2026.10.01
第46回/まちかどのフィランソロピストたち

機関誌10月号を今日発行した。今号のテーマは「スーパージャパニーズ」。フィランソロピストとして特筆すべき方々に登場いただいたのだが、その中に、以前、20年間主宰していた「まちかどのフィランソロピスト賞」の受賞者がお二人おられる。お一人は、第1回受賞者の今井保太郎さん。日本で初めて公益信託を活用した方だ。今井さんは、「男の値打ちはお金の稼ぎ方ではなく、お金の使い方で決まる」と仰っていた。凛とした色気のある方だった。仕事で成功しても変わらずつましい暮らしぶりで、亡くなる少し前に入居しておられた老人ホームに伺ったのだが、ご自分のカーディガンを風呂敷にきれいにたたんで包み持って、館内を案内してくださった。丁稚時代の習慣がずっと続いているのだと笑っておられた姿が懐かしい。

もうお一人は第3回受賞者の永瀬隆さん。第2次世界大戦時、日本軍がタイとビルマ(現ミャンマー)の間に泰緬鉄道を建設したが、永瀬さんはその折の通訳だった。後年、犠牲となった日本兵のために慰霊碑を建立しておられる。永瀬さんは、戦後、英語塾などを開いておられたが、慰霊をする前は、ずっと身体の具合が悪かったのが、慰霊碑を立てたら、すっかり元気になった、と笑っておられた。これに関しては、非常に心打たれる話も伺った。戦争が終わり、日本兵12万人がタイから輸送船に乗って日本に帰る際の話だ。帰国の途に就く日本兵一人ひとりにタイ政府は飯盒いっぱいのコメとザラメを持たせてくれたのだという。知り合いだった永井明雄海軍少佐から、「この恩を決して忘れてはいかんぞ」と言われていた。そのことも心に引っかかっていた、という。慰霊碑建立によって、心のつっかえが取れたと仰っていた。
今井さん、永瀬さんのお二人ともすでに亡くなっておられるが、このお二人は、日本の歴史にしっかりと足跡を残された、という意味でもスーパージャパニーズだと思う。
お二人とも、性格は全く違うが、それぞれ繊細さと人間に対する深い愛情を持ち、かつ強靭な精神力の持ち主であった。こういう方々と出会えたことは、役得であると同時に、お会いした者の責任がある、ということも改めて思う。
尚、ここでのスーパージャパニーズは、日本のために、とか、日本人だからこそ、というものを超えてまさに、境遇や環境・国籍を超えた「人間としての共感」からの行動であったのだと思う。
日本や日本人の持つ文化や価値を、世界の普遍的な価値へと誘う「スーパージャパニーズ」についてお読みいただけたら嬉しい。そして、今、不穏な時期に、平和を、いのちを尊ぶ普遍的な価値を大切にしていく私たちでありたい。