理事長ブログ

2021.06.01

第29回 多様性という名の画一化を超えて

以前観た映画「チョコレートドーナツ」を、宮本亜門が演出して昨年舞台化した。その制作過程のドキュメンタリーをテレビでやっていた。ゲイの男性二人が、親に育児放棄されたダウン症の少年を家族として受け入れ暮らし始める。しかし、ゲイのカップルが養子を迎えるということは、1970年代のアメリカでも受け入れられない社会の現実と、法の壁があった。そして、バッドエンドという筋書き。
この舞台化に向けての日々を丁寧に追いかけたドキュメンタリーだった。少年役は、ダウン症の少年二人のダブルキャスト。言葉の意味が分からずもがく。何度もダメ出しをされて落ち込む。それを忍耐強く支えるサポーター役。そして、お母さんを喜ばせたい、と必死にがんばる少年。二人の少年は、演技を終えて、コロナ禍での肘タッチ。ここには、障がいというレッテルはない。個性をぶつけ合い、相手の個性を尊重しつつ切磋琢磨していく過程に、釘づけになった。

最近、多様性の尊重ということが言われるが、障がい者対健常者 高齢者対若者 貧困対それ以外 LGBT対それ以外 というように、対立構造でとらえられることが多い。もちろん差別に立ち向かい権利を勝ち取るには属性で闘うことは有効だ。しかし、暮らしの中で、レッテルを貼り、属性で一括りに捉えることには違和感を覚える。

パラリンピック種目になっているボッチャは、脳性麻痺の人向けに開発されたもの、と聞いており、理解促進と共に、健常者も一緒に楽しもう、ということで、リオ・パラリンピックの少し前、企業のCSR担当者向けのセミナーで、ボッチャの選手にも協力してもらい、ボッチャの体験をしたことがある。これは健常者も楽しめる、と大いに盛り上がった。リオ・パラリンピックで日本勢が銀メダルに輝き、誇らしく思ったことも懐かしい。
ボッチャはイタリア発祥のスポーツだそうだが、ちょうど、テレビでイタリアの村をルポする番組があった。そこで、なんと、老婦人たちが集まって、ボッチャを楽しんでいた。日本で見かけるゲートボールのような感じで、昔から続いているらしい。ボッチャは、障がい者スポーツと思い込んでいたが、そんな決めつけは必要ないことに目からうろこだった。

そこで、私のお気に入りのユニバーサルスポーツを紹介したい。卓球バレーというもの。卓球なの? バレーなの? どっちなの?と言われそうだが、ルールは6人制バレーボールをもとに考えられている。卓球台を使い、ネットを挟んで、1チーム6人ずつが、いすに座ってピン球を転がし、相手コートへ3打以内で返す、というゲームだ。視覚・聴覚・肢体・知的の障がいのある人も、もちろん高齢者も、健常者も、誰でも楽しめる。面白いのが、椅子から腰を浮かしては反則になること。障がいのない人で、かつ勝気な人は、つい真剣になると、遠いボールを取りに行こうとして立ち上がってしまい反則を取られる。車いすの人、高齢者にそのリスクはない。案の定、負けん気の強い人が何度も反則を取られて皆で笑いあったものだ。逆転の発想だ。是非、試していただきたい。
こんな体験を通して、多様性を、もう少し広く自由に捉えられるようになれば、もっと楽しめることがあるように思う。

フィランソロピーセミナー(大阪)にて
「卓球バレー」の体験 (2018年6月)