連載コラム/私の視点・社会の支点
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ハーバード大学「白熱教室」
自己認識におけるエクササイズ
今年4月から6月にかけて毎週日曜日の夕方に「白熱教室」というテレビ番組(全12回)が放映されました。これはアメリカ・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の政治哲学の講義を1コマ30分に編集し、毎回2コマ分を放送するものです。この講義はハーバード大学屈指の人気講座で、毎回、千人を越える学生が押しかけるそうです。
大教室では、「Justice(正義)」というテーマのもとに、「自由」「平等」「権利」「公正」「差別」「格差」「道徳」「善」などといった、われわれの日常生活や社会のなかで聞き慣れた、しかしあまりじっくり考えたことのない概念について熱い議論が交わされます。「Justice(正義)」というやや難解なテーマも教授の具体的な事例を使った巧みな問題提起によって多様な学生の意見を引き出し、その論点をうまく整理して次の議論へと展開していきます。
サンデル教授は初回の講義で「政治哲学を学ぶことは、自己認識におけるエクササイズであり、そこには個人的・政治的リスクがある」と述べています。個人的リスクとは、われわれが熟慮することにより、日常慣れ親しんだ疑いもしなかったことを見知らぬことに変えてしまうことだといいます。確かにそこにはわれわれの理性の不安を目覚めさせるというリスクがありますが、新しい物の見方を喚起するためには避けて通れない道だとも思えます。ハーバード大学「白熱教室」は、対話と議論を通して、人が真実に近づくために「学ぶ」ことの重要性を示しているのではないでしょうか。
LED型から白熱型へ
5月30日のテーマは、「アファーマティブ・アクション」でした。アファーマティブ・アクションとは「積極的差別是正措置」のことですが、社会の差別を是正するための差別は正義に適うかという問題提起でした。具体例としては、テキサス大学のロー・スクールの入学判定にあたり、人種の多様性から成績が同じであるにもかかわらず不合格になった白人女子学生のケースを取り上げました。
大学側の主張は、入試の合否判定は学業成績だけではなく、人種の多様性が大学の社会的使命に合致するのであれば、人種マイノリティの優遇は正当だとしました。それに対して白熱教室の学生の一人は、その女子学生が自ら恣意的に選択したわけではない人種(白人)という理由で差別されることは不公正だと主張しました。また、別の学生はマイノリティはそれまでの教育環境において差別されており、潜在能力はもっと高いはずだから優遇されてしかるべきだと主張しました。
いずれの意見も説得力があり、ひとつの結論に至らないかもしれませんが、このような議論を通じて、われわれは多様な考え方を理解できるようになるのでしょう。最近の電球は白熱型から省エネタイプのLED型に取って代わられつつありますが、少なくとも大学の講義は省エネLED(Less Energetic Discussion)型ではなく、ハーバード大学「白熱教室」のような議論のエネルギーがほとばしる白熱型を期待したいものです。