機関誌「フィランソロピー」 2025年10月号
巻頭対談
若者の「未来づくり」を応援
─実験国家スウェーデンに学ぶ若者政策─
若者支援全国ネットワーク協議会発起人、法政大学大学院教授
池本 修悟 さん
日本福祉大学社会福祉学部講師
両角 達平 さん

いけもと・しゅうご
1978年大阪府生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究学科卒業。大学4年の時に「多様な価値観を認め合える社会の創造」を目指し、創造支援工房フェイスを立ち上げる。2016年公益財団法人日本ユースリーダー協会が主催する若者力大賞のユースリーダー支援賞を受賞。公益社団法人ユニバーサル志縁センター専務理事、首都圏若者サポートネットワーク事務局長も務める。

もろずみ・たつへい
1988年長野県生まれ。ストックホルム大学院教育学研究科(国際比較教育専攻)修士。2009年静岡にてユースワークに取り組む学生サークルを始動。大学生による中高生の余暇活動支援を軸とし、啓発活動などにも取り組み、若者の社会参画を促す活動を続ける。2012年よりスウェーデンの首都ストックホルム大学に留学。国立青少年教育振興機構青少年教育研究センター(研究員)等を経て2022年より現職。
若者が自発的に地域社会や意思決定に参加できるよう、「若者のための、若者による、若者とともに行なうさまざまな活動」をユースワークという。ヨーロッパ圏では早くから発展してきたもので、若者政策や若者研究とも深く結びついている。一方、日本では、子どもや若者の支援策があるものの、社会的困難を抱える子どもや若者は増え続けている。日本の政策、教育現場に不足しているものは何なのか。
長年若者支援に取り組んできた池本修悟さんと、スウェーデンの若者政策を研究する両角達平さんに現状と課題について語り合っていただいた。
若者の社会参加に関する意識変化
池本 長年、若者支援や困窮支援の現場に関わってきて感じるのは、若者が厳しい状況にあるということが顕在化してきたことです。両角さんは日本の若者の社会参加に関する意識調査に関わられたそうですが、どのような変化を感じておられますか。
両角 以前、勤務していた国立青少年教育振興機構の青少年教育研究センターで、2021年に「高校生の社会参加に関する意識調査ー日本・米国・中国・韓国の比較ー」を行ないました。
日本の高校生は「社会問題は自分の生活とは関係ないことだ」と考えている割合が2割未満で中国に次いで低い。つまり、日本の高校生は社会問題に関心があるほうが多数なのです。一方で、「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない」「高校生でも社会をよくしていける」「国のために尽くしたい」と考えている割合は4カ国中最も低かった。そして、「私個人の力では政府の決定に影響を与えられない」「政治や社会より自分のまわりのことが重要だ」「現状を変えようとするよりも、そのまま受け入れるほうがよい」「政治や社会の問題を考えるのは面倒である」と答えた割合は4カ国中最も高いという結果でした。
移行期の若者を支える政策の遅れ
両角 日本では社会的貧困に対する支援策はいろいろとできてきて、奨学金もさまざまな種類があるので、制度を利用できる学生は、それほど金銭的に困っていない。むしろグレーゾーンにいて制度を利用できず、親からの仕送りが少ない、学費も生活費も自分で払っているという学生のほうが困っているのが現状です。
池本 単位がギリギリ足りずに進級できなかったため、奨学金が止まり、親に頼れず中退してしまう学生を多く見てきました。学生が頼れるための選択肢が少ないと感じます。あるいは仕組みとしてはできているけれども、ちょっと足を踏み外した瞬間に、相談先がわからず思考停止してしまい手遅れになるということもあるかもしれません。
両角 学生時代は大人への移行期ですから、支える仕組みは必要ですが、日本の場合はそもそも学費が高いことが大きなハードルです。主体となる実践の現場や支援の仕組みは増えていると思いますが、根本的な課題は解決していません。移行期を支える若者政策は遅れていて、相変わらず対処療法になっていると感じます。
ユースワークでの経験が民主主義の基盤を支える
池本 スウェーデンでは「民主主義」という言葉が日常的に使われているそうですが、若者政策についてどのように進められてきたのでしょうか。
両角 私は大学3年の時に初めてスウェーデンに行ったのですが、初日から、教育や若者支援の現場でも「デモクラシー」と言うんです。学生時代から長野県や静岡県でユースワークの活動や現場に関わっていたのですが、その言葉は一切使っていなかったので意味がわかりませんでした。10年間研究を続けて、いまは、「スウェーデンは『民主主義』という言葉ですべてを説明できる」ということがわかりました。
北欧は、全世代が社会参加できるように実質的な民主主義社会をつくるという普遍主義的福祉国家を目指してきました。理念として民主主義や自由平等を語るだけではなく、すべての人が社会参加できるよう、人々の生活にも介入する。
東にソ連、西にアメリカやイギリスという地政学の中で、自由民主主義と平等の共産主義の双方の良さを生かし、絶妙なバランスを取ってきた。女性、移民、障がい者、さまざまな立場や属性にある人たちが、個人の幸福度を上げるために最大限にできる社会政策を模索し、実践してきたわけです。スウェーデンは小国ですが、いろいろな政策を試してきた実験国家で、常に半歩進んでいると思います。
池本 チャレンジをいとわない。実験を繰り返しながら、政策を転換してきたのですね。
両角 18世紀のスウェーデンはとても貧乏な国でしたが、19世紀になるとイギリスから産業革命の波が押し寄せて、工場労働者が一気に増え、アルコールによる健康問題や社会問題が噴出しました。節酒運動が起こり、大切なのは自由な余暇時間だという風潮が拡がります。そして、余暇の善用を軸としたさまざまな「結社」が誕生しました。また地域には、セツルメント運動の影響を受けて、それらの活動拠点となるようなユースセンターが開設されました。ユースワークを経験し、政治家になる人もいますし、これが民主主義の基盤を支える要因にもなっています。
だから大人も若者たちも、自発的な「結社」活動が多いことが良い社会だと考えている。これがスウェーデン流のユースワークだと思います。

「困難な人を生まない」政策のグランドデザイン
池本 先日、元厚生労働事務次官で現在社会福祉法人全国社会福祉協議会の会長でもある村木厚子さんと一緒に、若者支援全国ネットワーク協議会※1を立ち上げました。全社協から高齢者福祉や障がい者福祉について発信すると全国に行き渡るのですが、子どもや若者の分野についてはなかなか届かない。若者福祉を充実させたいと考えています。スウェーデンの若者福祉はどのような状況なのでしょうか。
両角 日本では家庭が福祉を担うことを期待されている面があると思いますが、スウェーデンでは、脱家族化を進めて、家庭環境が困難になっても格差が生じない社会構造を目指してきました。移行期の若者支援というよりも、若者政策も社会政策全体の中に位置付けられています。ユースを対象としたソーシャルワークもありますが、困難な人を生まないという政策のグランドデザインがあります。
池本 家族でケアするということも解体してきた歴史があるということですね。どのように解体してきたのでしょうか。
両角 1990年代に、家庭政策の目標を「どのような状況にあっても個人が幸せになる」としました。エスピン=アンデルセンが提唱した「脱家族化※2」ー「家族間の経済的依存を断ち切る=家族に頼られずに生きられる」ということです。
例えば何かしらの国からの給付金について、日本では世帯主に振り込まれますが、スウェーデンでは個人の口座に直接振り込まれます。働き方について言えば、日本だと「企業」と「家族」が個人を包摂しますが、スウェーデンではレイオフは普通で、終身雇用制度はありません。というのも、国から失業手当も出ますし、学ぶために学生になれば、月に4万円が給付されます。日本だと家庭負担の学費が、そもそもかかりません。ひとまずそれで生きて行けるので、新しいスキルを学んで新たな職に就く。
池本 社会が個人を包摂している。
両角 結婚についても、フランスの PACS※3 のようなサンポ法があります。1988年に制定された法律で、婚姻関係を結んでいなくても婚姻者と同様の権利や保護を与えるというもので、婚外子も差別を受けることもありません。人生の前半期にかかるコスト(例えば教育費)をできるだけ減らすことで、家族の経済状況に依存しないかたちに転換したのです。
※1 若者支援の公的施策が十分でない中、困難に直面する若者たちの生きづらさの解消、若者の権利の保障を実現するため、民間団体が広範なネットワークを形成するべく、2025年8月に設立。2026年春の法人化を目指している。
※2 イエスタ・エスピン=アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』(岡沢憲芙・宮本太郎監訳、ミネルヴァ書房、2001年)
※3 連帯市民協約=性別に関係なく、成年に達した二人の個人間で安定した持続的共同生活を営むために交わされる。
内発的な動機付けで生きられる社会
池本 そういうことが大切だという文化は、どこで培われていくのでしょうか。
両角 親の姿を見ているのでしょうね。仕事に縛られないし、バカンスはしっかり取りますから。
池本 武蔵野大学のアントレプレナーシップ学部でソーシャルビジネスを教えているのですが、最近は高校時代から起業している学生もけっこういます。ただ「結社」のあり方が、スタートアップへの追い風のため、自分の楽しいことをやるというより、お金が先にきているなと感じることがあります。それが悪いとは思いませんし、「まずやってみる」的な若者の起業については失敗含め推奨していますが、仲間と一緒に本当に好きなことをやることも大事だと思います。
両角 日本の子どもたちは、将来に役に立つか、自分にとってメリットがあるか、合理的に考えざるを得ない環境にあるから、そういう発想が起こりやすいのかもしれません。スウェーデンは内発的な動機付けで生きていける社会とも言えますね。日本では、学校は義務であり受動的な時間ですが、そういう時空間から解放されないと、主体的にはなれないでしょう。
池本 世界中でブームになっている「マインクラフト」は 3Dブロックを使って冒険や建築など、自分だけの世界を自由につくることができるゲームですが、開発したのはスウェーデン出身のプログラマーで、制作もスウェーデンのゲーム開発会社ですね。仲間と一緒に遊ぶこともできるし、学校教育の現場でも利用されています。
自分で考えて、選びながら自由に創作の世界を楽しむことができる。まさに内発的動機付けですね。
ギャップイヤーを経て意思決定
池本 日本は教育指導要領があって、教えることが山積みですが、スウェーデンにもありますか?また、大学の進学率はどうなっているのでしょうか。
両角 指導要領はありますが、方針を示しているだけですね。大学の進学率で言うと、日本は18歳で進路選択して、専門学校と大学を含めると87%が進学しますが、スウェーデンの進学年齢の平均は24歳です。18歳で高校を卒業したら、若者団体で活動したり、アルバイトをしたり、旅に出たり、仕事をする人もいます。学びたいことが決まっていて大学にストレートで進学するのはわずか14%です。
モラトリアム期間ーギャップイヤーとも言いますがーがあることで、自分が納得したタイミングで学びたいことを決めてから大学に行く。内発的な動機付けを大切にできるんですよね。
池本 早い時期に次の進路を決めて、受験のための勉強に追われる日本の高校生に比べると、大きな違いがありますね。
両角 スウェーデンでは、1970年代~1990年代に若者の消費主義が進みました。第二次世界大戦に参戦していないので、移民が一気に入ってきて、経済的なブームが到来し、若者が自分の人生の主体ではなく、消費社会の主体になっていると指摘されるようになりました。
ユースセンターの現場でも、若者がどんどんサービスを利用するから、支援者もサービスを提供しなければと、ビジネスのコミュニケーションになってしまった。これに歯止めをかけようと始めたのが、若者団体への活動助成金を出すという市民社会セクターを強化するための政策でした。新自由主義の影響は受けたけれども、社会正義を守ろうという意識が働いたということだと思います。
ただ、教育政策は新自由主義の波をもろに受けて失敗しました。学校選択制を導入して、学校の教育方針も自由にした。私立でも公立でも学費はかかりませんが、生徒数が多いところほど助成金も多く出す仕組みにした。民間企業の参入も許可したので、その結果、学校格差がどんどん広がって、全体的に学力が低下するという現象が起こりました。
日本の子どもたちは、学力は高いけれども、幸福度は低いし、若者の自殺も多い。そう考えると、教育の役割ってなんだろうと思いますね。
池本 学校法人角川ドワンゴ学園が経営している、N高グループは「ネットの高校」を掲げる通信制高校ですが、生徒数は3万2000名を超えているそうです。好きな時にネットで学習するコース、週5日あるいは3日登校し友だちと一緒に学ぶコース、週1日通学して友だちと学べるコースを選択して、自分のペースで高校卒業の資格を取得することができます。武蔵野大学のアントレプレナーシップ学部にもN高出身者が毎年数人いますが、みんな魅力的でおもしろい。高校を辞めて、転校を迫られる際に、全国どこに住んでいても魅力的な仲間に出会える選択肢を用意したという意味で、N高は既存の高校が無視できない存在に成長しました。
両角 N高の卒業生がユニークなのは、自分で自分の人生を決めたからではないでしょうか。それはユースセンターやユースワークが大事にしていることのひとつでもあります。ユースセンターはサードプレイスと言われますが、別に行かなくてもいい場所なので、行くという時点で意思決定していることになる。だから、ユースセンターの活動は主体的になる可能性が高いんです。
若者の主体的な活動に期待

池本 学校でも社会でも、自分の意見がきちんと尊重され、意思決定がなされていくことはとても大事なことだと思います。それができないとしんどくなる。だからこそ、一人ひとりの思いを聴いて進めていくコミュニティオーガナイザーが大事になってきます。
両角 こども家庭庁の調査によれば、「声を聞いてもらえている」と思っている子ども・若者は20%で、それを増やす取り組みを始めるようです。
池本 最近、コミュニティスクール制度が広がり、地域の人たちが学校運営に関われるようになったことはとても大きいと思っています。例えば、NPOが参加して防災ワークショップをやるなど、授業とは別に、体験の機会があることはいいことです。東日本大震災の時に、宮城県で学校の先生方だけで開設した避難所より、学校支援地域本部という地域コミュニティが関わる学校が開設した避難所のほうが、運営がスムーズだったという事例があります。ここにも、市民が自分たちのコミュニティを主体的に作り上げていくコミュニティオーガナイジングの要素が見受けられました。
ユースセンターのような組織を運営するときも関わりの文化が大事だと思うのですが、例えば国が助成金を出すという話になると、やり方を間違えると成果主義につながりかねない。
両角 ていねいな選定基準を設ける必要がありますね。青少年教育振興機構でやっている「こども夢基金」は、体験活動とか社会教育の要素が強いのですが、若者主体の活動は申請が難しいと聞きます。
スウェーデンの若者団体の審査基準は、25歳以上が4割でもOKです。組織が民主的であるか、ジェンダーバランスはどうかといったことも要素になります。この判断については、哲学の話になってくるかなと思います。
池本 スウェーデンの政策に学びつつ、若者たちの主体的な「結社」活動を後押しするためにも、もっと議論が必要ですね。
(2025年9月2日 公益社団法人日本フィランソロピー協会にて)