「ビジネスと人権」エグゼクティブセミナーを振り返って

Codo Advisory株式会社 代表取締役・CEO
青木 ユリシーズ さん 

住友化学株式会社 常務執行役員 サステナビリティ推進部長
福田 加奈子 さん 

株式会社レゾナック・ホールディングス 執行役員 最高サステナビリティ責任者(CSuO)
松古 樹美 さん 

<ファシリテーター>
「ビジネスと人権」エグゼクティブセミナー座長、公益社団法人日本フィランソロピー協会 理事
河野 通和 さん 

(肩書は座談会開催時)

あおき・ゆりしーず

ICU国際基督教大学卒。MCP Asset ManagementにてESG/Impactのディレクター兼グループ会社Codo Advisoryの代表取締役を務める。大手コンサルティングファームのサステナビリティチームの初期メンバーとして国内ベストプラクティスの早期形成に貢献し、Spiber inc.社にて国内初インパクト戦略とレポートを策定。その後、GLIN Impact Capitalにてコンサルティングチームの立ち上げに貢献し、2024年より現職。

ふくだ・かなこ

1988年関西学院大学理学部化学科卒、住友化学工業(現住友化学)入社。大阪研究所(現エネルギー・機能材料研究所)、化成品事業部などを経て、2013年CSR推進部長、2020年執行役員 住友化学ヨーロッパ従事、2021年執行役員 住友化学ヨーロッパ社長、2024年から2026年3月まで住友化学常務執行役員・サステナビリティ推進部担当 サステナビリティ推進部長。

まつこ・なみ

1991 年野村総合研究所入社。その後、野村證券にて投資家とのコミュニケーションやコーポレートガバナンス、組織再編に関するコンサルティング業務等を担当。野村ホールディングス、オムロンなどでサステナビリティ活動の推進、統合報告書の作成、社内外エンゲージメント等を担当。2022 年旧昭和電工(現レゾナック・ホールディングス)入社。2024年新設の最高サステナビリティ責任者に就任。

こうの・みちかず

中央公論社(現・中央公論新社)で「婦人公論」「中央公論」編集長、新潮社で季刊誌「考える人」編集長を歴任。2017年 株式会社ほぼ日に入社し、「ほぼ日の学校(のちに學校)」初代学校長を2021年10月まで務めた。現在は京都橘大学客員教授、たちばな教養学校Ukon(うこん)学頭、当協会理事。

セミナーを終えての感想

河野 まずは、セミナーに対する率直な感想をお聞かせください。

福田 各回とも「人権」ということを正面切って説明するわけではなく、一見するとまったくかけ離れたようなテーマもありましたが、6回すべてがつながっていて、「人権とは何か」を考えさせられました。当社からオブザーバー参加もさせていただき、感想を共有することもできましたので、貴重な体験でした。弊社は2019年に人権尊重推進委員会を設置して、私が委員長・事務局を務めていますが、2年間セミナーに参加して、ダイレクトに人権と言わなくても、人が関わるところすべてに人権があることがわかりましたし、人の集団である企業だからこそ、果たすべき役割が非常に大きいということも理解できました。

松古 人権について、人権方針やサプライチェーンにおけるガイドラインに沿ったデューデリジェンス(DD)など、「やらねばならないこと」をリストアップすると、一体どこまでが企業の責任なのかというバウンダリーの話になりがちです。サステナビリティ全般についても同様なのですが、特に人権に関しては、企業価値を高めるため、あるいは棄損しないために人権に取り組む、と言い切ることに以前から違和感がありました。目的と結果の矢印が逆ではないかと。セミナーに参加して、人権に取り組む姿勢は間違っていなかったと、勇気百倍に感じました。

青木 私はサステナビリティのコンサルティングからスタートして、企業の人権方針策定や人権DD設計・実施にも関わってきました。「なぜやらなければならないのか」という質問に対して、企業に説明し説得しなければならない立場です。これをやれば事業の継続性や企業価値向上につながりますと伝えるわけですが、そうなると、企業側はやらないことによるリスクを受容できるかどうかという計算問題になってしまう。
 このセミナーは個々人が人権について学びながら、それを家族、友人や、あるいは自分が所属している組織に落とし込んでいくものだと理解していました。「計算問題」ではなく、倫理や哲学を動機としているので、リフレッシングでしたし、私個人としても原点回帰ができました。

河野 今回は、講師の話を聞くだけではなく、共に場をつくっていただこうという試みで、対話の時間も設けましたが、いかがでしたか。

福田 講話プラス対話という構成は、さまざまなことを考えるいい機会になりました。人権尊重推進委員会でサプライチェーン全体のリスクを考える時には、やはり義務ということを言わざるを得ないのですが、それでいいのかという問題意識もありました。第1回で若林秀樹さんが、「企業のリスクではなく、人間のリスク」と言われたことで、改めて人に焦点を当てなければいけないと気づかされました。

青木 初回は若林さんに「ビジネスと人権」という世界の入り口を解説いただきました。こちらがコンサルタント的な帽子をかぶりながら参加していたこともあり、企業が何を持ち帰れるのかという発想で聞いていました。しかし、参加する過程でそういうことではないのだと気づきました。人権の取り組みが企業価値向上につながるのか、という質問が参加者からありましたが、「価値向上につながらなければやらないというのは違う。やるべきだから、みんなでやりましょう」という若林さんの言葉や思想が非常に印象に残っています。

立ち止まって問いを立てる哲学対話での発見

福田 「人権」について話すと面倒な人と思われる。そこに本質的な課題があると感じましたし、そうであればいつまでたっても問題は可視化されないし、解決しない。だからこそ、立ち止まって考え、その考えを表現する。第6回の永井玲衣さんの「問いでつながる」でそれを体感することができましたが、それは、若林さんが言われた「人権を自分の言葉で語る」につながっていることに気づきました。

松古 私も一番印象に残ったのは、第6回の哲学対話です。スマートでわかりやすい答えを出さなかったことがよかったし、ネガティブケイパビリティを抱えながら進むのもありだ、と納得できたのは収穫でした。

青木 哲学対話は第5回までに学んだことを、実際のアクションに落とし込む場でもあったと思います。所属先や肩書、名前という自己紹介ではなく、自分で決めたその場限りの名前で、「自分」を主語に発言する。そのフォーマットが企業人にとってはむしろ良かったと感じました。特に日本社会においては会社というアイデンティティや盾を持ちながら過ごすことが多いと思っていて、個人の意識を反映させて日々仕事をするという部分が足りないと考えています。自分の倫理観・哲学を持ってとるべきだと考えていた行動が、自分が所属している組織から拒まれる場合もあります。でもだからといって個人の思想を曲げる必要はなく、むしろ対話し続けることが重要である。そんなことを再び気づかされる素晴らしい場になりました。

福田 哲学対話は突然終わりましたよね。びっくりする終わり方だったのですが、後からじわじわと「問いを立てる」というあの場面がよみがえりました。

青木 企業人としては収束させるのが原理だと思うのですが、永井さんのスタイルは収束させずに「問い」をし続けている。

福田 いちいち疑問を感じて立ち止まっていたら立ち行かなくなるから素通りする。企業人としてあえて身につけてきたことに対して、真っ向から反対のことを言われました。私たちは普段は答えを出す仕事をしているわけですが、正解がないことのほうが多い。だからこそ、あえて「問い」を立てる勇気を持つように、という示唆だったと思います。

松古 サステナビリティも人権も正解があるわけではないので、結論ばかりを求めるのではなく、立ち止まって、自分や自社に照らして考える時間をあえて持つことの大切さを改めて感じました。

河野 ゴールがはっきり見えているわけではない、どこまで行けば答えが出るのかもわからない。人権という言葉をビジネスの現場で想起、喚起するきっかけを、永井さんが持ち込んでくれたのかもしれませんね。

人権への取り組みの先に企業価値向上がある

松古 気候変動に関するスコープ3※1についてはいまや企業も腹をくくりましたが、人権のスコープ3(サプライチェーン等)にもそういうタイミングが来るのではないかと思います。

福田 コンプライアンスやDE&I、サステナビリティなどが歩んできた道を考えてみると、繰り返して意識を高めるという時期がありましたが、人権はまだそういうステップに来ていない。本当の意味でスタートラインに立っていないのではないでしょうか。

青木 俗に言う、不可抗力的なものがまだ働いてないですからね。ただ、今は環境、気候変動関連の課題、自社の戦略やガバナンスなどがESG評価項目や開示基準になっていますが、今後は人権も入ってくるでしょう。規制が入ってくると、企業もやらざるを得ない。でも「やらざるを得ないからやる」では、本質から離れてしまう可能性があります。

松古 人権について真摯に取り組むことが、顧客や社員、社会にとってよい会社になることにつながり、投資家などからも評価され、企業価値につながる。こうした循環が実現する社会をつくりたいですね。

福田 人権=人権DDになってしまうと、同じ道を突き進んでしまいそうです。でもそちらに行きかけているから、「どこまでやればいいのか」という質問が出てくるのでしょうね。

松古 どこまで何をやるかについては、企業によって違っていいと思います。わが社にとっての人権を議論せずに、やることリストから一般的なリスク等に基づいて絞り込んだり、あるいはコンサルに聞くとなると、どの会社も同じことしかしなくなるのではないか。

青木 最近の企業の人権コミットメントや取り組みについては、標準化されているなと実感しています。

松古 標準化しないと評価の点数が取れないからですよね。そして、社名を隠すとどの会社の方針なのかわからなくなる。

福田 「言われたことをせっせとこなす」だけだと、「なぜやるのか」という本質的な部分は完全に抜け落ちてしまいます。

青木 各企業が「自社はここまでやる」という独自の思想と方針をしっかり持つ必要がありますね。

河野 第4回の尾身茂さんは、新型コロナ対策を振り返って話をされましたが、私は当時の分科会※2の役割を誤認していたことに気づきました。分科会が日本のコロナ対策の方針を決めているような印象があったのですが、分科会の役割は事態のリスク評価と対策の提言であって、命の選択に関わる決断をするのは政府、政治家の役割だと言われました。若林さんは国内に独立した人権機関が必要だと常々言われていますが、人権に対する国の責任や役割の大きさについて、改めて考えさせられましたね。

青木 10年以上、企業や個人で人権に取り組んできましたが、争いひとつで人の命が多く失われると、社会全体で取り組んできた人権尊重というテーマが一瞬で覆されてしまう。最大の人権リスクは「命が奪われる」ことですから。そのやるせなさもここ数年で特に感じています。

河野 だからこそ、企業が率先して人権に向き合う必要がある。一方で、人権方針や取り組みが標準化していることをどう捉えればいいでしょうか。

福田 異質なものを受け入れられないのは日本のカルチャーかもしれません。DE&Iの問題にも通じるものがあります。違う意見が出るのは健全なことなのですが、日本にその土壌があまりないことも一因かもしれませんね。

松古 例えば、社外取締役制度については多くの企業が反対していましたが、ある日突然あきらめたかのようにスッと受け入れ形式が整いました。ダイバーシティ、女性管理職比率についても似たような流れでしたよね。何が重要なのかという本質を議論せずに、To Doリストだけでやってしまう。人権こそ、そんなアプローチを変えられないでしょうか。

青木 日本は構造変化を拒みがちですが、とはいえ一度構造が変わると、それなりのスピード感でみんな追随しますよね。

福田 つまり、考えていないということですよね。だからこそ、エンゲージメントが必要だと思います。

※1 製品の原材料調達から製造、販売、消費、廃棄に至るまでの過程において排出される温室効果ガスの量(サプライチェーン排出量)を指す。Scope1(自社での直接排出量)・Scope2(自社での間接排出量)以外の「その他の間接排出量」のこと。

※2 新型インフルエンザ等対策閣僚会議の下に、新型インフルエンザ等有識者会議が開催。有識者会議のもとに、新型コロナウイルス感染症対策分科会が設置された。2020年7月に初会合。分科会長は尾身茂氏が務めた。

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/taisakusuisin.html

社内で実践してみたいこと

河野 このセミナーを通して、社内に持ち帰ってやってみたいというような実践的なヒントはありましたか?

青木 不可抗力があるから人権のことをやらなければいけないのではなく、そもそも倫理的にやるべきことだということをしっかりと企業には伝えています。「そもそも人権とは」という話をすることが大事だということは社内で共有しています。

松古 本当にやらなければならない人権の取り組みとは何かをしっかり考えたいですね。当社は生成AIのための半導体材料を製造しているのですが、生成AIは社会を豊かにする半面、電力の問題や人間に与える影響というマイナスポイントもあります。当然人権に関わる部分もあるわけで、そこは当社のバウンダリーの外だから関係ないと言っていいのか。「化学の力で社会を変える」というパーパスを持つ私たちは、化学とは、社会や環境に対して光も影もたらしうると認識しています。将来的な影響を予測するのは難しいですが、常に振り返り、立ち止まって考えるくせをつけておくことは大事だと思っています。

河野 企業の論理で物事が動いているときに、これを言うと水を差すことになるのではないか、事を荒立ててしまうのではないかと考えてしまうと、面倒なことを言う人になりたくないにつながってしまう。でもあえて、立ち止まって考えることが非常に大事ですね。

松古 サステナビリティ部門に閉じることなく、人事や総務、生産現場、研究開発、品質管理も含め、全社横断的にメンバーを集めて、哲学対話のようなやり方で一緒にもやもやする場をつくりたいと妄想中です。
 
福田 コンプライアンス、DE&I、サステナビリティ、安全などどういうアプローチをしているかを考えた時、やはりトップが社員に向けてどれだけメッセージを発しているかが重要だと思います。安全やコンプライアンスについては重要だと、何十年にもわたって繰り返し言い続けています。人権尊重は当たり前だからあえて言わないのではなく、同じように重要なことだと言い続けなければならないと思っています。

松古 「人的資本」が注目されていますが、人権とは違うものだと捉えられていることに違和感があり、どうつなげると腹に落ちるのか、考えています。

青木 そこについては私もわだかまりを持っています。自社の従業員でも、サプライヤーの従業員でも、そもそも同じ括りで人として尊重する、ということが大前提のはずですよね。
ヨーロッパでは消費者の意識が強いこともあり、外部ステークホルダーを広く尊重する文化があって、企業もこれをよく理解しています。一方で、日本の企業はユニバーサルステークホルダーの概念を尊重する動きが弱いと感じます。ヨーロッパでは人権、人的資本、DE&I、ウェルビーイングなどの概念をまとめて議論することが徐々に増えていますから、いずれその流れは日本にも来るでしょう。

河野 まだまだテーマや切り口はたくさんありそうですね。次年度もこのセミナーを開催したいと思っていますので、またぜひ参加してください。本日はありがとうございました。

(2026年3月9日 公益社団法人日本フィランソロピー協会にて)