連載コラム/私の視点・社会の支点
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「好く働く」とは
幸福のパラドックス
2008年9月号に『「豊かさ」と「幸せ」』というタイトルのコラムを書きました。それは、現在の日本社会では国民全体が経済的に「豊か」になった割にはあまり「幸せ」を感じていないのではないか、つまり国の経済成長と国民の「幸せ」の間にはかなりの乖離があるのではないかといった内容のものでした。
経済学の分野では、所得が増えればより多くの財・サービスを取得でき、その効用が幸せをもたらすと考えられます。しかし、所得もある程度の水準までは幸福の増大をもたらしますが、それ以上では相関がなくなり、それを「幸福のパラドックス」と呼ぶそうです。
大阪大学の筒井義郎さんが、日本経済新聞「やさしい経済学」(2009年4月24日朝刊)に『世界各国の幸福度と一人当たり所得の散布図を描くと、所得が低くても高い幸福度を示す国はたくさんある』と書かれています。私が前述のコラムでご紹介したブータンなどもその一例でしょう。
このようにわれわれの幸福度は「足るを知る」ことと密接に関わっているのではないでしょうか。石庭で有名な京都・竜安寺の手水鉢に刻まれた「吾唯足知(われただたるをしる)」という禅宗の教えはよく知られているところです。
オランダ型ワークシェアリング
平成19年版国民生活白書(内閣府)によると人々の生活満足度は低下しており、その背景には「心の豊かさ」が満たされていないことが影響しているようです。同白書はその要因として家族や地域、職場の人のつながりが希薄になり、精神的な充実感や安心感が喪失しつつあるからだと分析しています。つまり人間関係が複雑になる中で、「心の豊かさ」を得るためには様々な人とのつながりをつくることが求められているということです。
前号のコラムで、幸せに生きるためには賃金労働である「ワークライフ」と貨幣価値に還元されない「ワークライフ」のバランスが重要だと書きました。その理由は、貨幣価値に還元されない「ワークライフ」は、それを通じて人と人との新たなつながりや信頼関係であるソーシャル・キャピタル(人間関係資本)を醸成するからです。
オランダでは70年代の景気の低迷を打開するために1982年に政労使が「ワッセナー合意」を結び、ワークシェアリングが進みました。そして景気回復後も夫婦二人がパートタイムで1.5人分働き、男女が共に家庭生活や地域生活を重視するというライフスタイルが定着しているといいます。
先日、「未来への提言」というテレビ番組で、オランダ労働組合連合の元議長ロデバイク・デ・ワールさんが『オランダ人は働くことと同様にそれ以外の価値も大切にする生き方を選択している』と語っていました。オランダ型ワークシェアリングは、賃金労働としての「ワークライフ」と人のつながりを育む「ワークライフ」の両立を実現する「足るを知る」働き方かもしれません。現代社会において「好く働く」とはどういうことか、を改めて考える必要があるのではないでしょうか。