連載コラム/私の視点・社会の支点
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グッド・ライフ・バランス~「余り」が大事な時代
人生の「地」と「図」
絵には「地(じ)」(Ground)と「図(ず)」(Figure)があることをご存知でしょうか。「地}とは絵の背景を指し、「図」とはそこに描かれた図形を指します。わたしたちは特に意識せずにこと「地」と「図」を判別し、そこに描かれた図形を認識します。そこでよく経験することが、その「地」と「図」が反転し、それによって全く異なった図形が見えることです。ここに掲げた絵はデンマークの心理学者ルビンが1915年に発表した有名な「ルビンの壺」と言われる絵です。
黒い部分を背景として白い部分を「図」と認識すると、そこには壺が見えてきます。一方、白い部分を背景として黒い部分を「図」と知覚すると向き合ったふたりの人の横顔に見えます。このようは「地」と「図」が反転することにより異なる図形が見える絵をだまし絵(多義図形)と言うそうです。
そこでわたしが人生の地図(ライフデザイン)を描くとき、そこにどのような絵柄を見ているのか、人生の「地」と「図」について考えてみましょう。
「余生」と「余暇」
これまで高齢期は「余生」と言われてきました。つまり働き盛りの仕事人生が中心で、その後は余った人生だったわけです。したがって、高齢期は人生の「地」であり、現役時代が「図」となります。ここで意識されるのは現役時代の職業生活をいかに素晴らしい「図」として描くかということであり、「地」の部分である「余生」にあまり注目することはありませんでした。
しかし、長寿社会を迎えた現在、高齢期は決して余った人生とは言えなくなりました。ここでルビンの壺のように「地」と「図」を反転してみましょう。どんな人生の絵柄が見えるでしょう。高齢期を「図」と認識すると、現役時代の生活は長い高齢期を豊かに生きるための準備期間とみなせるかもしれません。現役時代に培った知恵や人間関係を活かして人生の収穫期である高齢期を豊かに生きることが、長寿社会のライフデザインとして重要ではないでしょうか。
また、「余暇」といわれる自由時間も同様です。仕事が重要なことは論を待ちませんが、趣味や地域活動に当てる自由時間は、余った暇の一部なのでしょうか。ここでも「地」と「図」を反転させると違った生活が見えてきます。「余暇」といわれる自由時間を充実して過ごすために仕事などの生活基盤があると考えることもできます。
このように人生の「地」と「図」を反転してみると、そこには異なる人生の地図が見えます。「職業生活」「家庭生活」「地域生活」などのいずれかひとつだけに偏ってしまうと、多様で豊かなライフデザインを描く可能性を失ってしまうことにもなりかねません。人生のときどきに人生の「地」と「図」を見直し、生活全体の調和であるグッド・ライフ・バランスを考えることは、人生を豊かに生きるための新たなヒントになるのではないでしょうか。