機関誌「フィランソロピー」 2026年10月号
巻頭対談
意表を衝くフィランソロピストたちに学ぶ
株式会社ルート・アンド・パートナーズ 代表取締役
増渕 達也 さん
公益社団法人日本フィランソロピー協会 理事長
髙橋 陽子
事実と真実―見方によって分かれる評価
髙橋 当協会では、日本に個人寄付の文化が育つことを願って、1998年に「まちかどのフィランソロピスト賞」を創設しました。「社会の役に立ちたい」という思いや、「こういう社会をつくりたい」という理想をもって寄付を行なう人たちを顕彰し、2017年の第20回まで続けました。フィランソロピーは人間愛が根底にありますが、感謝や恩返しとともに、人権を踏みにじる理不尽さへの怒りをエネルギーにした行動にも出会いました。
増渕さんは、日本ではあまり知られていないけれども海外で評価されている日本人の業績に焦点を当てたプロジェクトを立ち上げておられます。時代や国家を超えてフィランソロピストとして活動した人々から学び、日本人としての誇りをもって進むべき道を考えてみたいと思い、今回の特集を企画しました。

増渕 今日は1886年5月に発売された雑誌『パリ・イリュストレ(Paris Illustré)』第45・46号(日本特集号)を持ってきました。表紙は歌麿の作品で、北斎の浮世絵や光琳のデッサンなども載っています。この編集に関わったとされているのが、美術商の林忠正氏です。1878年にフランスに渡り、日本美術を伝えるために活動し、ジャポニスムを支えた人物でもあります。この雑誌にはもう1枚英泉※が描いたカバーの表紙があって、ゴッホがその絵を模写したという話は有名です。
林氏が日本の芸術を紹介し、若かりし頃のゴッホやモネがそれに憧れ、やがて独自のスタイルで名画と呼ばれる作品を描いていく。彼らの絵を見た同氏が、「いいね」と買い取ったかもしれない。その様子を想像するとワクワクしますよね。その一方で、林については日本の美術品を売りさばいたという評価もあります。
髙橋 事実と真実は違いますよね。だから見方によって評価が分かれることもある。

増渕 「東洋のオスカー・シンドラー」といわれることもある杉原千畝氏は、第二次世界大戦中にナチス・ドイツの迫害を恐れてリトアニアから逃れようとするユダヤ人にビザを発給した行為が「命のビザ」として世界中の称賛を浴び、外交史料館の入り口には銅像が立っています。でも、私が高校生のころはほとんど教わることがなかった人でしたからね。
髙橋 事実を追求することではなくて、会ったことのない人の生きざまの断片に触れることで、その人となりがあぶり出される。時代を経て今の私たちがそれを見聞きすることで、どのように感じ、心の中にどのような化学変化が起きるのか。その素材として紹介できれば、と思っています。
※ 江戸時代後期に活躍した浮世絵師
「旅の途中」のメッセージ
増渕 戦争や災害によって人々の記憶が分断され、教育システムも変化しました。なぜ歴史に惹かれるかというと、やはり「On the way」- つまりすべての瞬間が「旅の途中」だから、ではないでしょうか。誰もが決して完成形を求めていたわけではないと思います。ユダヤ人を救ったのも杉原氏一人だけではなく、さまざまな名もなき人たちが関わっています。
髙橋 スーパージャパニーズというと、素晴らしく品行方正で偉大な人を想像しますが、人間は皆、弱さも持っているし、いろいろなことをやっている途中で寿命が尽きる。でもそれが次につながっていくことに意味がある。200年先の完成形を自分が見られなくても、そのとき自分ができることを懸命にやる。混とんとして未来が見えにくい現在、フィランソロピーの真髄について考え、私たちの行動への指針になれば、という思いがあります。
増渕 神社仏閣の修復をする宮大工の技術は口伝だそうです。書き残したものはないから難しいわけですが、昔の大工もきっと同じことをやっただろうと思って腐ったところを全部取り出したら、「よくたどり着いたな」と書いてあった(笑)。100年後、200年後、誰が見るかわからないけれども、わかる人にはわかるメッセージは残しておく。これも「旅の途中」でしょう。人知れず素晴らしいことをやって次代に残した日本人はたくさんいますよ。私の「スーパージャパニーズ」のリストにはまだまだいろいろな人がいます。
髙橋 スーパージャパニーズは、まさに「意表を衝くフィランソロピスト」ですね。
増渕 こんな日本人がいたんだなということを知ることが、発想の原点のひとつになるのではないでしょうか。これを歴史を学ぶということの一環ととらえるのかどうか。
髙橋 大きな意味では歴史ですが、同時に人間学、哲学を学ぶということでもありますね。功績や事実だけで判断や評価をするのではなく、迷いや苦しみ、失敗も含めてその人の生きざまから何かを感じ取り、未来に向かって愉快に生きる道しるべになれば、と思います。
(2026年8月13日 公益社団法人日本フィランソロピー協会にて)
ますぶち・たつや
1968 年生まれ。1992 年東京大学卒業後、株式会社電通入社、2002 年富裕層向け雑誌セブンシーズを発行する株式会社セ
ブンシーズ・アンド・カンパニー代表取締役に就任。2006 年富裕層向けライフスタイルマネジメント会社、株式会社
ルート・アンド・パートナーズ代表取締役に就任、現在に至る。