子どもたちが自ら考える力を育むために

公益財団法人あすのば 代表理事
小河 光治 さん

一般社団法人ともしび at だんだん 代表理事
近藤 博子 さん 

<聞き手>
公益社団法人日本フィランソロピー協会 理事長
髙橋 陽子

おがわ・こうじ(写真右)

1965年愛知県小牧市生まれ。大学在学中から、あしなが育英会の設立に関わる。同会理事、神戸レインボーハウス館長などを務め、2015年3月に退職。同年6月、子どもの貧困対策センター「あすのば」を設立し、代表理事に就任。内閣府「子どもの貧困対策に関する検討会」構成員(2014年)、社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会理事、公益財団法人こども財団理事、公益社団法人ハタチ基金理事、特定非営利活動法人国際自然大学校理事。

こんどう・ひろこ(写真中)

1959年島根県安来市生まれ。歯科衛生士のかたわら、2008年「食と歯と健康をつなげたい」との思いから、無農薬野菜を扱う「気まぐれ八百屋だんだん」を開店。2012年に「だんだんワンコインこども食堂」をスタート。地域活動が認められ、2019年農林水産省第3回食育活動表彰農林水産大臣賞受賞。2023年吉川英治文化賞を受賞。

2012年、東京都大田区で八百屋を営んでいた近藤博子さんは、給食以外に満足に食事をとれない子どもがいることを知り、店の一角で「だんだん子ども食堂」を始めた。その後、子どもの貧困が社会的に認知され、子ども食堂への関心も高まり、2024年には1万カ所を超えた(※1)。そんな中、近藤さんは「子ども食堂という名前を使わない」と宣言。その真意はどこにあるのか。子どもの貧困対策に取り組む小河光治さんとともに、子ども食堂への思い、子どもが安心して過ごせる場づくりや、地域で子どもを見守る共助のあり方について語ってもらった。

※1 認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ「こども食堂 全国箇所数調査」 https://musubie.org/news/press/11208

地域の困りごとを知り 助け合うための場づくりを始める

─ 子どもの自殺率が増えていて、虐待、引きこもり、不登校も多くなっています。何とかしなければという思いを形にしたもののひとつが、子ども食堂だと思います。しかし子ども食堂がたくさんできて、それを応援することが社会の役に立つ、子どもたちのためになるというのは、手段が目的化しかねないのではないか。子どもたちが生きる力を育むために、大人や地域社会にできることは何かを、今一度考えるべきではないかと思っていました。そんなときに、子ども食堂の命名者でもある近藤さんが、「子ども食堂という名前を使わない」とおっしゃったことはセンセーショナルでした。

近藤 私の本職は歯科衛生士で、もともと「歯と健康と食」に関心があって、2008年に無農薬野菜を販売する「気まぐれ八百屋だんだん」を始めました。お客さんから困りごとを聞くうちに、子どもたちの学習支援や地域で助け合う場が必要だと感じて、八百屋の一角で子どもの宿題を見る「みちくさ寺子屋」や大人の学び直し勉強会「私も哲学」といった活動をしていました。そんなとき、学校の先生から、学校給食以外は1日にバナナ1本しか食べていないなど、満足に食事がとれていない子どもや困っている家庭があることを知って、2012年に「だんだんこども食堂」を始めました。「子どもが1人で行っても怪しまれない食堂」を縮めたネーミングだったんです。状況が変わったのはコロナ禍ですね。

─ つらい状況にいる人のために何とかしなければ、という雰囲気が社会に広がって、国や自治体からお金が出るようになった。

近藤 そうです。「子ども食堂」の活動もそちらに向かうようになり、数も一気に増えて、私が始めたころとは状況が変わりました。

「食」と「教育」の両輪で考える

近藤 食べることも大事ですが、行きつくところは教育だと思っています。学校教育も詰め込み式でしょう。教えることが多すぎて復習の時間がない。中学校に上がっても、簡単な図形の問題がわからない子どもがたくさんいるそうです。

小河 来春から高校の無償化が本格的に始まりますが、所得制限なしになったらどうなるか。私立のほうが校舎や設備も新しくて立派だし、制服などもおしゃれで集客もうまい。無償化の進む大阪では府立の進学校でも定員割れを起こしている状況ですから、定時制や都市部以外の高校には生徒は集まらなくなる。教育格差はさらに広がり、定時制や郡部の高校が減少していくでしょう。困窮する世帯の高校生の教育をしっかり守る必要があると思います。
ユニバーサルな子ども支援の拡充は大切ですが、最優先すべきは困難を抱える子ども・若者支援です。そもそも子どもに対する予算割合が少な過ぎます。ケアギバーの待遇改善や身分確保も公的に整備する必要があると思います。

─ どんな国をつくるのかという方針があって、それぞれの分野で何をするのかというところに落とし込む。子どもたちの教育・育成についても同じで、補完するために子ども食堂の機能や役割が語られるべきで、子ども食堂ができて良かったという認識になっているところが問題だと思います。「だんだん子ども食堂」の活動はどうされているのですか。

近藤 子ども食堂としてはやっていませんが、経済的に大変な家庭は増えているので、お弁当の配布でつながっています。食べることは命をつなぐことですから、「助けて」と言える場所があるのはとても大事なことです。一方で、子どもたちには自分で考える、想像する力を持ってほしいし、夢を持ってほしい。子ども食堂はそのきっかけづくりの場だと考えています。

─ 食も心の教育も大事。子ども食堂は、その気づきの場、情報交換の場でもあるということですね。

近藤 子どもたちと関わるとどうしても家庭環境を見ずにはいられません。でも私たちだけではできませんから、いろいろな人とつながって、ネットワークをつくることが必要です。今、小学校の総合学習の時間に、いろいろな人の生き方を伝える「おとな図鑑」(※2)とか、判断力を養うための「ワールドピースゲーム」というシミュレーションゲームなどもやらせてもらっています。

※2 TURN LANDのプロジェクトとして2017年にスタート  https://turn-project.com/column/otonazukan_interview/

細る公助、頼られる共助

小河 公助がか細くなっていて、共助に甘えているという構図があります。困っている人を何とかしようと、思いを持った民間の人たちが子ども食堂を始めたら、行政は「子ども食堂をつくりましょう」といったキャンペーンをすすめ、夏休みは給食もなくて大変でしょうから、子ども食堂のための公的資金を援助しましょう、となる。
行政はお金を出しますから、あとは民間でやってください、という話ではありません。困窮している子どもたちの食を支えるのは、まずは公助でやるべきです。東京都八王子市では、給食センターで昼食を無償提供したり、学童保育に給食を出している自治体もあります。

必要なのは「助け合える社会」

─ 子ども食堂も1万カ所を超えて、ある種のブームになっている。皆さん善意でやっていらっしゃるわけですが、継続が難しいという声も聞きます。

近藤 ブームになり過ぎたと思います。食支援以外にも、プラットフォーム、相談窓口あるいは発見窓口としての役割を求められることもあります。必要なのは、「助け合える社会」でしょう。子ども食堂を支援するためのさまざまな補助金や助成金がありますが、お金を投入すべきは困っている当事者であって、子ども食堂ではないはずです。お金は当事者に行き、応援している私たちは「自分たちができる範囲でやれることをやる」。そういう輪が日本全体に広がれば、孤立も、自殺も、虐待も防げるのではないでしょうか。

─ 子ども食堂は思いで始めているから、資金があるに越したことはないけれども、なくてもできる範囲でやる。それが本来のボランティアの原点ですね。

近藤 そうです。地域で見守られて育った子どもたちは、想像力があるし、助け合えるし、自分も大事にするけれども、他人のことも考えられると感じています。自助や共助でできることは、そのぐらいの規模ではないでしょうか。それを超えて、子ども食堂ががんばり過ぎたり、煽られたりしているのが現状ではないかと思います。

こどもの貧困解消法の成立

─ 自治体によって首長が主導したり、条例をつくったり、国でなくてもできることはありますね。

小河 でも国が自治体の裁量に任せているために、例えば就学援助の所得制限など差が出ている面もあります。ただ、どこに住んでいてもご飯が食べられる、お風呂に入れるという生活環境は確保すべきでしょう。
2年ほど前に「あすのば6千人調査」(※3)を実施しましたが、毎日お風呂に入れない・シャワーを浴びられないという子どもが3割、夏休みなどの長期休暇中に毎日ご飯が食べられない中学生が45%もいました。憲法25条の「生存権」が脅かされている。われわれも含め子どもの貧困に取り組む5団体が共同提言して、2024年に子どもの貧困対策推進法が改正され、こどもの貧困解消法が成立しました。しかし実際の施策は道半ばで、困窮する子どもたちの環境は改善されていません。

※3 公益財団法人あすのば「生活保護・住民税非課税世帯6千人調査」  https://www.usnova.org/report2024

地域の「お守り」になる

小河 以前、あすのばのキャンプに参加してくれたシングルマザーがこんな話をしてくれました。「地域でやっている子ども食堂に行きたかったけれども、困っていると思われるのが嫌で行きづらかった。でも思い切って行ってみたら、『いらっしゃい。よく来たね』と出迎えてくれてうれしかった。子どもと2人で手づくりの温かい食事をいただき、涙が出そうになった」
子ども食堂は、単に食支援ではなくて、あなたたちのことを大切に思っている人たちが地域にいるというメッセージであり、それは親子への「大変だけれど生き抜こう」という力になっています。

近藤 地域の「お守り」になればいいと思っています。いざというときには、あそこのおばちゃんもここのおじちゃんもいる。お守りが存在していることが大切ではないでしょうか。

─ そこが民間の役割であり、魅力ですね。ただ行政が「お守り」に依存し過ぎてはいけませんね。

近藤 夏休みに痩せる子どもが実際にいるんですよ。例えば、夏休みの前に学校でお米を配ってはどうかと思います。夏休み中を賄える量でなくても工夫はできるでしょう。今は洗剤でお米を洗う親御さんがいる時代ですから、子どもに洗い方や炊き方も教えることで食育にもなります。夏休みは給食がないので、子ども食堂さんお願いします、とお金を渡すのではなくてね。

小河 最近多いのは、過酷な環境に追いやられ、精神的な疾患を持っている親御さんで、そのサポートも必要です。

近藤 当事者から、声掛けで救われることがあると聞きました。それは子どもも同じです。挨拶して無視されると、孤立してしまう。声掛けや挨拶があって、何かあったらいつでも相談においで、と言ってくれる大人がたくさんいる地域社会であれば、子どもも安心できるでしょう。

公助と共助のベストミックス

小河 「大人図鑑」のようなプロジェクトを、地域の人が学校に持ち込んでいくという発想は素晴らしいと思います。子どもの貧困対策の中に、学校をプラットフォームにしようという構想がありました。もともと学校は地域に開かれたものでしたが、事件や事故というリスクや、先生の負担という事情もあって閉鎖的になっています。
でも第二の居場所である学校の中に第三の居場所があれば、不登校も減るのではないか。例えば、一つの中学校の学区に3つの小学校があるとしたら、夏休みの期間は持ち回りで、お昼ご飯が食べられて、勉強できる場を開放する。地域の人たちが見守ってくれて、近藤さんのような心温かい大人とも知り合える。沖縄では、高校の空き教室を利用して地元のNPOなどが「居場所カフェ」をやっていて、それが高校中退の防波堤になっているという話を聞きました。公助と共助のベストミックスができればいいですね。

─ 学校の中に子ども食堂があればいいですね。地域の人たちが交替でご飯をつくったり、勉強を教えたり。学校も当番制で、そこに行政の職員もかかわる。地域連携とは、本来そういうことなのかもしれませんね。

近藤 毎年小学校の卒業式に出席しているのですが、コロナ前の子どもたちの夢は「YouTuber」が多かったんです。でも最近は、自分が会社をつくって収益が出たら、大変な子どもたちを助けたいとか、サッカー選手になって子どもたちのために何かしたいという子が増えて、昨年も今年も「YouTuber」と言った子どもはいませんでした。日頃付き合いがある子どもたちがそんなことを言うようになったことに、びっくりしました。

小河 利害関係も縁もゆかりもないのに、ご飯を食べさせてくれたり、勉強をみてくれる。それが子どもの心を動かすんです。ある大学生が生活保護家庭の中学生の学習支援をしていたのですが、最初は受験することも難しいレベルでした。でもマンツーマンで半年ぐらい教えて、本人も本気になって勉強して見事合格しました。教えた大学生は、入試発表の日に携帯電話を握りしめて連絡を待っていたのですが、合格の知らせを聞いて涙を流していました。出会ったことによってお互いに大切で大きなものを得たと思います。

孤独や孤立を防ぐために

小河 子どもの自殺が増えていますが、死にたいと思ったときに、子ども食堂のおばちゃんや勉強を見てくれたお兄ちゃんの顔が思い浮かべば、歯止めになるかもしれません。「お守り」は悲劇を食い止める砦にきっとなります。

近藤 脳科学によれば、人間は誰も頼る人がいないと思った瞬間に死を選ぶそうです。子どもの自殺が多いということは、誰にも頼れないと孤独を感じさせてしまったわけで、それは社会の責任だと思います。昔に比べたら、相談できる場所はたくさんあるし、SNSで何かつぶやけば誰かが返信してくれる。誰一人気づかなかったということはないでしょう。つながりはあるのに、死を選んでしまう。どうしてそうなるのか、気になるし、疑問です。

─ なぜそうなったのか、検証が必要です。それがないと、正しい手だてもできないですね。

小河 「貧困」は、「貧しい」と「困る」と両方の意味がありますよね。経済的な問題もありますが、いじめ、虐待、不登校など、困りごとを抱えている子どもが本当に多い。コロナ禍で学校に行きたくないと回答した子が4割いました。ステイホームできるような家庭はいいけれども、家庭は居心地が悪くて、学校が逃げ場だったという子もいる。コロナ後の不登校率も上がっています。

─ オルタナティブでフリースクールがあってもいいけれども、公教育はやはり要だと思います。

小河 学習支援もそうですが、本来は公教育で解決するのが一番いい。不登校の子ども向けの教室を「適応指導教室」としている自治体がありますが、「不登校=ダメな子」というレッテルを貼っている。子どもの権利を尊重し、多様な子どもを受け入れることができるように、校外のリソースをもっと活用する体制を構築することが、学校側に求められています。民間のフリースクールの中には、学費が高いところも多いので、結局どこにも居場所がない子どもも少なくありません。

近藤 不登校の子どもの親御さんが、学校に先生がもっとたくさんいてくれたら行くと思う、とおっしゃるので、どうすればいいかと学校の先生に話したら、「副担任をつけてもらえれば」と言われる。先生も不足していますから、地域の人にもボランタリーで副担任になってもらってはどうかと思います。地域の人が関わって、子どもたちを見守る体制ができればいいですね。

─ 教師は学科指導や生活指導だけでなく、地域の人と子どもたちをつなぐコーディネーターの役割も求められています。「子ども食堂」はあくまでも手段のひとつであり、自治体も官民連携を有効に進めるための実質的な方法をしっかり議論して、安全で信頼できる地域社会をつくっていかなければなりませんね。

(2025年10月7日 一般社団法人ともしびatだんだんにて)