブロードウェイの俳優たちは、エイズやその他の難病患者を支援するアクターズ・ファンドという寄付活動を行っているのです。1988年に始まったこの活動による寄付金累計額は、4,800万ドル、2008年は430万ドルに上るそうです。(www.broadwaycares.org 参照)。
アメリカは基本的に自助社会ですが、個人寄付がとても盛んな共助の国でもあります。ブロードウェイという熾烈な競争社会にいる俳優たちが寄付を募る姿には、アメリカの共助社会の一面を強く感じます。それは能力主義社会のスタビライザー(安定装置)の役割を果たしているのかもしれません。
空中ブランコの演者たち
アメリカが自助社会とすれば北欧諸国は公助社会と言えるでしょう。北欧の国々の税金と社会保険料の国民負担率は高く、スウェーデンでは約7割にもなります。このような高福祉高負担の国では、モラル・ハザード(倫理の欠如)が生じて、国民は働く意欲を失い、社会が停滞するのではないかと思ったことがあります。しかし、十数年前から何度か北欧諸国へ調査に行ってみて、それが杞憂だったことが分かりました。むしろ国民は教育や医療・介護など手厚い社会保障制度のもとで、安心して働くことができるといいます。
昔、サーカスを見に行ったことがあります。ハイライトはスリリングな演技が見られる空中ブランコです。一歩間違えば転落ですが、下を見ると安全ネットが張ってあります。万一、転落しても大丈夫です。演者たちはこの安全ネットがあるからこそ、果敢にスリリングな技に挑戦し、最高の演技を見せることができるのではないでしょうか。同様に考えると北欧諸国は社会の安全ネットがあるがゆえに、国民はその能力を十分に発揮できるのではないかと思います。
日本はこれから本格的な人口減少時代を迎えます。労働力人口も減少する中で日本社会が活力を維持し成長を続けるためには、国民一人ひとりが最善のパフォーマンスを発揮できる環境が必要です。そのような「個」を活かす社会をつくるためには、国民同士による「共助」や政府・自治体による「公助」を組み合わせた日本型の安全ネットの構築が不可欠だと思います。